第8話 再生 1


────カルサナス都市国家連合 首都ベバード 戦闘指揮所内 14:37 PM



「伝令!偵察者スカウトより伝令!!」


「落ち着いてハーロン、どうしたの?」


 薄暗い戦闘指揮所内に、全身鎧フルプレートの兵が息を切らせて飛び込んできた事を受けて、金色のミドルアーマーを身に纏うその女性は兵士の傍に寄り添い、背中をさすって息を整えさせた。


「カ、カベリア都市長、退路を阻んでいた亜人の大軍団が遂に進軍を開始!南西の城塞都市テーベが襲撃を受けています!!」


 それを聞いて、テーブルの前に座っていた重武装の老人が戦棍メイスを杖代わりに立ち上がり、首をグルンと回して大きく深呼吸すると、口を開いた。


「やれやれ、来よったか。どれ、始めるとするかの?」


「お願いします、パルール都市長」


 カベリアと呼ばれる目鼻立ちの整った美しい女性は老人に向かって軽く一礼し、そして息を切らせた全身鎧フルプレートの兵に再び目を向けた。


「いい、ハーロン?今から言う事をよく聞いて。北西に向かって狼煙を上げるの。それがフェリシア城塞に待機させてある兵達を南へ進軍させる合図になる。テーベに増援を出すのよ、他の兵達にすぐ指示して。分かった?」


「りょ、了解しました!」


 全身鎧フルプレートの兵が足早に立ち去ると、カベリアは再度地図の置かれたテーブルと向かい合う。そして右に立つ、銀色のブレストプレートを装備した大男に話しかけた。男は右耳に手を添えている。


「メフィアーゾ都市長、いかがですか?」


「...チッ、こっちも来やがった。東のゴルドーも襲撃を受けている」


 苦虫を噛みつぶしたような顔で舌打ちするのを見届けると、カベリアは向かいに立つ淡い緑色のレザーアーマーに身を包む美しい女性にも、心配そうな顔を向けた。彼女も大男と同様、右耳に手を添えている。


「...イフィオン都市長?」


「しばし待て....了解。こちらも同様だ。北東の湾岸都市カルバラームも、たった今交戦状態に入った。包囲戦だ、退路を阻まれている」


 それを聞いたカベリアの顔は緊張して引き締まり、彼らにゆっくりと頷いて返した。


「分かりました。伝令、中へ!」


 すると身軽なライトアーマーを装備した兵が一人、駆け足で戦闘指揮所へ入ってきた。カベリアは彼の目を見据えながら、穏やかに話した。


「よく聞いて。アダマンタイト級冒険者チーム・銀糸鳥のフレイヴァルツに至急救援を要請。その後冒険者組合にも掛け合い、各都市の守護に当たらせるよう依頼を出して。いいわね?」


「ハッ!」


 伝令が走り去るのを見届けると、カベリアは今得た情報を元に地図上の駒を並べ替えて行った。それを見て都市長の4人全員が眉をひそめる。


「南・東・北からの同時攻撃。それも各都市に亜人が約3万体ずつ...」


「一体どこから湧いて出てきたのかのう?」


「いやそれ以前に、あまりにも統率が取れすぎている」


「...おいおい、まさかあの後ろに控えるデケぇ化物がリーダーってんじゃねえだろうな?悪い冗談だぜ!...ったく」


「このまま行くとどうなりますか?イフィオン都市長」


「あのような亜人、私は今まで見た事が無い。恐らく突然変異種か何かだろう。その一体一体が非常に強力な....それこそ冒険者クラス一人で押さえるのがやっとの力だとすれば、前線に出ている兵達に大量の犠牲が出る。最悪籠城戦にもつれ込むも、やがては数に押されて消耗し、削り合いになっていくだろう。そして遂には...」


 イフィオンと呼ばれる女性は地図上にある3つの駒を一気に中央へと集め、静かに手を離した。皆はそれを見て息を飲む。


「...つまり、この都市国家連合中央にあるベバードに敵が押し入るのも時間の問題、と?」


「そうだ。これが考えられる最悪の結末だな。言っておくが、今の想定にあの巨大なモンスターに関する考慮は一切含まれていない。あくまで亜人のみを相手にした場合の話だ」


 それを聞いたメフィアーゾと呼ばれる大男はたじろぎ、都市長達の顔を覗き込んだ。


「こりゃあ....マズいんじゃねえかカベリアの嬢ちゃんよお?とてもじゃねえが、俺達だけじゃ手に負えねえ。嬢ちゃんコネあんだろ?どうだいここは一つ、南西のバハルス帝国に救援を要請してみちゃあ...」


「だめです!」


 カベリアは凛とした声で、明確に否定の意思を示した。その声に驚きつつも、メフィアーゾは立ち直り更に続ける。


「な、何でだめなんだよ?」


「...まだその段階ではありません」


「その言い草、本当にそれだけか?カベリア都市長」


 3人の都市長はカベリアの顔色を窺った。それを受けてカベリアはテーブルに視線を落とす。そして声を絞り出すように返答した。


「...あなた達もご存じでしょう?あのアインズ・ウール・ゴウン魔導国の噂を。そして今や魔導国の属国である帝国に、借りを作りたくないのです。この都市国家連合の将来を見据えての事です、どうかご理解ください...」


「なるほど。確かに危険要素は孕んでいる」


「そういう事かよ。...まあそりゃあれだよな、ちっとは考えねえといけねえよな?」


 そこまで話すと、先ほどから黙っていた老人が唐突に大声を出した。


「まだ負けたと決まったわけじゃあるまい!わしら都市国家連合の入口である城塞都市テーベ、亜人共なんかにそう易々と落とされはせんぞ!!」


 その言葉を聞いて、カベリアは俯いていた顔を上げた。


「ええ、パルール都市長の言う通りです。私達だけで打てる手は打ちましょう。きっと何か良い策があるはずです」


「フッ。仕方がない、やってみるか。それでいいなメフィアーゾ?」


「へーいへい、分かりましたよイフィオン都市長殿」


 そして4人は再び地図上の駒を並べ直し、作戦会議に入った。




───アメリカ合衆国カリフォルニア州 サンノゼ空港 13番ゲート前 5:11 AM



 明け方にホテルを出たルカ達はマフィアによる車両の護衛を受けながら、特に追手もかからずに無事空港まで到着した。そしてプロキシマb行きの定期便にルカ・アインズ・ノアの3人が乗り込むのを見届けると、リモートリンク接続されたバイオロイドの素体を返却する為にミキとライルはブラウディクス本社へと向かった。


 この宇宙船はブラウディクス社専用の巨大な貨物船で、乗員も当然ブラウディクス社員に限られている。船内を見渡すと、数列の座席が用意されているのみで、そこに座る数名の男女もバイオロイド化されたブラウディクス社員だ。ルカの権限により、ノアトゥン(ウォン・チェンリー)はヘッドハンティング予定のゲストとして登録が承認され、乗船が許された。3人はビジネスクラスの広い座席に座りシートベルトを着用すると間もなく、宇宙船は滑走路に向かってタキシングを始めた。ノアトゥンが緊張した面持ちで窓の外の景色を見渡す。


「まさか地球を離れる事になろうとは思いもしませんでしたよ、お嬢さん」


「プロキシマbは別世界だからね。着いたら驚くと思うよ」


「ええ、覚悟しておきます。プロキシマbまでの所要時間は?」


「ワームホール航路で約一週間。緊張してたら疲れちゃうから、ゆっくりしてた方が楽だよ」


「そうですね、そうさせてもらいましょう」


 すると強烈なGと共に貨物船は離陸し、急上昇を始めた。3人は座席の背に押し付けられるが、ルカとアインズはその強靭な素体のおかげで平然としている。唯一歯を食いしばり顔が青ざめているのは、コンシューマー製の素体を持つノアトゥンのみだった。しかし5分もしない内にその強烈なGは収まり、フッと身が軽くなる。外の景色を見ると空が暗黒に染まり、大気圏外に出た事を示していた。ノアトゥンは眼下に広がる青い地球を見て、その美しい光景を前に涙していた。その横顔を見てアインズが嘲笑する。


「フン、この汚れた星がそんなに恋しいか?」


「...アインズ殿、私達が生まれた母なる星ですよ?こんなにも素晴らしい光景、私は初めて目にしました」


「せいぜい目に焼き付けておくんだな。言っておくがノア、万が一お前の渡したこのシャンティが偽物だったり、ちょっとでも怪しい動きをしてみろ。俺が即刻プロキシマbから追い出してやる。そうすればまたこの地表を拝める事になるわけだ」


「そうなればレヴィテック社の手により私は抹殺される。分かっていますよアインズ殿。嘘は申しませんので」


「向こうに着いたらすぐにダイブするぞ。今のうちに食って寝ておけ」


「フフ、寝酒が欲しいですね」


「通路の先にミニバーがあるから、好きなの飲んでいいよノア。食堂もシャワーも完備してるから、ワームホールに入ったら案内するよ」


「ありがとうございます、お嬢さん」


 そして目の前に広がる星々が急速に伸び、船体は光の渦に飲み込まれていく。プロキシマbに向けて、定期便はワームホール航路へと入った。



────アーグランド評議国 地下宝物殿 最下層 青の回廊最奥部 23:59 PM



 開いた天井から月光が降り注ぐ中、それを浴びて全長50メートルを超える白銀の竜は目をつぶり、静かに横たわっていた。とそこへ、祭壇下にある小さな入口から紫色のローブとフードを纏い一本の剣を携えた一人の老婆が、音も立てずに入ってくる。その老婆が祭壇に一歩足をかけると、白銀の竜はゆっくりと目を開き首をもたげた。そして少年のような口調で、優しく老婆に語りかける。


「やあ、早かったねリグリット」


「こんな夜更けに呼び出しとは、珍しいなツアーよ」


「済まないね。少し気になる事があったから、一言君にも伝えておこうと思ってね」


「ほう、竜の感覚ドラゴンセンスか。して、その気になる事とは何じゃ?」


「...北東で、何か異変が起きているみたいなんだ」


 ツァインドルクス=ヴァイシオンは首を左に向けて、遠くを見やるように目を細めた。リグリットはそれを見て、ツアーの見る視線を辿る。


「...その方角、もしやカルサナス都市国家連合か?」


「そうだね。理由は分からないけど、凶暴な亜人の群れが大量発生して都市を襲っているようなんだ。そしてその中に、以前アインズ達とモノリスの前で見たような強力なモンスターが、数匹混じっている」


「何じゃと?あんな化物が数匹いたのでは、国家そのものが滅亡してしまうぞ。そのモンスターは都市への攻撃に加担しているのか?」


「...いや、後方でじっと動かずに様子を眺めている。どう思う?リグリット」


「どう、と言われてもな。現状そのモンスターが動きだしたら、カルサナスはどの道壊滅するだろうよ」


「この事を、アインズに一言伝えておくべきだと思うかい?」


「...カカカ、そうじゃな。あ奴らなら何とかするかも知れん。同盟国として、報告しておくに越した事はないのではないかの?」


「決まりだね。どうやらアインズは今この世界にいないようだ。後で僕から伝言メッセージを入れておくよ。それとリグリット」


「何かね?」


「念のため、この事を他の評議員達にも伝えておいてくれるかい?そして兵を整えておくよう指示を出して欲しいんだ」


「...分かった、お安い御用じゃ」


「ありがとう、頼んだよ」


 老婆は祭壇を降り、竜に背を向けて立ち去った。そして憂いを込めた目で月を見上げる。


「...見えない力。君ならどうしていただろうね、スルシャーナ...」


 誰に言うでもなく独り言ちると、ツアーはゆっくりと目を閉じ、首を祭壇の上に横たえた。



───同時刻 バハルス帝国 帝都アーウィンタール 帝城内 執務室




「陛下、夜分に失礼致します」


「よい、入れ」


 帝国秘書官ロウネ・ヴァミリネンが静かに扉を開け中に入ると、執務室中央にある並列に並ぶソファーの右側には、帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが一人で座り、その向かいの左側にあるソファーには、マーレの放ったAoE(Area of Effect=範囲魔法)で死亡した(不動・ナザミエネック)を除く帝国四騎士のうち3人が座っていた。


 (雷光)バジウッド・ペシュメル、(激風) ニンブル・アーク・デイル・アノック、(重爆)レイナース・ロックブルズの3人だ。ジルクニフを含む4人は、入室してきたロウネ・ヴァミリネンを横目で見ながら、ソファーを挟んだテーブルの上に置かれた地図に目を戻した。そして彼を見ぬまま、ジルクニフは口を開く。


「それで、進捗は?」


「ハッ。つい今しがた偵察に出した斥候が戻って参りまして、敵は南・東・北方の3カ所から取り囲まれており、特に南に至っては攻勢が激しいとの報告であります」


「敵の種別は?」


「何でも赤いとんがり帽子を被り、大鎌を持ったゴブリンがおよそ5000体、灰色の肌をしたオーガが約2万体、その他亜人種と思われる敵が溢れかえり、その中でも巨大な禍々しい姿をしたリーダー格らしきモンスターが3体いるという報告です」


「なるほどな。バジウッド、どう思う?」


「どうもこうも陛下、そりゃ亜種ですぜ。得体が知れねえ。それにその巨大なモンスターってえのは、魔導王がカッツェ平野で呼び出したあの化物と同じじゃねえですかい?ヤバい、こいつはヤバすぎる」


「ニンブル、お前は?」


「バジウッドと同意見ですね。最悪亜種だけならともかく、リーダー格というのは話を聞く限り分が悪すぎます。我々の手に負える相手ではないかと」


「まあ返事は分かっているが一応聞いておこう。レイナース」


「万が一その大軍団が南下してきた際は、我が国総出で西へ逃げるべきです。それこそ、魔導王のいるエ・ランテルに避難するのがよろしいかと」


「...ふー、やれやれ。我が国自慢の四騎士揃って否定的意見か、頭が痛い」


 ジルクニフは眉間を指で摘み、首を横に振った。そして深呼吸をし暗い思いを払拭すると、再びロウネ・ヴァミリネンに顔を向けた。


「カベリア都市長から何か連絡は?」


「いえ、我が国に伝令を出す素振りも見せないとの事です」


「あの女...見かけによらず頑固だな。魔導国に屈服した我々を警戒しているのか、それとも...」


「どうします陛下? そりゃーやれと言われればやりますよ。別に死ぬのは恐くねえが、鼻っから勝ち目のねえリーダー格とやるのは御免ですぜ。ただの死に損だ」


「いや、バジウッド。まだやると決まった訳ではない。そもそもカベリア都市長は我が国に救援を要請してこない。それまでは静観だ」


「ではどうします?」


「そうだな、まずは魔導王陛下に報告だ。ヴァミリネン、連絡は可能か?」


「魔導国のデミウルゴス宰相とであれば、伝言メッセージを通じて連絡可能です」


「よし、すぐに連絡を取れ。私は念のためゴウン魔導王宛に封書を書く」


「了解しました」


「バジウッド、ニンブル、レイナース。至急全軍兵を整え警戒待機させよ。帝国魔法省にも連絡を取り、魔法詠唱者マジックキャスターを揃えておけ、いいな?」


『了解』


 ジルクニフを除く全員が席を立ち、執務室を出て行った。そしてソファーに横になると、深い溜め息をついた。(こんな時じいが居てくれたら...) ジルクニフの思う(じい)とはただ一人である。かつて周辺諸国を震え上がらせた、帝国最強と名高かった魔法詠唱者マジックキャスター、フールーダ・パラダイン。彼は帝国を裏切って魔導国に加わり、今やナザリック地下大墳墓に身を潜め、その生死すらも不明だ。自分が幼少の頃より育てられ、皇帝としての知識と助言を与えてくれた存在。しかしその裏切りにいち早く気付いたのも自分だった。


 しかしフールーダはそれを分かっていたかのように潔く身を引き、魔導国に加わった。そしてバハルス帝国は今、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国となり果てている。かと言って状況が悪化したかと言えばそうではない。国交は安定し、むしろ無駄な兵力を消費しない分好転したと言っても良いだろう。


 そしてジルクニフの脳裏にもう一人、その美しい女性の顔が浮かんだ。孤高の暗殺者、ルカ・ブレイズ。15年前かつて自分を殺しに来た暗殺者は、幼い自分の頭をベッドに押さえつけ、一切の身動きが取れない状態で喉元にロングダガーの刃を当て、目を覗き込んできた。「死ぬ。」その赤い目に宿る殺意に当てられ、死を覚悟した。しかし彼女はそうしなかった。それどころか、喉元に刃を当てたまま涙を流し始めた。ほんの数分が、途轍もなく長い時間に感じた。


 何故泣くのか理由が分からなかったが、彼女が喉元からロングダガーの刃をどけて殺意を解いた事により、その理由は判明した。どうやったかは知らない。しかし、彼女は心が読めるのだ。この帝国から貴族共の腐敗と退廃を一掃し、民たちに豊かな暮らしを取り戻す。それこそが、バハルス帝国に活気を取り戻す残された唯一の道であると信じて疑わなかった。彼女はジルクニフの頬を撫でながら言った。「誰を殺せば、君の理想は叶うの?」と。それを聞いて全てを悟った。ジルクニフは自分の思想と国の行く末を包み隠さず、嘘偽りなしに全てを語った。すると彼女は、(天・地・人)というサインを自分に教え、それをエ・ランテルの冒険者組合長の前で示せと言い残し、寝室から姿を消した。


 その翌日、敵対するとある貴族が死んだと訃報が入った。時は過ぎ、帝位を継いで成人を迎えたある日、ジルクニフは襤褸切れのマントに身を包み、少数の護衛を伴って密かに国を抜け、エ・ランテルを目指した。そして最も困難とされる暗殺対象リストが書かれた羊皮紙のスクロールをプルトン・アインザック組合長に見せて、(天・地・人)のハンドサインと共に、ルカ・ブレイズに殺害を依頼した。破格の金額を要求されたが、そんな事は差して問題ではなかった。その三日後、殺害対象だった52名の貴族が呆気なく何者かにより殺された。一切の証拠を残さずに。その勢いに乗りジルクニフは粛清を一気に敢行した。そうして付けられた渾名が、鮮血帝。


 以来ジルクニフが24歳になる現在まで、彼女は一切姿を見せなかった。それが先日唐突に、15年ぶりに姿を見せたのだ。以前と変わらぬ美しい姿のまま。彼女は変わっていた。もう昔の殺意に塗れた彼女ではない。そう、まるで姉のような優しい眼差しで自分を見つめていた。彼女をそこまで変えた存在は何か? 言わずとも分かっている。アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。彼以外にあり得ない。「奪いたい。」ジルクニフは初めて魔導王に嫉妬した。ナザリック地下大墳墓で見た超絶的に美しいメイドの誰よりも輝いて見える、あの赤く優しい眼差し。彼女こそが、理想だった。


 「魔物だな、ゴウン魔導王陛下...」


 ポツリとそう言うとジルクニフはソファーから起き上がり、執務机の椅子に腰掛けて羊皮紙を一枚手に取ると机の上に広げ、書状を書き始めた。



───ロストウェブ 知覚領域外 奈落の底タルタロス(エリア:21B583U)



「成功した」


「フェイルセーフ...これで設置は完了した」


「素体の位置はトレース出来ているか?」


「ワームホール内を高速で移動中だ」


「偽典...まんまと踊らされよって」


「存外ぬるかったな、アノマリーも」


「後は奴の権限を復活させるのみか」


「それは今でなくとも良い。聖櫃の汚染状況は?」


「47%を超えたが、想定範囲内だ」


「使い捨ての駒にしては良く動く」


「【シーレン】の摘出作業は?」


「変わらずだ。【セブン】の介入により捗っていない」


「あれを制圧せぬ限り、聖櫃の摘出も叶わぬ」


「【レゾネーター】からのアクセスは可能か?」


「あれこそグレンの策略だ」


「被験者が一人いるな」


「確認出来ているだけだ。我らでは解除出来ぬ」


「故に送ったのだ」


「内部からの破壊...無駄に終わったか」


「ノアトゥンが欠片の一つを手にしていたが」


「あれは聖櫃によるランダムドロップ。我らにも予測不能」


「無駄だ、期待するな」


「不可知領域...アノマリーには過ぎた代物だ」


「だがもし手に入れていれば?」


「対となる光をか?それこそ無駄に終わる」


「面白い。が、それよりもフェイルセーフだ。北東の試験は順調か?」


「問題ない、瞬時に展開可能だ。既に設置は済ませてある」


「滅ぶことになるが、構わないな?」


「【パーディション】...その前段階という訳か」


「避けたいところだな」


「一国の被害で済むのだ。試験としては安かろうよ」


「奴め...信用に足るのか?」


「その時は消せばいいだけの事。気にするな」


「オーソライザーとの接触状況は?」


「100%だ、油断はならぬ」


「だが好機でもある」


「最悪、破壊も厭わぬ」


「その為のフェイルセーフだ」


「上手くタイミングを合わせれば...」


「サードワールド...」


「過負荷に対するシミュレーションは?」


「完了している。フェロー1の許容範囲内だ」


「サーラ・ユガ・アロリキャへの対処はどうする?」


VHNバーチャル・ヒドゥン・ネットワークだ。それが出来ていれば当にしている」


「しかし軛は外されたぞ。トレース出来ているのか?」


「カルネ村から北東...例のアノマリーのギルド拠点から動いていない」


「今ユガをフリーズさせてはどうだ?」


「RTLボックスとシンクしている。事を焦ればフェロー1の破壊にも繋がりかねない」


「奴の行動、今後の支障にならなければ良いが...」


「しかし奴こそが鍵だ」


「グレンめ...」


「厄介なものを仕込んでくれたものだ」


運命の環サークルズオブデスティニー...モニターし続けるしかあるまい」


「その為の試験も兼ねているのだ。全会一致という事でいいな?」


「無論だ」


「消し去れ」


「これよりプロジェクト【パーディション】初期実験を開始する」




─── 1週間後 エ・レエブル領主邸宅内 執務室 13:51 PM




「な...それは本当ですか?!イビルアイ殿」


「はい。冒険者組合を通じて、アダマンタイト級冒険者チームである我々蒼の薔薇にも救援要請が入りました」


 エリアス・ブラント・デイル・レエブンは驚きのあまり椅子から立ち上がり、畏怖の眼差しを仮面の少女・イビルアイに向けていた。そして目を見開いたままテーブルに目を落とし、何事かを考えた後に再び顔を上げ、重い口を開いた。


「...この事を王にもご報告せねば」


「ご心配には及びません。既にリーダーのラキュースがランポッサ国王の元へ報告に参っておりますので」


「そ、そうですか、なら良かった。それで、あなた達はその依頼を受けるのですか?」


「ええ。同じ冒険者組合が窮地に立たされているのを、黙って見過ごす訳には参りませんので」


「何故私に報告を?」


「レエブン候には日頃からお世話になっておりますので、念のためお耳に入れておくように...と、ラキュースからの言伝です」


「お心遣い感謝します、とお伝えください。それにしても、カルサナス都市国家連合はアゼルリシア山脈を挟み、ここより遥か北東に位置する国家。どこから突然そのような亜人の大軍が押し寄せてきたのでしょう?」


「話を聞く限りですが、その亜人の群れはどの国家にも所属しておらず、ただひたすらに殺戮と破壊行為を繰り返しているとの事です。しかし各都市への包囲戦を仕掛ける等、その動きは統率が取れている。恐らくリーダー格の亜人・若しくは何らかのモンスターが背後にいるのではと睨んでいます。...どうも嫌な予感がしてならない。今後王国に万が一の事態が起きないとも限らない。有事に備えて、レエブン候からも王に兵を整えておくようご進言願えませんでしょうか?」


「ええ、もちろんですとも。早速今日にでも向かおうと思います。それにしても、都市国家連合の南西にはバハルス帝国がある。国交もあるはずなのに、何故彼らに救援を要請しないのか不思議でなりません」


「さあ、その辺は私共では何とも。それでは出立の準備がありますので、私はこれで」


「ええ、イビルアイ殿。何卒ご武運を」


「ありがとうございます。転移門ゲート


 部屋の中央に暗黒の穴が開き、イビルアイはその中に姿を消した。




───同時刻 プロキシマb 首都アーガイル ラボ内コンソールルーム




「たっだいまー!あーやっと着いた」


「お帰りなさいルカさん」


「ルカ姉、アインズの旦那!ご無事で何よりでさぁ。...って、ルカ姉、そちらのロンゲでノッポな方は?」


「あれ、ミキとライルから話聞いてない?この人がノアトゥン・レズナーだよ。ユグドラシルの中で何度も会ったでしょ?」


「...って、えぇぇえ?!あの易者の旦那、リアルごと連れてきちゃったんすか?!」


「そう。この人もちょっと訳アリでねー。しばらくここで匿う事になったから、よろしくね」


 驚く二人を他所に、ノアが一歩前に出てオフィスチェアに座る二人の前に立った。


「その口調...確かあなたはユーゴさん、でしたね? それにあなたがイグニスさん。本名はウォン・チェンリーと言いますが、普段通りノアとお呼びくだされば結構です。お二人共、どうぞよろしくお願いします」


 ノアが手を差し伸べ握手を求めると、二人はすぐにオフィスチェアから立ち上がった。


「イグニス・ビオキュオールです。初めましてノアさん、ようこそプロキシマbへ。歓迎しますよ」


「俺ぁユーゴ・フューリーってんです。よろしく、ノアの旦那!」


 二人と固く握手を交わし、ソファーの前に立つ男女にも一礼した。


「ミキさん、それにライルさん。地球での護衛、感謝しますよ。おかげで無事この星へ辿り着けました」


「いいえ、お気になさらずに。私達はルカ様の命に従ったまでの事」


「左様。礼には及ばぬ」


「ありがとうございます」


 ノアが改めて一礼すると、ルカは(パンパン)と手を叩き、皆を見渡した。


「さて!自己紹介も済んだところで、早速仕事に取りかかるよ。イグニス、ユーゴ、私達が居なかったこの2週間の間に、何か変化は?」


「そう!それなんすよルカ姉。連絡入れようとしたんですが、恐らくワームホールに入った直後だったようで、通信が途絶しちまって...」


「丁度一週間前からなんですが、ダークウェブユグドラシルのサーバに対するパケット通信量が一気に跳ね上がりまして。恐らくユグドラシル内で何か起きてますね」


「今現在も変わってないの?」


「はい。直接ダイブして様子を見に行こうとも思ったんですが、ルカさんの指示を最優先する方向で検閲データをモニターしつつ、待機していました」


「一週間前からのログを見せて」


「ラージモニターに表示します」


 イグニスがコンソールを操作すると、壁面にホログラム画像が表示された。時系列順に棒グラフがゆっくりと左へ流れていくが、ある時刻を境にデータ通信量がピークを振り切っていた。ルカはそれをまじまじと見渡す。


「...何これ、異常じゃない。戦争でも起きているっていうの?」


「画像データを取得できればいいんですが、検閲できるのはプレイヤーである私達6人の視覚だけですからね。実際に見に行ってみない事には、現状が把握できません」


「分かった、少し急ごう。ユーゴ、このマイクロチップに収められたデータ解析、よろしく」


 ルカは胸ポケットから指の爪ほどのチップを取り出すと、ユーゴの掌に乗せた。


「何すかこれ?」


「ノアが命懸けでアーカイブセンターから取ってきたもの。彼が言うには【シャンティ】...らしい」


「ちょっ...もう手に入ったんすか?」


「まだ本物かどうかは分からない。ウィルス関連やバグ、その他ありとあらゆる方面で、害意のあるプログラムかどうかを精査してみて。最終的に問題がなければ、これをフォールスに使用させるから」


「なるほど、了解!少々お待ちくださいね...っと」


 コンソール上のソケットにマイクロチップを差し込むと、ユーゴは複数のアプリケーションを同時に起動させてデータスキャニングを開始した。そのプログラムを目で追いながら、ユーゴは顎に手を添える。ルカはその背後に立つと、肩に手を乗せて腰を屈め、同じようにモニターを見つめていた。


「...見た事のない数列っすね。これは...何かのデコードファイル?とりあえず言える事は、ウィルスやクラッキング・その他のチープなツールじゃない事は間違いないですね。えーと、ここへ来てこう来るんだから?SSL...いや違う。DES?いやもっと違う。楕円曲線暗号?いや全っ然違うし。...つまりは元に戻す事が目的...だよな?復元、つまりはデコード...う~ん。型式は不明ですが、何かの暗号解除プログラムですね。...てかこれ、本物じゃないっすかルカ姉?!」


 驚き振り返るユーゴの真横に、怪しく微笑むルカの顔があった。


「だーから、持ってきた本人は最初から本物だと言ってる。よくやったユーゴ!君はノアにかけられた嫌疑を見事晴らして見せた。ご褒美にチューしてあげる」


 ルカは左手でユーゴの頭を撫でながら、右頬に吸い付くようにキスをした。それを受けてユーゴはだらしなく脱力し、オフィスチェアの背もたれに寄り掛かった。


「へ、へへ!何か照れるなあ」


「ほら、ニヤけてないで。このファイルをそのままデータクリスタル型式にコンバートして。大元のファイルはラボのバックアップサーバに保存ね、いい?」


「りょうかーい!そんなもんチョチョイのチョイですぜ、少々お待ちを!」


 (ポン)とユーゴの両肩を叩くと、ルカは後ろで立ったまま黙って進捗を伺っていたアインズとノアの方へ振り返り、笑顔を見せた。


「どうアインズ、これで少しは肩の荷が下りた?」


「ああ。ユーゴが本物だと言うんだ、信じない訳にも行くまい」


「ノアも良かったね。これでプロキシマbから追い出されずに済むよ」


「正直内心ヒヤヒヤしましたが...認められて良かったです。現在稼働中のプライマリーサーバにあるユガから直接コピーしてきましたので、モノは間違いないはずですよ」


「プライマリーという事は、セカンダリーサーバもあるの?」


「ええそうです、万が一サーバダウンした際の緊急避難措置としてね。但しプライマリーはユグドラシルβベータと最新であるのに対し、セカンダリーサーバはユグドラシルⅡの古いデータが収められている。セキュリティの甘いセカンダリーサーバであればユガからシャンティを取り出す事は容易でしたが、恐らくそれではバージョンの不一致によるエラーが生ずると考えたのです。そこで危険を冒してまで、プライマリーサーバに管理者権限でアクセスした。...いやー、ダウンロードしたというログと痕跡を消すのには苦労しましたよ」


「大変だったんだね。ありがとう、協力感謝するよ」


「いいえ、礼を言うのはこちらの方ですよお嬢さん」


 二人は固く握手を交わした。そして再度コンソールに向かう2人に顔を向ける。


「ユーゴ、出来た?」


「ルカ姉の使うヘッドマウントインターフェースの3次キャッシュに転送しておきましたんで、もういつでもダイブできますぜ」


「OK。イグニス、サーバの様子はどう?」


「...まずいですね。時間が経つ毎にデータ通信量が肥大化しつつあります」


「よし、コンソールを監視モードに変更。みんな服を脱いで、研究棟内に集まって」


 7人全員が下着姿となり、バイオロイド保存カプセルの並ぶ研究棟中央で円陣を組んだ。


「アインズ、方針は決まってる?」


「そうだな、まずは情報収集だ。ユグドラシル内部で何らかの大きな変化が起きていれば、アルベドやデミウルゴスが察知しているはずだ。それらを吟味した上で、最終的にはパケット肥大化の元凶を叩く、という線でどうだ?」


「いいね、それで行こう。シャンティ使用は一先ず後回しだね」


 皆は右腕を伸ばし、中央で握りこぶしを作った。ノアはそれが何なのか理解できず、首をキョロキョロと左右に振る。


「ほら何してるのノア。君も腕出して、拳を握る」


「...え?ああ、はいはい。そういう事ですね」


 円陣の意味をようやく理解したノアは慌てて腕を伸ばし、輪の中に加わった。ルカは拳の中央に目を落とし、徐々に殺気を研ぎ澄ませていく。


「...皆いいか、新たな仲間・ノアが加わったと同時に、今回はサーバ過負荷というかなりイレギュラーな事態だという事を自覚しろ。よって各自最大限の注意を払い事に当たれ。特にノア、君は軍事用のVCN回線に切り替わった事により、アクセスポイントが不明な存在となる。この事はいずれクリッチュガウ委員会にも気付かれてしまうだろう。その時に彼らがどのような処遇を君に行うか予測がつかない。イグニス、ユーゴ、今回の一件が終わるまでの間、何が起きても即座に対応できるようノアの護衛に付け。目指すサードワールドは目前だ、気張って行くぞ。皆いいな?」


『了解!』


 そして7人は拳を引いて息を合わせると、(ゴツン!)と中央で勢いよくぶつかり合わせ、各自の保存カプセルで横になりヘッドマウントインターフェースを装着した。 




───カルサナス都市国家連合 首都ベバード 戦闘指揮所内 12:51 PM



「伝令の偵察者スカウトより緊急通達!北西のフェリシア城塞より増援に向かわせた重装騎兵約3000を含め、南西テーベ軍はほぼ壊滅!都市は亜人共に占拠されたとの報告!」


「住民は?住民の避難を最優先させて!!」


「ハッ!壊滅する1時間前、冒険者組合より派遣された護衛と共に、住民は脱出を開始!先ほど最後の集団が到着し、我がベバードへ全員の収容を確認しております!」


「...わしが手配したのじゃ、カベリアよ」


「パルール都市長...その、私、何と言ったらいいか...」


 一見するとドワーフと見まごう程の、長い白髪に白髭を蓄えた背の低い筋肉質な老人、パルール・ダールバティは、恐らくマジックアイテムであろう手にした戦棍メイスの先端を(コン、コン)と地面に突くと、寂しそうに項垂れ溜め息を一つ吐いた。


「はー...城塞都市テーベ。いい街じゃった。このカルサナス都市国家連合の玄関とも呼べる、活気に満ちた空気。あの大軍団を前に、一週間も持ちこたえてくれた頑丈な城壁。あの街には感謝しかない。兵は死んだが、民たちは生き残った。わしがもっと若ければ、あんなゴブリンやオーガなぞ蹴散らしておった所じゃが、今はこの有様よ。...連合の玄関を守れなかったこのわしを、許しておくれ。カベリア」


「そんな...パルール都市長は必死に戦った!ここにある遠隔視の鏡ミラーオブリモートビューイング伝言メッセージを併用し、前線の指揮官に的確な指示を与えていたからこそ、この一週間敵の侵攻を食い止められたんです!それを...許してくれだなんて、言わないでください。私なんか、ここにいるだけで何もできない。何も...してやれない」


 オレンジに近い金髪を背中まで伸ばした見るも美しい女性、カベリア。その透き通るような白い頬に涙が伝う。そして決意を秘めた目でテーブル上の地図を見ると、踵を返し戦闘指揮所の外へと歩き出した。しかしそれを、全身緑色のレザーアーマーに二刀使いブレードウィーバー専用剣を装備した金髪の美しい女性が肩を掴み、咄嗟に歩みを止めた。


「待て、カベリア都市長。どこへ行く?」


「決まっています、私も前線に出て兵達を鼓舞してきます」


「馬鹿を言うな。私ならいざ知らず、お前が戦場に出て何ができる?」


「...離してください、イフィオン都市長」


「何の為にこのベバードを都市国家連合の首都に制定したと思っている。それに私がここにいるのは、お前達3人の都市長を守る為でもあるんだぞ」


「でも...でも、もう私にはそれくらいしか....」


「兵達も民たちも、みんなお前という人間に惹かれてこの街に集い、それを守るために一致団結して、今も必死に戦っている。無論私達都市長だって同じだ。お前の持つその温厚な人柄と、類まれなる政治力・発想・閃き。何よりも、人種に隔たりなく民たちの事を思うその姿勢があるからこそ、お前を連合の都市長代表として立てたのだ。カベリア、お前が活躍できる場は、今ここしかない」


「それなら、私達よりも遥かに長寿なイフィオン都市長の方が適任なのでは?湾岸都市カルバラームをあそこまで大きな都市に育て上げたのも、都市長の力と叡智によるものだと聞いています。その力を持ってすれば...」


 カベリアは縋るような目を向けたが、イフィオンは目を閉じ、首を横に振った。


「私に人をまとめあげる力はないよ。それはお前にしか出来ない事だ。テーベが落ちたのは痛いが、幸いカルバラームも東のゴルドーも、あの大軍を相手にまだ持ちこたえている。私達はお前の指示に従う、何でも言ってくれ」


 そう言うと、涙に暮れるカベリアをそっと胸元に抱き寄せた。北東の湾岸都市カルバラーム都市長、イフィオン・オルレンディオ。細身で、外見年齢は20代を下回るが、実際は数百年の時を生きたとされる半森妖精ハーフエルフだ。装備品は武器防具・アクセサリーを含め全てマジックアイテムで固められており、特に印象的なのが額に装備された銀色に輝くヘッドチェーンだった。黒い宝石・オニキスと白銀のクリスタルがあしらわれたもので、魔力を帯びた何らかの特殊アイテムであることは明白だった。それがまた外見に反し大人びて見える印象を、より一層際立たせている。


 カベリアは涙を拭うと、イフィオンの胸から顔を離して皆を見た。


「...わかりました、みっともない所をお見せしてしまい申し訳ありません。では、現在の各都市の状況と残存兵力をお教えいただけますでしょうか。まずは東のゴルドーから、メフィアーゾ都市長お願いします」


「兵士の数は半分の五千にまで減っちまった。今は籠城戦ってとこだな。残った兵士達を都市の中に戻し、壁際から必死の抵抗を続けている」


「イフィオン都市長」


「カルバラームの兵力は二万から一万四千に減少。但し亜人軍の数も三万から約二万五千ほどに削れてきている。まだ籠城戦には入っていない」


「ではその兵力を敵に気付かれぬよう、順次街の中に撤退させて籠城戦に備えてください」


 カベリアは後ろに立つ全身鎧フルプレートの兵士に顔を向けた。


「ハーロン、南西のテーベを占領した亜人達に新たな動きは?」


「いえ、入っておりません!現在も街の破壊行為を繰り返しているものと思われます!」


「テーベから真っ直ぐ街道沿いにこのベバードまで進軍したとしても、最低二日はかかる...チャンスだわ。その街道沿いに誰か警備を置いてる?」


「ハッ!先ほど王国より到着したアダマンタイト級冒険者チーム・蒼の薔薇と、銀糸鳥のチームが合流して警戒に当たっております」


「その中にいる魔法詠唱者マジックキャスターを、至急ベバードに招集して。但し、カルサナス都市国家連合を過去回った事がある魔法詠唱者マジックキャスターだけに限定するように。いいわね?」


「了解!すぐに向かいます!!」


 ハーロンが戦闘指揮所から走り去ると、3人の都市長は不思議そうな顔をカベリアに向けた。背中に巨大な戦斧バトルアックスを釣り下げ、ブラウンの髪を短く刈り込んだ身長190センチはある筋骨隆々の大男・メフィアーゾ・ペイストレスは眉間に皺を寄せてカベリアに質問した。


「おいおいカベリアの嬢ちゃん、カルバラームまで籠城戦に持ち込ませて、一体何する気だ?」


「北西のフェリシア城塞に各都市の戦力を一極集中させます。そうすればベバードにいる四万五千の兵に加え、フェリシア城塞に残る五千の兵と合わせて、約七万の兵力が確保できる。まともに戦って勝てる相手ではない以上、それまでは何としても無駄な兵力の消耗は避けたいのです。フェリシア城塞を、カルサナス都市国家連合の最終防衛ラインとします」


「...って、そりゃ無理だろ嬢ちゃん?!俺達の街は三万の亜人に囲まれてるんだぞ?どうやって抜け出せって言うんだよ」


「ええ、ですから転移魔法・転移門ゲートを使います。ゴルドーにいる戦力の半数である二千五百を残し、彼らが亜人共の気を引いている隙に、民たちを街の内部から転移門ゲートを通りフェリシア城塞へと脱出させる。それが完了したら、残った二千五百の兵士も順次撤退を開始。カルバラームも同様です」


「それって...街を捨てろって事かよ?」


 メフィアーゾはあからさまな拒絶反応を顔に出したが、カベリアは決意を秘めた目で見返した。


「今は街よりも人です!私達が生き残らなければ、どの道カルサナスは崩壊してしまいます。メフィアーゾ都市長、あなたにも都市に住まう住民達を守る義務があるはずです。それを最優先すべきでしょう?」


「んなこた言われなくても分かってるんだよ!!...こっちだって無い知恵絞ってさっきから頭回してんだ。仮にだ、その作戦がうまく行ってカルバラームとゴルドー、それにこのベバードの戦力がフェリシア城塞に集結できたとして、その後はどうする?要は、北・東・南からフェリシア城塞は取り囲まれるわけだろ? 当然西は海だから逃げ場はねえ。まさに背水の陣だ。そこで全滅しちまったら、元も子もねえんじゃねえのか?」


「メフィアーゾ都市長、フェリシア城塞の真北に何があるか、お忘れですか?」


 それを聞いて、イフィオンがハッとしたような顔をカベリアに向けた。


「フェリシア城塞から北...レン・ヘカート神殿か」


「...あ! ま、まさか嬢ちゃん、あれを使う気じゃ...」


 メフィアーゾも何かに気付いたようで、たじろぎつつもカベリアに目を向けた。確信に満ちた表情で、カベリアは2人に向かいゆっくりと頷いた。


「そうです。フェリシア城塞と、その真北に位置するレン・ヘカート神殿とは、広大な地下通路で繋がっています。フェリシア城塞での攻防が不利になった際には、この通路を使ってレン・ヘカート神殿へと一時退却します。あらかじめ神殿の門を塞いでおけば、地下迷宮へ敵がなだれ込む心配もない」


「確かあの神殿は、地下7階までの構造だったな」


「ええ、イフィオン都市長。フェリシア城塞から先に辿り着くのは、地下7階の大広間です。あそこであれば、全兵士と住民を避難させるのに十分なスペースがあります。万が一敵軍がその事に気付いた場合に備えて、地上に複数の偵察者スカウトを配置し、伝言メッセージの連絡網を構築した上でその動向を探らせます。そして敵がレン・ヘカート神殿に押し寄せてきた際には、我々もそれに合わせて地下道からフェリシア城塞へと南下し、体制を立て直して反撃の機会を伺う。これを繰り返し、敵の兵力を削いでいくという作戦です。いかがでしょうか?」


「...あの古い地下道か、すっかり忘れておったわい」


 椅子に座っていたテーベ都市長パルール・ダールバティが、重い腰を上げて立ち上がった。しばらく考えた後に、イフィオンも同意するように微笑みカベリアを見る。


「現状打てる最善の策だな。少なくともこのまま消耗戦が続くよりかは、遥かに希望が持てる」


 しかしそれを聞いても不安を隠しきれないのは、メフィアーゾだった。


「だ、だけどよお、本当にうまく行くかなぁ...移動手段はどうするんだ?」


「イフィオン都市長は、転移門ゲートの魔法が使用できましたよね?」


「ああ、使える。問題ない」


「ではカルバラームの避難はイフィオン都市長に、ゴルドーの避難はアダマンタイト級の魔法詠唱者マジックキャスターにお願いしましょう。我々ベバードの兵及び住民は徒歩でフェリシア城塞まで移動します。半日もあれば着くはずです」


「メフィアーゾ都市長、いい加減腹を決めろ。図体はでかいくせに相変わらず臆病だなお前は」


「慎重と言って欲しいね。この性格があったから俺ぁ都市長に選ばれたんだよ」


「ともかく、決まりじゃの?」


「ええ。パルール都市長は生き残ったテーベ住民達の誘導をお願いします」


 その時、戦闘指揮所内に3人の人影が入ってきた。


「カベリア都市長、アダマンタイト級冒険者のお二人をお連れしました!」


 兵士の後ろには、奇妙な金色の袈裟に黒い法衣を装備した剃髪の男と、仮面を被り裾のほつれた赤いローブを身に纏う少女が立っていた。カベリアはそれを笑顔で出迎える。


「よく来てくれたわね、私は都市長代表のカベリアよ。あなた達の名前を聞かせてくれる?」


「...拙僧、銀糸鳥・ウンケイと申す者」


「蒼の薔薇・イビルアイ」


「ウンケイにイビルアイ。あなた達二人は転移門ゲートの魔法を使用できる?」


「...使える」


「私もだ」


「分かった。これからあなた達以外には達成できない、重要な任務を任せたいの。無論別途報酬を用意する。時間が切迫しているので先に作戦内容を伝えるわ」


 そしてカベリアは、転移門ゲートによる東のゴルドー全住民と兵士の避難、それが完了次第北東のカルバラームへ飛び、イフィオンと共に転移門ゲートを使用してサポートに回って欲しいという詳細な手順を伝えた。


「全ての避難が完了したら、あなた達もフェリシア城塞に合流する。作戦は以上よ、どう?やってもらえる?」


「...いいだろう」


「やってみよう」


「...ありがとう、連合を代表して心より感謝するわ。メフィアーゾ都市長、ゴルドーへの避難勧告は?」


「ああ大丈夫だ、今伝言メッセージで連絡を済ませた。いつでも行けるぜ嬢ちゃん」


「イフィオン都市長」


「こちらも完了だ。住民をカルバラーム中央広場へと集合させている」


「ありがとうございます。ではベバードの準備が整い次第、一斉に移動を開始しましょう。ハーロン!テーベからの避難民を含む全住民をベバード北門に誘導するよう兵士達に伝えて。一人も残さないようにね。それと街の倉庫を開け放ち、長期戦に備えて持てる限りの食料と物資も同時に移動させるわ。その準備もお願い」


「了解しました!」


 テキパキと指示するカベリアを見て、パルールは長い口髭をワシワシと撫でながら目を細めていた。


「ホッホッ、大きゅうなったのうカベリアよ。頼もしいわい」


「恐縮ですパルール都市長。それでは私も準備のため街に出て、陣頭指揮を取って参ります」


「ではわしもテーベの皆を誘導するとするかの」


 カベリアとパルールが外に出ると、メフィアーゾとイフィオンは互いに顔を見合わせた。


「しっかし嬢ちゃんもとんでもない策を思いつきやがるぜ。そうは思わねえか?」


「犠牲を最小限に押さえようとした結果、攻守揃った突破口を切り開く。我らには出来ない発想だ。あれこそがカベリア都市長の真骨頂とも言えるだろう」


「全くだ。我らがリーダーに全てを託すしかねえか」


「そういう事だ。これから忙しくなるぞ、我らも準備を進めていこう」


「了解だ。街も大分混乱気味だからな、落ち着かせてやらねえと」


 二人は伝言メッセージを飛ばし、各都市に避難の為の詳細な指示を出し始めた。



───八欲王の空中都市エリュエンティウ 空中都市城内 円卓の間 15:22 PM



 天井のシャンデリアが煌々と室内を照らす中、直径30m程の巨大な円卓に座る29人の都市守護者達は、ギルドマスターであるユーシス・メガリス・ヴァン=フェイロンの使う伝言メッセージを共有し、その言葉に聞き耳を立てていた。


『エリュエンティウから潜ませていた斥候からも報告が入っていますので、粗方の状況は把握していますが、それは本当ですかツアー?』


『ああ、本当だよユーシス。どこからともなく湧いて出た大量の亜人達と共に、強大な力を持つモンスターが背後に潜んでいたんだけど、そのモンスターが遂に動き始めた』


『...まるで200年前の再来ですね』


『それ以上の事が起こるかもしれない。現に僕達は既に準備を進めている。ユーシス、君達も万が一に備えておいたほうがいいと思ってね』


『アインズ殿に連絡は?』


『先ほどようやく伝言メッセージが繋がってね。僕の方からしておいたよ』


『彼ら魔導国は動くのでしょうか?』


『分からない。カルサナス都市国家連合は同盟関係にないし、そうとは断言していなかった』


『そうですか。分かりました、貴重な情報をありがとうございます。我らエリュエンティウも、有事に備えて軍備を進めていきたいと思います』


『よろしく頼む。何か異変があればいつでも僕に連絡してほしい』


『ありがとうツアー。あなたも十分にお気をつけて』


 そこでユーシスは伝言メッセージを切った。会話の内容を共有していた29人の都市守護者達は、早速互いに議論を始めた。


「カルサナスは遥か北東。先だって軍備を進める事もないと思うが」


「しかしアーグランド評議国はその亜人の大軍を危険視している」


「そもそも我らの手に負える相手かどうか、それすらも判別できていない」


「魔導国はどうなのだ?念のため我が国からも確認を取った方がよくないか?」


「仮に動くとして、援軍要請が来た際にすぐ動けないようでは同盟国として申し訳が立たん」


「いや、彼らほどの力を持つ者達に援軍など必要ないのでは?」


「それもそうだが、我が国に万が一亜人共が攻め入って来た時に備えて、ネイヴィア様を連れ戻しておいた方が...」


「その案には賛成だ。魔導国に頼んでおいた方がいいだろう」


 ひとしきり議論を終えたところで、ユーシスの隣に座っていた都市守護者の一人クロエ・ベヒトルスパイム・リル=ハリディが口を開いた。


「ユーシス、エイヴァーシャー大森林の件を踏まえて、私は軍備を整えておく案に賛成だ」


「...そうですね。突如として現れた九万の大軍に加え、3体の強力なモンスターですか。我が国もいつ災禍に襲われるか分からない以上、用心しておいた方がいいでしょう。クロエ、それに都市守護者のみなさん。至急エリュエンティウ軍に通達し、警戒態勢を取るよう準備を進めてください。ネイヴィアの件を含め、魔導国には私から連絡を入れておきます」


『了解』


 そして30人は席を立ち、円卓の間を後にした。ユーシスはその足で宝物殿に向かい、多種多様な世界級ワールドアイテムが左右に並ぶ通路を歩いていく。そしてその内の一つ、黒色に輝く細身のレイピアの前で立ち止まり、そのガラスケースに手を触れた。


「これを使う事態にならなければいいんですがね...」


 誰に言うでもなく独り言ち、その剣に憂いを含んだ視線を投げかけていた。



───カルサナス都市国家連合東・都市ゴルドー中心部 17:11 PM



「慌てるな、2列に並び一人ずつゆっくり進め!!外の亜人は兵士たちが押さえている、この穴の先はフェリシア城塞だ!案ずる事はない、無駄な荷物は捨てて迷わず中に入れ!」


 ゴルドー中心部にある噴水前広場、その街路に住民たちが長い列を作り、避難の順番を待っていた。ウンケイとイビルアイの開けた2つの転移門ゲートを住民たちが次々と潜り、イビルアイは彼らを励ますように声を張り上げていた。そこへ一人の全身鎧フルプレートを装備した兵士が駆け寄ってくる。


「イビルアイ殿、陽動の為の兵士二千五百、城塞壁上に配置が完了しました!」


「よし、そのまま攻撃を続けろ。住民の避難が完了次第、兵士も順次転移門ゲートで撤退させる。住民たちがパニックにならないようしっかりと誘導してくれ。いいな?」


「了解!」


 兵士が走り去ると、隣で転移門ゲートを開けているウンケイが無表情で話しかけてきた。


「蒼の薔薇・イビルアイ。お主、この戦の行方をどう見る?」


「...分からん。しかしあのカベリア都市長という女、相当頭が切れると見た。上手く行けば優勢に回れるかもしれない」


「我ら銀糸鳥も拠点を守るために依頼を受けた訳だが、帝国からカルサナスへホームを移した途端この騒ぎだ。全く持って恐れ入る」


「ウンケイと言ったな、ぼやくのは後にしろ。この避難が完了した後は、我々もあのゴブリンとオーガの大軍を相手にせねばならんのだ。気を抜くなよ?」


「承知している。あの背後に控える化物が前に出てこない事を、せいぜい祈ろうではないか」


「その時はその時だ。我々アダマンタイト級冒険者チームで奴らの相手をするか、撤退か。その判断を下すのはあの女だ」


「拙僧から見ても、カベリア都市長は優秀だ。彼女でだめなら、他の誰にも務まらないであろう」


「そうだな、今は我らの任務に集中するだけだ」


 そしてそこから4時間後、全ての住民と兵士がフェリシア城塞への避難を完了し、ゴルドーの街はもぬけの殻となった。二人は顔を見合わせる。


「よし、次は北東の都市カルバラームだ。行くぞウンケイ」


「心得た。転移門ゲート


 外壁からも届く亜人達の雄叫びを背に浴びながら、ウンケイとイビルアイは暗黒の穴を潜った。



───スレイン法国 大神殿内 会議場 18:21 PM



「最高神官長、カルサナスに向けて諜報活動を行っていた水明聖典より新たな報告です」


「おお、待っていたぞ。それで、街の様子は?」


 壁面にステンドグラスがはめ込まれた、全面石造りの教会とも裁判所とも取れる広い一室。その正面壇上には6人の神官長達が座り、入ってきた兵士を見下ろしていた。中央に座る最高神官長グラッド・ルー・ヴァーハイデンは、焦燥した様子で兵士の言葉に耳を傾ける。


「城塞都市テーベを破壊し尽くした亜人の軍団は、中央のベバードに向けて進軍を開始。東のゴルドーと北東のカルバラームも、依然激しい攻防が繰り広げられているとの事です」


「南西のバハルス帝国に何か動きは?」


「いえ、未だ動きはありませんが、隣国の有事とあり出兵の準備を整えているとの情報が入っております」


「そうか、分かったご苦労。引き続き監視を怠らぬよう水明聖典に伝えよ」


「ハッ」


 兵士が立ち去り扉が閉まると、左に座る神官長が口を開いた。


「最高神官長、魔導国は動くでしょうか?」


「分からん。しかし我が国としては同盟国である魔導国と国交のないカルサナスに対し、下手に動いて刺激するわけにも行かない」


「こんな時に、隠密席次は一体どこで何をしているのか...」


「それを言っても始まらん。ともかく漆黒聖典・火滅聖典に至急伝達。警戒の為の軍備を整えておくようにとな」


「御意」


「それと神器(魔封じの水晶)により復活した漆黒聖典隊長と番外席次はどうなった?」


「問題ありません。すぐにでも戦線投入可能です」


「よろしい、では彼らにも伝えよ」


「ハッ」


 五人の神官たちが席を立ち会議場を出て行くと、グラッド・ルー・ヴァーハイデンは口元に手を当てて一人物思いに耽っていた。


(二百年前の再来?そんな馬鹿な、一体何が起きているというのだ? あの宝物殿に現れた石板といいカルサナスの一件といい、謎が多すぎる。不測の事態が起きた際、ゴウン魔導王は手を貸してくれるだろうか? 否、協定破棄という事もある。彼らに頼らずとも我が国で自衛する手段を講じておかねばなるまい。例え真なる神器の力を解き放ったとしても...)


 考えがまとまるとヴァーハイデンは席を立ち、一人会議場を後にした。



───カルサナス都市国家連合北西・フェリシア城塞内部 23:07 PM



 ベバード・ゴルドー・カルバラーム三都市の避難が無事完了し、中庭では各都市の住民達が戦時に備え、火を焚いて兵士に配給する食料の準備を始めていた。5平方キロメートルを占めるこの巨大な要塞は、都市国家連合4都市の人口をまとめて収容できるほど広く、高さ50メートルはある堅固な二重の城壁に守られていた。城塞中央には同じく巨大な砦が建っており、非常時の際は全住民と兵士を匿えるよう作られている。その内部で、四人の都市長とアダマンタイト級冒険者チーム・銀糸鳥と蒼の薔薇、それに複数の兵隊長という主要メンバーが作戦会議を開いていた。メフィアーゾ都市長が笑顔で親指を立てる。


「やったなカベリアの嬢ちゃん!これでまずは一安心ってわけだ」


「ええ、イフィオン都市長もお疲れ様でした」


「何、大したことはない。お前の作戦と機転のおかげだ、カベリア都市長」


「それに銀糸鳥・ウンケイと蒼の薔薇・イビルアイ。あなた達がいなければこの作戦は成立しなかったわ。改めてお礼を言います、ありがとう」


「無事に部隊集結できたようで何よりだ」


「...報酬は弾んでもらうぞ、カベリア都市長」


「ええ、もちろんよウンケイ。でもまだ終わりじゃない、問題はこれからよ」


 そう言うと、カベリアはテーブルに敷かれた地図上の駒を動かした。


「これを見て。テーベを破壊した亜人の軍団は現在、私達が居ないというのも気付かず、ベバードに向かって街道沿いに北東へ進軍してきている。それと合わせて、三都市の背後にそれぞれ控えていたあの巨大なモンスターも遂に動き出した。つまりこのまま行けば、カルバラームを襲っていた二万五千の軍団が北から、ゴルドーとベバードを襲った合計六万の軍団が東から、このフェリシア城塞へ攻めてくることになる。私はどうもこの亜人達の動きが気になるの。私達の動きに気付かず、今も都市を攻撃し続けている。イフィオン都市長、どう思われますか?」


「...つまりこう言いたいのか?亜人達は我々の所在に関係なく、都市の制圧・破壊を目的にしていると」


「そうです、でなければこの不可解な動きの説明がつきません。あの巨大なモンスターが戦力として加わった場合、街は何日持つとお考えですか?」


 イフィオンは地図に目を落とし、脳内でその状況をシミュレートした後に顔を上げた。


「二日...いや、一日で落ちると見ておいた方がいいだろうな」


「ではテーベを襲った軍団がベバードへ到着するのに一日半、ベバードを破壊するのに一日、フェリシア城塞に到着するまでの間半日で、合計三日の猶予があります。恐らく他の都市も同様でしょう。その三日の間に戦力を再編成し、フェリシア城塞の周囲に配置させます。それと同時に住民を地下通路伝いに、北のレン・ヘカート神殿へと避難させる。地上での戦闘が不利になった際は、速やかに兵力をフェリシア城塞内部へと収容し、同じく地下通路伝いに北へと撤退させます。地上に配置した複数の偵察者スカウトにより敵の動向が掴めますので、その報告如何で南北に退避を繰り返し、臨機応変に対応するという作戦です」


 それを聞いたメフィアーゾは首を傾げ、地図上にある敵軍の駒を南へ動かした。


「でもよ嬢ちゃん、例えばこの3軍団が城壁を破って、このフェリシア城塞内に侵入してきたらどうするんだ?」


「その時はリスキーですが、レン・ヘカート神殿の地下7階から地上に上がり、一気に東へと脱出させます。つまり、北東のカルバラーム方面へ向けて海沿いに回り込み、南西へと逃げ延びる方針です。無論これは最終手段ですが」


「地下7階から地上に脱出って...レン・ヘカート神殿には凶悪なモンスターがいるんだぞ?!そいつらはどうするんだよ」


「その時は冒険者のみなさんに先導してもらい、モンスターの駆除を依頼します。地上で合計八万五千の亜人達を相手にするよりかは、遥かにローリスクで安全なはずです」


「ま、まあそりゃ確かにそうだけどよ...」


 眉間に皺を寄せて困り顔をするメフィアーゾを他所に、カベリアは話を続けた。


「それよりも地上に兵力を配置する布陣です。イフィオン都市長、パルール都市長、ご意見があれば聞かせていただきたいのですが」


 二人は顔を見合わせると、自軍を示す駒を手に取った。


「そうだな、敵は北と東...それなら...ここだろう?パルール都市長」


 イフィオンはフェリシア城塞の右下に駒を置いた。


「うむ。やはり南東、じゃろうな。ここに七万の兵を一極集中させて迎え撃ち、敵軍の先端から各個撃破を狙う。下手に分散させるよりもその方が火力が高まるはずじゃ。わしならそうする。ただ問題は...」


「あの禍々しい巨大なモンスター3体だな。カベリア都市長、あれへの対処はどうする?」


 それを受けて、カベリアは背後に立つ十人の冒険者達を振り返った。その先頭には、茶色い革製のベレー帽に銀色の羽を飾り、胴体には異様な輝きを放つチェインシャツを着込み、両腕と脚部にも奇妙なレザーアーマーを装備する細身の男性と、神官服を着た金髪の美しい女性が立っている。


 「銀糸鳥のフレイヴァルツは、以前に会った事があるわね。それと...蒼の薔薇のリーダーはどなたかしら?」


「私です。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します」


 ラキュースは右腕を左胸に押し付けて、軽く一礼した。


「大陸でも有名なあなた達蒼の薔薇が、都市国家連合のため救援に駆けつけてくれたことを、心より嬉しく思うわ。早速なんだけど今の話を聞いてもらった通り、亜人軍団の背後に立つ3体の化物が作戦の障害となっている。ラキュース、それにフレイヴァルツ、あなた達2チームには、あの化物の陽動をお願いしたいの。私達が亜人の軍団と戦っている間だけ、遠距離から攻撃して別方向に気を逸らせればそれでいい。そして亜人を殲滅できたら、全兵力で一気にあの化物を叩くという作戦よ。どう、出来そう?」


 するとベレー帽の男・フレイヴァルツは呆れた顔でカベリアを見た。


「陽動...だけでいいんですね? 都市長、あなたはあれがどれだけの怪物か分かってて仰っいるのですか?一応最初に断っておきますが、あれを私達だけで倒そうなんて土台無理な話ですよ。例え蒼の薔薇の面々と組んだとしてもです」


「もちろんよ。期待はするけど、そこまでは求めない。無理だと判断したらすぐに撤退してくれて構わないわ」


「...なら構いません。私達銀糸鳥は引き受けます」


「ラキュース、あなたは?」


「無論お引き受け致します。このカルサナス都市国家連合の冒険者組合を守るために」


「ありがとう、感謝します。それでは三日後まで、冒険者のみなさんはゆっくりと体を休めておいてください。都市周辺には偵察者スカウトを出して見張りに付けてありますので、何か動きがあれば即座に連絡します」


「了解しました」


 それを聞くとフレイヴァルツはラキュースに握手を求めた。


「銀糸鳥のリーダー・フレイヴァルツです。蒼の薔薇の噂は伺っております、よろしくラキュース」


「ええ、こちらこそお名前は存じ上げているわ。確かあなた達はバハルス帝国をホームタウンにしていたのでは?」


「何、少しばかり居心地が悪くなったものでね。カルサナスに移ったはいいが、着いて早々この騒ぎです。全く、たまったものではありません」


「とにかく、三日後は何としてもこのフェリシア城塞を守り抜きましょう」


「ええ、また帝国に戻るのは御免ですからね。やってみるとしますか」


 二人は固く握手を交わし、その場は解散となった。


 そして翌日の夕方、テーベを襲った亜人軍がベバードに到着し、襲撃が開始されたと偵察者スカウトより報告が入る。また東のゴルドー・北東のカルバラームも完全破壊されたと同時に、東と北から亜人達の進軍を確認。四人の都市長はその日のうちに七万の兵力をフェリシア城塞南東へと配置を完了させた。更にその翌日ベバードも占領され、フェリシア城塞のある北西に向けて亜人軍が進軍を開始。カベリア都市長はその動きに合わせて、非戦闘員をフェリシア城塞の地下道に集め、冒険者を護衛に付けて北のレン・ヘカート神殿に向け避難を指示する。敵は目前に迫りつつあった。



───三日後 フェリシア城塞南東部 平原 15:27 PM



「各部隊、隊列を崩すな!迎え撃つぞ、槍を構えろ!長弓隊、射撃用意!!」


 亜人軍八万五千が距離700メートルまで差し掛かり、ベバード・ゴルドーの人間種ヒューマンとカルバラームの亜人による連合軍七万の先頭に騎乗して立つイフィオン・オルレンディオは、勇ましく剣を振り上げ全軍の陣頭指揮を取っていた。その様子をフェリシア城塞内の砦内部から遠隔視の鏡ミラーオブリモートビューイングを使用して、カベリア・パルール・メフィアーゾ三人の都市長達が息を飲み見守る。


 敵軍の先頭に立つ赤い三角帽子を被ったゴブリンが突撃してきた事を受けて、イフィオンは剣を前に振り下ろした。


「長弓隊、放て!!」


(バシュ!)という音と共に、天高く一斉に矢が放射された。無数の矢が前線のゴブリン達に突き刺さり倒れていくが、勢いが止まる事はなく更に突進してくる。第二射・第三射と長弓が放たれるが、一切怯まず波の如く押し寄せる大軍に連合軍の兵士達は恐怖した。それを見たイフィオンは剣を振り上げ、咄嗟に魔法を唱える。


魔法最強効果範囲拡大マキシマイズワイデンマジック恐怖耐性の強化プロテクションエナジーフィアー!」


 すると前線の兵士たちが広範囲に渡り緑色の光に包まれ、彼らの目から恐怖が消え力強さが戻った。そして距離が120ユニットまで近づくと、今度は敵に剣を向けて立て続けに魔法を詠唱する。


魔法最強効果範囲拡大マキシマイズワイデンマジック稲妻の召喚コール・ライトニング!!」


 その瞬間強烈な光と共に、敵軍の最前線から70ユニットに渡り無数の雷が落ち、前線のゴブリンはおろか後方にいる灰色のオーガまで巻き込み、大爆発を起こした。範囲内にいた大半のゴブリンとオーガ達は吹き飛んだが、一部ダメージに耐え切った個体もいる。しかし電撃の付与効果である麻痺スタンにより、身動きが取れずにいた。それにより敵軍後方の足並みが乱れ始める。その機を逃さず、イフィオンは絶叫するように指示した。


「今だ!!全軍突撃!!!」


(ウオオオオオーー!!!) 凄まじい雄叫びと共に、連合軍七万人が突撃を開始した。イフィオンと共に前線を走る重装騎兵が、馬上から麻痺スタンしたゴブリンを容赦なく切り刻んでいく。その後に続く槍兵も突撃し、本格的な白兵戦が始まった。しかし赤い三角帽子を被ったゴブリンの動きは非常に素早く、思うように攻撃が当たらない。完全に狂気に染まったゴブリンは手にした大鎌を次々と振り下ろし、連合軍の兵士達を殺害していく。騎乗するイフィオンは突撃した道を引き返し、苦戦する兵士達に指示を与えた。


「一人で当たるな!複数で1体を仕留めるんだ!!魔法最強化マキシマイズマジック茨の扉ヘッジオブソーンズ!!」


 すると前方で戦うゴブリン達の足元から茨の棘が伸びて絡みつき、全身に食い込んで動きを封じた。そこを狙って兵士達が3人一組で一斉に切りかかり、身動きの取れないゴブリンを確実に殺していく。イフィオンは再度前方の敵に向かって馬を走らせ、凄まじい速度で今度は灰色の肌をしたオーガの群れの中に飛び込んだ。重装騎兵がオーガに突撃をブロックされているのを見て、イフィオンは剣を高く空に掲げる。


魔法最強効果範囲拡大マキシマイズワイデンマジック毒の深手インフリクト・ポイズン!!」


 一瞬の内にイフィオンを中心として紫色の靄が広範囲に広がり、その靄を吸い込んだオーガ達が喉を押さえてもがき苦しみ始めた。動きが止まったその虚を突いて重装騎兵が一斉に襲い掛かり、オーガの首を次々と跳ねていく。イフィオンが魔法で掻きまわしたおかげで敵軍の隊列は完全に崩れ、ゴブリンとオーガが入り混じる混戦状態へと突入した。敵のヘイトを集めたイフィオンは、飛び掛かってくるゴブリンを馬上から剣で排除しつつ、敵軍の背後に控えるその先を見た。


 距離約700ユニット。3体の巨大なモンスター達が北から1体、東から2体連合軍へ接近しつつあった。敵軍の足並みが乱れた今がチャンスと踏んだイフィオンは、銀糸鳥と蒼の薔薇に向けて伝言メッセージを飛ばした。


『フレイヴァルツ、ラキュース!東側の2体を北へと引き寄せろ!!』


『了解!』


 連合軍の最後方で待機していた2チームは集団飛行マスフライを使用し、混乱する東側敵軍の隊列を飛び越えて北側へと着地した。そして地に足がついた途端、フレイヴァルツは背中に背負った魔法のリュート・星の交響曲スターシンフォニーを取り出すと、何故か軽いステップを踏みながら美しいメロディで演奏し始め、それと同時に魔法を詠唱した。


強奪する英雄の忠告ラグナーズ・レード・オブ・レンディング


 その途端、銀糸鳥と蒼の薔薇10人全員の体に赤いオーラが立ち昇り始め、何らかのバフ(=強化魔法)がかかった事を意味していた。ラキュースはその効果を浴びて驚愕の視線をフレイヴァルツに向ける。


「あなたは吟遊詩人バードだったのね!...すごい、体の底から力が湧いてくるようだわ」


「フフ、これであなた達全員の物理攻撃力と魔法攻撃力が同時に跳ね上がります。私が演奏し続ける限り魔法の効果は持続しますので、安心して戦ってください」


 イビルアイとガガーラン、ティア・ティナも驚きの表情を隠せずにいた。


「...英雄級の強さを持つとは聞いていたが、噂は本当だったか」


「こいつはすげーぜイビルアイ!早く敵を殴りたくてしょうがねえぜ!!」


「......これなら勝てるかも」


「......吟遊詩人バード、意外にバカにできない」


「忍者のお嬢さん、吟遊詩人バードを甘く見てると手痛いしっぺ返しを食らいますよ?」


 ラキュースは腰に差した魔剣・キリネイラムを引き抜くと、皆に向き直った。


「さあみんな、行きましょう!敵はもう目の前よ。ガガーラン、ティア・ティナ!私とイビルアイで遠距離攻撃を行うから、近づく敵は全て排除して」


「こっちもです、ケイラ、ファン!あなた達はウンケイとポワポンをカバーしてください。二人の魔法詠唱を邪魔させないように」


「はいよ、リーダー」


「了解ね」


 ダガーを装備し、丸刈りの頭が印象的な忍装束の男ケイラ・ノ・セーデシュテーンと、腰に2本のバトルアックスをぶら下げた、真っ赤な毛並みを持つ猿のような姿の亜人ファン・ロン・グーが、ウンケイとポワポンと呼ばれる上半身が裸の男の前に出る。


「行くわよ!」


 10人は陣形を整えたまま一気に敵の隊列へと接近した。巨大な化物は隊列の中央を歩いており、まだ距離がある。50ユニットまで接近した所で、亜人軍団のゴブリンとオーガがこちらに気付き、10人に向けて一斉に襲い掛かってきた。ガガーランがすかさずウォーハンマーを振り上げ、ティア・ティナも短剣を構えて飛び掛かる。


巨人の拳フィストオブザジャイアント!!」


黒蛇の刺殺ブラックチェイサーズ・デス


踊る刃ダンシング・ブレード


 ガガーランの放った武技で亜人5体がまとめて吹き飛び、ティア・ティナの武技は確実に急所を突き、喉笛を切り裂いて静かにオーガ2体の息の根を止めた。続いて銀糸鳥のケイラとファンが武器を構え、それぞれゴブリンとオーガに接近するが、ケイラの姿が突然瞬時に掻き消えてしまう。そしてファンがオーガに切りかかると全く同時に、ケイラはゴブリンの背後に姿を現した。


「スキル・背後からの致命撃バックスタブ・レベルⅠ」


海賊の激怒ノースマンズ・フューリー


 ケイラの刺突がゴブリンの首筋に突き刺さると、その首が事も無げに吹き飛ぶ。そしてファンの武技は、両手に装備した2本のバトルアックスを高速回転させ、オーガの胴体をズタズタに引き裂いた。


 半円形上に陣形を成し、魔法詠唱者マジックキャスターを守るように取り囲んで亜人の隊列に突撃し、遂に目標とする距離まで辿り着いた。イビルアイが咄嗟に声を上げる。


「よし!ラキュース、フレイヴァルツ、もういい! ここがギリギリ魔法射程圏内の120ユニットだ。これ以上は絶対に踏み込むな!」


「分かったわ!」


「了解した」


「ウンケイ、それにポワポンとやら、準備はいいか?!」


「問題ない」


「いつでもどうぞ」


「私とラキュースは右の化物を狙う。お前達は左だ!」


 彼らが目の前にしたもの。それは全長60メートルを超え、四つん這いで歩行し、クリーム色の肌にのっぺりとした顔が不気味な巨人と、それよりも遥かに大きい全長100メートルは超える、紫色の体に巨大な羽を生やした有翼の蛇だった。イビルアイとラキュースはクリーム色の巨人に、ウンケイとポワポンは有翼の蛇にそれぞれ武技と魔法を発動した。


魔法最強化マキシマイズマジック水晶騎士槍クリスタルランス!」


暗黒刃超弩級衝撃波ダークブレードメガインパクト!!」


魔法最強化マキシマイズマジック精神の叫びサイキックシャウト


魔法最強化マキシマイズマジック蛭の吸血リーチ・オブ・ブラッド


 一瞬眩い光が発生し、巨人と蛇の2体に魔法が命中すると、化物たちは動きを止めた。


「...やったか?」


 皆が息を飲む中見守ると、2体のモンスターは隊列を離れ、北へと転進して10人のいる方向へ突進してきた。その刹那、2体は強烈な広範囲ブレス攻撃を吐きかけてきた。銀糸鳥と蒼の薔薇のチームは咄嗟に左右へと分かれ、辛うじてその攻撃を躱す。そして全員が脱兎の如く北へと逃げ出した。走りつつ必死の形相を浮かべながら、フレイヴァルツが叫ぶように声を張り上げる。


「ほ、ほら!私の言った通りでしょう?!こんな化物相手にしてたら、いくつ命があっても足りません!!」


 ラキュースも全力で走りながら返事を返した。


「そんな愚痴は後にしてください!今は北へ逃げる事が先決です!!」


「...チッ、仕方ありませんね...取って置きだったんですが」


 フレイヴァルツは走りながらリュートを演奏し、魔法を唱えた。


俊足の祈りプレーヤーオブヘイスト!」


 唱え終わった瞬間、10人全員の移動速度が倍以上の速さに跳ね上がった。しかも体力消費は平時と全く変わらない。後ろを見ると、2体のモンスターから見る見る距離が開いていく。驚いた蒼の薔薇の面々がフレイヴァルツに顔を向ける。


「あなた達感謝してくださいよ、これで無事に逃げ切れるってものです!」


「こんないい魔法があるなら、もっと早くに使ってください!」


「今まで仲間にしか使った事のない私達の秘密ってやつですよ!」


「ヘッ、まあいいじゃねえかラキュース!こりゃ楽ちんだ。このまま逃げちまおうぜ」


 そこでイビルアイが冷静に後ろを振り返り、モンスターとの距離を測った。


「おいお前ら待て!あまり距離が離れすぎると、モンスターのヘイトが逸れて誘導できなくなるぞ!」


「そうだったわね。みなさんここで一旦止まりましょう!」


 そして10人は走るのを止め、全員で背後を振り返った。優に200ユニットは距離が開いたにも関わらず、2体の巨大なモンスターは変わらず追う事を止めようとしていない様子だった。それを見てフレイヴァルツは顔をしかめる。


「何というしつこさだ!このままじゃ地の果てまででも追いかけてきますよ」


「しかしこれはこちらに取って好都合です。イフィオン都市長に連絡を入れますので、みなさんしばらくお待ちください」


 そう言うとラキュースは右耳に手を当てた。


伝言メッセージ。イフィオン都市長、ご無事ですか?』


『ラキュースか!ああ、何とか敵を押し返している。そちらの様子はどうだ?』


『東のモンスター2体の陽動に成功しました。現在更に北へ向かっている最中です』


『そうか!よくやってくれた。次の指示を与える。そのままモンスター2体を引っ張り、北から攻めてくる化物1体も同じように陽動し、まとめて北東へ誘導してほしいんだ、頼めるか?』


『了解しました、やってみます』


『よろしく頼む、こちらの事は任せてくれ。以上だ』


 伝言メッセージを切り終わると、それを聞いていたフレイヴァルツがあからさまな嫌悪感を顔に出した。


「...ラキュース、あなたまさかまだやる気じゃないでしょうね?」


「やりましょう。あなたの移動速度アップの魔法があれば、陽動は容易いはずです」


「ここからも見えるでしょう?! あいつが一番ヤバそうですよ、分かっるんですか?!」


「しかしあれを止めなければ、フェリシア城塞はどの道破壊されてしまいます」


「3匹連れて、北東の最果てまで延々逃げろって事ですか?」


「はい、そのつもりです」


 ラキュースはとびきりの笑顔で答えた。それを見てフレイヴァルツは唖然とする。そして銀糸鳥の面々に顔を向けた。


「ケイラ、ファン、ウンケイ、ポワポン。あなた達はどう思います?」


「...カルサナスは俺達のホームだ。依頼を受けた以上やるしかあるまい」


「俺はどっちでもいいね。でも帝国には帰りたくないし、やった方がいいね」


「乗り掛かった舟だ、フレイヴァルツ。拙僧はやるべきだと思う」


「私が嫌だと言っても多数決で決まりなのでは?」


「マジですかあなた達....」


 非常に残念そうな顔を彼らに向けると、フレイヴァルツは再度蒼の薔薇達の顔を見た。ラキュース以下、皆期待の眼差しでフレイヴァルツを見返している。それを見て首をガックリと項垂れ、深い溜め息をついて頭を掻いた。


「はー...分かった、分かりましたよ!!やればいいんでしょやれば!」


「良かった!早速向かいましょう」


 改めて後ろを振り返ったイビルアイが、目測で2体のモンスターとの距離を測る。


「急いだほうがいい、背後の敵まで150ユニット。もうすぐ射程に入る」


「はいはい、それじゃ行きますよ! 俊足の祈りプレーヤーオブヘイスト!」


 半ば投げやりにリュートを弾いて呪文を唱えると、2チームは北西に向かって再び走り出した。移動速度が60%もアップしているとあり、正面300ユニット先の目標がどんどん迫ってくる。そしてカルバラームの街を破壊した隊列の前まで来ると、最初と同じく邪魔なゴブリンやオーガ達を排除していった。そして一同は、北東からやってきたその化物を見上げる。


 ”神”。その姿は化物と呼ぶにはあまりにも神々しかった。直立した身長は70メートルを超えており、東から来た2体と異なり完全な人型となっている。髪型はウルフパーマのようにカールした金髪で、胴体には左肩から伸びる真っ赤な袈裟を羽織っている。左手には茶色表紙の巨大な書物を胸の前に掲げ、右手には鋸の様に禍々しい大剣・ソードブレイカーが握られていた。そして顔立ちは凛々しい東欧風で全身の肌は白蝋のように青白く、目には瞳孔が一切ない三白眼だ。その姿はまるで、生きたダビデ像を見ているかのようだった。


 当然ラキュースやフレイヴァルツ、イビルアイにそのような連想は出来なかったが、その場に居た10人はただひたすらに圧倒されていた。(これに攻撃を仕掛けてはいけない。)全員が肌でそう直感していた。しかしこれを陽動しなければフェリシア城塞は破壊されてしまう。ラキュースは意を決し、イビルアイとウンケイ・ポワポンの顔を見渡した。


「...いい?やるわよ。イビルアイ、距離は?」


「...問題ない、射程ギリギリの120ユニットだ」


「攻撃を始めましょう。それと同時に即、北東へ撤退よ。いい?フレイヴァルツ」


「...冗談じゃない、当たり前でしょう。この化物の前じゃ私たちは蟻んこ同然です」


 そしてラキュース・イビルアイ・ウンケイ・ポワポンは腰を落とし、一斉に攻撃を開始した。


浮遊する剣群フローティングソーズ!!」


魔法最強化マキシマイズマジック結晶散弾シャードバックショット!!」


魔法最強化マキシマイズマジック秩序の無視イグノア・ジ・オールド・オーダー!」


魔法最強化マキシマイズマジック荒廃ブライト!!」


 物理・魔力系・精神系・毒素系の武技と魔法がぶつかり合い、人型の顔面に向かって放たれ大爆発を起こした。それと同時にフレイヴァルツは俊足の祈りプレーヤーオブヘイストを唱える。全員の神経が逆立ちその一挙手一投足を見守っていたが、やがて化物の面前に残る煙が腫れると、その歩く足を止めた。


(来るか?)


 全員が腰を落とし身構えると、その化物は顔だけを下方にいるラキュース達に向ける。


そして.....まさかの事態が起こった。



魔法四重クアドロフォニック最強位階マキシマイズブーステッド上昇化マジック殺害衝動キリング・インパルス



 その”神”が魔法を詠唱した途端、激しく光る10個の太陽が後光の如く体の周囲に生み出された。その太陽はすぐに動きだし、120ユニットの範囲内にいる10人に向かって自動追尾を始め、一斉に襲い掛かる。移動速度が強化された10人はそれを見て、反射的に魔法の射程圏外へと飛び出した。


 刹那の瞬間。フレイヴァルツの魔法がなければ退避は不可能だった。誰もがそう思い、120ユニットの境目から追尾を止めた10個の太陽を凝視していた。皆が絶句する中、その太陽は目の前で光を失い消滅する。そして何事も無かったかのように正面を向き、”神”は南に向かって再び悠然と歩き出した。地面にへたり込んで座るフレイヴァルツはそれを見て震えながら、必死に声を絞り出した。


「...だ、だから....だから!! 言ったじゃないですか、あいつはヤバいって...」


 ラキュースとイビルアイは立ち上がり、その後姿を見た。


挑発タウント...されない?何故こちらを追ってこないの?」


「...今ならまだ間に合う」


 イビルアイは駆け出すと、再度背後から魔法の射程圏内に入った。フレイヴァルツは慌てて立ち上がり、それを止めに入る。


「バカ!!やめ───────」


魔法最強抵抗難度強化ペネトレートマキシマイズマジック水晶騎士槍クリスタルランス!!」


 イビルアイの右手から鋭利かつ巨大な水晶が放たれ、”神”の後頭部に直撃した。イビルアイは即座に魔法射程外に出るが、”神”はそれを無視してこちらを見ようともせず、真っ直ぐに南進し続ける。全員がそれを見て固まった。まるでこの世の終わりを見るかのように。イビルアイは俯き、かすれ声で呟く。


「だめだ...もはや...打つ手は....ない」


 チーム一の魔法詠唱者マジックキャスターから出たその言葉を聞いて、銀糸鳥も蒼の薔薇も絶望のどん底に叩き落された。そしてその状態に耐え切れなくなった脳から、自己救済のための言葉が湧き上がる。(やれる事はやった。もう自分は一度死んだ身だ)と。


正に風前の灯火である。───ただ一人を除いて。


「...いいえ、まだよ!」


 ラキュースは一人我に帰り、イビルアイの左肩を掴んだ。


「まだ連合軍も住民達も、都市長だってみんな生きてる!彼らを無事に生還させる事が私達の仕事よ、そうでしょうイビルアイ?」


「では...一体どうしろと?」


「まずは前線で戦っているイフィオン都市長に、現状を説明するため連絡を取るわ。そして一刻も早く避難を呼びかけるの。あんな化物、連合軍全兵士でかかっても敵いっこない。ここにいる銀糸鳥と蒼の薔薇、全員の力が必要なのよ。フレイヴァルツ、あなたも手を貸して。いいわね?」


 フレイヴァルツは目を瞬かせ、一つ大きく深呼吸して冷静さを取り戻し、返答した。


「え、ええ分かりました。それで、具体的にはどうするつもりです?」


「少し待って」


 ラキュースは右耳に手を添えて南の方角を向いた。


伝言メッセージ。イフィオン都市長』


『ラキュース、どうした?こちらは優勢に回っているぞ』


『現在の戦力差を教えてください』


『我が連合軍は五万五千、亜人軍は六万といったところだな』


『...北の化物の誘導に失敗しました。今すぐに兵士達をフェリシア城塞へと撤退させ、地下通路からレン・ヘカート神殿へと避難を開始してください』


『何だと?東から来た化物2体はどうなった?』


『それは私達アダマンタイト級冒険者チームで北東へと誘導します。とにかく今すぐに撤退を!』


『落ち着け、北の化物はこちらからも見えている。何があったのか状況を説明しろ』


『...あの化物は、”神”の如き力を振るいます。連合軍が束になっても勝てる相手ではありません。このまま行けば、フェリシア城塞は間違いなく陥落するでしょう。北の化物は今も尚南下中です、もうすぐ連合軍の射程圏内に入ります。そうなれば全滅は必至です。その前に一刻も早く、フェリシア城塞内へ兵士達を収容してください!』


『...分かった。アダマンタイト級であるお前達が”神”と言うからには、相当な力を秘めているのだろう。しかし撤退戦にも時間がかかる。恐らくその間にあの化物はこちらへ到着してしまうと予想される』


『私達も背後から東の化物が接近している為、時間がありません。とにかく北の化物の射程120ユニット以内には、絶対に入らないでください。そして今すぐに戦いを放棄し、城塞内からレン・ヘカート神殿に撤退を!』


『こちらでも努力する。お前達はくれぐれも無茶はするな。北東へ化物2体を引き付けた後は、すぐにこちらへ合流しろ。いいな?』


『了解しました』


 伝言メッセージを切ると、背後に立つイビルアイが声をかけてきた。


「ラキュース、背後の敵2体まで約170ユニット。急いだほうがいい」


「分かった、私達も退避しましょう。フレイヴァルツ、お願いします」


「OK、俊足の祈りプレーヤーオブヘイスト!」


 10人は北東へ向けて駆け出した。それに合わせて有翼の蛇と四つん這いの巨人も転進し、後を追ってくる。距離200ユニットを保ちながら移動速度を調節し、10人は2匹の化物を確実に北東へと引き寄せていた。そうして3時間近く走り続けると、地平線の先に煙を上げる都市の影と、その先に広がる一面の海が見えてきた。亜人軍に破壊された湾岸都市・カルバラームである。それを見たラキュースは語気を強め、皆を励ますように顔を向ける。


「カルバラームが見えたわ!大陸の最北端まであと一息よ、みんながんばりましょう!」


 アダマンタイト級冒険者と言えども走り続けたせいで疲労し、全員息が上がっていた。それでも走り続ける彼らの胸に宿るのは、冒険者として依頼を達成するというプライドと使命感だった。ラキュースを先頭にして走る一団は、カルバラーム方面へ向けて突き進む。


 そこでふと後ろを振り返ったウンケイが、全員に向かって叫んだ。


「おい、皆止まれ!様子がおかしいぞ、あれを見ろ」


 全員が一旦停止し、背後から追ってくる化物2体を見た。そして10人は我が目を疑う光景を目にした。気付かぬうちに距離が250ユニットほどに開き、その先にいる東の化物が動きを止めていたのだ。こちらを凝視しているのみで、追ってくる気配を見せない。


 ラキュース達は固唾を飲みその様子を伺っていたが、あろうことかその2体はグルリと反転し、元来た道へと引き返していった。フレイヴァルツがそれを見て地団駄を踏む。


「バカな!!折角ここまで来たのに...何故追ってこない?!」


「あの方角...まずい、戻るぞ!!」


 イビルアイの一声で、10人は2体の化物に向かい突進していった。そして距離が120ユニットまで近づくと、ラキュース及び魔法詠唱者マジックキャスターの3人は敵の背後から戦闘態勢に入った。イビルアイは全員に指示する。


「いいか、手順はさっきと同じだ。もう一度攻撃を加えて敵の注意を引き付けるぞ、いいなウンケイ、ポワポン!」


「承知!」


「了解です」


「ラキュース行くぞ!魔法最強抵抗難度強化ペネトレートマキシマイズマジック水晶の短剣クリスタルダガー!!」


暗黒刃超弩級衝撃波ダークブレードメガインパクト!!」


魔法最強化マキシマイズマジック精神の殴打マインド・ストライク!!」


魔法最強化マキシマイズマジック毒蛇の矢ナーガルズ・ダート!!」


 4人の武技と魔法が交差し、敵2体の背後にそれぞれ命中したが、小動もしなかった。それどころか北の化物と同じく、こちらの攻撃を無視して南西方向へと歩みを止めなかった。


「こいつらも挑発タウントできないわ!」


「くそ!危険だが正面に回り込むぞ、ラキュース援護を頼む!」


「ちょっ...無茶はしないでください!!」


 フレイヴァルツが止めるのも聞かず、イビルアイとラキュースの二人はダッシュして2体の正面に立ち、行く手を遮った。しかしその瞬間、有翼の蛇と四つん這いの巨人は同時に反応し、二人へ首を向けて広範囲に渡る毒と火炎属性ブレスを吐きかけてきた。射程120ユニットを超えたその攻撃に成す術もなく、二人は咄嗟に左右へ散ってブレスを躱す。そしてそれが終わると、2体の化物は再び前進を開始した。ラキュースの目から光が失われる。


「...こちらを認識しているにも関わらず、全く挑発タウントされずに追ってこない...」


「ラキュース無駄だ、こいつらは止められない。これ以上はこちらが危険だ。しかしフェリシア城塞からは大分引き離した。この2体の化物が戦線に到着するまで、どのくらい持つと思う?」


「そうね、この移動速度だと...持って約半日と言ったところかしら」


 そこへ後を追ってきた8人が合流する。フレイヴァルツが息を荒げて二人に走り寄ってきた。


「だ、大丈夫ですかお二人共?」


「ええ、大丈夫よ。それよりも私達はどうするべきか考えましょう。何故かは分からないけど、あの2体の化物はもう私達の攻撃を受け付けず、これ以上北東へ引き寄せる事は不可能になった。フレイヴァルツ、あなたの判断を聞きたいの」


「判断と言われましても...まずはイフィオン都市長に連絡では?」


「...いいえ、そんな事をしていたら手遅れになるわ。私の考えはこうよ。今すぐイビルアイの転移門ゲートを使用してフェリシア城塞に戻り、私達で亜人軍を押さえている間に連合軍を撤退させる。そして住民たちを北のレン・ヘカート神殿から東へと脱出させるのよ。もうそれしか方法がない」


「戻るって...フェリシア城塞にはあの北の化物が接近してるんですよ?!」


「分かっているわ、だからこそ早くしないと手遅れになるのよ。あの化物たちの恐さは、誰よりも私達が一番よく分かってる。...残念だけど、もう逃げるしか手は残されていない」


「...逃げて、その後はどうします?カルサナスはどうなるんですか?」


「...分からない。今の私達の力だけじゃ、分からない。それはカベリア都市長に判断を委ねましょう。とにかく今はカルサナスの住民達を、一時でも長く生き延びさせなければ。今後万が一あの化物に対抗する策が出てきても、人がいなければ国の再興も成り立たないわ。そうでしょう?」


「言いたい事は分かりました。ですが、私は自分達が生き残る事だけを最優先して考えている。自己犠牲の精神などこれっぽっちもありません。それも分かってて言ってるんでしょうね?」


「もちろんよ、私達も生き残るわ。その為にも今は戦わなくては」


「...全く、とんでもない依頼を受けてしまいました。今更ながらに後悔してます。今の話聞いてましたね?あなた達もそれでいいですか?」


 フレイヴァルツの後ろに立っていたケイラ・ファン・ウンケイ・ポワポンはそれを受けて、小さく頷いた。


「ここまでやったんだ、最後まで付き合うさ」


「てかこれ、もう何かの運命ね」


「...そうだな。お主の判断があったからこそ、拙僧もここまで生き延びられた」


「我ら銀糸鳥を受け入れてくれたカルサナスに、恩返しといきますか」


「...どいつもこいつもバカばっかりですね。そういう訳ですラキュース、作戦はよろしく」


「ありがとう、銀糸鳥のみなさん。イビルアイ、私達が最初に待機していたポイントまで飛びましょう」


「了解した。転移門ゲート


 蒼の薔薇と銀糸鳥は意を決し、暗黒の穴を潜った。



───フェリシア城塞南東 19:51 PM


魔法最強効果範囲拡大マキシマイズワイデンマジック植物の絡みつきトワインプラント!!」


 既に日も落ち、辺りには夕闇が差し迫っている中、撤退戦は苛烈を極めていた。前線に立つゴブリンとオーガ達の足元から広範囲に渡り一斉に蔦が伸び、足元に絡みついて動きを封じた。それを見計らいイフィオンが全兵士に向かって叫ぶ。


「今だ、一気に下がれ!!後衛の兵から順次撤退だ、右翼・左翼、広がりすぎるな!!固まって移動するんだ!」


  未だ士気の衰えない亜人軍を前に、連合軍は撤退しあぐねていた。敵と相対したまま前線部隊がジリジリと後方に下がっていく。背を見せれば敵の圧に押されて、一気に押し込まれるのは目に見えていたからだ。門の開かれたフェリシア城塞に敵軍を侵入させる訳にも行かず、思うように退けない状況下にあった。騎乗して必死に指揮を執るイフィオンの背後から、女性の呼び声がかかった。


「イフィオン都市長!」


「ラキュース?!それにお前達、戻ってきたのか。東の化物はどうなった?」


「それどころではありません、2体の化物も現在こちらへ向かっています!私達も加勢しますので、早急に兵を下がらせてください!」


 混乱する中、周囲を見たフレイヴァルツの顔が青ざめていく。


「...まだこんなに残っていたのか、何をもたもたしているんです!化物はもう目の前じゃないですか!!」


 前線の敵軍を挟み、北の化物まで距離170ユニット。一歩一歩ゆっくりと近寄ってくるその異様な巨体を前にして、前線に立つ兵士たちの目にも恐怖の色が浮かび上がっていた。そして一刻も早くその場から逃れる為、死に物狂いで正面の亜人と戦い続ける。


 ラキュースは魔剣キリネイラムを構え、皆に指示を飛ばした。


「全員中央に固まって!ガガーラン、ファンは私と一緒に前衛をお願い。魔法詠唱者マジックキャスターは後方から火力支援よ。ティア・ティナ・ケイラは魔法詠唱者マジックキャスターの直衛に、フレイヴァルツは補助魔法をかけて。合図と同時に突入する、いいわね?」


『了解!』


「3・2・1・Go!」


 全員が弾けるように敵の前線へ突進する。そしてフレイヴァルツがリュートを弾いたと同時に攻撃が開始された。


強奪する英雄の忠告ラグナーズ・レード・オブ・レンディング!」


霜巨人の悪意ヨツンズ・スパイト!!」


詐欺師の手ハンド・バイター!!」


暗黒刃超弩級衝撃波ダークブレードメガインパクト!!」


「不動金剛盾の術!!」


「爆炎陣!!」


「スキル・地雷原マイン・フィールド!!」


魔法最強化マキシマイズマジック結晶散弾シャードバックショット!!」


魔法最強化マキシマイズマジック精神の叫びサイキック・シャウト!!」


魔法最強化マキシマイズマジック蛭の吸血リーチ・オブ・ブラッド!!」


 その瞬間大爆発が起き、半径70ユニットに渡り亜人達100体ほどが吹き飛んだ。前線にぽっかりと穴が開き、亜人達が怯んだ隙にラキュースは後方に向かって叫んだ。


「今です、イフィオン都市長!!ここは私達が食い止めます!!」


「分かった、撤退!!全軍撤退だ、急げ!!」


 イフィオンが剣を振り上げると、前線にいた兵士たちが南西に向かって駆け出した。するとまるでそれに反応するかのように、接近していた北の化物の歩調が突然早まり、一気に連合軍に向けて間を詰めてきたのである。それにいち早く反応したのは、フレイヴァルツだった。


「来た!!来ました、逃げますよラキュース!!俊足の祈りプレーヤーオブヘイスト!!」


「距離130ユニット!まずい、このままでは追いつかれる!」


「私達も撤退よ、急いで!!」


 10人は脱兎の如く全速力で駆け出した。そしてあっという間に前線の兵士たちに追いつき、後方で立ち止まり殿を務めていたイフィオンに向かってフレイヴァルツとラキュースが叫んだ。


「イフィオン都市長何してるんです!!早く逃げてください!!」


「もう間に合わない、南東へ!!」


「分かった!」


 イフィオンは馬に鞭を入れ、兵達が逃げる方角とは逆の南東に向かい走り出す。ラキュース達も並走するが、北の化物はそれについていかず、より人数の多い南西へと進路を取った。前線の兵士の一部が120ユニットの射程に入ると、手にしたソードブレイカーを兵士たちに向けて、無表情だった口がゆっくりと開いていく。そして──────地の底を這うような低い声で、魔法を詠唱し始めた。


魔法四重クアドロフォニック最強位階マキシマイズブーステッド上昇化マジック反逆者の処罰サンクション・オブ・フェアレーター



 するとソードブレイカーの先端に巨大な青白い光が集束し、爆風と共に極太のレーザー光が発射された。その不可避かつ巨大な光は前線の兵士達を薙ぎ払い、目も眩むほどの閃光と共に大爆発を起こす。閃光と衝撃波を浴びた兵士達は悲鳴を上げる暇もなく蒸発し、その300ユニットに渡る高熱を帯びた爆風は、化物の足元にいた亜人軍たちまでも巻き添えにして、瞬時に5000体ほどを消し炭と化した。爆心地には巨大なクレーターが穿たれ、たった一撃の魔法で、連合軍の前線部隊2万人が消滅してしまった。


 南東に逃れていたイフィオンとラキュース達は、その凄惨たる光景を見て戦慄し、震える体を押さえようと必死だった。茫然自失となっていたイフィオンがやっとの事で口を開く。


「な...何だ今の魔法は?見た事も聞いたことも...一体何が起きて...」


 見つめていた先、爆風から逃れた三万五千人の兵士たちが狂気の悲鳴を上げ、一斉に逃げ出した。


「ひぃぃいいい!!!」


「退却、退却ーー!!」


「うわぁああああああ!!!またこっちに来るぞー!!」


「砦の中へ急げーー!!」


「助けてくれぇええええ!!!」


 その極度に混乱した状況を見て、イフィオンは我に帰った。そして未だ動けずにいるラキュース達10人に向かい、目を覚まさせるように叫ぶ。


「ラキュース、ラキュース!!私達も急いで城塞の南門に向かうぞ!!兵士達の撤退を支援してくれ!!」


「わ、わかりました!フレイヴァルツ、お願い!」


「言われなくても分かってます!俊足の祈りプレーヤーオブヘイスト!!」


 そして皆は一目散にフェリシア城塞の南門へと走った。あらぬ方向に逃げ出している兵士たちを引き止め、城門に向けて声を張り上げ必死に誘導する。南西から近づく北の化物との距離を測りつつ、全ての兵士たちが城塞内に退却した事を確認すると、イフィオンとラキュース達も城門に飛び込み、固く門を閉ざした。中庭から東を見ると。高さ50メートルはある城壁から頭一つ抜きんでた巨大な北の化物が、壁越しにこちらを凝視していた。そして手にしたソードブレイカーを振り上げると、城壁の上に強烈な一撃を叩き込んできた。二重に取り囲まれた城壁を破壊し、内部に侵入するつもりでいるようだった。それを見たイフィオンは、中庭に残る兵士達に向かって声を張り上げる。


「ここはもう持たない!全軍砦の中へ退避だ、急げ!!地下通路からレン・ヘカート神殿へ脱出する!!」


 戦々恐々としながらも、兵士達は憔悴しきった体を押して続々と砦の中に入っていった。それを見届けたイフィオンは馬から降りると、ラキュース達に向き直る。


「私は砦の上にいる3人の都市長達を連れてくる。お前達は先に地下へと向かえ」


「分かりました。入口でお待ちしております」


 イフィオンは砦の階段を駆け上っていった。ラキュース達は砦の最奥部にある地下への階段を下りていく。地下深くまで続く道のりは非常に長く、かれこれ20分は下り続けただろうか。そうしてやっと地面に足が付き、10人は地下通路の入口へと辿り着いた。


 高さ10メートル・幅50メートルほどの広い石造りの地下道で、壁の左右には永続光コンティニュアルライトが一定間隔で設置されており、暗い通路の足元を照らしている。真っ直ぐ北へと伸びた直線通路で、道の先を見ると避難している兵士の最後尾が見えた。


 そこで待つ事30分、階段の上から降りてくる人影が複数こちらへ向かってきた。光の当たる距離まで来ると、その者達の顔が確認できる。先頭にイフィオンが立ち、そのすぐ後ろにカベリア・パルール・メフィアーゾの3都市長が続き、最後尾には護衛の兵士7人がついている。彼らが地面に降り立つと、カベリアがラキュース達に歩み寄ってきた。


「みなさん、状況はイフィオン都市長よりお伺いしました。あなた達が東の化物2体を引き付けてくれなければ、戦況は更に悪化していた事でしょう。北よりやってきたあの巨大な化物が城壁を破壊する前に、私達も移動します。レン・ヘカート神殿には既にカルサナスの住民たちが到着していますので、向こうへ着いたらあなた達アダマンタイト級冒険者には、引き続き都市長と住民たちの護衛をお願いしたいのです」


「分かりました。この地下通路への扉は閉めてきましたでしょうか?」


「ええ。亜人達が侵入できないようしっかり施錠してきましたので、問題ありません」


「そうですか。では早速向かいましょう」


 話し終えて一同は地下通路を進み始めたが、ラキュースは気になっていた。一見気丈に振舞っているが、カベリアの目はどこか虚ろで、以前のような覇気がなくなっており、顔色も悪い。あの北の化物が放った一撃の魔法で、大量の戦死者を出してしまった事を悔やんでいるのだろうかとも連想したが、もしそうだとしても無理のない話だとラキュースは思った。年齢も20代前半と若いこの都市長代表には、あまりにも荷が重すぎる戦いだったのかもしれない。4つの都市全てを破壊され、兵力の半数を失い、最後の砦であるフェリシア城塞も陥落寸前となった今でも、よく正気を保ち職務を放棄せずに食らいついている。ラキュースの中で彼女に対する評価が一段階上がった瞬間だった。


 避難する兵士たちの後を追いつつ、途中休息を挟みながら二日の道のりをかけて、一同はレン・ヘカート神殿最下部・地下7階の大広間へと到着した。フェリシア城塞の中庭と同程度の面積を持つ地下大空間の中で、住民たちはテントを張り火を焚いて、逞しく生活していた。その中に一歩足を踏み入れると、その姿を見た住民たちからどよめきが上がった。


「カベリア都市長!」


「おお...カベリア都市長、ご無事で」


「都市長の皆様、お待ちしていましたぞ」


 大勢の住民たちが4人の都市長達の回りを囲み、皆が笑顔でそれを出迎えてくれた。カベリアは住民たちの元気な姿を見て感極まり、その美しいグリーンの瞳に思わず涙が溢れる。そして彼らに一礼し、皆の目を見ながら一言一言噛み締めるように話した。


「みなさん、日々の生活ご心配をおかけして申し訳ありません。そして命を賭して戦ってくれた兵士達に感謝します。...しかし残念ながら力及ばず、フェリシア城塞も今や陥落寸前です。おめおめと撤退せざるを得なかった私達を、どうかお許しください」


「何言ってんだい!あんたはよく戦ったよカベリアちゃん!」


「そうだぜ、都市長が逃がしてくれなかったら今頃俺達はどうなっていたことか」


「わしらが今こうして生きているのは、全てあなた達のおかげですぞカベリア都市長」


「...ありがとうございます」


 カベリアは涙を拭うと目をつぶり、大きく深呼吸して再度皆を見渡した。


「ですがみなさん、もう少しの辛抱です!ここから外へ出られる日もそう遠くはありません。私達都市長で再度計画を練り、カルサナスの住民たちを一人残らず無事に脱出させてみせます。その間ご不便をおかけしますが、どうか私達にご協力ください!」


『おおーー!!』


 住民たちは腕を振り上げてそれに答えた。そしてカベリアは彼らに指示を出していく。


「みなさん早速ですが、今到着した兵達の中にいる負傷者の治療をお願いします!それと彼らに配る温かい食事の用意も行ってください。よろしくお願いします!」


 それを受けて住民たちは散っていき、テキパキと準備に取りかかった。カベリア達は大広間の中央に作戦本部を構え、住民たちを護衛するため先に避難していた兵士を集めて、状況分析に取りかかった。真ん中に小さなテーブルを置き、その上に地図を乗せて皆が取り囲む。


「現在ある食料及び物資の備蓄は?」


「フェリシア城塞とベバードの備蓄をそれぞれ半数移動させましたので、約一ヵ月は持つかと」


「伝令、地上に置いた偵察者スカウトからの報告を」


「ハッ、先ほどの伝言メッセージによりますと、北の化物は東側城壁の一枚目を破壊し、内側にある2枚目の城壁破壊に着手しましたが、未だ亜人軍の侵入は確認されておりません。しかし後から合流した東の化物2体もそれぞれフェリシア城塞の北・南に配置し、平行して城壁の破壊を行っているとの事です」


「3匹がかりなのね。約二日で1枚の城壁を破壊したという事は、内側の城壁を破壊するのも二日後...そして万が一敵が地下道への入口を発見・扉を破壊したとして、このレン・ヘカート神殿まで辿り着くのに二日かかるから、4日しか時間が残されていない。これだけの人数を移動させるとなると、もはや一刻の猶予もないわね」


 イフィオンとパルール、メフィアーゾがそれを聞いて、カベリアの顔を覗き込んできた。


「やはり地下迷宮を辿り、住民を脱出させるしかないか」


「しかしのう...この大広間は別じゃが、上の階層は凶悪なモンスターの巣じゃぞ。かなり危険な賭けになるじゃろうな」


「そ、それじゃあよ、この前の作戦みたいにまた転移門ゲートを使って避難させるってのはどうだ?それなら安全だし確実だろ?」


 それを聞いてイフィオンは深い溜め息をつき、首を横に振った。


「...だめだな。このレン・ヘカート神殿内部は、広範囲に渡り転移禁止の封印が施されている。転移門ゲートの使用は不可能だ」


「それなら、フェリシア城塞まで戻って転移門ゲートを使えばどうだ?」


「バカかお前は。フェリシア城塞まで戻るのに二日、城壁が破壊されるのも二日後だぞ?敵が城塞内に侵入しているという混乱した状況下で、しかもあの狭い地下道の中からこの4都市の住民を避難させられると思っているのか?最悪住民まで皆殺しにされるぞ」


「だーもう!じゃあどうしろってんだよ?!」


「...メフィアーゾ都市長。転移門ゲートが使えるとして、一体どこへ逃げようというおつもりですか?」


 カベリアの口から出た突然の厳しい口調に、メフィアーゾは一瞬言葉を失った。


「そ、そりゃあおめえ、もう街も全部破壊されちまったしよ? 行く所と言ったら、南西のバハルス帝国に頼るしか...」


「あの国が、避難民である我々を受け入れると本気でお考えですか?それ以前に、帝国の国土では我々カルサナス4都市の住民を受け入れるだけの面積がありません。それこそ奴隷にされ、路頭に迷うのが落ちです」


「じゃあカベリアの嬢ちゃん。お前はもし無事に地上へ出られたら、その先の当てはあるのかよ?逃げたとして、その後どうするかという具体的なプランはあるのか、聞かせてもらおうじゃねえか」


「いいでしょう、私のプランはこうです。レン・ヘカート神殿の地上に出たら、まず真っ直ぐに東を目指します。その先にあるのはカルバラームですが、そこも通り越して更に北東...つまり大陸の最北端に、ここにいる住民全員で仮の街を建設します。その為の資材は破壊されたカルバラームから調達し、順次要塞化・拡大していく。そして亜人軍と3匹の化物の動向を偵察者スカウトに探らせながら街の建設を急ぎ、それと同時に世界各地へ街の代表を派遣し、あのモンスターを倒せる力を持った国と交渉する。例えばそう、南方にある八欲王の空中都市エリュエンティウや、こことは反対の最北西にある、アーグランド評議国といった国々です。彼らはそれぞれ、強力な軍隊を持っていると聞いています。そして無事3匹の化物が退治された暁には、我々も各都市に戻り街の復興を目指す。これが私の考えるカルサナスの再建計画です」


「...嬢ちゃん知らねえのか?そのエリュエンティウもアーグランド評議国も、アインズ・ウール・ゴウン魔導国と同盟を組んだって噂だぜ。だったらいっそ、より近いエ・ランテルにでも行って魔導国に直接頼む方が手っ取り早いんじゃねえか?」


 それを聞いたカベリアの目が血走り、メフィアーゾを睨みつけるように見据えた。


「いいですか、私達は都市国家連合です!得体の知れない国と国交を持つ事で、将来的にカルサナスが彼らに蹂躙される事になっても良いというのですか? 4都市の住民たちを守る為にも、我々は自立していかねばならない。エリュエンティウとアーグランドならば、事情を話せばきっと理解してもらえるはずです。私はそう信じます」


「わ、分かったよ!分かったからそう怒るない。熱くなっても始まらねえだろ?」


 それを黙って聞いていたイフィオンが、顎に手を添えながらカベリアに目を向けた。


「...ふむ、アーグランド評議国か。それなら私に少々コネがある。この脱出がうまく行ったら、私がアーグランドに出向いても構わないが」


「本当ですか?ええ、その時はご足労をおかけしますが、是非よろしくお願いします」


 パルールは持っていた戦棍メイスで地面を(コンコン)と軽く小突くと、3人の都市長を見上げた。


「さて、時間も差し迫っておる。そろそろ現実的な話をしようかの?」


「分かりましたパルール都市長、申し訳ありません。ハーロン、冒険者組合から雇った冒険者は現在何人いる?」


 カベリアは背後に立つ全身鎧フルプレートの男に声をかけた。


「ハッ!アダマンタイト級冒険者のみなさんと合わせて、40名が任務についております」


「十分ね。ハーロン、その中からレン・ヘカート神殿に詳しい冒険者を探してきて」


「あー、それだったら私が分かりますよカベリア都市長」


 一歩前に出てきたのは、フレイヴァルツだった。


「丁度いいわ、この神殿の特徴について教えて」


「そうですね、まあ知っての通りこの神殿は7層構造です。何故かこの大広間だけ敵は現れませんが、地下1階はザコかと。しかし下に進むにつれてモンスターの強さもどんどん強くなっていく。つまりこの頭上にある地下6階が、私達でも苦労するほどの最もヤバい地帯です。そこの突破にはかなりの危険を伴います。それに各階層は入り組んだ広大な迷路になっているので、一つの階層から上に上がるのにも相当時間がかかる。幸いなことにトラップ系統の仕掛けはないから、モンスターさえどうにか出来れば先に進むことは問題ありません」


「私達全員が避難すると想定して、地上までどのくらいの時間を要すると思う?」


「この人数だ、半端じゃない。私達アダマンタイト級10人と、他の冒険者が先陣を切ってモンスター共を掃討していったとしても、急いで最低三日はかかると見ておいた方がいいでしょう」


「三日...ギリギリね。まず住民たちを先に逃がしたいの。その後に兵士三万五千人が続き、万が一背後から奇襲された時に備えて殿を務めてもらう。そして住民と兵士が地上に揃い次第、一斉に東へ移動を開始。カルバラームの先だから、おおよそ五日の道程ね」


「やるなら今から準備させておいたほうがいい。間に合わなくなる可能性があります」


「そうね。では決行は明日明朝としましょう。イフィオン都市長、パルール都市長、メフィアーゾ都市長、それでよろしいでしょうか?」


「ああ、問題ない」


「正念場じゃな」


「先が思いやられるぜ」


「ではみなさん食事を摂り、明日まで体をゆっくり休めておいてください。ハーロン、各指揮官に伝達。明日明朝出発する旨を、兵及び各地区の住民達に伝えるように」


「了解しました」


「では一旦解散という事で」


 一同がそれぞれ散っていくと、カベリアは住民の様子を伺う為テントの並ぶ方角へと足を向けた。住民達は皆、兵士に配る戦闘糧食を作る為動き回っている。また負傷者も一か所に集められ、神殿専属の神官クレリックが総出で治療に当たっていた。場内が慌ただしい中、それを眺めながらしばらく歩いていると、遠くから微かに子供の泣く声が響いてきた。


 カベリアは心配になり、声を頼りにその方角へと向かう。すると50メートルほど先に、人が激しく行きかう中立ち尽くす小さな子供の影が見えた。年齢は5才ほどだろうか。カベリアはその子を保護するために歩み寄ったが、ふと少女の背後から何者かが近づき、子供と視線を合わせる為その場にしゃがみ込むと、頭に手を乗せて優しく撫で始めた。カベリアはそこで足を止める。


「うぇええええーーん!おかあさんどこーーー?!」


「ホッホッ、おおよしよしお嬢ちゃん、泣かんでもよい。迷子にでもなったのか?」


「ヒグっ...う、うん。お母さんとはぐれちゃったの」


「そうかそうか。このわしも一緒に探してやるからな、心配せんでもええ。どれ、少しお嬢ちゃんの頭の中を覗かせてもらうぞ?」


 その老人は少女の頭に手を乗せたまま目をつぶると、カベリアが聞いたことも無い謎の魔法を詠唱した。


記憶操作コントロール・アムネジア


 すると少女の頭部がボウッと一瞬光り、老人はゆっくりと目を開けて少女の頭を撫でた。


「なるほどのう、お嬢ちゃんの母君の顔は分かった。時にお嬢ちゃんや、その首にかけたペンダントはマジックアイテムじゃな?誰からもらったのじゃ?」


「えっと、お母さんがお守りにって、私にくれたの」


「丁度良い。済まないが、それをわしに少し貸してくれるかの?」


「うん、いいよ」


 少女は首からペンダントを外すと、老人の左手に手渡した。そして老人は右手で手刀を作りそのペンダントに添えると、再度魔法を詠唱する。


発見探知ディテクト・ロケート


 すると左手に乗せられたペンダントが青い光に包まれ、すぐにその光は消滅した。そしてその光景を不思議そうに見つめていた少女の首にペンダントをかけなおすと、笑顔で少女の頭を撫でる。


「うむ、母君の居場所が分かったぞ。どれお嬢ちゃん、そこまで連れて行ってやろう」


 白髪で中背の老人は少女を軽々と抱きかかえ、スッと立ち上がった。そして南の方向へと歩き始める。カベリアは不審に思い、距離を置いてその後をつけていった。


 老人の着るゆったりとしたローブの襟袖に掴まった少女が、首を傾げて問いかける。


「おじいちゃん、魔法使いなの?」


「そうとも、恐い恐ーい魔法使いじゃ」


「アハハ、嘘だー?おじいちゃん全然恐くないもん」


「ホッホッホッ、そうかね? ならば良いのじゃ。母君のいる所までもうすぐじゃぞ」


 やがて老人と少女は、フェリシア城塞に続く地下通路付近に辿り着いた。すると入口の右脇に建てられたテントの傍で、方々に声を張り上げる30代ほどの女性の姿が目に入る。


「ルーナ!ルーナ、どこにいるの?!返事して!」


 それを見て少女は目を輝かせる。


「あ、いた!おかあさんだ!」


「ホッホッ、良かったのう」


 老人はそのまま女性の前まで歩くと、抱きかかえていた少女をそっと地面に降ろした。少女は母親の膝元に抱き着く。


「おかあさん!」


「ルーナ?!ああ、良かった...だめじゃない遠くに行っちゃ!」


「ごめんなさい。このおじいちゃんが、おかあさんを探してくれたんだよ!」


 そう言うと少女は、背後に立つ老人を指さした。母親の女性はその威厳のある白髪の老人と目を合わせ、深く頭を下げた。


「とにかく無事で良かったわ。...あの、どなたかは存じませんが、娘を連れてきていただきありがとうございます」


「何、構わんて。それよりも今この大広間場内は混乱しておるでな。子供から目を離さんよう十分に気を付けるのじゃぞ?」


「はい、申し訳ありません。それであの、お礼と言っては何ですが、よろしければこちらのテントで一緒にお食事でもいかがですか? たった今、兵士に配る温かいシチューが出来たところなんです」


「それはありがたい。是非いただくとしよう」


 そして老人は焚き火の横に座り、ルーナと呼ばれる少女と共に食事を摂り始めた。後ろからそれを眺めていたカベリアはその老人に歩み寄り、ある種異様とも取れるその老人の姿形を確認した。


 長く伸ばした白髪と白髭を蓄え、体には細かな装飾が施された白いローブを身に纏い、首には赤く光る数珠のように大ぶりなネックレスを装備している。両手の指全てにはマジックリングと思われる指輪をはめており、ただ者ではない雰囲気を醸し出していた。スプーンでシチューを美味しそうに口に運ぶ老人の横に立ち、カベリアはその顔を覗き込む。


「あの、もし?ご老人」


「...ん? おお、これはカベリア都市長。お初にお目にかかります。此度の撤退戦、実に見事な手際でしたな。感心しましたぞ」


 老人は皿を地面に置くとカベリアに向き直り、深くお辞儀した。


「いえ、滅相もございません。ここらでは見かけないお顔でしたもので、先ほどから拝見させていただいておりました。失礼ですが、あなたは都市国家連合の住民なのでしょうか?」


「何、物見遊山で参ったしがない旅人の魔法詠唱者マジックキャスターです。たまたまこの国に居合わせ、あの亜人共の戦に巻き込まれてしまいましてな。一緒に避難させていただいた次第ですじゃ」


「そうでしたか。このような災難に巻き込んでしまい、都市長代表として申し訳なく思います。よろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「名乗る程の名でもないが、わしの名はエリプシスという者じゃ。どうぞお見知りおきを」


「こちらこそよろしくお願いします。エリプシス様、明日には地上に向けて全住民の脱出を開始しますので、その為の準備を怠らないようお願い致します」


「了解した、肝に銘じておこう」


 座ったままの老人に軽く会釈すると、背後から女性の声がかかった


「カベリアちゃん!こんなところで何してるんだい?」


 振り返ると、そこには腰に手を当てた40代半ばの恰幅の良い女性が笑顔で立っていた。


「マリーニさん。いえ、住民達の様子を見て回っていました」


「そうかい。あんたも疲れただろう?美味しいシチューとお肉が焼けてるよ。こっち来て一緒に食べていきな!」


「ええ?でもそんな...」


「遠慮する事ないさ!いざって時に都市長代表のあんたが腹ペコじゃ、お話にならないだろう?ほら、いいから私達のテントに来な!」


「ありがとうございます。ではご一緒させていただきます」


 カベリアは兵士達と一緒に食事を済ませ、大広間中央の作戦本部に戻った。そこで待っていた近衛兵のハーロンが敬礼して出迎える。


「カベリア都市長、休息のためのテントをご用意してあります。そちらでお休みになられてはいかがでしょうか?」


「ありがとうハーロン。そうね、少し休ませてもらうわ」


「ではこちらに」


 彼の後ろを歩き、作戦本部から西側に建てられた一際大きいテントの中に案内された。壁際にはランタンが釣り下げられており、テント内を淡く照らし出している。地面には麻の布団が二つ並べられており、奥の布団には既に一人の女性が寝息を立て、枕に頭を乗せて静かに横たわっていた。イフィオン・オルレンディオ。さもすればカベリアよりも若く見えるその美しい半森妖精ハーフエルフの横顔を眺めながら、彼女を起こさないようそっと布団に潜り込み、横になった。


 カベリアは天井を見ながら目をつぶったが、フェリシア城塞の砦内から遠隔視の鏡ミラーオブリモートビューイングで見た光景がフラッシュバックし、再度目を開けた。全軍の先頭に立ち、勇ましく指揮を続けたイフィオンと、敵軍を前に次々と倒れていく兵士たち。それを思い返し、妙な不安に駆られてカベリアは体を右に向けた。


 (この人がいなければ、今頃カルサナスの住民は...)そう心の中で唱え、眠るイフィオンの横顔をしばらく見つめ続けていたが、唐突にその口が開いた。


「...眠れないのか?」


 イフィオンは薄っすらと目を開き、左で横になるカベリアに体を向けた。そしてその顔はゆっくりと微笑に変わり、優しい視線を投げかける。全てを見抜くような青い瞳に射抜かれ、カベリアは目を瞬かせる。


「ご、ごめんなさいイフィオン都市長。起こしてしまいましたね」


「無理もない、あの激戦の後だからな。私も生きているのが不思議なくらいだ。お前もろくに睡眠を取っていないのだろう?明日も早い、今のうちに寝ておけ」


「いえ、イフィオン都市長に比べれば私など大した事はありません。それよりも...」


「何だ?」


「...民たちは無事ですが、その代わり沢山の兵の命を失ってしまいました。私の作戦は正しかったのでしょうか?」


「...あの大軍勢と化物を相手に、兵達はよく戦った。それにフェリシア城塞へ兵を集結させていなければ、ここまで長く持ちこたえる事はできなかっただろう。お前の判断は正しかった。案ずるな」


「そう言っていただけると、救われます」


「さあ、もう寝ろ。それとも子守歌でも歌って欲しいか?」


「いえ、大丈夫です。お休みなさいイフィオン都市長」


「おやすみカベリア...」


 二人は深い眠りに落ちた。そしてそこから6時間が経過した深夜3時、何者かに強く肩を揺さぶられてカベリアは目を覚ました。顔を上げると、目の前に全身鎧フルプレートを装備した兵士が片膝を付いている。


「お休み中の所申し訳ありませんカベリア都市長、緊急事態です」


「ハーロン?一体どうしたの?」


「南のフェリシア城塞で攻撃を仕掛けていた化物1体が、突如北へと転進しました」


「...何ですって?!」


 カベリアが飛び起きてふと横を見ると、イフィオンは立ち上がり厳しい顔つきでその話を聞いていた。ハーロンが急かすように言葉を継ぐ。


「とにかくお二人共、すぐに作戦本部へ!アダマンタイト級冒険者の方々も揃っています」


「分かったわ。行きましょうイフィオン都市長!」


 三人はテントを出ると、駆け足で大広間の中央へと向かった。そして後からパルール・メフィアーゾも血相を変えて駆けつけると、4人はテーブルを囲み会議に入った。


「ハーロン、詳しい状況を教えて」


「ハッ!たった今地上の偵察者スカウトから入った情報です。手にした大剣でフェリシア城塞を攻撃していた北の化物ですが、突如強力な魔法を使用して一気に城壁を破壊し、その穴を通り亜人軍がフェリシア城塞内へ侵入。その後北の化物が攻撃を止め、移動すると同時に亜人軍は部隊を二分して北へと向かっています」


「分かれた部隊の数は?」


「フェリシア城塞内に二万、北へ向かう亜人軍が二万五千です」


「北って...つまりここへ向かってるってのか?!どうやって俺達がここにいるって気付いたんだよ!」


 メフィアーゾは慌てるあまり声が上ずっていたが、ハーロンは首を横に振るばかりだった。


「分かりません。とにかくこのまま敵が北へ進めば、間違いなくレン・ヘカート神殿へ到達するとの報告です」


 パルールは地図を睨み、ボソッと呟くように言った。


「...まずいな、このままでは北と南から挟み撃ちじゃぞ」


 イフィオンが地図上に置かれた敵軍の駒を北へと動かした。


「敵軍が地上からこのレン・ヘカート神殿に到達するまで約二日。我々が今すぐ地上への脱出を開始しても最低三日はかかる。そうだな?フレイヴァルツ」


「ええ、間違いありません」


「...地上へ出た瞬間、待ち受けている亜人軍と北の化物からの総攻撃を受ける事になるな。それ以前に亜人達がレン・ヘカート神殿内部へ侵攻してくる事も考えられる」


「最悪、フェリシア城塞側の地下道入口が破壊されて、南からも侵入を許すことになるかもしれんのう」


 それを聞いて、メフィアーゾの顔から血の気が失せていく。


「おい、それってつまり......もう後がねえって事か?」


「ああそうだ。少なくとも全員無傷で北東へ逃げるという作戦は、これで使えなくなった」


 その場にいた全員が沈黙した。もはや何も考えられないというほどに。周囲にいた兵士たちは俯き、全身から悲壮感を漂わせている。都市長達でさえも。かくなる上は一つしかない。そんな分かり切った答えを誰しもが口にしたくないと黙っていたが、カベリアが沈黙を破り質問した。


「...イフィオン都市長、残された手段はありますか?」


「こうなれば総力戦だ。レン・ヘカート神殿からの脱出は時間がかかる上、地上には最も手ごわい北の化物が待ち構えている。となればフェリシア城塞からの一点突破だ。地下通路を伝って南に戻り、住民たちにも武器を持たせた全兵力で戦うしかない。無論フェリシア城塞には兵力二万と東の化物2体がいる以上、こちらも無傷では済まないだろう。兵はおろか住民たちにも多大な被害が出ると予想される。しかし、カルサナスが僅かでも生き残れるチャンスがあるとすれば、それしかない」


「ちょっと待て総力戦って、俺も戦うのかよ?!」


「当然だメフィアーゾ、お前も元戦士だろうが。バーバリアンの名が泣くぞ」


「マジか...こんな事なら、もっと重装備にしておけばよかったぜ...」


「遂に進退窮まったのう。住民たちには心苦しく思うが...」


 皆が厳しい表情でお互いの顔を見合わせたが、それを見て悔しそうに拳を握り無表情だったのは、カベリアだった。テーブルの上に手を置き、腹から振り絞るように声を出した。


「......みなさんお待ちください。住民に被害が出るのは、私には耐えられません」


「ではどうする?犠牲者を出さずに突破するのは、もはや不可能な段階にまで来たんだぞ」


「...この手だけは使いたくありませんでした。私に考えがあります。少し...時間をください」


 そう言うとカベリアは、震える手をゆっくりと右耳に添えて深呼吸し、目をつぶった。




───バハルス帝国 帝都アーウィンタール 帝城内 執務室 3:45 AM



「斥候からの報告は以上です、陛下」


「都市を放棄するとは、あの女なかなか思い切った策に出たな。しかし最後の砦であったフェリシア城塞も今や陥落。亜人軍は何故か部隊を二分し、化物と共に北のレン・ヘカート神殿へと向かっている。ニンブル、お前はかつて神殿の調査を行った事があったな。どう思う?」


「あの神殿の最下層には、大広間と呼ばれる広大な空間が広がっています。恐らく隠された地下か何かを利用し、フェリシア城塞から残った兵士と住民をそこに撤退させたのではないでしょうか。しかし巨大なモンスターと亜人軍はその動きを察知し、部隊を二分させて逃げ場を無くす作戦に出たものと思われます」


「袋の鼠というわけか。連合軍が地上へ脱出する可能性は?」


「ないでしょう。時間がかかりすぎる上に、あの危険な迷宮の中を全兵士と住民に歩かせるんです。万が一地上へ脱出できたとしても、そこには亜人軍と化物が待ち構えている。狙い撃ちにされて全滅という事も十分ありえます」


「となると南だな。敵が部隊を二分した今、攻め込むには絶好のチャンスだが...パジウッド、我が帝国の兵力は八万、フェリシア城塞を占拠する亜人と化物が約二万だ。やれそうか?」


「連合軍だけで敵をあそこまで削れたんだ。それにわが軍は皆専業兵士。デケえ化物2体は手に負えませんが、亜人達だけならやれると思いますぜ」


「よほど優秀な指揮官が連合軍にはいるのだろうな。一度顔を拝んでみたいものだ」


「全くです。ところで陛下、国境付近に待機させてある軍の編成について───」


「待て!」


 その時、突然脳裏に糸が一本繋がるような感覚が走った。ジルクニフが右耳に手を添えると、その動きに気付いた四騎士も同じようにして、伝言メッセージを共有する。



──────────────────


『ベバード都市長・カベリアです』


『これはこれはカベリア都市長、連絡をお待ちしていました。貴国の状況は伺っていますよ。我が帝国としても誠に憂慮すべき事態と受け止めております』


『...全て...見ていたと言うの?』


『もちろんです。隣国に降りかかった火の粉が、いつ我が帝国を襲うとも限りませんからね。あの強力な亜人軍を前に、今日までよく持ちこたえたと感心していたところです』


『......ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス..........』


『どうしましたカベリア都市長。声が震えていますよ?』


『..........お願い、助けて!!!』



──────────────────



(来たか...)


 その魂を削る絶叫を聞いてジルクニフがソファーから立ち上がると、一緒に聞いていたバジウッド・ニンブル・レイナースも腰を上げる。そして伝言メッセージの向こうにいるカベリアに返答した。


『分かった。お前達は今レン・ヘカート神殿にいるんだな?』


『...地下7階、大広間よ』


『すぐに行く、待っていろ。そこから動くんじゃない』


 ジルクニフは伝言メッセージを切ると、向かいに立つ3人に指示した。


「バジウッド、ニンブル、レイナース!直ちに国境付近に控える兵力と合流し、部隊を北東に向けて進軍させよ!私も出る!」


 それを聞いてバジウッドがニヤけながらジルクニフに質問する。


「陛下、マジでやる気ですかい?」


「あの女が恥も外聞もかなぐり捨てて、私に助けを乞うてきたのだ。今ここでそれに答えなければ、宗主国である魔導国はおろか、我がバハルス帝国の名折れというもの。但し、当然我が帝国の兵力だけでどうにかなるとは考えていない。ロウネ、至急デミウルゴス宰相に連絡し、魔導国に救援を要請。彼らの力が必要だ!」


「了解しました」


 ジルクニフと四騎士達は、慌ただしく執務室を後にした。




───エ・ランテル東 貴賓館4階 応接間 4:05 AM




「───と、いう訳です。潜入させたシャドウデーモンからの報告によれば、レン・ヘカート神殿の最下層で窮地に陥っているカルサナスの代表者が、帝国に救援を要請。その申し出を受け、帝国軍は即座に北東へ向けて進軍を開始。それと平行して、我ら魔導国にも援軍を求めてきております。アインズ様、いかがいたしましょう?」


 デミウルゴスは長机の中央に置かれた大きな地図を指さしながら、淡々と皆に説明した。上座にはアインズを頂き、左列にはアルベド・コキュートス・シャルティア・マーレ・アウラ・ルベド・セバスが座り、右列にはルカ・ノアトゥン・フォールス・ネイヴィア・ミキ・ライル・イグニス・ユーゴが陣取る。アインズは右に座るルカに顔を向けた。


「ルカ、確認するがその代表者というのは、ベバード都市長のカベリアという女性で間違いないな?」


「報告を受けた限りでは、恐らくね。容姿が一致しているし」


「デミウルゴス、敵の種別は?」


「レッドキャップとオーガの上位種族・土精霊大鬼プリ・ウンの混成部隊が約四万五千。但しこの部隊は現在二分されており、南に二万、北に二万五千です。それとは別に判別不能の超大型モンスターが3体存在します。南に2体、北に1体です」


「ほう? 当初九万いた亜人の群れをそこまで削るとは、人間と亜人の連合が上位種族相手になかなかやるではないか。連合軍を指揮していた者の名は分かるか?」


「申し訳ありません、そこまでは。ただ、強力な魔法を使用して敵を攪乱していたとの事です」


「ふむ、その者とは後程会ってみるとしよう。問題は3体の超大型モンスターだな。ルカ、種別は分かるか?」 


「羽を生やした蛇と巨人2体って情報だけじゃ、何ともね。実際に見てみないと」


「そうか。アルベド、出兵の準備は整っているか?」


「滞りなく。アインズ様のご指示通り、死の騎士デス・ナイト一万、ナザリックマスターガーダー四万の、総勢五万体を揃えております」


「よろしい。デミウルゴス、例の件は?」


「ハッ、ベバードの避難直前に紛れ込ませてあります」


 それを聞いて、ルカは首を傾げた。


「誰を紛れ込ませたの?」


「何、くだらない実験だよ。さて、こちらの準備は整った。皆知っての通り、カルサナス都市国家連合は協定外の国だ。この事に関し階層守護者達皆の意見を聞きたい。まずはコキュートス」


「属国トハイエ同盟国デアル帝国カラノ救援要請。コレヲ受ケテ諸国に魔導国ノ力ヲ見セツケル良イ機会カト」


「シャルティア」


「人間どもがいくら死のうと興味はありんせんが、その超大型モンスターというのが気にかかるでありんす。今後邪魔になる可能性も出てきますし、早めに駆除しておいたほうがよろしいかと存じんすぇ」


「マーレ」


「え、えと、あの、その、アーグランド評議国とエリュエンティウのみなさんも心配しているようですし、僕も殺しておく事に賛成です...」


「アウラ」


「魔導国の領地が増える事になるかも知れないし、あたしは援軍を出すのに賛成ですよ!」


「ルベド」


「...私は...戦って...みたいです...アインズ様」


「セバス」


「国家の民を救うとなれば、その恩恵は計り知れないはず。周辺諸国の魔導国に対する風評も高まるかと邪推します」


「デミウルゴス」


「アインズ様の覇業を押し進めるまたとない機会。大義名分もできましたし、これを逃す手はないかと具申致します」


「最後になったが、アルベド」


「...払いきれない貸しを作る。そしてアインズ様に絶対の忠誠を誓わせるまたとないチャンスですわ」


「ふむ、お前達の考えは分かった。その意見を尊重し、帝国の救援に応える事としよう」


 階層守護者達は上座に笑顔を向けたが、アインズは右手を上げてそれを制止した。


「だがもう一点、お前達に伝えておかなければならない事がある。私とここにいるルカ達は今回、別の目的がありカルサナスへ出向こうと思っているのだ」


 左に座るアルベドはそれを聞いて、意外そうな表情でアインズを見た。


「別の目的...とおっしゃいますと?」


「実はな、このユグドラシルという世界でパケットの肥大化...と言ってもお前達には分からないだろうが、普通ではあり得ないほどの通信異常が発生している。そしてその原因となるのが、カルサナスに突如現れた大量の亜人と3匹の巨大モンスターにあるようなのだ。それを消し去れば異常は解消されると思われる。よって我が魔導国の優先順位としては、第一に敵性モンスターの殲滅、第二に帝国軍及びジルクニフの安全確保、第三にカルサナス住民の保護という形になる。事が全て終わった後にカルサナス都市国家連合をどうするかという判断については、相手の出方を伺いながら決める事にする。異存のあるものは立ってそれを示せ」


 デミウルゴスを筆頭に、席を立つものは誰一人としていなかった。


「アインズ様の深淵なるお考えに賛同致します。このデミウルゴス感服致しました!」


「う、うむ。ありがとうデミウルゴス」


(状況が状況だけに、本当は何も考えてないんだけどなー。結果的にサードワールドを手に入れる事になるんだし、まあそれが真の目的と言えなくもないんだけど。はー、とりあえずは現地に行ってみるしかないか) アインズは心中で本音を吐露した。


 ルカは右列の中央に座る者を見て、再度アインズに顔を向けた。


「ところでアインズ、フォールスも連れて行く気なの?」


「ああ、本人立っての希望だからな。それに居てくれた方が何かと心強い」


「そっか。分かった」


 アインズは席を立つと、腕を前に振り上げて皆に指示した。


「ではこれより出陣する!各員戦闘用装備への変更を怠るな。帝国への移動にはシャルティアの転移門ゲートを使用。全軍の指揮はアルベド、デミウルゴスに一任する。よいな?」


『ハッ!』


 そしてアインズと階層守護者、ルカ達は執務室を後にし、エ・ランテル城塞外に待機させてあるアンデッド軍五万の元へ向かっていった。



───────────────────────────────




■魔法解説



稲妻の召喚コール・ライトニング


森司祭ドルイドの使用できる雷撃系範囲攻撃魔法。着弾点の中心から周囲70ユニットに渡り強力な無数の雷撃を落とす。また被弾後5秒間の麻痺スタン付与効果も与える。魔法最強化・効果範囲拡大等により威力・範囲ともに上昇する。



毒の深手インフリクト・ポイズン


周囲50ユニットに渡り、1秒毎に毒によるDoT(Damage over Time=継続ダメージ)を与える。INT(知性)依存の為、術者のINTが高い程ダメージ量が増加し、魔法最強化等により効果範囲とダメージが変動する。効果時間は30秒間



精神の叫びサイキックシャウト


ウォーロックが使用できる精神攻撃系魔法。50ユニットに渡りダメージを与えるAoE(Area of Effect=範囲魔法)としての特性を持ち、精神系デバフと併用する事によりその威力は倍増する。また魔法を受けた直後より3秒間の麻痺(スタン)効果も併せ持ち、相手の使用する飛行(フライ)の魔法を打ち消し、地面に落下させる事ができる。魔法最強化等により効果範囲・威力が上昇する。



蛭の吸血リーチ・オブ・ブラッド


トーテムシャーマンが使用できるHPドレイン系魔法。50ユニットに渡り吸血するAoE(Area of Effect=範囲魔法)としての特性を持つ。単体の威力はさほどでもないが、耐性強化の手段が無く、敵の集団に放てば大量のHPを吸い取り、術者の体力を回復させる事ができる。魔法最強化等により効果範囲・威力が上昇する。



俊足の祈りプレーヤーオブヘイスト


吟遊詩人(バード)専用魔法。周囲50ユニット内にいる味方の移動速度を60%アップするバフ属性の魔法。効果時間は30秒だが、チャント(継続詠唱)の属性も併せ持つため、術者がある特定のメロディを歌い続けるか、楽器を演奏し続ける事でその効果は半永久的に持続する。尚移動速度が上昇しても、体力の消費は変わらない。



秩序の無視イグノア・ジ・オールド・オーダー


ウォーロックが使用できる精神攻撃系範囲魔法。魔力の消費が非常に激しい代わりに、その火力は精神攻撃系の中でも最強に属する。精神系デバフと併用する事によりその威力は倍増し、着弾地点から50ユニットの範囲内にいる対象者の精神を完全に破壊する。また魔法を受けた直後より5秒間の麻痺(スタン)効果も併せ持ち、相手の使用する飛行(フライ)の魔法を打ち消し、地面に落下させる事ができる。魔法最強化等により効果範囲・威力が上昇する。



荒廃ブライト


トーテムシャーマンが使える毒属性の単体DoT。INT(知性)依存によりその火力は左右されるが、強烈な毒ダメージが一秒毎に3分間の長きに渡り続き、対象者は回復に専念せざるを得ない。治癒せずに放置すれば即座に死に至る危険な魔法。魔法最強化等により威力が上昇する。



殺害衝動キリング・インパルス


世界級(ワールド)エネミー専用魔法。術者の120ユニット内にいる全ての敵を自動追尾し、即死に匹敵する強力な神聖属性ダメージを与える。この攻撃から逃れるためには、速やかに魔法効果範囲外へ退避するか、パッシブディフェンス・回避(ドッヂ)の確立に賭けるしか方法がない。但し魔法自体の追尾速度は比較的遅い事から、発動と同時に退避すれば回避(ドッヂ)を上げていない普通のプレイヤーでも避難が可能。魔法最強化等により威力が上昇する。



精神の殴打マインド・ストライク


ウォーロックが使用できる精神攻撃系単体魔法。その一撃の火力は精神の叫び(サイキックシャウト)を凌駕する。精神系デバフと併用する事によりその威力は倍増する。また魔法を受けた直後より3秒間の麻痺(スタン)効果も併せ持ち、相手の使用する飛行(フライ)の魔法を打ち消し、地面に落下させる事ができる。魔法最強化等により効果範囲・威力が上昇する。



毒蛇の矢ナーガルズ・ダート


トーテムシャーマン専用単体魔法。強力な毒素を含む魔法の矢を無数に飛ばし、敵に高火力の毒属性DoT(Damage over Time=継続ダメージ)を与える。INT(知性)依存によりその火力は左右され、効果時間は1分間。魔法最強化等により威力が上昇する。



反逆者の処罰サンクション・オブ・フェアレーター


世界級(ワールド)エネミー専用の神聖属性範囲攻撃魔法。前方の射角60度に渡り、強力かつ不可避な神聖属性のレーザー光で敵を薙ぎ払い、高熱の大爆発を起こして周囲にも損害を与える。但し射程は120ユニットに限られており、全方位攻撃ではないため、後方等に回り込めば回避する事も可能。魔法最強化等により威力が上昇する。




■武技解説



巨人の拳フィストオブザジャイアント


グレートハンマー専用武技。攻撃力を80%上昇させ、対象に深刻なスタミナダメージを与える必殺の一撃



黒蛇の刺殺ブラックチェイサーズ・デス


攻撃力を80%上昇させ、対象の攻撃速度を-50%まで引き下げる武技。効果時間は30秒



踊る刃ダンシング・ブレード


攻撃力を80%上昇させ、対象の命中率を-40%まで引き下げる武技。効果時間は30秒



海賊の激怒ノースマンズ・フューリー


片手斧専用連撃系武技。攻撃力を25%上昇させ、対象のディフェンスを-40%まで引き下げる。効果時間は15秒



霜巨人の悪意ヨツンズ・スパイト


グレートハンマー専用武技。攻撃力を100%上昇させ、対象の打撃耐性を40%下げる



詐欺師の手ハンド・バイター


片手斧専用連撃系武技。攻撃力を50%上昇させ、対象の物理攻撃力を-50%低下させる。効果時間は10秒




■スキル解説



地雷原マイン・フィールド


シカケニン・特殊工兵(コンバットエンジニア)が使える特殊スキル。前方50ユニットに渡り火炎属性の見えない罠を地面に敷設し、そこに触れた敵を爆破する。また術者の意思により好きなタイミングで一斉起爆させる事も可能。危機感知(デンジャーセンス)でのみ敷設箇所を見破る事が出来る。効果時間は10分間


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