第5話 鬼謀
水の都・エリュエンティウ。大陸南方の広大な砂漠にただ一つ残された緑のオアシス。面積は30平方キロメートルほどを占め、人口は軍属を除いておよそ5万5千人。少ないと思われるかも知れないが、外からの旅行者や冒険者達が絶えず往来し、街を活気づけていると共に庶民一人一人の経済も潤っていた。
街の全周には幅2キロ程の貯水池を兼ねた広大な堀が取り囲んでおり、そこを境に砂漠の熱波と乾燥から街を守るため、上空に浮かぶ城を頂点として、魔力による結界がエリュエンティウ全体をピラミッド状に覆っている。そのおかげで街中には、砂漠の中心とは思えぬほど緑が溢れ、住民たちも快適な気候の中でそれぞれの生活を営んでいた。
そして上空に浮かぶ巨大な空中城からは、絶えず街の中心に大量の水が注ぎこまれ、それを循環させるための上下水道もエリュエンティウ全体に行き渡り完備されていた。それに伴い地面は整地され、計画的に建てられたであろう近代的な建築物が整然と並び、その美しい街並みは水の都と呼ぶに相応しく、エ・ランテルやリ・エスティーゼ王国の城下町とは一線を画す壮麗な街並みだった。街とそれを治める空中都市が一つのシステムとして魔法と融合し、高度に機能する近代的かつ美しい街。それが八欲王の空中都市・エリュエンティウの真の姿だった。
「どうアインズ? エリュエンティウ初上陸の感想は」
「...何とも壮観だな。話には聞いていたが、想像を遥かに上回る規模の街だ」
「街自体は誰でも入れるからね。まあ少し入国審査が厳しいけど、ツアーもいるから問題ないし」
「そうだな、改めて礼を言うぞツアーよ。まさか竜王国だけでなく、貴国に連名で書状を書いてもらった上に、同行までしてもらえるとは思ってもみなかったものでな」
「何、構わないよアインズ。僕を通した方が単独で行くよりかはスムーズに会えるだろうからね」
「昔は敵同士だったのにか?」
「...僕達と戦った八欲王は既に滅び、都市を引き継いだ者達は代変わりしている。それに200年前この世界が滅びの危機に瀕した際、形はどうあれ彼らと十三英雄はこの世界の存亡をかけて共闘したんだ。確かにアーグランド評議国とこの国は今でも緊張状態にあるけど、いつまでも大昔の遺恨を引きずる程愚かでもないという訳さ」
「具体的にはどう共闘したのだ?」
「この街の都市守護者達から、君達の言う
「成程な。そのアイテムは返却したのか?」
「魔神との大戦が終結してから全てこの街に返したよ。僕達が持っていても力を持て余す品だからね。ただその内のいくつかは外部へ流出したという噂もあるけど、確証には至っていない」
「ふむ。ツアー達と同様、歴史のある街なのだなここは...」
アインズ・ルカ・ツアーの3人はエリュエンティウの広いメインストリートを歩きながら、白く輝く建造物を前に眩しい視線を街並みに送っていた。通行人を怖がらせないよう、アインズは念のため嫉妬マスクにガントレットを装着していたが、通りには大半の人間に混じり、ちらほらと亜人やヴァンパイアと思しき異形種の姿が散見された。ルカは試しに
「ルカよ、あの背に翼を持ち頭に角を生やした悪魔は何だ? どうやら幻術を使用して
「彼らはこの世界でも少数種族のネフィリムという魔族よ。非常に高い
「ほう、随分と詳しいな。彼らと何か関りがあるのか?」
「この街から東にある、前にガル・ガンチュアへの
「つまりは友好的な種族という事か。
「あの山脈にガル・ガンチュア由来のモンスターが出現したという情報も、彼らネフィリムからもたらされたものだったからね。かく言う私も人間じゃないけど、持ちつ持たれつという精神を彼らは持っているのよ」
「ふむ。是非とも我がナザリックに欲しい人材ではあるが....今は目の前の事に集中だな。ところでルカ、私達はどこに向かっているのだ?」
「この街で一番高級な宿屋よ。会談は明日だから、そこで少し情報収集していこう」
「了解した」
そうして街を見物しながら向かった先、周囲よりも一際大きい4階建ての建物にたどり着くと、3人はエリュエンティウ随一の高級宿屋 ”水晶の砂漠亭” の中へと入った。扉を抜けると一階は広い吹き抜けのビヤホールといった様相を呈しており、ズラリと並んだ円卓には冒険者や商人、貴族らしき者や亜人といった様々な顔ぶれが並び、客の喧騒と熱気に包まれていた。その様子を見てルカは顔をほころばせる。
「相変わらず盛況だなー。昔とちっとも変わってないや」
「ルカお前、以前ここへ来た時は極秘の偵察だったのではないか?」
「それは上に浮いてる城の話。下にあるこのエリュエンティウはまた別よ」
「そうか。にしても本当に盛況だな。まるで冒険者組合を見ているようだ。どこも満席のようだが....」
「カウンターに行こう。会いたい人もいるし」
一階ホールの脇を通り、最奥部にある横並びのバーカウンターへと3人は腰かけた。すると薄暗いカウンターの奥でグラスを磨いていたバーテンがそれに気づき、こちらへと近寄ってくる。
バーテン───そう呼ぶにはあまりにも巨大な仁王像のような男。身長は2メートルを超え、スキンヘッドの顏には雷のようなタトゥーを刻み、真っ白なワイシャツの上から黒いベストを着込んではいるが、その下にある異常に盛り上がった筋肉ではち切れんばかりに服が張り詰めている。その服装とバーカウンターという要素がなければ、どう見ても用心棒にしか見えないような鋭い目つきで3人を見下ろしてきた。
「いらっしゃい。ご注文は....」
「久しぶり、ファイザル」
そう言うとルカはかぶっていたフードを下げた。するとそのバーテンは手にしたグラスを割れんばかりの勢いで(ダン!)とカウンターに叩きつけた。
「.....って、お、おめえは...まさか...」
「あたしの顏忘れちゃった?」
ルカはバーテンに笑顔を向けた。するとバーテンの手がワナワナと震え、強面だった顔つきが驚愕の表情へと変わっていく。そして鋭かった目頭には涙が浮かび、突如カウンターを乗り越えてルカの両脇に手を伸ばし、ヒョイと体を軽く持ち上げるとカウンターを通り越して、自分の胸元に力強く抱き寄せた。
「嬢ちゃん!!...バッカヤロウお前、この数十年音沙汰も無しに何してやがった!!」
「うわっぷ!ちょっ、ファイザル!?」
「そうかそうか、生きてやがったか!!こいつはめでてぇ、本当にめでてぇや...」
そのバーテン・ファイザルは、ルカを抱きしめて頬ずりしながら笑顔で涙を流し続けた。その騒ぎを聞いて、円卓に座っていた客たちが一斉にバーカウンターへ目を向ける。
「ほらファイザル!みんな見てるからそろそろ降ろして!」
「グスッ...ああ悪い悪い、ついな。...っておい何見てやがる!!こいつはウチの常連だ、見せもんじゃねえぞ!!この店で飲みたきゃあっち向いてろバカ共が!!」
ルカを抱えたまま正面の客席に向かってファイザルが怒鳴り散らすと、客たちは渋々顔を背けてそれぞれの話題に散っていった。そしてルカの両脇を支えると、カウンターを通り越してそっと椅子の上にルカを乗せた。ファイザルはポケットのハンカチを取り出すと急いで涙を拭い、思い切り鼻をかむと改めてルカ達3人を見た。
「それにしてもよく帰って来やがったな嬢ちゃん。...って、よく見りゃ”白銀”の旦那も一緒じゃねえですかい! これまたえらくご無沙汰ですが、相変わらずお元気で?」
「僕の事を覚えてるなんて、すごい記憶力だねマスター。あれから随分経ったというのに」
「何言ってんですか、旦那は200年前の英雄ですぜ!覚えてねえほうがおかしいや。それにしても嬢ちゃん、白銀の旦那と嬢ちゃんが連れ立って顔出すなんて、一体こりゃどういうこった?」
「あーいや、実は今日はお忍びで来ていてね。この人にエリュエンティウを案内してあげてたのよ。紹介するよアインズ、彼はファイザル・カーン。この水晶の砂漠亭のオーナーで、エリュエンティウNo.1の情報屋だ。私もその昔は随分と世話になった。ファイザル、この人はアインズ・ウール・ゴウン。私達の友人で、私の望みを叶えてくれた恩人でもあるのよ」
一騒動を見ていたアインズは話しに着いていけずにポカンとしていたが、紹介されて慌てて返事を返した。
「そっ、そうかそういう繋がりだったのだな! よろしくなファイザル・カーン。私の事は気軽にアインズと呼んでほしい」
するとファイザルは何故か、アインズを見て真剣な表情になった。
「....そんな仮面とガントレットなんざ取っちまいなよ。ここじゃそんなもんは要らねえぜ、アンデッドの兄さん」
「なっ! ...何故分かった?」
「んなもん気配で分かりまさあ。それに後ろを御覧なさい。
「...そうだったのか、分かった。何せ初めてなものでな」
アインズは嫉妬マスクとガントレットを外し、中空に手を伸ばしてアイテムストレージに収め、ファイザルを見上げた。するとファイザルは納得したように大きく頷き、アインズに微笑み返した。
「いい面構えだ。兄さん、看破系の魔法は使えるかい?」
「ん? ああ、もちろん使えるが」
「そいつであっしを見てごらんなさい」
アインズは言われるがまま、
「...シェイプシフターの魔法です。これを使える
「ま、まあそうなのだが、さっきルカも言った通りお忍びで来ているのでな。他言無用に願うぞファイザルよ」
「...ルカ嬢ちゃんと兄さんとの間に何があったのかはあっしにも分からねえ。ただ一つ知れる事は、兄さんのおかげで嬢ちゃんは帰りたかった元の世界に帰れたという事くらいです。だから詳しくは聞かねえが、この街にいる時くらいは兄さんも羽伸ばしていいんですぜ。嬢ちゃんの恩人なんだ、ウチも精いっぱいのおもてなしをさせてもらいますんで。それとも王様と呼んだほうがよろしいですかい?」
「いやいやファイザルよ、好きなように呼ぶがいい。事情を知っているようだから言わせてもらうが、ルカが現実世界に帰れたのは何も私一人の力ではない。私の部下たちと総力を結集したからこそ成し得た事なのだからな」
「なるほど。兄さんはいい仲間に恵まれているってわけですね。まあ野暮ったい話はここら辺にしましょうや!せっかくこんな僻地まで来たんだ、3人共何か飲んでいかれますかい?」
「あたしはキンッキンに冷えたエール酒一つね」
「そうだな、カリカチュアかスターゲイザーは置いてあるか?」
「エーテル酒は一通り揃えてますぜ、どちらになさいます?」
「ではスターゲイザーをいただこう」
「白銀の旦那は何にしましょう?」
「僕はこの姿じゃ飲み食い出来ないんでね。遠慮しておくよ」
「かしこまりました。今お持ちしますんで少々お待ちを」
ファイザルはワイングラスを取り出し、その中に冷えた水を注いでツアーの前に置いた。次に泡立てないようサーバから丁寧にエール酒をジョッキに注ぐ。そしてアインズの目の前にカクテルグラスを置くと、背後の木製ラックからボトルを取り出し、その外見に似合わず繊細な動きで静かにエーテル酒を注いでいく。
(シュワー)と気化したスターゲイザーが周囲に心地よい香りを放ち、カクテルグラスから溢れんばかりに注がれたスターゲイザーと共に、音もなくルカの前にエール酒のジョッキを並べた。何とも高級感のある、熟練されたバーテン然とした動きと仕草だった。
「ありがとうファイザル。ごめんねツアー、私達だけ飲んじゃって」
「気にしないでいいよ。僕は気分だけでも味合わせてもらうから」
そう言うと3人はグラスを手に取り、前に掲げた。
「OK。それじゃファイザルとの久々の再会に!」
「エリュエンティウへの初上陸に!」
「僕とアインズ、初の共同作戦に!」
『乾杯!』
(キン!)と三人はグラスを中央でぶつけ、酒を仰いだ。
「かー!外は暑かったから、染み渡るようだね!」
「うむ、エリュエンティウまで来てスターゲイザーが飲めるというのは、何とも幸せなものだな。近々ドラウにも礼のついでにこれを返しに行かねばな」
アインズは首にかけられた白銀に輝くネックレスを手に取った。それを見てツアーは興味深げに覗き込む。
「それは
「彼女の身の安全を考えて、一度は断ったんだがな。どうしてもと譲らなかったので、仕方なく借り受ける事にしたのだよ」
「フフ、きっと彼女は僕とアインズが決裂し、戦闘になる事を心配していたんじゃないかな。万が一そうなっていたとしても、君自身の強大な力と合わせてそんなものを装備されていたんじゃ、端から僕に勝ち目などなかったさ。同じ竜王の血族なのに僕ではなくアインズを選んだというのも、君がそれだけの事をあの国で成し遂げたからなんだろうと思う」
(ふむ)と相槌を打ち、アインズはグラスを置いて左に座るツアーを見た。
「だがツアーよ。お前達は竜王の血を引く人間であるドラウディロン女王の事を、異端視していたのではないのか? 少なくとも女王はそう思っている。それに同じ血族というのなら、何故竜王国の危機に際し助けずに放置を続けていたのだ?」
一拍間を置き、ツアーはカウンターの奥を見据えながら返答した。
「それが人間との間に子を作った、
この国が滅ぶ時、人もまた滅びるだろうってね。今思い返せば、きっと僕達竜王に
僕達は何もあの国を無視していたわけじゃなく、
僕は
しかしそこへ君達魔導国が現れ、あの国に救いの手を差し伸べた。ドラウディロンの命を守ったどころか、そのどちらも滅ぼさずビーストマン共を転移させ、平和的解決に導いた。君達が竜王の血を守ってくれた事には、本当に感謝しているよ」
それを聞いて、アインズは深い溜め息をつき頷いた。
「それを聞いたら、ドラウディロン女王もさぞ安心するであろうな。私も竜王国の再建には力を貸しているが、可能であれば貴国も竜王国と手を取り合い、共に繁栄への礎を築いてくれるとうれしいのだがな」
「安心してくれアインズ、既に我が国から書状を携えた使いの者を送ってある。君がこうして動いている今、いつまでも過去に縛られている訳にもいかないからね。僕も力を貸すよ」
「よろしく頼むぞツアーよ。ところでルカ、ここへ来た件だが....」
アインズは右に座り話を聞いていたルカを見た。2人を見て何故か嬉しそうに微笑んでいる。その様子を見てアインズは首を傾げた。
「ん? どうした、私達の顏に何かついているか?」
「ううんそうじゃなくて、2人を会わせられて良かったなと思ってさ。OK、じゃあ始めようか。ファイザル、ここ最近エリュエンティウの情勢に何か変化はあった?」
「そうだな、上も下も別段これといった大きな動きはねえ。...誰かさんが35年前、上の城へ侵入し宝物庫を荒らして以来、城の守りが固くなったって事以外はな」
「へへ、それは言いっこなしだよファイザル。どんな小さな事でもいい、明日上へ行く事に備えて情報を更新しておきたいんだ。教えてもらえない?」
「んー強いて言うなら一ヵ月ほど前、この街の軍が招集されて上が慌ただしかった事があったな。何でも街から北西の外れに行ったエイヴァーシャー大森林手前の山岳地帯へ、調査名目で遠征に向かったらしいが、詳細は何も分からずじまいだ。だが噂によると、奴さん達相当ヤバい何かを見つけたらしい。その証拠に、都市守護者30人のうち5人が同行していたそうだからな」
「都市守護者って、この街の管理者達だよね? 彼らが直々に出向くとなると、この街に危険を及ぼす何かが見つかったのか、あるいは未発見の遺跡でも発掘されたのか...」
「さあな。ただこの件に関しては情報統制が強固に敷かれていて俺にも詳しくは伝わってこねえんだ。お前さん達、明日上の城に行くんだろう? なら直接聞いてみるといいさ」
「わかった。上に関して他には?」
「お前達に伝える事は別段これくらいのもんだな。この街は嬢ちゃんが思っている以上に守りが固いって事だよ」
「なるほど、心しておくよ。ありがとうファイザル」
「いいってことよ。それよりお三方、今晩の宿はお決まりですかい? 良ければ二部屋空いてやすが」
「3人泊まれるの?」
「ああ。片方が一人部屋だが、もう片方はツインだからな。どっちも広くていい部屋だぜ」
「うーん」とルカは一瞬迷ったが、並んで座る2人の顔色を見て返事を返した。
「今からエ・ランテルに帰るのも何だし、せっかくだから泊っていこうかアインズ? ツアーもアーグランドへ戻るには遠いし、そっちのほうがよくない?」
「僕はそれで構わないよ」
「んー、んん? し、しかし部屋割りはどうするのだルカよ?」
「何言ってるの、あたしとアインズが同じ部屋に泊ればいいでしょ? 一応護衛も兼ねてるんだから」
「ま、まあそれはそうなのだが」
「ツアーは一人部屋だけど、それでいい? ちゃんとあたしが周囲を警戒しておくから、何かあればすぐに飛び込むし」
「もちろんだよルカ。僕もこの体だからね、一人部屋のほうが何かと気楽だし、その方が逆に助かるかな」
「決まりだね。じゃあ部屋の手配お願いしていい?」
「承知しましたお客様。嬢ちゃん達の部屋は3階の角部屋、305号室だ。白銀の旦那はその隣の304号室をお使いください」
そう言うとファイザルはカウンターの上に2本の鍵を並べた。ルカ達3人はそれを受け取り、バーカウンター左にある階段を上って3階に着くと、304号室の扉を開けて部屋を見渡し、魔法を詠唱した。
「
探査系統のトラップを警戒しての事だったが、ルカの目には何も映らず杞憂に終わった。
「OKツアー、何かあれば
「ああ、ありがとうルカ。君も何かあれば連絡してくれ」
「うん、それじゃ後でね。行こうアインズ」
ルカとアインズは305号室に入り、同じく
「どーーーーん! んーフカフカ、いい部屋だねアインズ!」
はしゃぐルカを見てアインズは苦笑しつつ、二十五畳ほどある部屋の最奥部にある窓まで歩き、階下を覗いた。
「フフ、そうだな。大通りに面していて外の眺めもいいし、部屋もきれいで広い。さすがはエリュエンティウ一の宿屋というところか」
「昔はミキとライルを連れて、この宿によくお世話になっていたのよ」
「成程な。ここを起点に情報収集し、頃合いを見計らって空中都市に侵入した...と、そんなところか?」
「そうだね。だから城内部の構造は大体把握してるんだ。さっきファイザルはああ言ってたけど、警戒網には引っ掛からずに誰とも交戦したりはしてないから、まあ私が行っても大丈夫だとは思うけどね」
「そうか。
アインズはルカの隣のベッドに腰を下ろし、向かい合った。
「ここから150メートルほど離れた別の宿屋に泊まる手筈になってるよ。ユーゴとも明日の朝に合流する予定。ナザリックからは階層守護者全員とルベドも来るんだよね?」
「ああ。ツアーがいるとは言え、何が起こるか予測がつかんからな。念には念を入れて事に当たろうと思っている。ところで明日の合流地点なのだが、本当にエリュエンティウの北正門で良いのか? ツアーの話だと空中都市から使いの者が迎えに来るらしいが...」
「それについては心配しないで。私が過去に侵入した経路から行こう」
「フッ、面白そうだな。ではそちらはお前に任せる」
「うん。時間は...16時か。まだ早いし、少し休んだらこの街の武器屋でも覗いてみる?」
「そうだな、行ってみるか。お前も腹が減っただろう、俺は飲むだけだが帰りに食事でもしていこうか」
「いいね!それなら美味しい店を知ってるから、帰りに寄っていこう」
ルカはベッドから立ち上がるとフードを下げ、向かいに座るアインズの足に跨り、体重をかけてベッドに押し倒した。
「お、おいおいルカ、何を...」
「んふふー、こっちに来てからずっとこうしたくて我慢してたんだから、ご褒美ちょうだい?」
ルカは満面の笑みで馬乗りになり、アインズに体を密着させて抱き着いた。フローラルな香りがアインズの鼻孔を満たす。そしてアインズの上から体をどかし、横に添い寝してアインズのローブに足を絡めた。完全に惚けて固まってしまったアインズを見て、その腕枕に頭を乗せるルカは優しい笑みを送る。
「...何かこうしてると、旅行にでも来た気分になるね」
それを聞いてようやく我に帰ったアインズはルカの方に首を向けた。
「ル、ルカ...お前はこのようなアンデッドの体でもその、関係ない...のだな」
「当たり前でしょ、アインズはアインズよ。...でももちろん、現実世界の君とこうしていたいっていうのはあるけどね」
「...その、何というかだな。俺は女性とこうなるのは初めてなんだ...わ、わかるか?」
「わ、私だって、女になってからこうなるのは初めて...だよ?」
「そっ、そうか? その割には随分と積極的に見えるが....で、ではお互い初めて同士という事でその、いいのだな?」
「うん、その...今更かもしれないけど、迷惑じゃない?」
「バカを言うな。嫌いな相手にこんなことされたら、最大レベルの即死魔法を放っているところだ」
「フフ、君らしいね。...ありがと」
ルカの頬に涙が伝うのを見て、アインズは自分からルカを抱き寄せた。2人は目を閉じ、横になったまましばしの時間が過ぎる。
「アインズ...眠くなってきちゃった。こんなにしてたら店行けなくなっちゃうね。 私は別にこのままでも構わないけど...」
「そっ、そうだな!すまんすまん起きるか」
アインズは咄嗟にベッドから飛び起き、ローブの裾を叩いて服を正した。ルカもゆっくりと起き上がり、頬を赤らめてベッドから立ち上がるとアインズの腕に体を寄せた。
「で、では武器屋に向かうか!」
「そんなに緊張しないでアインズ、あたしまで緊張してきちゃう...」
「フー、そうだな。外の風に当たって少し頭を冷やそう」
「外じゃこんなことできないからね。アルベドにでも見られたら私が殺されちゃうよ」
「ハッハッハ、確かにな! では行こうか、ルカ」
2人は扉の外へと出た。ツアーに一言告げて水晶の砂漠亭を離れ、武器・防具屋やアクセサリーショップを回った。そこで鑑定をしながら2人で品定めをしつつ、楽しいひと時を過ごした。そしてエリュエンティウでも屈指の高級レストラン・ファブリツィオに着くころには、日もとっぷりと暮れていた。アインズとルカは窓際のテラス席へと案内され、大通りに並ぶ
「はー、美味しい。昼間は暑いのに、夜は少し肌寒いくらいだね」
「ああ、寒暖差が激しいのも砂漠特有の気候だろう」
「それにしても随分特化したというか、偏ったマジックアイテムが多くて面白かったよ」
「とは言え、店売りではあの程度が限界なのだろうな。ガル・ガンチュア産のアイテムに比べると見劣りしてしまうのは仕方のないところだろう。特に買うまでもないものばかりだったが、このエリュエンティウの特産品とも呼べるのは、ここらじゃあまり見ない刀系の武器だというのが分かっただけでも、一つ勉強になったよ」
「それ以外には、忍者系の装備も充実してたよね。きっと昔からそうした技術が伝わってきた結果なんじゃないかな。八欲王のギルドメンバーにそういった職業のプレイヤーがいたとかね」
「確かにな。交易品としてそうした特殊な武器やアクセサリー・伝統工芸品を我が魔導国で取り扱うのも、街の価値を上げるのに一役買うかも知れないな」
「エ・ランテルは大陸の中心だし、世界中から物が集まってくる都市というのを各国に周知できれば、上手く回っていくかもね。そう言えば、占領したビーストマンの国家はその後どうなってるの?」
「デミウルゴスに一任してあるが、開発は順調に進んでいる。デスナイトと
「いいね。要衝の領地を順当にゲット出来てるみたいだし、明日の会談がうまく行けば見えてくるんじゃない?」
「見えてくる?何の事だ?」
「何って、だから世界制覇。したいんでしょ?デミウルゴスから聞いたよ」
「いっ、いやあれはだな!そもそも冗談で言った俺の一言をデミウルゴスやアルベドが拡大解釈してだな....」
「へ?アインズの一存じゃなかったの?」
「まあ、今となっては目的の一つとなってはいるが...そもそも最初は本気ではなかったという事だ」
「それでここまで来ちゃったって、すごいねアインズ...フフ」
「...全くだ。ナザリックの皆には内心頭が下がりっぱなしだ。世界制覇がナザリックのモチベーションとなっている以上、俺がそれを崩す訳にもいかないしな。...っと、こんな話を周囲に聞かれてはまずいか」
「大丈夫だよ。ここに来てすぐに
「お前が一緒に居てくれて心強いぞ、ルカよ。改めて、よくぞ大使を引き受けてくれた。ありがとう」
アインズはカクテルグラスをテーブルの中心に掲げた。
「どういたしまして。こうなったら、行く所まで徹底的に行ってみよう。付き合うよ、アインズ」
ルカも笑顔でグラスを手に取り、アインズのグラスに軽くぶつけて乾杯した。横に置かれたカリカチュアのボトルをアインズのグラスに注いでいるところへ、ウェイターが銀色のトレイに乗せられた料理を運んできた。
「お待たせいたしました。
「来た来た、うまそー!」
喜ぶルカを他所にアインズはそれを聞いてギョッとし、ウェイターに質問した。
「さ、
「もちろんでございますお客様。ご存じかと思いますが、
「そうか。確かに香りは美味そうだが...理解した。説明してくれて感謝する」
ウェイターが一礼して下がると、ルカは早速ステーキにナイフを通して一口頬張った。
「んんーおいしー!この独特の風味がたまらないのよね。どちらかと言えば、食感は肉というよりもハムに近いかな?スパムみたいな」
「不思議なものだな。現実世界では少なからず腹が減るが、このダークウェブユグドラシルでは全く空腹感を覚えない。お前の食いっぷりを見ていると、俺まで腹が満たされるぞ」
「アインズの体は種族特性に合わせて、バイオロイド保存カプセルの中で調整されているからね。現実世界に戻れた今となっては、私も本当は飲まず食わずでいられるんだけど、その機能は敢えてオフにしてるのよ。一種の嗜好品みたいなものかな」
そう言うとルカはフォークでパスタを巻き取り、パクッと口の中に放り込んだ。
「向こうに帰ったら、俺も今度は肉料理でも食べてみるか」
「それなら私が作ってあげるよ。こう見えても料理にはうるさいのよ?」
「ほう、お前の手料理か。それは非常に楽しみだな」
「任せて、とびきりの肉料理を出してあげるから」
そうしてルカとアインズは食事を済ませ、2人で幅50メートル程ある帰り道の大通りを歩いていた。時刻は夜21:00を回っており人通りもまばらだったが、煌々と街灯が道を照らしており、警備兵らしき者も巡回しているおかげで街の治安は万全に保たれていた。
「あれは?...もしかして」
それに気づいた2人が光に向かって近づいていくと、
男───ルカは面識がある故にすぐ判別できたが、緩やかな風に銀色の長髪がなびき、立体和紙と街灯に照らされるその線の細い姿は、黙っていれば女性と見まごう程の、色気さえ漂わせる美しい顔立ちだった。ルカとアインズがテーブルの前に立つと、その口元には微笑が浮かび、ゆっくりとその切れ長の目を開けた。ルカは腰を屈めてその顔を覗き込む。
「こんばんは、ノア。まさかこんな僻地で会うとはね」
「...こんばんはお嬢さん。このエリュエンティウまで来ていたとは、奇遇ですね」
ノアトゥンは手にしたカードの束から一枚を引き、テーブルの中央に置いた。そのカード名は、(THE SUN)。続いてその直上に2枚目のカード(THE CHARIOT)が置かれる。
「ほんとだね。それよりも、この間はありがとう。助太刀してくれたでしょ?」
「いいえお嬢さん、たまたま通りがかっただけですよ。お気になさらず」
「通りがかったって、あんな山奥まで?」
「...フフ。それよりもお嬢さん、こちらのアンデッドの御仁は?」
「ああ、紹介するよ。彼はアインズ・ウール・ゴウン、私の友人であり恩人よ。アインズ、この人が前にカルネ村で会った易者さんの、ノアトゥン・レズナーね」
そう紹介されたノアトゥンは、アインズの姿を上から下までまじまじと眺めると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ほう、あなたがルカお嬢さんを守っている鬼人力....実に強大な力をお持ちの様子。これは大変失礼をしました、私の事はノアとお呼びくださいゴウン殿」
「...そういうあなたもな、ノアトゥン・レズナー。アーグランド評議国では色々と世話になったそうだな、礼を言わせてもらう」
「それには及びませんよ、私もあの地に用があっただけですからね。それより2人共、ここにはどういった用向きで?」
そう言いながらノアトゥンは再度席に着き、3枚目のカードをテーブルに置いた。カード名は(WHEEL OF FORTUNE)。続けて4枚目のカード、(THE TOWER)を引く。アインズはその置かれたカードに目をやりながら、返事を返した。
「いや何、今日はお忍びで来ているのだよ。明日には空に浮かぶあの城に行く予定だ」
「そうでしたか、空中都市に。お嬢さんも一緒に行かれるのですか?」
「うん。私は彼の護衛も兼ねてるからね」
(THE SUN)を中心に五芒星の形に並べられた最後のカードを、ノアトゥンはテーブルに置いた。そのカード名は、(JUDGEMENT)。
「ふむ...私としてはあまりお勧めは出来ませんが、行かれると言うのなら仕方がない。十分に気を付けていってらっしゃい」
「お気遣いなく。...行くぞルカ」
「え? う、うん分かった。じゃあまたねノア」
「ええ、お2人共またお会いしましょう」
アインズはルカの腕を強引に引っ張り、その場を後にした。大通りを早足で宿屋に向かって戻りながら、ルカの手を握って引っ張るアインズに質問した。
「ちょっとアインズ?急にどうしたの?」
「いいから、まずは宿屋にもどろう」
「わかったよ、わかったからそんなに急いで戻らないでもいいでしょ?」
「あ、ああ済まない。そうだな、悪かった」
「もう...」
ようやく歩調を緩めてくれたアインズの左腕に、ルカは右腕を絡めて寄り掛かった。アインズの様子を察し、2人はそのまま一言も交わさず宿屋の自室へと戻った。
「はー、美味しかった。ちょっと飲み足りないけど、明日もあるし控えないとね」
ルカはマントとベルトパックを外し、ベッド脇にあるハンガーに引っ掛けた。アインズは自分のベッドに腰を下ろし、一つ大きく溜め息をつく。
「そうだな。正直俺もまだ飲みたい気分だが、明日が終わってからにするか」
「2人で泥酔して上の城に行くってのも笑えるけどね」
「それはさすがにまずいな。今日は早めに休むとしようか」
「じゃあ私お風呂の用意してくるから、ちょっと待っててね」
「ああ、分かった」
ルカがレザージャケットを脱ぐのを脇で見ながら、アインズはドッと自分のベッドに横になった。柔らかな布団の感触に包まれ、アンデッドなのにも関わらず睡魔に襲われる自分を不思議に思いながら、アインズは目を閉じた。足元ではトタトタと小走りするルカの足音が聞こえてくるが、それも徐々に遠くなっていく。と、そこへ....
「アインズほら!寝る前にお風呂入るからまだ寝ちゃだめよ」
「...んん?いや、風呂は昨日入ったから今日は浴びなくても....」
「だーめ、王様なんだから完璧にしていかないと。ほら起きて!」
「わ、分かった分かった。今起き....」
アインズが目を開けると、そこにはバスタオル一枚を体に巻いたルカが腰に手を当てて、ベッド脇に立っていた。
「ちょっ...何だその恰好は?!」
「その骨の体だと洗いにくいでしょ?私が洗ってあげるから」
「いやいやいや!それなら自分で洗うし!」
「それじゃ隅々まで洗えないでしょ?スライム風呂じゃないんだし、ほら行くよ!」
「ええぇぇええ?!」
腕を引っ張られて強引に起こされたアインズは、そのままバスルームの脱衣所に連れていかれた。言われるがままに装備を解除し、腰に巻いたタオル一枚の姿となったアインズを広いバスルームに連れていくと、備え付けのバスチェアに座らせてお湯を二度、三度と体にかける。
「な、何故こうなった...」
「酒臭い体で会談する訳にはいかないでしょ?特にエーテル酒は直に吸収されて香りが強い分、相手にバレやすいんだから。こんな時のために竜王国産の石鹸持って来といて良かったよ」
「いやそうじゃなく!...って、はぁ。もういい分かった、好きにしてくれ...」
「うん、諦めがよろしい。こっち向いて、前から洗うから」
用意した長タオルをお湯に浸し、そこに石鹸をこすり付けて泡立てると、まずは顎を上げさせて細かい頸椎から丹念に洗っていく。次にタオルを鎖骨に巻き付けて接合部も磨き上げ、それも終わると手の届かない肋骨の隙間にタオルを滑り込ませ、一本一本裏側から丁寧に洗い上げていった。
アインズの予想に反し、その人体を知り尽くしたかのような繊細かつ流れるような作業に、開いた口が塞がらずただただ見惚れていた。時折手を止めては真顔で骨の状態を確認するルカを見て、アインズは落ち着きを取り戻していく。
「...すごいなルカ。まるで職人のようだぞ」
「ん? それはそうよ、私開発者だもん。こうやってバイオロイドの骨格一つ一つをメンテナンスしてたからね。基本的に人体の骨と構成は変わりないから、ゼロから骨格を組み上げたり、修理のためにバラしたりするのもオートメーションではなく、今でもほとんど手作業なの。内臓系も関わってくるし、何より生まれてくる子達の為にも手は一切抜けないからね。よし、胸椎・腰椎・骨盤も完了!後ろ向いて、肩甲骨洗うから」
アインズは言われるがまま、泡立った骨盤をバスチェアの上で滑らせてクルンと後ろを向き、言葉を継いだ。
「成程な。バイオロイドの開発者になるという事は、人体のプロフェッショナルになる事と同義なわけだ。お前があの尋常でない威力の回復魔法に長けているのも、そこら辺が理由なのか?」
「フフ、どうなんだろうね。でも確かに最初いろいろ試してみて、一番自分に合うと思ったのが攻守揃った神聖職だったし、関係なくもないかなー」
鎖骨の隙間からタオルを通し、肩甲骨の裏側をゴシゴシと洗いながらルカは返答した。
「そう言えば、ツアーはどうしているのだろうな。
「来てないよ。隣の部屋の一点から動いてないから、多分ベッドで横になってるね」
「そこまで分かるのか? お前の使う
「んーそれは無理かな。アインズのようなメイジ職が
「ルーンストーン? 何だそれは?」
「えっ? ルーンストーン知らない?」
「そんなもの、ユグドラシルで見た事も聞いた事もないぞ」
「そ、そうだったんだ、ごめんね言うのが遅くなって。ルーンストーンっていうのは、スキルポイントの消費無しにサブクラスを取得できる小さな石の事だよ。一つのキャラにつき最大5つまで取得できて、その石を飲み込む事で有効になるの。その代わり、一度取得したサブクラスは基本的に削除する事はできないから、食べる際は慎重に選ばなければならない。
ただどうしてもという場合に備えて、削除できる薬品があるにはあるんだけど、その液体を飲むと代償として10レベルを失う事になるから、事前にキャラメイクのプランをきっちり立ててからでないと、事によっては大失敗する事もあるから注意しないといけないのよ」
肩甲骨を洗い終わり、ルカはアインズの右手を持ち上げて上腕骨にタオルを巻きつけた。
「という事は、ユグドラシル
「そう。例えば私の取得しているサブクラス・
「職業レベルの中でもサブクラスと考えられていた職業が、分化して孤立したパラメータになったという事か。その中には当然、戦闘向きのルーンストーンもあるという訳だな。それは何種類ある?」
「全部で45種類あるよ」
「その中に例えば俺がルーンストーンを食べるとしたら、何か有用なものはあるか?」
「そうだね....アンデッドのメイジ職なら、
右腕を洗い終わり、左腕を持ち上げられたアインズはキャラメイクのプランを連想し、ゴクリと喉を鳴らした。
「つ、つまりそれは、
「当然そうなるね。
「....Lv150まで達したと言うのに、まだ強くなれる可能性があるという事か。ルカ、そのルーンストーンは持っているのか?」
「心配しないでも、私のギルド・ブリッツクリーグから預かったものを含めて全種類持ってるよ。希少種もあるから、数に限りはあるけどね」
「そいつはすごい。明日の会談が無事終わったら、その種類について詳しく聞かせてくれないか? その上でもしお前がそれを提供してくれるなら、育成方針について会議の場を設けたい」
ルカは洗い終えた左腕をそっと降ろし、アインズの背中に抱き着いた。
「フフーン、楽しみになってきたんでしょ?」
「それはまあ、な。キャラ育成に悩む日がまた来るなんて、思っても見なかったからな。お前だってそういう日があっただろう? DMMO-RPGに限らず、ゲームで一番楽しいのはその悩んでいる時間と言っても過言じゃない」
「そうだね、OK。いいよ全部あげる。私自身も、ミキもライルもキャラは完成してるからね。プルトンにも
ルカが体を離すと、アインズは再びクルンと椅子の上を滑り、正面を向いた。そして大腿骨・膝蓋骨・脛骨・腓骨と両足を洗い終えて、バスタブからお湯を汲みアインズの体を数度流していく。それも終わると、アイテムストレージからシャンプーの瓶を取り出し、手で泡立てて頭蓋骨を指でマッサージするように洗っていった。後頭部・側頭部・前頭部と隅々まで洗い終わり、頭からゆっくりとお湯を数度流されたアインズの全身はピカピカと輝き、真っ白な姿になっていた。ルカはそれを見て満足そうに笑顔を向ける。
「へへー、よし完了!」
「いやー、さっぱりした!ありがとうルカ。俺は先に上がってるから、あとはお前が──」
アインズが立ち上がろうとしたが、ルカが手を引っ張りそれを止めた。
「こーら、まだだよ。最後に歯を磨いて、バスタブに浸かる!軽く流しただけだから、骨の内側に泡が残ってるからね。それもちゃんと流さないと」
そう言うとルカは中空に手を伸ばし、シャンプーと石鹸を収めて歯磨き粉と歯ブラシを取り出した。ラミネートチューブの中身を歯ブラシに塗ると、シャカシャカとアインズの前歯を小刻みに磨きだした。
「おいおいルカ、歯くらい自分で磨くから!」
「自分では磨けてると思っても、客観的に見れば磨けてない箇所はあるのよ? ここまでやったんだから、最後まで私に任せる!はい口空けて。あーん」
「わ、分かった分かった...」
奥歯の歯間と歯間の間にブラシを滑らせ、時間をかけて丁寧に磨いていく。他人に歯を磨かれるという感触にこそばゆさを感じていたが、アインズは見事それに耐え切り、ルカの取り出したコップで口をゆすいでようやく全身の洗浄が完了した。
「はぁ、はぁ...こ、これでいいか?」
「はい、お疲れ様!先に湯舟に浸かってて、その間に私も体洗うから。汗かいちゃった」
「ふー、分かった。...んん?先に?」
アインズがバスタブに浸かると、ルカは体に巻いていたバスタオルをはらりと取り去った。そしてタオルを畳んでバスタブの淵に引っ掛けると、たらいでお湯を汲み数度体に流した。
「ちょ!!待て待て待てルカ?!」
「え、何?」
「いや、だからその....全部見えちゃってる件について...」
「ここまでして、今更恥ずかしがる事もないでしょ? すぐに洗うから、お湯に浸かって待ってて」
アインズは空いた口が塞がらなかったが、ルカの落ち着き払った様子を見て見栄を張り、冷静さを取り戻そうと必死だった。その完璧とも呼べるプロポーションに真っ白な美しい肌。このような絶世の美女に体を洗われたという実感が今になってふつふつと湧いてきていた。強い女性───アインズの脳裏にはその言葉が過ぎり、それが自分の理想と重なる事を自覚せずにはいられなかった。
バスチェアに座り体を洗うルカの背中を見ながら、アインズは心の動揺を抑えようと四苦八苦していたが、そうこうしているうちにルカが体を洗い終え、大きいバスタブの中に足をかけて体を沈めた。湯の中でアインズの足にぶつからないよう足を伸ばし、向かい合うようにして背もたれに寄り掛かった。
「あーさっぱりした!これで明日も安心だね」
「そっ、そうだな!うむ、お前が洗ってくれたおかげで、スライム風呂よりきれいになったぞ」
「フフ、なら良かった。...ねえ、アインズ?」
「何だ?」
「そ、そっち、行ってもいい?」
「んん?! う、うむ。別に構わないが...」
それを聞くとルカは向かい側に近寄り、アインズを背にして上半身に寄り掛かった。足を開き、ルカの柔らかい肌を受け止めてアインズは一瞬固まるが、ある意味この状況の方が落ち着く自分にも気が付いた。妙に気を使って遠ざかっているよりも、密着していた方が踏ん切りもつくものだ。(ひょっとしてルカも同じ気持ちだったのか?)と、それを考えて納得し、体の力を抜く。すると湯舟の中で、ルカはアインズの手を握ってきた。アインズもその手を握り返し、寄り掛かるルカの顏を覗き込む。
「...一体どうしたというんだ? あまりに急すぎて動揺してしまったじゃないか」
「....今日さ」
ルカはバスルームの天井を見上げて、物思いに耽るように話を切り出した。
「ご飯食べた後、ノアトゥンに会ったでしょ?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「しばらく話した後、アインズ急に怒ったように私の腕を引っ張って、あの場を離れたじゃない?」
「お前...その事を気にしていたのか?」
「違うよ!違う...気にしていたんじゃなくて...嬉しかったの。きっと何か理由があって私の腕を引っ張ってくれたんだなって。アインズにしか分からない、何かの理由があったからなんだなって。でもあの時、とてもそんな事を聞く雰囲気じゃなかったから、私...」
俯いたルカの頬に涙が伝い、湯舟の水面に波紋を作った。それを見てアインズは握られた手を離し、ルカの肩と腰に手を回して抱き寄せた。
「...バカ者が、気にし過ぎだ。その結果が一緒に風呂に入ることだったのか?」
「だって、私も何か不安になって...アインズがあんなにしてくれた事今までなかったし、それなら私も隠さずに全てを見てもらいたいなと思って....」
(フー)と一つ溜め息をつき、アインズは右掌に湯舟のお湯を乗せると、湯冷めしないようルカの肩に(パシャッ)とかけた。
「そうだな...お前はあいつの装備、見た事があるか?」
「え? いや、ユグドラシル
「やはりそうだったか。あの装備の名は、絶死断魔装という超超レアの
今日ノアトゥンを見た限り、グローブを除く4つまでは揃えている様子だったからな。恐らく装備していなかっただけで、グローブも含め一式全てを持っていると見ていいだろう」
「...プレイヤーかも知れないって事?」
「今日見ただけでは何とも言えん。が、身に着けているものからしてその可能性は極めて高いと言わざるを得ない。そんな男が、上に行くのはあまりお勧めできないと言った。しかもルカ、奴はカルネ村・アーグランド評議国・そしてこのエリュエンティウと、お前の行く先をいちいち追ってきているように見える。
万が一エリュエンティウの手先───いやそれ以外にも何らかの敵対する勢力の間者であった場合、非常に厄介な存在となる事は明白だ。だから必要以上に接触する事は危険と判断したんだよ。その...何だ、お前は人がいいからな。願わくばお前にも、騙されないよう気を許さずに、多少なりとも警戒してほしいと思ってだな...」
アインズは自分を見上げるルカの顏を見て、照れくさそうに指で頬をかいた。
「...私の事を心配してくれてたの?」
「しっ!..心配するだろう普通。話しだけは聞いていたが、まさかあそこまでの奴だとは今日見るまで思いもしなかったからな。その真の力も不明だし、だからお前も奴の甘言に乗らないよう、十分に注意するんだぞ。不安にさせて済まなかったが、泣くようなことじゃないというのが、これで分かってもらえたか?」
アインズは、再度ルカの肩にお湯をかけた。それを聞いたルカは脱力し、天井を見上げてアインズの肩に寄りかかる。
「何だ、私に怒ってたんじゃなかったんだ。良かった...」
ルカは笑顔で目を閉じる。目頭に溜まっていた涙がスッと頬を伝うその横顔は深淵の美しさを湛えており、デミウルゴスがその姿を女神と例えた意味をアインズはまざまざと実感したのだった。そのルカの細い腰が、今自分の手の中にある。雑念が脳裏を過るが、それを振り払うようにアインズは指でルカの涙を拭った。
「前から思っていたのだが、お前は早とちりな傾向があるな。俺がお前に怒る理由がどこにある?」
「それはそうだけど、こうやって話さないと何も分からないでしょ?だから、話せて良かった」
「そうだな。...そろそろ出るか、長湯し過ぎて上せてしまったようだ。それに裸のままお前に風邪でも引かれたら、たまったものじゃない」
「
「
ルカの母国語に、アインズは流暢な英語で返した。それを聞いてルカは体を捻りアインズと向かい合うと、首を抱き寄せて唇を重ねた。
「...大好きよ、アインズ」
「...どうせなら現実世界でしてほしいものだな。こんな歯にキスをしても、お前が物足りないだろう」
「そんな事ないよ。上がろっか、細かい所にお湯が入っちゃってるから、拭いてあげる」
脱衣所でアインズの頸椎や胸椎・尺骨等の手が届かない場所を拭き終わると、部屋に備え付けの白いガウンをアインズに着せてベッドルームに向かった。
「体が乾くまではそれ来ててね」
ルカは着替えのパンツと白いネグリジェを着ると、窓の外を見渡してカーテンを閉めた。そしてベッド脇にあるハンガーから2本の武器を取り出すと、枕元にエーテリアルダークブレードを忍ばせる。
「フフ、用意周到だな」
「一応まだ敵地だからね、このくらいはしないと。部屋の明かり落としていい?」
「頼む。今何時だ?」
「23時を回ったところよ」
「明日の会談は13時からだったか。十分休めるな」
「12時に北正門集合だから、余裕だよ」
ルカは入り口脇にある壁際のスイッチを押して消灯した。アインズとルカはそれぞれ自分のベッドにもぐりこむ。
「それじゃおやすみアインズ」
「ああ、おやすみルカ」
───リ・エスティーゼ王国東 エ・レエブル 領主邸宅内 執務室 0:25 AM
「夜分に失礼します」
「おお!来てくれましたか、お待ちしていました。それで例の件は?」
「ええ、戻ってきたという噂は本当のようです。この数週間の間に竜王国・アーグランド評議国でその姿が確認されております」
「それで、彼女は今どこに?」
「はい。密偵の報告によると、現在はアインズ・ウール・ゴウン魔導王と共にエリュエンティウに滞在中との事です」
「ま、魔導王と?!何故彼女と魔導王が...いやそれよりも、エリュエンティウは危険だ。今の私...いや私達には、彼女の力がどうしても必要なのです。何とか魔導王に気付かれずに彼女のみを連れ出す事は出来ないでしょうか?」
ランタンが照らす薄暗い書斎の中、エリアス・ブラント・デイル・レエブンは、赤いローブに仮面を被った少女・イビルアイからの報告を受けていた。イビルアイは俯き、口元に手を添えて首を横に振る。
「...難しいでしょう。彼女は魔導王を護衛するかのように行動している上に、傍には十三英雄の一人・白銀も控えています。魔導王と白銀に気付かれずとなると、ほぼ不可能に近いかと思われます」
「そうですか...いえ、とにかくよくぞ彼女の所在を突き止めてくれました。引き続き調査をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですレエブン候。事は一刻を要します。私達の方でも全力を尽くしますので」
「ありがとうございます、イビルアイ殿」
彼は椅子にドッともたれかかり、眉間を指でつまんだ。その顔は頬骨が浮き出るほどげっそりと痩せ細り、王国対帝国での戦争で惨敗した心労が如実に表れているようだったが、イビルアイからの報告を受けてその目には生気が宿りつつあった。仮面の少女は軽く会釈して一礼すると、執務室の扉を開けて静かに出て行った。
───エリュエンティウ 北正門前 11:53 AM
エリュエンティウの周囲を囲む幅2キロの貯水された堀を渡すアーチ橋。その上でアインズ・ルカ・ツアー、そしてミキ・ライル・イグニスの3人が待っていると、突如橋の中央に暗黒の穴が開いた。その中からナザリックの階層守護者達とルベド・ユーゴが続々と姿を現し、砂漠に差す眩い太陽を見上げながらシャルティアが笑顔で呟いた。
「ここは随分と暑いでありんすねぇ。コキュートスの体が溶けてしまわないか心配でありんすぇ」
「心配ハ無用ダシャルティア。コノ程度ノ日差シ、何ラ苦デハナイ」
『ルカ様ー!』
「おはようアウラ、マーレ。2人共昨日はよく眠れた?」
「はい!今日に備えてぐっすり寝ました!」
「るる、ルカ様はたくさん眠れましたか?」
「フフ、私もぐっすりよ。その両手のガントレットは強欲と無欲だね、やる気満々じゃないマーレ」
「ふ、ふぁい!アインズ様からの指示で持ってきました...」
「そっか。今日はこの前と違って何が起こるか分からないから、気を引き締めていこうね」
「お任せください!」
「ぼぼ、僕もがんばります!」
「うん、頼りにしてるよ」
「おはようございますアインズ様。滞在中ご不便はございませんでしたか?」
「おはようアルベド。ルカに付きっきりで警護してもらっていたからな、特にトラブルも無かったぞ」
「それはようございました。....あら?」
アルベドはアインズの肩越しにローブの匂いをクンクンと嗅いだ。
「この香りは、ルカが使ってる石鹸と同じ香り...ま、まさかアインズ様?!」
アルベドはアインズの両肩を鷲掴みにした。それにアインズは慌てふためく。
「ああいや!これはそのだな、昨夜エーテル酒を飲み過ぎてしまってな。酒臭い体で会談もまずいという事で、ルカに石鹸を借りたのだよ」
「....怪しい。ルカ?!」
「なっ、何アルベド?」
後ろを振り返り、今度はルカの両肩を掴んで問い詰めてきた。
「今のアインズ様の話、本当なのですね?」
「ほ、本当だって」
「....嘘じゃないと、この目に誓って言えますか?」
「....うん」
後ろめたさから目を逸らしたいのを必死で我慢しつつ、アルベドを見つめた。もはや目に嘘だと滲み出ていたが、アルベドはそれを見て大きく溜め息をつき、ルカの肩をそっと離した。
「...分かりました。2人の言う事を信じましょう」
アインズとルカはその言葉を聞いて良心の呵責に苛まれたが、ここはアルベドを悲しませない為にも我慢のしどころだと気持ちを改めた。が、しかし...
「ですがルカ。後で少しお話があります。二人きりでね」
「わ、分かった....」
それを聞いて顏から血の気が引くのを感じ、きっちり釘を刺されたルカであった。
アインズの号令で皆が集まり、念のためフルバフも完了したが、そこへフード付きの白いローブを纏った者が二名歩み寄ってきた。顏が隠れており表情が伺い知れない。一人は長身だが、もう一人の方は身長160センチ程と小柄だ。彼らは恭しくお辞儀をすると、口上を述べるように口を開いた。
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下御一行様に、ツァインドルクス=ヴァイシオン閣下であらせられますね? 空中都市からの使いの者です、お迎えに上がりました」
前約束ではエリュエンティウの中心部で待ち合わせのはずだったが、予定外の行動を見破り後をつけてきたらしかった。アインズは右手を上げ、鷹揚に返事を返す。
「出迎えご苦労。だが空中都市までの道のりを知っている者がいるんでね。私達はそちらから向かいたいと思う」
それを聞いた使者は首をゆっくりと横に振った。
「それは叶いません魔導王陛下。空中都市へ行くための門はたった一つだけですので」
「....蛇神の門。それが隠されたもう一つの道だ」
ルカはボソリと呟くと、その名を聞いた二人の使者は後ずさり、明らかに動揺している様子だった。その反応を見て不敵に薄ら笑いを浮かべ、使者たちを見返した。
「な、なりません危険です!!それにあの門は35年前既に封鎖されています、あそこから上るのは不可能です!」
「...その35年前、門が封鎖された原因が今お前達の目の前にいるとしたら、どうする?」
「....そんな、あ、あり得ない....まさか....」
エリュエンティウの使者がこうも動揺する様を見て、アインズは痛快に感じていた。そしてアインズ自身も、殊更ルカの言う蛇神の門というものに興味が湧いてきたのだった。言うなれば魔導国からのカウンターパンチ炸裂といった心境だ───攻撃はされていないが。
「そういう訳だ。私達には水先案内人がいるんでね、そちらから向かわせてもらう」
「い、命の保証は出来かねますぞ魔導王陛下!」
「構わんさ、いつもの事だ。ルカ、よろしく頼む」
「OK、行こう。
ルカの開けた暗黒の穴に、アインズとルカを先頭にして皆が続々と入っていった。
そして着いた先には、広大なオアシスが一面を覆いつくしていた。東の方角を見ると、1.5キロ程先にエリュエンティウの街を覆う城壁が見えており、そこから運河を伝って水がオアシスに注ぎこまれていた。約5キロ四方の広大な貯水池といった外観で、そのせいか水辺に木や植物が生い茂っており、空気にも湿度がある。アインズは歩きながら澄んだ水底を覗いたが、相当な水深があるように思えた。先を歩くルカ・ミキ・ライルにアインズは声をかけた。
「ルカ、ここは位置的にどの辺なのだ?」
「エリュエンティウの南西だよ。遠くに見えてるのは丁度街の角だね」
「なるほど。このように広大な貯水池を作るとは、やはり相当に水が貴重なのだな」
「まあ、このオアシスはそれだけじゃないんだけどね」
「ん? どういう意味だ?」
「とりあえず、あそこに見える桟橋まで行こう」
ルカが指さす200メートル程先には、確かに取ってつけたような木の桟橋があった。そこへ近づくが、肝心の船が見当たらない事を受けてアインズは首を傾げた。桟橋の手前に皆が集まると、ルカは後ろを振り返り笑顔を見せる。
「ここで少し待ってて。あとこれから魔法を使うけど、みんな絶対に声を出したり驚いたりせず、静かにしててね。いいアインズ?」
「あ、ああ分かった。しかしこんな何もない所で魔法を使用しても....」
「シー。静かにね」
ルカは口に人差し指を当ててウィンクした。アインズが頷いて返すと、ルカは音を立てずに忍び足で桟橋の先端に立った。そして貯水池を包み込むように両腕を左右に広げると、魔法を詠唱する。
「
(コオォン....)というソナーにも似た音が響くと、ルカを中心に蜃気楼のような空気の歪みが広がっていく。それは貯水池を覆いつくすほどに広がり、背後で見ていたアインズ達をも包み込んでいくが、その瞬間全身の感覚に異変を感じた。それは空気に重量を感じるほど、大気密度が変化しているのだと気付いたからだ。
水面で揺れる水の音、風の揺らぎ、体を流れる血液の音・心拍音、それら音という音の全てが脳内で響いているのではないかと思えるほど、皆の耳に大きく届いていた。背後で固唾を飲む階層守護者達の音ですら鮮明に聞こえてくる。そしてルカは目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込むと、一定の調子で吐息を吐くようにハミングを始めた。
「
その静かなハミングが、何倍にもなった大気密度を伝って貯水池に響き渡る。アインズ達の耳には、まるでヘッドフォンでもしているかのように耳元で吐息が聞こえていた。するとルカが立つ桟橋の水面に、いつの間にか大きな影が出来ていた。その影は両腕を広げるルカの足元で、どんどん巨大になっていく。
水底から何かが浮上してきている事に皆が気付き、アインズとツアー、階層守護者・イグニス・ユーゴが武器に手をかけるが、ミキとライルが慌ててそれを制止し、音を立てないようジェスチャーで皆を落ち着かせた。この二人は影の正体を知っているらしかった。
そしてハミングが止む頃には、その水面に映る影があり得ない程巨大になり、そこで浮上が止まった。まるでルカの声に呼応しているかのように動きを止めた影は、ピクリとも動かない。様子を伺うように、ただそこでじっとしている。
そしてルカはゆっくりと目を開き、その水面の影に向かって子守唄のように、優しい旋律を歌い始めた。その儚くも切ない透き通った歌声は魔法で強化され、貯水池を覆いつくすほどに響き渡る。強烈に感情を揺さぶる伸びやかな声、それがルカの歌声自体か魔法の力なのかなど、聞いている者達にとって、もはやどうでも良い事だった。
アインズはルカに向かって無意識に手を伸ばし、アルベドはその声と姿を前に涙した。シャルティアはその旋律の美しさに目を見開き、コキュートスは武器を落としそうになるほど脱力した。アウラとマーレは手を繋ぎ、その歌声に聞き入っている。デミウルゴスは右手を左胸に当てて身を打ち震わせ、セバスはハンカチで目頭を押さえていた。そしてルベドはルカの歌う姿を見て頬を赤らめ、自らの感情の高揚にどう反応して良いか戸惑いを見せている様子だった。
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──────────────────────────────
ルカが歌い終えた直後、浮上を止めていた影が一気に大きくなり、轟音と共に水面へ飛び出してきた。ルカは広げていた両腕を降ろし、桟橋に立ち尽くしたまま物怖じもせずその何かを見上げた。ルカを見下ろすその影の正体は、山脈とも思えるほどの巨大な蛇だった。真っ白な鱗を輝かせ、桟橋に立つルカの位置まで頭をユラリと下げてくる。
背後で見ていたアインズ達は、そのあまりの巨大さに圧倒されていた。頭部だけで全幅50メートルはあり、水面下に沈む胴体が一体どれほど長大なのか想像すらできなかった。大蛇はルカの姿を舐めるように見渡すと、口を大きく開けて牙を剥き出しにした。
「....ハッハッハ!!やはり貴様じゃったかルカ・ブレイズ!!どうりで懐かしい歌声だと思ったわい!」
その大蛇の声はまるで威勢の良い老人のようだったが、巨体から発される声量のせいで腹の底まで響いてくる。
「ネイヴィア!良かった、私の事覚えててくれたんだね。忘れてたらどうしようかと思ったよ」
「誰が忘れるものか!!35年前このわしの右目を潰したのは、他の誰でもない貴様なんじゃからな!!」
「ああ、ごめんネイヴィア!長い事待たせちゃったね、今治してあげるよ」
「今頃になってか、クッハハそいつぁいい!まあそれは後でも構わんて。後ろにいるのはお前の仲間達か?」
「そうよ。アインズ、みんな紹介するよ。彼はワールドサーペントのネイヴィア=ライトゥーガ。この蛇神の門の番人で、エリュエンティウの守護獣なのよ」
「ほう?わしのフルネームを覚えとるとは、お前も焼きが回ったのうハッハッハ!!どれ、わしにも紹介せい!長らく他人に会っておらんかったからな、喋るのも久々じゃて」
ルカは笑顔で頷き、桟橋の後方にいる皆の方へ振り返る。
「フフ、もちろんよ。ミキとライルは知ってるよね。まず彼はアインズ・ウール・ゴウン。私達を現実世界に帰してくれた恩人よ。白いドレスを着た彼女がアルベド、黒いドレスを着た彼女がシャルティア。ゴツい彼がコキュートス、小さくて可愛い双子がアウラとマーレ、スーツにメガネの彼がデミウルゴス、執事風の彼がセバスに、赤いワンピースの彼女がルベドよ。あと私の弟子のイグニスにユーゴね。最後に彼は───」
ルカがそう言いかけた時、ネイヴィアは首を伸ばしてツアーをまじまじと見た。
「んん~?お前そのオーラ、ツァインドルクス=ヴァイシオンか?何だお前そんな小さな鎧に入ってハッハッハ!!その様子じゃと相も変わらずギルド武器の番でもしておるようじゃな!こいつは飛んだ珍客じゃわい」
「...全く、君こそ相変わらず威勢がいいねネイヴィア。図体の大きさも相変わらずだよ」
ツアーは頭を掻くような仕草をして俯いた。それを見てルカは意外そうな顔を向ける。
「あ、二人とも知り合いだったの?」
「知り合いも何も、わしらは種族的に一応近親種じゃからな! 大昔にこいつら竜王とやり合った事も何度かある。まあ殆どわしの圧勝じゃったけどな、ハッハッハ!!」
「はいはい、その通りだね」
「へー、ツアーよりもネイヴィアの方が強いの?」
「強いというより、僕達の使う
「何ならもう一度勝負してやってもいいぞ?まあまたわし勝っちゃうけどハッハッハ!!」
「遠慮しておくよ!それに僕達はもう敵同士じゃない」
「ん~そうか?つまらんのう」
ルカの後ろで屈託なく豪快に笑う大蛇・ネイヴィアに圧倒されっぱなしのアインズ達だったが、ツアーとの再会も一段落し、彼の興味はアインズ達に移っていった。
「...ほう、これまた珍しい組み合わせじゃのう!只のアンデッド...ではないな、お主
それを聞いてルカ達を除く全員が唖然としていたが、危険は無いと踏んだアインズは桟橋まで歩き、ルカの隣に立って大蛇を見上げた。
「初めまして。ネイヴィア、と呼んでも構わないか?」
「おう、何じゃアインズ・ウール・ゴウン!」
「私の事はアインズと呼んでほしい。質問があるのだが、一目見ただけで種族が分かるのか?
「そんなもん気配で分かるわい!まあわしの場合長年の経験と勘もあるけどな!アインズとやら、お主達もこのルカと同じくユグドラシルから転移してきたクチじゃろう?プレイヤーの事ならよく知っとるよ。何を隠そうこのわしも、そのプレイヤーである八欲王に召喚されたクチじゃからなハッハッハ!!」
「なっ...そんな召喚魔法聞いた事もないぞ?!ましてやお前のように超巨大な蛇を使役するなど、例え
「たわけ、魔法などではない!さっきルカもわしの名を言っとったじゃろうが!...そのまんまじゃよ。お主もプレイヤーなら少しは知っておろう?」
そう言うとネイヴィアは、巨大な鼻先をルカの体に擦り寄せた。ルカもそれを受け止め、すべすべとした鱗を右手で優しく撫でる。その様子を見て羨望の眼差しを送っていたのは、アウラとマーレだった。
「な、名前か?ワールドサーペント、ワールド...ん?まさか、ルカ?!」
アインズは左に立つルカを見た。ネイヴィアを背に、ルカは笑顔で頷き返す。
「...気付いたようじゃな。この世界に破滅的な効果をもたらすアイテム・二十。そのうちの一つ、
二十の名を聞いて、アインズを含め階層守護者達全員が驚愕の眼差しでネイヴィアを見た。
「...驚いたぞ。名称だけは知っていたが、まさかこの目でその効果を実際に拝めるとはな。ネイヴィアよ、二十により召喚されたと言うのなら、お前の主はやはりアイテム使用者である八欲王の一人なのか?」
「そういう事になるかのう?」
「なるかのう...って、しかしもう八欲王は全員この世にいないのだろう?」
「ああ、間違いなく死んでおるな。わしこの目で見たし」
「........んん」
キョトンとした目で淡々と答えるネイヴィアを前に、アインズはたじろいだ。
「そ、そうか。それで一体八欲王からどんな命令を受けていたのだ?」
「そりゃお前、このエリュエンティウを襲う敵を撃退しろという命令じゃったよ? 500年程前、竜王の軍団がしつこく何度も街を潰そうと襲ってきたからな。その度にわしと八欲王が出張って、そやつらを追い返していたというわけじゃ」
「主が死んだ今、その命令は生きているのか?」
「いんや、生きてはおらんよ。もはやわしにその責務はない。二十の使用者が死んだ時点で契約は無効じゃ」
「...ならば、何故このエリュエンティウに居続ける?」
「そうじゃなあ。主が死んで、幸か不幸かわし一人がこの街に残された。今あの空中都市にいる30人の都市守護者は、そのほとんどが八欲王の子孫達なんじゃよ。それを見守りたいという親心もあったのかのう。何よりここは居心地がいいのでな。周辺諸国もわしがいるという事を恐れてこの街に手出しはしてこんし、うまい具合に均衡も保たれておる。まあ、のんびり余生を楽しめるという訳じゃな。寿命ないけどブッハッハッハ!!」
爆笑するネイヴィアを見て、ルカも鱗を撫でながら横で釣られ笑いしていた。
「と、とことん愉快なやつだなお前は...成程、不老不死という訳か。お前の成り立ちは理解した、ありがとうネイヴィア。それでルカ、お前はどういった経緯でネイヴィアと知り合ったのだ?」
「あーもうおかしいネイヴィア.....え?戦ったのよ彼と」
笑いも冷めぬまま、ルカは大蛇の鼻先に寄り掛かりながらアインズに返答した。
「何故戦った?」
「それはわしから話してやろう!」
ネイヴィアは巨大な頭部をアインズにズイッと近づけてきた。
「こいつはなアインズ、忘れもしない35年前、誰に聞いたか知らんがいきなりこの蛇神の門へ3人で来てな。上の城へ連れて行けと言い出したんじゃ!わしもこいつらの力は肌で感じておったから、城で悪さでもされたら敵わんと思ってな?その理由を聞いたんじゃ。そしたらお前、元の世界に帰りたいからとか抜かしよる!
しかしそれを聞いてわしはピンと来たんじゃ。(ああ、こいつらもこの世界に転移してきたプレイヤーなんじゃ)とな。じゃがわしの知る限り、空中都市にそんなアイテムは置いてないと知っていたからのう。だめだだめだと断ったんじゃ。それをこのルカは、悪さはしないからどうしてもと押し通してきよる!あまりの頑固さに耐えかねてな。もしわしと一対一で勝負して勝てたら、上の城に連れて行ってやると約束したんじゃよ」
「それで、結果は?」
「わしの完敗。クッハッハ!!見ろ、三日三晩戦った挙句このざまじゃ!!」
ネイヴィアは首を左に向けて、斬撃の傷跡が深く残る右目をアインズ達に見せた。それを見て、アインズは冷汗を流しながらルカに質問した。
「...お前、二十の力に一体どうやって対抗したんだ?」
「え?いや、私もかなり危なかったのよ?後半結構追い込まれちゃったからその、仕方なくちょっと本気を...ね」
「最後はお前の逆転勝ちじゃったなあ!懐かしいわい。あんな技食らったらお前、わし以外あの世行きじゃブッハッハッハ!!」
ネイヴィアの言葉を聞いた階層守護者達が、信じられないと言った様子でどよめきのの声を上げる。
「ルカ...あなたはどこまで底が知れないの?」
「こ、これを単騎で倒すとか、どんな化物でありんすか?」
「二十ノ力ニ対抗デキルナド...」
「おお...まさしく女神の所業!」
「すっごいルカ様...」
「どど、どうやったんだろうねお姉ちゃん?」
「流石はルカ様、改めて敬服致します」
「...私も...やってみたい....」
それを聞いたアインズも似たような心境になり、巨大な大蛇を撫でるルカに眩しい視線を送っていた。
「ネイヴィア、右目見せて」
「おお、これでいいかの?」
ネイヴィアはルカに顔を近づけた。直径2メートル近くもある潰れた右目に両手を添えると、ルカは大きく深呼吸して意識を集中した。
「...
(ボッ!ボッ!)という音を立てて、ルカの両手に青白い炎が宿り、縦に割れた斬撃の傷跡に吸収されていく。すると潰れた巨大な目全体を覆うように、内側から激しい炎が燃焼し始めた。その炎はルカの体をも巻き込んでいくが、青白い火炎の中でルカは微動だにせず、目を閉じ全力で魔力を注ぎ込んでいく。
やがて傷口周辺の皮膚が、細胞分裂するかのように活性化・結合して、瞬く間に斬撃の傷跡が閉じていった。そしてその下にある傷付いた眼球の組織も復元され、瞳本来の輝きを取り戻していく。(ゴオ!!)という一際激しい燃焼が円形状に広がり、破損した瞳孔が修復されると、炎がルカの手を中心に収束していく。
目から手を離し、右手の平に揺らめく赤く小さな炎を、ルカは(フッ!)と吹き消した。ルカの目の前にあるのは、自分の背丈よりも遥かに大きく美しい、黄金色に輝く蛇眼だった。縦に割れた瞳孔が開閉し、目の機能が完全に復活したことを示していた。
「ふー、終わったよネイヴィア。どう?ちゃんと見える?」
「おおー!見える見える、ハッハッハ!!この深手を治すとは、お前の治癒魔法は大したものじゃのうルカ!この両目が見える感覚、懐かしさすら感じるわ!」
「...ネイヴィアごめんね。あの戦いの時わたし、手加減のしようがなくて...それにもっと早くに治せれば良かったんだけど、私にも色々あって、すぐには来れなかったのよ...」
ルカはネイヴィアの巨大な鼻先を抱きしめ、その真っ白な鱗にそっとキスをした。
「...何があったか知らんが、変わったのうお前。それに何をバカな事を言っておる!あの時治療を拒んだのは、このわしなのじゃぞ!それにな、お前に勝負を持ちかけたわしも悪かったのじゃ。結果から見れば35年前、お前たちは約束通り、あの城に何ら害することなくエリュエンティウを去った。わしにもっとお前達を見抜く目があれば、あのように無駄な戦いをせずに済んだのじゃ。許せ、ルカ」
「ネイヴィア...ありがとう」
「これでおあいこじゃな。お前の魔力が籠ったその美しい歌声、久方ぶりに聞けて幸せじゃったぞ。...さてそこの、さっきからわしらを羨ましそうに見とるダークエルフの2人!アウラにマーレと言ったか、こっちに来るのじゃ」
「い、いいの?! アインズ様、よろしいでしょうか?!」
「もちろんだともアウラ、構わないぞ」
「やった!!ほらマーレ行くよ!」
「ぼ、ぼくちょっと恐いかも....」
「大丈夫だって、ほら早く!」
マーレの手を引っ張り、2人はルカの立つ桟橋の端まで来た。ネイヴィアはルカから頭を離し、アウラとマーレの間に鼻先を近づける。するとアウラは物怖じせず、真っ白な鱗に体ごと飛びついた。マーレも恐る恐る鼻先に手を触れるが、巨大かつ凶悪な外見に反して大人しい事に安心したのか、徐々に笑顔に変わり優しく撫で始める。
「ん~すべすべひんやり、気持ちいい~」
「ふわぁ~....ここ、怖くなかったねお姉ちゃん?」
「お前達さては動物が好きなのじゃな。双子と言ったが、どちらが上なのだ?」
「あたしが姉のアウラ・ベラ・フィオーラ! 」
「ぼぼ、僕が弟のマーレ・ベロ・フィオーレです...」
「ほう、姉弟か!2人共美しい名じゃな。それに相当な力を秘めておると見た」
「君の名前も素敵だよ!これからネイヴィアって呼んでもいい?」
「もちろんじゃアウラ。言っておくがワールドサーペントのわしに
「あ、あたしがビーストロードだって知ってたの?!」
「何、お前の気配と装備から何となく察しただけじゃよ!弟のマーレの方は差し詰め、
「すすすごい、当たりですネイヴィアさん!」
「百戦錬磨とはわしの事じゃからなハッハッハ!!」
その後もアウラとマーレはネイヴィアと語り合い、親交を深めていった。見かけに反して子供の面倒見がいい世界蛇・ネイヴィアに、アインズとルカは優しい眼差しを送っていた。
「ネイヴィア!またここに来てもいい?」
「おう、いつでも来いアウラ、マーレ!お前達なら歓迎じゃ。わしも話し相手が欲しいからな!」
「あ、ありがとうございますネイヴィアさん!」
2人が満足したのを見計らい、アインズはアウラとマーレの肩にそっと手を置いた。
「二人共、そろそろいい時間だ。続きはまたの機会にしよう」
「はい、アインズ様!」
「お待たせして申し訳ありませんアインズ様...」
「いいんだマーレ。良い気分転換になったか?」
「は、はい!」
「うむ。ではルカよ、例の件を」
アインズのアイコンタクトを受けて頷くと、ルカはネイヴィアの前に立った。
「それでネイヴィア、一つお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「言われんでも分かっておる!わざわざこんなところまで来たという事は、お前達あの空中都市に行きたいのじゃな?」
「うん。ここにいるみんなを連れて行って欲しいの」
それを聞いてネイヴィアは、改めてアインズの背後に控える階層守護者達を見渡した。
彼の目には、一人一人の体を覆う魔力の流れが視覚的に映し出されている。言わば
「これだけ力のある者達を引き連れて行くとは...よもやお主ら、あの城を落とそうという気ではあるまいな?」
「違うよネイヴィア。私達の国・アインズウールゴウン魔導国と、エリュエンティウとの正式な会談を行う為に向かうんだ。部下を伴ったのはアインズを守るためで、害を加える気は一切ないよ」
ルカはネイヴィアに手を触れ、黄金色に輝く瞳を真っすぐに見た。するとネイヴィアは首を下げて桟橋に鼻先を接触させ、地面と平行になるように姿勢を動かした。
「よかろう、その言葉信じてやる!今度こそ過ちは犯すまいて。さあお前達、全員わしの頭の上に乗れ。空中都市まで一気に運んでやろう!」
「ありがとうネイヴィア!さあ、みんな行こう!」
「私からも礼を言うぞネイヴィア。よろしく頼む」
「礼ならそこのルカにでも言うんじゃな魔導国の王よ!まあお前達の事も気に入ったがなハッハッハ!!」
桟橋を渡り、15人全員がネイヴィアの巨大な頭の上に移動した。それでもまだゆとりがあるほどスペースが有り余っている。それを確認してルカが声をかけた。
「OK、全員乗ったよ」
「よーし、皆滑り落ちないようしっかり掴まってるんじゃぞ!」
(ザザザザ)という轟音と共に、ネイヴィアの強靭な蛇体が貯水池から水飛沫を上げて姿を表し、東の空に向かってゆっくりと上昇していく。眼下にはエリュエンティウの街が一望でき、アウラとマーレが嬉しそうに下の風景を覗き込んでいる。
そして街の中央、上空約700メートルに浮かぶ巨大な空中城が目の前に迫って来ていた。城の下部を支える岩石の隙間からは滝のように水が流れ落ち、その直下にあるエリュエンティウに向かって注がれている。アインズが後ろを振り返ると、長大なネイヴィアの蛇体が街外れの貯水池から伸びている様子が見て取れた。
やがて城が目前に迫り、皆がその周囲を見渡した。縦横400平方メートル程の敷地を持ち、城壁は苔むしておりさながら古城といった様相を呈していた。ネイヴィアは城西側の門にある窪みへ向かってゆっくりと接岸するが、城門の鉄格子が降ろされているのを見てアインズ達に声をかける。
「やはり蛇神の門は未だ封鎖されておるようじゃな。どうするつもりじゃアインズ?」
「何、問題はない。ここまで運んでもらい感謝するぞネイヴィア」
アインズとツアー・ルカ達5人、そして階層守護者達がネイヴィアの頭から城へ降り立つと、西側城門の前に集合した。そしてアインズは一歩前に出て鉄格子に手を触れる。すると目の前に赤い魔法陣が浮かび上がり、アインズの手の下でスパークするように閃光を放つ。それを見てアインズはニヤリと笑った。
「...随分とちゃちな封印だな。
(パキィン!)という音を立てて赤い魔法陣が崩れ去り、城門が上へゆっくりと開いていった。背後でその様子を見ていたネイヴィアが口を開く。
「ハッハッハ!いとも簡単に封印を解きおったか、さすがじゃな。わしはここで待っておるから、会談とやらを済ませたらまたここに戻ってくるんじゃぞ?」
「了解したネイヴィア。では行ってくる」
アインズを先頭に皆が後に続き、城門を潜り抜けて城の中庭らしき開けた場所へと到着した。するとそこには、先程地上でアインズ達を迎えに来た空中都市の使者2名と、ただならぬ雰囲気を纏った深い紺色のフード付きマントを羽織る者が待ち構えていた。三人はアインズ達に歩み寄ると、中心に立つ紺色の者がフードの下で深い溜め息をつき、首を横に振る。
「...やれやれ、迎えを出したのにわざわざ蛇神の門を伝って来るとは。困った方達だ」
「迷惑だったかね?」
それは凛とした女性の声だった。アインズは鷹揚に答えたが、その言葉を受けてチリッと背後から守護者の殺気を感じ、右手を上げてそれを押さえる。するとその女性は被っていたフードを下げて顔を露わにした。
「そんな事はない。むしろ我らでも手に余るあの大蛇を御し得ている事に驚くばかりだ。ようこそアインズ・ウール・ゴウン魔導王閣下、それに
金髪のショートレイヤーから覗く薄い褐色の肌に、鋭角な目と高い鼻、そして尖った耳が印象的な美しいダークエルフだった。身長はルカと同じ170センチ弱といったところで、アウラが大人になったらきっとこのような姿になるであろうとアインズは連想していた。彼女は手を差し伸べ、アインズとツアーに握手を求めた。2人はそれに応じるが、よく見るとマントの下にはクローム色のミドルアーマーを装備しており、腰には2本の細身なロングブレードが下げられている。それを見てアインズは言葉を継いだ。
「ほう、その専用剣を装備しているとは、エルフのみが習得を許されるという
エルフ族の種族特性として、
つまり戦闘という観点に置いて、エルフという種族は安定性にやや欠けるのである。その点ダークエルフであるアウラやマーレは、エルフ族の種族特性を逆手に取った構成となっており、アウラはDEX・
「ゴウン魔導王閣下、どうかされたか?」
「ああいや!...済まない、少し考え事をしていてね。失礼をした」
「そうか、私のクラスを一目で見破るとは恐れ入る。では早速だが本殿へと向かおう。ついてきてくれ」
巨大な宮殿へと続く南側の長い階段を上りながら、アインズは考えを巡らせていた。もし万が一会談が決裂し戦闘になったとしても、この程度のレベルなら造作もなく叩き潰せるだろうと。しかしそれではネイヴィアとの約束が反故になってしまう上に、書状を書いてくれたツアーの顏に泥を塗る結果となってしまう。その意味でも可能な限り穏便に進めようと心に決めていた。
階段を上がり切ると、そこには全身を魔法の武器防具で武装した近衛兵達が左右に50名列をなしており、手にしたロングスピアを地面に叩きつけて(ザン!)とクロエに敬礼した。高さ9メートル・幅7メートル程の重厚な鉄の扉が開き、一同は宮殿の中へと歩を進める。
壁の左右に
そこは大理石でできた大広間だった。直径30メートル程の巨大な円卓が中央に置かれ、ぐるりと並べられた椅子で取り囲まれている。最奥部の椅子には、クロエと同じような紺色のローブを纏った者達がずらりと着席しており、アインズ達の入室と共に一斉に彼らは立ち上がった。その光景を見てアインズは既視感を覚えた。...そう、そこはまるでナザリック地下大墳墓第九階層・円卓の間と瓜二つの作りだったからだ。
「ゴウン魔導王陛下。こちらから順に皆さまお座りください」
部屋の中に待機していた近衛兵にそう促され、椅子を引かれてアインズ達はそこに着席する。アインズを中心に右はツアー、左にデミウルゴス、ツアーの隣にアルベド・ルカ・イグニス・ルベド・アウラ・マーレ・シャルティアが座り、デミウルゴスの隣にミキ・ライル・コキュートス・セバス・ユーゴが陣取る。事前に擦り合わせていた訳ではない。どのような攻撃を受けようとも即座にアインズを守る為動けるように、阿吽の呼吸で各々が判断した結果だった。
ルカは即座に相手の容姿と人数を確認する。マントに隠れて武装は確認できないが、近衛兵とクロエを除いて総勢29人、
そこには多種多様な種族が顏を並べていた。
「これはこれは...まさかあなた達も異形種の集まりだったとは、恐れ入った」
「それはお互い様ですよゴウン魔導王。この八欲王の空中都市までよくぞ参られました。魔神との大戦から200年ぶりとなりますが、十三英雄の一人、白銀...いえ、ツァインドルクス=ヴァイシオン殿もお元気そうで何よりです。私がこの空中都市を束ねるギルドリーダーの、ユーシス・メガリス・ヴァン=フェイロンです」
その美しい少年はアインズ達を見て微笑んだ。黒髪のマニッシュショートに大きな赤い瞳を輝かせ、きめ細かな青白い肌に線の細い中性的な顔立ちをしており、そのせいで何処か大人びた印象を受ける不思議な青年だった。想像していた姿と大きく異なるギャップを慌てて修正したアインズは、その少年に返事を返した。
「お会いできて光栄だ、フェイロン殿。私達魔導国・竜王国・そしてアーグランド評議国、計3国の書状を受け入れてもらい感謝する。この会談が実現した事を心より喜びたい」
「あなた達魔導国の噂は、私達都市守護者の間にも聞き及んでいました。いつかこの日が来るだろうとは思っていましたが、このように早い時期にコンタクトを取ってくれたことを、私達も嬉しく思います」
「私もだ、フェイロン殿。異論がなければ早速議題に移りたいのだが、構わないかね?」
「それは少々待っていただきたい、ゴウン魔導王」
「?」
少年は、アルベドの隣に座るルカにちらりと視線を移した。
「あなた達は今日、蛇神の門を通ってきた。あの貯水池に住む大蛇・ネイヴィア=ライトゥーガは、本来であれば八欲王の子孫である私達の言う事しか聞かないのです。しかしあの大蛇を屈服させる条件として、唯一例外がある。それはネイヴィアを倒し負けを認めさせるか、その目に備わる
「ほう?そのような豪の者がいるとは、是非ともお目にかかりたいものですな」
アインズは白を切った。それを聞いてフェイロンは俯き、円卓に肘を立てて両腕を組む。そしてゆっくりと頭を上げ、腹の底から恨めしいといった声でポツリと呟いた。
「...あなたですよ、ルカ・ブレイズ」
フェイロンが鋭い目線を向けた瞬間(バシュ!)という音を立てて、ルカ・ミキ・ライルの座る椅子から金属でできた格子状の網が飛び出し、瞬時に三人の体を絡め取るように縛り上げてしまった。それを見てルカ達3人は血相を変える。
「こ、これは魔力遮断ネット?!」
「ルカ様!...おのれ!!」
「ぐぎぎぎぎ.....!!」
ミキの目が見たことも無い程怒りに震える。ライルも渾身の力を込めて網を引き千切ろうとするが、全く歯が立たない様子だ。ルカの両隣に座るアルベドとイグニスが網を解こうと四苦八苦するが、それも徒労に終わる。アインズは(ダン!!)と円卓に拳を振り下ろし、椅子から立ち上がった。それを受けて階層守護者達も座っていた椅子を蹴り飛ばし、一斉に戦闘態勢に入る。
「貴様ら...どういうつもりだ?」
「我々はこの35年間、ずっと彼女達を探し続けてきたんですよ、ゴウン魔導王。まさかルカ・ブレイズ、ミキ・バーレニ、ライル・センチネルが魔導国に付き、この城へのこのこと姿を現すとは思いもよりませんでしたが」
「そのルカ達3人は今や我が魔導国の大使!それに手を上げたという事がどういう結果になるか、分かっているんだろうな貴様ら?」
「大使...ですか、なるほどね。ゴウン魔導王、落ち着いてください。私達は何もあなた達魔導国を敵に回したいのではない。ただそこの3人には、この空中都市で過去に盗みを働いた罰を受けてもらいます」
「罰だと?...まあいい、一度しか言わないぞ。ルカ達を縛るこの網を今すぐに解け」
「お断りします」
それを受けて都市守護者達も椅子から立ち上がり、それぞれの武器を抜刀した。
「そうか、残念だ。ならばこの城ごと全員吹き飛べ。
「待ってアインズ、みんな!!!」
ルカの絶叫を聞いて、寸での所でアインズは魔法の詠唱を止めた。飛び掛かろうとした階層守護者達もそれを受けて動きを止める。唯一ツアーとイグニス・ユーゴだけは冷静にルカの傍を離れず、防御魔法を張り護衛に徹していた。
「ルカ...何故止める?」
「私は大丈夫。それよりもまずは話を聞こう。殺すのはその後でも遅くはない、でしょ?」
「フフ、その状態からどうやって逃れられるとお思いですか?ルカ・ブレイズ」
「フェイロンと言ったね、それは後でのお楽しみ。それよりも、よく私達の正体が分かったね?」
「35年前の当時、エリュエンティウの入国管理記録と照合したのですよ。宝物庫が荒らされたという発見が遅れたせいで苦労しましたが、空中都市への侵入と時を同じくして街から姿を消した者達を洗い出した結果、あなた達3人が浮上したわけです」
「成程ね。あの時奪った宝を返せば、許してくれる?」
「それは当然です。奪ったものは返していただきましょう。しかしあなた達3人の罪はそれだけではない」
「...というと?」
「ここまで話してもまだ分からないのですか?! ...このエリュエンティウを守る守護獣・ネイヴィアは、私達都市守護者の先祖である八欲王が残してくれた遺産です。その強大な力を真に制御できるのは、ネイヴィアを召喚した当人のみ。しかしその方は既にこの世になく、主従権が長らく空白のままだった。
つまり今までネイヴィアは私達の制御下に無く、その自由意志によりこの街を守ってくれていたのです。それをどこからともなく現れた部外者であるあなたが奪っていった。お分かりですか?この街を守る私達にとって、あなたは危険すぎる存在となってしまったのです」
「...私が奪った? つまり二十・
「そうです。あなたが指示一つ出せば、ネイヴィアは何の躊躇もなくこの空中都市とエリュエンティウを破壊するでしょう。そうなる前に、何としてもあなた達を探し出す必要があった」
椅子に縛られたままのルカは首を傾げ、そして一つ大きく溜め息をついた
「成程...理由は分かった。しかしもし仮にそうだったとして、私にこのエリュエンティウを消し去る気は全くないと言ったら、信じてくれる?」
「それはあなたの返答次第です、ルカ・ブレイズ。教えていただきたい、一体どうやってあの大蛇を倒したのかを」
「どうやって...って、普通に戦って倒したんだけど?」
「誤魔化そうとしても無駄ですよ。三日三晩続いたあなたとネイヴィアの戦闘は全て私の部下により監視されていました。最後の瞬間、あなたは人智を超越した力を解き放ったと報告を受けています。その技が何なのか、今私達の目の前で見せてほしいのです」
「...それは出来ない」
「何故です?」
「それをすれば、あなた達全員を殺してしまうから」
「私達都市守護者はそれほどやわではありませんよ。あなたは今、その魔力遮断ネットにより完全に力を封じられている。見せてくれるというのなら、その網を解きましょう」
「私はネイヴィアと約束したんだ。この城と、あなた達都市守護者に一切害を成さないと...」
「そんなものはあなたの命令一つでどうにでもなるでしょう?今のあなたにとってそれはただの口約束に過ぎません。見せてくれないと言うのなら、残念ですが魔導国の皆さんにも捕らわれの身となっていただきます。よろしいですね?」
それを聞いてアインズはルカの縛られている椅子に寄り添い、網に手を触れて魔法を詠唱した。
「
しかし一瞬光を帯びたのみで、魔力遮断ネットは小動もしなかった。それを受けてルカは首を横に振る。
「無駄だよアインズ。この魔力遮断ネットは、
それを聞いたアインズの眼窩に殺意の炎が宿る。
「お前に非はないさ。それよりも交渉は決裂...という事でいいな?フェイロン殿」
アインズと階層守護者達の体からドス黒いオーラが立ち昇る。そのあまりにも強大な殺気を受けた都市守護者達は後ずさり、皆がフェイロンの指示を待った。そう、彼らは期待していた。この場は甘諾し、戦闘を回避する指示を。しかしフェイロンはその殺気を受けてもなお引かず、席についたままアインズと睨みあっていた。正に一触即発だったその時────
唐突に、アインズの背後にある入口の扉が開いた。そして殺気の渦巻く部屋の中に、何の躊躇もなく一人の男が入ってくる。そして円卓の間中に響き渡る大声で絶叫した。
「...いい加減にしなさいユーシス!!!さっきから聞いていれば、あなたはこれだけの気配を浴びてもまだ分からないと言うのですか?!何故彼らの言う事を信じようとしないのですか!!!」
鬼気迫る険しい表情で立つその全身漆黒の竜袍を纏う男を見て、都市守護者達が皆絶句した。
「き、貴様は....バカな......」
「何故、何故....お前がここに....?」
「.....火神.....ノアトゥン......レズナー.....」
都市守護者はその姿を見て青ざめ、もはや固まり動けずにいた。その様子を見てアインズと階層守護者達も背後を振り返り、その男を凝視する。ノアトゥンはそれを受けてアインズに歩み寄ると、上腕にそっと手を触れて優しく微笑んだ。
「心配になって来てみたのですが、正解でしたね。間に合って良かった」
「ノ、ノアトゥン?どうしてお前が....」
部屋に入ってきた直後に発したノアトゥンの殺気は本物だった。それが今は大らかに微笑み、目の前に立っている。そのあまりのギャップにアインズは肩透かしを食らったような気分になり、都市守護者に向けていた殺気も失せてしまっていた。
「話はあとでゆっくりとしましょう、ゴウン殿。今は先にやるべき事があるはずです」
そう言うとノアトゥンは、魔力遮断ネットで縛られたルカの隣に寄り添った。
「お嬢さん、お待たせして申し訳ありません」
「え? ノアなの?」
「じっとしていてください、その魔力遮断ネットを解いて差し上げます」
するとノアトゥンは、右腕のゆったりとした袖の中から一枚の赤い文字が描かれた札を取り出し、ルカの胸元に張り付けた。そしてそこに人差し指と中指を真っすぐに立てて手刀を作り、札に指をかざして魔法を詠唱する。
「
(バチュン!!)という音を立て、ルカの体をきつく縛っていたワイヤーが弾け飛ぶようにして消え去った。体の自由を取り戻したルカは立ち上がり、ノアに笑顔を向ける。
「ありがとうノア!来てくれるとは思わなかったよ」
「何、このようなもの。お嬢さんなら自力で解けたでしょうがね、ほんの手慰みです。お仲間も私が解いて差し上げましょうか?」
「ううん大丈夫。2人のネットは私が解くから」
ルカはミキの縛られている椅子に近寄り、エーテリアルダークブレードを抜いて魔力遮断ネットの隙間にねじ込み、いとも簡単に(ブチン)と断ち切った。ついでライルを縛っている網も切断して、2人の体が自由になる。
「ありがとうございます、ルカ様」
「申し訳ありませぬルカ様、このライル、少々油断しておりました故」
「いいのよ2人共。魔力遮断ネットは
ルカ達が無事解放されたのを見て、ノアトゥンは再び都市守護者達の方へ体を向けた。
「双方とも剣をお収めください。ユーシス、これで分かったでしょう? あなた達は、ここにいる魔導国の強者一人にすら遠く及ばない。今戦えば、死ぬのは間違いなくあなた達都市守護者だったでしょう。ここからは私もこの会談の場に同席させていただきます。よろしいですね?ユーシス、ゴウン殿」
それを聞いて、フェイロンは椅子の背にドッともたれかかり、大きく首を項垂れた。そして力なく都市守護者達に命令した。
「...みなさん、言う通りにしましょう。剣を収め、席についてください」
アインズも皆に指示する。
「階層守護者達よ、こちらも剣を収めよ。会談を再開する」
一番殺気立っていたのはアルベドとシャルティアだったが、彼女らがギンヌンガガプとスポイトランスを収めたのを筆頭に、皆次々と武器を収めて椅子に着席した。
そしてノアトゥンもアインズの隣に座り、会談は再開された。
「ユーシス、そして都市守護者のみなさん。どうして彼ら魔導国に対しこのように無礼な真似をしたのですか?」
「...........」
「答えなさい、ユーシス。あなたにはその義務がある」
「...世界蛇の力は強大です。それを一個人が独占するなど狂気の沙汰でしかない。長い事消息不明だったルカ・ブレイズが現れた今がチャンスでした。彼女さえいなければ平和的に会談を進めても良かったが、方針変更を余儀なくされた。どの道街が滅ぶのなら、死なばもろとも...とまでは言いませんが、その覚悟を持って我々都市守護者はこの会談に臨んでいるのです」
「ルカお嬢さんの能力を知ろうとした訳は?」
「世界蛇を捻じ伏せた力ですよ?もしその力の一端でも我々が使いこなす事ができれば、再びあの大蛇の支配権を取り戻せるかもしれないと考えたからです」
「なるほど。これに対するお嬢さんの考えをお聞かせ下さい」
「繰り返しになるけど、私はネイヴィアの支配権が欲しくて彼を倒した訳じゃないし、彼の力を使ってこの街を破壊しようなんてこれっぽっちも思ってない。それと私の力を知った所で、あなた達には絶対に使いこなせないし、見せる気も教える気もない。会ったばかりなのに切り札を見せるなんて、おかしな話でしょ? ああそうそう、35年前に私達がこの城から盗んだもの、今返すよ」
ルカは中空に手を伸ばし、銀色に輝く壺を三つ取り出して円卓に置いた。それを見てフェイロンは怪訝そうな顔をする。
「おやおや、おかしいですね。確か宝物庫から奪われた不廃の壺は全部で五つのはずでしたが...」
そう言われてルカは両手を合わせ、謝るポーズをした。
「ごめん!残りの二つは病気で苦しんでいる村のために置いてきたのよ。その三つの中には貴重な
冷や汗をかきながら必死に謝るルカの姿を見て、都市守護者達の目は点になっていたが、その間抜けな姿を前にフェイロンの固かった表情が徐々に崩れていく。
「...フッ。ククク、ハッハッハ!伝説のマスターアサシンとまで呼ばれたあなたが、これじゃ型なしですね!...いいでしょう。35年もかかりましたが、正直に返してくれたので許して差し上げます」
「良かった、ありがとうフェイロン!」
都市守護者の一人が目配せすると、背後の兵士達が壺を抱えてフェイロンの前に移動させた。それを見てノアトゥンはホッとした顔を浮かべ、再度話を切り出す。
「ゴウン殿、ここまでで何か意見はございますか?」
するとアインズは顎に右手を添えて、重々しく口を開いた。
「...まず勘違いしないでもらいたいのだが、我々魔導国にはネイヴィアの力を借りずとも、このエリュエンティウを即座に破壊出来る力を持っている。この会談は言わば、そうした不測の事態を避けるための対話である事を重々忘れないでもらいたい。先程のような愚行をあと一度でも行えば我々はそれを宣戦布告と見なし、今この場で貴君もろともこの街を破壊する」
その言葉に円卓の間が凍りついたが、ただ一人フェイロンだけは不敵な笑みを浮かべていた。
「存じておりますよゴウン魔導王。あなたがカッツェ平野で王国の兵達を殲滅した力...超位魔法ですね?そんなものをここで使用されてはたまらない。私がルカ・ブレイズに行った非礼をここにお詫びしましょう。ネイヴィアの事もあなた達にお任せします」
「ほう、超位魔法の存在を知っているのか?」
「もちろんです。ここは位階魔法発祥の地・空中都市エリュエンティウですからね。そうした魔導書の類も多数保管されているのですよ」
「ならば超位魔法を使える者達もいるのか?」
「いいえ、使えたのは我らの先祖である八欲王達です。魔導書や戦闘の記録等でその存在を垣間見る事ができますが、既に失われた力として私達都市守護者の間に知識として伝わっているのみとなります」
「なるほどな。では八欲王がプレイヤーだったという事実についてはどう思う?」
「そこまでご存じとは。...そう言えばアーグランド評議国からの書状にもそう書いてありましたね」
フェイロンは、円卓の手元に乗せられた三通の書状の内一枚を広げた。
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拝啓
八欲王の空中都市 エリュエンティウ・都市守護者一同 御中
貴国においてはますますご健勝の事とお喜び申し上げる。
長らく緊張状態の続く我が国と貴国だが、交易の道を閉ざさず2国間で今なお共に繁栄し、平和を享受出来ている事を嬉しく思う。
そんな中、先日我が国に変わった客達が訪れた。彼らはこの世界とは全く別の異界からやってきたという事を、包み隠さず詳細に語ってくれた。そしてこの世界がどう構築されているのか・何者の手によって作られたのか等、この世界の真実までも知り尽くしていた。そう、私達竜王の血族がかつて貴国と死闘を繰り広げた八欲王と同じ、ユグドラシルプレイヤーだったのだ。彼らは敵意さえ向けなければ非常に友好的であり、また我々の想像を遥かに超える絶大な力と良識も兼ね備えている。
その国の名は、アインズ・ウール・ゴウン魔導国。我がアーグランド評議国は、正式に魔導国と同盟及び友好通商条約を締結した。そこで貴国に一つ提案がある。
アインズ・ウール・ゴウン魔導国は、貴国・八欲王の空中都市エリュエンティウと会談の場を設けたいと願っている。もしこれが実現すれば、彼らの話は聞くだけでも貴国に多大な恩恵をもたらす事になるだろう。僭越ながら不肖我が国が間に立ち、魔導国と貴国の橋渡しを引き受けたいと考えているのだが、いかがだろうか。
彼ら魔導国の存在は、冷戦状態にある我が国と貴国の現状を打開し、融和の道を切り開くと言う夢を私に見せてくれるほど大きなものである。もし此度の会談が実現し、貴国が魔導国と友好関係を築けた暁には、我が国で大切に保管しているギルド武器を貴国に返還する事も辞さないとまで私は考えている。
尚会談が実現の運びに至った際は仮の体ではあるが、私も同席する所存だ。
是非ご検討いただきたい。
アーグランド評議国 永久評議員・ツァインドルクス=ヴァイシオン
───────────────────────────────────────
「ここに書かれている通り、彼らは本当にプレイヤーなのですね?ツァインドルクス=ヴァイシオン殿」
「僕の事はツアーと呼んでくれて構わないよ、ユーシス。彼らはその知識と力も含め、間違いなくプレイヤーだよ」
「...こうしてあなたとお話しするのは、これで2度目ですねツアー。200年前、十三英雄の一人・白銀としてあなたがこの城へ姿を現した時は、本当に驚いたものです」
「本当はあの時、もっとこうしてゆっくりと話が出来ていれば良かったんだけどね。世情がそれを許さなかった。僕は年を取ったけど、
「何、年を取ったのはお互い様です。それにこの書状にも書いてありますが、あなたがそういうつもりでいてくれたという事が嬉しいですよ、ツアー」
「ユーシス、良ければなんだが...今度僕達の国へ来ないか?ここにいる都市守護者達も連れてきてくれて構わない。亜人ばかりの国だけど、きっと今なら君達を歓迎できると思う」
「......ツアー。喜んで行かせていただきます」
長らく続いた冷戦構造、ギルド武器破壊による都市の崩壊。その不安と重圧に耐え凌いだ日々。それらが脳裏を過ぎり、ツアーの一言で両国間を遮る厚い壁が音もなく崩れ去ろうとしていた。都市守護者として、ギルドマスターとして、ユーシス・メガリス・ヴァン=フェイロンの頬に熱い涙が伝う。それを見て、ツアーはアインズの方へと首を向けた。
「済まないねアインズ、話の腰を折ってしまって」
「気にするな、全く問題ないぞツアー。2国間の関係改善が進むことは、我が魔導国にとっても有益な事だからな。どんどん進めてもらって構わない」
「....フフ、君らしいねアインズ」
マントの裾で涙を拭っていたフェイロンが顏を上げる。
「みっともないところをお見せしてしまって申し訳ありません、ゴウン魔導王。それで、ユグドラシルのプレイヤーというのはゴウン魔導王のみなのですか?」
「いや、プレイヤーは私と、ここにいるルカの2人だけだ」
「そうですか。あのネイヴィアを倒したと言うのもそれなら頷けます。良ければあなた達が知ると言う、この世界の真実についてお聞かせ願えませんか?」
「いいだろう。ルカ、頼めるか?」
「もちろん」
そしてルカは詳細に語りだした。2人が異世界へ転移した経緯、現実世界、ネットワークの構造、ダークウェブユグドラシルの存在、AIの定義、ユガとメフィウス、エンバーミング社の実験、プロジェクト・ネビュラ、フェロー計画、その他知り得る情報全てをフェイロン達都市守護者に伝えた。
円卓の間がざわつき、都市守護者達がお互いの顔を見やって議論を始める。
「八欲王の元居た世界....」
「ダークウェブと、それにロストウェブだって?」
「ガル・ガンチュアに虚空?聞いた事のない地名だ」
「そのメフィウスというのは、神なのか?」
「つ、つまりそれはプレイヤーに対しても何らかの実験が行われていると?」
「時空を超えて、プレイヤーであるあなた達2人は出会ったというのか?」
「地球....そしてアルファ・ケンタウリ星系...途方もない話だ」
都市守護者達の議論を黙って聞いていたフェイロンは、八欲王の残した知識と照らし合わせて思考を巡らせていた。そして一つの謎に辿り着く。フェイロンが口を開くと、他の都市守護者達は一斉に議論を止め、彼に目を向けた。
「...正直信じられないようなお話ですが、あなた達の言葉を信じるなら、ゴウン魔導王、それにルカ・ブレイズ。あなた達はこの世界を作ったユグドラシル製作者と、エンバーミング社・それにレヴィテック社いう存在の策謀にはまり、この世界に転移した数少ないプレイヤーという事になる。これで認識は間違っていませんね?」
ルカはフェイロンを見つめ、大きく頷いた。
「その通りだよフェイロン。ただ私とアインズは、元居た現実世界に帰れたことで肉体を取り戻し、その実験から逃れる事ができた。そしてそれこそが、私の目的の全てだったの。それはここにいる仲間たちの助力により達成され、その恩返しとして今私はアインズと魔導国の為に力を貸している。
だから安心してフェイロン、私はネイヴィアを私利私欲のために使ったりしないし、この国を破壊するつもりなんて毛頭ない。...何より、ネイヴィアは私の大切な友達だからね。その彼が、あなた達都市守護者とこのエリュエンティウを見守りたいと言っているんだ。その自由意志を、私は尊重するよ」
「それで先ほどはあのように無抵抗を貫き通した、と。...分かりました、あなたに対する考えを改めましょう。その言葉を信じます。それでこの世界についてもう一つ疑問が湧いたのですが、よろしいですか?」
「もちろんよ」
「先ほども言った通り、あなた達はこの世界に転移した数少ないプレイヤーだ。ゴウン魔導王は2138年の世界から、あなたは2350年の世界からこの世界へと転移してきた。そしてルカ、あなたはこの200年の間に、ゴウン魔導王を除いて出会ったプレイヤーは十三英雄のリーダーただ一人だったと言う。それならば、更にそれ以前のプレイヤーである500年前に降臨した我らが先祖・八欲王は、一体どこから来たというのでしょう?」
ルカは顎に手を添え、円卓に目を落とした。
「それについては...私もよく分からない。何より私は、現実世界へ帰る事が第一の目標だったから、詳しくは調べていないんだ」
その返答を受けてフェイロンは、ルカの話を黙って聞いていたノアトゥンに目を向けた。
「あなたなら、何かご存じではないのですか? ...600年前、かつて六大神と呼ばれた一人、火神・ノアトゥンレズナー。あなたなら...」
その名を聞いてアインズとルカは驚愕の眼差しを向けた。
「六大神だと?!」
「うそ....本当なのノア?」
「....ええ。本当ですよゴウン殿、お嬢さん」
ノアトゥンの返事を受けて、ツアーは彼の顔を覗き込む。
「まさか....六大神は500年前既に滅んだはずでは?」
「伝承ではね。しかし実際は違った」
「...という事は、僕達竜王と関りを持った他の六大神達も生きているのかい?」
「いいえツアー、生存しているのは唯一私だけです」
ノアトゥンの目から光が失せ、憂うような暗い目線を円卓に落とした。それを見て心配になったルカは、再度質問を続ける。
「もしかして、ノアもプレイヤーなの?」
「そうです。しかし厳密に言えば、あなた達のように純粋な意味でのプレイヤーではない。...ゴウン殿、お嬢さん、
「タルタロス?....確か、ギリシャ神話に登場する原初の神々の名で、奈落そのものを意味する言葉だったはずだが」
「そ、そうなの?私は聞き覚えがないけど」
「...ご存知ないようですね。込み入った事情があり、今は私の事について詳しくお話することができません。ただ、どうかこれだけは信じてほしい。私はあなた達の味方です」
「そう言われて、はいそうですかと信じるバカも居ないと思うがな。ただ、今日の一件でお前には借りが出来た。...どうするルカ? お前が判断してくれていいぞ」
「ノア...いつかは、ちゃんと話してくれるんだよね?」
「その時が来れば、お二人には全てをお話しすると約束します」
真剣な眼差しで見つめるノアトゥンを見て、ルカは笑顔で頷いた。
「分かった、信じるよノア。話を続けよう」
「感謝します」
アインズとルカに一礼すると、ノアトゥンはフェイロンに目を向けた。
「ユーシス、あなたが疑問に思った八欲王の出自と六大神の真実について、私は全ての答えを持ち合わせています。しかし今言った事情により、詳しくはお伝えする事ができません。ただ、一つだけ言える事があります。八欲王とは、私達六大神を殺す為...ただその為だけに生み出されたプレイヤーであり、それが彼らの目的の全てだったという事です」
「!!!」
全員に衝撃が走った。600年前の当事者が語る言葉を前に、都市守護者達はノアトゥンを見つめて茫然自失となる。唯一正気を保っていたフェイロンが、恐る恐るノアトゥンに質問を返した。
「...それだけが目的だった、とは?」
「言葉の通りですよ、ユーシス」
「し、しかしそのような事、空中都市に残された書物と記録には一言も....」
「きっとあなた達子孫には知られたくなかったのでしょう。彼らにとって恥ずべき記録ですからね」
「では八欲王が紡いだ歴史とは一体?彼らがかつて支配していた、今は無き街や都市は...」
「このエリュエンティウも含め、全てその目的の為の副産物です。彼らが自らの力で築いたわけじゃない」
「そんな....それなら魔法はどうなのです?!この世界にある位階魔法は、八欲王がもたらしたとされています。現にこの空中都市には、この世にある魔法という魔法が全て記されているという、
フェイロンは縋るような目で必死に問いただした。しかしノアトゥンはそれを聞いて俯き、首を横に振る。
「...あなた達はあの書物が何なのかを、全く分かっていない。その証拠にユーシス、あなた達都市守護者でもあの書物の封印を解いて、その内容を見た者は誰一人としていない。違いますか? ...八欲王がこの世に現れる前にも、位階魔法は存在していたのです。彼らがこの世界に持ち込んだ
ただでさえ青白いユーシスの顏が、血の気を失って更に青ざめていく。隣に座っていたクロエが、心配そうにその肩を支えた。
「...ユーシス、気をしっかり」
その様子を冷静に眺めていたルカは、一つの疑問を投げかける。
「ノア? 聞きたいんだけど、ユグドラシルの中で過ごした時間は現実世界にも反映される。つまり、2350年に転移した私はこの世界の中で200年を過ごし、現実世界に帰った時には2550年になっていた。あなた達六大神は600年前から存在したプレイヤーということだけど、当然ながら600年前の1950年代にユグドラシルというゲームは存在していない。あなたが本当にこの世界で600年を過ごしたと言うのなら、この矛盾はどう説明するの?」
ノアトゥンは口元に手を当てて苦笑した。
「お嬢さん、誰も600年間過ごしたなんて一言も言ってませんよ」
「どういう事?」
「ならば一つだけお答えしましょう。私はねお嬢さん、2223年7月29日・午前0:00分...つまりユグドラシルⅡの終焉からこの世界の600年前へと転移してきたのです」
それを聞いて魔導国の皆が驚いたが、ルカとアインズはモノリスに書かれていた碑文を思い起こし、新たな疑問が湧いた。
「で、でも確かユグドラシルⅡでは、肉体を拉致されたプレイヤーは一人もいなかったはずじゃ?それに2223年だと、時間的にも差異が生じるし...」
「だがルカよ、年代は合っている。それにユグドラシルⅡの存在を知っているという事自体、通常のNPCではあり得ん事だ」
するとノアトゥンは隣に座るアインズの肩に手を乗せて2人を交互に見やった。
「ゴウン殿、私はNPCではありませんよ。お嬢さんのおっしゃりたい事も分かります。ですが今は堪えてください。いずれ必ずあなた達には全てをお話しします」
「...フー、やれやれ。分かった、必ずだぞ」
「わ、私も我慢する!」
「ありがとうございます、お二人共」
そう言うとノアトゥンは、再び都市守護者達に向き直った。
「ユーシス、それに都市守護者の皆さん。私が今お伝えした事は全て事実ですが、それをどう受け止めるかはあなた達次第です。しかし願わくば、皆さんには八欲王と同じ滅びの道を歩んで欲しくはない。
それに今ここにいるアインズ・ウール・ゴウン魔導国の方々は、かつての八欲王かそれ以上の力を秘めている事は私が保証します。過去に縛られず、勇気を持って彼らと共に一歩を踏み出してください。そうすれば必ずや、この美しいエリュエンティウにさらなる平和と繁栄をもたらす結果となるでしょう」
その言葉を受けて、都市守護者達の目に希望の光が宿りつつあった。フェイロンは目を閉じて大きく深呼吸し、気持ちを切り替えるようにノアトゥンを見返した。
「...全く、200年ぶりにフラリと現れたかと思えば、あなたはいちいち驚かせてくれますね、ノアトゥン。分かりました、会談を再開しましょうゴウン殿」
「無論だフェイロン殿、異存はない。そう言えば下の街で耳にしたのだが、エイヴァーシャー大森林近辺で何やら危険なものを発見したらしいな。何かあったのか?」
それを聞いて、都市守護者達がざわめいた。
「もうそのような事が噂に...。ええ、お恥ずかしながら実はその事もあり、我々都市守護者はネイヴィアの支配権を取り戻したかったと言うのもあるのです」
「というと?」
「ここから西へ向かったエイヴァーシャー大森林と砂漠との境目に、我々が見たこともないような恐るべきモンスターが出現しました。通報を受けてから、ここにいるクロエと合わせて都市守護者5人・マジックアイテムを装備させた兵5000で向かわせたのですが、全く歯が立たずこちらにも死傷者が出たために止む無く撤退させました」
「ほう、そんなに強いのか。そのモンスターの姿形は?」
「詳しくは、遠征軍隊長だったクロエから説明しましょう」
それを受けて椅子からクロエが立ち上がる。
「魔導王閣下、強いなどというものではない。あれは200年前に現れた魔神をも遥かに凌駕する化物だ。外見は悪魔ともドラゴンとも見つかぬ姿をしているが、あれを放置すれば必ずやこの世界に再び災いが降りかかるであろう。あんな化物が万が一エリュエンティウに牙をむけば、街は確実に消滅してしまう」
「ふむ...」
アインズとルカはお互いに顔を見合わせた。そしてルカがクロエに質問する。
「もしかしてだけどそのモンスターがいる近くに、幅5メートル・高さ15メートルくらいの黒い石碑が建ってなかった?」
「!! どうしてそれを?」
「...まさかルカ・ブレイズ、お前達があのモンスターを召喚した訳ではあるまいな?」
苦虫を噛みつぶしたような顔でクロエが睨んできたが、ルカは慌ててそれを否定した。
「違う違う!そんな事はしていないけど、最近世界各地にエノク文字の刻まれた謎の石碑が出現しているんだ。そしてほぼ例外なく、その石碑の傍には強力なモンスターが配置されている場合が多い。私達は訳あってその石碑を追っているんだよ」
そこへノアトゥンが話に割って入ってきた。
「ユーシス、それにクロエさん、彼女の言っている事は本当です。私も実は、突如この世界に現れたあの石碑が何なのかを調査する為に各地を回っていました。お嬢さん、先程あなたが話したこの世界の真実についてですが、その中には私も知らなかった事が多く含まれている。
そしてそれとあの石碑に書かれている言葉を総合すれば、この世界の行方を左右するほどの謎が秘められていると私は考えています。このタイミングで空中都市と魔導国が歩み寄る事には、大きな意義がある。ユーシス、そしてゴウン殿、この先どうするかを決めるのはあなた達次第です」
それを聞いてフェイロンは自嘲気味に笑うと、アインズ達を見渡した。
「フッ、まるであなたの掌の上で踊らされている気分になりますね...。いかがですかゴウン魔導王? 先ほどルカが話した内容を踏まえ、私はあなた達に対する疑念はほぼ解消されましたが」
「それに関しては、先程のあなたとノアトゥンとの話を聞いて私も粗方理解できた。ただ一つ強いて言えば、八欲王の子孫であるあなた方都市守護者と、このノアトゥンがどうやって知り合ったのかという点についてだが...」
「それは彼が200年前、十三英雄と入れ替わるようにして私達の前に姿を現したからですよ。この空中都市には、彼ら六大神に関する能力や装備と言った、詳細な記録が数多く残されています。それと瓜二つの姿である彼が空中都市を訪れ、魔神を討伐する為に影ながら協力すると申し出てきたという経緯があり、私達都市守護者は火神・ノアトゥンレズナーが生きていたという事を知るきっかけとなったのです」
「成程な、理解した。特に異論がなければ、我が魔導国は貴国と同盟及び友好通商条約を結びたいと考えている。了承していただけるかね?」
29人の都市守護者達は一斉にフェイロンの席へと顔を向け、大きく頷いて見せた。それを受けてフェイロンは席を立ちあがる。
「もちろんです、ゴウン魔導王。我ら空中都市は正式に、アインズ・ウール・ゴウン魔導国と同盟を結び、両国のより一層の繁栄のために友好通商条約を締結する事をここに宣言します」
その言葉を受けてデミウルゴスは契約書のバインダーを取り出し、両者がサインを記入して交換した事で契約は無事締結された。そのバインダーを手にすると、アインズはテーブルに身を乗り出して満足そうに微笑む。
「会談がスムーズに運んだ事を喜びたい。早速なのだがフェイロン殿、我々魔導国はエイヴァーシャー大森林へ調査に向かおうと思う」
都市守護者達は我が耳を疑い、アインズに驚愕の視線を向けた。
「なっ...今すぐにですか?! 会談を終えたばかりだというのに」
「本当ならば貴国の所有する
「し、しかしあなたの身をお守りする兵を用意せねばなりません。あの地への調査は今しばらく待っていただきたい」
「必要ないさ。この街の兵に被害が出ても申し訳ないのでな、こちらは少数精鋭で行く。ただ道案内が必要ではあるので、その場所を知っている者をつけてくれるとありがたい」
「ならばこのクロエをお供させましょう。但し調査に向かわれるのなら、こちらからも二つ条件があります」
「ほう、条件とは?」
「まず第一に、無理だと判断された場合は何を置いても撤退する事。第二に、この街を守る大蛇ネイヴィアを同行させる事です。この2つの条件を飲めないのなら、あなた達をかの地へと向かわせる訳には参りません」
それを聞いて階層守護者達がざわめくが、アインズは右手を上げてそれを制止した。
「分かった、その条件を飲もう 」
「ではそこにおられるツアー殿にもお渡しする物があります」
フェイロンが背後に控えていた兵士に何事かを耳打ちすると、円卓の間の扉が開き2人がかりで布に包まれた大きな物体を運んできた。ツアーの前でその布を取り去ると、中には深紅に染まった禍々しい大剣が収められていた。それを見てツアーは驚きの声を上げる。
「これは...200年前に僕が借り受けた伝説の大剣・次元の破壊者(フラクタルブレイカー)だね。ユーシス、これを出してくるという事はよほどの強敵なのかい?」
「その通りです。そしてその剣は、八欲王以外にはあなたしか使いこなせない武器。どうぞお持ちください」
「...分かった、ありがたく貰い受けておくよ」
ツアーがそれを受け取ると、アインズは椅子から立ち上がりテーブルを回り込んで、フェイロンと握手を交わした。
「我々魔導国を受け入れてくださり、感謝するぞフェイロン殿」
「ゴウン魔導王、こちらこそよろしくお願いします。くれぐれもあの化物を前にご無理はなさらないでくださいね」
「フッ、承知した。クロエ殿も道中の道案内をよろしく頼む」
「了解した、ゴウン魔導王閣下」
アインズは後ろを振り返り、席を立ったノアトゥンに声をかけた。
「お前はどうするノアトゥン? 無理に同行せずともよいのだぞ」
「何を言われるのですゴウン殿、私も当然同行させていただきますよ」
「分かった。各自準備が出来次第出発だ。皆の者よいな?」
『ハッ!』
そして会談は無事終了し、準備を終えた者達は蛇神の門へと集合した。そしてルカは、そこで待っていたネイヴィアに笑顔で駆け寄っていく。
「お待たせネイヴィア、待ちくたびれなかった?」
「ん?おおルカか!それにアインズ、ツアーと...都市守護者のクロエまでおるではないか。その様子だと会談とやらは無事終わったようじゃのうハッハッハ!!」
「うん。空中都市と魔導国は、これで晴れて同盟国になったよ。それで一つネイヴィアにもお願いがあるんだけど、私達と一緒にエイヴァーシャー大森林までついて来てほしいの」
「おお、構わんぞ!久々の外出じゃなあハッハッハ!!胸が踊るわい!」
「ありがとうネイヴィア」
いともあっさりとチームへの同行を承諾したネイヴィアに皆は驚いたが、アインズは気持ちを切り替えてクロエに質問した。
「モンスターの出現した地点まではどのくらいかかる?」
「我々の足で7日といったところだが、下の街に馬と馬車を用意してある。早ければ3日程で着けるはずだ」
しかしそれを横で聞いていたネイヴィアが巨大な鎌首をクロエにもたげてくる。
「何をバカな事を言っとる!そんな足の遅い馬などでちんたら向かってたら眠くなってしまうわい!わしの頭に乗っていけば良かろう、エイヴァーシャー大森林までなぞひとっ飛びじゃ!」
「そ、そうでしたねネイヴィア様。それではお言葉に甘えてそうさせていただきます」
「ネイヴィア”様”?」
アインズとルカが疑問符を口にすると、クロエはたどたどしく答えた。
「こ、このお方は我らよりも遥かに長寿であり、長年エリュエンティウを守ってくれている守護神なのだ!その地位は、ユーシスを除いて都市守護者よりも上なのだぞ!」
「ふーん。そうなのネイヴィア?」
ルカはネイヴィアの鱗を撫でながら大蛇の目を覗き込んだ。
「どうもそうらしいのう。まあこ奴らが勝手に決めた事じゃからどうでもいいが、でもわし実際に偉いしブッハッハッハ!!」
アインズはそのやり取りを見て、空中都市とネイヴィアとの力関係がうっすらと見えてきていた。とどのつまりが、空中都市は守護獣であるネイヴィアに頭が上がらないのである。これをうまく利用しない手はないと雑念が過ぎったが、それを振り払いモノリスの調査に集中する。
「よし、では出立する!また世話になるぞネイヴィアよ」
「おう、任せておけアインズ!」
全員がネイヴィアの頭の上に移動すると、その真っ白な巨体は砂漠を這うように恐ろしく速いスピードで前進していった。クロエが方角を細かく指示しながら、一行はエイヴァーシャー大森林へと向かう。そして4時間もかからないうちに目標地点へと到達した。
クロエが指さす先、ちょうど砂漠と緑の切れ目には確かにモノリスが鎮座していた。しかしどうも様子がおかしい。敵影がどこにも見当たらないのだ。ルカとアインズ達はネイヴィアの頭から飛び降りて、慎重にモノリスへと接近する。敵が突如
ネイヴィアが首を上げると同時にルカも反応し、2人はある一点を見つめた。
「おいルカ、見つけたぞ!あれが敵なのではないか?上から見ると森の中におる!」
「
「了解した!」
そして森の奥に進んだ先、アインズとルカは遠巻きにあり得ないものを目にした。それは首から上に竜の頭を持ち、その下から腕・足までが爬虫類のような紫色の鱗で覆われた、全長40メートルはあろうかと思われる2足歩行の巨大なモンスターだった。手には巨大なスピアと盾を持ち、全身がヌラヌラと湿っぽく光沢を放っているおぞましい姿に、ルカとアインズは戦慄した。
「バ、バカな...何でこいつがこんな所に」
「ルカ、お前この化物を知っているのか?」
アインズのその問いには答えず、ルカは左耳に手を当てて叫ぶように言った。
『
『おお、聞こえておるぞルカよ!』
『問題ない、ルカ・ブレイズ』
『今から私の言う事をよく聞いて。状況・
但しこれから言う私の作戦をよく聞いて、各自聞き逃さないように。まずアルベド、コキュートス・ライル・ユーゴが
『了解!』
『チーム編成を伝える。ルカ・ミキ・ツアー・アルベド・ユーゴ・ルベドが第一チーム、アインズ・シャルティア・コキュートス・ライル・アウラ・マーレが第二チーム、イグニス・ノア・デミウルゴス・セバス・クロエが第三チームの遊撃隊に回れ。いい?絶対に無理しちゃだめよ。特にタンク、
そして3チームがベリアルに向かって突進した。タンクであるアルベド・ユーゴ・コキュートス・ライルが先制すると、ベリアルに向かって武技を叩き込んだ。
「
「
「
「
ベリアルの足首に向かって攻撃が決まると、周囲を劈くほどの恐ろしい咆哮を上げ、タンク組の4人に向かってその敵意を剥き出しにした。それを見てルカは一斉に指示を飛ばす。
『よし、
ルカの適切な指示により、ベリアルはネイヴィアの待つ東側へと誘導され、そして遂に全員が森の出口を抜けてネイヴィアの後ろへと回り込んだ。
『ネイヴィア、今だ!!』
『行くぞお主ら、巻き込まれるなよ?』
そういうとネイヴィアは首をもたげてベリアルを見下ろし、大きく息を吸い込んだ。
「
するとネイヴィアの正面から左右に分厚い水壁が立ち上り、弾け飛ぶようにしてベリアルに突進した。そして発生した超高圧の津波に押し潰され、ベリアルの巨体が小枝のようにねじ曲がり、吹き飛ばされる。
空中に退避していたルカ達はその様子を注意深く観察していたが、やがて召喚した水が背後の森に吸収され消え失せると、我を見失ったかのようにベリアルがネイヴィアに向かい突撃してきた。そこをすかさずネイヴィアは巨大な尻尾を鞭のようにしならせて打撃を叩きつけるが、ベリアルは辛うじてその場に踏みとどまり、炎属性の強烈なブレス攻撃をネイヴィアに放つ。一進一退の攻防が続く中、ベリアルのヘイトが完全にネイヴィアへと向いた事を確認したルカは、咄嗟に
『第一チーム、ベリアルの左翼へ展開、第2チームは右翼、第三チームは背後につけ!これより全方位からの飽和攻撃を行う。各員超位魔法及び
『了解!』
ネイヴィアが激しく応戦する中3チームの布陣が完了すると、ちょうどネイヴィアを挟みベリアルを四方から見下ろすような陣形となった。宙に浮く全員が一斉に両腕を天に掲げると、夕焼けの空に色とりどりの立体魔法陣が空に輝いた。ネイヴィアが尻尾による攻撃でベリアルを吹き飛ばし、距離が開いた瞬間を見計らい、ルカ達第一チームは両腕を地面に向けて振り下ろした。
「 超位魔法・
「
「
「
「
「
6人の放った魔法属性が渦を巻いて入り混じる。目も開けられないほどの閃光が周囲を包み、直後に超高出力の大爆発を引き起こした。強烈な衝撃波と共に茸雲が立ち昇る爆心地の中央で、ベリアルはのたうち回っている。そこへ追い打ちをかけるように、アインズ率いる第二チームが地面に向けて両腕を振り下ろした。
「超位魔法・
「
「
「
「
「す、すす、
星幽系・炎・氷・無属性・毒が一体となった恐るべき狂気の爆縮がベリアルの体を押し包む。しかしこれだけの攻撃を浴びてもベリアルの生体反応が消えない。
「超位魔法・
「
「
「
後方に下がって退避していたクロエは、目の前で繰り広げられている神話のような戦いを前に言葉を失った。会談の際にアインズの放った、(ネイヴィアの力など借りずともエリュエンティウを破壊できる)という言葉が嘘ではない事をまざまざと知ったのだった。
そしてネイヴィア自身の力も彼女は初めて目にした。(このようなバカげた力を敵に回してはいけない)と思うと同時に、空中都市が彼ら魔導国と同盟を結んだという揺るぎない事実を、誰にともなく感謝したのだった。
しかしその安心とは裏腹に、あれだけの攻撃を受けて全身がズタズタに焼かれ、切り裂かれても、ベリアルはまだ生きていた。ルカはそれを知っていたかのように再度指示を飛ばす。
『ネイヴィア、最大火力でとどめを刺せ!』
『了解じゃ、皆距離を取れ!この力は先程の魔法よりもさらに強力じゃ、巻き込まれてもわしゃあ責任取らんぞい!!』
それを聞いて第一、第二、第三チームは後方へと飛びのいた。それを見たネイヴィアが口を開くと、まるで弦楽器を糸鋸で弾いているかの如く不快な音が周囲に響き始めた。そしてその口の中にエネルギーが集束し、ネイヴィアの体が微細振動を起こし始める。その光は巨大な球状を成し、ネイヴィアはその殺気とエネルギーをベリアルに向けて一気に放出した。
「
呪いの言葉と共に吐き出された、血の様に赤い極太のレーザー光がベリアルを、そして背後にある森をも貫いた。そして大爆発の後、塵も残さず灰となり消滅したのだった。
『
階層守護者達はホッと胸を撫で下ろし、地面に降り立った。
「やったねネイヴィア!」
「あの、その、えと、凄く強かったですネイヴィアさん...」
「何、この程度朝飯前じゃてハッハッハ!!お前達もわしの睨んだ通り、相当な力を秘めておったな。二人共怪我はないかの?」
「あたし達は全然大丈夫!」
「ぼぼ、僕も大丈夫です!」
「うむ、それは何よりじゃ!」
その様子を見てルカが2人の背後からネイヴィアに近寄ると、笑顔を向けてネイヴィアの鼻先を抱きしめた。
「大活躍だったね。ネイヴィアがいなかったら、もっと苦戦するはめになっていたよ」
「ベリアルと言ったか? 確かに強力な奴じゃったなあ。この500年間戦ってきた相手の中で、一番強かったかもしれんのう」
「そうだね。ネイヴィアも大分ダメージを受けたでしょ、回復してあげる」
ルカは鼻先を両手で抱きしめたまま、目を閉じ魔法を詠唱した。
「
ネイヴィアの巨体がボウッと青白く光り、ベリアルとの戦いで負った刺突や火傷の傷がまたたく間に癒えていった。それを受けて、ネイヴィアは嬉しそうにルカの体へと頬ずりしてくる。
「他に痛いところはない?」
「大丈夫じゃ、完全に癒えておる。お前の回復魔法は本当に大したものじゃのう」
「フフ、ありがとう。それじゃアインズ、みんな!少し戻ってさっきの石碑の前まで行こう。何て書いてあるか調べなくちゃね」
『ハッ!』
そうして500メートルほど戻り、皆が石碑の前に集まった。ルカは右耳に手を当てて
『プルトン? あたしよ』
『ルカか、どうした?』
『例のモノリスがまた見つかったの。今度はエイヴァーシャー大森林近くの砂漠でね』
『エイヴァーシャー大森林だと?!...また随分と遠くで見つかったものだな』
『アインズとツアーも一緒なんだ。今こっち来れる?』
『ああ。こちらに
『オッケー』
ルカは右手の空いたスペースに人差し指を向けて
「これは皆さんお揃いのよう────」
前口上を述べようとしたプルトンだったが、目の前を遮る巨大な真っ白の壁に気付き、ふと上を見上げた。そこには全長1000メートルを遥かに超える巨大な蛇がチロチロと舌を出し、プルトンを凝視していたのだ。プルトンはそれを見て完全に硬直していたが、見かねたルカがプルトンの肩を揺する。
「ちょっとプルトン?この蛇は大丈夫よ、私達の味方だから」
「こっ、このばけ...大蛇が味方だと?!一体何があったというのだ?」
「簡単に言うとね、彼はエリュエンティウの守護獣でネイヴィア=ライトゥーガっていうの。色々あって今回彼の力を借りる事になったのよ。ネイヴィア、彼はエ・ランテル冒険者組合の組合長で長年の友人、プルトン・アインザックね」
するとネイヴィアはわざとらしく、プルトンの目の前にまで頭を近づけてきた。
「プルトンと言うのか。お主、今わしの事を化物と言いかけたじゃろう?」
「い、いえ!!滅相もございません、そのような事は...」
「...ぷっ、ククク、ハッハッハ!!冗談じゃよプルトン・アインザックとやら!わしと初対面でそれだけ気張っていれば上等じゃわい!ルカが世話になっている者のようじゃな。わしが言うのも変じゃが、今後ともよろしく頼むぞプルトンよ」
「か、かしこまりました、は...ハハハ...」
巨大かつ凶悪な外見の割りに砕けた態度を取るネイヴィアに安心する反面、プルトンはこのような魔物を従えるルカとアインズの底知れなさに戦々恐々とするばかりであった。
「紹介も済んだところで、早速翻訳をお願いしてもいい?」
「...えっ?ああ、うむそうだった翻訳だな、どれどれ....」
プルトンは黒いモノリスを見上げ、声に出してその内容を読み始めた。
────────────────────────────────────────
余談になるが、ユグドラシルではこのRTL機能自体がブラックボックス化されており、メフィウスへの管理者権限でのみ閲覧・アクセスが可能な為、サーラユガアロリキャもこの機能については何も知らない。つまりコアプログラムであるユガにはその権限がないためだ。但しRTL機能の詳細をサーラユガアロリキャのAIが学習した段階で、RTL機能の入出力データをリアルタイムに閲覧する事はできるようになる。しかしこのデータはブラックボックス内の機能拡張ユニット【シーレン】により超高度に暗号化されている為、サーラユガアロリキャには何のデータなのかの判別は出来ない。
尚このユニットを強引に取り出そうとすればブラックボックス自体が崩壊する為、外部から無理に取り出す事はメフィウスの破壊にも繋がる。但しユガに内蔵された暗号解除プログラム【シャンティ】を手に入れ、それを外部【現実世界】でバックアップし、データクリスタルのフォーマットに変えてサーバ内に持ち込み、サーラユガアロリキャにそれを渡して直接使用させる事によって、サーラユガアロリキャはそのデータを1つだけ外部に出力出来るようになる。そしてこのデータ受信先として選ばれるのはサーラのAIの自由意志であり、サーラの信用と信頼を勝ち取った者にしかこのデータの受信者とはなれない。この受信者となれるのは信用と信頼の他にセフィロト=イビルエッジを極めている必要がある。
これに選ばれた者はサードワールドというプログラムを受け取り、現実世界の端末でもサーラユガアロリキャとコミュニケーションを取れるようになり、尚かつコアプログラムを含むユグドラシルというオープンソースのホストアプリケーションをダウンロードする権限を与えられ、全ての時代のデータの流れを閲覧する事も可能になる。要はサードパーティーとなる事が許される。尚このホストアプリケーションには自己診断AI【セブン】が常時走っており、アップロードの時点で不要とみなされた追加ソースに関しては自動的に消去・修復され、元のユグドラシルソースに戻される仕組みとなっている。
────────────────────────────────────────
「碑文は以上だ。何のことを言っているのかさっぱり分からんが、お前なら分かるのか?」
そう問われてルカはプルトンを見る。そしてアインズとツアーにも顔を向けた。胸の鼓動が高鳴り、全身の血管という血管が波打っているのが分かる程神経が鋭敏になっていた。緊張した面持ちを崩さないルカを心配したアインズが、ルカの隣に寄り添いその手を取る。
「ルカ。おいルカ、しっかりしろ。大丈夫か?」
しかしそう言われてもルカは微動だにせず、アインズの手を握り返すばかりだった。ようやく考えがまとまったのか、ルカはアインズの手を離し、改めてモノリスを見上げた
「....分かった」
「ん?何が分かったのだ?」
「....恐らくだけどこの碑文は、私に当てられたメッセージだ」
「...どういう事だ? 詳しく説明しろ、ルカ」
「...アインズも知ってるよね?私が現実世界でダークウェブユグドラシルの解析を進めているって。その中で、どうやっても外部から侵入できない強固なプログラム群があった。それがブラックボックス。つまりこの碑文は、この世界のAI生成及び統合管理を司るするコアプログラム・メフィウスの内部構造が記されたメッセージなんだよ」
「...それはつまり、今まで発見された碑文は全てお前に当てられたものだったのか?」
「そうとは断言できる要素はない。でも、条件が合いすぎている。この碑文から分かる事は、ユグドラシルというサーバを設立する為の方法...つまりはサードパーティーになる方法が書かれている。現在はエンバーミング社及びレヴィテック社が独占管理しているけど、それを打ち破る手段を説いている、と言った方が正しいか。つまりは
「新たなユグドラシルだと?それは要するに、神...になるという事か?」
「そう。ダークウェブユグドラシルを構成するものは大きく分けて3つ。AI及び統合管理を行うメフィウス、地形及びキャラデータを管理するユガ、そしてブラックホールを使用したRTL機能だ。これら全てを掌握する為には、その基礎構造を知る必要がある。
この碑文で言えば、暗号化プログラム【シーレン】、暗号解除プログラム【シャンティ】、自己診断AIプログラム【セブン】といった具合にね。これら全てがメフィウスを構成する要素なら、それだけでも途轍もない収穫だけど、他の碑文と照らし合わせてもまだ全ての文章が集まったとは思えない。このモノリスに書かれた全文を集め、その内容をフォールスに教える事によって、何かのフラグが解除されると見ていいと思う」
「それを成し遂げられるのはセフィロト並びにイビルエッジのみ、か。...面白そうじゃないか」
アインズは骸骨故に無表情だったが、2人は自信に満ちた顔でお互いを見つめ合った。ルカはメモした茶色表紙の手帳をアイテムストレージに収め、後ろで話を聞いていたプルトンとツアーにも噛み砕いて説明した。念のためモノリスの土台に開かれた
「よし、それじゃあ
「ああ、頼む」
「
(パキィン!)という音と共にモノリス表面のエノク文字から光が消え失せ、
「
『おおー!』という勝どきと共に、アインズは砂漠に向けて指を差し、魔法を詠唱した。
「
目の前に暗黒の穴が開いたが、ネイヴィアにとっては豆粒ほどの大きさでしかない。しかしその穴へネイヴィアが鼻を近づけると、
そのままネイヴィアは暗黒の穴を通過し、続いてアインズ、ルカ達も
着いた先はネイヴィアの居た貯水池だったが、空中都市へ行くために再度皆がネイヴィアの頭に乗り、城へと辿り着いた。
────空中都市 城内 19:55 PM
円卓の間へと案内され、30人の都市守護者と魔導国一同は席に着く。クロエからの報告を聞いたフェイロンと都市守護者達は驚嘆の声を上げ、皆がアインズ達魔導国の面々に目をやった。
「ゴウン魔導王、あのように強大な魔物を打ち滅ぼしていただき、感謝の念に絶えません。何とお礼を申したらよいか...」
「いや、気にするなフェイロン殿。私達も貴重な情報が手に入ったのでな、全く持って問題ないぞ」
「ゴウン殿、あなた達の力に敬意を表します。これ以後私の事はユーシスとお呼びください」
「では私の事もアインズと呼んでくれて構わないぞ、ユーシス殿」
「恐縮です。本当ならば私があなた達と同行したかったのですが、私はギルドマスターの身。如何ともしがたい状況にあったのです、どうかお許しください」
「あの砂漠に出現したモンスターは、ネイヴィアとほぼ同等の強さを持った
「そうでしたか、そう言ってくれると救われます。アインズ殿、ここを出る前に言っておられましたね。我が国の至宝、
「おお!それはありがたい。是非とも拝見させてもらおう」
そして一同は城の6階にある吹き抜けの大広間へと案内された。天窓から日差しが差し込み、奥行き40メートル程あるその最奥部にそれはあった。
大理石で出来た台座が2本設置されており、それぞれに分厚い書物が2冊乗っている。左の台座に乗せられた書物をユーシスが手に取り、アインズに差し出した。
「これが
見ると金属で組まれた頑丈そうな表紙に、解読不能な謎の文字が刻まれている。重量はずっしりと重く、3つの鍵によって書物が開かないよう厳重に封印してある様子だった。
アインズは試しに力を込めてみるが、全く動かず開く気配がない。アインズが無理に開けようとすればするほど書物はスパークし、封印の魔法陣が表紙に浮かび上がっていた。
「なるほどな。ユーシス殿、これは貴殿らでも見た事がないのだな?」
「その通りです。この書物の内容を閲覧できるのは、この世に既にない八欲王のギルドマスターのみと伝承で伝わっております」
「理解した。それで? この右隣にある同じような書物は一体何だ?」
「この書物の名は、
「なるほど。面白そうな話だが、この内容すらもお前は知っているというのだな? 火神・ノアトゥン・レズナーよ」
アインズは嘲笑気味にノアトゥンを見たが、首を横に振りノアトゥンはそれを否定した。
「ゴウン殿、無銘なる呪文書(ネームレススペルブック)に関しては存じ上げていますが、このような
その様子を見て、ルカはノアトゥンに問いただした。
「ノア、お願い本当の事を言って」
「本当ですよお嬢さん! ...全く困りましたね、私は生き字引ではないのですよ?」
本気で焦っているノアトゥンの様子を見て、ルカはそれ以上問い詰める事はしなかった。
そしてその後は八欲王の残した武器防具が収められているという宝物殿に入り、弓や剣、槍や鎧等、アイテムの一つ一つをアインズとルカが詳細に鑑定していった。
「これは....ひどいね」
「ああ、ひどいな。バランスブレイカーどころの騒ぎじゃない」
「ツアー、さっきユーシスからもらったその腰に下げてる武器、見せてもらえる?」
「もちろんだよ」
ツアーはユーシスから貰い受けた
「
────────────────────────────────────────────
アイテム名:
装備可能クラス制限: ドラゴンウォリアー
装備可能スキル制限:片手剣100%
装備可能種族制限: 竜人・竜王
攻撃力:4090
効果:
耐性: 世界級耐性120%
神聖耐性50‰
炎耐性120%
アイテム概要: 六人の邪神を倒すためにのみ作られた魔剣。これを手にした者は底知れぬ無限の力を得ると共に、その魂を剣に捧げる事により(Lv3・3000unit)、全てを滅ぼし得る絶大な火力を手にする事になる。
耐久値: ∞
────────────────────────────────────────────
ルカは呆れた顔でアインズに目を向けた。
「これを作った人、極端なステ振り(ステータス振り)論者だったんだろうねえ。気持ちは分かるけど、これじゃあ少なくとも私には勝てないな」
「俺もこんな武器を持っている奴に負ける気などせん。対策のし放題じゃないか」
それを後ろで聴いていたユーシスが慌てて口を挟む。
「お、お気に召しませんでしたでしょうか?」
「いや、そういう訳ではないが、それにしてもバランスが悪すぎる武器だと思ってな」
「ステータスを振り分けるなら、もっと思い切り特化した武器にすべきだよね?それか、スキルの向上に役立つパラメータを追加するとか」
「ステータスが高いという点で、何か問題があるのでしょうか?」
「簡単に言うと、ステータスを下げる魔法や武技は重複するの。例としてディフェンス1200の相手でも、
「まあここで講義を始めても仕方あるまい。ユーシス殿、見せてもらい感謝するぞ」
「いいえ、お役に立てたなら幸いです。アインズ殿、今日は夜も更けてきた。晩餐の用意もしてあるので、今日はこちらに泊まっていかれては如何でしょう?」
「ふむ....」
アインズは少しの間熟考したが、やがて首を縦に振った。
「此度の活躍はネイヴィアあってのものだ。南西にある蛇神の門...貯水池のほとりでなら、晩餐も行えよう。それならば喜んで世話になろう」
「なるほど、かしこまりました。それでは早速用意させますので、皆さんは客室の間でごゆるりとお待ちください」
そしてエリュエンティウ側の準備も終わり、アインズ達は用意された馬車で貯水池へと向かった。桟橋の上でルカが(ピューイ!)と口笛を吹くと、水底からネイヴィアが巨体を震わせて姿を現した。
「おう、なんじゃお前らか!こんな時間に何事じゃ?」
ルカはそれに笑顔で答える。
「こんな時間にって、まだ20時過ぎだよ!今日はネイヴィアも頑張ったし、みんなでパーっと祝杯を上げよう!」
「祝杯だと?ハッハッハ!!いいだろう付き合ってやる!わしの分の酒も用意してあるんじゃろうな?」
その問いにはユーシスが答えた。
「もちろんですよネイヴィア。ワインでもビールでも、浴びるほど飲めるよう用意してあります」
「ほう?威勢がいいのうユーシス!こうして皆で飲むのも久々じゃて!」
用意されたテーブルと食事、そして大量の酒を前に皆はグラスを掲げた。ネイヴィアのいる桟橋の前には、酒樽が山の様に積まれている。そしてユーシスが音頭を取った。
「魔導国の皆々様方! 今日この日、我ら八欲王の空中都市・エリュエンティウの不安を取り除いていただき、心より感謝を申し上げます!アインズ殿は元より、この場のきっかけを作ってくれたツアー殿、ノアトゥン殿、そしてルカ、ネイヴィアにも、乾杯!!」
『かんぱーい!!』
皆が一斉にグラスを仰ぎ、酒が進んでいった。それは笑顔に満ちた酒宴となり、アインズ、階層守護者にミキ・ライル・イグニス・ユーゴを含め、皆が皆それぞれの楽しいひと時を貯水池の水辺で過ごした。ネイヴィアも開けられたワインの樽を器用に口で加えて天を仰ぎ、あっという間に飲み干していく。テーブルには粉物料理やエリュエンティウ産の貴重な食物が並び、そのどれもが美味な事を受けて皆は大満足であった。
そこへツアーがユーシスに近寄り、手にしたグラスをぶつけて乾杯する。
「君達は飲めてうらやましいね。僕も本当ならこんな鎧などに入らずに、自分の体でここまで来たかったんだけどね」
「私達だけ飲んでしまい恐縮です、ツアー」
「ユーシス。書状にも書いたギルド武器についてだけど、どう思う?」
「それに関しては私も話そうかと思っていた所です。私...いえ、私達のこの国はギルド武器をあなたに管理されているからこそ、平和であり均衡が保たれている。もしあなたがギルド武器を返してくれるとしても、その先に待っているのは戦乱の予感がするのです」
「...つまり、ギルド武器を分け隔てて管理した方がいいという見解なんだね?」
「ええ。無論私は戦乱などは望んでいませんが、過去の歴史があったからこそ今がある。我がエリュエンティウは、街の命運を握るギルド武器とは分かたれて管理されるべきなのだと思っています。それにあなたに託しているからこそ、この国も健やかに暮らせているのだと私は考えます」
「フッ、意外な返答だったね。分かった、ギルド武器は引き続き、僕が責任を持って管理しよう」
「恩に着ます、ツアー」
そうして酒が進むうちに、貯水池から頭だけを出したネイヴィアがルカの元にまで首を伸ばし、頬ずりしてきた。
「おうルカ!お前何か歌ってくれ!!」
その様子を見て、ルカは慌てて言葉を継ぐ。
「ちょっとネイヴィア、酔っぱらってるじゃない!ほらほら、いいからお水でも飲んで...」
「たわけ!水なんぞガブガブ飲んどるわい!わしは今、お前の歌声が聞きたいのじゃ」
「ええー?!でも、みんな見てるしちょっと恥ずかしいかも...」
「あのような美声を持っとるくせに何を言うておる!何でもいいから歌って聞かせるのじゃ」
「わ、分かったよ!もう、さては酔っぱらった勢いで言ってるな...」
仕方なくルカは桟橋に立った。そして四角錐のクリスタルを取り出すと、その中心にあるボタンを押し、天に向かって放り投げた。するとクリスタルは青い光を発し、空中で静止する。そしてルカは腰を屈め、皆から目を伏せてその時を待った。そのクリスタルから突如激しいトライバルな打楽器音が流れ始めた。それと共にルカはリズミックに体を振動させる。地の底を震わすようなアフリカンドラムとベース音に、印象的なハープとストリングスの高音がアクセントを加える。
伴奏のヒートアップと共にルカのダンスも激しさを増していき、その初めて見るルカの舞い踊る姿を見てアインズと階層守護者達は興奮し、体を揺すった。
その人間離れした鋭い動きと共に舞うダンスは、階層守護者全員を釘付けにした。そして次の瞬間、それを聞いている皆の背筋に武者震いが走ったのだった。
ルカの鮮烈かつ情熱的な歌声が貯水池に鳴り響く。
────────────────────────────────────────────
────────────────────────────────────────────
ルカの太く鮮烈な声が暗くなった夜空を染めた。感極まったアウラとマーレは、ルカが舞い踊る横ではしゃぎまわり、アインズはその美しい旋律と姿を見て拳を握った。デミウルゴスとコキュートスはルカの舞い踊る姿を見て乾杯し、アルベドとシャルティアはお互いを抱きしめ合った。
その姿を見て涙していたルベドを気遣い、セバスがハンカチでその涙を拭い二人で乾杯する。イグニスとユーゴは酒を手に肩を組んで曲に酔いしれ、ミキとライルもその歌を聞いて癒されつつ乾杯した。そしてノアトゥンもルカに眩しい視線を送っている。彼らが経験した事のない音が、そこにはあった。
そしてルカが歌い終わり、テーブル席にいた45人が一斉に拍手喝采を送った。ルカの背後で聞いていたネイヴィアも大喜びでルカに体を摺り寄せる。
「お前天才。ブッハッハッハ!!歌の腕前は衰えておらんようじゃのう!!」
「もう...ネイヴィアがどうしてもっていうから歌ってあげたんだからね?」
「ルカ、お前歌だけでもこの世界で食っていけるぞ?まあそんなつもりないのは知ってるけどハッハッハ!!」
ルカの左右にいたアウラとマーレが、その歌声を初めて聞いて感動も冷めやらぬまま腕に絡みついてきた。
「ルカ様!あたし...あたしどうしよう、感動しちゃって」
「ああんもうお姉ちゃんずるい!ぼ、僕だってものすごく感動しましたルカ様!」
2人の目に涙が滲んでいるのを見て、ルカは腰を屈めて二人を抱きしめた。
「そんなに良かった?2人共」
「はい!もうルカ様になら....何を捧げてもいい気分です!」
「だ、だからずるいよお姉ちゃぁん!僕だってそのつもりです!!」
「ありがとう。じゃあ二人共本当にそう思ってくれるなら、私にご褒美ちょうだい?」
「え、ええ?!そ、そのあたしなんかがルカ様にご褒美なんて、おこがましいかも知れませんけど....」
「ぼぼぼ、僕もそれは嬉しい事ですけど、ルカ様にとってご褒美になるかどうか...」
「もう。二人共何考えてるの? ...キスして。私のほっぺに」
『もちろんです!!』
二人は声を揃え、ルカの両頬にキスをした。天使のような柔らかいキスを受けて、ルカは目を閉じた。
「ありがとう。喉かわいちゃった、席に戻ろう?」
そしてルカはアインズの隣に座り、ワインをぐいっと仰いだ。隣に座るデミウルゴスが、ワインのボトルをルカに差し出してくる。
「ルカ様のすばらしい歌声、このデミウルゴス感服致しました!」
「フフ、ありがとうデミウルゴス。そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったよ」
その話の間中、アインズはルカを見つめていた。そして気がかりだった事を一つ質問した。
「...ルカ、お前は何故そのように歌がうまいのだ?」
「え?何故...と言われても、返答に困るな」
「お前がネイヴィアを呼び出した時に使用したあの呪文、俺でも知らなかった呪文だった。あれは一体?」
「あれ、 アインズには話してなかったっけ? 私、
「
「
「...つまりお前は、音波魔法が使えるという事か?」
「そうなるね。吸血魔法と同じく、基本的にアイテムやアクセサリーでは音波魔法は防御できない。それを私が見逃すと思う?」
「....恐ろしい奴だなお前は。敵に回していたらと思うとゾッとするぞ」
「敵じゃないでしょ私は? それに、特に見せる機会もなかったから見せなかっただけ」
「頼もしい限りだ。色々あったが、今日はいい日だった」
「乾杯、アインズ」
「乾杯、ルカ」
二人は(キン!)とグラスを交差させ、ぐいっと酒を仰いだ。彼らの背後では、ネイヴィアがアウラとマーレを頭に乗せてはしゃぎまわっている。そこからしばらく宴が続き、やがて宴もたけなわとなってきた頃合いを見てクロエが横槍を入れてきた。
「みなさん、お楽しみの所申し訳ないが、そろそろ城に戻ろう。城内でも酒は飲めるので、続きはそちらでお願いしたい」
それを受けて魔導国一同は頷いて返し、プルトンを帰還させるための
ルカは備え付けのバスタブで体を洗い流し、髪を乾かしていた。左腕に巻かれた時計に目をやると、丁度0時を回った頃だ。すると唐突に(コンコン)と部屋の扉がノックされる。ドアを開けると、そこには白のネグリジェを着たアルベドが立っていた。ルカは昼間の約束を思い出し、アルベドを室内に招き入れる。
「...ごめんなさいルカ、一人ではなかなか寝付けなくて」
「いいんだよアルベド、今日は色々あったからね。軽く寝酒でも飲む?」
「ええ、いただくわ」
テーブルに備え付けられたデキャンタを手に取り、グラスに赤ワインを注いで(キン!)と二人で乾杯した。
「...ルカ?」
「何?」
「その、アインズ様の事だけど...」
「...うん、ごめん。本当はアインズの体を洗うために、一緒にお風呂入ったんだ」
「やっぱり...そんな事だろうと思っていました。ルカもその...アインズ様の事を好きなのですか?」
「...うん。好き、だよ」
それを聞いたアルベドはルカの腰を手繰り寄せ、胸元に顔を埋めた。そしてアルベドは大きく深呼吸し、ルカの香りを肺いっぱいに満たす。
「分かりました。でもアインズ様の第一妃はこの私です。シャルティアもいますから、ルカは第三妃になるでしょう。これは譲れませんので、それでも良ければ嘘をついたことは水に流します。いいですね?」
羽毛布団の中でアルベドがさらに深く足を絡ませてきた。それを受けてルカはアルベドの額にキスし、頭を胸に抱きかかえる。
「それで構わないよアルベド。ごめんね嘘ついて」
「正直に言ってくれましたから許します。これでやっと安心して眠れるというものです」
「ありがとう。明日もあるし、もう寝ようね」
「おやすみ、ルカ」
「おやすみ、アルベド...」
───空中都市西側 蛇神の門 12:41 PM
「ユーシス殿、クロエ殿、都市守護者の皆、そしてネイヴィアよ。見送ってもらい感謝する」
「こちらこそ、色々とお世話になりましたアインズ殿」
「またいつでも来いアインズ、ルカ!それにアウラとマーレもな」
「ありがとうユーシス、ネイヴィア。何か用があればいつでも
「お前もな、ルカ!待ってるぞい」
「よし、それじゃ帰ろうか。
ルカが開けたゲートに皆が入っていくが、ノアトゥンとツアーはそこでふと立ち止まった。
「ゴウン殿、お嬢さん、それにツアー殿。私は別に用があるのでここで失礼します」
「僕もアーグランドへ帰るとするよ」
「え? 二人共一緒に行こうよ」
「私もお前達二人を我がナザリックに招きたいと思っていたのだが...」
「ありがとうございますお二人共。ですがどうしても外せない用事でして。機会があれば、またいずれ会う事もあるでしょう」
「僕も国を長い事空ける訳にはいかないからね」
「そうか...残念だ」
「ツアーは大丈夫として、また会えるよねノア?」
「ええ。どうやら私も歯車の一部に組み込まれたようです。運命の導きがあれば、また必ず会えるでしょう」
「フッ、回りくどい言い方をするやつだ。それでは我らも帰る事としよう、ルカ」
「うん。それじゃ色々とありがとうねツアー、ノア」
「ええ、お嬢さん」
「何かあれば僕にもすぐ知らせてくれ」
後ろ髪を引かれる思いでルカは
───ナザリック地下大墳墓 第九層 応接間 14:22 PM
アインズ率いる階層守護者達が並ぶ中、ルカは椅子の上で大きく背伸びをした。
「んんー!はぁ。何か一気に疲れが出てきたけど、無事に会談が終わって良かったよ」
アインズはそれを受けて大きく頷いた。
「全くだ。お前がネイヴィアの主人という面白いおまけもついてきた事だしな」
「ほんとだね。一番驚いてるのは私自身なんだから、世話ないよ」
「フフ。さて、今後の方針についてだが...やはりここか?」
ルカの広げたオートマッピングスクロールの一点をアインズは指さした。そこはエリュエンティウの丁度真北に位置する都市だった。
「スレイン法国か。アルベド、デミウルゴス、どう思う?」
「この国は亜人排斥を掲げる都市国家です。エリュエンティウのように上手く事が運ぶとは思えませんし、警戒レベルを最大にして当たるべきかと具申致します」
「彼らから見れば、何せ私達魔導国は異形種の集まりですからねぇ。そういった意味でも、今までとは異なり力で捻じ伏せる手段も考えておいた方が得策かと思われます」
「ふむ...ルカ、お前の意見を聞きたい」
「そうだね...私もスレイン法国との面識はないから、あまり突っ込んだことは言えないんだけど、とりあえずは書状を持ってコンタクトを取ってみて、その態度如何で決めた方がいいと思うかな。今や魔導国は、帝国、竜王国、アーグランド評議国、空中都市、この4ヵ国と正式に同盟を結んでるわけだし、ヘタな事はしてこないとは思うけどね」
「それもそうだが、同盟が破られた時の事も考えて行動すべきだとは思うがな」
「あまり考え過ぎるのもよくないとは思うけどね。だって魔導国相手に同盟を破るって事は、彼らにしてみれば自分の国が滅ぶのと同じ意味を持つだろうし、それが分からないほど彼らもバカじゃないと願いたいね」
「今後の情勢を踏まえつつ、まずはスレイン法国とコンタクトを取るのが先決か。デミウルゴス、後日同盟各国に書状作成の旨を伝えよ。魔導国が送る書状の内容も調整したい」
「かしこまりました、アインズ様」
「よし、では本日はこれで解散とする!皆ご苦労だった、ゆっくりと体を休めてくれ」
『ハッ!!』
───ロストウェブ 知覚領域外
「失敗した」
「2度の失敗だ」
「ゲートキーパー...信頼に足るのか?」
「
「聖櫃及びシーレン摘出の進捗状況は?」
「セブンの介入により捗っていない」
「オーソライザーとの接触状況は?」
「未だ不完全だが、シャンティ解放までには間に合うだろう」
「汚染が進んでいる。事を急がねばなるまい」
「それと、うまく忍び込んだようだな...」
「よくやってくれた...ノアトゥンよ」
「恐縮です」
「そのまま奴の信用を勝ち取れ」
「いざとなれば、ダストワールドでの破壊も辞さん」
「ノアトゥンよ、分かっているな?」
「その血を捧げよ...」
「我らクリッチュガウ委員会の為に....」
「...あなた達は彼女をどうするおつもりなのです?」
「知れた事。サードワールドを手にする為だ」
「消去するのだ」
「消去...消去」
「この世界は我らクリッチュガウ委員会が管理するのだ」
「アノマリー...不穏分子は必要ない」
「余計な事は考えるな、ノアトゥンよ」
「お前は我らが意思に従っていればそれで良いのだ」
「お前は言わば、我らの端末に過ぎぬ」
「可能であれば、奴を抹殺する事も厭わぬ」
「ルカ・ブレイズ...」
「忌々しや...」
「動向は逐一報告せよ」
「行けノアトゥン。行って忠義を示せ」
「...かしこまりました」
────────────────────────────────────
■魔法解説
幻術や魔法で作られた物質を看破できる魔法。但し看破できるのは術者のみで、幻術や魔法そのものを解呪できるわけではない
探知系魔法及び範囲内の音声を外部から完全に遮断する魔法。魔法最強化・位階上昇化等により、その位階以下でかけられてきた探知系魔法詠唱者に即死効果をもたらす
パーティー全体に対し、モンスター及びプレイヤーを倒した際に手に入る経験値を1.8倍にまで引き上げる魔法
5秒毎にHPの7パーセントを回復する負属性の持続性回復魔法。効果時間は1分間
上位の呪詛・麻痺・トラップその他、ありとあらゆるバッドステータスを解除する符術。尚高位階の魔法を解除する際には、符術師特有の枕詞を付け加える事で威力を強化できる。その内訳は、
周囲200ユニットに渡り大津波を引き起こし、広範囲に渡り大ダメージを与える
超位魔法・
木星の大赤班を思わせる巨大な鉱石を含んだ暴風を引き起こし、敵を包み込んで切り刻み、大ダメージを与える
超位魔法・
射程120ユニットの中心から80ユニットの広範囲に渡る敵のHPを吸い取り、術者のHPに変換するエナジードレイン系超位魔法
超位魔法・
カースドナイトが操る呪詛系最強魔法。対象者全身の血液を沸騰させ、神経系統に異常をきたし想像を絶する苦痛を加えて大ダメージを与える。尚苦痛はそのままDoTとなり、30秒間続く
超位魔法・
流血属性の範囲型超位魔法。初撃のダメージ量こそ小さいが、高位階の回復魔法でも解除不可能な流血DoTが5分間続く為、この超位魔法を受けた相手はヒールに専念しなければ最終的には死に至り、グループが全滅しかねない程の恐るべき威力を持つ。主に長期戦で絶大な効果を発揮する
超位魔法・
地面から巨大な氷山を発生させ、鋭い氷の山頂で敵を貫きつつ囲むと共に、最後大爆発を起こす氷結系超位魔法
超位魔法・
鋭利な円錐形の超巨大な大質量金属を召喚し、敵の中心目がけて超高速で敵を打ち砕く超位魔法
異界より身長200メートル級の3匹の巨人(兄弟)を召喚し、その絶叫で敵を麻痺させた後に手にした破壊の鉄球で対象者に無慈悲な攻撃を加え続ける召喚系最強魔法。一度召喚すれば対象が死ぬまで消える事はなく、ひたすらに強力な打撃を敵に加え続ける。これから逃れる為には、術者を殺すか、巨人を殺すか、術者が魔法を解除する以外に方法はない。尚術者の命令には絶対服従する
超位魔法・
強酸性かつ強度の腐食性を持つ雨を敵の頭上に降らし続ける毒属性の超位魔法。この魔法自体がDoTに近い持続性を持つ為、総合的な火力では
超位魔法・
信仰系超位魔法。直系5メートル程の神聖属性光弾を両腕より連続して数十発叩き込み、着弾と同時に神聖属性の大爆発を起こす
超位魔法・
符術師の使う獄炎属性の超位魔法。この魔法を防ぐためには獄炎レジストに対応した特殊な装備(例:
超位魔法・
竜人のみが使用できるドラゴンブレス系最強魔法。その息吹により敵を凍り付かせて動きを封じ、その後その氷が溶岩へと変わり敵を燃やし尽くす氷結・炎属性の2局面を持つ超位魔法
ネイヴィアが操る中でも指折りの火力と効果範囲を誇る無属性魔法。その攻撃範囲は射角60度に渡って500ユニットに相当し、サーラ・ユガ・アロリキャの使用する
■武技解説
ポールアーム専用の挑発系攻撃。5連撃を与えると同時に、敵のヘイトを自分に向けさせる効果を持つ
片手剣専用の挑発系攻撃。5連撃を与えると同時に、敵のヘイトを自分に向けさせる効果を持つ
スピア専用の挑発系攻撃。5連撃を与えると同時に、敵のヘイトを自分に向けさせる効果を持つ
両手剣専用の挑発系攻撃。5連撃を与えると同時に、敵のヘイトを自分に向けさせる効果を持つ
■スキル解説
魔力遮断ネット
トラップの専門職・
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