18話 温厚な友人もたまには怒る
「タッキー殿!」
ドン! という音と共に空のジョッキがテーブルに叩きつけられる。
お、おお……。
あの温厚なふじやんが怒っている。
あれは、昔ゲームデータを間違って消してしまった時以来か。
なつかしいな、ってそんな場合じゃない。
何で、こーなったんだっけ?
◇
「高月まこと様ー、居ますカ?」
とある日の昼ごろ。
冒険者ギルドの食堂スペースで、ルーシーと昼食をとっているところにやってきたのは、ふじやんのお店で会った店員さんだった。
ウサギ耳の人だ。
「まことくんならあっちですよー」
マリーさんが、案内してきてくれた。
「まことくんってこんな可愛いウサギ耳族の子とも知り合いなんだー?」
なぜかマリーさんが一緒のテーブルに腰かけた。
仕事しなくていいんですか?
「こんにちわ、お久しぶりです」ウサギ耳の人に挨拶する。
「どうもー、マスターのご友人。フジワラ商店のニナと言います」
この子はニナさんと言うらしい。
「まことに何か用なの?」とルーシー。
もう少し愛想よくしなさい。
しかし、ニナさんは笑顔を崩さない。
「おや! あなた様は、高月様のお仲間のルーシー様ですネ! なんでも、凄い火魔法の使い手だとか」
「え? そ、そうよ。よく知ってるわね」
急に褒められて、ルーシーが戸惑っている。
ちょろいなぁ。
「いやー、将来の大魔道士様とお近付きになれたしるしにこちらを」となにやらお菓子を渡している。
マリーさんの分もあるようだ。
「わ! これ凄い美味しい」
「甘-い。初めて食べるけどおいしい!」
ルーシーとマリーさんは、きゃっきゃっ言っている。
たぶん、あれはチョコレートだな。
さすがふじやん、そんなものまで仕入れてるのか。
「で、用ってなんですか?」ニナさんに尋ねる。
「そうでした! ご主人様から伝言を託ってまして。本日18時に、『猫耳亭』で食事をしましょうと」
「いつもの店ですね」
店員さんがみんな獣耳のふじやんのいきつけの店だ。
「ご都合いかがですカ?」
「そういえば1ヶ月くらい会ってないし、俺も会いたいかも。大丈夫ですよ」
「それはよかった。ご主人様が喜びマス」
「え? 私は今日どうすればいいのよ」
ルーシーが拗ねたように、こちらを振り向く。
別に、たまには別々でもいいだろと思ったが、そんな目で見ないでよ。
「よろしければ、お仲間のルーシーさんもご一緒にどうぞ」
ニナさんが誘ってくれた。
「私も行きたいー」
マリーさんまで、首を突っ込んでくる。
「マリーさん、仕事はいいんですか?」
「今日は、夜まで……」
「無理じゃないですか」
「まことくん、冷たい!」
ひどい~、と言いながらマリーさんは受付に戻っていった。
「それじゃあ、お店でお待ちしてますね」
ニナさんも帰って行った。
「ねぇねぇ」ルーシーが袖を引っ張ってくる
「なんだよ」
「フジワラ商店の店主って、異世界から来たやり手の商人でしょ? まことの友達だったのね!」
「ああ、ルーシー知ってるの?」
「何いってるのよ! フジワラ商店の店主って言えば、1年で数々の商売を成功させて、マッカレンの領主ともつながりがあるって噂よ。敵対する商人の弱みを次々に握って黙らせ、この街の裏の世界まで知り尽くしているとか。この街で逆らってはいけない人ランキング上位の大物よ!」
「へぇ……」
知らなかったな。
ふじやんに、この街の話を聞いても「いやー、大したことありませんぞ」としか言わないからなぁ。
どうやらチートスキルを使って、順調にのし上っているようだ。
「じゃあ、夕方まで修行しようか」
「ええー、今日はもういいんじゃない?」
「じゃあ、俺は一人で修行するよ」
「うそだから! 私も頑張るから!」
夕方まで、がっつり修行した。
◇
「「「「かんぱーい」」」」
夕刻に、『猫耳亭』にて。
今日は、俺とふじやんとルーシー。
あと、店員のニナさんも居る。
ルーシーが、女の子一人にならないよう気を使ってくれたのかな?
ここの料理は美味く、お酒の種類が多い。
そして、店員が全員猫耳(の獣人族)。
俺には良さがわからないが、猫耳を差し引いても店員さんは可愛いと思う。
いつも混雑している店内の、奥の大きなテーブルに案内された。
ふじやんは、常連かつVIP客のようだ。
「は、はじめまして。魔法使いのルーシーです」
珍しくルーシーが緊張している。
「はじめましてですぞ。拙者は、藤原と申します。タッキー殿と同じくふじやんと気軽に呼んでくだされ」
「私はニナでス。フジワラ商店で雇われてまして、冒険者もやってまして一応、シルバーです」
と銀バッジを見せられた。
「凄いですね」
「いやいや、そんなことないですよ」
冒険者ランクで、ひとつの壁はシルバーと言われる。
アイアンランクくらいまでは、そこそこの冒険者なら頑張れば到達するそうだ。
シルバーランク以上は、強い魔物が現れた時にの緊急クエストなどで呼ばれたりと、ギルドに信頼されていないとなれない。
謙遜しているが、ニナさんは相当強いはずだ。
「俺たちはブロンズランクです。がんばらないとな、ルーシー」
「わ、私は王級のスキル持ってるから!」
おいおい、変な意地張るなよ。
全然使いこなせてないことは、たぶん情報通のふじやんは知ってるぞ?
「いやー、しかしタッキー殿もやりますな。こんな美しいエルフの魔法使いを仲間にするとは」
「ささ、どうぞ。ルーシー様」
「ええ? あ、ありがとう」
ふじやんがヨイショして、ニナさんが酒を注ぐ。
ルーシーは、勧められるがままだ。
あー、これはすぐに潰されるな。
俺は、骨付き肉やらトマトソースのたっぷりかかったパスタ、ガーリックトーストを頬張った。
やっぱりここの店は美味いなぁ。
◇
「まことはさ! ストイック過ぎるのよ!」
ルーシーが酔っている。
ルーシーが酔っ払うと、寝てしまうパターンと、荒れるパターンがあるが今日は後者か。
面倒な。
「毎日毎日、飽きもせずに修行ばっかりだし。そのくせして、マリーさんには言い寄られてるし」
「後半は関係なくない?」
親切にはしてもらってるだけだよ。
「でも、お二人の噂は聞いてますよ。ブロンズランクでグリフォン討伐は凄いですよ。私でも一人では勝てませんネ」
「あれはただのラッキーですよ。俺は火傷しただけだし」
「火傷!? この世界のグリフォンは火を吐くのですか」
「そうだよ。怖いね」
「まこと~、うそ言わないで」
適当なことを言ってたらルーシーにつっこまれた。
仲間の魔法で火傷したとか、かっこ悪いじゃないですか。
そんな感じで楽しく談笑していたのだが、最近仲が良いジャンとかエミリーの話になるとふじやんの表情がだんだん、険しくなっていった。
あれ? 何か変なこと言ったかな?
ぐいっと、エールを空にするふじやん。
「……」
無言である。
「ご主人様?」
ニナさんが困った顔をしている。
「ふじやん?」
口数が少なくなった友人に話かける。
ルーシーは寝ている。
落ちたか。
「タッキー殿!」
ドンっと空のグラスがテーブルに叩きつけられる。
「は、はい」
「なんで、拙者をパーティーに誘ってくださらないのですか!?」
「え?」
怒ってるのって、そういうこと?
「ずっと待ってたんですぞ! 強くなったらパーティーを組んでもらえると言ってたではないですか!」
「そ、そうだったかな……」
「マスターは、そろそろタッキー殿が来てくれる筈だと、いつもそわそわしてましたからね」
あちゃあ。
それは、悪いことしたな。
「寂しいでは無いですか。この街で、最初にお誘いしたのに」
「ゴメン、ふじやん。もう少しレベル上げしてからって思ったんだけど」
「高月様のレベルなら、簡単なダンジョンなら問題ないですヨ」
そっか、そうだよな。
なんだかんだ、経験値を積んできたんだ。
「ふじやん、よろしく頼むよ。元A組コンビで、パーティーを組もう」
「おお! その言葉を待ってましたぞ!」
がしっと、握手する。
あ、ルーシーに相談なく決めちゃったけど、良かったのかな。
まあ、いっか。
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