6話 女神さまのお願い
どうやら俺は、邪神の信者になってしまったらしい。
「た、タッキー殿?」
「……困ったね」
友人と再会して盛り上がっていたテンションが、一気に下がった。
確かにあの女神はちょっと怪しかった。
しかし、まさか邪神とはなぁ。
やられたよ。
「邪神ってそもそも、なんだっけ?」
「えーとたしか、神話では神界戦争で敗れた古い神様たちと言われていますな」
世界の頂点にいる神界の支配者。
神話によると過去に3回、支配者が変わっている。
世界を造った『創造神』。
創造神は、いつしかこの世界を去っていった。
次の支配者は創造神の息子、娘たちだ。
彼らは『古い神族』『旧支配者』と呼ばれる。
その支配は長く続いた。
やがて『古い神族』は傲慢になり、自分たち以外を下等な生き物と見下し、ぞんざいに扱った。
それに反発したのが、現在の支配者『聖神族』である。
その後、『古い神族』と現在の神王ユピテルを頂点とする『聖神族』の間で戦争が起きた。
神界戦争『ティタノマキア』である。
激しい戦いの末、『聖神族』側が勝利した。
彼らが、現在の神界の支配者である。
そして、『古い神族』は、邪神と呼ばれている。
そんな神話を水の神殿では習った。
「どうやら俺が信者になった女神様は『古い神族』だったみたいだね。『古い神族』は、今もどこかに幽閉されていて、神界の奪還を狙い続けている、だっけ?」
「タッキー殿が契約した女神様は、そのお一人のようですな」
「まいったな」
そんな危ない女神様だったのか。
「タッキー殿。その女神様の信者は続けるのですかな?」
ふじやんが心配そうに言ってくる。
「うーん……」
正直、まだ混乱中なんだよな。
なんとも言えず、黙っているとふじやんが話題を変えてくれた。
「ところでこの短剣は凄いですぞ! 武器の名前以外に武器の能力も鑑定しましてな!」
そうなのか。
たしかに凄い切れ味だった。
武器屋では、きちんと鑑定して貰えなかったからな。
「ちなみに、どんな能力?」
「素材は伝説の金属アダマンタイトですな。耐久は神級です。神様の力で様々な能力が付与されており『神撃』『不壊』『斬魔』『マナ共鳴』『精霊共鳴』……聞いたことない効果も多いですな。そのほかに………………」
「お、おお……」
ふじやんは、詳しく短剣の能力ついての説明をしてくれた。
え? これチート武器なの?
「これって、もしかして凄い?」
「凄いですぞ! 今まで拙者が店で扱ってきた武器の中で圧倒的に最強ですぞ! 国宝扱いを受けてもいい武器ですぞ!」
「へえ」
ふーむ、どうやら神器と言っていたのは本当らしい。
この世界にきて、初のチートが手に入った。
邪神との契約が引き換えだが。
「女神様。良い物をありがとうございました」
両手を合わせてお祈りする。
「邪神であったことはよいんですかな?」
「それは問い詰めないとね」
「しかし、会うのは難しいでしょう」
「どうかな、案外この会話も見られているかもしれない」
「まじですか」
きょろきょろと、ふじやんが周りを見渡す。
いつも見てますって言ってたからな。
見てますか、女神様。
(…………)
返事はない。
まあ、いいや。
「信者を続けるかどうかは、ゆっくり考えるよ」
「そうですか。何か力になれることは……無いかもしれませんが、相談してくだされ」
「ありがとう」
ここでふじやんが、エールを飲干した。
ちなみに、3杯目だ。
そして店員さんに、火酒のロックを頼んでいる。
「ふじやん、酒強いね」
俺はまだ、最初の一杯目が半分くらい残っている。
「商人なんて、飲まされてばかりですぞ」
苦笑するふじやんの顔は、経験者のそれだ。
「俺じゃ、商人になれないな」
そんなに飲めない。
「のんびり冒険者をやるよ」
グラスのお酒をちびっとだけ飲んだ。
「ところでこんな話は聞いてますかな。今後10年以内に大魔王が復活するらしいと」
初耳だ。
「知らなかった。本当?」
「そういう噂が広まってますぞ。国は否定しておりますが。月を除く6属性の女神の巫女全員が神託を受けたとか」
「初めて知ったよ。そうなると、勇者に選ばれた連中は大変だね」
光の勇者の桜井くんとか。
それにしても魔王か。
俺ももっと強かったら挑んでみたいけど。
「ここだけの話、我々が異世界に呼ばれたのは魔王と戦わせるためではという噂もありますな」
ふじやんが小声で言ってくる。
「ありがちだけど、それなら俺はもっと強いスキルがよかったなあ」
「いやいや、拙者は戦いは苦手ですぞ。商人が合ってますな」
「そっか。ふじやんは、自分に合ったスキルみたいでよかったね」
俺はもう少し戦闘が強くなるスキルが欲しい。
「今は、各国が魔王との戦いに向けて、戦力を集めてるそうですな」
「あー、だから水の神殿には色んな国からスカウトが来てたのか」
ふじやんは、情報通だ。助かる。
「ところで、今後はタッキー殿はどうするんですかな?」
「しばらくは冒険者をしてレベルを上げるよ。」
「よかったら拙者とパーティを組みませんかな?」
「ふじやんと?」
商人って戦えるのか。
さっき戦いは、苦手だと言ってなかったけ?
話を聞いてみると、商人は戦えないが冒険者を雇ってダンジョンの探索とかはするらしい。
昼に会った店員さんはシルバーランクの冒険者だと言うし。
ふじやんのお金で雇った戦力と一緒に安全に冒険できる。
魅力的だ。
だけどなぁ。
それじゃあ、ぬるま湯過ぎる。
「ありがたいけど、まずはソロで頑張ってみるよ。そのために神殿で修行してきたし」
「そうですか、残念ですが困ったらいつでも声をかけてくだされ」
ありがたいことを言ってくれる。
持つべきは、クラスメイトの友人だな。
その後は、前の世界の思い出話や、こっちの世界で楽しかったことなどの話題に花を咲かせた。
前の世界の思い出は何と言ってもゲームの話だ。
一年も経っているので、きっと色々なタイトルを逃してるんだろう。
こちらの世界で、ふじやんは大陸中の食べ物を食べたようだが、意外にレベルが高いと、褒めていた。
ただし、この世界にラーメンが無いことが不満らしい。
なので、いずれラーメンチェーンを展開すると、意気込んでいる。
おれはハンバーガーが食べたいな。
昔はゲームをしながらチーズバーガーと、ポテトと、コーラがあれば生きていけた。
懐かしい。
「タッキー殿は不健康過ぎますぞ。ハンバーガーとポテトで3日間徹夜はやばいでしょう」
「朝ごはんにラーメンやカレーを食べるふじやんには言われたくないけど」
「最近は出来ませんな」
「こっちの世界は、健康的になるね。神殿の食事は薄味の野菜スープとか、雑炊とかでさ」
「あれは味気なかったですな。今度、商業の国キャメロンに来るといいですぞ。あそこは金持ちの国なので食べ物が美味いですからな」
夜遅くまで、語り明かした。
解散したのは深夜を回っていたと思う。
ふじやんの家に泊まっていかないかと、再三誘われたが、甘えすぎるのもよくないと思って断った。
お店のお金は全て出してもらったし。
今度おごり返そう。
俺は冒険者ギルドにある、冒険者用の休憩室の大部屋の隅っこで毛布に包まり、初めて冒険者としての夜を過ごした。
他の冒険者のいびきやら寝言でうるさかったが、疲れていたのですぐに眠れた。
◇
その晩、再び夢を見た。
何もない空間だ。
一日ぶりである。
「……何をやってるんですか? 女神様?」
女神様が土下座していた。
背筋をぴんと伸ばし、手を八の字に。
後頭部を相手に見せるのは、相手に降伏を示すとか示さないとか。
さりげなく見えるうなじが色っぽい。
違う、そうじゃない。
「ノア様」
やさしく呼びかける。
女神様の肩がびくん、と震えた。
「女神様のお名前ですよね?」
「………………………………………………はぃ」
か細い声で返事がきた。
「邪神だったんですか?」
「……」
答えはない。
「とりあえず、顔を見せてください。土下座をされっぱなしだと落ち着きません」
「信者を辞めないでくれますか?」
「……」
「無言はヤメテ!」
がばっと、顔を上げて、立ち上がり肩をつかまれた。
「ごめんなさい! 騙すつもりはなかったの。言わなかっただけで」
それを詐欺と言うのでは?
「詐欺じゃないし! あと、女神なのは間違いないから!」
「でも『古い神族』なんですよね?」
「古いっていうのもちょっとさー。嫌な表現よねー。私はティターン神族の中じゃ、若い方だし」
拗ねたように、空中を蹴る仕草をする。
相変わらず、可愛い。
あ、にやっと笑った。
心が読めるんだったな。
「可愛い女神様。俺が信者じゃなくても大丈夫そうですね」
女神様の顔が引きつる。
「無理無理無理! 一人信者を作るのに1000年待ったのよ! 信者がいなければ神の力は弱いままだし。私は邪神扱いされているから、信者なんてできないし。異世界人くらいしか勧誘できないんだから!」
その異世界人もほとんど、6大女神に抑えられてましたね。
「ね、ねえ、その短剣よかったでしょ?」
「これですか?」
腰の短剣に目をやる。
ふじやんの話だと、確かに凄まじい武器だった。
きっと、まともにこの世界で冒険して手に入るものではなかったはずだ。
「でも、鑑定で邪神ってばれてしまうのは少し迂闊でしたね」
「ちがうのよ! 並の鑑定じゃ、ばれないはずだったの!」
ふじやんのスキルが並じゃなかったということか。
さすが『鑑定・超級』。
てか、騙す気満々じゃないですか。
「いや、でもね。えーとね」
女神様はもじもじしている。
うまい言い訳が、思いつかないようだ。
だが、まあ邪神っていうのは隠されたが、もらった武器の性能は本物だった。
水の神殿では武器は貰えなかったし、この短剣が有るのと無いのではずいぶん違う。
ならば、言うべきは。
「ノア様。この短剣はありがとうございます。大事に扱います」
「気に入ってもらえたならよかったわ」
にっこり笑う。
こうしてみると邪神にはとても見えない。
「いや、邪神っていうのは『聖神族』の連中が勝手に言ってるだけだから。私も女神だから」
唇を尖らせてそんなことを言ってきた。
そっか。
なんでも、女神は嘘がつけないらしい。
ふじやんが、教えてくれた。
なので、女神というのは嘘ではない。
そう思うと、最初の出会いの会話も詐欺ではないかな。
「いいですよ。信者のままで」
「ほ、ほんと!?」
「ええ」
正直、嬉しかったのだ。
この世界に来て、「期待してる」と言ってくれたのは、女神様だけだった。
他の人には、ばかにされるか、同情されるか、心配されるか、だけだった。
あー、でも心の中読まれてるからなー。
やっぱり、同情なのかな?
そんなことを考えていると、急に女神様が近づいてきた。
「まこと」
抱きしめられる。
「あなたは大切な私の信者よ。期待してるから、ゆっくり強くなりなさい」
「さすがにわざとらし過ぎて胡散臭いですよ」
「ひ、酷い! 頑張ったのに!」
頭をぽかぽか叩かれた。
すいませんね。
『明鏡止水』スキルと『RPGプレイヤー』スキルが優秀なもので。
自分が女神様に抱きしめられている姿を傍から見るのは照れくさい。
なんにせよ、契約は継続である。
女神ノア様の信者として、頑張ろう。
「ところで、あらためて女神様からの指示はないんですか?
「なんで、そんなに神託を欲しがるの?」
「女神様と出会って、イベントが短剣貰えるだけっていうのはちょっと」
大抵は、魔王を倒せとか、無茶を言われるものだと思う。
RPGのお約束的に。
「変な信者ねー」
困った顔で女神様が言う。
「じゃあ、こんなのはどう? 私は現在『聖神族』の連中に逆らった罪で監禁中なんだけど、私を助けに来てくれるっていうのは」
おお! すごい。
王道のイベントだ。
囚われの女神様を救う。
憧れのシチュエーションだ。
そうそう、そういうのが欲しかったのだ。
「『古い神族』が囚われているという場所ですね」
「あー、それは違う場所ね。『古い神々』が幽閉されているの『タルタロス』は、人間じゃまず行けなんだけど、私はまだ若い神だから別の所なの。ぎりぎり人間でも見つけられる場所よ」
そうなのか。
神話だけでは知らないこともいっぱいありそうだ。
「私が居るのはね、深海の海底神殿」
「え? 今なんて」
「深海の深淵。この世で最も深いと言われるダンジョン。その最終地点に在る海底神殿」
女神ノア様が告げたのは、この世界のトップ3の高難度ダンジョン。
その一つだった。
人類未到達ダンジョンなんですが。
「あはは、やっぱりやめとく?」
女神様さまはにこやかに聞いてくる。
「行きますよ。そこを目指しますから。短剣のお礼に助け出します」
「短剣は、信者になってくれたお礼だから、気にしなくていいけどね。毎日、お祈りしてくれたらそのうち加護や、追加のスキルが得られるかもしれないから、信者は続けたほうがお得よー」
新聞の勧誘のようなことをいう女神様だな。
「あら、失礼ね。じゃあ、そろそろ目覚めなさい」
意識がぼんやりしてきた。
「気が向いたら、私を助けに来てね。気長に待つから」
ニコニコしたノア様が手を振っている。
俺の寿命はあと10年なんだけど。
とりあえず、レベル上げと寿命稼ぎするか。
「私を解放してくれたら、何でも言うこと聞くわよー」
そんな声が聞こえた。
また、適当なこと言ってませんか? 女神様。
◇
朝起きて、手の甲を見る。
紋章は変わらずだ。
魂書には『女神ノアの眷属』と書かれている。
邪神と書かれてなくてよかった。
(頑張りますよ。ノア様)
短剣を両手で握り、祈りを捧げる。
「よし、やるか」
今日からマッカレンでの冒険者生活がスタートだ!
冒険者ギルドの休憩室から出て、受付に向かった。
朝早い時間なので空いてる。
「えーと、高月さんのレベルと冒険者ランクだと、このへんですね」
ギルドの受付のお姉さんに案内された依頼は
・大森林で角うさぎの捕獲(3体)
・火の国への荷馬車の荷物持ち(2食+宿泊代金付き)
・太陽の国へ荷馬車の荷物持ち(3食+宿泊代金付き)
お使いクエストばかりだった。
「モンスター討伐みたいなのは、無いですか?」
「あなたソロでしょ? 最近はパーティ用の討伐クエストばっかりなのよねー」
「そうですか……、では、角うさぎの捕獲で」
「はいー、受付ました。ちなみに、ゴブリンやオークが出たら退治もしくは報告してください。常時クエストなので、報酬も出ます」
ほう、そうなのか。
「あなたのレベルだと、退治は難しいと思うから、逃げた方がいいと思うけど」
注意された。
まあ、オークは戦ったことないし。
出会ってらまずは様子を見よう。
「何か質問はある?」
「いえ、大丈夫です」
「そ、じゃあ、がんばってね。はい、次のかたー」
冒険者ギルドを出て、西門へ向かう。
守衛さんには、ギルドのラインセンスカードを見せるとすんなり通された。
がんばれよー、と声をかけてもらえる。
軽く頭を下げて、森のほうへ向かった。
向かうは大森林である。
――大森林。
『水の国ローゼス』と隣接する『木の国:スプリングローグ』
その大部分を占める森林である。
大森林の中には、迷いの森と言われる天然のダンジョンや、魔の森と言われる強い魔物で溢れている場所がある。
ちなみに、俺が1年間修業をしていた水の神殿の裏手は、大森林の中でも、精霊の森と呼ばれており、魔物が出ない安全な場所として有名である。
今回のクエストは、大森林に広く生息している『角うさぎ』という獣だ。
ウサギに角が生えた、見た目可愛らしい動物だが、魔物である。
ただし、人は襲わず、農作物を荒らす害獣。
そのため、討伐クエストの対象になっている。
肉は食用として、適しているらしい。
「いた」
茶色いウサギの額には、小さな角がある。
成長すると、角が大きくなると本に書いてあった。
(水魔法・氷の矢)
隠密スキルで近づき。
気付かれる前に、氷の矢を放つ。
俺の魔法では威力が弱すぎるて、仕留めきれないのでとどめは短剣で刺す。
すぐに3体の狩りが完了した。
帰ろうかと思ったが、先ほどから敵探知スキルの警報が鳴っている。
この感じ、ゴブリンだ。
おそらく、ゴブリンの集落が近くにある。
大森林の地理には詳しくないが、事前に予習をしておいた記憶だと、この辺りは魔の森が近いはずだ。
強い魔物は、魔の森の奥にいる。
弱い魔物は魔の森の手前にいるらしい。
(数は四十体くらいか)
前回、戦った10倍。
普通に考えれば、逃げるしかない。
しかし、魔の森の近くは深い霧で覆われており視界はほぼゼロだ。
俺は『敵探知』スキルと『暗視』スキルがあるので問題ない。
(何匹か、単独行動しているやつがいるな)
隠密スキルを使って、各個撃破すれば、ある程度数を減らせるかもしれない。
(どうする?)
→逃げる
戦う
『RPGプレイヤースキル』が空気を読んで選択しを表示してくれる。
ギルドには報告するが、どうせなら倒してしまってもいいだろう?
(変なフラグ立てないで!)
そんな、声が聞こえた気がした。
女神様、見過ぎです。
俺は、スキルで足音を消し、1匹で歩いているゴブリンにそろりそろりと慎重に忍び寄った。
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