17話 はじめての精霊使い


 精霊とは――目に見えない。


 精霊とは――気まぐれである。


 精霊とは――どこにでもいる。今もあなたの周りを飛び回っている。


 精霊の声は、聞こえない。

 しかし、彼らに話しかけることはできる。


 はるか昔、ティターン神族が精霊と話していた時代。

 その時の会話の一部をまとめたものが本著である。


――――『1日1分。今日からできる、はじめての精霊語』


 

「……タイトルはもう少し他になかったのかな」

 マリーさんに貸してもらった教本をぱらぱらめくりながら、寝転がった。


 ここは、冒険者ギルドの裏手を流れる水路の脇。

 ギルドには修行場もあるが、この本によると水の精霊は水辺に多くいるらしい。


「とりあえず、何か唱えてみようかな」

 精霊語は発音が複雑で、発声が難しい。

 正しい発音じゃないと精霊に届かないんだそうだ。


 ただ、発動すれば効果は絶大で、天候を変えたり、洪水を起こせるような大量の水を生成したりもできるとか。

 1000年前なら、人族の精霊使いもたくさんいたそうだが、今は廃れてしまった。

 なんでだろうね。


「あー、まことくん! 何やってるの!」

 エミリーに見つかった。

 そういえば、今週はまだ安静にしてろって言われてたんだっけ。


「読書だよ」

「水面歩行の魔法使ってるじゃない!」

「これくらいいいだろ? ジャンは一緒じゃないの?」

 ジャンの名前で話題をそらそう。


「今日は、冒険は休みよ。毎日だと疲れがたまるから。いいから、まことくんは上がって!」

 ごまかせなかった。

 仕方なく水路から地面に上がる。


「もー、ルーシーには見張っておいてっていったのに」

「そんなこと言ってたのか。でも、ルーシーこそ修行中だよ」

 最近は、ますます頑張っている。

 早く、一緒に冒険に行きたいもんだが。


「ところで、何の本を読んでるの?」

 エミリーが覗き込んでくる。

「精霊語の本だよ」

「へえー、使えそう? あ、でもまだ駄目よ。元気になってからね」

「昨日から勉強はじめたばっかりで、そんなすぐ使えないよ」

「ふうん、でも精霊魔法ってマイナーよね。使う人に初めて会ったわ」

 

 そうなんだよなー。

 冒険者ギルドにも、使い手がいないからすごいのかどうなのか、イマイチわからない。

 そもそも


「発音がすごい複雑なんだよ。たぶん、廃れたのはそのせいだな」

「そうなの?」

「ああ、例えば『水よ溢れろ』って、短い文章でも精霊語だと


――xxxxxxxxxxxxxxxx


 何気なく、本に書いてあった通りに口に出した。


「よく、聞き取れない」

「だろ? ほんと、これ覚えるのはたいへ……」


 しゃべれたのはここまでだった。

 ざーっと、頭の上に大量の水が降りかかる。

 5秒くらいかかっただろうか。

 

 残ったのは、ずぶ濡れの俺とエミリーだった。


「ちょっと……、まことくん?」

 じとっと、睨まれる。

 明るい茶髪が、ダークグレーになりしっとりとしている。

 ふわっとした僧侶服が今はぴったりと身体のラインを表している。

 けっこう、良い身体してますね、エミリーさん。

 って、何言ってるんだ、俺。


「スイマセン……」

 まずは謝ろう。

 まさか、こんな簡単に発動するとは。


「ああー、もうなにするのよー。折角、ジャンに買ってもらった新しい服なのに。下着までびしょびしょだし」

「いや、ほんと、ごめんなさい。ちょっと、待ってて。すぐ乾かすから」

「そんなすぐ、乾くわけが……」

 エミリーの服に軽く触れて。


(水魔法・脱水)


 エミリーの服から水を抜く。

 やりすぎると、服が傷む。

 結構、繊細な気を使う魔法だ。


「え? ええええっ」

 ものの数秒で、エミリーの服が元に戻った。


「な、なにこれ?」

「水魔法で、乾かしたんだよ。普通だよ」

「普通じゃないし! こんな魔法見たこと無いよ。うわ、凄っ。パンツまできれいに乾いてる」

 その報告いらないです。

 こっちが、赤面する。


「はあ、凄いわね。あなたの魔法」

「えーと、大丈夫?」

 エミリーは、はあ、とため息をついて手ぐしで髪を整えている。


「まあ、いいわ。じゃあ、読書はいいけど、まだ修行はしちゃだめよ。今週は安静にすること」

 そういって、エミリーは去っていった。

 びしょ濡れにしたことは、許してくれたようだ。

 よかった。


 ◇


 一人になり考える。

 さっきの俺たちの頭上に降ってきた大量の水。

 あれは、どこから来た?

 

 俺の魔力で生成できる分量ははるかに超えている。

 かといって、水路の水を操ったわけでもない。 

 先ほどの水は、マッカレンの水とは水質が違っていた。


「精霊が生成したのか……」

 あんな簡単に?

 たった一言で?


 あたりを見回す。

 エミリーは、もう居ない。


――xxxxxxxxxxxxxxxx(水よ溢れろ)


 瞬間、頭上に大量の水が出現した。

 

(水魔法・水流)


 その水を操る。

 巨大な水球になった。


 こ、これは……!


 使えるんじゃないか?

 精霊に水を生成してもらい、それを操る。

 水辺でなくても、戦うことができるかも。

 よ、よし。

 次の冒険では、使ってみよう。


 短剣を引き抜き、両手を合わせる。

 女神様、ありがとうございます。


(良い良い。精進したまへ)


 しばらく祈りを捧げているとルーシーがやってきた。

 

「何やってるの?」

「女神様にお礼を」

「……ふーん」

 なにやら機嫌が悪い。

 昨日の怒りが、まだ尾を引いてるのだろうか。


「どうしたの?」

「さっきさ。エミリーが、まことにびしょ濡れにされたーって、言ってたけど何したの?」

「!?」

 エミリーさん!

 許してくれたのでは?


「ちょっと、いい年して女の子を水浸しにして喜ぶってさぁ……」

 ルーシーさんの目は、怒ってるんじゃなくて軽蔑の目だった!


「違うから!」 

 久しぶりに『明鏡止水』スキルを使っても、テンパった瞬間だった。


 

 その後、ジャンにも怒られた。

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