8話 仲間になりたそうにこちらを見ている

 目を押さえて苦しんでいるオーガは、見上げるほどの巨体だ。

 腕は巨大な木の幹のようで、針金のような毛が生えている。


 デカ過ぎだろ。

 こんなやつとどうやって戦うんだよ。

 ついでに言うと、もう魔力がほとんど残ってないんだよな……。

 水の生成は、もうできない。


「おい! 早く逃げろ」

 もう一度、魔法使いの子に声をかける。


「は、はい」

 這うように逃げて行った。

 よしよし。

 その間に、オーガは目に刺さった氷の刃を抜いている。

 眼の傷がみるみる治っていく。


「おいおい、まじですか」

 オーガに再生能力があることは、知っていたがここまでとは。

 短剣で切っても、すぐ治ってしまいそうだ。


「おーい、こっちだ」

 言葉がわかるのか怪しいが、注意を引くために声をかけてみる。

 ぎろりと、オーガがこちらを睨む。

 すぐさま俺を踏みつぶそうと足を上げた。

 やっべ。


『回避スキル』発動!


 盗賊のスキルを発動させて、巨人の攻撃をかわす。

 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! 繰り返し、足踏みされる。

 俺はそれを回避し続ける。


 ひいぃぃ、踏み潰されたらオワル!


 しばらくオーガの踏みつけ攻撃が続く。

 だが、いつまでたってもあたらない。

 スキルは偉大だ。

 魔法使いの子は、遠くに逃げたみたいだ。

 よし、じゃあ次だ。


『逃走』スキル!


 スキルを発動させて、オーガから離れた。

 顔を真っ赤にして、こちらへ走ってくる。

 おお、怖い怖い。


 巨大な怪物が、一直線にこちらに迫ってくるのは迫力があるなぁ。

『明鏡止水』スキルで恐怖に身体がすくむ事は無いのが救いだ。

 捕まったらお終いだけど。

 直線スピードでは、敵わないので、森の木々の間を縫うように移動する。


 しばらく走って目的の場所に到着した。

 沼が見える。

『マッピングスキル』で探っておいた。

 近くにあってよかった。


(水魔法・水面歩行)


 沼に入る手前で、自分とに魔法をかけた。


「おーい、ここだぞー」

 正念場だ。

 上手くいくか?


 駄目なら、どうしよう。

 オーガが、突進してきた。

 よし、いいぞ。


 オーガは自分が今沼の上を歩いていることに気づかず、俺に向かってくる。

 沼の中央あたりに誘い込むことに成功した。


(水面歩行・解除!!)


 オーガにかけた補助魔法を解除する。

 ざばっと、大きな水しぶきをあげてオーガが沼に飲み込まれた。

 もちろん、オーガはすぐに水面に出ようともがく。

「させるか!」


(水魔法・水流)


 水の流れを操作する魔法を使って、沼に渦を作り出す。

 これで、うまく泳げないはずだ。

 さらに、水と沼の底のヘドロを絡ませて、オーガの足から徐々に沼に引きずりこんだ。

 あああああぁぁぁっぁ……、と悲痛な声を上げながらオーガは沈んでいった。


 それから約10分。

 沼の中でオーガが息絶えたことを確認する。

 10分間、息継ぎなしで水中で暴れていた。


「うまくいって良かった……」

 冷や汗が、今ごろ出てきた。


「おーい! まこと。大丈夫か?」

 ジャンがパーティと一緒にやってきた。

 全員無事みたいだな。

「今、倒したところだよ」

 そういって、オーガを水面に浮かせる。


「お、おまえ。あのでかいオーガを倒したのか!?」

「す、凄い」

 ジャンと僧侶の子が驚愕の声をあげる。

「あ、ありがとう」

 魔法使いの女の子にお礼を言われる。

「あー、とりあえず、オーガの首だけ持って帰ろう」

 ジャンは、頭をガシガシ掻くと、手早く俺が仕留めたオーガの首を落としてくれた。

 その後、魔物を避けながらギルドへ戻った。

 はあ、疲れた。

 今日は早く寝よう。


 ◇


「おまえら! このオーガを見ろ! 通常の倍のサイズはある大物だ! 倒したのは誰だと思う!」

 冒険者ギルドの本日の獲物の展示スペースでは、ルーカスさんがエールを片手に叫んでいる。

 大分、酔っぱらっているな。


 なんでも、今日戦ったオーガはただの魔物じゃなくて、大鬼ビッグオーガという珍しい種類らしい。

 ルーカスさんには、大鬼に一人で挑むなんて自殺行為だと怒鳴られた。

 が、今はそんなこと忘れているようだ。


「誰が倒したのー?」

 今の声はマリーさんだな。


「我らが期待のルーキーまことだ! もう、ゴブリンの掃除屋なんて呼ばせないぞ! あいつは、オーガキラーだ!」

「「「「「おー!!」」」」」

と歓声があがる。

 このやりとりは、すでに3回目だ。

 オーガキラーって名前も恥ずかしいので勘弁して欲しい。

 騒ぎを遠目に、いつもの串焼きのベンチに腰かけた。


「今日はヒーローだな」

 大将が、笑いかけてくる。

「疲れた。もう寝たい」

 早く寝たいけど、俺の寝る場所はギルドの休憩室なんだよな。

 こんな騒ぎの中じゃ、寝たくても寝れない。


「まあ、いいじゃないか。何か飲むか?」

「酒はさんざん飲まされたんで、水ちょうだい」

「あいよ」

 グラスに注がれた水が出てきた。

 ぬるい。

「水魔法・冷化」

 水を冷やしてちびちび飲みながら、酔いを醒ました。


「ねえ、ここいい?」

 ふいに、横から声をかけられた。

 さっき助けた魔法使いの女の子か。


「ご自由にどうぞ」

 魔法使いの子が、隣に腰掛ける。

 赤毛に赤目、釣り目で気が強そうな印象を受けるが凄い美人だ。

 そしてよく見ると、耳が尖っている。

 エルフ?

 この子エルフだったのか。

 この世界に来て初めて見たな。

 ファンタジーの定番。

 密かにテンションが上がる。


 ただ、この子は髪と目が赤い。

 神殿で読んだ本では、この世界のエルフは金髪か銀髪、目の色はブルーかグリーンと書いてあった。

 だから違う種族かも。

 あとで、マリーさんにこっそり聞いてみよう。


「おじさん、何かカクテルってある?」

「あいよ」

 ソーダ割りが出された。


「今日はありがとう」

「どういたしまして」

 グラスを、こちん、と小さく当てた。


「私、ルーシーって言うの。まことは命の恩人だわ」

「気にしなくていいよ。ギルドからは報酬が出たし。神様への『貢献ポイント』も溜まったから」

 寿命が1週間くらい伸びた。

 でも、気持ち的には寿命が1週間くらい縮んだ。

 オーガとは当分戦わなくていいや。


「でも、すごいわ。あなたブロンズランクの魔法使い見習いでしょう? あの大鬼を一人で倒すなんて」

「ラッキーだったよ」

「私なんて、上級魔法が使えるのに、全然、役に立たなかった……」

 ルーシーは上級魔法が使えるらしい。

 うらやましい限りだ。

 ただ今日はせっかくの魔法が見れなかったな。


「そりゃ、凄いね。俺のスキルと交換して欲しいよ」

「ちがうわ! 私、スキルは強いけど、全然使いこなせてなくて。どうやったら、あんなに早く魔法を発動できるの? あれって無詠唱よね?」


 威力が低いうえ、弾数が少ないからね。

 無詠唱で叩き込まないと、話にならない。


「熟練度が50以上なら無詠唱ができるよ」

「それは知ってるけど、そこまで上げるのがどれだけ大変か……」

「俺、魔法をゼロから覚えてから1年3か月だよ?」

「はあ? うそでしょ」

「いや、だって異世界から来たし」

「異世界人……。1年前にやってきた勇者の仲間たちね」

「いや、勇者の仲間ってわけじゃ……。たしかにクラスメイトだけど」


 強力なスキルを保持しているクラスメイトたちは、この1年で有名人になっている。

 各国で、要職についているものも多い。

 若干、この世界のパラーバランスを崩したらしい。

 俺には関係のない話だが。


「やっぱり異世界のひとって凄いのね!」

 ルーシーは目がキラキラしている。

 あー、これは何か勘違いしているな。

 俺、ステータスめっちゃ低いですよ?


「あ、あの……」

 ルーシーが持っていたグラスを置き、俺の手を握る。

 身体を近づけて、囁いてきた。


「私とパーティを組まない?」

 顔が近い。

 今は『明鏡止水』スキルと『RPGプレイヤー』スキルを使ってない。

 酔うと、スキルを使うのが面倒でさ。


 結果、至近距離でルーシーの顔を見つめることになる。

 整った顔に覗き込まれてどぎまぎしてしまう。

 れ、冷静になれ。冷静に。

『明鏡止水スキル』を発動するんだ。

 だがいつもは頼りになる『明鏡止水スキル』が酔って上手く発動できない。

 あかん、飲み過ぎた。

 ダメ! あ、息がかかる……。


「ちょっと、それどういうこと!」


 誰かの大声で我に返った。

 ジャンのパーティにいた、僧侶の女の子だ。

 隣にジャンもいる。


「なによ、エミリー」

「なによ、じゃないでしょ! あなた、最近わたし達のパーティに入ったばっかりじゃない!」

「それがなに? 私を見捨てて逃げたパーティーに用はないんだけど」

 おっと、ルーシーさん。

 オーガから逃げた時のこと、根に持ってますね。

 でもジャンは、必死で逃げろと言ってましたよ?


「なあ、ルーシー。さっきは悪かったよ。ただ、どうしても2人一緒には助けられなかったんだ」

「それはあんたらがデキてるからでしょ。頼りにならないリーダーは要らないわ」

 ルーシーはばっさりと、ジャンの謝罪を拒絶する。


「あんた、何様のつもり!」

 エミリーはルーシーにつかみかかる勢いだ。

「うるさいのよ、ビッチが。私がパーティに入って、不安になったからジャンを誘惑して抱いてもらったんでしょう? 夜は二人で消えてたもんね」

「ばかなこと言わないで!」

 おお……。

 童貞には、刺激が強すぎるんですが。

 ジャンは、二人を見比べておろおろしている。

 止めろよ、リーダーだろ。


「おーい、なに騒いでるんだ」

「なにー、けんか?」

 ルーカスさんが、やってきた。

 マリーさんも、一緒だ。


「酔っ払いのケンカですよ」

「はい、はい。エミリーとルーシーは離れた離れた」

 マリーさんが慣れた感じで、一触即発の二人の間に入る。


「ジャン。おまえ、まことに言いたいことがあったんじゃないのか?」

 ん? そうなの?

 ジャンを見ると、目線をあわさず、もじもじしている。

 なんですか。

 愛の告白ですか。


「す、すまん! まこと、助けてくれてありがとう!」

 深く頭を下げられた。

「ああ、別に」

 気にしてないし。

 ジャンについては、正直助けたという印象は薄い。

 自力で逃げ切れてたようだったし。


「なんていいやつなんだ……」

 そんな感動した、みたいな目で見られても困る。

「まことさん! 私からもありがとう。ジャンの言ったことは、許してあげて」

 僧侶のエミリーさんにまで謝られる。

 うーむ、ちょっと照れるな。


「まこと! 罵倒してやりなさい! この役立たずどもに」

「あんたは黙ってて、ルーシー!」

 そうだね。

 ルーシーさん、ブーメランが頭に刺さってますよ?


「まこと、ジャンのことはこれでいいか?」

「いいも何も、最初から気にしてないですよ」

「まあ、気にしてないならいい。新人同士、今後は仲良くしてくれ」とルーカスさんがまとめた。


「ジャンのことは、これでいいだろう。ところでルーシー?」

 ルーカスさんがルーシーのほうを向く。

「な、なに?」

「おまえ、まこととパーティ組むのか?」

「そ、そうよ!」

 胸を張って答える。

 あれ? オーケーしたっけ?


『RPGプレイヤー』スキルが選択肢を表示してくる。



『ルーシーを仲間にしますか?』


 はい

 いいえ ←



 うーむ。

 急な話だしなー。

 ルーシーさんは美人だけど。

 俺のスキルやステータスを知ったらがっかりするんじゃないか? とネガティブ思考が頭をよぎった。

 ここは『仲間にしない』ほうが無難かなー。


「まこと、パーティ組むのか?」ルーカスさんが聞いてくる。

「うーん、俺はソロを続けようかと」

「ええ!? そ、そんな」

 ルーシーが悲鳴を上げる。


「あはっ! 振られてるー」

 エミリーがいい笑顔でルーシーを煽る。

 ちょっと、エミリーさん?

 煽らないでください。


「な、なんで! 私じゃだめ?」

 何でというほど、あなたのことを知らないんだよなぁ。

 ただ、ルーカスさんはルーシーの味方のようだ。


「まこと、今後も冒険者としてやっていくには、魔法使い見習いがソロはきついと思うぞ」

「俺はのんびりやりますよ。しばらくはブロンズランクでいいんで」

「いや、今日おまえが倒したオーガはブロンズじゃ倒せない魔物なんだが……」

「あと、やっぱり俺はステータスが低い魔法使い見習いですし。ルーシーさんもきっとがっかりしますよ」

といって魂書ソウルブックをルーシーに見せた。


「ええ! なにこのステータス!」

「ま、まことってこんなステータスで冒険者やってたのか……。剣も振れないじゃないか……」

「え……。『魔力:3』って……。一般人?」


 うるさいよ、おまえら。

 というか、ジャンとエミリー。

 二人は見ていいと言ってない。勝手に見るな。


「ねー、本当にひどいステータスでしょー? なのに頑張ってるんだよー。まことくん」

 マリーさんがよしよしと頭を撫でてくる。

 慰めてるようで、貶してませんか。


「筋力は無い、体力は無い、魔力は無い、ただ魔法熟練度だけは馬鹿みたいに高いんだよな」とルーカスさんが、ビールを飲み干しながら続ける。


「ええええ! 魔法熟練度:90!? あ、頭おかしい……」

 ルーシーが変態を見る目でこちらを見た。

 失礼なやつだな。


「使える魔力が少ないんだから、使い方を工夫するしかないだろ」

 この1年、ひたすら熟練度の修行を続けてたからな。


「だから、オーガをわざわざ水辺まで誘い出して倒したんだな」

 ジャンは感心したように言う。


「そういうわけで、ルーシーさん。別の人を当たってくれ」

「ちょ、ちょっと待って! 私は気にしないから!」

 おっと、ステータスを見せたのに食い下がられるのは意外だな。


「考え直して、まこと。私の『炎魔法:王級』スキルは、きっと役に立つから」ルーシーが続ける。

「『王級』ってすごいな」

 クラスメイトにもほとんどいなかった気がする。

 相当なレアスキルだ。


「うーん」

 考え込む。

 正直、水の神殿で修行していた時代から、パーティを組むことは諦めていた。

 散々、見下されてきたから。

 ずっとソロでやっていく覚悟だった。


「ルーシーを入れてくれるパーティなら、他にもいっぱいあるんじゃないの?」

 王級スキル所持の魔法使い。

 引く手あまたなイメージだ。

 ふっと、ルーシーが目をそらす。


「い、いや、私くらいになると入りたいパーティは自分で決めるから」

「何言ってるのよ、あんた。どこのパーティでも1ヶ月と持たずに、追い出される厄介者で有名じゃない」

 エミリーが横やりを入れてくる。


「うるさいわね、さっきから!」

「本当のことでしょ!」

 ルーシーとエミリーが、キシャー! と猫のように威嚇し合っている。


「はーい、二人はこっちで飲みましょうねー」

 マリーさんがジャンとエミリーを連れて行った。

 ありがとう、マリーさん。


「こいつ、スキルは強いんだが、まだ使いこなせてなくてな」

 ルーカスさんが補足してくれる。


「なかなか、一つのパーティに定着してないんだが、まことと一緒なら安心な気がするんだよ」

 ええ、安心かなあ。

 ステータス最弱の魔法使い見習いとスキルが使いこなせない魔法使い。

 バランス悪くない?


「俺、魔法使い見習いだよ?」

「大丈夫よ! 一緒に、修行しましょう!」

 ルーシーが力強く言ってくる。


 魔法使い同士で修行か。

 それは、ちょっとあこがれるな。

 水の神殿は、周りが小学生みたいな子供ばっかりで仲間と修行って感じじゃなかった。


 また、選択肢が出た。


『ルーシーを仲間にしますか?』


 はい

 いいえ ←



 あれ?

 俺、さっき『仲間にしない』選んだよね?

 この選択肢って、ただの雰囲気作り用なのか?

 や、役に立たねぇ。


「いいじゃないか、ためしにパーティ組んでみろよ」

「そうそう、まことは、もっと冒険者同士で交流したほうがいいわよ」

 戻ってきたマリーさんも勧めてくる。

「まこと、仲間は大事だぞ」

 大将にまで言われた。


 断れない雰囲気だ。

 ああ、これはあれだな。

 ゲームで見たことがある。


――強制加入イベントだ。


 改めてルーシーを見てみる。

 クリッとした大きな目で、気が強そうな魔法使いの女の子。

 顔は、ぱっと見渡してこのギルド内でもトップクラスの美人さんだ。

 強力な『火魔法:王級』スキルの保持者。

 俺にはもったいない。

 贅沢を言っては、罰があたるか。


『RPGプレイヤースキル』がしつこく催促してくる。


『ルーシーを仲間にしますか?』


 はい ←

 いいえ



(はぁ、わかったよ)


 俺はルーシーに右手を出した。

「よろしく」

「こちらこそ!」

 ルーシーが満面の笑顔で、力強く手を握り返した。



 こうして異世界に来て、初めての仲間ができた。

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