7話 高月まことの二つ名はカッコ悪い


「お、期待のルーキー、ゴブリンの掃除屋ゴブリンクリーナーが帰ってきたぞ」

「毎日、雑魚狩りお疲れ様ね」

「たまには、大物も狙おうぜ」

「ダメよ、彼は『魔法使い見習い』だから」

「しかも、ソロだからな」

「魔法使い見習いのソロなんているわけないだろ」

「それがいるんだな、ここに」

「「「あっはっはっは」」」

 冒険者ギルドに帰るなり、野次が飛んできた。


 どうしてこうなった。


 ◇


 冒険者になって、三か月が過ぎた。


 最初のクエストでは、無事角うさぎを納品できた。

 おまけに5体のゴブリンの討伐を報告。

 ギルドのお姉さんに「はあ? 信じられない」と言われた。

 さらに無茶をしたわねと、呆れられた。


 別に無理したつもりは無かったんだけどな。

 ギルドの職員を驚かせたことに気分を良くした俺は、翌日からもゴブリンを狩った。

 見つけたゴブリンの集落は、2週間かけて全滅。


 これが冒険者ギルドで、ちょっとしたニュースになった。

 ゴブリンの集落がどこにあったかを問い詰められ、魔の森の近くだと答えると、納得してくれた。

 そのあたりには、たくさんゴブリンがいるのは、問題無いそうだ。


 ただし、魔の森はストーンランクには危険過ぎる、そのうちブロンズランクにしてやるから、あまり無茶をするなと、注意された。

 冒険者ランクを上げたいから、無茶をしていると思われたらしい。


 ただ俺の目的は、『レベル上げ』と『寿命延長』である。

 冒険者ランクは、そこまで重視してない。

 冒険者ランクを上げても、魔法使い見習いってだけで他の冒険者にはバカにされるし……。


 レベルが上がるとステータスが上がる。

 体力とか筋力とか魔力とか。

 ステータスが上がると冒険者につきものな怪我をしづらくなる。

 生き延びるために、レベル上げは必須だ。


 ゴブリンは、人を襲う危険な魔物なので、倒すと『貢献ポイント』が溜まるのも嬉しい。

 角ウサギや大ネズミでは、ポイントにならない。

『貢献ポイント』が溜まると寿命が延びる。

 俺の寿命は、未だ10年弱。

 コツコツ稼ぐしかない。


 レベル上げは楽しい。

 RPGゲームは、レベルの上がる瞬間が一番テンションが上がる。

 この異世界ならなおさらだ。


 ゴブリン狩は慣れれば楽だ。

 リスクが少なく、堅実にレベル上げできる。

 魔の森の近くで、ゴブリンを見つけては狩りまくった。

 その結果、ゴブリンの掃除屋という二つ名である


 かっこ悪いよなあ。

 どうせならもっとイカす二つ名がよかった。


「お前ら、ゴブリン狩りも少しは認めてやろうぜ。一人で健気げに頑張ってるじゃないか」

「そーいうなら、お前がパーティに誘ってやれよ」

「おいおい、水魔法しか使えない見習いなんて、どこで使うんだよ」

「まったくだ。はっはっはっ」


 嫌な会話が聞こえてくる。

 無視しよう。


「大将、串焼き盛り合わせ」

「あいよ」

 ギルド内にある串焼き屋台の前のベンチに腰掛け、屋台の店主に注文する。


「飲み物はどうする?」

「りんごソーダで」

 この店は串焼きと酒を頼むのが定番である。

 が、俺は酒が好きじゃない。

 いつもソフトドリンクだ。


「あと、おにぎり」

「あいよ」

 串が焼けるのを、待ちながら塩味のおにぎりをかじる。

 日本の米に比べると、少し固い。


 目の前では、タレが焦げる匂いが鼻孔をくすぐる。

 ギルドの屋台は他にもいろいろあるが、ここが一番のお気に入りだ。

 日本の焼き鳥に味が近い。

 なんでも、この味は昔異世界人が広めたのだとか。

 その異世界人は日本出身だろうか?


「串焼き盛り合わせ、お待ち」

 5本セットの串焼きが目の前に置かれる。

 肉は大森林で採れる角うさぎだ。

 一番最初のクエストの発注先は、この店からだった。

 それ以来のお得意様だ。

 甘辛いタレ味のぷりぷりのモモ肉の串焼きにかぶり付く。

 肉汁が口の中に広がった。


「いつも美味いね」

「ありがとよ。ところで今日の狩りはどうだった?」

 大将は、顔なじみなので気さくに会話できる。


「ゴブリン22体に、角うさぎ5体かな。肉はこの店に入れるように言っておいたよ」

「いつも悪いな、まこと。飲み物代はタダでいいぜ」

 これもお決まりのやり取りだ。


「しかし、おまえさんもよく飽きずにゴブリンばっかり狩れるな。いまレベルいくつだ?」

「14くらいだったかな。20まで頑張るよ」

「変わったやつだな。レベル20っていったら、中堅の冒険者だぞ? 俺の時は……」


 ここの大将は、昔冒険者だったそうでレベルは40を超えているらしい。

 戦士をやっていたそうだが、足を怪我してしまい引退。

 現在は、串焼き屋の大将だ。

 ときおり冒険者時代の話を語ってくれるので、参考になる。


「おう、盛り上がってるな。大将、エールと適当に串焼いてくれ」

「あいよ。ルーカス、帰ってきたのか」

 隣りに、大柄の戦士風のおっさんがどかっと座る。


「火の国で砂竜サンドドラゴン退治だ。道中、酒禁止でさ。報酬はいいが辛かったよ。おう、まこと久しぶりだな」

「たったの5日ぶりですよ。お疲れ様でした」

「おし、乾杯。ぷはー、美味ぇ」

 ルーカスさんは、マッカレンのベテラン冒険者でランクはゴールド。

 大将とは、昔馴染みらしい。

 そして、新人の指導役でもある。

 最初は色々教えてもらった。


「しかし、まことはそろそろ、ダンジョンとか挑戦してもいいんじゃないか。レベル15近いだろ」

「レベル20になったら、近くにある初心者ダンジョンに挑戦しようと思ってますよ」

「あそこの適正レベルは、10~12くらいなんだけどな……」

「僕は、弱いですからね。慎重にいきますよ」


 変なことは言っていないはずだが、大将とルーカスは顔を見合わせている。

「なんだ、このルーキー」

「ベテランから注意することが何もないな」

 いいだろう、慎重なほうが。


「お、飲んでるねー。諸君」

 金髪の綺麗なお姉さんが、俺とルーカスさんの間に割り込んでくる。

「マリーさん、お疲れ様です。仕事上がりですか」

「なんだよ、割り込むなよ、マリー」


 マリーさんは、冒険者ギルドの受付のお姉さんだ。

 クエスト依頼で顔を合わせる機会が多い。

 新人に対して世話好きである。

 そして無類の酒好きで、仕事終わりには必ずギルドで飲んでいく。

 おかげで、最近は絡まれることが日課になっている。

 俺は、飲まずに夕食を食べてるだけなんだけどな。


「私エール一つね。あと、野菜を適当に焼いて!」

「あいよ。」

「それじゃ、かんぱーい、はぁー。仕事上がりの一杯は格別だわー」

「おう、マリー。こんな小汚い屋台で飲まずに、男でも作ってお洒落なバーにでも行けよ」

「はあ? ルーカスさん! 冒険者ギルドの受付の激務を知ってるでしょう! 男なんて作ってる暇ないのよ。おっちゃん、おかわり」

「マリーさん、ペース早すぎですよ」


 黙っていると美人なんだけどなぁ。

 飲んでる時のマリーさんは、冒険者に引けを取らない酒豪だ。

「あー、まことくん! またそんなジュース飲んで。今日もそこそこ報酬もらったんだからパーッと飲まないと」

「おいおい、ギルド職員がそんなこといってどうするんだ」

 大将があきれている。

「たまには飲んでますよ」


 この国では13歳から飲酒可能だ。

 なので飲むのは問題無いが、俺はそもそも酒が好きじゃない。

 初めて飲んだエールは苦いだけだったし、火酒のロックにいたっては飲んだ瞬間、むせて吐き出した。

 唯一飲めるのが、りんごソーダを使ったカクテルくらいである。

 それもすぐ酔うので、1杯までと決めている。

 無理に飲む必要は無いのだが、冒険者で酒が飲めないと舐められるぞ、というのはルーカスさんに言われた。


「なんでたまになんだ?」

「がんばって働いた自分へのご褒美ですかね。あとは、ストレスの軽減に適度な飲酒は効果的ですよ」

 俺は、別にストレスは溜まってないが。

 最近はレベルが上がっていくのが非常に楽しい。


「おい、マリー。聞いたか?」

「いやー、しっかりしてるわねー。大将、おかわりー」

「あいよ。マリーも、毎日飲んでないで、少しは見習えよ。俺が言うことじゃないが」

「なんで、この子は若いのにこんなしっかりしてるのよー。可愛くないなー、うりうり」

 ヘッドロックをかけられた。

 マリーさんの大きな胸が背中にあたる。

 あわわ。

『明鏡止水スキル』発動!

 クールになれ、クールに。


 マリーさんは冒険者ギルド内でモテる。

 そのため、他の冒険者から嫉妬の目が集まるのを感じる。

 その中には、さっき野次を言ってきた冒険者が多く含まれている。

「っち」「あの野郎」「雑魚魔法使いのくせに」そんな怨嗟の声が聞こえる。

 俺は悪くない。


「マリーさん、酔いすぎですよ」

「まだ、全然酔ってないからー。これからだからー」

 後ろから抱きついてきた!?


「今日はゴブリン22匹だっけー。よくやった、よくやった」

 抱きつかれたまま、頭をくしゃくしゃにされる。

 マリーさんは、酔うとボディタッチが多い。

 そのため、相手を勘違いをさせやすく、惚れる冒険者は数多い。

 魔性の女だ。


 しかし! 俺は女神の誘惑を耐えきった男。

 これくらいでは、動揺しない。


――――むにゅ


 背中にふわふわしたものが、押し付けられる。

 ど、動揺しないっ!

 あ、柔らかい……


「はっ! ゴブリン狩りくらいで偉そうにしやがって」


 そんな声が聞こえた。

 振り向くと、若い戦士姿の男が立っている。

 ジャンとかいう、新人冒険者だっけ。

 半年くらい前に冒険者になったらしい。

 現在のランクはブロンズ。

 半年で昇級はなかなかのスピードだそうだ。

 しかし冒険者暦三か月の俺が有名になってしまったのが気に食わないらしく、たまに絡まれる。


「おいジャン。新人同士、仲良くしろよ」

「ルーカスさん! 最近は、なんで稽古をつけてくれないんですか!」

「俺はストーンランクの間は、面倒見るが、ブロンズランク以上は一人前として扱ってるよ」

「だめよー、ジャンくん。まことくんはおとなしいんだから、怖がっちゃうでしょ」

 別に怖がってはいない。

 いや、どうかな。

 ジャンの後ろには、魔法使いと僧侶の2人が立っている。

 3人パーティのようだ。

 正直、1対3は怖いので、大人しくしておこう。


「別にいいんじゃない。彼、魔法使い見習いでしょ? 『中級剣士』のジャンが気にすることないと思うけど?」

 ジャンに声をかけたのは、赤い髪の魔法使いの女の子だ。

 随分、露出の多い服を着ている。

 派手な美人だな。


「そうそう、さっさと討伐クエストをこなしてアイアンランク目指すんでしょ」

 と言っているのは、僧侶の女の子。

 こちらは少し童顔の可愛い系。

 女が多い。

 ハーレムパーティか……。

 けっ!

 男は黙ってソロだろう。


「お、討伐クエストか! 相手はなんだ?」

 ルーカスさんが、話の矛先を変えてくれた。


「オーガ討伐です! 最近、旅人が見かけたらしいんですよ」

「ほう! ブロンズ級パーティで、オーガか。通過儀式だな。がんばれよ!」

「はい! やり遂げて見せますよ! おい、まこと! 先にアイアンランクになるのは俺だからな!」

 言い捨てて、去って行った。

 僧侶の女の子からは、申し訳なさそうに頭を下げられた。

 僧侶の子はいい子だな。

 魔法使いの女の子は、こちらに興味ないようだ。


「気にすることないわよ?」

 マリーさんが、慰めてくれる。

 いや、全然気にしてはないですよ?

「俺はマイペースにやりますから」

 明日も、日課のゴブリンを倒すだけだ。


「言っておくが、ゴブリン22匹を一人で、1日で倒すのは、マイペースとは言わないからな」

 ルーカスさんにツっこまれる。

 そんなこと言われても、安全な狩りのフローを確立したし。

 俺はRPGで可能な限りレベルを上げてからボスを倒すタイプだしなあ。

 しばらくは、今のやり方でいこう。


 ◇


 翌日、ゴブリンを狩った帰り道。

 本日の収穫は、20匹なり。

 あとは、帰り道に角ウサギを狩って、大将の店に納品しようかなとか考えていた。

 カンカンカンカン! と突然大音量で、『危険探知』スキルのサイレンが頭の中で、鳴り響いた。


 かなり危険な魔物がいる?

 隠密スキルは発動中。

 大丈夫、俺は見つかっていないはず。

 静かに、周りを観察する。


 何かいる。

 50メートルほど先の、霧の中に巨大な人影っぽいものが映る。

 もしかするとはぐれオーガか?

 ずんぐりした人型で、頭に角らしきものがある。


 ただ――――巨大すぎないか?


 一般的なオーガは、精々身長2~3メートルくらい。

 こいつは5メートル以上あるぞ。

 歩くたびに、ズシンという重い音が響き、自分の足元が震えた気がする。

 普段は、この辺には他の魔物がいたはずだが、今はまったく見当たらない。

 みんな、逃げたな

 これでは、角うさぎは無理だな。

 ギルドに報告に帰ろう。

 静かに、その場所を離れようとしたその時。


「きゃぁああ!!」

 女の悲鳴が聞こえた。

「くそ! こいつ!」

 男の怒声も聞こえる。


(おいおい、人が襲われてるよ)


 よく見ると冒険者っぽい連中が数人いる。

 剣士と魔法使いと僧侶の3人パーティ。

 皆若い。

 ベテランの冒険者ではなさそうだ。


「てか、あいつらか」

 昨日、絡んできたジャンのパーティーだった。

 オーガ討伐に行くって言ってたもんな。

 それがピンチになっているようだ。

 ざまみろ、と言いたいところだが俺も巻き込まれたらやばい。

『隠密』のまま観察する。


(逃げるよな?)


 冒険者の鉄則は『命を大事に』。

 自分より強い敵が現れたら、とにかく逃げろ!

 ストーンランクの頃、ルーカスさんに散々注意された。

 あいつらも同じはずだ。


(魔法使いの子と僧侶の子がまずいな)

 恐怖のためか、それとも焦りか、上手く逃げれていない。

 オーガに追いつかれそうだ。


「エミリー!」

 ジャンが、僧侶の女の子の手を引いて走った

「ちょっと! 私は!」

 魔法使いの女の子が悲鳴を上げる。

 どうやら、ジャンは僧侶の子が大事なようだ。


(世知辛いなー)

 あ、魔法使いの子が転んだ。

 オーガが迫る。

 これはあかん。



→見捨てる

 助ける



『RPGプレイヤースキル』が、選択肢を表示してくる。

 おいおい。

 どう考えても『魔法使い見習い』の『ブロンズランク』冒険者には荷が重くないですか?


 頭の中で声が聞こえた気がした

(見捨てなさい)

 シンプルな指示だ。

 しかし、他に言いようがあるのでは? 女神様。



→見捨てる

 助ける



 選択肢がちかちか、光る。

 うっとおしいな!

 ちょっと、悩ませろ!

 死んだら終わりなんだぞ!


「ひぃ、こ、来ないで」

 魔法使いの女の子は、腰を抜かしている。

 オーガはすぐそこだ。

 ジャンは、魔法使いの子に「はやく、逃げろっ!」と叫んでいる。

 僧侶の女の子は、口を押えて悲痛な顔をしている。

 駄目だ。

 悩んでる時間無かった。


「いや、いや! 助けて!」

 魔法使いの子の叫びをむなしく、巨大なオーガの手が伸びる。

 ああ、もう!


「水魔法・氷刃!」


 オーガの両目に、氷の刃が突き刺ささった。

 ぎゃああああああ、オーガ叫び、目を押さえて苦しむ。


「おい、早く逃げろ」

「え、え、あ、ええ?」


 魔法使いの子は、混乱しているみたいだ。

 オーガと魔法使いの女の子の間に割り込み、俺は女神の短剣を構えた。


(ちょっとぉ、死んだら許さないわよ)


 女神様の呆れ声が聞こえた。


 すいませんね。

 カッコつけたいんです。

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