第9話 再生 2
───カルサナス都市国家連合 フェリシア城塞南東 帝国軍陣地 6:07 AM
陣地後方に建てられた大きなテントの中で、玉座に座るジルクニフの回りを3人の騎士が取り囲み、それぞれ報告を受けていた。
「それでバジウッド、状況は?」
「わが軍が到着したと同時に、フェリシア城塞内を占拠していた亜人軍二万がおっとり刀で外に飛び出してきやしたぜ。敵は隊列を整えて現在500メートルほど距離を置き、睨みあってる最中でさぁ」
「巨大な化物の位置は?」
「亜人軍二万の後ろに、羽を生やした蛇のモンスターが待機してますね。もう一匹の巨人は、北側城壁から動きを見せないとの事です」
「敵は二万、こちらは八万だ。亜人共をコの字型に取り囲み、周囲から一気に押しつぶせ。但し、蛇のモンスターが前に出てきたら即座に距離を取り、隊列を整えさせろ」
「了解です。では我々も戦線に立ちますので、ここで失礼します」
3人を見送ると、ジルクニフは静かに目をつぶった。
バジウッド、ニンブル、レイナースは騎乗し、それぞれ中央・左翼・右翼の部隊へと散っていった。そして声を張り上げて兵達に指示していく。
「敵を取り囲め、逃げる隙を与えるな!亜人共を皆殺しにしろ!!」
『おーーーーー!!!』
兵士達の怒号と共に、指揮官の3人は掲げていた剣を振り下ろした。
『全軍突撃!!』
戦いの幕は切って落とされた。前衛の槍兵達が突進し、レッドキャップに槍を突き立てる。その後間髪入れずに後方の重装騎兵が敵陣へ飛び込み、次々と敵を薙ぎ払っていくが、それを受けて後方のオーガ部隊が一気に前進し、帝国軍の突撃をブロックした。
左右からも圧力がかかり、亜人軍は徐々に中央へと集められていくが、その時後方に控えていた有翼の蛇が前進を開始した。それを見たバジウッドは咄嗟に指示を出す。
「全軍後退!!隊列を組みなおせ!」
帝国軍の前線が後方に下がった刹那、数十体のレッドキャップがオーガの頭上を飛び越えて、素早い動きで突進してきた。そのスピードに兵士達はついていけず、止める事すら叶わない。帝国軍の隊列を突破したレッドキャップは、一目散に後方に控える戦闘指揮所まで突っ走った。テントの回りで警戒に当たっていた兵士達が中に向かって叫ぶ。
「陛下!敵軍の一部がこちらに向かって特攻してきます!!私達が食い止めますので、陛下はすぐに退避を!」
「何だと?!」
ジルクニフは傍らに立てかけてあった剣を抜き、テントの外に出た。レッドキャップの一団に向かって近衛兵達が突進していくが、その素早さに成す術もなく次々と倒れていく。残す距離は50メートル。ジルクニフは剣を正眼に構え、覚悟を決めたその時だった。突如背後から、しわがれた男性の声が耳元で響いた。
「...ホッホッ、お強くなられましたな皇帝陛下。嬉しく思いますぞ」
「何奴!!」
ジルクニフは咄嗟に右後方を振り返ったが、そこには誰もいない。そしてその場にいないはずの何者かは、突如魔法を詠唱した。
「
すると直径50メートル・高さ100メートルに渡る巨大な竜巻が目の前に発生し、迫りくるレッドキャップの軍勢を飲み込んで天高く吹き飛ばした。するとジルクニフの右隣にいた何者かの姿が徐々に鮮明になっていく。それを見てジルクニフは驚愕した。
「じ、じい?!...いや、フールーダ・パラダイン?!」
「お久しゅうございます皇帝陛下。お元気そうで何よりでございますぞ」
背丈の半分ほどにまで伸ばした長い口髭をワシワシと撫でると、フールーダは笑顔を向けた。ジルクニフは信じられないと言った様子で、フールーダの顔から足元までを見渡す。
「き、貴様、ナザリックに身をひそめていたのではなかったのか?」
「左様。魔導王陛下に手ほどきを受けておりましたのじゃ。この
「...帝国を裏切ったお前が、今更何をしにここへ来た?」
「ご安心召されよ、皇帝陛下の身とカルサナス住民を守るよう、魔導王陛下から命じられましてな。エリプシスと名を偽り、先行してベバードの街に身をひそめていましたのじゃ」
「そのゴウン魔導王閣下はどうしたというのだ?救援を申し入れていたはずだが」
「それでしたらほれ、あちらに...」
フールーダが指差す先の平野には、いつの間にか巨大な暗黒の穴が口を開けていた。そしてその中から、続々と
指揮官にアルベドとコキュートスをその場に残し、階層守護者達に守られた馬車はジルクニフのいるテントへと近づいてきた。そして彼の目の前で停車すると、階層守護者とルカ達は下乗する。マーレが馬車の折り畳み式階段を引き出すと、皆がその場で片膝をついた。
馬車の中からアインズ・ウール・ゴウン魔導王が姿を現すと、フールーダもひれ伏すように片膝を付く。ジルクニフはその圧倒的な迫力に固唾を飲みつつも、臆せずアインズに歩み寄っていった。
「ゴウン魔導王閣下、お待ちしていた!我が帝国の救援に答えてくれたことを、心より感謝する」
「遅くなって済まない、ジルクニフ殿。こちらも色々と準備があったのでね」
アインズはジルクニフの隣で目を伏せる老人に目を向けた。
「フールーダよ、時間稼ぎご苦労であったな」
「ははー!勿体なきお言葉、ありがたき幸せにございます魔導王陛下」
しかしその姿を見て驚いたのはルカだった。
「...ちょっとアインズ?!ベバードに送った潜入者って、フールーダの事だったの?」
「ん?そうだぞ、何をそんなに驚いている?」
「だってこいつは昔あたしに....って、そんな話今はどうでもいいか。こいつに何かしたの?」
「何、ちょっとした実験だよ。この世界の
「それで、結果は?」
「かつての俺ほどではないが、そこそこ強いキャラクターに成長したぞ。元々
「ふーん...」
ルカは跪くフールーダの前に立つと、その顔を覗き込んだ。
「おいクソジジイ、生きてやがったのか。私の事を覚えているか?」
そう言われてフールーダは恐る恐る顔を上げると、殺気の籠った赤い瞳に射抜かれて後ろにのけ反った。
「ひっ! ル、ルカ・ブレイズ...様?!いや、今はルカ・ブレイズ大使でしたか。魔導王陛下よりお話は伺っております。お久しゅうございます」
「なぁにがお久しゅうよ。お前が昔私にしたこと、忘れた訳じゃないよね?」
「そ、その節は大変なご無礼を働きました。何卒水に流してはいただけませんでしょうか」
フールーダが地に頭をつける勢いで土下座しているのを見て、アインズは首を傾げていた。
「何だルカ、フールーダとも顔見知りか?」
「そうよ。50年ほど前からだけど、こいつは事あるごとに私達の素性を調べるため、
「そうなのか?フールーダよ」
「ははー!大変申し訳ありません魔導王陛下、ルカ・ブレイズ大使!伝説のマスターアサシンと謳われたあなた様の力の秘密を暴きたく、かのように無礼な真似を働きました!しかし今やこのフールーダは魔導国の忠実なる下僕。二度とそのような行いは致しませんので、何卒、何卒ご容赦を...!」
「...ふむ。こう言ってる事だし、許してやったらどうだ?それにフールーダは魔導国にとっても貴重なサンプルなのでな」
「別に私はどうでもいいけど。但し、次もう一回やったら殺すからね。いい?」
「ありがたき幸せにございます!!」
そしてアインズは背後を振り返り、高台の上から怒号の飛び交う戦場を見渡した。
「さて...苦戦しているようだな、ジルクニフ殿」
「これはお恥ずかしい限り。亜人達だけなら、我が帝国軍の精鋭八万でどうにかなるが、背後に控えているあの巨大な蛇のせいで攻めあぐねていてな」
「いや何、人間が上位亜人相手によく戦っている。ではまず数の多い方から片付けようか。
『了解』
指令とほぼ同時に前衛の
それを見たアインズは、隣に立つルカに尋ねる。
「ルカ、あの背後に控える羽の生えた蛇の情報はあるか?」
「うん分かるよ。あいつの名はアジ・ダハーカ。
「よし、亜人共を殲滅し終わったら次は私達の番だ。守護者達よ、準備を怠るな」
『ハッ!』
そして1時間後、魔導国軍の圧倒的火力を前に亜人軍二万は駆逐された。戦場に積み重なった亜人達の死体の山を見て、ジルクニフはただ戦慄するばかりだった。
「...この短時間で、もう全滅させてしまった...だと?」
「ハッハッハ!そう驚く事もないさジルクニフ殿、これからが本番だ。前線に配している貴国の兵士たちを、至急後方の陣地まで下がらせてほしいのだが」
「こ、心得た、ゴウン魔導王閣下」
『
『了解』
「フールーダよ、その間ジルクニフ殿の護衛を頼む」
「かしこまりましてございます」
魔導国のチーム総勢17人はテント前の陣地に集まり、フルバフを完了させた。そしてルカがチームの中央に立つと、全員に向かって説明を始める。
「みんなよく聞いて。あのアジ・ダハーカの弱点耐性は火と神聖よ。それと射程200ユニットに渡る闇・毒と2種類のブレスを使用してくる。合わせて、ある一定周期で120ユニット内にいる敵に対し、毒・盲目・
『了解!』
「OK、じゃあ行こうか」
そして一同はアジ・ダハーカに接近した。兵士たちが後方に下がった事により、現在は動きを止めてこちらの様子を伺っている。そして距離が300ユニットに達した事で、大蛇ネイヴィアとフォールスが一歩前に出て最前列に立ち並んだ。
「ネイヴィア=ライトゥーガ、呼吸は私の方に合わせてください」
「了解じゃ、フォールス!」
この世界における最強のNPCと、二十により召喚された機動防御型
それに合わせてネイヴィアも大きく口を開けると、まるで弦楽器を糸鋸で弾いているかの如く不快な音が周囲に響き始めた。そしてその口の中にエネルギーが集束し、ネイヴィアの体が微細振動を起こし始める。その光は巨大な球状を成し、あまりの熱量に周囲の大気が歪んで見えるほどだった。
二人は息を合わせ、正面の敵を見据えてそのエネルギーを一気に放出した。
「
「
巨大な扇状の光波が重なり合い、衝撃波と共に広範囲に放たれた不可避のエネルギーが300ユニット離れたアジ・ダハーカに直撃する。そして地を抉るような轟音と共に大爆発を起こした。その衝撃波から逃れる為、全員が身を伏せてその場に踏みとどまる。
着弾点の煙が晴れると、そこには全身を炎に包まれ、醜い絶叫を上げながらのたうち回るアジ・ダハーカの姿があった。
「ゲギャアアアァアアアアアアア!!」
アジ・ダハーカは耐えかねて空中に飛翔すると、アインズ達の方へ敵意を剥き出しにしながら突進してきた。それを見てルカが全員と
『第一波攻撃成功、こちらも突撃する。タンクチーム、先頭に立て』
『了解』
ルカの冷静な声を合図に、3チームは弾丸の如きスピードで接敵する。そして120ユニットの距離まで近づくと、空中を飛翔するアジ・ダハーカに向かってルカは右手を向けた。
「
(ビシャア!)という音と共にアジ・ダハーカの体が黒い靄に包まれ、その動きを止めた。
「
「マカブルスマイトフロストバーン!!」
「
「
「
「
武技・神聖・PB・炎の攻撃がアジ・ダハーカの胴体を切り裂き、焼き尽くしていく。しかしそこでアジ・ダハーカの両目が(キン!)と怪しく光ると、タンクチームの周囲が瞬時に紫色の靄に覆われ、それぞれの体が状態異常を示すエフェクトに包まれた。唯一
「グオオオ!!」
大ダメージを受けながら必死に踏みとどまるコキュートス達を見て、回復チーム達がアジ・ダハーカの射程内に飛び込んでくる。そしてマーレとミキがすかさず魔法を詠唱した。そしてイグニスが回復魔法を唱え、アウラ・デミウルゴスが牽制の為の攻撃を叩きつけた。
「
「
「
「
「超位魔法・
「
「
「
「
「
4人の超位魔法と
やがて煙が晴れ、爆心地にはアジ・ダハーカの消し炭一つ残されていなかった。それを見てアインズとルカ達攻撃チームは地面に降り立ち、
「敵一体目消滅、いい連携だったよ。
それを聞いて皆が攻撃チームの回りに集合すると、フォールスが六本の腕を左右に広げて魔法を詠唱した。
「
するとその場にいた全員の体が白銀色の球体に包まれ、HP・MP・状態異常はおろか、超位魔法の使用回数までもが瞬時にフル回復した。アインズとルカはフォールスの両隣りに寄り添い、彼女の肩に手を乗せた。
「感謝するぞフォールス。お前がいてくれて心強い」
「ありがとうフォールス。でもあんまり無茶しないでね?」
「この程度の事、造作もありませんよアインズ・ウール・ゴウン。それにルカ、私を自由の身にしてくれたのはあなたなのです。その結果こうして一緒に戦える事を、嬉しく思いますよ」
「私も頼もしいよフォールス。敵はあと2体だ。気を引き締めて行こう」
ミキが
「ルカ、このモンスターに見覚えは?」
「全く、次から次へと呆れるね。こいつの名はナルムクツェ。オブリビオンに出現する
「オブリビオンと言うと、例のヴァンパイア高レベル地帯の事か。一体どこから湧いて出たというのだろうな?」
すると隣にいたノアトゥンが二人に返答した。
「恐らく、クリッチュガウ委員会の差し金でしょう。どのような意図があるのかは私にも分かりませんが、この亜人や
「兎も角、まずは排除しておこう。みんな、基本的な戦術はさっきと同じだ。ナルムクツェは獄炎属性と闇のブレスを吐きかけてくる。弱点耐性は星幽・時空系と神聖・毒よ。ノア、マーレと交代。サポートに回ってもらえる?ヴァンパイアのように物理無効のフォーティチュードを張り巡らせているから、それを最初に破って欲しいの」
「了解しました、お嬢さん」
そしてタンクチームと回復チームが地面に降り立つと、まずはネイヴィアとフォールスが強力な遠距離攻撃を行った。それを受けてのたうち回るナルムクツェが突進してくる。ノアは射程120ユニットまで接近したのを見計らい、袖の中から一枚の札を取り出すと魔法を唱え、ナルムクツェに投げつけた。
「
札は真っ直ぐに敵へと向かい飛んでいき、ナルムクツェの体に張り付くと(パキィン!)という音を立てて体を覆っていた物理フォーティチュードが崩れ去った。それと同時にタンクチームが突撃し、ブレス攻撃を躱しながらここぞというばかりに物理攻撃を叩きつける。敵のターゲットがタンクチームに移った事を確認すると、空中でキャスティングタイムを消化したルカ達攻撃チームはタンクチームに退避命令を出し、一斉に地面へ向けて腕を振り下ろした。
「超位魔法・
「
「
「
「
「
有無を言わさぬ戦争級の強力な六連撃で周囲500ユニットに渡る大爆発が起き、ナルムクツェは跡形もなく消滅し、巨大なクレーターが穿たれた。そしてアインズとルカ達六人は後方から見守っていた帝国軍の前に降り立つと、先頭で唖然としていたジルクニフに歩み寄った。もはや茫然自失の帝国皇帝にアインズが言葉をかける。
「さて、ジルクニフ殿。これで残るは二万五千の亜人軍に巨人一匹となったな」
「...ゴ、ゴウン魔導王閣下...あなた、いやあなた方という人達は、何という....」
未だ目の焦点が定まらないジルクニフを見かねて、ルカが両肩を掴み揺さぶった。
「ジル?ちょっとジル!帝国皇帝でしょ、ほらしっかりしなさい!」
「...ルカ・ブレイズ...いや、私としたことが済まない。お前の戦っている姿は初めて目にした。ゴウン魔導王閣下はおろか、お前まで鬼神の如き強さを秘めているとは...」
「驚くのも無理ないよ。
「ああ、確かにな。魔導国の救援がなければ、我々だけでは良くて時間稼ぎ程度にしかならなかっただろう。ゴウン魔導王閣下、改めて御礼申し上げる」
「我らは同盟国だ、気にする必要はない。それよりもジルクニフ殿、一つやってもらいたい事があるのだが」
「他でもないあなたの頼みだ、何なりと引き受けよう」
「うむ。ではフェリシア城塞の地下を通り、現在レン・ヘカート神殿に立てこもっているカルサナス連合軍と住民たちの救出に向かってはもらえないだろうか?地上にいる北の軍勢は、我ら魔導国だけで引き受けるのでな」
「その程度は造作もない事。必ずや全員無事に北から脱出させてみせよう」
「よろしく頼む。アルベド、コキュートス、我が軍をレン・ヘカート神殿に向けて前進させよ。シャルティア、済まないが
「了解でありんす、アインズ様」
赤い甲冑で全身を固めたシャルティアが北へ向けて飛び去ると、魔導国軍と帝国軍はそれぞれ南北へと別れて兵を進めた。やがて二時間もしない内にシャルティアから
『アインズ様、レン・ヘカート神殿に到着しんした』
『ご苦労。状況はどうなっている?』
『はい。現在
『なるほど、よく分かった。敵軍から少し距離を置き、こちらへ向けて
『了解でありんす』
するとアインズ達の目の前に、巨大な暗黒の穴が開いた。アルベドとコキュートスを先頭にして、アンデッドの軍勢五万が規律正しく隊列を組み、
「...げっ!よりによってこいつかー...」
その声を聞いてアインズが隣に寄り添う。
「どうしたルカ?お前らしくもない。そんなに手ごわい奴なのか?」
「んー、まいったねどうも。とりあえずは手前にいる亜人達を倒してからにしよう。話はそれからだ」
「そうか、それもそうだな。
『了解しました』
そしてアンデッド軍が突撃して戦端が開かれるが、200ユニットほど離れた巨人はその事に見向きもせず、ただひたすらにソードブレイカーを地面に叩きつけていた。
「片付いたな。それでルカ、あの巨大な彫像のようなモンスターは一体何だ?」
「...あいつの名はディアン・ケヒト。天使系高レベル地帯のアルカディアに出現する、
その名を聞いて、アインズも驚愕の声を上げる。
「ディアン・ケヒトだと?!ダーナ神族の一人じゃないか。確かその役割は、生命・医療・技術を司る神だと聞いたが...」
「そう、よく知ってるね。私は宗教には疎いけど、ケルト神話に登場する神だからね。地元の生まれだし、昔大学の本で読んだことがあるから、かじり程度には知ってるんだ。こいつに弱点耐性は存在しない。その上神話にちなんだ魔法攻撃力と防御力を兼ね備えている。ただ一点だけウィークポイントがあって、このディアン・ケヒトは魔法射程範囲の120ユニットに入らない限り、攻撃は仕掛けてこない。そこを突いて、ここにいる全員で空中の射程範囲ギリギリからディアン・ケヒトを包囲し、超位魔法による飽和攻撃を行おうと思う」
「それで倒せるんだな?」
「...分からない。ユグドラシル
「そうか、分かった。守護者達よ、今の話は聞いていたな? これよりここにいる17人全員で総攻撃を行う。各自魔法攻撃力に特化した武装に変更し、超位魔法使用時に最大火力を引き出せるよう準備せよ」
『ハッ!』
そして装備変更が完了し、ミキの
『各員へ。この回線の指示をよく聞いて行動するように。フォールスの魔法と同時に一斉攻撃開始よ。いい?』
『了解!』
『OK、全員超位魔法準備!』
空中に飛翔した17人は天に向かって両手を伸ばし、体の周囲に色とりどりの立体魔法陣が浮かび上がる。そのエネルギーは掌の上で凝縮され、次第に形となり光を放ち始めた。17人が放つ強大な魔力の流れは周囲に旋風を巻き起こし、その事に気付いたのかディアン・ケヒトは地面に叩きつける剣の動きを止めた。全員の殺気が極限にまで達し、15秒のキャスティングタイムを皆が消化した事で、ルカは右隣に陣取るフォールスに目で合図し、怒涛の攻撃が開始された。
「
「超位魔法・
「
「
「
「
「
「
「
「
「
「
「
「
「
「
「
17人全ての魔法が同タイミングで直撃し、その強力なエネルギー波は最初に暗黒を生んだ。次に光が生まれ、影という影が全て消え失せるほど周囲を覆いつくし、瞬間的な爆縮と共に強烈な衝撃波と熱が周囲を焼き尽くしていく。爆心地直下にあったレン・ヘカート神殿の姿は見る影もなく吹き飛び、そこには巨大隕石が衝突したかのような深いクレーターがポッカリと穴を開けていた。衝撃の余波で吹き飛んだ地面は空中に高く舞いあがり、茸雲を形成する。この攻撃を受けて生きている者はいない。誰もがそう確信した瞬間だった。
爆風が収まり煙が晴れようとする直前、ルカの脳裏には敵を示す
「みんな油断するな、敵はまだ生きてる!」
アインズは咄嗟に
「
ルカはヒールを阻止するため、反射的に魔法を放った。
「
(ビシャア!)という音を立ててディアン・ケヒトの体が
『ルカ、敵の体力が一気に半分回復してしまったぞ!今撃ったのは
『あちゃー...やっぱりだめだったか』
『やっぱりとは、どういう事だルカ?!説明してくれ』
『アインズ、ディアン・ケヒトは
『何だと?』
そのルカの答えに呼応するかのように、ディアン・ケヒトは再度短い魔法を唱えた。
「
するとディアン・ケヒトの体が青白い光に包まれた。
『あ、あの攻撃を受けて、体力が完全回復してしまった...』
『各員へ、急いで120ユニットの範囲内から離脱!』
しかしルカがそう指示したのも聞かず、
『フン!このような小者、わしが吹き飛ばしてくれるわ!』
『だめよネイヴィア!!そいつの攻撃は───』
ルカが止めるのも聞かず、ネイヴィアは尻尾を振りかざしてディアン・ケヒトに叩きつけた。しかしそれを片腕一本で受け止めると、ディアン・ケヒトは手にしたソードブレイカーをネイヴィアに向け、再度魔法を詠唱した。
「
(パァン!!)という弾ける音と共に衝撃波が周囲に広がり、眩い光に包まれた。その光に飲み込まれたネイヴィアの巨大な白い蛇体は波打つように痙攣し、苦痛に顔を歪めてもがき始める。
「グァァアアアアアア!!!」
『神聖属性のAoEDoT(範囲型持続性攻撃)よ!ネイヴィア早く下がって!!』
『く、くそ!!』
痛みに耐えかねてネイヴィアは飛び退くように魔法射程外へと出た。それを確認するとルカは
『みんな、一旦攻撃中止!私の所へ集まって』
ルカはディアン・ケヒトから200ユニットほど離れた位置に飛翔し、地面に降り立った。階層守護者達と他の者も次々とルカの周囲に集まる。深いダメージを負ったネイヴィアに歩み寄ると、ルカはその蛇体に両手を触れて魔法を詠唱した。
「
(ボウッ)とネイヴィアの蛇体が青白く光り、負っていたダメージがフル回復した。それを受けてネイヴィアは悔しそうに巨大な尻尾を地面に叩きつける。
「おのれ、一体何なんじゃあの敵は!尋常ではない魔法攻撃力じゃったぞ!」
「だから言ったでしょネイヴィア?次はちゃんと言う事聞いてね」
ルカがネイヴィアの鼻先を撫でて宥めていると、アインズがルカの傍らに寄り添った。
「しかしどうする?超位魔法クラスの攻撃を17発食らっても耐える敵だぞ。しかも瞬時にHPを全快されてしまうのでは、俺達でも手の打ちようがない」
「うーん...そうだね、手がない事もないんだけど、ちょっと危険なんだよね」
それを聞いていたフォールスが、ルカとアインズの前に立った。
「ルカ。私に全て任せてもらえれば、あのような敵を屠るのは容易い事。ここは私が出ましょう」
しかしルカはフォールスの手を握り、首を横に振った。
「だめよフォールス、あなたにはこの後シャンティを使ってもらうという大事な使命がある。それにあのディアン・ケヒトの異常なまでの攻撃力と防御力・HPは、間違いなくクリッチュガウ委員会にカスタマイズされた個体よ。未知の部分が多すぎる以上、フォールスを危険な目に合わせる訳にはいかない」
「では他に何か手が?敵はこちらに接近してきています。早急に手を打たねば」
ディアン・ケヒトとの距離が170ユニットまで接近し、ルカはそれを横目でチラリと一瞥すると、顎に手を添えて地面に顔を向けた。そして何事かを考えたあと、ゆっくりと顔を上げて深呼吸し、横に立つアインズを見た。
「...アインズ、これから私がやる事は誰にも言わないと約束してくれる?」
「ん?...ああ、もちろんだ。何をするつもりだ?」
「私の事、嫌いにならないって約束できる?」
「当然の事を聞くな。もったいぶらずに言ってみろ」
「守護者達のみんなも。アルベド、シャルティア、マーレ、アウラ、コキュートス、デミウルゴス、セバス、ルベド。これから起きる事は、私達だけの秘密。誰にも言わないと約束して」
守護者全員を見渡すルカの前に、黒甲冑を装備したアルベドが一歩進み出てきた。
「アインズ様の仰る通りです。あなたは私の創造主。誰にも言うはずがありません、ルカ」
シャルティアも小首を傾げながらルカに返答する。
「秘密を守るのは構わないでありんすが、それほどの事とは一体何でありんしょうかぇ?」
そしてマーレ以下階層守護者達もルカの前に歩み寄った。
「ぼぼ、僕も絶対秘密にします!」
「あたしは誰にも言いませんよ、ルカ様!」
「コノコキュートス、例エ世界ガ滅ビヨウトモ口外ハ致シマセヌユエ」
「ルカ様との約束、私が反故にするとでもお思いですか?悪魔は契約を守るものですよ」
「守護者の名に懸けて誓いましょう。一切のご心配は無用ですぞルカ様」
「...私も...言わない...と思う...」
その返事を受けて、ルカは守護者達に笑顔を送った。そしてアインズの隣に立つノアにも確認を促す。
「君もだよノア。秘密は守ってね」
「もちろんですよ、お嬢さん」
そしてルカはディアン・ケヒトの迫ってくる方向に体を向けた。
「...分かった、それを聞いて安心したよ。アインズ、それにみんな。これから私の取って置きを見せてあげる」
「取って置き?何だそれは?」
「つまり、私の最後の切り札って事」
それを聞いてアルベドとシャルティアが前に乗り出してきた。
「それってもしかして、エリュエンティウのギルドマスター・ユーシスの言っていた...」
「ル、ルカ様の切り札?!見たいでありんす!!」
その横からネイヴィアも巨大な顔を近づけてくる。
「ルカ、まさかお主...あれをやる気か?」
「そうよ。あのカスタマイズされたディアン・ケヒトを倒すには、もうこれしか方法がない。この後全員には更に後方へと退避してもらう。私が魔法を唱えたら、戦闘区域の周囲120ユニット以内には絶対に立ち入らないで。いい、アインズ?私に何が起きても、絶対に誰も近寄らせないでね」
「あ、ああ、分かった」
口ではそう返答したアインズだったが、心中穏やかではなかった。(万が一の事があれば、何を置いても助けに入る)と、その覚悟を肝に銘じていた。そしてルカの指示通り16人は後方へと
「
その瞬間、ルカの体から爆発するように黒い瘴気が立ち昇り、衝撃波と共に周囲へと広がっていく。強烈な殺気と共に立ち昇るオーラは天まで達し、明るかった空に突如暗雲が立ちこめ始めた。雷鳴、そして突風が吹き荒れ、不吉という言葉をそのまま体現したような黒い瘴気にディアン・ケヒトとアインズ達がゆっくりと飲み込まれていく。
その広範囲に渡るどす黒い瘴気を受けてアインズは背筋にうすら寒いものを感じ、暗い空を見上げて思わず声を上げた。
「
「...違うアインズ、そうではない」
鎌首をもたげてルカの様子を伺っていたネイヴィアが地面に立つアインズに顔を近づけると、金色の巨大な蛇眼を光らせてギョロリとアインズを見つめた。
「ネイヴィア、お前はこれが何か知っているのだろう?教えてくれ、あの呪文は一体何だというのだ?」
「...あれは一種の儀式のようなものじゃ。これから起こる途轍もない災いを呼び寄せるためのな」
「災い...だと?」
「よく見ておけアインズ。あれこそが、二十の化身であるわしを倒した力じゃ」
それを聞いてアインズは再度ルカを見た。ディアン・ケヒトとの距離が詰まった事により、背後に立つ階層守護者達も、未だ片膝を付いて動かないルカを凝視する。その様は、まるで邪神に祈りを捧げる巫女のようでもあった。残り125ユニット、124・123・122・121・120...射程圏内に入ったルカはゆっくりと立ち上がり、正面で2本のダガーをクロスさせた。そして───
「スキル・
それは悪夢だった。更なる爆発的な瘴気がルカから立ち昇り、何重にも折り重なって体を覆いつくしていく。その破裂せんばかりの圧倒的な魔力量を感じ取ったアインズと階層守護者・ノアは、無意識に後方へと後ずさっていた。そしてルカの目から徐々に光が失われ、人形のように無表情な顔へと変わっていく。しかしその目は正面を見据え、体から発せられる明瞭且つ巨大な殺気は、たった一人の敵に向けられた。それを浴びたディアン・ケヒトの動きが一瞬止まる。その直後ルカの口が開くが、それとは全く別の聞き覚えの無い機械的な女性の声が周囲に響き渡った。
『・・・警告・・・術者が
ロボットの様に冷たくカウントダウンするその声を聞いて、アインズは隣に寄り添う大蛇に問い詰めた。
「ネイヴィア、ルカは正気を保っているのか?あの力と魔力量...あれではまるで別人のようではないか!ルカの身に危険はないんだろうな?!」
「焦るなアインズ、大丈夫じゃ。まあ見ておれ」
ネイヴィアは牙を剥き出してニヤリと笑うと、再び前方に目を戻した。機械仕掛けの人形のように無情な声が続き、アインズもルカに目を向けた。やがてそのカウントダウンが終わりを告げる。
『───6・5・4・3・2・1・
黒い瘴気の塊に包まれたルカは弾丸の如き速さで空中へ飛び上がると、瞬時にディアン・ケヒト頭部正面の高度70メートルまで達し、素早く右手を向けて魔法を詠唱した。
『
するとルカの掌に巨大な黒いゼリー状の物質が形成され、それがディアン・ケヒトの頭部に放たれると、全身を浸食するかのように覆いつくしていった。ブヨブヨとした黒い粘液に包まれたディアン・ケヒトはもがき苦しむような表情を見せて後ずさるが、冷酷なまでに無表情なルカは立て続けに次の魔法を詠唱する。
『
「うっお!!!!」
そこに突如巨大な恒星が生まれた。あまりの強烈な光にアインズは声を上げ腕で目を覆うが、その直後爆風と共に高速で落下し、ディアン・ケヒトに直撃する。目の前で核爆発が起きたに等しい衝撃波がアインズ達を襲うが、それだけでは終わらなかった。ルカの両手に次々と新たな恒星が生まれ、追い打ちをかけるようにディアン・ケヒトに向けて落下し、激しい爆風と共に焼き尽くしていく。その数合計10連撃。有無を言わさぬ強烈な魔法の余波を浴びたノアトゥンが、たまらずアインズの肩を掴む。
「アインズ殿、あのお嬢さんの攻撃は危険です!!もっと後ろへ下がりましょう!!」
そこへすかさずネイヴィアが顔を寄せて近づいてきた。
「皆の者、わしの頭に乗れ!距離を取るぞ!!」
全員が慌ててネイヴィアの頭に飛び乗ると、素早く反転して更に100ユニットほど距離を取った。そして地面に降り立ったアインズとノア・階層守護者達は、怒涛の攻撃を繰り広げる戦闘区域を振り返り、茫然とその様子を見守る。
「な、何だあの魔法は?!ルカはあのように強力な魔法を使えたのか?一撃一撃が超位魔法...いやそれを遥かに超える破壊力だったぞ」
「...まさかお嬢さんにこのような力があるとは、私も驚きました。今のお嬢さんの瞬間火力は、
アルベド以下階層守護者達も、目を輝かせながらその戦いを見つめていた。
「これがルカの切り札だったのね。...何て凄まじい力なのでしょう」
「あぁ~んルカ様!惚れなおしたでありんすぇ」
「ソノ強サ、マサニ鬼神ノ如シ」
「行けー!!やっちゃえルカ様ー!!」
「ここ、これがネイヴィアさんを倒した力なんだよねお姉ちゃん?」
「おお...あれこそ我が女神に相応しい強大なる力!」
「ルベド様、これはルカ様に追いつく為には今しばらく時間がかかりそうですな」
「....こんなの....凄すぎる....今の私じゃ....とても敵わない」
驚くアインズと階層守護者達を見て、ネイヴィアが口を挟んできた。
「これこそがイビルエッジに隠された究極奥義じゃ。あの状態のルカはな、リミッターが外れて数段階上の特殊魔法を行使できるようになるらしい。そしてその大半は、スキル発動中にしか使えないものばかりだそうじゃ。しかしその代償として体の自由を奪われ、射程範囲内にいる者は例え仲間だろうと無差別に攻撃対象として認識してしまう。いわゆる暴走状態に入る訳じゃな。...これで合っているかミキよ?」
「ええネイヴィア、大体合っていると思うわ」
先ほどから黙っていたルカ直属の配下達にアインズは顔を向けた。
「ちょっと待て、イビルエッジのみが使えるスキルという事は、ミキ、ライル、イグニス、お前達3人もあの技を使えるという事か?」
「はいアインズ様、
「但し、平素の使用は固く禁じられております」
「俺はまだ練習で一度しか使った事がありませんが、その時は憑依したルカさんに完敗してしまいました。使うのにかなりの集中力とコツが必要だそうで、俺はまだまだ未熟という事で同じく使用は禁止されています」
「...何という恐ろしい奴らだ。それにルカの使ったスキル・
「ちなみになアインズ、参考までに教えておくと、わしとルカが戦った時はレベルⅣを使用しておったぞ」
「それでネイヴィアが負けたという事は、最大のレベルⅤを使用したら一体どうなってしまうというのだ。...全く、底が見えなさすぎて想像もつかんぞ」
「ヌ、ルカ様ノ攻撃ニ変化ガ現レタゾ」
コキュートスの一言を聞き、全員は再び戦闘区域へと目を向けた。ディアン・ケヒトが高速で振り回すソードブレイカーを空中で悉く避けながら、ルカの体がゆっくりと回転し始める。そしてエーテリアルダークブレードを握った両腕を左右に大きく伸ばすと、その刃から長さ50メートルはある巨大な白色のオーラが伸び、さながら2本の大剣を握っているような状態になった。
『
ディアン・ケヒトの胴体付近に達すると、ルカはまるでヘリのローターブレードの様に超高速で回転し、その刃がディアン・ケヒトの腹を深く抉っていく。そこから大量の赤い鮮血が吹き出し、中に詰まった内臓がこぼれ落ちてきた。しかしそれでも回転は止まらない。苦痛に顔を歪めた巨人はたまらず絶叫を上げた。
「グォォオオオオアアアアアアア!!!」
ディアン・ケヒトは咄嗟に左手に握った本を前に掲げ、魔法を詠唱した。
「
それを遠目から見たアインズが慌てて叫ぶ。
「まずい、回復されてしまったぞ!」
「慌てるなアインズ。魔法を使用して奴のHPを確認してみろ」
ネイヴィアに促されて、アインズは魔法を唱えた。
「
するとフル回復するはずが、ディアン・ケヒトのHPは六分の四以下となったままだった。よく見ると回復を示す青白いエフェクトが、体を覆うブヨブヨとした黒い粘液に全て吸収されてしまっている。それを見て混乱したディアン・ケヒトは、苦し紛れに回復魔法を連発し始めた。
「
ディアン・ケヒトの体が一瞬(ボゥッ)と光るが、その光もまた黒い粘液に吸収され、HPが一切回復しない。アインズは後ろに立つミキに尋ねた。
「ミキ、これは一体どういう事だ?回復が阻害されているようだが...」
「あの黒い粘液は、
「...そうか、なるほど。だからルカはこの切り札を選んだのか。まさに敵を殺し切るには絶好の魔法というわけだな、恐ろしい効果だ。気になったんだが、術者の意思で
「レベルⅠからレベルⅣまででしたら、自らの意思で解除が可能です。但しその為には、スキル発動中に意識を失わない為の強固な精神力が求められます。最大のレベルⅤに達すると、もはや術者の意識は完全に消失し、射程範囲内の敵が完全に息絶えるか、術者自身が死ぬまで戦闘を止める事ができません。文字通りの暴走状態となります」
「諸刃の剣という訳か、それにしても凄まじい力だ。武技や魔法だけでなく、ルカ自身の身体能力も格段にアップしているように見える。対策はないことも無いが、果たして俺でも勝てるかどうか...」
「アインズ様、大事な恋人にそのような考えを起こしてはなりません。ルカ様は今、アインズ様とここにいる皆を守るために、お一人で戦っておられるのですから」
「う、うむ...そうだったな、済まなかった。ついPvPという発想になってしまってな」
「大丈夫、
「そうか。ではこの戦い、しかと目に焼き付けておく事にしよう」
武技による大ダメージを与えたルカはすかさず距離を取り、高い位置からディアン・ケヒトの頭上に右手を向けた。
『
(コォォオン...)というソナーにも似た音と共に空気の歪みが広がり、周囲300ユニットに渡る大気密度が突然変化した。それを見て慌てたネイヴィアが咄嗟に皆へ指示する。
「い、いかん!!皆の者、急いで耳を塞げ!!」
しかし全員が反応する間もなく、ルカは続けて魔法を詠唱する。
『
その瞬間、(ズズズズズズ)という超低周波の大音響と共に、オーケストラのストリングス隊数十人が滅茶苦茶に弦楽器を掻きむしるような音が木霊した。密度の濃くなった大気を伝わり、その音は何百倍もの音量に増幅されて周囲に撒き散らされる。アインズ達はそれを聞いて一斉に耳を塞ぐが、それを通り越して体から空気の振動が伝わり、一同は発狂寸前となる。正面を見ると、魔法をまともに受けたディアン・ケヒトの袈裟と皮膚が崩れ、大気摩擦により燃え上がり始めている。距離が離れているにも関わらず、その不快な音に耐え切れないアインズは思わず音を上げた。
「ぐおおおおお!!こ、これは音波魔法かネイヴィア?!」
「そうじゃ!!全くルカの奴、無茶しよる!!」
狂気の音がようやく止むと、大ダメージを受け怒りに燃えるディアン・ケヒトは剣をルカに向け、魔法を詠唱し反撃に転じた。
「
『対抗策・
ディアン・ケヒトの周囲360度に突如真っ赤に燃える巨大な隕石群が無数に出現し、それら全てが空中を飛翔するルカに高速で突進していく。アステロイドの中にいるような状況の中、隕石同士が衝突して大爆発を起こすが、ルカは魔法で強化された
『
するとどこからともなく現れた巨大な鎖がディアン・ケヒトの四肢に素早く絡みつき、まるで磔刑にされたようにその巨体が空中で吊るされた。ディアン・ケヒトは鎖を引き千切ろうと力任せにもがき暴れるが、びくともせずに逃れる事ができない。そこへルカの背後に巨大な暗黒の穴が口を開け、その中から白濁色をした限りなく透明な”何か”が複数体現れた。アインズは最初目の錯覚かと疑ったが、その”何か”は徐々に、ゆっくりと人型の形を成していき、禍々しいオーラを放ち始めた事で錯覚ではないと確信に至る。
「な、何だあの巨大な影は。アストラル体か?」
「分からん。わしと戦った時にもこのような魔法は使用しなかった。...あの影、相当に危険じゃぞ。このわしでも鳥肌が立ってきよったわ」
そしてルカの背後に、30メートル級の白濁色をした巨大な人型が立ち並んだ。その数10人。人型は正面で磔にされているディアン・ケヒトを見据えると。全員がルカの背中に手を当てて重ねた。次に人型は口が裂けんばかりに大きく開き、その殺意を剥き出しにする。その間ルカは敵に右手を向けたまま微動だにしない。口の中に青白い光が集約され、ジェットエンジンの轟音にも似た音を立てながらそのエネルギーはどんどん巨大になり、臨界点を迎えたその時、猛烈な爆風と共に一斉に放射された。
不可避の一撃。殺意に塗れた強大な無属性エネルギーの濁流がディアン・ケヒトの全身を貫き、飲み込んでいく。それは止むことなく断続的に放射され続け、いつ終わるとも知れない生き地獄の渦中に叩き落されたディアン・ケヒトは、醜い絶叫を上げた。
「ヒィィイイイイヤアアアアアアア!!!」
その間約10秒。エネルギーの放射が終わり、背後の人型は掻き消えるように姿を消す。それと同時に体の自由を奪っていた鎖も消失して地面に放り出されると、ディアン・ケヒトは崩れ落ちるように片膝をついた。そして書物を前に掲げると、狂ったように回復魔法を連呼し始める。
「
しかしその魔法も虚しく、未だディアン・ケヒトの体を覆っている黒い粘液に全て吸収されてしまう。アインズは
「遂にHPが半分を切ったか。あの様子だとAIに大分混乱が生じているようだな」
「しかしあんな凶悪な魔法を食らってまだ息があるとは、奴もタフじゃのう。わしならとっくに降参しとるわい。さすがは我が主様といったところじゃな」
その時、唐突にディアン・ケヒトが立ち上がった。回復魔法の連呼を止めると、突然左手に握られた書物を地面に投げ捨てる。その後ディアン・ケヒトがソードブレイカーを天に掲げると、体の周りを巨大な黄色い立体魔法陣が覆いつくした。それを見てアインズ達一同は驚愕する。
「ば、バカな!!あのエフェクト...
「HPが減った事で攻撃パターンが変化したのかもしれん。まずい展開じゃな」
超位魔法のキャスティングタイムは通常15秒。しかしディアン・ケヒトは全く間を置かずに魔法を詠唱し、剣をルカに向けて振り下ろした。
「超位魔法・
『対抗策・
ディアン・ケヒトが唱えた瞬間、周囲200ユニットに渡り巨大な雷が降り注ぎ、逃げ場のない程に埋め尽くされた。ルカはその直撃をまともに受けたが、体の周りに張られた金色のバリアに守られてその場に踏みとどまっている。落雷により地面が吹き飛ばされて大爆発が起きるが、アインズ達はルカが無事な事を受けて胸を撫でおろした。
「...ふー、そうだった。ルカには10秒間無敵化の魔法があったんだったな、驚かせてくれる。それにしても
「アインズ様。スキル使用中は敵の攻撃に対する反応速度が跳ね上がると同時に、敵の行動や弱点を予測し学習するという機能も備わっています。それらを蓄積して戦闘に反映させていく事で、最も効率的かつ迅速な方法で敵を排除する。但しここまで
「なるほど、個体差が生まれるという事か。ミキ、お前はルカと
「ええもちろん、何百回とありますよ。訓練の一環でしたから」
「で、どうだった?勝てた事はあるのか?」
「残念ながら一度も。私はもちろん、ライルもルカ様に勝利したことはありません」
「うーむそうか。さすがは創造主と言ったところだな」
「そんなに興味がおありでしたら、今度私と手合わせしてみますか?」
「おお!いいのか?実はPvPを試してみたくてな。時間が出来た時にでもよろしく頼む」
「その代わり、ルカ様には内緒ですよ?」
「んん?それは何故だ?」
「この事をルカ様が知ったら、(あたしがやる!)と言うに決まってますから」
「ハッハッハ!確かにな。ルカならそう言うだろう」
「では後日という事で。ルカ様に万が一という事はないとは思いますが、今はこの戦いを見届けましょう」
「そうだな。あの破天荒な強さを見た上に、お前も傍に控えてくれているから、俺もどこか気が抜けてしまった。説明感謝するぞミキ、お前がいてくれて心強い」
「どういたしまして、アインズ様」
そして二人は再度戦闘区域に目をやった。先ほど放った超位魔法のリキャストタイムにより硬直状態にあるディアン・ケヒトに対し、その機を逃さずルカが接近戦を仕掛け、強力な武技を発動していた。
『
ロングダガーに巨大な黒い炎を纏わせ、目にも止まらぬ連撃でディアン・ケヒトの胸部を切り裂いていく。傷口は獄炎属性の炎で燃え上がり、苦痛に顔を歪ませたディアン・ケヒトは手で払いのけるが、ルカはそれを
『
すると瞬間的にディアン・ケヒトの全身を緑色のガスが覆い、その気体を吸い込んだディアン・ケヒトが尋常ではない程にもがき苦しみ始めた。ガスから逃れようと位置を移動するが、まるで意思があるかのようにディアン・ケヒトの体からまとわりついて離れない。苦しんだ挙句に動きを止めた瞬間、ルカは無表情のまま指を(パチン)と弾いた。その瞬間ガスが引火して、体内と体外から同時に激しい大爆発を起こした。その影響で皮膚は焼けただれ、胸部の一部が内側から吹き飛んで肋骨が露わになる。口からは濛々と黒煙が上がり、もはや声すら上げられない程の大ダメージを被った。
しかしそれでもディアン・ケヒトは倒れない。ガスによる毒DoTダメージが続く中、それに構わず魔法を詠唱してきた。
「
ディアン・ケヒトを中心とした120ユニットの範囲内に突如黒い波動が広がり、逃げ場のない攻撃を受けてルカはその光をまともに浴びてしまった。その後口から吐血し、深いダメージを負った事が見て取れた。ここへ来てディアン・ケヒトの攻撃を初めて食らった事にアインズは慌てたが、その心配を他所に一瞬動きが鈍ったルカを見て、ディアン・ケヒトは立て続けに魔法を放ってきた。
「
今度は120ユニットの範囲内に赤い波動が瞬時に広がり、何故かまたしてもルカは反応できずにその光を浴びてしまう。するとルカの首筋にある血管が破裂し、皮膚を突き破って出血し始めた。アインズは咄嗟に
「まずい、ルカのHPがもうすぐ半分を切るぞ!一体何だあの攻撃は?何故
するとミキが顎に手を添えて冷静に返答した。
「...恐らく今受けた攻撃はヒール属性なのでしょう。攻撃魔法であればパッシブスキルである
「ヒール属性なのにダメージを与える?吸血魔法の間違いではないのか?」
「稀に
「それは
「違います。負属性はアンデッドに取っては結果論として回復手段になりますが、それ以外の種族には攻撃手段にもなる。つまり純粋なヒールではない以上、
「ではせめて周囲から支援してはどうだ?回復魔法なら、ルカに取っても敵対行動とはならないだろう?」
「いけません。ルカ様にヒールが届くという事は、射程120ユニットに入るという事。そうなればルカ様は躊躇なく我々を攻撃してくるでしょう。却って足を引っ張る事になります」
「じゃあどうすればいい?このままでは回復したとしても、敵に押されて攻撃に転じる事ができないぞ」
「...たった一つだけ方法があります。これはルカ様が編み出した戦法なのですが」
「どういった内容なんだ?」
「...いえ、しかしこれはあまりにもリスクが大きすぎます。とにかくここはルカ様を信じ、状況を見守りましょう。いざとなれば、私とライルでルカ様を担いででも退避させますので」
「...そうか、そこまで言うのなら俺も堪えよう」
そして一同は再びルカの一挙手一投足を見つめる。首からの出血が止まらずDoTダメージを受け続けるルカは、両手を広げて即座に回復魔法を唱えた。
『
パーセントリカバリーを唱えた事によりDoT効果が打ち消され、HPを何とか持ち直したが、ディアン・ケヒトは執拗なまでに
『
これによりHPはフル回復したが、再度マイナス極性のヒール攻撃を受けては回復すると言う悪循環に陥り、完全に守勢に回っていた。アインズ達は手に汗を握り見守っていたが、遂にルカのHPが四分の一を切った時だった。ディアン・ケヒトは一気にとどめを刺すためか、異なる魔法を詠唱してきた。
「
『対抗策・
ソードブレイカーの剣先から極太の赤いレーザー光が放たれるが、ルカの周囲に形成された陽炎のようなバリアにより、その巨大な光が屈折してルカを避け、直撃を回避した。その瞬間、ルカは待っていたとばかりに両手を広げて素早く魔法を詠唱する。
『
ルカの体から超広範囲に渡り青白い光が周囲を包み込み、HPが一気にフル回復した。しかし次に取った行動を見て、誰もが騒然となった。ルカは自分の胸に右手を当てて、通常では到底考えられない魔法を詠唱し始めたのだ。
『
何とルカは自らにヒール遮断の魔法をかけた。ディアン・ケヒトと同じく全身を黒い粘液で覆われ、一切の回復ができなくなってしまったのだ。それを見てアインズがミキに問い詰める。
「お、おいミキ!ルカは何を考えている?あれではもう回復ができないではないか!」
「...さすがはルカ様、このタイミングを逃せば勝機を逃していたかもしれません」
「どういう事だ?」
「今のルカ様は無意識ですが、恐らく最後の賭けに出ました。アインズ様、あれこそがルカ様の考え出した、マイナス極性のヒールに対する唯一の対抗策なのです」
「これが...しかしあまりにもリスキーではないか?自らにヒール遮断をかけるとは」
「ええ。ですのでここからは純粋な火力勝負となります。先に撃ち勝った者が勝者となるでしょう。そうなればルカ様に敵う者などおりません。見ていてください」
HPが回復したルカを見て、ディアン・ケヒトは躊躇なく魔法を放った。
「
黒い波動が周囲を飲み込むが、ルカの体に当たる前に黒い粘液が魔法を吸収し、その効果が打ち消された。ディアン・ケヒトは首を傾げるような動作をし、再度ルカに剣を向けて魔法を放つ。
「
今度は赤い波動が来るも、また黒い粘液が魔法を吸収して遮断してしまった。それを見た階層守護者達が興奮気味にルカへ声援を送る。
「ルカ!そんなやつさっさと畳んでしまいなさい!!」
「ルカ様ー!気張るでありんすー!!」
「今コソ勝機!!」
「ぶっ殺しちゃってくださいルカ様ー!!」
「がが、がんばれールカ様ー!!」
「踏ん張り時ですぞルカ様!!」
「このデミウルゴスがついておりますよ!!」
「...やっちゃえ...ルカ...」
無論暴走状態のルカに届くはずもない事は承知の上で、皆は声援を送り続けた。ディアン・ケヒトは繰り返しマイナス極性のヒールを連発し続けていたが、その隙をついてルカは弾けるように飛翔して距離を取り、敵に右手を向けた。
『
魔法を詠唱するとルカの下方に大きな地割れの裂け目が口を開き、その中から吹き出すように大量の水が溢れ出て津波を形成し、周囲200ユニットに渡り大洪水が起こった。その中にディアン・ケヒトも体ごと飲み込まれるが、水に触れた途端何故かディアン・ケヒトの顔が苦悶の表情に変わった。
「グギャァァアアアアアアアアアア!!!!」
絶叫を上げるディアン・ケヒトをよく見ると、津波に飲まれた全身から白い煙が立ち昇っている。そう、それはただの無色透明な水などではなかった。強力な酸の海だったのである。それもこの世で最強の融解性を持つ、フルオロアンチモン酸で構成された大洪水だった。ディアン・ケヒトの表皮が見る見る爛れていき、赤い袈裟は無残にもボロボロに朽ちていく。そして手にした巨大なソードブレイカーも溶け落ち、もはや剣としての形を成していなかった。それに追い打ちをかけるように、強力な腐食性による毒属性のDoTダメージがディアン・ケヒトを襲う。無駄だと知りつつも、もがけばもがくほど体が崩れていく。やがてその洪水が引いたが、そこに立っていたのは当初見た威厳ある”神”の姿ではなく、皮膚の爛れた醜い巨人のゾンビだった。筋組織が剥がれ、所々に骨が露出している箇所もあるというのに、それでもまだ向かってくる。ディアン・ケヒトは、息も絶え絶え魔法を詠唱した。
「
ルカの目の前に突如、高さ200メートル・直径100メートルの獄炎に包まれた巨大な竜巻が発生した。ルカは弾丸の如き速さで弧を描くように飛翔し、辛うじてその竜巻を躱すと、続けざまに両手をディアン・ケヒトに向けて魔法を唱えた。
『
ルカの握ったエーテリアルダークブレード二本を重ねると炎のオーラがまとわりつき、その炎が延伸して30メートルはある一本の巨大な剣の形を成した。竜巻から逃げながらディアン・ケヒトの背後に回り込んだルカは、その大剣を背中に向けて袈裟切りに素早く振り下ろした。その切れ味は凄まじく、巨大な背中の肉がバックリと裂けて燃え盛り、背骨の一部が剥き出しになる。そのまま弧を描いて飛翔し、通り過ぎざまにディアン・ケヒトの右腕に剣を叩きつけると、事も無げに巨大な腕が切断された。
もはや痛みすら感じないのか、悲鳴にも似た声で怒り狂ったディアン・ケヒトはルカの後を追い、壮絶な魔法の撃ち合いとなった。
「
神聖属性の激しい衝撃波が360度に渡り叩きつけられ、逃げる間もなくルカはその攻撃をまともに食らうが、神聖耐性を固めていたルカは怯むことなく対抗した。
『
ディアン・ケヒトの四方八方に神聖属性の巨大なスピアが無数に現れ、避ける間もなく胴体や手足を串刺しにした後、そのスピアが大爆発を起こして各所を吹き飛ばした。そして遂に、ディアン・ケヒトは膝から崩れ落ちるように両膝をつく。しかしその状態でも口だけは動かして魔法の詠唱を止めなかった。
「
巨大な頭部の眉間から半透明の光波が連続して広範囲に照射されたが、ルカはこれを
『
ルカの掌に直径50メートル級の巨大な青白いエネルギーの塊が発生し、その神聖属性光弾が20発連続して放たれ、その全てがディアン・ケヒトに直撃して大爆発を起こす。
そして遂に終わりの時が来た。
ところが、ディアン・ケヒトは天を仰ぐと左腕を高く掲げ、全てを悟ったような表情で魔法を詠唱し始めた。
「
すると突然ディアン・ケヒトの周囲120ユニットにあった地面が消え去り、そこに巨大な暗黒の穴が開いた。空高く飛翔していたルカだったが、意図に反して少しずつその穴へと落下していた。
『対抗策・
ルカの姿が一瞬掻き消えるが、魔法を唱えたのも空しく同じ位置に再び姿を現した。その後抵抗しようと上昇を試みるが、見えない重力によって穴の中心にいるディアン・ケヒトに向かい徐々に引きずり込まれていく。見るとディアン・ケヒトの体が真っ赤に染まり、少しずつ膨張を続けているようだった。それを見たアインズが咄嗟に叫ぶ。
「まさか...自爆魔法か?!」
「いかん!この魔力量...わしらまで巻き添えになるぞ!!」
「アインズ様、攻撃しましょう!もう奴は風前の灯です!!」
「待てミキ!あの穴...ブラックホールか?しかも転移魔法まで効かないと来ている。今のルカでも抜け出せないというのに、俺達があの超重力に引き込まれたら一巻の終わりだぞ!」
「ではどうすれば?!」
「くっ....!」
今すぐ
「アインズ様、何を?」
「いいかよく聞け。この
「そんな...アインズ様は一体どうされるのです?!」
「俺はここに残ってあいつを何とかする。これは命令だアルベド、行け」
「いやです!!...どうしてそういつも自分を犠牲になさろうとするのですか?何故私達の気持ちを汲んでくれないのですか!たった一言だけ、私達に命じてくれればそれでいいのです。アインズ様とルカのいない世界なんて、私には耐えられません。それはここにいる皆だって同じ気持ちなはずです。...もう私にはあなた達二人だけしか...」
アルベドは堪えきれず大粒の涙を流した。そこへノアが寄り添い、アルベドの肩に手を乗せて白いハンカチを手渡す。
「...さて、死ぬ気なら付き合いますよ、アインズ殿」
その言葉を聞いて、守護者達も一斉に前へ出てきた。
「アインズ様、私も地獄の底までお供するでありんすぇ」
「コノ命、アインズ様トルカ様ニ捧ゲマス」
「あたしは怒られてもアインズ様についていきますよ!」
「みみ、水臭いこと仰らないでくださいアインズ様...」
「このセバス、死して尚アインズ様の執事である事をお約束致します」
「.....戦う.....もう一度.....ルカと.....」
「...そういう訳でアインズ様、ご命令に背くことをお許しください」
階層守護者達はアインズに笑顔を送った。至高の四十一人が残した最後の忘れ形見。そしてこの世界に転移後は自我を持ち、アインズを公私共に支えてきた忠実なる下僕たちであり、我が子も同然の存在。そんな彼らに今日、アインズは初めて裏切られた。自嘲気味に俯くと、何故か笑いが込み上げてきた。
「...フッ、クックック、これが反抗期というやつなのか?よく分かった。守護者達よ、我に付き従え!そしてルカを救出するぞ!!」
『ハッ!!』
「ネイヴィア、フォールス。お前達はどうする?」
「我が主様の危機じゃ。一肌脱ぐとしようかの?」
「ルカは我が子です。母には助ける義務があります」
「そうか。ミキ、ライル、イグニス、ユーゴ。お前達は?」
「聞くまでもありません。急ぎましょう」
「ルカ様を救う為ならばこのライル、命は惜しくありませぬ」
「お一人では行かせませんよ、アインズさん」
「ヘッ、アインズの旦那!野暮ったい事は無しだぜ?」
「分かった。ありがとうお前達」
話がまとまると、ネイヴィアが地面に頭を伏せてきた。
「皆わしの頭に乗れ!この強靭な蛇体なら、あの超重力に耐えられるかもしれん!」
全員が飛び乗ると、ネイヴィアは戦闘区域まで素早く移動する。そして距離が130ユニットまで近づくと、体に強烈な重力がのしかかってきた。ネイヴィアは懸命に抗いながら距離を詰めていく。
「グギギギ...お、重い!!ルカの奴、こんな重力に耐えているのか!皆の者、引きずり込まれるなよ!!」
「ネイヴィアがんばれ!120ユニットの射程まであともう少しだ!!」
「アインズ様、今のルカ様は身動きが取れません。私達が射程内に踏み込んでも攻撃はされないはずです」
「了解した。全員超位魔法準備!!」
ネイヴィアの頭上で色とりどりの多重魔法陣が輝いた。暗黒の穴の外周に向けてジリジリと距離を詰めていく。
「122.....121.....120!!ここが限界点じゃアインズ!!」
「よし、全員呼吸は俺に合わせろ!!」
ネイヴィアは口を大きく開き、その中にエネルギーが凝縮されていく。フォールスも三本の手をディアン・ケヒトに向けて意識を集中していた。
「行くぞ!超位魔法・
アインズの攻撃を皮切りにして一斉爆撃が開始された。それぞれが持てる最大限の火力を行使して魔法を放ったが、そこにいた全員が肩透かしを食らったような気分になった。魔法は確実に着弾している。しかしそのエネルギーは地面に広がる暗黒空間に全て吸収され、着弾後の広範囲に渡る爆発も一切起きなかったのだ。
「...超位魔法も、ネイヴィアの魔法も、フォールスの攻撃も受け付けない。...属性か?何か見落としがあるのか?」
隣に寄り添ったミキがアインズを見つめ、思い返すように言葉を返した。
「今使用した魔法の属性は、火・水・闇・神聖・獄炎・毒・吸血・無属性です」
「となると、残るは星幽・土・風・重力・音波・時空か。このメンバーの中で土・風を操れる者はマーレのみだが、超位魔法クラスの威力は出せず、音波を操れる者はルカ以外にいない。そうなると、星幽・重力・時空の三択に絞られる」
「時間が切迫しています。いかがいたしますか?」
「既に我々も超位魔法の使用回数限界を向かえている。フォールスの
アインズは眼下で天を仰ぐディアン・ケヒト目がけて、投げやりに魔法を放った。すると地面に広がる暗黒空間に魔法が吸収されず、一直線に飛んでいくとディアン・ケヒトの肩に当たり、僅かだがダメージが通った。アインズは目が覚めたようにそれを見つめる。
「...当たった...重力だ!!ミキ、お前は
「ええもちろん。重力属性の超位魔法もまだ使用回数が残っています」
「他に重力を扱える者は?!」
するとフォールスが前に進み出てきた。
「重力系統で良いのですね?私が使えます」
「よし!時間がない、各自準備が出来次第攻撃開始だ。
アインズの目の前に巨大な3つの魔法陣が現れ、その中に素早く魔法を込めていく。ミキの体の周囲には黒い多重魔法陣が形成され、フォールスは三本の右手を眼下のディアン・ケヒトに向けて意識を集中した。そしてアインズは間髪入れずに魔法を解き放った。
「
「超位魔法・
「
アインズの重力魔法4連撃が螺旋を描いて敵に直撃し、その後にミキとフォールスが召喚した超重力の月とカー・ブラックホールが一体となり、ディアン・ケヒトの頭上に舞い降りていく。その中に巻き込まれたディアン・ケヒトの姿が激しく歪み、ひしゃげるように押しつぶされていった。黒い球体の中で閃光がスパークし、着実にダメージを与えていく。そしてミキが超位魔法のリキャストタイムに入り、通常魔法に切り替えた事でアインズとミキは口を揃え、立て続けに魔法を詠唱した。
『
そして二人は
「くそ、間に合え!!
ミキとフォールスの範囲攻撃で、射程内にいるルカにもダメージが入っているが、3人共
もう間に合わない。このまま自爆に巻き込まれて全員死を迎えると。しかしそれでもアインズは諦めなかった。愛する者達を助ける、その一心でひたすらに攻撃を加え続けた。しかしその思いも空しく、遂に終わりの時が来る。魔法を唱える為のMP残量が3人共底を尽きかけていた。
『・・・長時間の膠着状態を確認・これより緊急措置・
「な、何だ?
全員はその機械的な声に聞き耳を立てていたが、突如(グルン)と人形のように無機質な動きでアインズのいる方向へ首を曲げると、再び口を開いた。
『・・・ア・イ・ン・ズ・ニ・ヒャ・ク・ユ・ニ・ト・ノ・ソ・ト・ヘ・ニ・ゲ・テ・・・メッセージは以上です・これよりカウントを開始します』
抑揚のない無機質な声。しかしその言葉は紛れも無くルカのものだった。アインズは思わず身を乗り出して語りかけた。
「ルカ?...おいルカ、聞こえているのか?!聞こえていたら返事をしろ!!」
しかしルカはそれを無視して再び正面を向くと、カウントダウンを開始した。
「ミキ、これはどういう事だ?
「いえ、
「ああ、分かった。ネイヴィア頼む」
「了解じゃ!」
反転してその場を離れながら、アインズは機械的にカウントするルカを見送っていた。
『───6・5・4・3・2・1・0』
その瞬間ルカの周囲に激しい衝撃波が広がり、ゆっくりと両手をディアン・ケヒトに向ける。そしてアインズは確かに聞いた。その通常ではあり得ない魔法の詠唱を。
『・・・
空が落ちてきた。瞬きする暇も与えずに。誰もがそう錯覚しただろう。それは真っ白な柱だった。それも直径200メートルを超える巨大な円柱が、ディアン・ケヒトに向けて超高速で叩き落されたのだ。あと1秒遅ければ、ネイヴィアの蛇体ごと押しつぶされていた。もはや余韻すら残さない。静寂が辺りを支配する中、一同は目の前にそびえ立つ円柱を見て絶句していた。そして音もなくその円柱が浮かび上がると、再び天空へと消えていった。目の前に残されたのは、巨大な円形のクレーター。アインズは恐る恐る深呼吸すると、隣に立つ菩薩の様に美しい女性へ顔を向けた。
「...ミキ、聞いたか?ルカのあの魔法」
「...ええ、聞きました」
「魔法四重化...
「アインズ様、私の知る限り
「だが確かにルカは唱えた。その結果があの不可避の一撃だ」
「...ルカ様だけが知る、力の深淵があるのかもしれませんね」
「ルカは無事か?」
「
「行ってみよう。ネイヴィア、頼む」
「お、おう、分かった」
クレーター外縁部から接近し、距離が140ユニットまで近づくと、一同はネイヴィアの頭から飛び降りて地面に降り立った。その先には、微動だにせず外縁部の淵に立ち尽くすルカの姿があった。アインズは足早に近寄ったが、それをミキに強く制止された。
「アインズ様、気を付けて!まだ
「そ、そうか、分かった」
目と鼻の先に立っているのに近寄れないもどかしさから、階層守護者達も前に出て心配そうにルカを見守っていた。そうして五分が経過した頃、唐突にあの機械的な声がアインズ達の耳に届いた。
『・・・エリア内の生体反応消失を確認・術者の意思により・
そう言うと、ルカはまるで電池が切れたロボットのようにゆっくりと首が項垂れ、両手をだらんと弛緩させて再び動かなくなってしまった。アインズはそれを見て一歩を踏み出そうとするが、咄嗟にミキが手を伸ばして行く手を遮り、首を横に振った。未だ警戒している様子で、ルカの挙動を注意深く観察する。
一同が息を飲み見守る中、ルカはゆっくりと項垂れた頭を上げた。そして大きく深呼吸すると目を開き、周囲の様子を確認する。その途中で遠くに立つアインズ達を見つけると、両手に握ったエーテリアルダークブレードを(キン!)と納刀し、皆に笑顔を見せた。
「...ふー。やっと終わったか」
それを見てアインズは心底安堵した。ミキも遮っていた手をどけて緊張が解け、ようやく笑顔になる。この瞬間を今か今かと待っていたアウラとマーレが120ユニットの範囲内に入り、満面の笑みで同時に駆け出した。
『ルカ様ー!』
「アウラ、マーレ。二人共よくがんばったね」
ルカもそれを見て歩み寄ろうと一歩を踏み出した時だった。笑顔のまま、突如糸の切れた木偶人形のように膝から崩れ落ち、前のめりに倒れてしまった。あまりの突然な出来事にアウラとマーレの動きが止まる。
「...え?」
「るるる、ルカ様?」
「?! おいルカ?!」
「...ルカ様!!」
「いや...そんな、ルカ?!」
尋常ではない事態が起こり、その場に居た全員が一斉に走り出した。そして倒れたルカの回りを取り囲むと、アインズがそっと体を仰向けにさせて膝に抱きかかえた。
「ルカ、どうした?しっかりしろ!!」
「.....あ....あれ?......な、何か、体の力が.....入らないや.....おかしいな....目も.....ぼやけて.....よく.....見えないよ」
「ミキ、回復だ!!」
「
ルカの全身が青白く光り、HPはフル回復したはずだった。しかしルカの容体は一向に改善しない。見かねたネイヴィアが後ろから首を伸ばしてきた。
「皆の者どけ!わしが回復する!!」
一同が場所を空けるとネイヴィアはルカに口を近づけて、(フー)と吐息をかけるように魔法を詠唱した。
「
すると巨大な口から虹色の吐息が発生し、ルカの体を優しく包み込んだが、それでも回復の兆候を見せなかった。
「馬鹿な!!わしの魔法はHPも状態異常も完治させる!それが効かないとは...」
「HP、状態異常....そうかMPか!フォールス!!」
「ええ、アインズ・ウール・ゴウン。私が治します」
フォールスはルカの傍らに両膝をつくと、三本の右手を胸に当てて目を閉じ、意識を集中した。
「
ルカの体が白銀色の光球に包まれ、HP・MPと超位魔法使用回数がフル回復した。フォールスはルカの頬をそっと撫でながら、顔を覗き込む。
「ルカ、体の具合はどうですか?」
「......その声.......フォー...ルス?........ごめん...ね.......少し......経てば.....治る....から.......」
「そんな!
「私が診てみます」
ミキはルカの額と腹部に手を乗せて、目をつぶり魔法を詠唱した。
「
ルカの体に無数の青い光が交差し始め、ミキの脳内にルカの体内コンディションが流れ込んでくる。それを見たミキの顔が引きつり、愕然とした表情へと変わった。
「....!!」
「...おい、どうしたミキ?ルカに何が起きているんだ、説明しろ!!」
アインズはミキの肩を揺さぶったが、その目からは光が失われ、ルカの顔を見つめて茫然とするばかりだった。皆が注目する中、ミキが重い口を開く。
「.......老衰.....それに衰弱と、重度のショック状態にあります....何故....?」
ミキの言葉を聞いて、アインズ以下階層守護者達は唖然とする。ネイヴィアはおろか、フォールスでさえも。その場にいた誰もが分かっていた。死者を蘇生させる事はできても、老衰を回避できる魔法など存在しないという事に。それを一番よく理解していたアインズが、怒鳴るようにミキに問いただした。
「....は?! お前達はセフィロト....言わばアンデッドの上位種族だ!それが何故老衰などというバッドステータスに侵されるのだ!!」
「私にも分かりません!!...確実に言えるのは、単純な状態異常や呪詛の類ではないという事だけです」
「...そんなバカなことが....」
アインズは膝元に抱えるルカの顔を見た。そこには老衰という言葉が程遠いまでに若く、相変わらず美しい佇まいのルカが目を見開き、腕の中に収まっている。言い争っている声が耳に届いたのか、ルカが力なく探るように右手を前に上げてきた。
「.....アインズ........アインズ、どこ?......そこにいるの?」
その手をアインズが握りしめ、ルカの目の前に顔を近づける。
「ルカ、俺はここだ。ここにいるぞ!」
「......アイ...ンズ、ごめんね.......ちょっと......力を......使いすぎちゃった.....みたい」
「...ああ、全く無茶な戦い方だったな。だがそのおかげでディアン・ケヒトを倒せたんだ。お前は何も心配せずにゆっくり休め。アルベド・ミキ・ライル、今すぐルカを連れて
『了解しました』
アインズはルカの体を抱え上げるため握っていた手を離そうとしたが、ルカは何故かその手を握り返して離そうとはしなかった。アインズが不思議に思い顔を見ると、小さく首を横に振っている。支えていたルカの肩をさすり、アインズは優しく問いかけた。
「ルカ、どうした?」
「.....私も.....一緒に.....行く...」
「無茶を言うな!...こんな体で行って何をしようというんだ。大人しくナザリックで体を休めていろ、な?」
「だ....だって私....魔導国の......大使....だもん」
「大使以前に俺はお前の体が心配なんだ!」
「.....お願い....アインズ.......連れてって」
「しかし....!」
双方譲らない二人を見て、後ろに下がっていたミキが一歩前に出てきた。
「アインズ様、ルカ様を連れていきましょう」
「ミキ?!お前まで....」
「その間は私とライルでルカ様を護衛しますので大丈夫です。フェリシア城塞での事が済み次第、即座にナザリックへ帰投するとお約束致します。...それでよろしいですね、ルカ様?」
「ヘヘ...ミキ.....よろしく.....お願いね....」
握っていた手をルカが離した事で、アインズは諦めるように溜息を付き、右頬をそっと優しく撫でた。
「...仕方がない。但しフェリシア城塞で事を済ませたら、即刻ナザリックに帰還して休養を取ってもらうぞ。いいな?」
「.....うん.....あり....がとう」
「よし。コキュートス、ルカを運んでやってくれ」
「承知致シマシタ」
コキュートスが一歩前に出てルカの体を支えたが、不意にライルが怒号にも似た声を飛ばしてきた。
「コキュートス!!....俺が運ぶ」
「...分カッタ、我ガ友ヨ」
そしてライルはその場に屈むと、ルカの体をそっと抱き上げて立ち上がった。そしてシャルティアの開けた
ミキの
「アンデッド?!」
「て、敵か?」
「いや...ママ怖いよ」
「大丈夫、帝国軍の兵隊さん達がいるからね」
アインズの姿を見たカルサナスの住人達は完全に怯えきった様子だったが、最前列に立っていた五人の男女のうちの一人が、両腕を大きく広げて一歩前に進み出てきた。
「これはゴウン魔導王閣下!このような所まで来られずとも、地上でお待ちしていれば良かったものを」
「ジルクニフ殿、迎えに来たぞ。救出は無事完了したようだな、良くやってくれた」
「恐悦極まりない言葉、感謝する。あなた達の偉業に比べれば、取るに足らないことだ。...カルサナスの民たちよ、案ずるな!彼こそが、我らバハルス帝国と共にカルサナスの救援に駆けつけた同盟国の盟主、アインズ・ウール・ゴウン魔導王である!!」
ジルクニフは民たちを振り返り、不安を払拭するためオーバーアクション気味に声を張り上げた。その言葉を聞いて、列にいた民と兵士達から安堵の溜息が漏れる。そしてジルクニフは、先頭に立つ一人の女性に寄り添い、アインズに笑顔を向けた。
「ゴウン魔導王閣下、紹介しよう。こちらの女性が、カルサナス都市国家連合代表のカベリア都市長だ」
アインズはそれを聞いて無意識に
「...都市長代表のカベリアです。この度は、カルサナスの危機に際しご助力頂き、兵と民たちを代表して深く感謝致します」
カベリアは左胸に手を当てて一礼したが、その体は小刻みに震えていた。それを見たアインズは努めて優しくカベリアに返答した。
「アインズ・ウール・ゴウンだ、お初にお目にかかる。...そう警戒しないでほしいな、カベリア都市長。顔を上げてくれ、何か大きな誤解があるようだ」
目を伏せるカベリアの肩にアインズがそっと手を乗せると、顔を上げて恐る恐る見返してきた。
「...フ、フェリシア城塞にいた東の化物二体はどうなりましたでしょうか?」
「東の化物? アジ・ダハーカとナルムクツェの事か。...安心してくれ、後ろに控える我が配下と共に殺しておいた」
「で、ではレン・へカート神殿に向かった北の化物は...?」
「ディアン・ケヒトの事だな。...奴は手強かった。我々全員で戦いを挑んだが、それでも倒せなかったよ」
その言葉を聞いたカベリア以下、背後に並ぶ三人の都市長達の顔から一斉に血の気が引いた。
「そんな...あれがまだ生きていると?」
「そうとは言っていない。我が配下の中に、奴を倒せる可能性を持った者がいてな。魔導国の大使だ。その者がたった一人で戦いを挑み、激戦の果てにディアン・ケヒトを滅ぼした。しかし力を限界まで開放した代償として、彼女は深い手傷を負ってしまった」
「北の化物を...たった一人で?にわかに信じ難い話ですが」
「だが事実だ。私が君に嘘をつく理由がどこにある?」
「...あなた達魔導国に対する懸念が消えないからです」
「ほう、どのような懸念かね?」
カベリアはギュッと両手を握りしめ、赤く光るアインズの眼窩を真っ直ぐに見ながら質問した。
「ゴウン魔導王閣下は、何故このカルサナスにいらっしゃったのですか?」
「我が同盟国であるバハルス帝国...そこにいるジルクニフ殿より救援要請を受けたから来たのだ」
「...このカルサナス全土を、魔導国の支配下に置くためではないと?」
「そのようなつもりはないが...それとも、支配して欲しいのか?」
「その必要はありません。私達は都市国家連合です。魔導王閣下のお力に頼らずとも、必ず街を再興してみせます」
「ならばそれで良いではないか。君達は君達の進むべき道を歩めばいい。懸念は払拭されたかね?」
「...いいえ、まだです」
アインズの脳裏に輝く
「何が言いたい?はっきり物を言ったらどうだ」
「...では言いましょう。此度カルサナスを襲ったこの亜人達による同時襲撃、あまりにもタイミングが良すぎました。そして追い込まれた私が帝国へ救援を要請すれば、あなた達魔導国も姿を表すであろうという事も、容易に想像がついていました」
「ふむ、それで?」
「そしてすべての街が壊滅し、後から来たあなた方は、私達カルサナス連合軍が全滅の危機に瀕するほどの化物たちを、何の苦もなく排除してみせた。まるで作られた神話かお伽話のようにね」
「...で?」
「つまりはこうです。あの九万の亜人軍と三匹の化物は、あなた達魔導国が魔法か何かで召喚したのではありませんか?そしてカルサナスを襲わせ、国力が弱った所を狙ってこの土地に侵入し、自らの領土拡大を目論んでいる。違いますか?」
それを隣で聞いていたジルクニフが、血相を変えて話に割って入ってきた。
「おいカベリア!!魔導王閣下に無礼だぞ!貴様、よりによって自作自演とでも言いたいのか?!ゴウン魔導王は純粋に我が帝国からの救援要請に答えてくれたに過ぎない!」
「ジルクニフは黙ってて!!...魔導王閣下、はっきりと仰ってください」
「カベリア都市長。━━━━もう一度言ってみろ」
アインズの体から突如ドス黒いオーラが噴出し始めた。それに反応しイフィオンが武器に手をかけるが、周囲に放たれる強烈な殺気のせいで、立っているのが精一杯の状態だった。アインズの眼前に立たされたカベリアは、その殺気に満ちたオーラを全身に浴びて完全に固まり、指一本動かせない。
アインズはその状態のまま、目の前で立ち尽くすカベリアの細い首に手をかけた。
「...いいかよく聞けカベリア。俺たちはな、帝国とカルサナスを守る為に戦った。そしてその内の一人は、お前たちの為に命を懸け、たった一人でディアン・ケヒトと戦い、今も尚生と死の境目を彷徨うほどの重症を患っている。今お前が吐いた言葉は、俺のみならず我が配下全員を侮辱するものだ。何なら今すぐこの場で死んでみるか?お前のみならず、カルサナスの兵士と住民全てな。貴様らごときを皆殺しにするのにさして時間はかからん。俺一人で十分だ。選べ、生か死か」
「あ...あ....」
「どうした、声も出ないか?口は災いのもとだったな。カベリアよ、とりあえずお前には苦痛に塗れた死をプレゼントしよう。ありがたく受け取るが良い」
(ミシリ)と音を上げ、掴んだカベリアの首にゆっくりと力が籠もっていく。巨大な殺気に当てられ、背後で見ていた都市長はおろか、カルサナスの兵たちも身動き一つ取れず、助けに入ることすら叶わない。
━━━ただ一人を除いて。
「...待ってくれ、魔導王の旦那!!」
二人の前に飛び出してきたのは、一人の筋骨隆々な大男だった。アインズはカベリアの首から手を離さぬまま、顔だけをその男に向けた。
「...ん?誰だお前は」
「カルサナス都市国家連合・ゴルドー都市長のメフィアーゾ・ペイストレスってもんだ」
「ほう。絶望のオーラに耐えきるとは、中々レジストが高いな。それで?命乞いでもしに来たのかね?それとも私を止めてみるかね?」
「いや...済まねえ。あんたの言っていることが本当なら、都市長代表の言っていることは全て間違い...勘違いだ。それにカベリアの嬢ちゃんはまだ若い。思い至らなかった事もあるかもしれねえ。俺の頭で良ければいくらでも下げる。だから頼む、許してやっちゃくれねえか?」
「...無駄だな。この女は我々にとって許し難い言葉を吐いた。私が死ぬと言った以上、それは絶対だ。そこで黙って見ていろ」
「なら!!...なら、俺を代わりに殺してくれ。俺の首と引き換えに、嬢ちゃんとカルサナス住民たちの命を助けてやってくれ、この通りだ!」
そう言うとメフィアーゾはその場に片膝をついた。後ろで見ていたイフィオンが咄嗟に声をかける。
「おい、メフィアーゾ!」
「イフィオン!!...後のことは任せたぜ」
それを聞いてアインズはゆっくりとカベリアの首から手を離した。膝から崩れ落ちるようにへたり込み、激しく咳き込んでいる中、アインズは片膝をつくメフィアーゾに顔を向けた。
「...貴様の首ごときで、この女の発言が帳消しにされるとでも思っているのか?私が欲しているのはそんなものじゃない」
「じゃ、じゃあどうすればいい?俺に出来ることなら何でも言ってくれ、何でもする!」
「...謝罪しろ」
「...え?」
「お前達の為に命を賭して戦った我が魔導国の大使、ルカ・ブレイズに直接謝罪しろ、と言っているのだ」
「!!」
その言葉を聞いて、メフィアーゾはおろかイフィオン、パルール、カベリアの三都市長にも衝撃が走った。そしてその背後で聞いていた、蒼の薔薇とフレイヴァルツ達も唖然としている。メフィアーゾは震える声で、アインズに再度問いかけた。
「ま、魔導王の旦那....今....何つった?」
「何度も言わせるな。ルカ・ブレイズだ」
「そ、そいつはどこにいるんだ?姿が見えないようだが」
「...ライル!!前に出よ」
すると背後に控えていた階層守護者達が左右に道を開け、最後尾にいたライルとミキがゆっくりとアインズの元まで歩いてきた。ライルの太い腕の中には、全身黒ずくめの女性が静かに横たわっている。
メフィアーゾは立ち上がりライルに歩み寄ると、恐る恐る抱きかかえられた女性の顔を覗いた。眠るように目を閉じているが、その透き通るように白くきめ細やかな肌、目の下に刻まれた幾何学模様の赤いタトゥー、何よりも一度見たら忘れない美しい顔立ちを見て、メフィアーゾの目が大きく見開かれていく。
「...そんな...おい、ルカ?聞こえるかルカ?どうしちまったんだよおめぇ!」
その言葉を聞いてルカは薄っすらと目を開け、地下道の天井を見上げた。
「....だ、誰?」
「俺だ、ゴルドー都市長のメフィアーゾだ!」
「...メフィ...アーゾ?...や、やあメフィー...あれから...体の具合は....どう?」
「ああ、お前のおかげでピンピンしてらあ!」
ルカは手探りで前に手を伸ばし、相手の位置を探った。メフィアーゾはその手を両手で掴み、細い指を優しく握り返す。するとメフィアーゾは堪えきれず、何故か大粒の涙を零し始めた。
「...良かった...他の....みんなは?」
「も、もちろん全員無事だ!...おいみんな!!間違いねえ、あのルカ・ブレイズだ!!」
メフィアーゾは涙も拭わぬまま、背後に控える三人の都市長達を振り返った。すると三人は驚愕の表情で一斉にメフィアーゾへと駆け寄る。
「な、何じゃと?!」
「ルカ・ブレイズ?!」
「...ル...カ...お姉ちゃん?」
アインズに首を絞められ、へたり込んでいたカベリアまでもが立ち上がり、都市長四人はライルに抱かれるルカの周りを取り囲んだ。そしてメフィアーゾが掴むルカの手を、三人共握りしめる。その温もりを感じて、ルカは目を宙に漂わせた。
「...み...みんな...ごめんね....目がまだ...良く...見えなくて....」
「わしじゃ!テーベ都市長のパルールじゃ!...お前ともあろう者が、一体どうしたと言うんじゃこの姿は?!」
「...パルール...おじいちゃん?...へへ...ちょっと...無理...しすぎちゃった...みたい...」
「馬鹿者、年は貴様の方が上じゃろうが!...何ということじゃ、よりによってお前が戦ってくれていたとは...」
パルールは嗚咽を堪えきれず、ルカの手を握りながら、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして泣き崩れた。その隣に寄り添う
「ルカ、私だ。イフィオン・オルレンディオだ、分かるか?」
「...イフィ...オン?...久しぶり...だね.....私が...昔教えた魔法...役に...立った?」
「...ああ、もちろん立ったとも。忘れもしない190年前、お前が授けてくれたあの力がなければ、とてもじゃないが生きてこの場にいる事は叶わなかった」
「...そっか...生きていてくれて...良かった...」
「それはこっちの台詞だ!...あんな化物と一人で戦って...それにまさかお前が魔導国と共に歩んでいたとは露知らず....許してくれ、ルカ。お前ほどの強者をこの様な姿にさせるまで戦わせてしまった私達を...」
イフィオンの頬にも熱い涙が伝い、その涙がルカの顔に落ちる。それを感じ、ルカは目の前にあるイフィオンの頬を左手でそっと撫でた。そしてイフィオンの隣でルカの手を握る女性が、信じられないといった様子で語りかけた。
「...ルカ...お姉ちゃん?」
「...やあ...カベリア...だね...」
「そんな...何で分かるの?」
「...分かる...よ...私が...昔あげた香水...フォレムニャック...まだ...付けていて...くれたんだね...」
「お姉ちゃん...北の化物をお姉ちゃん一人で倒したって、本当なの?」
「...ああ...本当だよ....カベリア....もっとよく....顔を...見せて...」
それを受けてカベリアはルカの手を離し、顔を目の前に近づけた。するとルカはカベリアの頬に手を添えて、微笑みながら一筋の涙を流した。
「...大きくなったね....カベリア...ぼんやりとしか...見えないけど...きっと...綺麗に...なったんだろうね...」
「ううん、ルカお姉ちゃんの方がずっと綺麗だよ!...本当に、昔から何も変わってない...それに私が今生きているのは、ルカお姉ちゃんのおかげなんだから」
「...カベリア....よく...ここまで...頑張ったね...それにメフィー...パルール...イフィオン....もう...大丈夫....地上の敵は...ジルクニフと...私達魔導国が....殲滅...したから...」
ルカは消え入りそうな声で、精一杯の笑顔を作った。それを見て四人の都市長はおろか、背後で聞いていたジルクニフですらも愕然とする。ルカ・ブレイズがそこにいる事、たったそれだけの事で、魔導国に対する疑念を晴らすには十分過ぎるほどだった。
ライルは腕に抱くルカに楽な姿勢を取らせるため、その場に片膝をついた。四人の都市長もそれに習い一斉に両膝をつく。そして皆が涙ながらに頭を下げた。
「ルカ、くっそ...済まねえ...済まねえ!!お前がいると知ってりゃ、盾になってやる事くらいは出来たってのによお!!...俺は自分が情けねえ。戦場はイフィオン一人に任せっきりにしちまった挙げ句、最後はお前一人であの北の化物と戦い、寂しい思いをさせちまった...こんな事になるくらいなら、お前の為に死んでやりたかった。街のことばかり考えて臆病になっていた自分が恥ずかしい。本当に申し訳ねえ...」
続いてパルールも言葉を継いだ。
「ルカよ、お前は此度の戦で、一度ならず二度までもこのカルサナスを救った。もうこの恩は、わし一人では返しきれん。お前は昔こう言ったな、(私の存在を他言すれば、即座にカルサナス全土を滅ぼしに来る)と。我らカルサナスはその絶大なる恩に報い、お前と交わした約束を固く守って今日まで生きてきた。そして今、カルサナスを滅ぼした化物と亜人を、お前と魔導国は逆に滅ぼしてみせた。そしてわしは知った。過去にカルサナス全土を滅ぼせると言ったお前の力が嘘ではない事。そしてその力を、再度我らカルサナスを守ることに使ってくれたということにな。...死してなお、この感謝は忘れぬであろう。お前という英雄がいながら、側にいてやれなかったこの老いぼれを許しておくれ、ルカ...」
パルールは左手に握った
「...我が友よ。お前が魔導国と共にあると言うことは、そう解釈して良いのだな?」
「...そう...だよ...イフィオン....アインズ...アインズ...そこにいる?」
すると都市長のすぐ背後に控えていたアインズが、ルカに寄り添った。三人の都市長はその為の場所を空ける。アインズは片膝をつくと、そっとルカの左頬に手を添えて優しく囁いた。
「ここにいるぞ。どうした、ルカ?」
「....アインズ...紹介...するよ....彼女は....イフィオン・オルレンディオ....200年....前に...魔神と戦った....十三....英雄の....一人...だよ....」
それを聞いて、背後に控えていた階層守護者達からどよめきが上がった。
「ほう?あの時代から生きているとは、随分と長寿だな。外見と装備から察してはいたが、種族は
「いや、私は
「そうか、美しい名だな。では私の事もアインズと呼んでくれ、イフィオン。十三英雄と言う事は、ツアー...つまり白銀やリグリット・ベルスー・カウラウ、イビルアイとも面識があるのか?」
「その通りだアインズ。200年前、つまり魔神との大戦が始まる直前に、ルカと背後にいるそこの二人は姿を現した。白銀と私、リグリット、それにイビルアイ、十三英雄のリーダーは、その秘めたる力を見込んでルカ達三人に援軍を要請したが、この世界に来てから準備不足と言う事で断られてしまった。そして魔神が倒されてから3年後、平穏を取り戻した大陸を見て、私は北東の地方に小さな村を建設した。そこにふと現れたのが、歴史に関与を拒んだこのルカ・ブレイズだったんだよ」
イフィオンは何故か嬉しそうに、ルカの頬を一撫でした。
「それが190年前と言う訳か。交流は深かったのか?」
「そうだな、深かったと言えば深かったのかもしれない。私はルカに、この世界に置ける一般常識や生活魔法、種族毎の特徴、各国の勢力と傾向、その他ありとあらゆる事を教えてやった。その対価としてこのルカは、魔導書を使用して通常ではあり得ないほどの強力な魔法を私に伝授してくれた。土・水・雷・毒・
イフィオンはルカの手を握り、嗚咽を堪えて大粒の涙を零した。アインズは目の前で片膝をつくミキとライルを見たが、二人は大きく頷いて返した。と言う事は、それが事実と言う事に他ならない。アインズはそれを見て立ち上がると、ルカに背を向けて静かに殺気を解いた。そこまで話を聞いていたカベリアがイフィオンの隣に寄り添うと、イフィオンの手の上からルカの手を再度握った。
「...ルカお姉ちゃん、ごめんね。私、ゴウン魔導王閣下にすごい失礼な事言っちゃった。お姉ちゃんが魔導国の大使だって、私全然知らなかった。...優しかったお姉ちゃんがいる国だもん。悪い国なはずがないよね?それなのに私、噂ばかりを鵜呑みにして...バカだ、私。都市長代表の資格なんてない。もっと理解を示すべきだった。それなのに...昔みたいに一人で戦って...また私達の命を救ってくれて...私、どうすれば?どうしたらいい?お姉ちゃん...」
カベリアはまるで子供のように泣きじゃくり、ルカの胸に突っ伏した。その膨れ上がった罪悪感は、カベリアの許容範囲を大きく超えていた。その様子を見てアインズは振り返り、ミキとライルを見た。
「...
(ボゥッ)と緑色の光がカベリアを優しく包み込んでいく。暴発寸前だったカベリアの重責と罪悪感が消えると、ルカはカベリアの頭をゆっくりと持ち上げて、そのグリーンに輝く瞳を見た。
「...カベリア....魔導王...陛下は....カルサナスを....占領しに....来たんじゃないよ....あのモンスターを...倒しに...来ただけ....だから....安心...して....」
「...お姉ちゃん...昔と同じだね。何でも出来ちゃう。どうして私の心が読めるの?」
「...ま、前にも....言ったでしょ?....お姉ちゃんは....人間じゃない....アンデッドなの....そこにいる....魔導王陛下と....一緒なんだよ...」
「お姉ちゃんは特別。だって...こんなにも暖かい。こんなにも...愛おしい」
「...カベリア...」
「ずっと...会いたかったよ。お姉ちゃん...」
カベリアはルカの頬に顔を重ねた。まるで姉妹のようにも見えるその様を見て、止めるものは誰もいなかった。しかし四都市長のルカに対する親密さを見て、疑問が湧いたのはアインズ以下階層守護者達だった。
「イフィオン、パルール、それにメフィアーゾとやら。一つ聞いてもいいか?」
「もちろんだアインズ、何でも聞いてくれ」
代表して答えたのはイフィオンだったが、他の二人もアインズに向き直り、大きく頷いて返す。
「ここにいるルカは過去に、このカルサナスで何か関わりを持ったのか?」
「それどころの騒ぎではない!ゴウン魔導王閣下、ルカはこの国を救ってくれた英雄ですのじゃ」
パルールが鼻息も荒く返答したが、イフィオンがそれを制止した。
「待て、パルール都市長。...済まんなアインズ、ここでその話をすると長くなる。今は一刻も早くルカを安静にさせなくては。メフィアーゾもそれでいいな?」
「もちろんだ!こいつが元気になるためなら、俺ぁ何でもするぜ!」
そしてイフィオンは、未だルカから体を離さないカベリアの肩をそっと掴んだ。
「...行くぞカベリア。気持ちは分かるが、ルカの身が心配だ」
「...はい、イフィオン都市長」
ルカの魔法と温もりで正気を取り戻したカベリアは、名残惜しそうに体を離して立ち上がった。それを見てイフィオンがアインズに顔を向ける。
「アインズ、それでルカはどういう状態なんだ?」
「どういう...と言ってもな。お前たちには解決出来ない事態だと思うがな」
「ルカの事は200年前からよく知っている。アインズ、お前も外の世界から来たプレイヤーなのだろう?ならばお前たちの知らない、この世界のみに適用される方法があるかもしれない。話してみてくれ」
「...分かった。現在のルカは、老衰・衰弱・そして重度のショック状態というバッドステータスに侵されている」
「...アンデッドのルカが老衰?!そんな馬鹿なことが...」
「ああ、俺もそう思った。だがこれは事実だ」
「...つまり、それは種族本来の老衰ではなく、後天的に受けた一種の呪詛のようなものなんだな?」
「呪詛ではなく、純粋な老衰のバッドステータスだと言うことは確定しているが...何か心当たりがあるのか?」
それを聞くとイフィオンは顎に手を添えてしばし考え、そして再びアインズに顔を向けた。
「...後天的に受けた老衰であれば、ひょっとしたら何とかなるかもしれない」
「何?!本当かそれは?」
「ああ。とにかく今は急いでルカをフェリシア城塞へと運ぼう。ここでは
「ミキが
「ではそれで私達都市長を運んでくれ。カベリア都市長、指示を頼めるか?」
「分かりました。ハーロン!後衛部隊にも伝達。地上の危機は全て排除されました。私達は先行してフェリシア城塞へ戻るので、その間各部隊の指揮官及び兵士は住民たちを護衛・誘導するように」
「了解しました!」
そしてアインズは、都市長の横に立つジルクニフにも顔を向けた。
「さて、行こうかジルクニフ殿。あなたもルカが心配だろう。伝わってくるぞ」
「これはお見通しでしたか。ではここにいるフールーダも共につけてよろしいかな?」
「もちろんだとも。では行こうか」
アインズと階層守護者達が飛び立とうとした時だった。咄嗟に後ろから女性の声で呼び止められた。
「お待ちください、魔導王閣下!!」
アインズが振り返ると、そこには10人の冒険者達が横一列に並んでいた。見覚えのある顔もいた事で、アインズは足を止めて冒険者達の前に出た。
「...君は確か、蒼の薔薇のラキュースだったな」
「はい、お見知り置き頂き光栄にございます、魔導王閣下」
次にその隣で一礼する、奇妙なレザーアーマーを装備した細身の男にも顔を向けた。
「初めて目にする顔だが、君は誰かね?」
「カルサナスをホームとするアダマンタイト級冒険者チーム・銀糸鳥のリーダーを務めております、フレイヴァルツと申します」
「ふむ。それで何用かね?少々急いでいるのだが...」
そこへラキュースが一歩前に踏み出し、アインズに向かって片膝をついた。
「不肖、私達蒼の薔薇はルカ・ブレイズと旧知の中にございます。何かお力添えできる事があるやもしれません。どうか私共も、フェリシア城塞へ同行する許可を頂けませんでしょうか?」
アインズはそこでふと考えた。帝国とカルサナスの兵、それに他の冒険者と合わせれば、住人たちを安全に送り届けられるであろうと判断し、小さく頷いて返した。
「...いいだろう。但し蒼の薔薇の諸君はいいとして、銀糸鳥の方々はどういった了見なのだ?」
フレイヴァルツは姿勢を正し、アインズを真っ直ぐに見た。
「...我々は、伝説が本当だったのだと理解したからです」
「と言うと?」
「...闇に生きるとされる伝説かつ最強と謳われたマスターアサシン、ルカ・ブレイズ。私は...いや私達銀糸鳥は、本人を見るまで今日の間、迷信の類だろうとずっと思ってきました。ほんの2日前、私達はあなた方魔導国が討ち滅ぼしたという3体の化物と相対しました。そして直感した。(世界が滅ぶ)と。私は逃げ出したいと思う気持ちを必死で抑えながら戦った。しかしそんな気概すらも粉々に打ち砕いたのが、北の化物...あなた達がディアン・ケヒトと呼ぶあの神に等しい存在でした。それをルカ・ブレイズたった一人で倒したという。話だけ聞いていれば、そんな事は冗談だと片付けられたのかも知れない。しかし今日私達は、戦い終わった本人を見た。...こんなにもか細く、美しい女性がたった一人であの化物を倒してしまった、しかしその代償は大きかった。そんな状態の英雄を見て、見過ごせる冒険者がどこにいるでしょうか?...彼女を死なせてはなりません、魔導王閣下。私にも是非手伝わせていただけませんか。必ずお役に立てると思います」
「...無論死なせるつもりなど毛頭ない。よかろう、そこまで思うのなら許可する。
「私達銀糸鳥の
「しっかりついて来い。行くぞ!」
そしてアインズ達と階層守護者、四人の都市長、ジルクニフ、フールーダ、蒼の薔薇と銀糸鳥の一行は、フェリシア城塞に向けて地下道を高速で飛翔した。そして一時間半程移動した時だった。ミキとライルの脳裏に、レッドアラートが瞬いた。
「
「残党か?ミキ」
「恐らくは」
「アルベド、デミウルゴス、イグニスはライルとルカの直衛に付け。ユーゴ、ネイヴィア、ルベド、シャルティアは前衛、ミキ、マーレ、ノア、セバス、フォールスと俺は後方から火力支援。アウラ、コキュートス、蒼の薔薇、銀糸鳥、フールーダは最後方でジルクニフ殿と都市長の護衛だ。火力で一気に吹き飛ばすぞ、いいな?」
『了解』
その場にいた全員に緊張が走った。何かを壊す事には長けていても、大切な誰かを守る為に戦うといった状況...つまり護衛ミッションは、階層守護者達に取っても初めての経験だったからである。アインズはそれも計算に入れてルカ直属のメンバーをバランス良く配置したが、この狭い空間の中で果たしてそれが通用するかどうか、疑問符がついた。
敵は500体、侮れない数である。当然超位魔法も使用できず、AoE使用も後方にいるジルクニフや都市長達の事を考えれば、範囲が絞られる。だがそれでもやるしかない。アインズは徐々に殺気を研ぎ澄ませていった。
「前方400ユニットに接近!」
ミキがエーテリアルダークブレードを抜刀すると同時に、階層守護者の皆が武器を構えた。高速で飛翔するアインズ達は突撃するように接敵する。そして遂に120ユニットの射程圏内まで到達すると、アインズ達は地面に降り立ち、後衛に控えていた火力チームの魔法が一斉に火を吹いた。
「
「とと、
「
「
「
先制攻撃が炸裂し、五人の魔法による衝撃波がトンネルの奥から一気に押し寄せてきた。アルベド・デミウルゴス・イグニス・そしてライルはルカを爆風から守る為、背を向けて円陣を組んでいる。その中でミキは声を張り上げ、全員に激を飛ばした。
「敵残り300!レッドキャップと
「来るぞ、防衛陣形!前衛部隊、突撃用意!!」
指示を出したアインズは、急いで最後方にいる五人の護衛対象に声をかけた。
「ジルクニフ殿、都市長達は全員通路中央に集まれ!...カベリア何をしている!!こっちだ、早く来い!!」
「は、はい!!」
「
アインズが魔法を唱えると、五人の周囲30ユニットにドーム状のバリアが覆いかぶさった。
「いいか、五人とも絶対にここから動くな!」
そう言い残すと、アインズは再度後衛に戻った。
「距離60ユニット!アインズ様、この至近距離でフォールス様の魔法は後方にも被害が及びます!ここは私達二人で!!神聖魔法です、よろしいですね?!」
「了解した!」
「
ミキが左右に手を広げると、前衛後衛のメンバー全員の体に白色のヴェールがかかり、カルマ値が一気にプラス500へと傾いた。それと同時に、ミキとアインズは口を揃える。
『
二人の目の前に巨大な3つの魔法陣が現れ、そこに素早く魔法を込めていく。前衛にいたシャルティアもミキの魔法を感じ取り、腰を落として射撃体制に入っていた。そして二人は顔を見合わせ、その力を一気に放出した。
『
「清浄投擲槍!!」
螺旋状に渦を巻く巨大な青白い炎が八連撃、その合間を縫うように神聖属性の巨大な槍が超高速で突撃する。目も眩むような大爆発と共に、視界に入ったレッドキャップとオーガは蒸発した。ミキが鋭く状況を報告する。
「敵残り150、距離約50ユニット!私とセバスは白兵戦に移ります、マーレ、アインズ様、ノア、フォールス様は援護を!」
「わわ、分かりましたミキさん!」
「了解した!」
「ルカお嬢さん顔負けですね。了解しました」
「...近接戦ですね?ミキ、では私も参加しましょう」
するとフォールスは中空に手を伸ばし、アイテムストレージの中から怪しく銀色に光る六本の直刀を取り出した。それを全ての腕に装備し身構えるフォールスの顔は、さながら鬼女の如き様相を呈していた。その凝縮された殺気はアインズでさえもたじろぐ程だったが、逆に心強さも感じていた。
アインズのかけた魔法の障壁の中から、カベリアは自らにとって異次元とも呼べるその圧倒的な戦闘を眺めていた。それも、自分たちを守る為に彼らは必死で戦っている。いや、例え護衛対象が自分達でなかったとして、彼らは少なくともルカを守る為に全力で戦っている。それを感じ取り、魔導国に対する印象が更に変化していく自分に気がついた。そして、彼らを誤解していた自分を恥じた。
そして、自分を恥じるがあまりに一人、静かに殺気を研ぎ澄ませている者がいた。
「前衛部隊、突撃!!」
敵が30ユニットに迫り、アインズが指示を出した時だった。最後方で突如、怒号のような魔法の詠唱が木霊した。
「
それと同時に、カベリアの隣にいたその男は弾丸の如き速さで突進し、階層守護者よりも先に最前線へ辿り着くと、背中に背負った巨大な
「ちょっ...何して...」
「愚か者が!!早く下がれ!!」
「...もう駄目、間に合わない...」
「人間...愚かでありんすねぇ」
四人が諦めかけたその時、男は再度怒号を上げた。
「
その瞬間、爆発的なオーラと殺気が男の全身から噴出され、階層守護者はおろかアインズでさえも目を見張るような力を解き放った。男の肌は見る見るうちに全身が赤褐色に染まり、口からは蒸気を吐いてさながら赤鬼の如き表情となっている。その強烈な殺気を浴びて、半円状に取り囲んだ亜人達の動きが止まった。
その男の名は、メフィアーゾ・ペイストレス。彼は敵陣の更に奥深くへ踏み込むと大きく息を吸い込み、周囲が震え上がる程の大声で魔法を詠唱した。
「
(ビシャア!)という鋭い音と共に、周囲50ユニットに渡り黒い靄が広がると、前線にいたレッドキャップとオーガ達の体が瞬時に
「
両手斧をまるで小枝のように振り回し、超高速の10連撃を周囲に叩きつけていく。それを浴びたレッドキャップとオーガが、見るも無残な肉塊へと変わっていった。その武技を見て、ルカの直衛についていたアルベドが驚いたような声を上げる。
「あれは...私の使う武技と同じね」
それを聞いてデミウルゴスとイグニスも注目するが、メフィアーゾは立て続けに武技を発動した。
「
右から左へと高速で振り回すと、
「
するとメフィアーゾの周囲に赤色のバリアが張り巡らされた。それには構わずレッドキャップとオーガが斬撃と打撃を叩きつけてくるが、何故かメフィアーゾの体にまでは届かず、逆に敵の体に斬撃と打撃のダメージが跳ね返り、血を流して次々と倒れていった。それを見たコキュートスとアインズが確信に満ちた声を上げる。
「何ト、奴ハバーバリアンダッタノカ!!」
「そうだ。あの障壁はバーバリアンにしか使えないダメージシールドだな。確か受けたダメージの90%を相手に返すという効果だったはずだ。道理で恐怖耐性が高いと思ったが、しかしそれにしても...」
「...強イ。奴ハ
「そうだな。驚異的な殲滅力だが、しかしいずれはスタミナに限界が来る。前衛部隊、手を貸してやれ」
『了解』
それを受けて背後から四人が飛び出したが、その気配を感じてメフィアーゾは大声を張り上げた。
「魔導王の旦那!!...助太刀は要らねえよ。これから隙を作るから、その間にみんなを連れてこの地下道から脱出してくれ!」
しかしアインズは反論した。
「そういう訳には行かない。お前も都市長の一人なのだ。おいそれと死なれては困る」
「へっ!あんた達はどうやら閉塞空間での戦闘に慣れてないらしいからな。だがよ、こう言った局地戦でこそ、バーバリアンの真骨頂が発揮出来るってもんよ。これから突撃して穴を作るから、後のことは頼んだぜ、魔導王の旦那!」
それを聞いて悲痛な声を上げたのは、イフィオンだった。
「メフィアーゾ、無茶はよせ!アインズに任せるんだ!!」
「うるせえ!!これで貸し借り無しだぞイフィオン!とっととカベリアの嬢ちゃんとルカを連れて逃げやがれ!!」
「でも...でも、お前の力は...!」
「んなこた分かってるんだよ!!...一緒に戦場に立ってやれなくて、悪かったな。こんなにも後悔した事なんざ、後にも先にもねえ」
「だから、それはお前が平地戦を苦手としているのが分かっていたから!...私はその事に対して何も思ってなどいない!!」
「そこにルカがいたとしてもか?!」
「そ、それは...」
イフィオンは赤いオーラに包まれたメフィアーゾの大きい背中を見て、言葉に詰まってしまった。メフィアーゾは敵と睨み合いながら、更に続ける。
「...俺は危うく、2つの大事なものを失う所だった。一つは俺の命を救ってくれたルカ、そしてもう一つがお前だ、イフィオン」
「...え?」
イフィオンは絶句した。大事なものと名指しされても、自分の事だとは認識できずにいた。メフィアーゾは殺気を放ったまま、笑顔で背後を振り返る。
「...結局お前とのタイマンでは、俺ぁ一回も勝てた事なかったよなあ。何つーディフェンスしてやがんだと思ったぜ。...物のついでだ、惚れた女が見ている前でくらい、格好つけさせてくれや。イフィオン」
「...メフィ...アーゾ?」
イフィオンは無意識に右手で口を覆い、目には大粒の涙が流れていた。臆病でぶっきらぼうで、だが腕っぷしはいいと認めていた男の口から出た繊細な本音。同じ都市長になってからは、お互いに気のいいやつだと認め合い、幾度となく酒も飲み交わした。その男が、自分に好意を抱いてくれていた。イフィオンは素直に嬉しかったが、目の前の状況がそれを許さなかった。メフィアーゾは正面を向くと、低く腰を落として
「だめだメフィアーゾ!!その技は───」
「...へへ、一世一代の大技、見せてやるぜ」
次の瞬間(バチ!)と体の周囲に電光が走った。そして稲光が徐々に体を覆い尽くしていく。メフィアーゾは肩に背負った
「...グギギ...
(ドゴォン!!)という激しい衝撃波と共に、半径約70ユニットに渡り電荷の嵐が吹き荒れた。それを浴びたレッドキャップとオーガの体は紙屑のように弾け飛び、次々と灰になっていく。それを前衛で見ていたシャルティアが驚愕の表情を向けた。
「バーバリアンが雷撃系魔法を?!...まさかあの男、
その疑問にはアインズが答えた。
「そうだシャルティア。バーバリアンが唯一取れる魔法系サブクラス・
「自滅、するでありんすね。いかがいたしますかアインズ様?」
「まあ待て、少し様子を見よ────」
そう言いかけた時だった。アインズの後方から驚異的なスピードで飛び出す影が目に入った。アインズは反射的にその体を捕らえ、懐に押さえ込む。腕の中で暴れていたのは、イフィオン・オルレンディオだった。アインズは腕の力を緩め、肩に手をおいて宥めようと努めた。
「どうしたイフィオン、お前ともあろう者が」
「離せアインズ!!...いや、離して!お願い...」
「落ち着け。あのメフィアーゾの火力、恐らく彼は
「だから危険なのよ!!...あの技は、昔ルカがメフィアーゾに教えたの。ルーンストーンという石を飲ませてね。でもここぞという時にしか使っちゃだめだって。もう終わりだと思った時にしか使うなって、きつく教えてたの。見たら分かるでしょ?!あの魔法は、術者の命も削る。今私が助けに入ればあの魔法を止められる!お願い、離してアインズ!!」
そこにいたイフィオンは都市長としてではなく、一人の女性としてアインズに訴えかけていた。いつもの大人びた口調はどこかに消え失せ、外見年齢通りの幼い言葉遣いになっている。恐らくこれが素のイフィオンなのだろうと察したアインズは、背中に固定していた腕を両肩に乗せて、ローブの裾でそっとイフィオンの涙を拭った。
「...分かった、私が行こう」
「...アインズ?」
「だがお前は、一度決めた男の矜持を棒に振る事になる。それでもいいんだな?」
「メフィアーゾに死んでほしくない。ただそれだけよ...もう彼は、十分戦った」
「そうか。ミキ、敵の残存数は?」
「
「確かに十分だな。私と一緒についてきてくれ」
「かしこまりました。
ミキの体の周囲に虹色のバリアが覆い被さるが、それはすぐに透明になり掻き消えた。正面を見ると、メフィアーゾは未だ魔法を放ったまま前進を続けている。アインズにはその意図が読めたが、念には念を入れて二人は
何事もなかったかのように術者の元へ辿り着くと、アインズは(ポン)とメフィアーゾの肩に手を乗せた。
「...もういいメフィアーゾ、良くやった。これで十分だ。今すぐ魔法を止めろ」
「ま、魔導王の旦那、それにルカのお付きの姉さんも、体は何とも無いんで?」
「私は少々特殊でね。装備により、レベル130以下の魔法は無効化出来るんだ。こちらのミキは、同じく特殊な防御魔法を張っている為にほぼ無傷で済んでいる」
「...さすがはあの化物と亜人を倒しただけの事はあるってもんよ。俺なんか足元にも及びゃしませんぜ」
「そんな事はどうでもいい。私とミキの目には今、お前のHPとMP残量が視覚的に見えている。想像を絶する苦痛の中にいるにも関わらず、正気を保っているのはさすがバーバリアンと言ったところだが、HPもMPもそろそろ限界だ。今すぐ魔法を止めてくれ」
「...これはね魔導王の旦那、俺なりの償いなんですよ。それに亜人共もあと少しで全滅出来る。止めないでおくんなせぇ」
「
「...へへ、そこまで知ってるたぁすげぇや。だったら尚更後には引けねえなあ」
「..これは私だけでなく、ルカやイフィオンからのお願いだ。この三人の頼みも聞いてはくれないのか?」
「...旦那」
メフィアーゾは肩を落とし、正眼に構えていた
「お前の魔法を強制的に止めることも出来たが、ルカの為に戦ってくれた戦士を前にそんな真似はしたくない。後は私達に任せろ、メフィアーゾ」
「ずりいや、旦那...そんな言い方されたら...断れねえよ」
メフィアーゾが目を閉じて脱力すると、周囲に吹き荒れていた雷撃の嵐が止んだ。それと同時に体がふらつき前のめりになるが、アインズが咄嗟に肩と腰を支える。そのままミキと共に最後方へ下がると、アインズは前衛部隊に指示した。
「ユーゴ、ネイヴィア、ルベド、シャルティア、今度こそ突撃だ。メフィアーゾの成果を無駄にするな、皆殺しにしろ」
『了解』
四人が南へ走り去ると、アインズは意識朦朧としたメフィアーゾを地面に寝かせた。それを受け止めたイフィオンは、メフィアーゾの頭を膝の上に乗せる。
「ミキ、回復してやってくれ」
「はい。
HPがフル回復したメフィアーゾは意識を取り戻し、目に光が戻った。ふと見上げると、涙ぐむイフィオンの美しい顔がある。それを見て照れくさそうに頬を掻き、メフィアーゾは体を起こした。するとイフィオンは、(トン)とメフィアーゾの額を人差し指で小突く。機嫌が悪そうなイフィオンを見て、恐る恐る質問した。
「あーその...怒ってる?」
「...当たり前だ」
「どうしたら機嫌直してくれる?」
「無鉄砲もほどほどにしろ。この場にはルカ並に強い、戦闘のプロであるアインズ達魔導国の方々がいるのだ。お前も良く身に染みただろう?我ら弱小の出る幕はない、彼らに全て任せておけばいいのだ」
「...分かったよ、悪かった」
「...それとな、私はお前の臆病さを指摘する事はあっても、馬鹿にした事は一度もない。もし今後同じような厄災に襲われた場合、私は必要があればちゃんとお前に参戦を要請する。今回私だけが先頭に立ったのは、適材適所の結果だ。妙な勘違いをして先走るな」
「...はい」
「あともう一つ」
「まだあるのかよ...そろそろ勘弁してくれイフィオン」
「その...わ、私に惚れたのなら...これからはもっとその...シャンとしろ。分かった?」
「...了解、喜んで!」
満面の笑みを浮かべるメフィアーゾを見て、イフィオンの顔にもようやく笑顔が戻った。二人が立ち上がると、アインズは先行した前衛部隊の様子を尋ねる。
「ミキ、敵の残存数は?」
「
「ライル、ルカの様子は?」
「...静かに眠っておりますが、予断を許さぬ状態かと」
「分かった。フェリシア城塞まではもう少しだ。皆準備が整い次第向かうぞ」
そうして一行は地下道入り口で前衛部隊と合流し、無事フェリシア城塞へ到着した。カベリアの案内で、砦内で最も広い寝室に通されると、ライルは大事に抱えてきたルカをキングサイズのベッドに横たわらせ、そっと羽毛布団を掛けた。階層守護者達を始め、皆が心配して周りを取り囲む中、イフィオンとアインズが左右のベッド脇に向かい合って座る。そしてイフィオンは腰に巻いたベルトパックの中から、六角錐の形をした高さ15センチ程の透明な瓶を取り出した。中にはレモンのように黄色い液体が入っている。
「アインズ、これをルカに飲ませてみようと思う」
「それは?」
「我々
「その効果は?」
「鑑定した方が早い。見てみるといい」
アインズはベッド越しに小瓶を受け取ると、右手を添えて魔法を唱えた。
「分かった、ありがとう。
────────────────────────
アイテム名:
使用可能種族制限 : 無し
使用可能クラス制限 : 無し
アイテム概要 : 死に直結する病はおろか、後天的に付与された呪詛や毒等、この世にある全てのバッドステータスを解呪可能な薬。また即死系統の魔法を受けた直後にこの薬を一滴でも飲めば、HPが1の状態ではあるが死を回避出来る。その主要成分は、
アイテム作成可能職 : アルケミスト
ファーマシスト
───────────────────────────
アインズは情報を読み取り、興味深げに小瓶の中の液体を眺めた。
「ふむ、作成素材はどれもこれも貴重な品ばかりだな。レシピがあるという事は、他にも必要素材が多数あるのだろうが、良く集められたものだ」
「その昔、私が
「死に直結する病を治す...か。貴重な薬を提供してもらい、感謝する」
アインズは小瓶をイフィオンに返すと、軽く会釈をした。
「いいんだアインズ。この国を救ってくれた魔導国と、私達の為に命を懸けたこのルカの為ならば、私で良ければ何でもしよう。早速薬を飲ませてみるが、構わないか?」
「ああ、頼む。お前がやってくれ」
イフィオンは小さく頷くと、ルカの寝ているベッド中央へと体を寄せた。そしてスベスベとした白い頬を優しく撫でながら、耳元で声をかける。
「ルカ?私だ。起きてくれ」
するとその目が薄っすらと開き、赤い瞳が真上にある顔を見返した。
「....その声....イフィオン?」
「そうだ。お前がつらい体を押して来てくれたおかげで、カルサナスと魔導国の誤解は完全に解けた。ありがとう、ルカ」
「....ここは....どこ?」
ルカは目だけを左右に振り、見えない中把握しようとしていた。
「安心しろ、フェリシア城塞の砦内にある寝室だ。お前を心配して、今全員がこの場に集ってくれている」
「...そっか....ごめんねみんな....心配...かけちゃって...」
イフィオンはルカの頬から手を離し、額にそっと手を添えた。
「...熱が高い。ルカ、今からお前にこの薬を飲んでもらう。覚えているか?190年前、お前だけにたった一度だけ見せた事のある薬だ」
イフィオンは六角錐の小瓶をルカの目の前に掲げた。ルカはそれを手に取ると、角度を変えてその小瓶に光を当てる。
「....よく...見えないけど...黄色い....190年前.......これってもしかして......
「そうだ、よく覚えていたな。私が自ら調合したものだ。これを飲めば、お前の体を蝕んでいるバッドステータスを解除出来るかもしれない」
「....でもこれって....貴重なんでしょ?....いいの?...私なんかに使って....」
弱々しく小瓶を返すルカの顔を見て、イフィオンは額から手を離し、ルカの手を握りしめて大粒の涙を零した。
「...馬鹿。もう忘れたのか?お前はかつて、このカルサナスに住まう何十万という
嗚咽を漏らしながら泣きすするイフィオンを見て、階層守護者以下ジルクニフ・フールーダ・蒼の薔薇・銀糸鳥の面々は真剣な眼差しでイフィオンとルカを見つめていた。過去にこの国でルカが何をしたのかに思いを馳せながら、皆はただじっと見守るしかなかった。
しかしそれに耐え切れなかった者もいた。神か、それとも邪神か。しかしその美しい造形美は他に類を見ない程であり、その者がルカのベッドに近づく事に異を唱えるものは誰一人としていなかった。
そして左のベッド脇に腰掛けると、泣き崩れるイフィオンの両肩をそっと六本の腕で支えた。
「...十三英雄の一人、イフィオン・オルレンディオ。悲しまずとも良いのです。さあ、今度はあなたが我が子・ルカを助ける番ですよ」
「...あ、あなたは先程の...」
一面六臂の阿修羅を思わせる異形の姿ながら、イフィオンを見つめるその顔は慈愛に満ちた表情を讃えていた。その少女のように美しい顔を見てイフィオンは落ち着きを取り戻し、肩を支えていた一本の手を握りしめた。
「...ありがとうございます。あなたの事は何とお呼びすれば?」
「私の名はサーラ・ユガ・アロリキャ。皆からはフォールスと呼ばれています。あなたの好きなようにお呼びください」
「...ではサーラ様、この薬をルカに飲ませても?」
「ええ、お願いします」
それを受けてイフィオンは小瓶の蓋を開け、ルカの枕に手を回して後頭部を支え、口元に手を伸ばした時だった。背後から突如素早く何者かの手が伸び、薬を持っていたイフィオンの手首を掴んで制止した。
アインズが驚いて顔を上げると、そこには殺気を放ちながら小瓶を凝視するミキが立っていた。イフィオンの隣に座っていたフォールスと共に、周りを囲んでいた階層守護者達も一斉に目を向ける。突然の出来事にしはし沈黙が続いたが、アインズの一言でそれは破られた。
「ミキ、どうした?」
「...アインズ様、その薬を私にも鑑定させてください」
「何故だ?」
「過去に私もライルも、このような薬を目にした事がございません。ルカ様の身に万が一の事があっては困ります」
それを聞いたフォールスが、イフィオンの肩から手を離すとミキに向き直った。
「この者を信じてあげなさい、ミキ。先程の都市長達と同様、イフィオンが流した涙は本物です。その手を離しなさい」
「いいえフォールス様、離しません。あなたには何も分かっていない。このイフィオンの中には未だ迷いがある。この目で直接効果を見ない限り、信じるわけには参りません」
「それは...この薬が現在のルカに効くかどうか、私にも自信が持てないという事であって...」
イフィオンが困惑しているのを見て、アインズが語気を荒めた。
「ミキ!!...俺自身が鑑定したんだぞ。この俺がだ!この薬には、副作用やペナルティ・その他トラップとなるような要素は存在しないと見た。飲んだ後に例えルカの症状が改善しなかったとして、少なくとも無害であると俺が判断したんだ!...その俺の言葉を、お前は信じられないと言うんだな?」
「っ.....!」
アインズが鋭く睨みつけると、ミキは絶句して黙り込んでしまった。そしてアインズを見つめたまま、下唇を噛み締めて目には涙を浮かべ、まるで子供が哀願するかのような表情に変わっていった。普段のミキなら絶対に見せないその涙を見て、アインズの心に動揺が走った。
「っておいおい!...何もそんな泣くことはないだろう...」
その様子を見たアルベドがミキの隣に寄り添い、そっと両肩を支えた。
「アインズ様、口を挟む事をお許しください。少し強く言い過ぎですわ。私達と同じく、ミキも人一倍ルカの事が心配なだけなのです。特に私とミキ・ライルにとって、ルカは創造主。特別な感情を抱いております。その得体の知れない薬を前に、アインズ様と同じくミキが大丈夫と言うのなら、私共も殊更安心できるというもの。...どうかミキのわがままを聞いていただけますよう、私からもお願い申し上げます」
二人の美女が注ぐ熱い眼差しを受けて、アインズは頷かざるを得なかった。
「...分かった、悪かったなミキ。俺も少し頑なだったようだ。お前の好きなようにするがいい」
「...ありがとうございます、アインズ様」
「イフィオン、その薬をミキに渡してやってくれ」
「もちろんだ、アインズ」
ミキは小瓶を受け取ると、安心した様子で
「
すると小瓶の中にある黄色い液体が、僅かだが緑色に発光した。ミキはそれを見てイフィオンに尋ねる。
「...ほんの微量ですが、この薬には神経毒が含まれていますね。イフィオンこれは?」
「よく気づいたな。それは
「なるほど。飲みすぎれば麻痺毒となりますが、確かにこの分量なら安全でしょう」
ミキは小瓶をイフィオンに返すと、アインズに向かって微笑んだ。
「気は済んだか?ミキ」
「はい、アインズ様。感謝致します」
「うむ。ではイフィオン、その薬をルカに」
「了解した」
イフィオンは再度ルカの後頭部を軽く持ち上げると、六角錐の小瓶を口にあてがった。
「ルカ、大丈夫か?起きてくれ」
「....うん...」
「今から薬を飲ませる。少々味はきついが、頑張って飲み込むんだ。いいな?」
「....うん、分かった...」
イフィオンは小瓶を傾け、少量をルカの口に注いだ。その途端、純度の高い強烈な漢方と薬品の刺激臭が、一気に鼻を通って押し寄せてきた。それと同時に恐ろしいほどの苦味が喉を襲うが、それに耐えてルカは必死に飲み込んだ。しかしあまりに強い喉への刺激に、ルカは咳き込んでしまう。
「ケホッケホッ!」
「よし、頑張れ。さあもう一口」
ルカが落ち着くのを待って、イフィオンは再度小瓶を傾けた。先程よりも多く口の中に注ぎ込まれ、吐き出しそうになるのを堪えながらルカは飲み下す。もう一口を飲ませようとイフィオンが手を動かした所で、ルカがイフィオンの肩を掴んだ。
「...イフィ....オン...ケホッケホッ...待って...」
「やはりきついか?」
「...喉が...痛いよ....」
「本当なら、味を気にせず一気に飲むほうがいいんだがな」
「...それは....無理かも...」
「分かった」
残り半分ほど残っている薬の瓶を見ると、イフィオンは突然
長い時間をかけ、最後の一滴まで飲ませるため、ルカの口の中にイフィオンの舌が滑り込んでくる。それを受けてルカは不覚にも身震いしていたが、顔を離すとイフィオンは優しく微笑んだ。
「これならどうだ?」
「...はあ...はあ....さっきより....ずっと...飲みやすいかも...」
「頑張れ、次で最後の一口だ」
イフィオンは小瓶の残りを全て口の中に含み、再度ゆっくりとルカに口移しした。そして全てを飲み終わり、イフィオンは唇を離すと羽毛布団をルカにかけ直し、頬に手を添えた。
「よく耐えたな、ルカ。薬が効くまでもう少し時間がかかる。それまで安静にしていろ」
「...あり...がとう...イフィオン...キス...上手...だね...」
「お前に褒められても嬉しくも何ともない。体の調子はどうだ?」
「...何か....体の中が....爆発....しそう...」
「効いているな。これは期待出来るかもしれない」
ルカの返答を聞いて、アインズが向かいに座るイフィオンに顔を向けた。
「薬はどの程度で効き目を表すんだ?」
「おおよそ10分ほどだ、さして時間はかからない」
「そうか。ここで待つしかないな」
ベッド向かいの壁際にある三人がけのソファーにネイヴィアが座り、黙ってルカの様子を見守っていたが、その両隣にダークエルフの双子が座り、ネイヴィアの両腕に寄りかかってきた。ネイヴィアは二人の肩を支えて自分の体に抱き寄せる。
「どうした?アウラ、マーレ」
「...ネイヴィア、ルカ様大丈夫だよね?」
「...わしにも正直分からんのじゃ。このような事態は初めてじゃからのう」
「も、もしあの薬でルカ様が治らなかったら、どうしましょうネイヴィアさん?」
「...出来ればこのような方法は取りたくないが、一つ思い当たる節がなくもない。恐らくアインズも同じ考えなのかもしれんがな」
「方法があるの?!」
アウラはネイヴィアの左腕にしがみつき顔を近づけるが、その答えは返さずにネイヴィアはアウラの右頬にキスをした。
「ああ、あるとも。これでもわしは500年生きておるのじゃぞ。アウラ、マーレ、お前たちは何も心配せずわしらに任せておけばよいのじゃ」
「ネイヴィアさん...」
「二人共疲れたじゃろう、ここで少し眠ると良い。ルカはわしが見ておるでな」
「うん、そうする」
「はい、ネイヴィアさん...」
二人はネイヴィアの太腿の上に頭を乗せて、寝息を立て始めた。腰の上に手を乗せて(トン、トン)と一定のリズムで叩くネイヴィアの姿は、真っ白なフード付きローブを纏っている事もあり、さながら聖母のように神々しく、そして美しかった。
そして10分が過ぎた頃、ルカの体に突如異変が起きた。眠りに落ちていたルカの顔に脂汗が滲み出し、それと同時に炎のように揺らめく黒いオーラが噴出し始めた。それを感じ取ったアウラとマーレも飛び起き、ネイヴィアと共に皆がベッドを取り囲む。
次の瞬間だった。(バシュ!!)という衝撃波と共に、寝室を覆い尽くさんばかりのドス黒い瘴気が部屋を満たす。その勢いで家具が吹き飛ばされ、カーテンがバタバタとはためいている中、ルカの体がゆっくり、ゆっくりと空中に浮かび上がった。
その光景を見て皆が固まった。何とルカの体から幽体離脱するようにして、黒い影が分離したのだ。その影は空中に浮かぶルカの前に立つと、徐々に人型を成していった。その姿を見て、誰もが言葉を失った。
全身にイビルエッジレザーアーマーを装備し、両手にはエーテリアルダークブレードが握られている。そこに立っていたのは、もう一人のルカだった。しかし顔つきがまるで異なる。殺意に塗れ、悪鬼のような形相でニタリと笑うその姿は、明らかに別人のそれだった。後ろで宙に浮かぶルカともう一人のルカを見て、シャルティアが呟くように言った。
「まさか...
しかしそれをアインズは真っ向から否定した。
「違うぞシャルティア、これはそんな生易しいものではない!!この力、これは...
背後でアウラとマーレを守るように大剣を構えていたネイヴィアが、アインズに向かって叫ぶ。
「いや、それ以上じゃ!!この魔力量...ディアン・ケヒトはおろか、フォールスをも遥かに凌駕しておる!」
「な、何故ルカの体にこのようなものが...」
その時だった。もう一人のルカは無詠唱で瞬間移動し、アインズの前に立ち塞がった。そして反撃する間もなくロングダガーの刃を喉元に当てると、そのまま前進して壁際に叩きつけた。階層守護者達が咄嗟に抜刀するが、アインズは左手を向けてそれを制止した。
「待て!お前たちは一切手を出すな!!」
それを聞いて極悪な笑みでアインズに顔を近づけると、ニタリと笑いながら言葉を発した。
「ねえアインズ...今日のあたし見てびっくりした?」
「?! だ、誰だお前は?」
「誰って...ルカ・ブレイズに決まってるじゃない。そんな事より、あたしに惚れ直した?」
「お前はルカじゃない!!俺の知っているルカは、お前の後ろで宙に浮かんでいるルカだ!」
「あんなやつは別にどうだっていいのよ。私を呼び出した罰よ、受けて当然だわ」
「呼び出した罰、だと?...ま、まさかお前は...
「ピンポーン、その通り。でも一部訂正がある。普通に
「...必要以上の力というのは、例の
「よく知ってるじゃない。ちゃんと聞いてたのね」
「では
「当然でしょ?まあ放っておいても24時間後にはペナルティが解除されるんだけどね。それを妙な薬を飲まされたせいで、ペナルティが強制解除され、私とあの女が分離された。つまり私が今ここにいるのは、あなた達に対するペナルティってわけ。お分かり?」
するともう一人のルカは再度瞬間移動し、イフィオンの前に立った。
「お前だな、さっきクソまずい妙な薬をあの女に飲ませやがったのは?」
「は、離せ!」
「クク、随分と上手い口移しだったじゃないか。舌まで入れてきやがって、お前そっちの気があるのか?」
「ち、違う!あれはルカに最後の一滴まで飲ませようとしただけで...」
「...本物のキスの味ってのを思い知らせてやるよ」
「やっやめ...んんっ!」
メフィアーゾが止めに入ったが、隙のない様子を見てコキュートスが制止した。もう一人のルカはロングダガーを握ったままイフィオンの頭を固定し、唇を重ねた。最初は強引なフレンチキスだったが、次第に舌の動きが滑らかになり、イフィオンの口を優しく愛撫していく。体の意図に反して徐々に弛緩し、最後はされるがままとなっていた。
顔を離すとイフィオンの吐息は荒く、それを見てもう一人のルカはほくそ笑んだ。
「へっ、あの苦い薬のお返しだバカヤロウ」
ベッドから立ち上がろうとした時、不意に背後から手が伸びてきた事を受けて瞬時に反応し、もう一人のルカはその女性の首元で二本のダガーをクロスし、殺気を叩きつけた。そこに立っていたのは、身動き一つ取れないフォールスだった。
「フォールス...何か用?」
「...偽物と言えども、あなたは我が子ルカから分かたれた分身です。不埒な真似はやめなさい、母の命令です」
「そういう訳には行かないのよね、"母さん"。これはあの女が負うべきペナルティを途中で解除してしまった代償。私はこの場にいる全ての者を殺しに来たんだから」
「そのような事、私が許しません」
「じゃあ戦おっか、母さん。無駄だと思うけど」
その刹那、フォールスは左手を振り下ろして偽物のルカを平手打ちにしようとした。しかしそれを右手一本で受け止めると、偽物のルカはフォールスの手首を掴み、凄まじい力で後方へと捻り上げた。フォールスの顔が苦痛に歪む。
「い、痛い!!ルカ、離しなさい!!」
「ほーら母さん、あとひと捻りで腕の骨折れちゃうよ?どうするー?」
あまりの痛みにフォールスは片膝をついたが、それでも離そうとしない。偽物のルカは薄ら笑いを浮かべてその様子を眺めていたが、そこへ手首を掴んで止める者が現れた。一人はミキ、もう一人はライルだった。
「お止めください、ルカ様」
「左様、我らが母を何と心得る」
偽物のルカはそこでフォールスの手を離した。
「...ミキ、ライルー。お前達二人だけは昔のよしみで助けてやろうかと思ってたけどさー。創造主に手を上げるの?」
「私達の創造主は、後ろにいるあのルカ様です。あなたじゃない」
「そもそもあなたが
「ルカ様ルカ様ってうるさいなあ。それに私は神じゃないよ。私の本当の名前はイオ。お前達イビルエッジの守護悪魔ってとこかな。あのルカと意識を一部共有してるから、アインズやお前たちの事も知ってるってわけ」
「ならばイオ様、この場はお引き下がりくださいませ」
「やだね。私とルカを強引に分離させといて、何勝手な事言ってんの?それに一度話がしてみたかったんだよねー」
そう言うとイオは、ミキの隣に立つアルベドの前に立った。イオの放つ強大な殺気に気圧されて、アルベドは動くことすら叶わない。
「んー、綺麗だねー。君がアルベドか。強そうだね、どう?私と戦ってみる?」
「...いえ、遠慮しておきます。ルカ...じゃなくて、イオ...でよろしいのですか?」
「そうだよー」
「ではイオ、ルカを...ルカを、返してください」
「そういう訳にはいかないなー。せっかく現世に姿を表せたんだし、もう少し楽しませてよ」
次にイオは、真紅のワンピースを纏うルベドに歩み寄った。無表情のまま、ドゥームフィストを身構えている。
「おー、
(パン!)とルベドの両手を叩くと、イオは目にも止まらぬ速さでドゥームフィストを奪い取ってしまった。そのスピードに全く反応できなかったルベドは、ただ唖然とするばかりであった。
そしてイオは腰を落としてドゥームフィストを身構えた。
「この武器はねルベド...こう使うんだよ」
(ドヒュ!!)という音と共に、打撃の壁がルベドの急所という急所全てに寸止めで叩き込まれた。その風圧に押されてルベドの体が後ろに後ずさる。またしても全く見切れなかったルベドの背筋に悪寒が走り、今の攻撃をまともに食らえば確実に死に至っていたと直感した。ルベドの眉間を狙った拳を外すと、イオは手にしたドゥームフィストを返した。
「はいルベド。君も強いけど、まだちょーっと経験不足かな」
「....イオ....ルカよりも....強い....」
「ん?そりゃそうさ、あたしはイビルエッジを生んだ悪魔だよ?あの女と一緒にしないで」
そう言うとイオは、ルベドの隣にいたシャルティアの前に立ち、腰を屈めた。
「やあシャルティア。こうして会えて嬉しいよ」
「ああええとその...はい、ル...イオ様...」
「んー、同じ悪魔としてヴァンパイアは親近感が湧くなあ。まあアンデッドだけど」
「こ、光栄でありんす...」
「そう怯えなくていいよ。君がこの中で一番攻守共にバランスが取れていそうだ。私とタイマンでやってみない?」
「...私はルカ様にも勝てた事がありんせん。そしてイオ様は
「まあそうなるね」
「では私に勝ち目など端からありんせん。殺したいのなら好きにしておくんなまし」
シャルティアがしょんぼりと床に目を落としていると、イオは片膝をついてシャルティアをそっと抱きしめた。
「...バカだね。ルカと私はある意味一心同体。ルカが好きなものは私も好きだし、ルカが愛している者は私も愛している。ただ唯一違うのは、その価値観だ」
「価値観...と、おっしゃいますと?」
「私は、ルカの好きなもの・好きな場所・愛する者を壊す事に、なんの躊躇いも持たない」
「...イオ...様?」
抱きしめられながら迸る殺気を受けて、シャルティアは固唾を飲んだ。そしてイオは体を離す。
イオは全腕に武器を装備するコキュートスの正面に立った。そして不敵な笑いを浮かべる。
「初めましてだね、コキュートス。それで?その手にした武器で私を切り刻もうと言うの?」
「イ、イヤ、コレハソノ...」
ルカに瓜二つの美しい姿を見て、コキュートスに迷いが生じたその瞬間だった。イオは目にも止まらぬ速さで二本のロングダガーを抜刀し、(ガギギギィン!)という音を立てて、舞うような洗練された動きで四本の腕に装備された武器を叩き落としてしまった。(ゴトンゴトン)と武器が地面に散らばり、コキュートスはただ立ち尽くすばかりであった。
そしてイオは瞬時に間合いを詰め、コキュートスの胸部にロングダガーの切っ先を当てた。
「...この姿を見て油断したね。君が一番歯応えがないよ」
「...仮ニトハイエ、ルカ様ノ姿ヲシタアナタ様ヲ斬ルナド私ニハデキマセン」
「...つまらないね。そんなにあの女の事が好き?」
「...オ慕イ申シテオリマス」
「はーあ、どいつもこいつもルカばっかり。つまんないなあ」
そしてイオは、コキュートスの右隣にいるデミウルゴスに歩み寄った。そしてその首に手を回して、デミウルゴスを抱き寄せる。
「デミウルゴス、君は私に取ってもルカに取っても特別な存在。分かるでしょ?」
それを聞いてデミウルゴスのこめかみに青筋が立った。
「...失せろ、悪魔め」
「アーチ・デヴィルに言われたくないなあ。私とルカで何がそんなに違うの?」
「...ルカ様は、お優しい方だ。私の女神だ。お前のようにそんな歪んだ殺意など、決して出したりはしない。今すぐルカ様の体から出ていけ!」
「それは無理だよ。私の意識はあの女の体と密接に繫がってるからね」
「ではここで滅べ。
「
不意打ち気味に放たれたデミウルゴスの石化光線が放射され続けたが、イオの周りを覆う陽炎状のバリアにより、全て天井に向かって弾き返されてしまった。それを受けて嬉々としていたのは、イオだった。
「いいねいいねぇ!やっとやる気になってくれたかな?ほんじゃこっちも行くよー、
「止めよ二人共!!!デミウルゴスも下がれ!!」
その行いを一喝したのはアインズだった。イオも既のところで魔法の詠唱を止め、アインズを振り返った。
「何で止めるのよアインズ?せっかくこれから楽しい総力戦が始まろうとしてたのに」
「イオ...今の魔法、お前がこのフェリシア城塞ごと破壊する事に何の躊躇もない事がよーく分かった。だがな、お前とルカは一心同体。そのせいでルカの体が消滅すれば、お前もこの現世に体を保てなくなる。違うか?」
「そんな女の後先なんか知らないわ。私はただ戦闘を楽しめればそれでいいの」
「...よかろう、そんなに戦闘がしたいのなら俺が相手をしてやる」
「ほんと?!やったー!殺しちゃうけどいいの?」
「もちろんだとも。こちらもそのつもりで行く」
しかしそれを聞いて真っ先に反対したのは、ミキとライルだった。
「いけませんアインズ様!
「ここは私達が
「それはお前たちの役目だ。万が一私が倒れた時には、ミキ、ライル、お前達二人がルカを守ってやれ」
「しかし!!」
「黙って見ていろ。お前達の主であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王が伊達ではないところをな!」
そして都市長たちの指示により、フェリシア城塞の広大な中庭にいた全住民と兵士が砦内に収容され、その中央から互いに200メートル離れた位置で、アインズとイオは睨み合っていた。アインズは金色の杖を握りしめ、イオがエーテリアルダークブレードを抜刀すると、アインズに向かって手を振ってきた。
「それじゃ行くよアインズー!どうなっても知らないからねー!」
「いつでも来い!」
それと同時に二人は魔法を詠唱した。
『
お互いに低高度で急速接近し、射程120ユニットに入ったところで右手を向けた。
「
「
アインズの全身を黒い粘液状の物体が覆い尽くし、ヒールが遮断されたが、超広範囲による爆発により、まずは先制してアインズの攻撃がヒットした。それを受けてイオは高空に舞い上がり、アインズの直上から狙いを定める。
「
超巨大な神聖光弾が連続して20連撃襲ってくるが、アインズは流れるように飛翔して魔法効果範囲外まで脱出し、爆風から逃れていた。そして再度120ユニットに接近すると、即座に魔法を唱えた。
「
アインズの姿が瞬時に掻き消え、次に姿を現したのは何とイオの背後であった。アインズはその両肩を掴み、ギリリと握りしめる。
「
その瞬間イオの体の周囲に血のような赤いエフェクトが覆い、一時的なレベル低下を起こしたことを示していた。
「くっ!」
イオは背後にダガーを振るが、アインズはすかさず
「
(ビシャア!)という音と共にアインズの体が9秒間麻痺する。その間にイオは素早く魔法を唱えた。
「
すると何もない空間から巨大な鎖が伸び、アインズの手足を縛って宙吊りにされてしまった。
「
アインズは咄嗟に魔法を唱えたが、鎖が消えることはなかった。正面に浮かぶイオの背後に巨大な暗黒が口を開け、中から白濁色をした10人の巨人が姿を現す。それを見てアインズはポツリと呟いた。
「やはりだめか...」
その様子を砦内の窓から見ていた階層守護者とネイヴィアが悲鳴にも似た声を上げる。
「アインズ様!!」
「いかん!!あの魔法から逃れる術は無い!!」
「今すぐ助けましょう!」
「ダメダデミウルゴス!!我ラマデ巻キ添エヲ食ウゾ!!」
「アインズ様ー!!」
皆の心配も虚しく、10人の巨人達は大きく口を開け、その殺意を剥き出しにした。そして強力な無属性エネルギーが集束し、その力が一気に放出される。
アインズはその巨大な青白い濁流に飲まれ、絶叫を上げていた。
「ぐぁぁあああああああ!!!」
その声を聞いた階層守護者が目を塞ぐ。
「だめ、もう見てられない!」
「アインズ様ぁぁあああ!!」
エネルギーが放出され続ける事約10秒間。その時突如、アインズの絶叫が止んだ。
「.....なーんてな」
アインズがニヤリと笑うと、放出されていたはずの無属性エネルギーが突如アインズを中心として逆に集束し始め、ジェット機の轟音にも似た爆風と共に何故かイオに向けて照射された。魔法に集中していたイオは自分が発したはずの魔法を逆に弾き返され、逃げる間もなくエネルギーの濁流をまともに浴びた。
「キャァァアアアアアアア!!!」
イオを貫いたそのエネルギーは背後にいた巨人をも消滅させ、暗黒の穴ごと吹き飛ばした。アインズを縛っていた鎖が解けると地面に降り立ち、全身から煙を上げているイオに近寄っていった。自らの魔法により大ダメージを被ったイオは、ふらつく足を支えながらアインズを睨みつけた。
「...おのれアインズ!何をした!!」
「クックック、さーて、何だろうねえ。イビルエッジの生みの親であるお前でも分からん事があるのかね?イオよ」
「...
「
イオのHPはフル回復したが、その隙を見計らいアインズはまたも背後へ移動し、両肩を掴んで固定した。
「
「ええい、しつこい!
「これなら逃げられまい!!」
「...私は逃げも隠れもしない。安心して撃ってきたまえ」
「減らず口もそこまでだ、死ね!!
イオの両手に直径30メートル級の巨大な恒星が現れ、合計10連撃が高速で落下していく。
(やった!)イオは地表を見て勝利を確信した。しかしいつもと様子が違うと気づく。予想される大爆発が起きず、地表で恒星の輝きが失われていない。空中を少し移動して角度を変えた時、イオはあり得ないものを目にした。
何とそこには、片腕一本で10個の恒星を支えているアインズが平然と立っていたのだ。アインズはその恒星をイオのいる空中に向けると、ニヤリと笑った。
「全部返すぞ、イオ」
すると地上から高速で恒星が迫り、呆気にとられていたイオに向けて全弾が命中し、空中で大爆発を起こした。核爆発に匹敵する衝撃波を受けてアインズは地面に身を伏せるが、空中から地上に叩きつけられたイオを見つけると即座に
「
そして肩を離し再度距離を取る。イオは悔しそうに地面を殴りつけ、アインズに向かって絶叫した。
「...何故だ!!何故私の魔法がお前ごときに全て弾き返される?!」
「タネが分かると面白くないだろう?それは最後に教えてやる。...さあ、お得意の魔法四重化でも強力な武技でも放ってきたらどうかね?何でも受けて立つぞ」
「...
「おっと。
ウォー・クレリックの聖なる光が周囲600ユニットに渡り広がるが、アンデッドのアインズはそれを避けるため咄嗟に転移して距離を広げた。イオのHPが再度全快したことを受けて、アインズは間合いを詰めていく。そして距離が120ユニットに入ると、イオは恨めしい声でアインズに忠告してきた。
「後悔するなよ、アインズ」
「お好きにどうぞ」
「...
その瞬間、瞬きする間も与えないほどの超高速で、直径200メートル級の巨大かつ真っ白な柱が落ち、その中心にいたアインズが叩きつぶされた。そして柱が天空に立ち上り消えていくと、そこには巨大な円形のクレーターが残されたのみだった。
それを見たアルベドが両手で口を覆った。ルカがディアン・ケヒトに止めを刺した技である。ネイヴィアでさえもこれには目をつぶり絶望していたが、ミキとライル・たった二人だけが確信に満ちた目でクレーターを見つめていた。
「...生きてるわ」
「え?」
「アルベド、案ずるな。アインズ様は生きておられる」
それを聞いて全員がクレーターの中心を見た。そこにはローブに付いた埃をはたき落とすアインズが悠々と立っていたのである。砦の中から見ていた全員が歓声を上げるが、それを見たイオは絶句し、アインズがこちらへ歩いてくるのを見て後ずさっていた。
声の届く距離まで接近すると、アインズは首を(コキ、コキ)と左右に振って慣らし、イオを見る。
「ふむ、どうやらある程度なら魔法四重化にも耐えられるようだな」
「...そんな...バカな事が...」
「他に強力な魔法はないのかね?
「...フン!そんなに欲しければくれてやる!!
その途端アインズの周囲150ユニットに渡る地面から、溶岩のような灼熱の火柱が立ち上り、その中心にいるアインズに向かって一斉になだれ込んだ。逃げ場のない一撃と同時に、燃え盛る獄炎属性のDoT効果も見受けられる。あまりの熱量に砦の中にいた兵士と住民たちは顔をそむけたが、守護者達はしかと見ていた。まるで火が避けるように道を作り、その中を悠然と歩いてくるアインズの姿を。そして誰に言うでもなく肩で笑いながら、アインズは独り言を言い始めた。
「ハッハッハ!なるほどなるほど、よく分かったぞ。どうやら魔法四重化の攻撃魔法ともなると、反射まではいかないらしいな。粗方把握した」
イオがそれを聞いて目を見開く。
「...な、何を言っている?...反射?」
「イオよ、私はお前に何度もヒントを与えたんだぞ」
アインズは首にかけられた白銀色のクリスタルがあしらわれたアクセサリーを手に取った。
「このネックレスのおかげだよ」
「...それは?」
「これは
「そ、そんなの...反則だー!!」
「何を言っている、装備品は反則ではないだろう?お互いに死ぬまでやると言い出したのはお前なのだ、さっさと続きをやるぞ」
「...私にはまだ武技とヒールが残ってる。君は一切ヒールが使えない。どちらにしろ最後に勝つのは私なんだよ?」
「そう思うならかかってこい。全力でな」
イオはゆっくりとエーテリアルダークブレードを抜刀した。
「そうかい、それなら...
(ビシャア!)という音と黒い靄がアインズを包み、
「
イオの持つロングダガーに長さ50メートル級の白く鋭い光刃が宿り、ヘリのローターブレードのように高速回転してアインズに連撃が叩きつけられる。アインズに出血はないが、全身の骨が砕かれてもおかしくないほどの強烈な斬撃を浴び続けているにも関わらず、少し後ろに後ずさるのみで本人は平然としている。武技を発動し終わり体の回転を止めたイオは、アインズが無傷だと分かり固唾を飲んだ。
「どうしたイオ?もうすぐ
「い、言われなくても!
ロングダガーに巨大な黒い炎をまとわせ、目にも止まらぬ斬撃でアインズの全身を無数に切り刻んでいく。獄炎属性の炎がアインズを包み込むが、何故かすぐに消火してしまった。イオの顔に冷や汗が滲む。
そして
「
それを振り払おうとロングダガーを一閃するが、アインズはひらりと後方にジャンプして距離を取る。イオは心なしか肩で息をしているようだった。
「な、何故獄炎属性の斬撃が効かない?!いやそれ以前に、何故物理攻撃を無効化できる?」
「ん?ああ、それはこのアイテムの効果だよ」
アインズはフードを下げると、耳に装備された赤く輝くイヤリングを見せた。
「これは
「...そんなものを装備していたのか。では物理攻撃無効に関しては?」
アインズは一つ大きくため息をつくと、首を小さく横に振った。
「その前に質問だ。私は今までお前に何回
「え?それは...えっと...」
イオが困惑しているのを見て、代わりにアインズが答えた。
「四回だ。いいか、四回もだぞ。この世界での最高レベルは150。
それを聞いたイオの目が虚ろになっていく。
「...全て最後の為の布石だったとでもいうの?」
「レベル低下が起きれば、物理だけでなく魔法の相対火力も激減する。全て計算のうちだったんだよ。力と魔力量で敵わなければ、知略で勝つ。当然の事だ」
地面を見て何事かを考えている様子のイオを見て、アインズは再度言葉を切り出した。
「さて、まだ続きをやるかね?降参するというのならここで終わりにするが、やると言うのなら一つだけ言っておこう。次に戦えば、お前は確実に死ぬ」
それを聞いて、イオの体から爆発的な殺気と瘴気が噴出し始めた。
「やってごらんよ。私のHPは満タン、あなたのHPは約六割。私はヒールが使えるけど、あなたは使えない。このままMPを削りきって、最後には私が勝つ!」
「...本当にいいんだな?」
「当たり前でしょ!!さっさとかかってきなさ──」
────その瞬間、全ての時が止まった。ただ一人、アインズはその中を歩いてイオに近づいていく。そして傍らに立つと、ルカに瓜二つなその美しい顔を見て呟いた。
「...やはりNPC属性。時間対策用の課金アイテムは所持していなかったか」
薄い罪悪感に襲われながらも、アインズはイオの顔に右掌を向けて魔法を詠唱した。
「
そのままアインズは通り過ぎ、イオの背後120ユニットの位置まで移動した。そしてイオの背中を見据えると両手を大きく広げ、もう一つの魔法を詠唱する。
「
アインズの背後に巨大な金色の時計盤が現れ、それが秒を刻んだと同時に止まっていた時間が動き出した。イオは正面にアインズがおらず周囲を見渡しているが、時計盤の針は無常にも時を刻み続ける。
そしてようやく背後にいたアインズを見つけると、疾風の如き速度で距離を詰めてきた。アインズは逃げることもせずに、ただ立ち尽くしている。近距離に迫り、背後に時計盤のようなオブジェクトを見たイオは必死の形相で距離を詰めたが、もはや手遅れだった。
『───5・4・3・2・1・0』
「...終わりだ」
周囲に聞くもおぞましい甲高い絶叫が木霊し、それは200ユニットの範囲にまで届いていた。そして城塞内の庭が眩い光に包まれていく。
やがて光が収まると、中庭に生い茂っていた雑草が消え失せ、まるで砂漠地帯のように荒涼とした風景に変貌していた。そしてそこに一人立つものと、その足元に跪く女性が一人。アインズはその女性の肩に手を置いて、ダメ押しの一撃を加えた。
「
そしてアインズは更に言葉を次ぐ。
「蘇生用のアイテムは持っていたのか。...どうだ?イビルエッジの生みの親として、初めて味わった死の感想は」
「.............」
イオは地面に顔を向けたまま、一言も発することができない。それを見てアインズは続ける。
「お前は、ルカよりも弱い」
「!! 私があの女より弱い...だと?」
「そうだ。一つ聞くが、お前は
「当然...使える」
「ならば何故それを戦闘中に使用しなかった?」
「それは...そんなことをせずとも勝てると思ったから...」
「お前の最大の過ちは、自らの力を過信し過ぎた事だ。
「私は...
「お前がバカにするそのルカは、状況に応じてあらゆる変則的な策を打ち、幾多もの修羅場を潜り抜けてきた。例えば
「...フッ、アンデッド無勢が私に説教か。もういい分かった。さっさと殺せ!」
「勝負はついた。お前を殺す理由はない」
「今殺さないと、後々後悔する事になるぞ」
「...一応聞くが、お前が死んだとしてルカに何か影響はあるのか?」
「...安心しろ、私の肉体が失われるだけだ。その後は意識のみが異次元へと帰り、召喚されればまた現れる。その繰り返しだ」
「...そうか。では異次元へと帰れ、イオよ」
アインズの周囲に青白い立体魔法陣が形成されたその時、砦の方からこちらへ走ってくる人影が複数見えた。それを見て超位魔法の範囲内に巻き込んではまずいと判断し、アインズは魔法陣を解いてキャンセルした。
走り寄ってきたのは、カベリアだった。その後ろにメフィアーゾとパルール、そしてミキ、ライルが付き添っていた。
そして地面にへたり込むイオの胸に、カベリアが飛び込んできた。
「ルカお姉ちゃん!!」
「...カ、カベリア?どうして...」
後を追ってきたミキとライルがアインズの前に立ち、片膝をついた。
「アインズ様、申し訳ありません」
「戦闘が終わったのを見計らい、どうしてもと飛び出して行ってしまいまして」
アインズはイオの胸で泣き崩れるカベリアを見下ろした。
「ここは危険だカベリア。砦に戻れ、今からそいつに止めを刺す」
「お待ちください魔導王閣下!どうか...どうか彼女を許してやってはもらえませんでしょうか?」
「何故かね?そこにいる者はルカではなく悪魔だ。それに私達にも危害を及ぼしたのだぞ」
「でも...でも彼女は、誰も殺していません!」
イオはそれを聞いて胸元に抱きつくカベリアの顔をそっと掴み、目を覗き込んだ。
「...アインズの言うとおりだカベリア。私はルカではなくイオだ。これから元の世界へ帰る。邪魔しないでくれ」
「いや!!だってあなたは、ルカお姉ちゃんと一心同体だって言ってたじゃない!...ちょっと怖いけど、私に取ってはあなたもルカお姉ちゃんなのよ!これからもルカお姉ちゃんの体の中で一緒に過ごせばいいでしょ?お願いだから行かないで...死ぬなんて...言わないで」
「...だめだカベリア。...メフィー、この子を連れて行ってあげて」
その言葉を聞いたメフィアーゾが驚いたような顔でイオを見た。
「...お、おめぇその俺の呼び方...ルカと同じじゃねえか」
「さっきも言っただろう。私とルカは記憶の一部を共有していると。ただそれだけの事よ」
カベリアは顔を上げ、イオの頬に手を添えて口を開く。
「...お姉ちゃんこうも言ってたよね?ルカが好きなものは私も好きだし、ルカが愛している者は私も愛しているって。昔あたしが病気で伏せってた時の事、覚えてる?」
「...ああ、覚えてるよカベリア。まだ子供だったね」
「あの時お姉ちゃん、ずっと私の看病してくれてたよね?私あれが嬉しくて、すごい励みになってたの」
「あれは...私じゃなくて、ルカのした事だから...」
「でもずっと見ててくれてたんでしょ?あの時ルカお姉ちゃんに、(私の事好き?)って聞いたら、頭を撫でて(大好きだよ)って言ってくれた。それならあなたも、私の事が好きだよね?だから今見せたあの力で、北の化物を倒してくれたんだよね?」
イオの胸に、当時ルカと歩んだ記憶が蘇ってきていた。200年という長きに渡り、ルカの意識にない心の片隅からそれを見守りつつ、色んな所を旅し、様々な人々との出会いがあった。それを思い返して涙が溢れたイオは、カベリアの頭をそっと抱きしめた。
「...ああ、私も大好きだよカベリア」
「イオお姉ちゃん...一緒に砦へ帰ろう?ルカお姉ちゃんも待ってるよ」
「...分かった」
二人の抱き合う様子を見て、パルールとメフィアーゾの目にも涙が滲んでいた。
「先程はどうなる事かと思ったが...」
「...ヘッ、何でぇ!腹割って話してみりゃいい奴じゃねえか」
アインズは顎に手を添えながら、カベリアを支えるイオを見た。
「イオよ、それでいいのだな?」
「...グスッ...ああ、済まない。さっきの話は取り消しだ」
「了解した。皆のもの、砦へ戻るぞ」
そしてアインズ達が寝室に入ると、そこにイオも並んでいることに誰もが驚いた。するとイオは横に並んでいたイフィオンに体を向け、全員の前で謝罪した。
「イフィオン....その、さっきはごめん。あんな苦い薬を飲まされて、腹が立ってたんだ」
先程とは打って変わり、一切の殺気を放たず素直に謝るイオを見て、イフィオンは笑顔で肩を掴んだ。
「気にするなイオ。
「うん...」
続いてイオはコキュートスの前に立った。
「ごめんねコキュートス、さっきはカッとなって。君の武器を見て頭に血が上っちゃったんだ」
「ナ、何ヲ仰リマスカイオ様!ルカ様ノ分身デアリ守護神デアル貴女様ニ剣ヲ向ケタ、コノコキュートスメモ悪イノデス!!ドウカオ気ニナサラヌヨウ...」
最後にイオは、悲しそうな顔でデミウルゴスの前に立った。
「...デミウルゴス」
「...イオ様」
「あの...もう二度とこんなことはしないよ、約束する。頼りにしてたデミウルゴスに邪険にされて、私何かショック受けちゃって...」
「それを言うなら、私が吐いてしまった数々の暴言をお許しください。ルカ様を第一に思うあまり、あなたに魔法まで撃ってしまった。...本当のイオ様は、こんなにもお優しい方だったというのに、私は気づいてやれなかった。心より、お詫び申し上げます...」
デミウルゴスは右手を前に掲げて頭を下げ、後悔の念から来る大粒の涙を零した。床に水溜りを作る中、イオはデミウルゴスの頬を両手で優しく掴み、そっと持ち上げた。
「デミウルゴス...デミウルゴス、泣かないで。最後に一つだけお願いがあるの」
「...何なりと仰ってください」
「私はもうすぐここから消えてしまう。次にいつ会えるかは分からない。だから...ハグして。思いっきり」
「ええ、喜んで」
デミウルゴスはイオのフードを下げ、その柔らかい体を力強く抱き寄せた。フェアリーボブの艷やかな黒髪を撫でながら、デミウルゴスは感無量に浸っていた。そしてイオもデミウルゴスの胸元で涙を流す。イオはそのままデミウルゴスの首元に両手をかけ、背の高いデミウルゴスの頭を下げさせた。自分の顔の前まで来ると、イオは笑顔でデミウルゴスに唇を重ねる。
皆が驚く中、それに構わずイオはキスを続けた。デミウルゴスはカチコチに固まっていたが、イオが背中を擦るとリラックスし、二人は熱い抱擁を交わした。
やがて顔を離すと、二人は向かい合って笑顔になった。そしてイオが寂しそうに語りかける。
「...私とルカからの気持ちだと思って。私達二人共、デミウルゴスが大好きだよ。いい思い出をありがとう」
「我が第二の女神よ。いつか必ず、またお会いしましょう」
イオは涙を拭い、それまで言葉をかけていなかったダークエルフの双子に歩み寄った。二人はホワイトローブに身を包む背の高い女性の裾にしがみついている。その子供の視線まで腰を屈めると、イオは努めて笑顔を作った。
「アウラ、マーレ、初めまして。...ごめんね、さっきは怖い思いさせて」
「...イオ...様?」
「あのそのえと、こ、こちらこそ初めましてイオ様...」
その落ち着いた様子を見て、アウラとマーレはネイヴィアの裾から手を離し、目の前に進み出てきた。イオはその場で両膝を付き、二人の肩にそっと手を置く。
「アウラ、ルカの事好き?」
「...はい、大好きです!」
「マーレは?」
「ぼ、ぼぼ、僕も大好きです!」
「そう。これからルカは、きっと数多くの厳しい試練に立ち向かう事になる。私はもうすぐ消えるけど、その時は二人でルカを助けてあげてね」
「そんな...イオ様もここに一緒に居れないの?」
アウラの問いに、イオは小さく首を横に振った。
「君が見ている今の私は、ルカが飲んだ薬...
「....やだ....やだよ....」
「....イオ様....消えちゃうの?」
二人は目の前に座る、凄まじい強さを持った美しい女性をルカと同一視していた。気配は悪魔故に邪悪だったが、それと相反するように優しいイオを見て、ルカがこの世界から消えてしまうのではないかと錯覚に陥っていたのだ。二人の目から無垢な涙が零れ落ちたが、それを見てイオは二人を肩越しに抱き寄せた。
「...言い方が悪かったね。私はルカの体の中に戻るだけだ。君達二人を、私はずっと見守っている。今までも、そしてこれからもずっとだ。約束しよう」
「...ルカ様と同じ香りがする...」
「うぇぇええん、イオ様ぁぁああ....」
「...ほらマーレ、泣かないの。アウラお姉ちゃんの方が強いぞ?」
「ふ、ふぁい....」
イオはアウラとマーレ、二人の頬にキスすると、頭を撫でながら立ち上がった。そして目の前に立ち塞がるのは、白いローブに身を包む全身真っ白な長身の女性。イオはその美しい顔を見上げ、微笑んで見せた。
「ネイヴィア...35年前に起きたルカと君の戦い、全て見させてもらったよ。彼女にレベルⅣを使わせるなんて大したものだね」
「...イオと言ったな。お主、ルカに憑依した戦の神と言うなら、一体どこまでルカと意識を共有しているというのじゃ?」
「共有...と言っても、一方的なものだよ。本来の私は、あくまでイビルエッジのスキルとして存在していたに過ぎなかった。それがこの世界に転位した途端自我を持ち、独立した意識を持って目覚めたんだ。それ以来200年間、私はルカをずっと見守り続けてきた」
「...つまり、全てのイビルエッジの中にお主が存在すると言う事か?」
「ううん、それは違うよネイヴィア。ユグドラシル
「なるほどのう、それで合点が行ったわい。ただな、いくらお主が強いからとは言え、毎回出てくる度にこう暴れられては敵わんぞ?」
「...大丈夫、もうこんな事はしないよ」
イオはネイヴィアの腰に手を回して抱き寄せ、そのふくよかな胸に顔を埋めた。ネイヴィアもそれを受け止め、イオの背中と頭に手を回して優しく髪を撫でる。
「それを聞いて安心したぞ、イオ。...ずっと一人で寂しかったのじゃな。回りを見てみろ、今のお主にはこれだけの仲間がおる。またいつでも顔を見せるがよい」
「ここにいる私の体は一時的に分離したものだから、次があるかどうか分からないけど...でも、ありがとう。みんなの事よろしくね、ネイヴィア」
イオは体を離し、左に立つ執事風の男の前に歩み寄った。
「セバス、初めまして。いつもルカを気にかけてくれていてありがとう」
「な...何故それを?」
「忘れたの?私だって
「...イオ様。先程の戦い、実に見事でした。私にもあなた様程の力があればと、このセバス願わずにはおれませんでした」
「まあ、負けちゃったけどねー。あまり参考にはならないと思うけど」
「そんな事はございません。イオ様はルカ様の一部。あなた様の力がなければ、ルカ様はあのディアン・ケヒトを滅ぼすことも不可能だったはず。きっとルカ様も、心のどこかであなた様に感謝しているはずです」
「だといいんだけどね。...これからも私達の事、よろしく頼むよセバス」
「ハッ!この身に代えましても」
セバスは深く頭を下げようとしたが、イオは両肩を掴んでそれを止め、首を横に振って笑顔を向けた。
そしてイオは、先程傷つけてしまったフォールスの前に立った。イオは悲しそうな表情で地面に目を落とし、俯いたままでいる。それを見てフォールスは微笑みながら一歩前に出た。
「どうしたのです、イオ?」
「その...母さん。腕、まだ痛む?」
「ええ、少し。ですがこの程度、気にする必要はありません」
「...実は私も、母さんと同じ事ができるんだ」
そう言うとイオは、先刻捻りあげた腕にそっと両手を触れて目を閉じた。
「
するとフォールスを含め、寝室の中にいた全員の体が白銀色の球体に包まれ、HP・MP・超位魔法使用回数が回復してしまったのだ。皆が驚愕の眼差しを送る中、一番驚いていたのは目の前にいるフォールスだった。
「な、何故あなたがこの魔法を...」
「私は母さんの娘だよ?それに隙が大きいから戦闘中には使えないけど、
「何と...あなたという子は...」
フォールスに見つめられて、何故かイオは顔を紅潮させた。それを誤魔化すように、フォールスの目から視線を逸らす。
「そ、それじゃあもう行くね!...さっきは本当にごめん」
「...お待ちなさい、イオ」
立ち去ろうとするイオの手を咄嗟に掴んで引っ張ると、フォールスは自分の胸元に力強く抱き寄せた。
「我が子よ...私の事を母さんと呼んでくれたイビルエッジは、後にも先にもあなた一人だけです。嬉しいですよ」
「だって、母さんがいなければ私は生まれて来なかったのよ?...私ね、嬉しかったの。ルカがこの世界の虚空で母さんの姿を発見した時、本当に...嬉しかった」
フォールスの胸に抱かれながら、イオは嗚咽を堪えて涙を流した。その熱い雫を肌で感じたフォールスは、自らも目いっぱいに涙を浮かべている。イオはさらに続けた。
「本当はあの時、私も外に出て母さんを抱きしめたかった。でも私は
イオはフォールスの背中に手を回した。お互いの温もりを分かち合おうと、二人は力強く抱き寄せ合う。目頭から涙を零しながら、フォールスはイオの髪を優しく撫でた。
「...孤独だったでしょう、イオ。でも大丈夫、これからは母さんがずっと側にいるわ。私がルカを抱き締める時、イオも一緒に抱き締めてあげる。...母さんは幸せよ、こんなにもいい娘に二人も恵まれて」
「母さん...!」
イオは人目を憚らず、子供のように声を上げて泣き続けた。邪神と悪魔、二人の母子が抱き寄せ合うその姿を見て、アインズは彼女に止めを刺そうとした自分の判断を悔いた。そしてそんな自分の思いを踏み留まらせたのが、今ベッドの隣に座るこのか弱くも美しい人間の女性だった事を、誰にともなく感謝したのだった。
やがてフォールスとイオは体を離し、マントの裾でフォールスの涙を拭うと笑顔を見せた。
「...ありがとう母さん。これでもう思い残す事はないよ」
「今生の別れでもなしに、そのような言い方をしてはなりません。イオはただ、ルカの体の中に戻るだけ。そうでしょう?」
「...うん、そうだね母さん」
イオは涙を拭い、フォールスの手を握ったまま後ろを振り返ると、三人の名前を呼んだ。
「ミキ、ライル、イグニス!こっちに来て」
『ハッ!』
三人が立ち並ぶと、イオはその目を見渡しながら真剣な表情で口を開いた。
「時間がないので手短に話すよ。君達三人のイビルエッジに伝えておく事がある。それは、ルカの使用した
「わ、私達にも
「イオ様、それは真にございますか」
「...俺でも、あんな強大な力を?イオさん」
「そう。私を召喚する為の条件は五つある。一つは、
それを聞いた三人は息を飲みながら聞いていたが、疑問を口にしたのはライルだった。
「ですがイオ様、
それを聞いて、イオはライルの胸板に(トン)と笑顔で拳を当てた。
「だからこそこのモードは隠されているんじゃないか。ライル、ここまで至るには何千・何万という戦闘経験を
「なるほど...よく分かりました、さすがはルカ様」
そこまで話を聞いていたミキが、さらなる疑問を口にした。
「イオ様、それでは此度ルカ様が受けたペナルティに関してはどうなのです?」
「そうだねミキ、それに関しても話しておこう。先に断っておくけど、ルカがこの世界で
「...そういう事だったのですか。先にそう仰っていただければ、無用な誤解を招かずに済みましたのに」
「言ったでしょ。私はルカが本来受けるべき罰を、強制パージした者たちに向けられたペナルティそのもの。アインズに一度殺されてから目が覚めたけど、それ以前の私に制御できる余地はなかった」
イオは儚い笑顔を向けたが、それを見たミキはイオの手を取り、胸元に抱き寄せた。
「...これからはずっと一緒ですね。ルカ様もイオ様も、私達が必ずお守りしてみせます」
「...温かい。それにシャドウダンサーの香り。いつもこうやって添い寝してくれたよね。200年の間、私にはそれが何よりの安心だったよ」
「あなたの存在を知った今、お二人に対する愛情が益々深まりました。またイオ様に会える日を夢見て、私達はいつまでもお待ちしております」
「ありがとう、ミキ」
体を離すと、イオはベッド右脇に座るアインズの前に立った。その隣に座るカベリアも体を向け、二人はイオの顔を見上げる。そこには、満ち足りた表情を湛える一人の女性の姿があった。アインズが手を差し伸べると、イオはその手を取る。そしてゆっくりと手を引き、アインズは自分の膝下へイオを座らせた。
「気は済んだか?イオ」
「うん。...ごめんねアインズ、私がルカの中にいたら邪魔でしょ?」
「そんな事はない、お前の持つ強さは本物だ。これからもルカを...いや、私達を守ってくれ。頼んだぞ」
「...フフ、頼まれました。じゃあ私からも一つお願いがあるの。聞いてくれる?」
「ああ、何でも言うがいい」
するとイオはアインズの首元を抱き寄せて、静かに耳打ちした。
「...今日君は、私を負かした。ルカが愛する者は、私も愛している。...だから君も、ルカと私の事を沢山愛してね。...大好きだよ、アインズ」
耳から顔を離すと、イオはアインズの左頬にそっとキスした。それを受けて慌てるアインズだったが、イオの顔を見ると優しく微笑んでいる。そこにいたイオはまさしく、美しいルカの生き写しだった。抱き締めたい衝動に駆られたが、皆が見ている手前もある。アインズはそれを必死に堪えて、イオの左頬を撫でるに留めた。
「...心得た。今言えるのはそれだけだ」
「よし、約束だよ」
イオはアインズの膝から立ち上がると、ベッドの隣に座るカベリアの横へ腰掛けた。そしてカベリアの美しい金髪をそっと撫でる。
「本当に大きくなったね、カベリア。その元気な姿を見たら、きっとルカも喜ぶよ」
「イオ...お姉ちゃん。やっぱり記憶があるんだね」
「...あの時確か、君は8才と言っていた。高熱に悩まされていたね。治療はルカが行っていたが、私から見ても酷い状態だった。それなのに君は必死で笑顔を作り、周りを困らせまいと明るく振る舞っていた。その事は覚えてるよ」
「...あの時ね、私もう死ぬかなって分かってたの。すごく痛くて苦しくて...でも、ルカお姉ちゃんが魔法をかけてくれる度に楽になって、私の事を一生懸命励ましてくれた。夜に痛みが酷くなると私の家へ来ては、魔法をかけながら横に添い寝して子守唄を歌ってくれたの。眠れるまで...」
カベリアは堪えきれず涙を流し、イオの柔らかい胸に顔を埋めて抱き締めた。カベリアの背中を摩り、イオは優しく目を落とす。
「そんな事もあったね。あの時はルカにも治療法が分からず、ただ痛みを取ることしか出来なかった」
「...イオお姉ちゃん、あの時ルカお姉ちゃんが歌ってくれた子守唄、覚えてる?」
「ん?...ああ、あの歌ね。覚えてるよ。あれだけ毎夜毎夜聴かされては、否が応にも覚えるさ」
「また聴きたいな。イオお姉ちゃん歌って?」
「私が?!で、でもその、ルカのように上手く歌えるかどうか...みんなも見てるし...」
「大丈夫、顔も声もルカお姉ちゃんにそっくりだもん。イオお姉ちゃんの歌声も聴いてみたいの」
「わ、分かったよ。下手でも知らないぞ?」
カベリアを抱いたまま、イオは(コホン)と咳払いをした。アインズを含め皆に注目されているからか、顔が赤面している。イオはそれを避けるように目をつぶり、(スゥッ)と息を吸い込んだ次の瞬間────
その声には、魔力が宿っていた。(ゾクッ)と寝室内にいる全員の体に鳥肌が立つ。透き通るように美しい旋律。悪魔の歌声か、それとも天使の囁きか。この世界とは異なる言語を歌いながら、何故かそれを理解出来ない者にも、無意識にその歌詞の意味が脳裏に流れ込んでくる。聴く者全員の心に溜まった想念が溶け落ち、思考停止に陥らせる程の癒しの極地がそこにはあった。
(彼女が消えてしまう。)恐らく意図せずに放っているであろう強烈な言霊に揺さぶられ、アインズは隣に座るイオの肩へ無意識に手を乗せていた。それを後ろから見ていたフレイヴァルツが一歩前に進み出ると、涙を流しながらその場に片膝をつく。
「...私は、この歌声に出会うため今日まで生きてきたのだ。美しき悪魔の化身よ...」
彼は
この時間が永遠に続けばいいと、誰もが願っただろう。やがてイオは静かに歌い終わり、閉じていた目をゆっくりと開いた。気がつくと、いつの間にか寝室にいた皆が彼女の周りを取り囲んでいる。それに慌てるイオだったが、胸に抱いていたカベリアが顔を上げて微笑むと、照れくさそうに頬を掻いた。
「ど...どうだった?カベリア」
「...ルカお姉ちゃんと同じ。昔のまま心が籠もっていて、すごく上手だったよ。まるで魔法を聴いているみたいだった」
「そうか。いい置き土産ができたようだね」
カベリアの頭をそっと撫でると、先程から左肩に手を乗せて離さないアインズに顔を向けた。
「どうしたの?アイン────」
その眼窩に光る赤い目を見てイオはハッとした。そして何故か見る見る目から涙が溢れ、頬を伝い流れ落ちていく。それに気付いたアインズは、咄嗟にイオから目を逸らした。イオは肩に乗せられた手を握り、アインズの横顔を見て涙ながらに微笑んだ。
「...ありがとう。私...私、自分より強い人からそんなに思ってもらえたの初めてだから、嬉しいよ。でもだめアインズ、それは出来ない」
「...ああ、分かっている。済まない」
アインズは願ってしまった。(行くな)と。あの美しい歌声を聴き、アウラやマーレと同じくアインズはイオとルカを完全に同一視してしまっていた。彼女が消えてしまう事で、ルカまでも失うのではないかという錯覚に陥っていたのだ。その強い思いはイオの
頭では理解していても、湧き上がる不安は払拭出来ない。しかしイオがルカの意識に戻らなければ、
「また...会えるか?」
「...何言ってるの、毎日会ってるじゃない。私はルカの中からいつでも君達を見守ってるから」
その時だった。イオの全身に不可解なノイズが走り、体が薄っすらと透け始めた。アインズ、カベリアを始め、一同はその現象を見て思わず声を上げる。
「お姉ちゃん!」
「イオ!!」
『イオ様!!!』
しかし皆の焦燥も他所に、イオは穏やかに微笑むと静かに立ち上がった。
「...ルカの意識が目覚めようとしている。そろそろ行かないと」
そしてイオは背後のベッドに上がり、その上で宙に浮かぶルカの背中を右手で支えると、眉間に左手の指を添えた。するとその指先が眩く輝き始め、ルカの体がゆっくりと下降し始める。ベッドに着地すると、イオはルカの体に羽毛布団をかけ直し、愛おしそうにルカの頬を一撫でした。
「...いい友達を持ったね、ルカ」
そのまま立ち上がり背後を振り返ると、イオはベッド脇に座るアインズを見下ろした。
「アインズ、一つ言い忘れていた事がある」
「言い忘れていた事?一体何だ?」
「元々私が住んでいた異次元...君達流に言えば、この世界の管理者達が統率する世界、ロストウェブに関してだ」
「管理者...クリッチュガウ委員会の事か?!」
「そうとも呼んでたね。その異次元で今、途轍もなく邪悪な存在が生まれようとしている。今回カルサナスを襲ったあの三体の
イオは憂いを含んだ目で微笑んだが、その半透明な体からは黒い瘴気が立ち昇り、徐々に体の輪郭が崩れて姿が判別しづらくなっていた。アインズは座っていたベッドから立ち上がると、大きく頷いて返す。
「分かった。ありがとうイオ」
「...じゃあ母さん、アインズ、みんな。またね」
イオが皆に小さく手を振ると、出現した時と同じく全身が黒い瘴気となって霧散し、その粒子はベッドに眠るルカの口の中へと吸い込まれていった。隣ですすり泣くフォールスを見て、アインズはその肩を抱き寄せた。
「悲しむことはない。きっとまた会えるさ、フォールス」
「...いいえ、アインズ・ウール・ゴウン。私は嬉しいのです。あの子は私の事を、“母さん“と呼んでくれた。こんなNPCの一部でしかない、この私を...」
「バカを言うな。お前もイオも、俺達にとっては自我を持ったNPCを超える存在だ。それを否定する者が現れたなら、俺がそいつらを皆殺しにしてやる。いいな?」
「...アインズ、今だけでいい。あなたの胸をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「何度同じことを言わせる。...そんな事、当たり前だろうが」
フォールスがアインズの背中に手を回してローブに顔を埋めると、アインズも力強く抱き寄せた。その柔らかな肌と艷やかな黒髪からは、白檀香の優しい香りが漂ってくる。嗚咽を漏らしながら泣き続けるフォールスの涙が漆黒のローブに吸い込まれ、アインズは優しく背中を摩った。少女のように美しい一面六臂の邪神とアンデッドが肩を支え合うその姿を見て、心を打たれない者は誰一人としていなかった。心があるのだと。魔導王とは暴君でも独裁者でもない、慈悲の感情を持った真の王なのだと、四都市長を始め蒼の薔薇と銀糸鳥達は呆然とその光景を眺めながら全てを悟り、そして理解した。
フォールスが泣き止んだ事を受けて、アインズは腕の力を緩めた。
「...落ち着いたか?フォールス」
「...申し訳ありません、私としたことが」
「いいんだ、他でもないお前の頼みだ。こういう事もあるさ」
「...優しいですね。そんな事を言われたら、甘えてしまいますよ?」
「好きな時にそうすればいい。忘れたのか?お前は俺の名の元に、ナザリックの最重要客人待遇として保護されているんだ。何でも話せ、それが俺に出来るせめてもの恩返しだ」
「アインズ・ウール・ゴウン...話、だけですか?」
フォールスは微睡むような視線でアインズを見つめ、六本の腕の内二本をアインズの頬に添える。その深淵なる黒い瞳の中に、アインズは引きずり込まれた。このように至近距離で正面からフォールスを見るのは、初めての経験だったからだ。ルカとも、アルベドとも異なる例えようもなく妖しい魅力、そして危険な香り...その色香にアインズは息を飲むが、雑念を払うとフォールスの両脇を掴み、そっと体を離して返答した。
「もちろんそれだけじゃない。お前の身に起きる問題や降りかかる火の粉は、全て俺達が払ってやる。だが今はルカの事を第一に考えようではないか」
「...ありがとうございます。そうでしたねアインズ、あなたが起こしてあげてください」
「分かった」
アインズがベッド脇に腰掛けると、階層守護者と皆がベッドの周りに集まった。眠るルカの左頬に手を添えると、アインズは顔を近づけて声をかける。
「ルカ...ルカ、目を覚ましてくれ」
すると寝息を立てていたルカの目が、ゆっくりと開いていく。それを見て周囲がどよめくが、目の前にあるアインズの顔を確認すると、ルカは力なく微笑んだ。
「ん...おはようアインズ」
「お前...目はちゃんと見えるのか?体の調子は?」
「...大丈夫、見えてるよ。体も大分楽になったけど、まだ完調とは言えないかな。でも、薬は効いたみたいね」
「そうか、良かった...本当に良かった」
アインズはベッドに突っ伏し、横になるルカの体を優しく抱き締めた。それと同時に、階層守護者達が歓喜の声を上げる。
「ルカ...!」
「ほんに...ほんに良かったでありんすぇ」
『やったー!!』
「心配シマシタゾ、ルカ様」
「我が女神のご帰還ですね」
「階層守護者一同、ルカ様の身を案じておりました」
「...これでやっと...安心できる...」
その声を聞いてアインズは体を起こし、対面にいるミキに顔を向けた。
「念の為バッドステータスが解除されてるか調べてくれ」
「かしこまりました」
ベッドに上がりルカの横に両膝をつくと、ミキは額と腹部に手を当てて目を閉じた。
「
ルカの全身に幾重もの青い光が激しく交差し始め、ミキの脳内に体内コンディションの情報が流れ込んでくる。やがてその光は収束し、ミキはルカの顔を見つめたまま大粒の涙を零し始めた。アインズはその表情を見て不安が過ぎり、ミキの肩を掴む。
「ミキ、どうだ?ルカの容態は」
「.....大丈夫です。軽度の衰弱が見られますが、老衰とショック状態のバッドステータスは解除されています。しばらく休めば回復するでしょう」
「何だ脅かすなミキ、一瞬焦ったぞ」
しかし無事だと分かっても、ミキはルカの顔を見つめて動こうとしなかった。涙を流し続けるミキを見てルカは力なく手を伸ばし、指でその涙を拭った。
「ごめんね、余計な心配かけちゃって」
「余計などと...そんな事は露ほども感じていません。私が今思っているのは、もっと別のことです」
ミキは横になるルカの両肩を掴み、顔の前に覆い被さった。その手は何故か怒りに震え、徐々に目つきが鋭くなっていく。
「....何故
「アインズの...命まで?それは私にも意味が───」
「答えなさい、ルカ!!」
創造主を呼び捨てで一喝したミキの顔は泣き崩れ、もはや感情の抑制が効かなくなっていた。ミキは悔しかったのだ。馬鹿正直な主人がたった一つ抱えていた、命に関わる重大な隠し事を秘めていたことに。
ルカはそれを察し、上に覆いかぶさるミキを抱き寄せて自分の体の上に乗せた。
「....
「...ですが、せめて一言お伝えしてくれれば...」
「私もね、この世界に来てから
「...老衰、衰弱、それに重度のショック状態です。私とネイヴィア、それにフォールス様が手を尽くしましたが、回復する事は叶いませんでした」
「老衰...そっか。確かに魔法で治す手段はないね。ユグドラシル
ルカはそう言いながら、抱き寄せたミキの頬に笑顔でキスした。それを受けてミキはルカの首元に顔を埋めて号泣し、感情を爆発させた。
「ルカ様、プロキシマbへ帰りましょう...このような無茶はやめて、アインズ様と共に幸せに暮らして下さいませ!もうサードワールドなどどうでも良いではありませんか...私はルカ様と一緒に生きられれば、それでいいのです!死んでは元も子もないではありませんか!!」
「ミキ...」
ルカのベッドが涙で湿っていく中、ミキの背中を擦って慰め続けた。そしてルカは小さく首を横に振る。
「ごめん、それは出来ない」
「...何故?」
「今日まで、その為にみんなで頑張って来たんじゃない。私はユグドラシルを極めたいの。ミキも手伝ってくれるよね?」
「...一度決めたらとことん突っ走る。あなたは昔から何も変わりませんね、ルカ様」
「へへ、そういう事。分かってくれた?」
ミキは体を起こすとマントの裾で涙を拭い、ルカを見つめながらコクンと頷いた。ミキが落ち着いた頃合いを見計らい、アインズは階層守護者達を見渡す。
「よし、急いでルカをナザリックまで搬送する。ライル、手伝ってくれ。シャルティア、ナザリックまでの
「了解でありんす!」
アインズが横になるルカの背中に手を回したとき、向かいに座っていたミキがアインズの腕を握り、止めに入った。
「お待ちください、アインズ様」
「どうしたミキ?」
「今ルカ様の体を動かすのは得策ではありません。幸いここには全員が揃っています。我々で警護しつつ、回復するまではこの場で休ませてあげてほしいのです」
「...そうか、お前がそう言うのなら。カベリア、済まないがしばらくこのフェリシア城塞に滞在させてもらいたい。構わないか?」
それを聞いて、カベリアの表情が明るくなった。
「もちろんですゴウン魔導王閣下!この砦は巨大ですので、皆様のお部屋もご用意できます。食料の備蓄も十二分に蓄えておりますので、ご自由にお使いください」
「感謝する。だがその間何もしないというのも味気ないな...デミウルゴス、城外に待機させてある
「かしこまりました、アインズ様」
「セバス、シャドウデーモンをフェリシア城塞周辺に配置し、警戒に当たらせろ。間違ってもカルサナスと帝国の
「御意」
二人が寝室のドアを開けて出ていくと、アインズは寝室に残る守護者達を見た。
「フォールス、ネイヴィア、アウラ、マーレ。疲れただろう、お前たちは先に休め。交代でルカの護衛だ」
「分かりました、アインズ」
「何じゃアインズ、わしの事も女として見てくれているのか?」
「当然だろう。お前もかなりの魔力を消費したはずだ。いざという時に動けないようでは困る。...いいから夜までゆっくり寝てくれ」
「...フフ、ではお言葉に甘えるとするかの」
するとアウラとマーレがネイヴィアの白いローブにしがみついてきた。
「どうした、おまえ達?」
「...ネイヴィア、あたし達も一緒の部屋で寝てもいい?」
「ぼぼ、僕もそうしたいです...」
「もちろんじゃとも。行くぞアウラ、マーレ」
「カベリア、部屋へ皆の案内を頼めるか?」
「はい、魔導王閣下。それでは皆さんこちらへどうぞ」
カベリアを先頭に、五人は寝室を出ていった。そして部屋に残った者達にも声をかける。
「イフィオン、パルール、メフィアーゾ。それに蒼の薔薇と銀糸鳥の諸君。遠慮する事はない、ルカの事は私達に任せてくれ」
「アインズ、確かに我々では力不足かもしれないが、都市長としての責任がある。夜まではここに居させてくれ」
「私達アダマンタイト級冒険者も、都市長とルカを護衛するためこの場に残ります」
イフィオンとラキュースの言葉を受けて、アインズは小さく頷いて返した。
「分かった。その心遣い、ありがたく受け取ろう」
先程から一部始終を背後で見ていたジルクニフが、意識を取り戻したルカのベッドに歩み寄ってきた。そして恐る恐るルカの顔を覗き込む。その視線に気付いたルカは、帝国皇帝に優しく微笑んで返した。
「ジル...こっちおいで」
ルカはジルクニフに手を差し伸べたが、誤解があってはいけないと考え、ベッド脇に座るアインズに確認を取った。
「魔導王閣下、よろしいかな?」
「もちろんだジルクニフ殿。私に気を使うことはない」
ルカの手を取ると軽く引っ張られ、ジルクニフもベッド脇に腰掛けた。顔を見せるため中央に体を寄せると、ルカはサラサラとしたジルクニフの金髪をそっと撫でた。
「お疲れ様、ジル。カルサナスの人達は無事?」
「他人の心配をしている場合か。...先程砦内へ全住民を収容したと
「そっか、良かった」
「...お前のこのような弱った姿を見ることになろうとはな。まだ顔色が優れないぞ、大丈夫か?」
ジルクニフはルカの左頬に手を添えた。信じられないほどきめ細やかな肌と柔らかい感触に驚きつつも、手の平から体温を計る。
「まだ少し熱があるようだな」
「起き上がるのはちょっとつらいかな。休んでいればそのうち治ると思う。ジルの手、温かい...」
自分に優しく微笑むその圧倒的に美しい眼差しを見て、ジルクニフはゴクリと唾を飲んだが、雑念を振り払うように首を小さく振るとルカの頬から手を離した。
「そ、そうか。ともかく無事で何よりだった。今はゆっくり静養するがよい」
「ありがとう、そうするよ」
「魔導王閣下、よろしければ我が帝国の兵士達にも城壁の修繕を手伝わせたいのだが、構わないか?」
「それは助かるな。是非よろしく頼む」
「了解した」
ジルクニフが後ろに下がると、控えていた10人の冒険者達がベッドの周りを取り囲んだ。その内の一人、仮面を被り赤いローブを身に纏う少女が、のそのそと無言でルカのベッドに上がり込んできた。
「...馬鹿者。お前というやつは、あんな化物相手に何でいつもそう無茶ばかりするんだ」
「イビルアイ...」
横になるルカに覆いかぶさった少女の仮面の下から、涙が滴り落ちる。ルカはその仮面をそっと外し、ベッド脇に置いた。そしてイビルアイは目の当たりにする。
(無事で良かった)。ルカの心は純粋に、この一色に染まっていた。それを感じ取り、イビルアイは声にならない嗚咽を上げてルカを抱きしめた。馬鹿者、馬鹿者と繰り返し罵りながら。
その後も階層守護者達と再会の喜びは続き、時間はあっという間に過ぎていく。そして夜が更けると、護衛交代のため寝室内に四名が入ってきた。フォールス、ネイヴィア、アウラ、マーレは、ベッドの傍らで頬杖をつくアインズに笑顔を向ける。
「お疲れ様でした、アインズ。ここからは私達にお任せください」
「さすがに疲れたと見えるな。この砦はなかなか良い部屋じゃぞアインズ。一眠りしてこい」
「夜はあたしたちにお任せください、アインズ様!」
「ぼぼ、僕でお役に立てるかは分かりませんが...」
「そうか、では守護者達も交代だ。ミキ達と四都市長、それに冒険者諸君も休むがよい。無論ジルクニフ殿の部屋も頼む、カベリア」
「ええ。ではハーロン、皆様をお部屋にご案内差し上げて」
「かしこまりました!」
半日中ルカの顔を見ながら周囲を警戒していたせいか、アインズはアンデッドにあるまじき睡魔に襲われていた。先導する兵にフラフラとついていきながら案内された先は、ルカの寝室と同等の広い部屋だった。正面には執務机が置かれており、右手にはキングサイズのベッドがドンと構えている。案内してくれた
「魔導王閣下、それではごゆっくりとお休み下さいませ!」
「あ、ああ。ハーロンと言ったな、戦で疲れたであろう、お前たちもゆっくり休むがよい」
「恐悦至極に存じます!それでは失礼致します!」
(バタン!)と扉を閉めて兵が立ち去ると、アインズは力が抜けたようにベッドへ倒れ込んだ。暖かいシーツの感触に包まれ、アインズは目を閉じる。今日はあまりにも目まぐるしい一日だったと振り返りながら、それでも誰一人失わずに済んだ幸運を感謝しつつ、眠りについた。
一体どれほどの時間熟睡していたのだろうか。(コンコン)というノックの音が響き、アインズはハッと目が覚めた。まさか護衛の交代時間を寝過ごしたのではないかと思い、慌ててベッドから起き上がると、扉に歩み寄りドアを開けた。するとそこには、純白のホワイトローブを身に纏ったカベリアが立っていた。予想外の来客に驚きアインズは目を瞬かせたが、カベリアはそんなアインズの様子を見て微笑んでみせた。
「ゴウン魔導王閣下、夜分に申し訳ありません。お休み...でしたよね?」
「いっ、いや!まあ寝てはいたが...問題ない。どうしたカベリア?」
「その、少しお話したい事があって...中に入れてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。構わないぞ」
アインズが扉を大きく開けると、カベリアは静かに部屋へと入ってきた。部屋の隅に置いてあった予備の椅子を執務机の前に置くと、アインズは向かい合うようにして机の奥に座った。ランタンの淡い光だけが室内を照らす中、椅子の横に立つカベリアは何故か座ろうとせず、手を前に組んで立ち尽くしていた。
「それではゆっくり話も出来ないだろう。座れカベリア」
「...はい」
促されてようやく席についたが、何故か執務机に目を落として喋ろうとしない。アインズは試しに
「...地下道では、本当に済まない事をした。あそこでお前を殺していたなら、俺は一生後悔するところだった。イオにとどめを刺そうとした俺をお前が止めてくれたからこそ、俺は大きな過ちを犯さずに済んだ。心より感謝する、カベリア」
「...ほらね?....やっぱり....」
「ん?」
「...こんなに優しい人なのに、私は疑ってばっかり...ルカお姉ちゃんと一緒にいる人が、優しくない訳がないのに...ほんとバカだ、私...」
椅子に座ったまま俯き、体を震わせながら大粒の涙を膝元に落とすカベリアを見て、アインズは彼女が話したい事の真意を悟った。
「...カベリア、そう自分を責めるな。お互い様だった、それで良いではないか」
「いいえ魔導王閣下。あなたの言った通り、私はあなた達にとって許しがたい言葉を吐いてしまった。事実も知らないくせに、憶測ばかりで物事を判断した挙句、私は多くの兵達を死なせてしまったのです...閣下を信じて一歩歩み寄り、もっと早くに助けを求めていれば、こんな尊い犠牲を出さずに済んだものを、私は....本当に愚か者ですね」
「...お前が都市国家連合代表として、国交の無かった我が魔導国を警戒したのは当然の判断であり、逆にそれが出来なければ代表失格だ。そのお前の判断に皆が賛同して、カルサナスの兵と民達は独立国家としての意地を貫き通し、我々に頼る事なく、最後の最後まであの化物達を相手に戦い抜いた。その結果都市は滅んだが、民達は全員無事だと聞いている。カベリア、こう考えろ。兵士達は民を守ったのだと。そして信じろ、俺を呼んだお前の判断は正しかったのだと」
「...ゴウン魔導王閣下」
カベリアの心に一筋の光が差したようだった。潤んだグリーンの瞳がランタンの淡い光に照らされ、アインズの眼窩に赤く光る目を見つめ返す。そのまま何も言わず椅子から立ち上がると、カベリアは執務机を回り込んでアインズの座る椅子の隣に立った。それを不思議そうに見上げるアインズを真顔で見下ろす。
「カベリア?」
「...それでも、あなたに対する罪の意識がまだ消えないのです」
すると側に立つカベリアの体から何故か、アインズが何度も嗅いだ記憶のあるフローラルな香水の香りが漂ってきた。(この香りは、ルカと同じ?)そう気づくも、アインズは椅子をカベリアの方へ向けて返答した。
「罪など感じる必要はない。もう俺達は打ち解けあったではないか」
「いいえ、それだけでは償いきれません。私から閣下へ、贈り物がございます。...こんなもので喜んでいただけるかどうかは分かりませんが」
「ほう、それは一体何かね?」
カベリアが腰紐を(シュルン)と解くと、純白のローブが肩から滑り落ちて地面に落ちる。その下から一糸纏わぬ裸体が姿を表した。その透き通るように白い肌、形の良い乳房に引き締まった肢体は、まさに完璧と呼んで良いプロポーションだった。アインズは一瞬見惚れてしまった自分を恥じつつ、大慌てでカベリアの顔に目を移した。
「ちょっ...待て待て待てカベリア?!」
「...魔導王閣下。私のその...初めてを、受け取っていただけますか?」
「何故そうなる?!」
「...あなただけに清めて欲しいのです。私を..抱いてください」
「は〜...」
アインズは額を抱えて大きく溜息をつくと、地面に落ちたローブを拾い上げて椅子から立ち上がり、カベリアの体に覆いかぶせて腰紐を結び直した。それを見てカベリアは唖然としていたが、アインズはカベリアの両肩を掴んで体を揺すった。
「初めてがアンデッドとか、それこそ体が汚れるわ!もっと自分を大事にしろカベリア!」
「わ、私ではご不満...でしょうか?」
「そうではない!お前は十分美しい。気持ちは嬉しいが、これからのお前の人生に汚点を作るわけにはいかん。ちゃんと貞操観念を持ち種族を選べと言ってるんだ!」
「汚点だなんて、私はこの部屋に来る前十二分に考えました。それに私にとっては
「...悪いことは言わん、初めては
「...それは、ルカお姉ちゃん...ですか?」
「ん?...んん、まあな。他の皆には内緒だぞ」
「...魔導王閣下のルカお姉ちゃんを見る目、他と違ってた。とても優しくて、温かくて...私分かってたんです。でも、それでも...私は魔導王閣下に捧げたかった...」
カベリアの目から再び大粒の涙が溢れ、白い頬に流れ落ちた。それを見てアインズは深い溜め息をつき、カベリアの両肩から手を離して背後の椅子に座ると、(ポンポン)と自分の太腿を叩いて彼女の顔を見上げた。
「カベリア、ちょっとここに座れ」
「...はい」
言われるがまま、カベリアは足を揃えてアインズの膝元に腰を下ろした。その背中を右腕で支えると、アインズは自分の胸元にカベリアの頭を抱き寄せた。漆黒のローブに、見る見る涙が吸い込まれていく。
「こんな男のために泣くやつがあるか。都市長代表だろう?しっかりしろカベリア」
「...そんな自分を卑下する言い方やめてください、魔導王閣下。あなたは私にとって英雄です」
「いい加減その閣下というのも呼びづらいだろう。俺の事はアインズと呼べ」
「...はい、アインズ様。とても...いい香りがします」
「竜王国産の石鹸だ。お前も心地よい香りがするぞカベリア。ルカと同じ香水...フォレムニャックだな」
「子供の頃、ルカお姉ちゃんにせがんで瓶ごともらったんです。それ以来我が国でも竜王国より取り寄せて愛用しています。あの時の思い出を忘れないように...」
「...そうか。今俺がしてやれるのはこれぐらいだ。許せ、カベリア」
アインズは胸元に寄りかかるカベリアの額に、そっとキスをした。それを受けてカベリアは目を閉じ、アインズの左手を握りしめて指を絡める。所詮歯でのキスだったが、天にも昇るような気持ちでカベリアはそれを受け止めた。そしてアインズが口を離すとカベリアはゆっくりと目を開き、嬉しさのあまりポロポロと涙を零す。
そのままアインズの首を抱き寄せて、カベリアは漆黒のローブに顔を埋めた。
「...ごめんなさい」
「カベリア?」
「全部...私の誤解でした...ごめんなさい...ごめんなさい!ごめんなさい!!アインズ様ぁぁあああ!!」
「バカ者が。...お前の全てを許そう、カベリアよ」
号泣するカベリアの背中を摩り、泣き止むまでアインズは抱きしめ続けた。やがて涙も枯れ、呼吸も荒いカベリアを見てアインズは体を離し、乱れた前髪を耳の後ろにかき分けて目を覗き込んだ。
「さあ、お前も疲れただろう。もう夜更けだ、自室に戻ってゆっくり休むがよい」
「いや...アインズ様と一緒に寝たい」
「...フッ、見かけによらず甘えん坊なやつだな。仕方がない、よっと!」
カベリアの背中と両足を支えると、アインズは椅子から立ち上がり体を持ち上げた。部屋右奥のベッドまで歩み寄ると、カベリアをそっと横たわらせて自らも添い寝し、羽毛布団をかぶせた。アインズは枕の上に左肘を立て、頭を支えて顔を見ながら、子守をする父親のように寝顔を見守った。カベリアの腰に手を添えて、(トン、トン)と一定の拍子で軽く叩くと、荒かった息も次第に整い、体も弛緩して目も微睡んできた。
「寝れそうか?カベリア」
「...はい、アインズ様...何か...お話...して...」
「...お話?」
そう聞いてアインズは戸惑ったが、カベリアの美しい顔を見ているうちに、何とか寝かせてやりたいと願った。すると遠い過去の記憶が蘇り、語りだしたアインズは自然に声を作るのを止めて、素の自分に戻っていた。
「そうだな....あれは西暦2132年の秋だった。こことは違うお前達の知らない世界、違う場所での出来事だ。俺はその時点で国ではなくギルドを組んでおり、41人の頼れる仲間たちがいた。その誰もが俺と同等...いやそれ以上の力を持つ者達だった。その内の忍者である弐式炎雷という者がヘルヘイムという土地で、誰も手の付けていない未探索の遺跡を発見してな。そこを初見攻略しようと俺はギルドに提案した。しかし遺跡自体が未調査なため、あまりにも無謀すぎると反対するギルドメンバーが多数いた。当然だろう、遺跡内部には強力なモンスター達が犇めいていると分かりきっていたからな。だが俺は確信を持っていた。この41人の仲間たちとなら、必ずその遺跡を制覇できるだろうと」
「...賛成される方は、いなかったのですか?」
仰向けで寝るカベリアは閉じかけていた目を開き、首だけをアインズに向けて質問してきた。それを見てアインズは、カベリアの横顔をそっと撫でる。
「フフ、もちろんいたさ。武人建御雷を筆頭に、賛成派の強力な後押しもあって、結局は戦闘部隊5チームを選抜してその遺跡に乗り込むことになった。俺はその内の最強部隊2チームの一人として加わっていた。この遺跡はいわゆる同時攻略系ダンジョンと呼ばれていてな。上の階層から順に、墳墓、地底湖、氷河、大森林、溶岩地帯と5つのエリアに分かれていた。この各エリアの最奥部には強力なボスモンスターが控えていて、その5階層のボスを僅かな時間差を置き、同時に倒さなければいけなかった。つまり1階層に1チームが挑み、お互いに
「...我がギルドとおっしゃいましたが、アインズ様はその時から王だったのですか?」
「いや、王ではなくギルドマスターという任に着いていた。言わば41人いたギルドメンバーの取りまとめ役だな。ナザリック地下大墳墓という拠点を手に入れた我々は、そこから6年間の間栄華を極めた。そして2138年初頭、お前の知らないその世界が終焉を迎えることが事前に告知された。それを知ったギルドメンバー達は一人、また一人とギルドから去っていき、最後にはギルドマスターである俺だけが残された。終焉の日が来るその瞬間まで、俺は一人でギルドと拠点を維持し続けていたが、その来たる最後の瞬間である2138年11月9日、午前0:00分。終わると思っていた元の世界から、俺はナザリック地下大墳墓ごと、お前達が今生きるこの異世界へと突如転移してきたんだ」
カベリアはそれを聞いて、閉じかけていた目を再度見開いた。
「お一人だけでこの世界に..寂しい思いをされたのですね、アインズ様」
「...そうでもないさ、我が配下である階層守護者達もいたしな。そこから二ヶ月ほどが経過し、俺もこの世界にようやく馴染んできた頃だった。地表から見えないよう幻術でカモフラージュしていたナザリック地下大墳墓に、突如侵入者が現れた。その3人は凄まじい力を持って我が配下を一人、また一人と打ち倒し、遂には第六階層で待ち受けていた俺と階層守護者の前に辿り着いた。それがルカ・ブレイズ、ミキ・バーレ二、ライル・センチネルの3人だったんだよ。彼女らは戦闘態勢だった俺達の前で敵意を見せず、信じられない事実を告げた。ルカ達三人も、俺と同じく別世界からこの世界へと転移してきた、プレイヤーだと言うのだ。俺は最初その言葉を信用しなかったが、ルカは自らの過酷な人生を、包み隠さず詳細に語ってくれた。あの時ルカが流した涙は本物だった。それを見て俺はルカの言葉が真実だと悟ったんだ。そして彼女ら三人の願いである現実世界への帰還という目的の為、俺と階層守護者達は力を貸した。そして全員の総力を結集し、見事ルカは200年という長い歳月を経て、その目的を果たしたという訳だ」
「...そのプレイヤーというのは存じ上げておりませんが、ルカお姉ちゃんは自分の元いた世界から、再びアインズ様の前に帰ってきたのですね?」
「プレイヤーに関してはイフィオンに聞いてみろ、彼女なら知っているはずだ。ルカは俺の救援要請に応じ、魔導国の大使として力を貸してくれる事を了承してくれた。それ以来俺達と共にいる」
「そういう事だったのですね、合点が行きました。それなら、ルカお姉ちゃんと深い関係になっても不思議ではありませんね。...貴重なお話を聞かせて頂き、感謝しますアインズ様」
笑顔を向けるカベリアを見て、アインズは頭をそっと撫でた。
「...フフ、余計に目が覚めてしまったようだな、悪かった。明日の事もある、今日は寝ておけ。今からお前にゆっくりと眠れる魔法をかける、いいな?」
「...はい、アインズ様。お願いします」
「
カベリアの顔の前に右手を広げて魔法を唱えると、瞼を閉じ脱力して熟睡に落ちた。それを見たアインズは静かにベッドから降りると、執務机の椅子にドッと腰掛けた。
「やれやれ、何でこんな話をしてしまったんだ俺は...」
額に手を当てて首を横に振るが、左奥のベッドで眠るカベリアの横顔を見て、(フッ)と自嘲気味に笑いながら机に目を落とした。
「...まあ、いいか...俺もさすがに今日は...疲れた...」
椅子の背もたれに寄りかかり、睡魔に抗いきれずアインズが目を閉じた時だった。(コンコン)と扉がノックされる音が響いた。それを聞いてアインズはまたしてもハッと目が覚め、椅子から立ち上がりドアを開いた。そこには見るも美しい金髪のショートレイヤーに青い瞳を持つ女性が、淡い緑色のレザーアーマーに身を包んで立っていた。
「アインズ、夜分に済まない。起きていたか?」
「イ、イフィオン?どうしたんだこんな時間に」
「いや何、少々気になったものでな。...カベリアは中にいるんだろう?」
「...ああ、先程魔法で寝かしつけたところだ。今は俺のベッドで深い眠りに落ちている」
「そうか。丁度いい、少し話がある。時間は取らせない、中に入れてもらってもいいか?」
「もちろんだ。ここはお前達の砦、遠慮することは無い」
イフィオンが予備の椅子に座り、それと向かい合うようにアインズが執務椅子に腰掛けると、イフィオンは右手にあるベッドに横たわるカベリアに目を向けた。
「...よく眠っているようだな」
「連戦に次ぐ連戦で心身共に参っていたのだろう。魔法の影響で明日の昼までは目を覚まさないはずだ」
「そうか...」
優しく微笑むイフィオンの横顔を眺めながら、アインズはふとイフィオンの腰に目を落とした。
「帯剣していないようだな。
「お前の部屋に来るのに、そんな無粋なものは必要ない。それに何かあれば、お前が私達を守ってくれる。そうだろう?」
「フフ、まあな。それに我が信頼の置ける配下と帝国軍の兵士達が目を光らせている以上、今やこのフェリシア城塞は鉄壁の布陣だ。何の心配も要らない」
「...お前といると心が安らぐよ、アインズ」
「眠れないのなら、軽く寝酒でも飲むか?それか魔法をかけてやってもいいが...」
「魔法は遠慮しておくよ。美味い酒なんだろうな?」
「もちろんだ。此度のカルサナス戦役で最高の武勲者であるお前に相応しい酒だぞ」
アインズは中空に手を伸ばすと、アイテムストレージの中から立派なシャンパンボトルを一本と、カクテルグラスを二つにコルクスクリューを取り出した。そして手際よく(シュポン!)と封を開けると、イフィオンのグラスに注ぎ込む。マリンブルーの液体の上から気化するエーテルの靄が広がり、ミステリアスな香りが瞬時に部屋の中を満たした。そしてアインズもグラスを手に取り二人は立ち上がると、机越しにグラスをぶつけた。
「乾杯、イフィオン。ルカを救ってくれた事、感謝する」
「私はただきっかけを与えたに過ぎない。ルカ...そしてイオを救ったのは全てお前の力だ。乾杯アインズ」
二人はグラスを仰ぎ、アインズが二杯目を注いで席についた。イフィオンはカクテルグラスの香りを嗅ぎ、トロンと微睡んだような表情を見せる。
「...美味い。この香りは確か、レムリアンフルールの蜜のものだな。甘すぎず上品で香り高いのに、どこかしっとりとしていて優しい...まるでお前のような酒だぞ、アインズ」
「俺のような、と言われても返答に困るがな。それは竜王国産のスターゲイザーという貴重なエーテル酒だ。ドラウディロン女王から土産として持たされたものを、一本キープしておいた。俺もこの酒はかなり好きでな、気に入ってもらえたようで何よりだ」
「
「まあ、同盟も組んだし救ったと言えば嘘ではないが...どうした、何か気がかりな事でもあったのか?」
「...いや何、こんな事ならカベリアを説得してでも、もっと早くにお前達魔導国に助けを求めるべきだったんじゃないかと思ってな。まさに後悔先に立たずというやつだ」
「どういう事だ?」
イフィオンは二杯目のスターゲイザーを一口飲むと、執務机の上にグラスを置いてアインズを真っ直ぐに見た。
「...実はあの九万の亜人軍と三匹の化物がカルサナスに現れた直後、私に一通の
「ほう、それは誰からだ?」
「200年前共に戦った同胞、白銀...ツァインドルクス=ヴァイシオンからだった。彼は私にこう言った。(今すぐ魔導国に助けを求めろ、彼らにしか対処できない)と。しかしそれを聞いても私は最初半信半疑だった。それにお前も薄々感じているかも知れないが、このカルサナスはどちらかと言えば閉鎖的な国家だ。他国に頼らず、独立して多人種が協調し合う事を是としている。だが私はツアーの言葉を聞き、最後の手段として取っておく事にした。魔導国の属国であるバハルス帝国ではなく、アーグランド評議国を通じて魔導国に取りなしを求めようと。しかし追い込まれた我々とカベリアは、民衆を巻き込まないため苦渋の決断として、より近い隣国である帝国に救援要請をした。そしてその結果が今あるこの静寂という訳だ」
アインズはグラス半分残ったスターゲイザーを一気に飲み干し、3杯目を注ぎながら深い溜め息をついた。
「...俺はそこで寝ているカベリアを、一度とは言え本気で殺そうとした。カベリアだけじゃない。イフィオン、お前もカルサナスの民達も全て皆殺しにしようとまで考えたんだぞ?まかり間違っていれば、お前達が魔導国に抱いていた危惧が現実のものとなっていたかも知れないんだ。そう安安と人を信用するものじゃない」
「...でもせめて今くらい...信じちゃだめ、かな?」
その深遠なブルーの瞳から零れ落ちた涙が頬を伝い、イフィオンはアインズに微笑んで返した。幼い顔立ちで素を見せたイフィオンを見て、アインズは懐から白いハンカチを取り出すとそれを黙って手渡した。彼女が涙を拭っている間、半分空いたグラスにスターゲイザーを注ぎ込む。
「当然信じていい。お前達は正しい選択をした。そして俺自身も、このカルサナスに来て正しいルートに導かれたと確信している。お前と、そしてそこで寝ているカベリアのおかげでな。二人を殺していれば、俺は取り返しのつかない過ちを犯す所だった。許せ、イフィオン」
「アインズ...」
それを聞いたイフィオンがカクテルグラスを手に立ち上がると、アインズの座る執務椅子の前まで回り込んできた。そしてそのまま何も言わず、アインズの膝下にそっと腰を下ろす。イフィオンの体からは、ロータスヴァイオレット系の抱擁感あるシャープな香りが漂ってきた。
「お、おいおいイフィオン、酔っ払ったか?」
「このくらいで私が酔うと思う?」
「な、何かさっきもこんな場面があったような...」
「フフ、アインズ。カベリアに迫られてたでしょ?」
「し、知っていたのか?!」
「
「...我慢も何も、色々と問題があってだな...それにカベリアはまだ子供だ。そんな不埒な真似は出来ん」
「...じゃあ、私ならいい?」
「んん?!それはどういう...」
「私はルカよりも年上。大人だから安心だよ」
「いっいやいや!お前ヘタしたらルカよりも幼く見えるぞ!カベリアもいるというのに」
「魔法かけてるなら起きないよ、いいからじっとして。背中支えてアインズ?」
「う、うむ...」
アインズが渋々背中を支えると、イフィオンは手にしたカクテルグラスを仰いでスターゲイザーを口に含んだ。そしてアインズの首を強引に抱き寄せると、柔らかな唇を重ねてスターゲイザーをゆっくりと口移しし始めた。
「ちょっ...イフィオン?!」
しかし絶え間なく注ぎ込まれる口移しを飲み込まざるを得ず、アインズはカチコチに固まってしまっていた。まろやかなスターゲイザーの味と共に滑り込んでくるイフィオンの舌が口内を愛撫し、もはや現実認識が出来なくなっていたアインズだったが、全てを飲み込み終わるとイフィオンはゆっくりと唇を離し、吐息を漏らしながらアインズの左頬をそっと撫でた。
「...はぁ...これがルカの惚れた男の味か。アンデッドとのキスなんて生まれて初めてよアインズ」
「...イフィオンお前、あのメフィアーゾとかいう男から告白されておいて...いいのかこんな事しても?」
「それとこれとは話が別。...どう?美味しかった?」
「ん?...んんまあ、美味だったが」
「カベリアの事を我慢してくれたご褒美よ。そしてカルサナスを救ってくれた事に対する、私の精一杯の感謝。普段はこんな事、絶対にしないんだからね?」
「だろうな。お前は軽い女には見えないからな」
「...もっとしてあげたいけど、これ以上したらルカに怒られちゃうから、我慢するね」
「そうしてくれると助かる。俺も理性がぶっ飛びそうだった」
「フフ、嬉しいよ。ごめんね、遅くまで付き合わせて」
「ああ。それと、この事はくれぐれもルカには...」
「大人だって言ったでしょ?言うわけないじゃない」
イフィオンはアインズの膝からピョンと飛び降りると、執務机の上に置いてあったグラスを一気に飲み干してドアに向かった。アインズも後を追うようにそれを見送る。
「じゃあ、ありがとうアインズ。カベリアをよろしくね」
「ああ、任せておけ。お前もゆっくり寝るんだぞ」
「そうするよ」
イフィオンの眩しい笑顔と共に後ろ姿を見送りながら、アインズは扉を閉めた。そして執務椅子にドッと腰掛け、眉間を指で摘んだ。
(...人生最大のモテ期がユグドラシル内でとか、一体どうなってんだこの世界は...まあ感謝の証だし悪い気はしないけど、ちゃんと一線は守り通したぞ、ルカ!)
そしてアインズは目を閉じ、気絶するように深い熟睡へと落ちていった。
───フェリシア城塞 ルカの寝室内 11:53 AM
未だ深い眠りについているカベリアを起こさないよう部屋を出たアインズは、同じ四階にあるルカの寝室へと足を運び、扉を開けた。そこには全階層守護者と三都市長、ジルクニフにフールーダ、ノアとミキ達に冒険者も揃っていた。アルベドとデミウルゴスがアインズの前に立ち、頭を下げる。
「おはようございます、アインズ様」
「ご不便はございませんでしたでしょうか?」
「おはようアルベド、デミウルゴス。こちらは問題ない。夜中に異常はなかったか?」
「厳戒態勢を敷いておりますので、ご安心くださいませ。ルカ様も先程お目覚めになられました」
「そうか。デミウルゴス、城壁の修繕はどうなっている?」
「ガルガンチュアと
「よろしい。ジルクニフ殿も済まないが、引き続きよろしく頼む」
「了解した、ゴウン魔導王閣下」
そう言うとアインズは、ベッドの右脇に腰掛けてルカの顔を覗き込んだ。
「おはようルカ、具合はどうだ?」
「おはようアインズ。うん、大分良くなってきたよ」
笑顔だがまだ少し眠そうな目を見て、アインズはルカの髪をそっと撫でて頬に手を添えた。
「熱も若干下がってきたようだな。昨日は汗もかいただろう、不快なところはないか?」
「大丈夫、昨日の夜中にアルベドとフォールスに体拭いてもらったから」
見るとルカの衣服が、レザーアーマーからホワイトのネグリジェに変わっている。それを見てアインズは大きく頷いた。
「そうか。欲しいものがあったら何でも言ってくれ。全てを用意させる」
「心配しすぎだって。...でもありがと、そうさせてもらうよ」
「
「...どうしたのアインズ?何かあったの?」
その問いに答える代わりに、アインズはルカの上に覆いかぶさり、その大きく赤い瞳を真っ直ぐに見た。(俺の心を読め。)そう思いながら、昨日あった出来事を強く連想し、それでも揺るがない自分の心を伝えようとしたが、ルカは不思議そうにアインズの顔を眺め、左頬に手を添えるだけだった。
「? アインズ?」
何の疑いも持たないその透き通った目を見て、アインズは横になるルカをそっと抱きしめた。そして耳元で周りに聞こえないよう小さく囁く。
「...愛してる。お前だけが俺の全てだ」
それを聞いて、ルカの顔は火が火照ったかのように赤く染まる。
「えっ、ちょっと...びっくりするじゃない!いきなりそんな事言われたら...」
「だが事実だ」
体を離して真剣に見つめるアインズの目を見て、ルカは(コクン)と頷いた。
「...分かってるよ、そんな事。あたしも同じだから心配しないで」
ルカの目に涙が滲むが、それをアインズはローブの裾でそっと拭い去る。見れば見るほど美しい絶世の美女。カベリアにも、イフィオンにもない悪魔的な魅力を持ちながら、同時に強さと脆さも併せ持つ不安定な存在。しかしそれが、アインズに取って何者にも変えがたい女性として純然たる輝きを放っていた。
もし、イフィオンの持つ
「ルカ、昨日から何も食べていないだろう。腹が減らないか?」
「...へへ、実は少し空いてたんだ」
「そうか。セバス、昨日頼んでおいたものは出来ているか?」
「もちろんでございますアインズ様。アツアツでお持ち致します」
セバスが右耳に手を当てて指示すると、10分もしないうちに(バタン!)と扉が開き、犬の頭を持ったメイドの女性がカートを押して静かに入ってきた。そのカートの上には、大きな灰色の土鍋が乗せられている。その懐かしい顔を見て、ルカの顔が明るくなった。
「ペストーニャ!久しぶりだね」
「ルカ様、ご機嫌麗しゅう。ああ...そのようなおいたわしい姿、このペストーニャ見るに耐えませぬ。本日は消化に良いものをお持ちしました。これを食べて元気を取り戻してくださいませ、だワン」
そう言ってペストーニャが土鍋の蓋を開けると、中から(モワッ)と蒸気が立ち上った。そして部屋中に食欲をそそる海鮮類とゴマの香りが満ちていく。
「ルカ、起きれるか?背中を支えるぞ」
「うん、お願い」
アインズに上半身を支えられて起き上がると、ルカは土鍋の中を覗いた。
「あ!すごいこれ...」
「はい。牡蠣味噌粥の海鮮昆布だし・胡麻和えでございます」
「美味しそー!」
ペストーニャが米を壊さないよう土鍋を優しくかき混ぜ、ガラス製のお椀によそいレンゲも添えてベッドに差し出した。それをベッド左脇に座ったアルベドが受け取り、(フー、フー)と熱を冷ました後に、ルカの口元へと運ぶ。
「はいルカ、熱いから気をつけてね。あーん」
「あーん」
パクッとレンゲに乗ったお粥を食べると、ルカの顔が満面の笑みに変わっていった。
「んんーおいしー!この牡蠣味噌新鮮!!出汁もいい味してるし、胡麻がまたいいアクセントになってるね!」
「まだまだございますので、ゆっくりお召し上がりになって下さいませ、だワン」
すると後ろに控えていたフレイヴァルツが前に進み出て、背中に背負った魔法のリュート、
「
それを聴いた寝室内にいる全員の体から赤と青のオーラが立ち上り始め、その効果を感じ取った階層守護者達が一斉にフレイヴァルツを注視した。不覚にも心と体が癒やされていく事実に抗いきれず、演奏を続けるフレイヴァルツにシャルティアがツカツカと歩み寄った。
「おんし、この呪文は何でありんすか?」
「これは体力と魔力の自然回復力を爆発的に増加させる魔法です。
「...フン、この回復力...人間のくせになかなかやるでありんすね。私の体も楽でありんす。これならルカ様にも効果てきめんかと存じんすぇ。そのまま演奏してておくんなまし」
「光栄です、ヴァンパイアのお嬢さん。食事と音楽は付き物と申します。ルカ様の一刻も早い回復を願って、このまま演奏させてもらいますね」
「おんし、私が
「もちろんです。私は職業柄、仲間も含め異業種に抵抗がありません。ヴァンパイアの友人も幾人かおります。そしてあの地下道でのあなたの戦い、見させてもらいました。私があなたと比べてゴミ同然の強さしかない事も承知しております。しかしそんな遥か上を行くあなたが、あの場では必死の形相で戦っていた。それは一重に、ルカ様を守りたい一心だったからとお見受けしました。ならば志は同じはず。魔導王閣下と共に歩むあなた方を、私は怖がったりしません。特にあなたはね、美しいヴァンパイアのお嬢さん」
「ふ、フン!褒めても何も出ないでありんすよ。人間、一応名前を聞いておきましょう」
「アダマンタイト級冒険者チーム・銀糸鳥のフレイヴァルツと申します。よろしければお嬢さんのお名前もお聞かせください」
「シャルティア・ブラッドフォールン。次に会うときは敵同士かも知れないでありんすぇ?」
「そうはならないでしょう。あなたの目を見れば分かります。例えそうなったとしても、あなたに殺されるなら私も本望ですよ。きっとそうしなければいけない理由が必ずあるはずでしょうから」
(曇りがない、この男は本心でそう言っている。)演奏しながら笑顔で見下ろすフレイヴァルツの目を見て、それに気づいたシャルティアは不覚にも見惚れ、赤面していた。それを誤魔化すようにしてフレイヴァルツの手元に視線を移す。これ以上ない程の滑らかなフィンガーピッキング奏法を眺め、シャルティアの中にあった
「と、とにかくそのまま演奏してておくんなまし!」
「かしこまりました」
プイッと背を向けて一歩を踏み出そうとするが、シャルティアはその前にボソッと呟いた。
「...おんしの力は、ゴミなんかじゃありんせん。フレイヴァルツ...」
「え?何かおっしゃいましたか?シャルティアお嬢さん」
「何でもありんせん!」
シャルティアはそのままツカツカと歩くと、少し離れた真後ろから話を聞いていたアウラに抱きついた。苦笑いしながら仕方なさそうに受け止めると、アウラはシャルティアの背中を優しく摩る。
「おーよしよし、びっくりしたんだねえ」
「うるさい!...ちょっとの間、こうしておいてくんなまし」
「はいはい。...
「...案外、でありんす。絶対じゃありんせん」
「素直じゃないなあ。...良かったね、友達増えて」
「......うん」
そしてフレイヴァルツは、ベッドて食事をするルカの足元に立った。牡蠣味噌粥をゴクリと飲み込むと、ルカは笑顔で語りかけた。
「やあ、
「フレイヴァルツと申します、ルカ様。こうやって話せる日を、今か今かと待ちかねていました。何でしたらバフ系の魔法もかけられますが、いかがいたしましょう?」
「
「...さすがですルカ様。今の言葉からあなたがアサシン系統のクラスのみならず、
「様付はいらないよ、ルカって呼び捨てにして。気になったんだけど、私君の前で歌った事あったっけ?」
それを聞いて左右に座っていたアインズとアルベドが顔を見合わせ、血相を変えて口元に人差し指を当ててフレイヴァルツを睨みつけた。それを受けてフレイヴァルツは咄嗟に誤魔化す。
「ああいえ!地下道であなたの声を聞いて、きっとさぞ美声なのだろうと察した次第です」
「ふーん。ところでフレイヴァルツは、音波魔法使える?」
「ええ、鍛えてはいませんが少しでしたら。ルカは?」
「私はデバフも含めて、最大まで鍛えてるよ。相手に
「なるほど。私は現時点でサポート主体の魔法は極めています」
「それなら、
その名を聞いた途端フレイヴァルツの目つきが鋭くなり押し黙ったが、(ん?)と屈託なく笑顔で首を傾げるルカを見てドッと息を吐き、苦笑いをしながら首を大きく横に振った。
「...やれやれ、あなたに隠し事は出来ませんね。私に取って秘奥義中の奥義とも呼べる技を、あっさりと見破るとは。ええ、もちろん使えます。10秒間どのような攻撃からもパーティーメンバーを守る、サポート系の究極奥義。世界広しと言えども使えるのは私のみだと思っていましたが、まさかルカも?」
「うん、私も使えるよ。すごいね、この世界で無敵化を使える人に初めて会ったよ」
「それはこちらのセリフです。実は、あの三体の化物...
(ほお...)と、アインズを含め階層守護者達から感嘆の声が上がった。フレイヴァルツの言葉は、無敵化を使う者のみが持てる戦略的発想に満ちていたからである。その上でルカのような無敵化の使用法がベストだという答えに辿り着いていた。その経験則に階層守護者達が目を見張るのも、当然の成り行きだった。
ルカはその言葉に(うんうん)と笑顔で頷きながら、横にいるアインズに顔を近づけた。
「ねえアインズ、今度フレイヴァルツをナザリックに招待してもいい?」
それを聞いて階層守護者達がざわめいたが、笑顔を見せるルカを見てアインズはたどたどしく頷いた。
「あ、ああ、別に構わんが...何をするつもりだ?」
「決まってるじゃない。ちょっとこの子を鍛えてあげようかと思って」
それに一番驚いたのは、フレイヴァルツだった。
「鍛える?!わ、私をですか?」
「そうよ、嫌?」
「そういう訳ではないのですが...しかし私はこれでも限界まで
「じゃあ、私を殺せる?」
それを聞いてフレイヴァルツは唖然とした。ベッドに座るルカの弱々しい姿を見て、次第に沸々と怒りが湧いてくる。フレイヴァルツはその思いを素直にぶつけた。
「そんな事...出来る訳ないじゃないですか!!私は今、あなたを守るためここにいるんです!...強く美しいあなたを殺すなど、私には絶対に出来ません!!」
「そう?私は今、手も触れずに君の事を殺せるよ」
「なっ...!何を言って..」
「....体で知った方が早いね。試してみようか、
ルカが魔法を唱えた途端、白い被膜がフレイヴァルツを覆い尽くした。しかしフレイヴァルツ自身は体に全く異常を感じず、何が起きたのか理解出来ずにいた。その様子を見てルカは不気味に優しく微笑む。
「これで君お得意の
「...ガッ....グッ...!」
フレイヴァルツは喉を押さえて声を振り絞ろうとするが、全く発声が出来ないことに気づきパニックに陥った。それならとリュートの弦を指で弾くが、まるで空気がないかのように音が一切共振しない。それを見てルカの目に殺気が宿っていく。
「例えば君がディフェンス特化型の
目を見開いているにも関わらず、フレイヴァルツの視界は完全な暗黒に閉ざされた。声も視界も奪われ、もはやフレイヴァルツに出来ることは気配だけを頼りに前進するだけだった。ベッドの縁に足がぶつかったフレイヴァルツは腰を屈め、羽毛布団の感触を頼りに手探りでベッドへ上がろうとする。それを冷酷な視線で見つめながら、ルカは語りかけた。
「逃げなかったことは褒めてあげる。でも万が一君が逃げても、私は絶対に逃さない。何故なら、敵パーティーの中で
呪文を唱えたルカを中心に、青色の衝撃波が50ユニットに渡って広がり、フレイヴァルツはおろか左右に座ったアインズとアルベド、寝室内にいる全員の肩に重力がのしかかってきた。そしてベッドに這い上がろうとしたフレイヴァルツの移動速度が、見るも無残に鈍足になる。それでも歯を食いしばり、フレイヴァルツはやっとの事でベッドに上がると、手の下にルカの足らしき柔らかい感触が手に当たった。しかしルカは無情に最後通告を告げる。
「...この60秒の間に、私が何をできたか想像してごらん?フレイヴァルツ。君なら分かるでしょ?」
「....ッ!!.....ッ!!」
「声も出ない、目も見えない、動きも遅い。...そう、君は死んでいる。私は最初の5秒で君を殺していた。つまりこの60秒の間に、君は12回死んでいる事になる。残り20秒、ここまで待ってあげたのは君の未熟さ故だ。次で君は本当に死ぬ。今、ここで」
ルカの体からドス黒い殺気が立ち上った。それは寝室内にいる階層守護者も、フォールスも、ネイヴィアも、左右にいたアインズとアルベドすらも止めに入るような本気の殺気であった。そして凍るような冷たい殺気を当てられている、たった一人の張本人、フレイヴァルツ。もはや気圧されて身動き一つ取れずにいる。彼は覚悟した。せめて正面を向いて死のうと。目は見えずとも、すぐそこにルカがいる。手の下には温かいルカの足の感触がある。何故かそれだけが救いだった。彼女が先程見せた優しい笑顔、それを思い返し、フレイヴァルツも自然と笑顔になっていた。
その表情を見て、ルカはニヤリと笑う。そして人差し指をフレイヴァルツの眉間に向けた。
「...さよなら、フレイヴァルツ。
魔力が集中していく。それも尋常ではない強大な魔力。ディアン・ケヒトと同等...いやそれ以上か。これがベッドで伏せっていたか弱い女性の魔力なのかと疑いつつ、もはや逃げ出そうなどという気持ちは吹き飛んでいた。ルカ・ブレイズ、そしてイオ。フレイヴァルツの脳がかつてないほど高速回転し、走馬灯を見終えた後に浮かんだ言葉はたった一つ。
(神を滅ぼす者) この一言だった。
そしてその神とは、自分達の敵だった。自らを犠牲にして、たった一人神に立ち向かったルカも無事。大勝利だ。後は彼らに任せればいい。きっと平和の元に、破壊されたカルサナスを復興させてくれるだろう。
フレイヴァルツは、静かに目を閉じた。手の下にあるルカの足を握りしめながら。
するとフレイヴァルツの両頬に、温かい手の感触が伝わってきた。
「...なーんて、ウッソー!
ルカの声だけが鮮明に響き渡る。その瞬間、暗転していた視界が元に戻った。次に体にのしかかっていた重力も消え去り、踏ん張っていた力が一気に脱力して、ルカの太腿に倒れ込んだ。柔らかい感触がフレイヴァルツの顔をバウンドさせる。何が起きたのか分からず、フレイヴァルツは目を瞬かせた。
「...え?」
気がつくと、声も出るようになっていた。そして頭を優しく撫でる感触と共に、フローラルな香りに包まれる。それを見て寝室内にいた者全員の緊張が解け、ホッと胸をなでおろした。
「...頑張ったね、フレイヴァルツ。そのまま楽にしてていいよ」
「あの...ルカ、これは一体?」
「言ったでしょ?パーティーに
「...それは一種の臨死体験と言う事ですか?フフ、あなたもお人が悪い。軽くあの世を見ましたよ」
「君の覚悟は分かった。でも私が教えたかったのはもっと別の事。当ててごらん?フレイヴァルツ」
フレイヴァルツにはその答えが分かりきっていた。それ故更に脱力し、目を閉じてルカの太腿に頭を預ける。
「...先程使用したあなたの技は全て、
「正解。確かにサポートとしての
「ええ。
「そうだね。でも
それを聞いて、何かに気づいたようにフレイヴァルツの目が大きく見開かれた。
「...音波魔法の詠唱時間は一部を除き5秒。最速で撃てば、6発撃てる計算になりますね」
「それも魔法攻撃力が50%もアップした状態で、なおかつ120ユニットという遠距離から、
「そして
「そゆこと。君は独力で
脱力した体を立ち上げると、フレイヴァルツはベッドの上でルカと向かい合った。自分の目を興味深げに覗き込んで微笑むルカを見て、フレイヴァルツは諦めたように溜め息をついた。
「...やれやれ、そんな顔をされては断れそうもありませんね。分かりました、あなたに教えを乞えるのなら願ってもない事。是非よろしくお願いします、ルカ」
「決まりだね。よーし鍛えるぞ〜!」
フレイヴァルツはベッドから下りると、再びリュートによる演奏を始めた。意気揚々のルカを諌めるようにして、左に座るアルベドがお粥の乗ったレンゲを口元に運んできた。
「人に稽古をつけるのも良いけど、まずはしっかり食べて体を治してくださいルカ。でないと、心配でおちおち側を離れられません」
「はーい」
そして牡蠣味噌粥を全て食べ終わったルカは、ペロリと唇を舐めてお椀をペストーニャに返した。
「ごちそう様ー、美味しかった!これペストーニャが作ったの?」
「いいえ、私じゃございません。だワン」
するとセバスがペストーニャの隣に立ち、ルカとアインズに一礼してきた。
「この食事を作った者達が、ルカ様へ是非にと面会を所望しております。只今砦の厨房におりますので、寝室に招いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんいいよ、私も会ってみたいし」
「ありがとうございます。
やがて二分もしないうちに(コンコン)と部屋の扉がノックされた。セバスが扉を開けて出迎えると、後に続いて二人のメイドが入ってきた。一人はセミロングの金髪に整った顔立ちの美しい女性で、そしてもう一人は何と全身に赤い鱗を持ち、頭にホワイトプリムを被りフリルのついた黒いエプロンを装備した、メスの
「え、リーシャじゃない!」
「ルカ様...」
その
「うわぁあああんルカ様ーー!!一体どうされたのですかそのお姿は?!」
「おっとと!...久しぶりだねリーシャ。来てくれて嬉しいよ」
「私...私、セバス様からルカ様が危篤と聞いて、居ても立ってもいられずに連れてきてもらったんです!...病気ですか?それともお怪我ですか?それに合わせた食事を私達で作りますので、何なりと仰ってください!」
体にしがみつくリーシャの顔を持ち上げて、ルカはネグリジェの裾でそっと涙を拭った。そして不安を与えないよう、努めて笑顔を作る。
「ありがとう、私はもう大丈夫。お粥すごく美味しかったよ、腕を上げたねリーシャ。そのメイドの格好と言う事は、ナザリックで料理の修行をしてるんだよね?」
「は、はい!消化の良い物をと頼まれ、あの牡蠣味噌粥はツアレさんと二人で作りました。それにナザリックではセバス様を始め、ペストーニャ様、料理長、他のメイドの皆様にも大変良くしていただき、毎日勉強に励んでおります!」
「それは良かった、君を推薦した甲斐があったよ。そのうち
「ありがとうございます、ルカ様!」
リーシャがベッドから下りると、もう一人のメイドが静かにベッド脇へ歩み寄り、深々と一礼してきた。その可愛らしくも愛嬌のある金髪の女性の笑顔を見て、ルカは心に引っかかるものがあった。
「...あれ?君前にどこかで会ったことない?」
「はい、以前エ・ランテルにあるアインズ様の屋敷で一度お会いしております。覚えていてくれて光栄です、ルカ様」
「あー分かった!アインズの部屋の前で出迎えてくれたメイドの子か」
「ツアレニーニャ・ベイロンと申します。セバス様付きのメイドとして、現在は主にアインズ様の屋敷で働かせていただいております」
「そうか、君がツアレだったのか。...んー、"イシュタル"のいい香りがする。似合ってるよ、噂に違わぬべっぴんさんだね」
「も、申し訳ありません!ここへ来る際、セバス様から頂いたこの香水を是非にと言われましたもので。それにべっぴんだなんて...私、エ・ランテルの屋敷でルカ様のお顔を初めて目にした時、こんなにもお美しい方がいるのかと見惚れてしまったんです。今こうしてお近くで見ても...本当にきれい。あなた様に比べれば、私など足元にも及びはしません」
ツアレは頬を赤らめて俯いたが、ルカは優しく微笑みながらツアレに返答した。
「君はまだ若い。これから女を磨いていけば、もっともっと美人になるさ。セバスの事、よろしく頼んだよツアレ」
隣に立つセバスの顔を見上げると、セバスもまたツアレを見つめ返す。そして徐々に笑顔へと変わり、ルカへ再度目を戻した。
「...はい、お任せください。それよりもルカ様、お食事の味はいかがでしたでしょうか?ペストーニャ様にも一応味見をしてもらったのですが...」
「ああ、美味しくてペロリと食べちゃったよ。リーシャとツアレ、二人の心が籠もっているような優しい味だった。また頼むよツアレ」
「良かった...かしこまりました、何かご希望がございましたら、何なりと仰ってください」
「分かった、ありがとう」
二人が挨拶を終えると、ペストーニャが前に出てきた。
「それではルカ様、私共は夕食の支度をして参りますので、一旦失礼致します。だワン」
「了解、君もありがとうペストーニャ」
土鍋の乗ったカートを押すペストーニャを先頭に、リーシャとツアレは寝室を出ていった。ルカの背中を支えていたアインズは、ゆっくりと上半身を寝かせてルカを横にし、羽毛布団を掛けた。
「全く...病人が魔法を撃つやつがあるか。回復が遅れてしまうぞ」
「へへ、ごめんごめん。もうしないよ」
「食事も摂ったし、夕方まで少し寝たらどうだ?」
「そうしようかな。まだ体の力も入らないし、ちょっと眠くなってきたかも」
するとソファーに座っていたアウラとマーレが立ち上がり、ベッドの両脇からよじ登ってきた。そしてルカの顔を心配そうに覗き込んでくるが、それを見て二人の頭を笑顔で撫でる。
「どうしたの?アウラ、マーレ」
「ルカ様...」
「あ、あの、ぼくたちも一緒に寝てもいいですか?」
「...いいよ、おいで」
二人はそっと羽毛布団の中に潜り込み、枕に頭を乗せてぴったりと体を密着させてきた。その体温を感じてルカは目を閉じるが、枕越しにアウラとマーレの視線を両側から受け続け、ルカは再び目を開ける。
「フフ、そんなに見つめられたら眠れないよ二人共」
「...ルカ様、もう大丈夫だよね?」
「僕たちを置いて、急に消えたりしませんよね?」
「もう少し休めば体も元通りだよだよアウラ。それにマーレ、私がそんな事するわけないでしょ?」
「....だって、だって」
「? ....マーレ?」
突如目から溢れ出た涙、ルカはそれを見て一瞬混乱した。一抹の不安が過り、ルカの赤い瞳がユラリと輝く。無意識に発動した
「...イオ...って、誰?何故アインズを攻撃してるのに、その人の事が好きなの?」
「...おいマーレ!」
慌てた様子で腰を上げ、咄嗟に止めに入ったアインズだったが、
「うぇぇえええん!ごめんなさいアインズ様、ルカ様ぁぁああ!」
マーレの背中を摩りながら、ルカはアインズに鋭い目を向けた。
「...何でこの事を黙ってたの?アインズ」
「い、いやその...隠すつもりはなかったんだ、すまん...」
アインズが項垂れるように頭を下げると、右で寝ていたアウラがルカの背中にしがみついてきた。
「違うのルカ様!アインズ様もあたし達も、弱ったルカ様の体を思って今まで黙ってたんです。完全に回復した後に、アインズ様とここにいるみんなの口からイオ様の事をお伝えしようと...」
「アウラ...」
マーレを支えたまま仰向けになり右を見ると、アウラの目にも涙が滲んでいた。その悲痛な表情に心を痛めたルカは、アウラの頭も自分の胸に抱き寄せる。二人の涙でネグリジェが濡れていく中、ルカは左に立つアインズに首だけを向けた。
「教えてアインズ、何があったのか」
「...分かった、全てを話そう」
改まった様子でアインズはベッド脇に腰掛けるが、そこへデミウルゴスが歩み寄り、アインズの目の前に立って深く一礼してきた。
「アインズ様。よろしければそのお役目、この私にお任せ願えませんでしょうか。元はと言えば、イオ様に手を上げてしまった私にも責任の一端があるかと存じます」
「デミウルゴス...よかろう、お前に任せる」
「畏まりました」
そしてデミウルゴスは切々と語り始めた。
イオはルカの意識の片隅に住んでおり、過去200年に渡るルカとの記憶を一部共有しているが、宿主であるルカ自身にはその存在を意識出来ず、確認が不可能な事。本当の彼女はルカと同様に庇護の強い意思を秘めており、慈悲深く優しい心の持ち主だった事を話した。
「...私は最初その事に気づいてやれず、ルカ様の事を思う余り心無い言葉を浴びせたばかりか、攻撃まで加えてしまった。しかしあの方の真の心を知った今、イオ様はあなたに続く第二の女神として、私の中で燦然と輝いております、ルカ様...」
自分を愛おしそうに見つめるデミウルゴスを見て、ルカの胸中にとある不思議な経験が蘇ってきた。
「そんな事が...じゃああれは、ひょっとして夢じゃなかったのかも」
「どういう事です?」
「200年前この世界に転移させられた直後から、妙な白昼夢を見るようになったの。どう説明したらいいか...表現が難しいんだけど、何もない真っ暗闇の空間に私一人だけが立っていて、目の前にはいつも大きな鏡がポツンと置かれていた。そこには当然私の姿が映っているんだけど、そのままじっと見ていると段々その姿が崩れて、悪魔のような黒いオーラの化身になっていってね。真っ赤な目と口でニヤリと笑いかけてきたんだ。その威圧的な気配と殺気の塊のような姿を見て最初は警戒したんだけど、特に襲ってくる様子も見せない。そんな夢を何度か見ているうちに、黒いオーラは遂に鏡の外へと出てくるようになった。それも私と瓜二つの姿でね」
「...その時、何かお話されたのですか?」
「私が何度名前を聞いても微笑み返すばかりで、教えてくれなかった。その代わり最初に鏡から出てきた時、私にこう言ったの。(覚醒者よ、お前とこうして話す事ができて嬉しい)って。それが何の意味かさっぱり分からなかったけど、少なくとも敵意が無いことだけは確認出来た。そこから夢を見る度に、彼女と色々な話をしていくようになった。転移後の世界に置ける情勢、戦ったモンスターの分析、現実世界へ帰る為の手段。彼女と話す事で、転移後に混乱していた私も落ち着きを取り戻し、今後取るべき方向性をまとめていく事が出来るようになっていった。...何の具体的な答えも提示してはくれなかったけど、今思えば不思議な子だったな」
「...ルカ様、それは間違いなくイオ様のお姿かと存じます。夢という深層意識の中で、お二人はやはり会われていたのですね。
デミウルゴスはルカの瞳の奥を見つめながら話していたが、そこでふと気づいた。(私にだけ向けて話しているのではない。)自分の中にいるというもう一人の存在...
「...分かったよデミウルゴス、君がそこまで言うなら。イオ、か...やっと名前を教えてもらえた。その人とまた会いたい?デミウルゴス」
「何を仰られるのです。あの御方とまた会うためには、ルカ様が
デミウルゴスはベッドに乗せられたルカの手を取り、笑顔で優しく握った。ルカもその手を握り返し、ダイヤモンドのように輝くデミウルゴスの瞳を見つめる。
「...ありがとう。みんなの気持ちもよく分かった。でもアインズ、次からはこういう大切なことはもっと早くに話してね? 私は大丈夫だから」
「ああ、もちろんだとも」
「それにしても、
「...これはイオにも話した事だが、彼女はお前と比較して戦闘経験が不足していた。正直な話、あれなら
「そうなんだ。と言う事は、特殊魔法や魔法四重化を全て防いだんだね。その首にかけてる
「その通りだ。お前のそういう発想がイオには欠けていた。否、お前が
「アインズは慎重だね。好きよ、そういうとこ」
「フフ。間違いなく言えるのは、ディアン・ケヒトは俺一人では倒せない。それだけの事だ。こうやって戦闘に関しディスカッションしている内容も、イオはお前の中で聞いてくれているはずだ。次にまた会う時、きっと彼女はさらなる成長を遂げて俺達の前に姿を見せるだろう」
「私は正直な気持ち、また
「そうだな。もちろん俺もお前にこんな無理はさせたくない。イオに関してはこれが全てだ。黙っていて悪かった、さあ少し休め。体力と魔力の回復には、眠るのが一番だろう」
「デミウルゴスにも言われちゃったし、頑張って治すとしますかー。アウラ、マーレ、心配させてごめん。一緒に寝ようね」
「ルカ様...良かった」
「ぼぼ、僕の方こそごめんなさいルカ様...」
「いいのよマーレ。アインズ、寝かせてくれる?」
「分かった、三人まとめてかけるからな。
ルカ・アウラ・マーレは一気に脱力し、熟睡に誘われた。母子のように眠る三人を見てアインズは深呼吸し、眩しい視線を送る。その時、寝室のドアが開いて起床したカベリアが入室してきた。先日とは違い、ベージュのVネックトップスにタイトなホワイトパンツという、洒落た軽装で姿を表した。
「みなさん、遅くなり申し訳ありません。眠りこけてしまったようで...」
「おはようカベリア。大分顔色も良くなったようだな、疲れは取れたか?」
「はい!アインズ様の魔法のおかげで、ぐっすり寝かせていただきました」
しかしそのカベリアの言葉を聞いて、アルベドとシャルティアの目が釣り上がった。
「"アインズ"様ですって?...人間、いくら都市長代表だからといって我らが王の名を軽々しく呼ぶなど、万死に値します。魔導王陛下とお呼びなさい」
「アルベドの言うとおりでありんす。魔導王陛下をアインズ様と呼んでいいのは、私達だけ。調子に乗るなよ人間、次にその名で呼んだら容赦なく殺すでありんすぇ?」
「あ...そ、その、すいません!そうとは知らず...」
二人の緩い殺気を受け、完全に萎縮してしまったカベリアを見て、アインズが仕方なく助け舟を出した。
「良いアルベド、シャルティア!私が自ら名を呼ぶ許可を与えたのだ、多目に見てやれ」
「そんな...アインズ様、よろしいのですか?」
「構わないさ、カベリアに関してはな。シャルティア、お前もそれでいいな?」
「ふぬぬ...了解でありんす...」
「と言う訳だカベリア、今まで通りアインズと呼ぶが良い」
「は、はい!...それとアルベド様、シャルティア様。それにナザリック階層守護者のみなさん。先日は場が混乱していた事もあり、お礼も言えず本当に申し訳ありませんでした。私達カルサナス都市国家連合を救ってくれた事、都市長を代表して心より感謝申し上げます。皆様の事は、先日アインズ様より色々とお話をお伺いしました。あなた達がいなければ、この世界へ転移してきたばかりのアインズ様は、きっと生きる術をなくしていたかも知れません。皆様が公私ともに支えていたからこそ、アインズ様は魔導国における真の王になられたのだと思います。そんなあなた達が来てくれて、本当に...本当に良かった...」
目いっぱいに涙を浮かべて素直に礼を述べるカベリアを見て、アルベドとシャルティアは戸惑いを見せていたが、セバスやコキュートス・デミウルゴス・ルベドは小さく頷いてカベリアの言葉に耳を傾けていた。そして階層守護者達は理解した。カベリア都市長はアインズと打ち解け合っただけでなく、異業種である自分達全員をも受け入れたのだと。
その様子を見ていたセバスがカベリアの隣に寄り添い、胸ポケットから真っ白なハンカチを取り出してカベリアに差し出した。
「あなたの気持ちは十分に伝わりました、カベリア都市長。あなたにここまで感謝されるとは、我々階層守護者に取っても誉れ高きこと。さあ、これで涙をお拭きください」
「...ありがとうございます。あの、よろしければお名前をお伺いしても?」
「私の名はセバス・チャンと申します。アインズ様の執事をしているものです。セバスとお呼びくだされば結構です。折角ですから他の階層守護者達もご紹介しましょう。赤いワンピースを着た彼女はルベド、アルベドの妹です。氷のように逞しい彼はコキュートス、橙色のスーツを着た彼はデミウルゴス、ルカ様の右で眠る彼女が姉のアウラ、左で眠る彼が弟のマーレと言います」
「セバス様、お心遣い感謝致します。ルベド様、コキュートス様、デミウルゴス様も、この砦にいる間はご不便のないよう努めて参りますので、何なりと仰ってくださいね」
すると早速ルベドがカベリアの前に進み出てきた。
「...カベリア...私...お風呂に...入りたい」
「ええ、ルベド様!砦内に大浴場がありますので、そこで汗をお流しください。今すぐ行かれますか?」
「...ありがとう...今すぐ...行きたい」
「分かりました。ハーロン、ご案内差し上げて」
「畏まりました!ルベド様、こちらへどうぞ」
二人が部屋を出るのを見送ると、カベリアはセバス達の方へ向き直った。
「コキュートス様とデミウルゴス様は、何かございますか?」
「我ラハルカ様ノ護衛ニ徹スル。心配ハ無用ダ、カベリア都市長」
「そうですねぇ、私も特に頼み事はないかと思いますが」
「何かあれば、遠慮なく仰ってくださいね」
にこやかに応対する様子を見て、アインズは何かを思い出したようにふと目を上げた。
「時にカベリアよ。イフィオンもだが、地下道での話の続きが気になっていてな。ルカがこの国とどのようにして関わりを持ったかについてなんだか...」
「アインズ様.. そうでしたね、この事はアインズ様も含め、魔導国の皆さんにも詳しくお伝えしておかなければなりません。長い話になりますが、よろしいでしょうか?」
「構わない。是非聞かせて欲しい」
カベリアがアインズの座るベッド脇の左隣に座ると、イフィオンも席を立ちアインズを挟んで右隣に腰掛けた。それを見たパルールとメフィアーゾも歩み寄ってくる。
「アインズ、その話はここにいる四都市長全員の口から説明しよう」
「遂にカルサナスの禁忌を公にする時が来ましたな。ルカもこの場にいるんじゃ、問題なかろう。ゴウン魔導王閣下、わしからも事の詳細をお伝えしたい」
「魔導王の旦那、こいつは...このルカはな、何の見返りも求めずに、カルサナスに生きる俺達何十万という命を救ってみせたんだ。俺も話に加わらせてくれ」
「パルール、メフィアーゾ...よかろう、面白い話が聞けそうだ。教えてくれ、この国で何が起こったのかをな」
「...忘れもせん、あれは日も暮れようとしていた夕方の出来事じゃった」
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■魔法解説
サーラ・ユガ・アロリキャ専用の神聖範囲攻撃魔法。効果範囲は300ユニットに渡り、射角60度に渡り強力な神聖属性のエネルギーを放射する戦争級魔法。着弾後1分間の神聖属性DoTを敵に与え続ける。魔法最強化等により効果範囲・威力が上昇する。
ネイヴィア=ライトゥーガ専用範囲攻撃魔法。氷結・神聖属性の二局面を持つ巨大な三日月型の刃を召喚し、120ユニットの範囲内にいる敵に飛ばす事で一刀両断にし大ダメージを与える。
ネイヴィア=ライトゥーガ専用の毒属性範囲攻撃魔法。鋼鉄をも溶かす毒属性の光線を口から放射し、範囲内の敵に強烈な大ダメージを与える。また光線を浴びた者に対し、一定確立で石化の効果をもたらす事により、耐性の無い者にとっては非常に致死率の高い魔法となる。
サーラ・ユガ・アロリキャ専用の星幽系範囲攻撃魔法。肉体ではなく霊体を分子レベルまで崩壊させる事により、生物を構成する自我を死滅させる。特に非実体を持つ敵に対し絶大なる効果を発揮する。魔法最強化等により効果範囲・威力が上昇する。
サーラ・ユガ・アロリキャ専用の無属性範囲攻撃魔法。その火力と攻撃範囲はサーラが使用する中でも最大級に属し、全ての物理・魔法耐性等のレジストを無視して即死に匹敵するダメージを与える貫通属性を持つ魔法。熱量・冷気量・運動量・質量・重力・電力・時間等エネルギーを構成するあらゆる要素に突発的な変異を起こし、それにより発生した強大な力の渦が対象者を飲み込み消滅させる。魔法最強化等により効果範囲・威力が上昇する。
超位魔法・
ワードオブディザスター専用の獄炎属性超位魔法。高次元時空より小惑星級の超重力・超高熱を持つ天体を召喚し、敵の頭上に落下させて全てを焼き尽くす大爆発を起こす。その際に飛び散る散弾のような巨大隕石により広範囲に被害をもたらし、その後1分間の獄炎属性DoT効果を与え、直撃を免れた者をも死に追いやる。
ネイヴィア=ライトゥーガ専用の重力属性範囲型持続性魔法(AoEDoT)。陽子崩壊レベルの時空震を引き起こす事で、地面はおろか大気までも振動させる。そのため周囲200ユニットの範囲内にいる者は、例え空中に退避しても大ダメージを被る戦争級魔法。稀に即死効果も引き起こす為、この魔法を受けた者は即座に魔法の範囲外へ退避が必要となる。
ディアン・ケヒト専用のパーセントリカバリー型回復魔法。キャスティングタイムはたったの一秒にも関わらず、術者のHPを一瞬でフル回復させる。しかもリキャストタイムも2秒と非常に短く、
イビルエッジ専用の範囲型デバフ属性魔法。またそれと同時にスキル・
イビルエッジの使用するスキル・
イビルエッジ専用スキル・
イビルエッジ専用スキル・
イビルエッジの使用するスキル・
超位魔法・
イビルエッジ専用スキル・
イビルエッジ専用スキル・
ディアン・ケヒト専用の特殊魔法。術者を中心とした120ユニットの範囲内にヒール属性の黒い波動を放ち、HPをマイナス極性にヒールする事で大ダメージを与える魔法。吸血や音波といったものと異なりヒール属性なので、パッシブスキルの
ディアン・ケヒト専用の特殊魔法。術者を中心とした120ユニットの範囲内にHPリカバリー属性の赤い波動を放ち、マイナス極性にHPをリカバリーする事により、体内の血流を一部逆流させて継続的なDoTダメージを与える魔法。リカバリー属性の為、ヒール属性である
イビルエッジ専用スキル・
イビルエッジ専用スキル・
イビルエッジ専用スキル・
イビルエッジ専用スキル・
イビルエッジ専用スキル・
イビルエッジ専用スキル・
サーラ・ユガ・アロリキャ専用の重力属性範囲攻撃魔法。亜空間に潜む強力なカー・ブラックホールを召喚し、その中に引きずり込んだ対象の質量・角運動量・電荷に異常を発生させ、分子レベルでの崩壊を誘引して大ダメージを与える。魔法発動後、召喚されたカー・ブラックホールは30秒間滞在し続け、DoT(Damage over Time=持続攻撃)の効果も併せ持つ。魔法最強化等により効果範囲・威力が上昇する。
イビルエッジ専用スキル・
ネイヴィア専用の回復魔法。HPをフル回復させると同時に、あらゆる状態異常をも治療できる魔法。
符術師の使う獄炎・闇属性の範囲攻撃型符術。魔法の着弾地点から90ユニットに渡り強力な爆炎と衝撃波を発生させ、対象を吹き飛ばす。神勢冠者等符術師特有の枕詞を付ける事により、効果範囲・威力が上昇する。
バーバリアン専用の個人バフ魔法。術者の
バーバリアン専用の範囲型麻痺攻撃魔法。周囲50ユニットにいる全ての敵を9秒間
バーバリアン専用のダメージシールド。斬撃・打撃・刺突という物理攻撃のダメージを90%相手に返す魔法。効果時間は15分
バーバリアンの取れるサブクラス・
イビルエッジ専用スキル・
■武技解説
■スキル解説
イビルエッジ専用の最終奥義スキル。このスキルを有効にする為には同じくイビルエッジ専用魔法・、
尚レベルはⅠからⅤまであり、最上位のレベルⅤは術者の意思を完全に無視した暴走状態に入るが、前述の集中力を切らせば例えレベルⅠからⅣと言えども、同様に制御不能となり術者の意思によるスキル解除が不可能となる。各レベル毎に応じたスキル特有の強力な特殊魔法が存在し、ユグドラシル
ギルド・ブリッツクリーグのギルドマスターを継ぎ、ただ一人ギルド内に残されたルカはある日自暴自棄になり、ユグドラシル
そして地下七階最奥部、指定された座標の位置に祭壇があり、そこで
後日その事をラグランジュポイントのギルドマスターに伝え、二人で
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