第6話 慟哭

───ナザリック地下大墳墓 第六階層 闘技場 13:26 PM───ナザリック地下大墳墓 第六階層 闘技場 13:26 PM



「準備はいい?ルベド」


「....ええ。いつでも....いいわ、ルカ....」


 漆黒のマントと装備に身を包むルカとは対照的に、目の覚めるような深紅のワンピースを着たルベド。二人は闘技場の中心で腰を低く落とし、ルカはエーテリアルダークブレードを、ルベドはミスリル製のドゥームフィストを正面に身構え、5メートル程距離を置いてお互いに向かい合っていた。スレイン法国へ向けた書状及び作戦の立案にしばらく時間を要する為、空いた時間を利用してルカはルベドとの約束を果たすべく、この場に立っていた。


 手抜き一切無しの真剣勝負。望みが叶ったルベドの目は鋭く、しかしどこか嬉しさが込み上げてきているようだった。周囲の観客席には、デミウルゴスを除くコキュートスやシャルティアら階層守護者達やミキ・ライル・イグニス・ユーゴ、プレアデス達が見物に来ている。闘技場に立つ2人の間にはホワイトドレスを着た姉のアルベドが審判として立ち、ゆっくりと右腕を上げ、そして素早く振り下ろした。


「始め!!」


 戦いの火蓋は切って落とされた。掛け声と同時に2人は弾け飛ぶようにしてお互いに武器を交差させた。通常攻撃とは思えないような超高速でまずは連撃の打ち合いとなったが、手数と重さで優るルベドが押し始め、優勢となる。しかしルカはパッシブスキルの回避ドッヂ受け流しパリーを併用して防御に徹し、一撃一撃が殺人的な威力を持つ連撃の最中でも、冷静に相手の動きを観察する体制に入っていた。その視線に気付いたルベドは咄嗟に後方へと飛びのき、距離を取る。ルベドはルカに怪訝そうな顔を向けた。


「....本気でって...約束....でしょ?」


「...相当にDEX素早さを鍛え込んであるね、ルベド。前よりも圧力が増してるから、驚いたんだよ」


 ルカは腰を落とし身構えたままルベドに笑顔を向けた。


「...そう。じゃあ....もっと驚いて...もらおうかしら」


 するとルベドは初撃よりも更に素早い踏み込みでルカの懐に飛び込み、目にも止まらぬ速度で武技を発動した。


血火炎の窒息チョークオブザブラッドファイア!!」


 音速を超えたルベドの拳はソニックウェーブを引き起こし、凄まじい轟音と共に10連撃が叩き込まれた。ルカは辛うじてその重い攻撃をロングダガーで受け流したが、直後ルカの体を紫色のエフェクトが包み込んだ。それを受けたルカの血相が変わる。


「PB(パワーブロック)!」


 魔法を封じられたルカは咄嗟にルベドから距離を取ろうと後方に飛び退くが、容赦なく追撃の手を緩めずルベドは再度武技を放った。


狼の冷笑ウルフズラフ!」


 超高速で迫る一撃目を受け止めた瞬間ルカの体が黒い靄に包まれるが、それには意も介さず次の39連撃を回避ドッヂで躱し切り、ルベドの首筋目がけてダガーを走らせた。それをルベドは辛うじてドゥームフィストで受け止める。ルカを見るルベドの顏に驚愕の表情が浮かんだ。


「...麻痺スタン....無効?」


「その通り。PBから麻痺スタン属性を持つ武技へのコンボか、普通に受けてたら確かにやばかったけど、イビルエッジの私にその手は通じないよ」


「....あなたの力が....こんなものでないのは......誰よりも私が知ってる。....見せて、その力」


「了解。仕切り直しだ」


 (ギィン!)と武器を弾き返し、後方に飛び退いて2人は再度距離を取った。そしてルカは腰を落としたまま、ノーモーションでルベドを睨みつけ、魔法を詠唱した。


盲目ブラインドネス!」


 その瞬間ルベドの視界が完全に断たれると共に、朱色のエフェクトがルベドの体を包み込み、ディフェンスが一気に降下した。それと同時にルカはルベドの懐に飛び込み、正面でダガーをクロスさせる。


血の斬撃ブラッディースライス


 その冷酷無比な10連撃はルベドの全身を切り刻み、傷口から大量の出血が地面に滴り落ちるが、深紅のワンピースのせいで体の流血自体は目立たない。その攻撃を受けて盲目状態のルベドは気配だけを頼りに後方へと退避するが、ルカは追撃の手を緩めなかった。


影の感触シャドウタッチ虚無の破壊クラック・ザ・ヴォイド!」


 (ビシャア!)という音と共に麻痺スタンでルベドの身動きを封じ、直後に体を回転させて、物理と闇属性Procの強烈な10連撃を叩き込んだ。その勢いでルベドの体が闘技場の端まで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。それを見てシャルティアは冷静に戦況を分析していた。


「...今度は本気ね。私が負けた時と同じようなパターンになってきたでありんすぇ」


「...盲目ブラインドネスマデ使エルトハ、麻痺スタン無効ト合ワセテ、コレデハルベドニ手ノ打チヨウガ無イ。ルベドノ強サハ正面カラノ打チ合イニコソ真骨頂ガアル。遠近双方デ戦エ、尚且ツ絶大ナ火力ヲ有シタルカ様ハアル意味、ルベドニ取ッテ最大ノ天敵カモ知レヌナ」


「無謀でありんす。まだまだ奥の手を隠してるようだし、今の私でも良くて善戦としか思い浮かばないでありんすぇ」


「フフ、二度負ケタ者ノ言ウ言葉ハ重ミガ違ウナ、シャルティア」


「フン。...そうでありんすねぇ、この中でルカ様に一番勝てる可能性があるのは...マーレでありんしょうかぇ?」


「えぇぇえええ??ぼぼぼ、僕なんかがルカ様に勝てる訳ないよ...」


 アウラと並んで、固唾を飲み戦いを見守っていたマーレは慌てて首を横に振ったが、シャルティアは不敵な笑みをマーレに向けた。


「そうでありんすか?あのルカ様の回避力を無効化する為には、AoE(範囲魔法)の連撃が最も効果的でありんす。階層守護者の中で最もAoEに長けて、瞬間火力も高いおんしなら、ルカ様を足止めしつつ大ダメージを与える事も可能でありんしょう?」


「ももも、もしそうだったとしても、僕はルカ様と戦おうなんて絶対思わない!」


「フフ、おんしは気が弱い所が玉に瑕でありんすねぇ。まあそれも良い所でありんしょうが」


「ヌ...ソロソロ決着ガツク頃カ」


 階層守護者達は改めて闘技場に目を落とした。ルカは警戒して距離を取ったまま近寄ろうとはしない。流血で深いダメージを負ったルベドは立ち上がり、ルカを睨みつけて魔法を詠唱した。


「..治癒力の強化テンドワウンズ!」


 戦闘中のHP自然回復速度を150%まで引き上げる魔法だが、それを見てもルカは驚かない。


「.....え?」


 ルベドが瞬きをした瞬間、突如ルカの姿が闘技場内から消え去った。それどころか音も気配すらも完全に立ち消えてしまった。盲目も回復し、流血ダメージ有効時間である1分間を過ぎても姿を現さない。腰を落として警戒しながら、自然回復によりダメージが回復しかけていたが、そこには静寂が残されたのみだった。全員が生命の精髄ライフエッセンスを使用して状況を見守っていたが、そこへコキュートスが声を荒げる。


「無詠唱化ノ透明化スニーク!」


「...ここへ来て嫌な予感がしてきたでありんすぇ。コキュートス、そろそろ止めに入った方がよろしいんじゃありんせんこと?」


「...イヤ、コレハ真剣勝負。ソレニルカ様モ分カッテオラレルハズダ。ココハ見守ロウデハナイカ」


 体力が全快したルベドは闘技場の中心にまで素早く移動し身構えたが、そこで腰を落とした時だった。


「....スキル・背後からの致命撃バックスタブ・レベルⅢ」


 その瞬間ルベドの体が痺れ、凄まじい衝撃と鈍痛が全身を襲った。あまりの衝撃の大きさに視野狭窄を引き起こし、約5秒ほどの間何が起きたのか把握できずにいた。背中と胸の痛みに気が付き下を見ると、自分の胸から2本のロングダガーが突き出ている。それと同時に再度大量の出血が起こり、1秒経つ毎に全身の力が抜けていく。最後の気力を振り絞り背後を振り返ると、そこには無表情で見つめるルカの姿があった。


 ロングダガーを素早く引き抜くとルベドは膝から崩れ落ちたが、ルカが背中を支えてそれを受け止め、ルベドの頭を自分の太腿に乗せた。その顔には未だ困惑の表情が浮かんでいる。


「...ル、ルカ? 何を....したの?....体の力が...入ら....ない...寒い...よ」


「取って置きの必殺技だよ。あと50秒はHPドレインが続く。放っておいたら死んじゃうから、回復するね。魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック約櫃に封印されし治癒アークヒーリング


 ルベドの体が微細振動を起こし、青白い球体に包まれるが、それでも胸から流れる出血は止まらない。ルベドは生まれて初めて、死を意識した。それはとても悲しく、言いようのない虚無感が全身を支配するものだった。ルカを見つめるルベドの目に涙が滲む。


「....ルカ、私....死ぬ....のかな?」


「死なないよルベド。私が死なせない、安心して。恐いのは少しだけだから」


 その涙を見ていたたまれなくなったアルベドが、ルカの隣に膝を付いてルベドの手を握った。


「姉...様....ごめん....なさい....」


「バカ。謝ることなどありません、あなたがずっと望んでいた事でしょう?」


「....でも、こんな....気持ちに....なるなんて.......私.....」


「ルカはあなたとの勝負に本気で臨みました。そしてそのルカにあなたは救われるのです。この経験を忘れてはいけません。いいわね?ルベド」


 それを聞いて、勝負を見届けた階層守護者達が観客席から飛び降り、ルベドの周りを囲んで皆が膝を付いた。背後からの致命撃バックスタブの流血ダメージが続いている為、ルカはその間繰り返し約櫃に封印されし治癒アークヒーリングを唱え続ける。階層守護者達はしかと見ていた。全員が生命の精髄ライフエッセンスを使用し、2度死んでもおかしくない程の総ダメージ量を負っていた事を。ルベドが死を意識するのも当然の結果だという事を、皆が理解していたのだ。


 階層守護者達は皆、心の中でルカと戦っていた。そしてその全員が、ルベドとの戦闘を目の当たりにして敗北のイメージを見た。しかし実際に戦い抜いたのはルベドなのだ。それを称賛せずして、何が階層守護者だろうか。皆が皆同じ気持ちでルベドを見つめた。


「...ルベド、私はおんしの事を勘違いしておりんした。心の無いゴーレムだとばかり思っていんしたが、今日の戦いでおんしは熱い心を持った戦士なのだと理解したでありんすぇ。...共にこのナザリックを守りんしょう、ルベド」


「我ラは全テ一度コノルカ様に負ケタ身。ルベド、ソレデモ立チ向カウオ前ノ姿、今日我ガ目ニシカト焼キ付ケタゾ。且ツテタッチミー様ニスラ勝利シタオ前ハ、此度ルカ様ト戦イ、敗北ヲ知ッタ。モハヤオ前ハ領域守護者ニ留マルベキデハナイ。私ハ強クソウ思ウ」


「ルベド、あたしならルカ様を前にしたら逃げ出しちゃうよ。自分の力を試したかったんだね、同じDEXベースとして理解できるよ。あたしにも何か教えてあげられることがあるかも知れないし、一緒にがんばろう?ルベド!」


「お、お姉ちゃんの言う通りです!ぼ、僕はその、お姉ちゃんやルベドさんとは違うタイプですけど、補助できる事はたくさんあります...えと、あの、だからその、僕もがんばります!」


「...ルベド様。このセバス、しかと見届けさせていただきました。私とルベド様は徒手空拳と、同タイプの守護者。だからこそあなたの覚悟、私は全てを理解しているつもりです。そしてあなたは結論を出した。自分に足りないものが何か、あなたは十二分に理解したはず。共に切磋琢磨し、ルカ様と共に、このナザリックの平和を守りましょうぞ」


「みんな.....私、役に立てるかどうか.....でも.....ありがとう.....」


 ルベドが右腕を上に掲げると、アルベドを含め階層守護者全員がその手を掴んだ。覚悟の元に悟った死、その心根を皆が共有した瞬間であった。流血ダメージが収束した事を受けて、ルカは回復魔法を止めて背中を支え、ゆっくりとルベドの上体を起こした。背中の埃を払い落とし、ルカは笑顔を向ける。


「どう?あたしの本気、受け取ってもらえた?」


「...うん。ありがとう....ルカ.....ルカ・ブレイズ......」


「もうこんな事は2度とやめようね、ルベド。殺す寸前までやらないときっと君の気が済まないと思ったから、そのつもりでやったよ?」


「...私も....それが....望みだった.....ルカ....ルカぁぁあああああ!!!」


 戦う事でしか感情を発露できなかったルベド。そのルベドが死を目の当たりにして、初めて知り得た感情。ルベドはルカの胸に抱き着き、大粒の涙を流し続けた。死を教えてくれた存在、そして仲間の大切さを教えてくれた存在。自分を殺せる存在に助けられたという事実に、ルベドは抑圧されてきた感情の全てをぶつけ、ルカの胸で号泣した。そしてルカはまるで我が子を抱擁するかのようにルベドを抱きしめ、泣き止むまでその美しい黒髪を撫で続けた。


 そしてルベドが全快した事を受けて、女性守護者達の皆でナザリック大浴場に向かった。ルカとルベドは埃まみれになった体を洗い流し、その後はアインズのいる執務室へと向かい、皆で状況を報告した。その結果を聞いてもアインズは別段驚きもせず、頷きながら淡々と報告内容を聞いていた。


「うむ、ルカの勝利か。ルベド、ご苦労であったな。気は済んだか?」


「はい....アインズ様。....お気遣いいただき、ありがとうございます....」


「ルカ、問題はないのだな?」


「ないよ、大丈夫。ルベドも強くなってたし」


「そうか、アルベドもご苦労だったな。皆それぞれ部屋で休むがよい」


「ありがとうございます、アインズ様」


「OK、みんなお風呂に入ってさっぱりしたし、少し横にならせてもらうよ」


そう述べて女性守護者達は執務室を出たが、ルベドがルカを引き留めた。


「...ルカ?」


「ん? なあにルベド」


「その....一緒の部屋で休んでも....いいかな?」


「いいよもちろん。アルベドも一緒に来る?」


「ええ、ではそうさせてもらいましょう」


「姉様....」


「フフ、何年ぶりでしょうね、あなたと一緒に寝るなんて」


「オッケー、じゃあみんなでガッツリ寝ますかー」


 そしてルカ達は部屋に移り、3人がネグリジェに着替えてベッドに入った。ルカとアルベドは真っ白なネグリジェだが、ルベドは普段着と変わらず深紅のネグリジェを着込んでいた。ルベドを真ん中にして、左にルカ、右にアルベドが添い寝をした。2人に手を握られ、ルベドはその温もりを感じて安心のあまり微笑みながら横になった。2人が足を絡ませて目をつぶる中、ルベドは薄目を開けて天井を見ながら、ルカ達に問いかけた。


「...ルカ?」


「うん?」


「今日.....私に決めたあの技の名前.....教えてくれる?」


「...背後からの致命撃バックスタブLvⅢ。HPドレインが付与される技だよ」


「...透明化スニーク中にだけ撃てる技?」


「そう。これは何もイビルエッジだけの技じゃなくて、アサシン系統のクラスなら誰でも撃てるスキルよ。但し、極限まで鍛えるかどうかは各々の判断だけどね」


「そっか。.....姉様?」


「なあに?ルベド」


「姉様なら....ルカの透明化スニークを見破れる?」


「いいえルベド。私はおろか、ルカの使う部分空間干渉サブスペースインターフェアレンスを見破れるクラスは、この世に存在しません」


「....そうなんだ。何か少し...安心した」


「フフ、心配しなくとも、フォールスという一部のNPCを除いて、ルカはアインズ様と並び最強ですよ。姉の私が言うんです、信じなさい?」


「...はい、姉様....」


「二人共、おだてすぎ。私にだって弱い所はあるのよ?」


「そうは....見えないな。だってルカ....まだ能力を隠し持ってるんだよね?」


「そうですよルカ。あの白蛇ネイヴィアとエリュエンティウのギルドマスター・ユーシスが言っていたではありませんか。あなたはまだ力を隠し持っていると」


「あーいや、あれはね...その、普段じゃ危なっかしくて使えない技なんだ。だから、あまり当てにしないでね二人共?」


「.....そう言われると....尚更気になるな.....」


「そうですよルカ。当てにしてくれと言っているようなものです」


「いやいや....参ったなどうも...」


「まあそれはともかく、ルベドの望みも果たされました。姉の私からも礼を言います、ありがとう、ルカ」


「いいんだよ。時間もある事だし、有意義に使わないとね」


「.....殺されかけた相手と私.....今一緒に寝てるんだ......」


「こら。何が言いたいのルベド? くすぐっちゃうぞ?」


「くすぐるのはだめ。.....だって何か、不思議な気分で.....」


「もうこんな事はしないからね。安心して」


「.....うん。ありがとうルカ、姉様.....」


「どういたしまして」


「良かったわね、ルベド。さあ、少し寝ましょう2人共」


「....はい、姉様、ルカ、お休みなさい」


「お休み.....」


「お休みルベド、私の可愛い妹.....」



───16:53 PM



 脳内に糸が一本繋がるような感覚を覚え、ルカは目が覚めた。横を見ると、ルベドとアルベドが寝息を立ててすやすやと眠りについている。ルカは2人を起こさないよう最小限の動きで右耳に手をやり、伝言メッセージを受信した。


『ルカ、済まない邪魔したか?』


『プルトン、大丈夫だよ。どうしたの?』


『....仕事だ。お前が魔導国の大使をこなしている最中に済まないが、頼めるか?』


『....余程の理由があるんだよね?』


『その通りだ。詳しくは会ってから話す。来てもらえるか?』


『分かった。でも引き受けられるかどうかはアインズに一任される。それでもいい?』


『ああ、もちろんだ。待っているぞ』


『分かった』


 ルカはプルトンとの伝言メッセージを切り、再度布団の中でアインズに伝言メッセージを飛ばした。


『ルカか、寝ていたのではなかったのか?』


『アインズごめん、スレイン法国の件はまだ時間かかりそう?』


『うむ、今デミウルゴスと煮詰めている最中だが....どうした、何かあったのか?』


『うん、実は....プルトンから仕事の依頼が来てしまって。もしまだ時間的に猶予があるなら、引き受けたいと思ってるの』


『仕事....というのは、例のお前が昔からやっていた非合法の仕事という意味か?』


『そう。プルトンも私の魔導国での現状を把握しているにも関わらず、この時期に頼んでくるって事は、余程の事なんだと思う。引き受けてあげたいんだ、だめかな?』


『...いや、誰がだめなどと言うものか。組合長には世話になったしな、俺も恩を返したいと常々思っていた所だ。...行ってやれ、きっと何か大事なのだろう』


『ありがとうアインズ。大好き』


『フフ、俺もだ。何かあれば逐一報告してくれ』


『了解』


 ルカは伝言メッセージを切り、静かにベッドから抜けようとしたが、それに気づいたのかアルベドとルベドが小さく寝返りを打った。それを見てルカはそっと2人の頬にキスをし、ルベドとアルベドの顏の前に右手を掲げて魔法を詠唱した。


魔法効果範囲拡大ワイデンマジック深眠インスリープ


すると2人は脱力し、再度熟睡へと誘われた。そしてルカはベッドから起き上がり、ハンガーにかけてあったレザーアーマーと武器を装備してマントを羽織ると、再度伝言メッセージを放つ。


『ミキ、ライル、イグニス、ユーゴ。起きてる?』


『ルカ様』


『もちろん起きております』


『ルカさん、お休みになられていたのでは?』


『起きてるぜ、ルカ姉!』


『仕事よ。四人は合流してミキの転移門ゲートでプルトンの部屋に来て。私もこれから向かう』


『了解しました...が、アインズ様のご許可はいただいているのですか?』


『随分久々の仕事ですな。どういった内容で?』


『ミキ、アインズの許可は得ている。ライル、詳しくはプルトンに会ってから聞こう。受けるかどうかはその時判断する。イグニスとユーゴもそれでいい?』


『了解しました』


『合点承知でえ、ルカ姉!』


『承知しました。では向こうで』


『よろしくね』


 そしてルカは部屋の中央へ人差し指を向けて、転移門ゲートを開きその中に進んだ。



───エ・ランテル 冒険者組合2階 組合長室 17:25 PM



「プルトン、お待たせ」


「おお、来てくれたか!他の4人も来るのか?」


「もうすぐ来ると思うよ」


「分かった。ソファーを新調しておいた、そこに座って待っていてくれ」


「6人掛けか。少し部屋が狭くなったね」


「それは我慢しろ。今回の為に用意したんだ」


「分かったよ。何かこの雰囲気も久々だね」


「.........」


「どうしたの?いつもらしくないじゃん」


「うむ、皆が揃ってから話す」


 プルトンは机に両肘を乗せて腕を組んだまま、何故か神妙な面持ちを崩さなかった。ルカはその表情を見つつソファーに腰かけたが、時を待たずしてもう一つの転移門ゲートが部屋の中央に現れた。その中からミキ・ライル・イグニス・ユーゴが姿を現す。


「ルカ様、お待たせ致しました」


「...ん?何だこのソファーは」


「組合長、失礼致します」


「オッス組合長!ルカ姉は先に着いてたんですね」


「皆、急遽よくぞ集まってくれた。そこのソファーに腰かけてくれ」


 プルトンはそう言うと席を立ち、皆が座るソファーの前に立った。ルカ達一同が見上げる中、プルトンは重苦しく口火を切る。


「早速だが、諸君らに仕事の依頼だ」


「内容は?」


 ルカがそう問いかけるが、プルトンはルカの目を見返し、口を真一文字に結んだままだった。


「....プルトン?」


「いや....済まないルカ。今回に限り....つまり、イレギュラーの案件だと思ってくれ」


「...どういう事?」


 プルトンの切羽詰まった物言いを見てルカはそれを察し、努めて安心させようと優しく問いかけた。ルカの心配そうな眼差しを見て、プルトンは大きく深呼吸してそれに答えた。


「....実はな、依頼者がここに来ているんだ」


「ちょっ....それってプルトン、ルール違反じゃ?!」


「分かっている!!依頼主とは俺が直接やり取りをし、お前との面会はさせない...これが絶対のルールだった。しかし、今回ばかりは事情が違う!」


 ルカとプルトンは裏稼業を始めて以後、20年来コンビを組んできた。その際に決めた鉄のルールをプルトンが破った事にルカは衝撃を受けたが、長年組んできたプルトンだからこそ信頼できる言葉の重さがあった。ルカはそれを信じたいが故に、確認の意味を込めて次の言葉を繰り出した。


「プルトン。このルールを破ったらあたしはあなたを殺す。初めて会ったあの日....22年前に、そう約束したよね?」


 無論現実世界に帰れた今となっては、ルカにそのような意思はなかった。しかしプルトンが何故今更約束を反故にしたのか、その理由が知りたかった。それを聞いたプルトンが拳を握りしめ、苦渋の表情を浮かべているのを見て、ルカの目に涙が滲む。裏切りたくない、裏切られたくない....お互いにその一心だったのだ。


 今にも泣き崩れそうなルカの顏を見てプルトンは決意を固め、気丈に振舞った。


「ああ、確かに約束した。しかし先ほども言った通り、今回はイレギュラーの事態なのだ。依頼者と会い、それを見た上で俺を殺すかどうか決めてくれ、ルカ」


 プルトンの覚悟を決めた目を見て、ルカも大きく深呼吸をしてそれに頷いて応える。するとプルトンは、隣室に続く扉の前に立ち、ドアノブに手をかけた。


「控えの間に待機してもらっている。今呼んでくるので少し待っていてくれ」


 薄暗い部屋へと入り、後ろ手でドアを閉めた。ルカは不安を隠しきれず、待っている間ソファー正面のテーブルに目を落とし、親指の爪を噛んだが、隣に座っていたミキにその手を掴まれた。極度に緊張すると出るルカの悪いクセだったが、ミキは首を横に振りそのまま手を膝下に降ろし、ルカの手を握りしめた。ミキの柔らかい手の温もりを感じて幾分緊張が和らぎ、ルカもその手を握り返す。そうしてしばらく待っていると、隣室へと続く扉が開いた。座っていた5人が一斉に扉の方を向く。


 最初プルトンだけが出てきたのかと皆は思ったが、彼が一歩右に逸れて道を開け、その背中に隠れていた依頼者の姿を見て、ルカはソファーから立ち上がった。


 それは遥か昔、ルカ達がこの世界に転移してきた200年前に見た記憶のある姿だった。身長は150センチ程と小柄で、裾のほつれたフード付きの赤いローブで全身を覆い、何より特徴付けていたのは、額に朱の宝石をあしらった幾何学模様とも取れる奇妙な白い仮面を被っていた事だった。そしてフードの下からは、美しい金髪の長い髪が胸元に垂れている。


 その少女を見てルカはプルトンに顔を向けたが、プルトンは大きく頷いて返すばかりだった。


 するとその仮面の少女は右腕を胸元に掲げ、握り拳を作った。そして人差し指と小指を真っ直ぐに伸ばす。次に親指と小指のみを伸ばし、最後に握り拳を作った。ルカとプルトンを含め、ごく一部の者しか知らないこのハンドサインを何故この少女が知っているのか。その疑問を知ってか知らずか、仮面の少女はそれに答えるように口を開いた。


「...天・地・人。よもやこれがお前を呼び出す為の合図だったとはな...」


「...うそ、イビルアイ...だよね?どうしてここへ?...いやそれ以前に、何でそのハンドサインを君が知って...」


「...うるさい。そんな事はどうだっていい」


 外見通りの幼い声だが、心なしか声が震えているようだった。しかしそれを振り切るようにイビルアイはルカの目の前までツカツカと歩いてきた。


「そんな事はどうだっていいんだ...ルカ・ブレイズ。やっと...見つけた」


 少女はルカの胸にコツンと顔を寄りかからせた。そのままルカの腰に手を回し、抱き寄せて胸に顔を埋める。大きく深呼吸し、イビルアイは言葉を継いだ。


「....どうして私達の前から2度も姿を消したりしたんだ。生きていたのなら、どうして私の前に姿を見せんのだ、ばか者め....」


 それを聞いて、ルカも少女の背中に手を回して抱き寄せた。


「イビルアイ...ごめんね。200年前、私達はこの世界に適応する事に精一杯で、君達十三英雄と深く関わる訳には行かなかったの。その後の私達の噂は知ってるでしょ? ...闇の仕事に君たちを巻き込みたくなかったんだ」


「...十三英雄と私は当時、一時的に共闘していただけに過ぎない。それに奴らも、今の私の仲間達も、お前をよく知る者は誰一人として、お前の事を闇だなどとは決して思っていない。それに昔よく話していたな....お前は外の世界から来たプレイヤーなのだろう? お前が帰りたいと言っていた元の世界には帰れたのか?」


「うん、帰れたよ。アインズ・ウール・ゴウン魔導王達のおかげでね」


「...そうか、お前の行動はここ数ヶ月の間密偵に探らせていた。だからお前は魔導国と行動を共にしていた訳か」


「そういう事。どう、少しは落ち着いてきた?」


「ああ。済まない少々取り乱した」


 イビルアイは体を離し、ルカの顔を見上げた。


「お前は本当に何も変わらず、昔のままなのだな。人ではないという噂は本当だったか」


「フフ、そう言うイビルアイだってヴァンパイアでしょ? ここにはプルトンを除いてアンデッドしかいないから、安心していいよ。そこのソファーに座って」


 ルカに促され、イビルアイはユーゴの隣に腰掛けた。その向かいのソファーにルカも腰を下ろす。


「さて、それじゃ説明してくれる?プルトン」


「分かった。皆知っている者も多いと思うが、こちらは王国のアダマンタイト級冒険者チーム・蒼の薔薇のメンバーであるイビルアイ殿だ。今回訳あって、依頼者自らがこうして出向いてきてくれた。彼女は過去にルカと面識があり、どうしても直接依頼内容を伝えたいという本人の希望もあってそれを承諾した訳だが、彼女は今回の依頼に当たり代理として来ている」


「代理?じゃあ本当の依頼主は誰なの?」


「...その昔、我らが世話になったお方だよ。我々の行う闇の仕事に際し、依頼主として多大なる実績を持っているお方だ、ルカ」


「え....それって....」


 ルカの顏に困惑の表情が浮かび、俯いたまま黙っているイビルアイに目を向けた。その視線に気づき、イビルアイはゆっくりと顔を上げる。


「ルカ。私の本当の依頼主の名は、エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯だ」


 その名を聞いたルカの目が大きく見開かれる。ミキとライルも驚愕の表情でイビルアイを見た。


「レエブン侯...ご存命なの?!」


「ああ。二年前の王国対帝国の戦争で惨敗し、その後敗走して辛くも生き延びている。ただあの戦争がトラウマとなり精神的ダメージを負った彼は、療養の意味も兼ねて現在は領地に引き篭もっておられるがな」


「そ、そうだったんだ。てっきりあの戦争で亡くなったものだとばかり...良かった...」


「詳しくは聞いていないので分からないが、お前はその昔レエブン侯と縁があったそうだな。私も彼がお前の存在を知っていたのには驚いたが、そのレエブン侯が今、最後の頼みの綱としてお前に助けを求めてきている。そこでお前と面識のある私が事態の詳細を伝える為、彼に代わりこうして直接会いに来たとうい訳だ」


「...秘密のサインも、レエブン侯から聞いたんだね。納得が行ったよ。でもいくら彼からの頼みとは言え、依頼を受けるかどうかはまた話が別。話を聞いたあとでプルトンと私の判断如何によっては、断る可能性もある。それでもいい?」


「無論だ。アインザック組合長には既に了承をもらっている。組合長、済まないが先刻私が伝えた内容をルカに説明してもらっても構わないだろうか?」


「分かりました、イビルアイ殿。ルカ、これは他でもないレエブン侯からの依頼だ。私としても善処したいと考えているので、その点も踏まえて聞いてくれ」


 プルトンは部屋の隅にあった予備の椅子をソファーの前に置いて腰かけ、一つ大きく咳払いをして皆の顔を見やり、話を切り出した。


「このエ・ランテルから北西、王都から真東の位置にレエブン侯の領土、エ・レエブルはある訳だが、その領土の更に東に広がる複数の村落で、農業を営んでいた農民たちが2か月ほど前、何の脈絡もなく突如姿を消したそうだ。事態を重く見たレエブン候はその件を王都に報告し、王であるランポッサⅢ世の命により約1000の兵が派遣され、村人たちの捜索に当たらせた。


しかし三日経っても四日経ってもレエブン候の元に報告が上がってこない。その事に業を煮やしたレエブン候は冒険者組合に掛け合い、独自にアダマンタイト級冒険者チームである蒼の薔薇を雇い入れた。そしてイビルアイ殿達が村落へ調査に向かい目にした光景は、王都から派遣された兵達の無残な死体の山だったそうだ」


「その遺体の状況は?」


 そこでプルトンは言葉を止め、イビルアイに顔を向けた。ルカだけを真っすぐに見ていたイビルアイが説明を補足する。


「...そこに気付くとはさすがだな。遺体のうち少数はアンデッド化・もしくはヴァンパイア化していた。私と、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースの神聖魔法により浄化を進めながら、兵たちを襲った敵と思しき足跡をつけて更に東へと調査範囲を拡大した」


「その村落から更に東はアゼルリシア山脈の麓だ。そこに何があるか、お前なら分かるだろう、ルカ?」


 プルトンは鋭い目線をルカに向けた。それを見てルカは無表情のまま目を見開き、脳内で地図を開いてその位置を思い起こしていた。


「....まさか、テスクォバイア地下遺跡?」


「その通りだ。アゼルリシアに住まうドワーフ達の間で最も恐れられている、あの危険な霊廟だ」


 それを受けてイビルアイが補足する。


「かつてレエブン候が、組合長とお前に調査依頼を出したそうだな。私達蒼の薔薇は、足跡を追ううちにテスクォバイア遺跡の前まで辿り着いた。しかしあの遺跡の手前にある草原で私達を待ち構えていたのは、無数の強力なヴァンパイア軍団だった。目視で総勢5000は下らない。そしてそのヴァンパイアこそが、領土から姿を消した農民たちだったんだ」


 仮面の下から(ギリリ)と歯を食いしばる音が聞こえ、イビルアイは膝の上で拳を握りしめた。


「....絶望的な状況だった。相手が人間ならまだどうにかなったが、その全てがヴァンパイアとなると、私達にも手の施しようがなかった。罪のない村人達を殺すことに引け目を感じていたが、もはやああなってしまっては私達にはどうする事も出来ない。遺跡に強硬突入しようと試みたが、結局は数に押し返され止む無く撤退した。そこで私達は作戦を変更する事にしたんだ」


「偵察、だね?」


 ルカの問いかけに、イビルアイは小さくコクンと頷いて返した。


「ヴァンパイア達は遺跡を守るように配置されていた事を受けて、私達は村人たちが変異した原因がそこにあると睨み、チームの中でも隠密性に長けたティアとティナを遺跡内部へと送り込むことにした。表のヴァンパイア達は透明化スニークで難なく素通りできたが、その内部にいるモンスター共は透明化スニークしているにも関わらず、2人を発見し攻撃しようとしてきたらしい。看破系の魔法を使用する何者かが潜んでいると見て、再度2人を撤退させたのだが、正直私達だけでは手詰まりの状態なんだ」


「...つまりは、レベルキャップだね。低位の透明化スニークでは、あの中にいる高レベルモンスターに通用しないんだ。看破系の魔法を持っているいないに関わらず、通常の透明化スニークでは敵に察知されてしまうだろう。あの中にいるモンスターのレベルがいくつか、知ってる? イビルアイ」


「い、いや、私は直接中を見た訳ではないので分からないが...お前の見立てでは、いくつなのだ?」


 あたふたしつつも、ゴクリと固唾を飲みイビルアイはルカを見据えた。


「ざっくりとだけど、あの中にいるモンスターの最高レベルは120を超える。ちなみに私から見ると、イビルアイのレベルは80。昔見た印象と今の力量が変わらなければ、ティア・ティナ・ガガーランのレベルは60、ラキュースで75だ。正直蒼の薔薇のメンバーだけでは、あの遺跡の攻略は難しいと思う」


 それを聞いてキョトンとしていたが、ソファーから身を乗り出してイビルアイはルカに顔を近づけた。


「でっ、ではルカ、お前達はかつてあの遺跡を調査し、無事任務を果たしたのだろう?ならばお前のレベルは、一体いくつだと言うんだ?!」


 それを聞いてルカは、ミキ・ライル・イグニス・ユーゴの顏を見やり、笑顔で答えた。


「ここにいる私達5人のレベルは、全員が150。その一人一人が、やろうと思えば君を一瞬で殺せる程の力を持っているんだよ」


「そ、そんな....150? 化物、ではないか....」


 イビルアイは脱力し、ソファーの背もたれにどっと体を預けた。それを見てルカは慌てて取り繕う。


「冗談冗談!誰も君を殺そうなんて思ってないから安心して。ただ、そのくらいのレベル差があるというのを、知っておいてほしかっただけよ」


「...そうか。だからお前は、孤高の道を選んだのだな。伝説のマスターアサシンなどと呼ばれて....」


 イビルアイは膝に手を置くと、俯いて体を震わせた。仮面の下に溜まった涙が顎を通り、イビルアイの足の上に滴り落ちる。それを見てルカは立ち上がり、向かいに座るイビルアイの下で片膝を付いた。


「こら。何も泣く事ないでしょ? 私がこの道を選んだのは自分で決めた事。そうしなければ、元の世界には帰れなかったんだから」


 ルカはイビルアイの仮面に手をかけ、そっと外した。潤んだ赤い瞳がルカを見つめ返す。その整った美しい少女の顔を見て、ソファーに座った皆が静まり返った。そしてルカはマントの裾でイビルアイの涙を拭う。そして彼女は、嗚咽混じりにルカに懇願した。


「....頼むルカ、助けてくれ。この事態、もう私達だけでは手の施しようがない。このまま侵攻すれば、王国までも滅ぶ危険性がある。悔しいが、レエブン侯の言う通りお前の力が必要なんだ、頼む....」


 イビルアイの言葉を受け、そこにいる皆がルカを見た。かつて(国堕とし)とまで呼ばれた魔法詠唱者マジックキャスターの本音。これを受けずして何が義であろうか。皆がその一心で頷いた。ルカはそっとイビルアイを抱き寄せ、優しく包み込んだ。


「もう。最初っからそう言えばいいのよイビルアイ。...分かった、この依頼引き受けるよ」


「....済まない、ルカ....頼む」


 ルカの左肩に大粒の涙が流れ落ちる。イビルアイが泣き止むまで、ルカは優しく抱擁し続けた。そして片膝を付いたルカの前にプルトンが立つ。


「ルカ、今回の依頼には俺も同行しようと思う」


「え? プルトン、大丈夫なの?」


「何、ルールを破ったのは俺だからな。その責任も兼ねてという事だ。相手がヴァンパイアなら尚更俺の力が必要になるだろう。それで構わないか?」


「....もちろん。プルトンが来てくれるなら100人力だよ。一緒に行こう」


「...久しぶりだな、お前と共闘するのも」


「そうだね。でも心配はしてないよ」


「ああ、任せておけ。イビルズリジェクターの2つ名が伊達ではない事を、とくと見せてやるさ」


「OK、楽しみだ」


 そう言うとプルトンはクローゼットにしまっていた白金の全身鎧フルプレートを取り出し、体に装備し始めた。イビルアイが泣き止んだのを見計らい、ルカはそっと体を離して向かい合った。


「イビルアイ、落ち着いた?」


「あ、ああ。お前に引き受けてもらえると分かった途端、気が抜けてしまった。申し訳ない」


「いいのよ。どうする?少し休んでからにする?」


「いや、大丈夫だ。レエブン侯も首を長くしてお待ちかねだろう。早速エ・レエブルへと向かおう。向こうで蒼の薔薇の皆も待っているはずだ」


「分かった」


 イビルアイはソファーから立ち上がり仮面を被り直すと、部屋の中心に向けて人差し指を向けた。


転移門ゲート



───エ・レエブル 都市西門入口前 19:35 PM



 イビルアイに続きルカ達6人が転移門ゲートを抜けると、既に夕闇が辺りを包んでいた。街を大きく取り囲む堅牢な城壁の一角に門があり、その両脇に掲げられたランタンが煌々と道を照らしている。その下で全身鎧フルプレートを着た4人の衛兵が門番を務めており、ルカ達が進もうとするとロングスピアをクロスさせて道を塞いだ。しかしイビルアイが一歩前に出て姿を見せると、衛兵2人は即座にスピアを下げて道を開ける。


「イビルアイ様、お帰りなさいませ。お連れの方々はルカ・ブレイズ様ご一行ですね?レエブン侯よりお話は伺っております。エ・レエブルへようこそお越しくださいました。どうぞお通りください」


「ありがとう」


 ルカは衛兵...というよりは騎士達の武装を見ながら、笑顔で彼らに返事を返した。門を潜り街の中へ入ると、そこも同様に物々しい警備で固められており、至る所で重武装の兵たちが巡回している。恐らくはリ・エスティーゼ本国から派遣されてきた兵士達だろうと思いつつ、これだけ厳重な警戒であれば、万が一ヴァンパイアに都市を襲撃されても持ちこたえられるだろうとも考えていた。


 過去にこの街を訪れた時と街の構造が変わっていないかを確認しながら、ルカ達はイビルアイの後をついていった。その時突如、ルカの両胸と腰にズシリと何かがのしかかってきた。完全に不意を突かれたルカは慌てて下を見る。


「ひゃん!!ちょっと、何?!」


 すると両脇を掴んでいたものが徐々に姿を現した。透明化スニークが解け、オレンジに近い金髪をした瓜二つな双子の女性が、左右からルカの腰と胸に抱き着いていた。


「...やっと来た、化物」


「...晒し外したんだね、鬼アサシン」


「ちょっ...ティア、ティナ?!」


 全身タイトな青い忍装束を着た細身の美しい女性がティア、赤色がティナだ。二人は無表情のまま、一心不乱にルカの胸を揉み続けた。


「...昔は晒しのせいで固かったのに、今はフワフワ。気持ちいい」


「...意外と胸が大きい、驚いた。気持ちいい」


「ちょっともう、だめ!!....ああんもう、胸から手を離して!」


「....それは断る、化物」


「....変な気分になってきた。今日は私と一緒に寝よう、鬼アサシン」


「分かった、分かったから胸を揉むのだけはやめてー!」


 それを後ろで見ていたミキが目くばせをすると、ライルが前に出てティアとティナの首根っこを掴み、その太い腕でヒョイと軽く持ち上げた。猫のように宙ぶらりんになったティアとティナに向かって、ライルは顔をしかめる。


「お前達いい加減にしろ。ルカ様も困っておられるではないか」


「...出たな鬼瓦」


「....何か昔と雰囲気が違う。そっちの鬼女も。何をした、鬼畜剣士」


「フン、ルカ様に鍛えなおしてもらったまでよ。それにしても久しぶりだなティア、ティナ」


「....うん、六年ぶり」


「....ヘルレイズ遺跡で共闘して以来」


「うむ。依頼の内容を聞いたが、事は急を要するのだろう?さっさと俺達を案内してくれ」


 そう言うとライルは、手に掴んだ二人をそっと地面に降ろした。


「....分かった。向こうでラキュースが待ってる」


「....ガガーランも」


(助かった...)と心の中で呟き安心したルカは、2人に笑顔を向けた。


「青の薔薇勢揃いだね。早く行ってあげよう?」


「...化物、何か昔と比べて女らしくなった」


「...可愛い。後でまた胸揉ませて」


「私にもいろいろあったのよ。それとティナ、揉むのは絶対にダメ」


 そこへイビルアイが口を挟む。


「二人共、下らん話は後にしろ。時間が惜しい、行くぞ」


『...了解』


 そして街の中心部まで歩くと、周りの建物から抜きんでた大きさを持つ立派な邸宅が見えてきた。広い敷地を持つ庭付き2階建ての豪華な邸宅にたどり着くと、周囲には先ほど見たような重武装の兵士20人程が邸宅を取り囲み、警備に当たっていた。屋敷正門の前でイビルアイが右手を上げると、兵たちは左右に動き道を開ける。イビルアイとルカ達は扉を開け、邸宅内に入室した。


 中に入るとそこは吹き抜けのロビーとなっており、待合用のソファーとテーブルが置かれていた。そこに向かい合って座る2人の女性にルカは目を向けると、それに気づいた神官服と深紅の全身鎧フルプレートを着た2人は立ち上がり、ルカに歩み寄って手を握ってきた。


「ルカ・ブレイズ!必ず来てくれると思っていたわ」


「ようルカ!あれから随分経ったというのに、相変わらずおめぇは可愛い顔してやがんな!」


「ラキュース、ガガーラン!久しぶりね、元気してた?」


「私達は相変わらずよ。また会えて嬉しいわ」


「何やら悪い噂しか聞こえてこなかったが、俺はお前の事信じてたぜ、ルカ!」


「ありがとう二人共。早速なんだけど、レエブン候は今どちらに?」


「執務室におられるわ。一緒にご挨拶しに行きましょう」


 ラキュースに引き連れられ、屋敷の奥へと案内された。そして扉の前に立ち、部屋をノックする。


「レエブン候、ルカ・ブレイズをお連れしました」


「おお!お入りください」


 そして扉を開け、蒼の薔薇の一団とルカ達は部屋の中へと進み出る。そこには執務机の椅子から立ち上がったレエブン候の姿があった。彼はルカの姿を見ると笑顔で涙ぐみ、机を回り込んでルカの前に進み出た。


「ルカ・ブレイズ....よくぞ、よくぞここまで来てくれました」


「..........」


 ルカとプルトン、そしてミキとライルはレエブン候の前に立ち、黙ったままその場で片膝をつこうとしたが、レエブン候はルカの上腕を支えてそれを遮った。


「おやめ下さいルカ、私は既に隠居した身。そのような事をされる覚えはありません」


 そう促されて四人は立ち上がり、レエブン候を見た。ルカの目にも薄っすらと涙が滲んでいる。


「....痩せましたね、レエブン候」


「ええ。情けない姿ですが、これが今の私です」


 ルカは微笑んだ。そのげっそりとした顔を見て、感極まるものがあった。そしてレエブン候はルカのフードを下げ、その顔を見つめる。


「あなたは二十年前と変わらず、お美しいままだ、ルカ」


「....あの時の御恩、私は決して忘れません。行き場をなくし、世界中のワーカー達から命を狙われていた私達を、あなたは匿ってくださった。暴走しかけていた私達を、あなたは引き止めてくださった。あの時がなければ、私達はこの世界で生きる術を無くしていたかもしれません。ただ一重に、感謝します。レエブン候」


「....惜しいと思ったのですよ。あなたのような力ある冒険者が失われる事にね。そしてその判断は正しかった。今こうして、あなたは私の前に来てくれたのですから」


「....レエブン候」


 ルカの頬に涙が伝う。そんな顔を見られまいと、ルカはレエブン候を抱きしめ、胸元で涙を流し続けた。レエブン候もルカの背中に手を回し、艶やかなフェアリーボブの髪をそっと撫でる。蒼の薔薇の面々とイグニス・ユーゴはその様子を見て驚いていた。そしてその場にいた全員が、過去にレエブン候とルカの間に何があったのかを知る瞬間でもあった。


 レエブン候はスーツの胸ポケットからハンカチを取り出すと、体を離しルカの涙を拭った。照れくさそうにはにかんで見せるルカの美しい顔を見て、レエブン候の目にも光が宿る。


「しばらく見ない間に変わりましたね、ルカ。ギラギラとしていた昔と比べて、今のあなたは抱擁感すら漂わせている。きっとあなたの真の目的が達成されたからなのでしょう」


「...ええ、その通りですレエブン候。おかげさまで私達の望みは叶えられました」


「それは何よりです。アインザック組合長、ご無沙汰しております。私の依頼を受けてくださり、感謝の念に絶えません」


 彼は右手を差し出した。白金の全身鎧フルプレートに身を包んだプルトンもその手を握り返し、力強く握手を交わす。


「レエブン候、その節は大変お世話になりました。此度の依頼には私も参戦し、必ずや解決へと導いてみせましょうぞ」


「よろしくお願い致します。それと組合長、頼んでおいた例の件ですが....」


「ハッ。それでしたらもう間もなく到着する頃合いかと存じます」


 すると執務室の扉がノックされ、騎士が入ってきた。


「レエブン候、ご到着されました」


「おお!早速執務室へお通ししてください」


「かしこまりました」


 衛兵が下がり扉を閉めるが、それを聞いてルカは首を傾げ、レエブン候に問いかけた。


「私達の他にも誰かを雇われたのですか?」


「ええ、その通りです。ここは万全を期して、もう一組冒険者を雇うようアインザック組合長にお願いをしていました。最強の助っ人です、きっとあなた達の力になってくれる事でしょう」


 そして再度扉がノックされ、部屋に2名の男女が入室してきた。それを見て何故かイビルアイが黄色い声を上げる。レエブン候は2人の前に立ち、両腕を広げて迎え入れた。


「お二人共、よくぞ来てくれました!みなさんご存じかも知れませんが、念のためご紹介しましょう。こちらは漆黒の英雄、アダマンタイト級冒険者のモモンさんに美姫ナーベさんです。今回の任務に当たり、共同して事に当たってもらいたいと思います」


「蒼の薔薇の皆さんはご無沙汰ですな。お初にお目にかかる方もいるようだ。モモンです、よろしくお願いします」


 流線形のフォルムを持つ漆黒の全身鎧フルプレートに身を包む男性が一歩進み出て、ルカに握手を求めてきた。それを見て手を握り返しながら、ルカは目を丸くして開いた口が塞がらなかったが、それを取り繕うようにモモンが言葉を継いだ。


「お嬢さん、お名前をお伺いしてもよろしいですかな?」


「....え?! あ、ああ名前ね、私はルカ・ブレイズ。後ろにいるのはミキ・ライル・イグニス・ユーゴよ。みんな私の仲間達なの」


「....ルカ・ブレイズ? あの伝説のマスターアサシンとして闇の世界で恐れられているという、あのルカ・ブレイズだというのですか?」


「ええ、まあ....」


「一度お会いしたいと思っていた所だ。あなたとチームを組めるというのは光栄の極み。ルカ、改めてよろしくお願いする」


「こ、こちらこそよろしくねモモン、それにナーベ」


 冷汗を流しながらルカが挨拶を終えると、その後ろで待ってましたとばかりにイビルアイがモモンの背中に飛びついてきた。


「モモン様ぁ~!また会えるなんて嬉しいです!ルカとモモン様がいれば鬼に金棒です」


「き、君は確か蒼の薔薇のイビルアイ殿だったな。久しぶりの所を済まないが、体から離れてもらっても良いか?」


「んふふー、そんな照れなくても~」


 そこへ(パンパン!)とラキュースが大きく手を叩いた。


「はい、イビルアイもそこら辺にして! モモンさん、今回の敵は非常に手ごわい。ご助力感謝します」


「ラキュース殿、あなたほどの人にそこまで言わしめるとは、非常に興味深いですな。承知しました、このモモン大いに腕を振るいましょう」


「みんな、戦況は大体掴んでると思うけど、改めてもう一度説明するわ。敵はここから東にあるテスクォバイア地下遺跡を根城にしていると思われる。既に領地のうち4つの村が落とされた。私達蒼の薔薇はその遺跡手前の平原で、総数5000を超えるヴァンパイア化した村人たちと交戦したけど、残念ながら力及ばず撤退した。


私達の目標は、村人たちを変異させたと思われるモンスターの討伐。テスクォバイア遺跡の最奥部にいるはずよ。でもその前に地表の敵をどうにかしなければならない。何か策があれば今のうちに聞いておきたいの、みんなどう?」


 それを聞いてルカとプルトンはお互いに顔を見合わせて頷き合い、ラキュースに質問した。


「誰かそのヴァンパイア達を精査アナライズした人はいる?」


「いいえ。尋常な数ではなかったので、それどころの騒ぎじゃなかったわ」


「そうか。とりあえずそのヴァンパイアを調べて見ない事には何とも言えないけど、もしかしたら何とかなるかもしれない」


「本当に?!私が言うのも変だけど、一匹一匹が尋常な強さじゃなかったのよ?」


「そこは私達とモモンで何とかする。イビルアイ、その地点までの転移門ゲートポイントは設置してある?」


「あ、ああ。もちろんだ」


「じゃあこれからそこに向かってみよう」


「これからですって?!夜はヴァンパイアの力が活性化されるし、危険だわ!」


「だからいいんじゃないか。ヴァンパイアは夜行性、今なら遺跡にも入らずに調査ができる。何なら私達とアイ.....モモン達だけで行ってきても構わないけど」


 危うくアインズという言葉が出そうになり、咄嗟にルカは誤魔化した。ラキュースは仕方なさそうに首を横に振り、大きく溜め息をつく。


「...分かったわ、行ってみましょう」


「念のためフルバフしてから行くから、みんな中央に集まって」


 そしてルカ達のバフを受けて準備が整い、イビルアイは転移門ゲートを開いた。その間ラキュース達蒼の薔薇はルカのバフを受けて驚愕の目を向けている。


「こ、こんな補助魔法聞いたことも無いわ」


「...すげぇぜラキュース、体の底から力が湧いてくるようだぜ!これならどんな敵が来ても負ける気がしねえ!」


 それを聞いてルカは苦笑した。


「だからって油断しちゃだめよガガーラン?それではレエブン候、また後程」


「ええ、十分にお気をつけて」


 そして総勢13人は転移門の中へと足を踏み入れた。



───テスクォバイア地下遺跡平原手前 森林 21:20 PM



 ルカ達は木陰に身を隠しながら、東に広がる草原に目を凝らしていた。


「おおー、いるいる!足跡トラック、敵おおよそ5000体。情報通りだね」


 ルカは暗視ナイトビジョンを使用し、敵の配置をつぶさに確認していた。そこへラキュースとイビルアイが声を潜めてルカに問いかける。


「さて、どうする?」


「この暗がりの中ではこちらが不利だ。まさか遺跡に突入しようなどとは言うまいな?」


「まさか、そんなつもりはないよ。ただヴァンパイア一匹を生け捕りにしたいだけ。あそこに丁度一匹だけはぐれたヴァンパイアがいる、あいつにしよう。イグニス、ライル、頼める?」


「お任せください」


「承知しました、ルカ様」


 二人は顔を見合わせて頷くと、同じ魔法を詠唱する。


部分空間干渉サブスペースインターフェアレンス


 等身大に開いた暗黒の穴に飲み込まれ、二人の気配も姿も掻き消えた。そして二人は接敵すると、敵の集団から一番手前にいるヴァンパイアに狙いを定めた。ライルは敵の真横にまで移動し、イグニスはそこから60ユニット程離れた位置に陣取った。そして二人は伝言メッセージで呼吸を合わせる。


『ライルさん、行きますよ』


『おう、いつでも来い』


影の感触シャドウタッチ!」


 (ビシャア!)という音と共にヴァンパイアが麻痺状態になったところを、すかさず敵の真横にいたライルがその体を持ち上げ、西に向かって疾走する。魔法を詠唱した事と敵に触れた事で2人の透明化スニークが解け、姿が露わになる。そして皆の待つ木陰にたどり着くと、ルカが用意していた鎖で全身を縛り上げた。麻痺の効果時間が切れると、ヴァンパイアと化した男性が身をよじり、声を上げて猛烈に暴れ始めた。


「キシャァアアアア!!」


「モモン、ライル!胴体と足を固定して、早く!殺しちゃだめよ!」


「了解した!」


「承知しましたルカ様」


 モモンが馬乗りになり、ライルが両足を強力に固定したが、それでも暴れるのをやめようとしない。その中でルカは額を押さえつけて魔法を詠唱した。


「しっかり押さえててね、体内の精査インターナルクローズインスペクション!」


 男の額が青く光り、その光が全身に広がっていく。そしてルカの脳内に体内のコンディションがリスト状に流れ込み、異常を示す項目が一つあった。ルカはそれを見て目を細める。


「やっぱり....ミキ、こっちに来て!」


「かしこまりました、ルカ様!」


 ヴァンパイアの男が暴れる中、ミキはルカの隣に片膝をついた。


「半吸血鬼化の呪詛だ、頼む」


「心得ました。魔法最強化マキシマイズマジック闇の追放バニッシュザダークネス!」


 ミキを中心に青白い光が男を包み込む。すると白蝋のような肌に人間らしい血色が戻り、眼の光も赤からブラウンへと変化していった。男は脱力して目を見開き、上にのしかかったモモンを見て目を瞬かせる。そこへルカが男の顎を上に向けさせ、その目を覗き込んだ。


「私を見て、まっすぐに」


「え?!....あ、あの、これはどういう...」


「いいから!私の目の奥を見るんだ」


「は、はい!」


 男は身動きが取れず怯えながらもルカを見返した。元ヴァンパイアだからこそ分かる瞳の揺らぎがない事を受け、ルカはホッとため息をついた。


「モモン、ライル、もう大丈夫。精神汚染の類は見受けられない。体をどかしてもいいよ」


 2人が男の体から離れ、ルカは全身に巻かれた鎖を外した。そして男の肩を支え、上体を起こす。


「私達は冒険者だ、案ずることはない。大丈夫?何をしていたか記憶はある?」


「い、いえ、確か私は家で夕食をとっていたはずなのですが...私に何が起きたのですか?」


「事情は後で説明する。向こうを見てごらん」


 そう言うとルカはテスクォバイア遺跡のある東の平原を指さした。そこには様々な武器を手に持ち、ヨロヨロと歩く人ならざる者の軍団が佇んでいた。


「あれが今の村人たちの姿だ。君もあの中にいたんだよ」


「そんな!!私の妻と娘はあの中にいると?!」


「大きな声は出さないで。大丈夫、今全員を元に戻してあげるから」


「すっ! ...すいません、つい...」


「動揺するのも無理はない。私達と一緒にいれば安全だ。ミキ、ラキュース、彼を診てやってくれ」


「かしこまりました」


「分かったわ、ルカ」


 そう言うとルカは立ち上がり、先程から視線を向けていたプルトンと向かい合うと、小さく頷き合った。そしてイビルアイを含む蒼の薔薇の一団に目を向ける。


「みんな、よく聞いて。これから私とプルトンで、あのヴァンパイア化した村人たちを元に戻す。イビルアイ、エ・レエブルにいる兵達を総動員してここに呼びたい。済まないが転移門ゲートでレエブン候の屋敷に向かい、村人救出の為の手配をお願いできる?人手がいるんだ」


「....あの5000を超えるヴァンパイア軍団を元に戻すだって?そんな事が本当にできるのか?!」


「今見てたでしょ? 彼らは一時的にヴァンパイアの特性を与えられたに過ぎない。つまりは呪詛のバッドステータスなの。あの村人たちを変異させた魔法の名は、敗北の接吻キスオブザディフィート。高位のヴァンパイアにしか使えない呪文だ。これから私とプルトンで、その呪いを一斉に解除する」


「組合長と? 組合長にもそのような力があるというのか?!」


「フフ、彼の事を甘く見てると手痛いしっぺ返しを食らうわよ? プルトンは強い。君よりもね、イビルアイ」


「な、ならばそれを見届けさせてくれ!!救出の手配はその後でもいいだろう? 見てみたいんだ、お前達の力を...」


「...分かった、それでいいよ。じゃあ行こうかプルトン」


「承知した」


 ルカとプルトンは横に並び、腕を前方に伸ばし手のひらを上に向けて同時に魔法を詠唱した。


魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック聖なる献火台イクリプストーチ


 すると2人の頭上に青白く輝く十字の炎が出現した。そのまま2人は東へと歩き、ヴァンパイアの群れの中に入っていく。全員が固唾を飲み見守る中、そのヴァンパイア達はルカとプルトンを避けるようにして道を開けていった。そしてその群れの中心にまで辿り着くと、2人は(パン!)と両手を合わせ、呼吸を合わせてもう一つの魔法を同時詠唱し始めた。


魔法最強効果範囲拡大マキシマイズワイデンマジック聖遺物の召喚コーリングオブレリクス型式タイプ聖杯ホーリーグレイル


 (ズズズズ)という重低音と共に、ルカとプルトンの体が青白い球体に包まれ、大気に微細振動を引き起こす。満天の星空の中、ウォー・クレリックの聖なる光が天を射るように高速で立ち昇った。2人が両手を広げて意識を集中すると光は更に拡大していき、雲一つ無いにも関わらず(ポタ、ポタ)と雨粒が落ちてきた。それと同時に淡く光る物質が天を舞い、ゆっくりと地面に舞い降りてくる。


 その雨粒と物質は背後に控える蒼の薔薇達の下にまで届き、光る物質をそっとイビルアイは手に取った。何かの羽かと思ったそれは、薄く伸びた光り輝く灰だった。イビルアイが視線をルカ達に戻すと、雨脚が更に強まり、晴天にも関わらず豪雨とも呼べるほどのスコールを巻き起こした。それを浴びたヴァンパイア達が、次々と手にした武器を地面に落とし、脱力するように倒れていく。


 ルカとプルトンの体を取り巻く光の渦が収束すると雨は止み、そこに立っていたのは2人のみであった。倒れていたヴァンパイア達の顏には血色が戻り、皆気絶している様子だ。ルカとプルトンが周囲の村人たちを抱き起し、息があるかを確認する。


 それを見たミキとライル、イグニス・ユーゴは安全と判断し、ルカ達の下へ駆け寄った。それに釣られるようにして蒼の薔薇の面々も後に続く。死者はいなかった。そこに倒れていた5000人を超える村人たちは息を吹き返し、余力の残っていたものは自力で立ち上がるほどだったが、時間が時間だけに周囲は暗闇に包まれ、何が起きたのか分からずに混乱している様子だ。


 ルカは倒れている者達を見るイビルアイに声をかけた。


「イビルアイ!さっきの手筈通り、レエブン候に至急ここへ兵を送るよう頼んできて!」


「あ、ああ!了解した、ルカ!」


 イビルアイはその場で転移門ゲートを開き、エ・レエブルへと飛んだ。その間ルカ達12人は村人たちを介抱し、可能な限りの救助活動を行っていく。そこから30分後、イビルアイの転移門ゲートを通り衛兵と騎士達約500名が到着した。そうして村人たちは無事に救助され、一時エ・レエブルへと避難したのだった。


 救助された者達の安全を最優先する為、その日はテスクォバイア地下遺跡への侵入は行われなかった。ルカ達と蒼の薔薇の皆はレエブン候が手配した高級宿屋”金剛の彫刻亭”へと向かい、その日はそこで休息を取る事となった。


───金剛の彫刻亭 1F 食堂 23:17 PM


「おう、みんな酒は行き渡ったな!よし、そんじゃま、ルカと組合長の大活躍を祝して、乾杯!」


『かんぱーい!』


 円卓を囲み、ガガーランが音頭を取って13人全員でグラスをぶつけ、皆が酒を仰いだ。早速ガガーランとライルが酒を飲み干し、ウェイターに再度注文する。モモンは頭部に幻術をかけて人間の顔を作り、エーテル酒を飲んでいたが、幻術が皆にバレないように念のためルカとナーベの間に座っていた。ワインを飲んで一息ついたラキュースとガガーランがルカに話しかける。


「それにしても流石ねルカ、それに組合長。私達が苦戦したあの大軍団をたった一撃の魔法で鎮めてしまうなんて」


「ほんとだよな、神官のラキュースも真っ青の魔法だったぜ!結局一体あれは何だったんだルカ?」


 酔いすぎないようモモンと同じくカリカチュアをちびちびと飲みながら、ルカは2人に返答した。


「村人たちがかけられていた呪詛は、ヴァンパイアの精神攻撃系AoEなの。自分より低位の者の意識を広範囲に乗っ取れる魔法なんだけど、その副作用として半吸血鬼化の呪詛を受けて、種族に関係なく属性も弱点もヴァンパイアそのものになってしまう。私とプルトンの使用したあの魔法は、簡単に言うとアンデッドのヘイトを鎮め、それに付随するバッドステータスも同時に解呪できる呪文なんだ」


「すげーじゃねえか。あんな広範囲にまで届く魔法なんて聞いた事もねえや」


「プルトンと2人がかりだったからね」


「でもこれで地表部分は掃討できたわけね。明日はテスクォバイア遺跡に皆で調査に向かいましょう」


「そうだね。モモン、ナーベもお疲れ様。もう一杯飲む?」


「ありがとう。そうだな、いただくとしよう」


「光栄です、ルカさ───...ん。いただきます」


 危うく(様)と言いそうになった所を、ナーベは辛うじて堪えた。とそこへ、ワインを飲んで上機嫌になったイビルアイがテーブルを回り込み、歩み寄ってきた。


「モモン様、私もお注ぎ致します!」


「ありがとうイビルアイ殿。だが今注いでもらったばかりなのでね、遠慮させてもらおう」


「モモン様のお顏は初めて目にしました!その...南の地方にいるような顔立ちで素敵です」


 それを聞いてルカは改めてモモンの顏を見た。妙に彫は深いが目が細く、これといって特徴が無い。リアルの鈴木悟とは似ても似つかない、悪く言えばオヤジ顔であった。


「ハッハッハ、世辞は無用だイビルアイ殿」


「お世辞じゃないです!本当にその、素敵...です。私よりも強いし」


 ルカはそこでピンと来た。試しに読心術マインドリーディングでイビルアイの思考を覗いてみると、モモンへの好意ではち切れんばかりの感情が流れ込んできた。一体何があってここまでの好意を持つに至ったのかは謎だが、あまり近寄らせて幻術がバレでもしたら大変な事になる。ルカはテーブルの下で(コツン)とモモンの足に膝をぶつけ、ノーモーションで伝言メッセージを飛ばした。


『アインズ、もう少ししたら部屋に戻った方がいい。この子に頬ずりでもされたら幻術が一発でバレちゃうよ?』


『ああ、分かっている。俺もそうしようと思っていた所だ』


『私も早めに戻るから、後で一緒に飲もう』


『分かった、待ってるぞ』


 伝言メッセージを切るとアインズはヘルムを被り直して席を立った。


「少し疲れたので私とナーベは先に部屋へ戻ります。ルカ、それに蒼の薔薇の皆さんはゆっくりと飲んでいてください」


「えー!もうお休みになるのですか?」


「済まないなイビルアイ殿。では明朝お会いしましょう」


「ええ、モモンさん明日もよろしくお願いします」


「こちらこそ、ラキュース殿」


 モモンとナーベは2階への階段を上り、自室へと入っていった。ワインボトルを抱きかかえて、その後姿を見ながらイビルアイはしょんぼりとしていた。


「モモン様ー....」


「ほらほら、そんな残念がらずにイビルアイも隣に座って!」


「う~、分かった...」


 モモンが座っていた席にイビルアイは腰を下ろし、2人で再度乾杯した。ルカはカクテルグラスを揺らしながら、イビルアイに目を落とし微笑する。


「イビルアイ、モモンの事好きなの?」


「ええ?!ああいやその、まあ....うん。好きだ」


「そっか」


「ま、まさかルカもモモン様の事を?!」


「そんな訳ないじゃない、私と彼は今日会ったばかりなのよ?」


「そっ、そうか、そうだな。それならいいんだ...」


「フフ、正直ねイビルアイ。可愛い」


「茶化すな!それよりもルカ、お前初対面にしては随分とモモン様と気の知れた風だったではないか。呼び捨てにされてたし...」


 イビルアイはしょんぼりとテーブルに目を落とす。


「そうね....同じ冒険者として、何か通ずるものがあったのかも知れない。恐らくだけど、彼は相当に強い。それだけは肌で感じられたわ。私と同じくらいに」


「そ、そうだろう?!王国でのヤルダバオトとの戦闘で、彼は私を庇いながら戦ってくれたんだ!そして見事撃退した。ヤルダバオトがどれだけの怪物だったのかをルカ、お前にも見せてやりたかったくらいだぞ」


「もちろん噂には聞いてたよ。かなりの化物だったらしいね」


「モモン様が来なければ、私達には死の運命しか待っていなかっただろう。ああ....モモン様」


 イビルアイは乙女のように両手を胸の前で組み、空想に身を委ねている様子だった。ヤルダバオト...もといデミウルゴスであれば、本気を出せば蒼の薔薇どころか王国そのものを滅亡に追いやる事も可能だったはずだ。それをせずに裏から王国を支配する事こそ、デミウルゴスの本意だった事を改めてルカは確認する。


「完全に惚れたね、イビルアイ」


「ルカ、モモン様に手を出すんじゃないぞ。私が先に好きになったんだからな!」


 (いや、もう出しちゃったんだけど....)とルカは心の中で独り言ち、苦笑を浮かべて頷いて返した。そして楽し気にガガーランとラキュースを相手に飲み交わしている2人に声をかけた。


「イグニス、ユーゴ!何飲んでるの?」


「いつも通りエール酒ですよ、ルカさん」


「ルカ姉も飲んでますかい?俺もいつも通り爆弾割りでさぁ!」


「明日もあるから、あまり飲み過ぎないようにね?私は先に部屋へ戻るから」


「了解です、ごゆっくりお休みください」


「俺もほどほどにしときまーす、ルカ姉!」


「うん、ミキ・ライルはどうする?飲み足りなければ飲んでてもいいよ」


「私も部屋に戻りますわ、ルカ様」


「もう少しだけ地獄酒を堪能してから、戻りたいと思います」


「OK。それじゃラキュース、ガガーラン、ティアにティナもまた明日ね」


「お休みなさい、ルカ」


「おう、明日もよろしく頼むぜ!!」


「了解、おやすみ」


 ルカとミキは席を立ち、自室へと戻る。武装を解除して2人で入浴し、ネグリジェに着替えた頃には深夜1時を回っていた。ミキは先に就寝し、ルカは部分空間干渉サブスペースインターフェアレンスを使用して部屋の扉を開け、隣室の扉をノックした。ナーベが扉を開き、部屋の中へ足を踏み入れると同時に透明化スニークを解除し、姿を現した。


「お疲れ様アインズ、ナーベラル。まだ起きてた?」


「問題ないぞルカよ。今日はお前と組合長の独壇場だったな」


「ルカ様、先程は失礼致しました」


「いいのよナーベラル。それにしても驚いたよ。まさかレエブン候が冒険者モモンとナーベにまで依頼を出していたなんて」


「俺も組合長からの依頼を聞いて思い当たる節があってな。この依頼がお前に繋がっていると直感して、受ける事にしたのだよ」


「でもそのモモンの姿だと、魔法が制限されるから不便じゃない?上位道具創造クリエイトグレーターアイテムで作り出した武器と防具でしょ?」


 ルカはそう言いながら中空に手を伸ばし、備え付けのテーブルの上にカクテルグラス3個とスターゲイザーのボトルを並べて酒を注いだ。


「まあ確かにそうだが、今日見たヴァンパイアくらいならこの姿でも十分に対処できるさ」


「でも嫌な予感がするのよね。明日は何かあれば私達で何とかするから、アインズとナーベラルは無茶しないでね」


 ルカはグラスを2人に手渡し、自分もグラスを手に取った。


「はい、じゃあお疲れ様!」


「ああ、乾杯」


「ありがたくいただきます、ルカ様」


 (キン!)と3人でグラスをぶつけてエーテル酒を仰ぐ。心なしかナーベラルの顔が朱色に染まってきた。


「ナーベラル、このエーテル酒は度数が結構高いから、口当たりがいいからといって飲み過ぎないようにね?」


「は、はい。お心遣い感謝致します。それでその...少し酔いが回ってきたようなので、先にお休みさせてもらってもよろしいでしょうか?」


「もちろん。ゆっくり休んで」


「ナーベラルよ、ご苦労であった。先に休むがよい」


「ありがとうございます、アインズ様、ルカ様」


 ナーベラルはマントを脱ぎ、自分のベッドに倒れ込むようにして横になった。ルカはその上から掛け布団をナーベラルにそっと覆いかぶせる。その美しい横顔を見て、ルカはナーベラルの頬を手の甲でそっと撫でた。


「...こんな美人な子と毎晩相部屋になって、よく理性が保てたねアインズ?」


 ルカはテーブルに振り返り、怪しい笑みをアインズに送った。


「バカを言うな。前にも言ったと思うが、階層守護者もプレアデスも、俺の仲間が残してくれた大事な子供たちだ。そんな不埒な真似をできるはずがないだろう」


「...フフ、ごめんごめん、意地悪な質問だったね」


「それよりもルカ、お前はテスクォバイア遺跡の奥に何がいると思う?」


 ルカは右手を顎に添え、テーブルに目を落とした。


「...分からない。でも先刻話した通り、ヴァンパイアの特殊魔法、敗北の接吻キスオブザディフィートは、ヴァンパイア種族レベルの後半に取得できる魔法だ。もしかしたら....」


「....やはりもしかする、のか?」


「うん。相当な強敵があの遺跡の奥に待ち構えているかもしれない」


「ふむ...明日は一波乱ありそうだな」


「そうだね、そのつもりでいて。何かあれば、私達はアインズとナーベラルを守る事に徹するから」


「分かった、俺もそれなりに覚悟しておこう。いざとなれば俺もこの姿を解いて加勢する」


「よろしくね。さて、私もそろそろ寝るよ。アインズもゆっくり休んで」


「ああ、お前もな」


「お休みアインズ、ちゃんと鍵かけてね。部分空間干渉サブスペースインターフェアレンス


「お休みルカ」


 気配が掻き消え、ルカはそのままドアを開けて自室へと戻った。


───翌日 エ・レエブル 領主邸宅内 執務室 11:38 AM


「みなさん、先日はお疲れさまでした。おかげで領民たちも無事戻り、この街を守る兵達の士気も上がっております」


 レエブン候はその場に集うルカ達と漆黒、蒼の薔薇の面々を見て、痩せこけた外見とは裏腹に張りのある声を出して皆を迎えた。それを受けてルカがレエブン候に質問する。


「保護された村人たちにその後、何か異常はありませんでしたか?」


「いえ、そう言った報告は受けておりませんので、無事かと思われます」


「そうですか、良かった」


 ルカはホッと胸を撫でおろす。精神汚染が残っていると、後々生命の危機にも繋がりかねないからだ。


「今日はテスクォバイア遺跡へ行くとの事。4つの村の住人をヴァンパイアにしてしまった強敵です、十二分に注意して向かわれてください」


「かしこまりました、レエブン候。よし、フルバフの後に転移門ゲートで昨日の地点まで飛ぼう。みんな集まって」


 ルカとミキのフルバフが完了すると、イビルアイは部屋の中心に向かって人差し指を向け、転移門ゲートを開いて皆がその中に進んだ。


───テスクォバイア地下遺跡入口 12:05 PM


 表層にある神殿の階段を下りて一歩中へ入ると、その中で漂う臭気に全員が顔をしかめた。後衛に立つラキュースが語気を荒める。


「...ひどい死臭ね。湿気のせいで余計に強く感じるわ」


「ミキ、ライル、足跡トラック危機感知デンジャーセンスで警戒。相当な数の敵が潜んでいる、みんな油断しないで。いつ飛び掛かられてもおかしくないよ」


 その時だった。高さ20メートルはある手掘りの洞窟のような空洞の奥から、地響きを上げて何かが接近していた。ルカ達は腰を落とし抜刀して身構える。


「敵200ユニットまで接近!いいか、手筈通りだ。蒼の薔薇のみんなはバックアタックされないよう集中して!前衛は私達とモモンで引き受ける、いいわね?!」


『了解!!』


暗視ナイトビジョン


 その暗闇に映っていたのは狂気だった。全身がグズグズに腐りはてた巨人がウォーハンマーを手に、こちらへと突進してきたのである。それを確認したルカとプルトンが前衛に出て魔法を詠唱する。


「状況・屍の巨人トロールゾンビ!私達が先制する、魔法最強化マキシマイズマジック非難の連弾デュエットオブザクリティシズム!」


魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック神聖なる非難ホーリーセンジュアー!!」


 敵に向けられたルカとプルトンの両腕から、ウォークレリックとクルセイダーが放つ青白いレーザー光が一直線に飛び、屍の巨人トロールゾンビに直撃した。そして2人の放った力が大爆発を引き起こし、屍の巨人トロールゾンビの突進が弱まる。


「モモン、ライル、ナーベ、ブロック!!」


「承知!!」


 3人が前に出て突進を受け止めた所で、ルカがその頭上を飛び越し武技を発動した。


霊妙の虐殺スローターオブエーテリアル!!」


 屍の巨人トロールゾンビの全身目掛け、目にも止まらぬ神聖属性の20連撃で切り刻むと、声を上げる間もなく敵は消滅した。その魔法と物理攻撃の連携を見て、蒼の薔薇の一団が固唾を飲み見つめていた。


「つ、強い....」


「ヘッ、まさかこれほどとはな」


「....さすが化物。あんなの食らったら即死」


「....半端じゃないね、鬼アサシン」


「ル、ルカ!今の巨人のレベルはいくつだったのだ?」


「そうだね、ざっと見てLv110ってとこかな」


 イビルアイは呆気に取られていた。あのように強力なモンスターを手際よく片付けた連携にも驚いたが、何よりもルカとプルトンの魔法攻撃力に驚かされた。


「....組合長、あなたのレベルはルカの基準で、一体いくつあるんだ?」


 それを聞いて、ルカとプルトンは顔を見合わせて苦笑した。


「イビルアイ殿。私のレベルは105ですぞ」


「!!  だからあなた達2人はコンビを組んで.... 」


「そういう事よイビルアイ。まあ私がプルトンのレベルを引き上げたんだけどね。納得でしょ?」


「このプルトン・アインザック、老いたとはいえまだまだ若いものには負けませんぞイビルアイ殿」


「ちょっとプルトン、イビルアイの方が年上なのよ?私もそうだけど」


「ハッハッハ、そうだったな!これは失敬。しかしお前達は不死の種族だからな。そう思うのも無理はないだろう。いつまでも若々しくいられるのは羨ましく思うぞ」


「フフ、調子いいんだから。ライル、モモン、ナーベ、大丈夫?」


「問題ありませぬ、ルカ様」


「ダメージは負っていない、心配無用だ」


「流石です、ルカさ───、ん」


「OK、みんな先に進もう」


 蒼の薔薇のチームが気後れする中、ルカ達を前衛に迫りくる強力なアンデッドを次々と薙ぎ倒し、遺跡───というよりは洞窟の最深部近くまで辿り着いた。そこはドーム状の空洞になっており、天井を見上げると高さ100メートルはあるかと思われる広大な空間だ。


 ルカとプルトン、モモンを先頭に、ゆっくりとその場へ足を踏み入れる。するとその最奥部に、淡く青色に光る何かを見つけた。静まり返った空洞内を他所に、ルカの額に冷汗が流れる。


足跡トラック、敵総数1200体!みんな油断しないで。周りを取り囲まれてる!」


「1200だと?!どこにそんな敵が....」


「突然ポップ出現したんだ!全員戦闘態勢!」


 モモンが周囲を見渡すが、暗闇で視界が遮られており詳細を確認できない。そこへ警戒していたラキュースが咄嗟に叫んだ。


「...上よ!天井に張り付いてる!!」


 そこには蝙蝠の様に群がるヴァンパイアが無数に張り付いていた。その言葉を受けて、ぶら下がっていたヴァンパイアが一斉に飛び掛かってきた。ルカは咄嗟に指示を出す。


「来るぞ、防衛陣形!!プルトン、ミキ、ライル! AoEの使用を許可する、蒼の薔薇の皆を守り抜け!モモン、ナーベ、絶対に前へ出るな。固まりつつ防御に徹し、その場に留まれ!!」


『了解!!』


 ルカの鬼気迫る声を聴き、全員に戦慄が走った。ここまで余裕で来れたのもルカとプルトンあっての事だったが、その均衡は儚くも打ち砕かれた。全員の集中力が極限にまで高まり、それぞれが持てる力を最大限に行使し、ヴァンパイア軍団と対峙した。


魔法最強化マキシマイズマジック結晶散弾シャードバックショット!!」


暴虐の旋風クルーエル・サイクロン!!」


魔法二重最強化ツインマキシマイズマジック連鎖する龍雷チェインドラゴンライトニング!」


「無に帰れヴァンパイアよ!魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック不滅の鉄拳ダリウスフィスト!!!」


魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック結合する正義の語りライテウスワードオブバインディング!!」


暗黒刃超弩級衝撃波ダークブレードメガインパクト!!」


魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック聖者の覇気オーラオブセイント!!」


魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック浄化炎クレンジングフレイム!!」


魔法最強抵抗難度強化ペネトレイトマキシマイズマジック重力の新星グラビティノヴァ!!」


 それぞれが距離を取りながら、持てる限りの最大火力AoEを敵に叩き込んだ。恐るべき爆風が岩のドーム内を舐めまわし、襲ってきたヴァンパイアは全て灰燼に帰した。その中でルカ・ミキ・ライルは空洞の正面に向けて警戒を緩めない。モモンがそれを見てルカに寄り添った。


「ルカ、どうだ。まだ敵の反応はあるか?」


「モモン警戒を緩めないで!まだ正面に一匹残ってる。こいつが恐らく敵の親玉だ」


 モモンとライルが前面のタンクに立ち、一同はゆっくりと前進していく。そして正面100メートル先にある壁際に光る青色の物体が何なのか、ルカとアインズは固唾を飲んで見据えた。


「バ、バカな....こんな遺跡内部で....一体いくつあるというの?」


「....モノリス、で間違いないなルカ、組合長」


「見まごうはずもございませんモモン殿。あれは間違いなくモノリスです」


「...あのモノリスの下に敵がいる。全員警戒レベルを最大限に引き上げろ。嫌な予感が当たってしまった」


「いやそれよりもルカ、蒼の薔薇の皆はここに残していったほうが良くないか?それか遺跡の外へ退避してもらっては....」


「モモンはこう言ってるけど、どうするラキュース、イビルアイ?私も可能であれば、ここから退避してほしいんだけど」


 それを聞いてラキュースとイビルアイはお互いに顔を見やり、それを真っ向から否定した。


「それは出来ません!私達にだって出来る事があるはずです。あなたの力は承知していますが、例えこの身が果てようとも依頼は遂行してみせます!」


「右に同じだルカ!私にだって意地がある。せめてお前達の戦いを見届けさせてくれ!」


「....分かった。でも私達に何かあれば即撤退、それと戦線から絶対に前に出てはいけない。これさえ守ってくれれば、この場にいる事を許そう。どうする?」


「ええ、それで構わないわ」


「私も了解だ、ルカ」


「OK。ライル・ユーゴ、プルトンが先頭、モモンとナーベ、私、ミキ・イグニスは中衛、蒼の薔薇の皆は後衛だ。先に進むよ」


『了解』


そして進んだ先、ルカ達は目にした。モノリスの下で舞い踊るようにユラユラと体を怪しく揺らす女性の姿を。黒髪に全身漆黒のタイトなドレスを身に纏い、その手には一本の金色に輝く短剣が握られている。赤く光る眼だけが、暗闇を射抜いていた。モモンはそれを見てルカに耳打ちする。


「...どうだルカ、あれも万魔殿パンデモニウム由来のモンスターか?」


「いや違う、あんなモンスターは見たことがない。それよりもあの表情...」


 白蝋のように肌の白いその女性は、歩み寄るルカを前に薄ら笑いを浮かべていた。間合いをジリジリと詰めながら、ルカは女性に話しかける。


「やあ。喋れるかい?」


「...妾の下僕たちを消したのはお主達か?」


「そう...だと言ったら?」


「ククク、面白い。手始めにここら一体を縄張りにしてやろうと考えていたが、どうやら先に貴様らを片付けねばならんようだのう。妾の術を破るとは大した奴等じゃ、褒めて使わす」


「それはどーも。一つ聞く、お前の名は何という?」


「妾の名はリッチ・クイーン。覚えておくがよいぞ」


「リッチ・クイーン? …もう一つ聞きたい。どこから来た?」


「決まっておろう、妾は奈落の底タルタロスから遣わされたのよ」


「それってノアの言っていた...」


「ああ、エリュエンティウで確かにそう言っていた。間違いない」


 ルカとモモンは敵から目を離さずに、言葉だけを交わした。ルカの頬に一筋の汗が流れる。


「最後の質問だ。お前の主人は誰だ?」


「知りたければ力で奪ってみよ、ルカ・ブレイズ」


「?! 何で私の名前を知って...」


「クク、知れた事。妾の目的は、お主を殺すこと。それ以上でも以下でもないわ」


 極悪な笑みを浮かべると、リッチ・クイーンの全身からドス黒い殺気が迸る。ルカは咄嗟に伝言メッセージを全員と共有した。


『各員へ。状況・アンノウンヴァンパイア!まず私とライル、ユーゴで先制する。プルトン、ミキ、イグニスは中衛から補助、モモン達はプルトンの直衛につけ。蒼の薔薇の皆は後衛だ』


『了解』


『プルトン、行くよ...3、2、1、Go!!』


魔法最強化マキシマイズマジック心臓への杭打ちステイクトゥザハート!」


(バキィン!)という音と共に、リッチ・クイーンを覆う物理フォーティチュードが崩れ落ち、それと同時にルカ・ライル・ユーゴは恐るべき速度で突進した。


霊妙の虐殺スローターオブエーテリアル!」


弱点の捜索ファインドウィークネス一万の斬撃舞踏ダンスオブテンサウザンドカッツ!!」


鮮血の刃レッドブレード!」


 3人の超高速斬撃を皮切りに、プルトン以下後方にいた皆が一斉に魔法を詠唱した。


魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック不滅の鉄拳ダリウスフィスト!!」


「不動金剛金縛りの術!!」


魔法最強化マキシマイズマジック聖者の覇気オーラオブセイント!」


無限の輪転インフィニティサークルズ!」


魔法最強化マキシマイズマジック万雷の撃滅コールグレーターサンダー!!」


魔法最強抵抗難度強化ペネトレイトマキシマイズマジック水晶の短剣クリスタルダガー!!」


浮遊する剣群フローティングソーズ!!」


 9人の魔法と武技が交差し、眩い閃光を放つ。直後に大爆発が起き、前衛の3人はそこから飛び退いた。全員のSK集中攻撃が決まったにも関わらず、リッチ・クイーンは前と変わらずその場にユラユラと立っている。それを見て全員が驚愕の眼差しを向けた。


「か、固い...確かに手応えはあったはずだ」


「信じられん、あの攻撃を受けて...」


そしてリッチ・クイーンはルカ達に右手を向けると、ニタリと笑い魔法を詠唱する。


魔法三重最強トリプレットマキシマイズ位階上昇化ブーステッドマジック暴風の召喚ストームコーリング!!」


(バチ!)という音と共に電荷の嵐が吹き荒れ、周囲50ユニットに渡り雷が降り注いだ。そのダメージを受けてルカが咄嗟に指示を出す。


『AoEDoT(範囲型持続性攻撃)だ!全員魔法の効果範囲内から離脱!!』


『く、クソ!体が痺れて...動かねえ!』


『モモン、ライル、イグニス、ユーゴ!動けない者を抱えて範囲外から退避、急いで!』


『了解!』


 初撃のダメージが低いとは言え、AoEDoTは蓄積すれば大ダメージへと転化する。間一髪でモモンとルカ、蒼の薔薇のチームは魔法の範囲外から脱出した。


『イグニスは負傷者の回復! プルトン、ミキ、ライル・ユーゴ、行くぞ!』


 ルカが先制して頭上から飛びかかり、右手をリッチ・クイーンに向けて魔法を詠唱した。


沈黙の覇気オーラオブサイレンス!」


霊妙の虐殺スローターオブエーテリアル!」


悪魔の二輪戦車デーモンチャリオット!!」


聖人の怒号セイントマローンズラス!!」


 ルカが魔法を封じ、ミキ・ライルの武技とユーゴの放った獄炎属性の魔法が交差して、天高く火柱を形成した。一旦距離を取るが、それでもHPはわずかに5/6まで削った程度のダメージ量だった。ルカの顏に焦りが見え始めて来た刹那、リッチ・クイーンははじけ飛ぶように恐るべき速度でルカに突進してきた。


 ダガーをクロスさせてその突進攻撃を受け止めるが、その衝撃波でルカの体が後方にノックバックし吹き飛ばされる。地面に叩きつけられても尚、その勢いは止まらずに(ズザザザ!)と地面を引きずった。その機をリッチ・クイーンが見逃すはずもなく、低空にジャンプして瞬時にルカへと迫ってきた。金色の短剣が目の前に迫り、(殺られる)と思った瞬間、突如目の前に真っ白な壁が視界を遮った。


(ギィン!!)という音と共に、リッチクイーンの放った一撃をその壁が弾く。その1秒後、目の前にあるものが壁ではなく、極厚の大剣の刃だと気付くのにさほど時間はかからなかった。その剣が視界から離れると、首根っこを引っ掴まれて無理矢理立たされた。何が起きたのか把握しようと顔を左に向けると、そこには身長180cm程の大柄な女性が立っていた。


(美しい)。一目見てルカが抱いた印象はまさにそれだった。クリーム色のフード付きローブで全身を包んではいるが、その下に装備された同じく白色のミドルアーマーがより一層それを際立たせている。年齢で言えば27、8と言ったところだろうか。そして白髪ながら艶のあるセミロングの髪ががローブから胸元に垂れており、顔の美しさと相まって年齢不肖な雰囲気を醸し出していた。その横顔に見惚れていると、白髪の女性はそれを一喝した。


「...愚か者、敵の能力を見誤ってからにこのバカ娘は!」


「...え?」


「お前の目の前に立っているこの吸血鬼がどれほどの化物かを、貴様は見誤ったということじゃ。来るぞ、さっさと戦闘態勢に入らぬか!」


「あ、ああ!分かった」


「良いか、わしが奴の注意を引き付ける。その隙にお前達は超位魔法を奴に叩き込め」


「で、でもそれじゃこの洞窟自体が崩壊してしまうんじゃ...」


「.....この場が閉塞空間だという事も災いしたようじゃな。それで本気を出せず手を抜いとった訳か。構わぬ、この空間は広い。ちょっとやそっとでは簡単に崩れまいて」


「あの、あなたは一体誰なの?」


「そんな事は後回しじゃ!!行くぞルカ!」


「何だかよく分からないけど、分かったよ。プルトン、ミキ、イグニス!超位魔法準備!ライル、ユーゴはタンクに徹して。他の皆は洞窟が崩壊してもすぐに退避できるよう距離を取って、いいわね?」


『了解!』


 それを受けて謎の女性は純白の大剣を振りかぶり、驚異的な速度で敵に突進した。ライル、ユーゴもその動きに合わせるように左右に分かれて接敵する。そして途轍もなく重い一撃をリッチ・クイーンに叩きつけるが、その攻撃を右手に握ったダガー一つで弾き返した。しかしその白い女性は反動を利用して回転し、今度は胴体目がけて高速の斬撃を横薙に叩きつけた。その勢いでリッチ・クイーンは壁際まで吹き飛ばされる。


 飛行フライの魔法で空中に飛び上がった四人は腕を天井に向けて伸ばし、巨大な立体魔法陣が形成される。凝縮されたエネルギがドーム内に渦を巻き、4人の頭上に集束していった。敵を壁に押し付けるように爆速の連撃を打ち続ける謎の女性とライル、ユーゴに向かってルカは叫んだ。


「三人共今だ、そこから離れろ!!蒼の薔薇のみんなはドーム入口まで退避だ、急げ!」


 全員が弾け飛ぶようにしてリッチ・クイーンから飛び退き、安全地帯まで避難した事を確認すると、ルカは空中に浮かぶプルトン・ミキ・イグニスの3人に目で合図し、呼吸を合わせて両手をリッチ・クイーンに向け魔法を放った。


「超位魔法・最後の舞踏ラストダンス!!」


急襲する天界ヘヴン・ディセンド!!」


惑星の崩壊プラネタリーディスインテグレーション!!」


聖人の怒りセイント・ローンズ・アイル!!」


 その狂気の爆縮はたった一人の敵に向けられた。直後に大爆発を引き起こし壁面が崩れ落ちたが、地表にいた全員は身を伏せてその爆風から逃れていた。煙と埃が晴れぬ中、ルカは足跡トラックにより敵の生死を確認するも、未だ反応が消えない。とどめを刺すべく四人は空中から地面に降り立ち、ジリジリと敵に接近していくが、リッチ・クイーンが移動する素振りを見せないことを受けて、足早に歩み寄った。


 やがて爆発の煙が晴れると、そこには今戦っていたドームと同程度の面積を持ったクレーターが、岩盤をえぐり取るようにして出来上がっていた。その中心にリッチ・クイーンが倒れていた事を受けて、ルカとプルトン、ミキ、イグニスは戦闘態勢を解かぬまま接近するが、それでも反撃してくる様子がない。


 ルカはリッチ・クイーンの傍らに立ち、その喉元にエーテリアルダークブレードの刃を当てた。そうして身動きを封じつつ全身を見るが、その姿は四肢が吹き飛び、プルトンとイグニスの放った神聖属性の追加ダメージにより全身が灰と化しつつあった。すると背後からモモンとナーベ、蒼の薔薇達に白い剣士がルカを取り囲んだ。ルカは最早助からないリッチ・クイーンの隣に片膝をつき、納刀して彼女に質問した。


「言え、リッチ・クイーン。奈落の底タルタロスとは何だ? 私を狙っている者とは誰の事なんだ?」


「...タ...ルタロス...とは...妾の...主人達....が...住まう...場所....妾...は....クリッチュガウ....委員会の命に...より...この世へ...送られ...お前を...殺すよう....命じ...られた...」


「その場所はどこにある? クリッチュガウ委員会とは誰なんだ?」


 神聖属性の追加ダメージが顔にまで達し、端正な顔立ちが音もなく灰と化していく。ここまで重症だと回復する手段はない。ルカの顔にも焦りが見え始める。


「...フッ...妾も...場所までは...知らぬ...クリッチュガウ....委員会とは...この世の...創造主達の...事...」


「この世の創造主? それってつまり、GMって事?」


 しかしその問いに返答はなかった。リッチ・クイーンは天井を見上げながら、一筋の涙を零した。


「ああ...光が...見える...お前達との戦い...妾は満たされたぞ...ルカ・ブレイズ」


「待って、話はまだ...!」


 そしてリッチ・クイーンは、遺灰のみを残し消滅した。すると白い女性が一歩前に出てルカの隣に片膝を付く。


「ルカ、この遺灰を鑑定してみるのじゃ」


「え?遺灰を?」


「さすればこの者の正体も掴めようぞ」


「わ、分かった。道具上位鑑定オールアプレイザルマジックアイテム


ルカは遺灰を手に乗せて魔法を詠唱した。脳内に情報が流れ込んでくる。



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アイテム名:闘女の遺灰アッシュオブフューリー


使用可能クラス制限:ウォークレリック・エクリプス・イビルエッジ・ネクロマンサー


使用可能スキル制限:修復レストレーションフォーカス150%


効果(装備時):世界級耐性130%

闇耐性150%

氷結耐性130%

毒耐性80%


アイテム概要:一生を捧げた主の死に耐えきれず、悲しみの果てに後を追いその魂のみが神格化した女性の遺灰。このアイテムを使用するには、生死を司る最高位の魔法を有する者の力が必要となり、そして使用した者がそれまでに行ってきた所業がそのまま反映された形で現世に姿を現す(+500/-500)。その結果敵となるか味方となるかは誰にも分からない。


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 アイテムの効果を見て驚愕の表情を見せたルカだったが、ふと右を見ると白い女性が同様に遺灰を鑑定している様子だった。


世界級ワールド耐性があるって事は、つまりこれは世界級ワールドアイテム?」


「そう、お前が相手にしていたこの女は、世界級ワールドエネミーじゃ。どうやらこれは召喚系のアイテムらしいがのう」


「...だからあんなに固かったんだ。それよりも、さっきは助けてくれてありがとう」


「何、主を守るのは従者の務めであろう?気にするな」


「主...って、そんな事言われる覚えも無いし、初めて会ったのに私の名前を知っていたようだけど、あなたは一体?」


「まだ気づかんのか。ええい説明するのも面倒くさいわ!看破系の魔法でわしを見てみろ」


「わ、分かったよ。物体の看破ディテクトオブジェクト


 するとその女性の背後に、目を覆うほど山脈のように巨大な大蛇が姿を現した。その白い鱗に美しい金色の瞳を見て、ルカは再び女性に目を落とした。


「...え?うそ、ネイヴィアなの?」


「...クッ...ハッハッハ!ようやく気が付いたか愚か者め。シェイプシフターの魔法で人の姿に変身しとるだけじゃよ」


「え、でもネイヴィアは男なんじゃ....声も男だったし」


「わしが一言でも男だと言ったか?あの巨体ではそういう声しか出せんだけで、わしは立派なメスじゃよ。このグラマラスな体を見れば分かるであろう?」


 そう言うとネイヴィアは右手を腰に当てて左手を後ろに回し、豊満な胸を強調するような色気のあるポーズをして見せた。セミロングの艶やかな白髪から覗く縦に割れた金色の瞳は大きく、目鼻立ちも整った美しい顔立ちだった。それを見てルカはネイヴィアの胸に飛び込んだ。柔らかなホワイトムスクの香りがルカの鼻孔を突く。


「ほんとにネイヴィアなんだね!もう、最初から言ってくれれば良かったのに。どうしてここが分かったの?」


「これでも竜王ドラゴンロードの近新種じゃからな。竜の感覚ドラゴンセンスでお前達の動向を見ておったんじゃよ。そしたらお前、相当に危険な敵の下へ向かおうとしていたようじゃからな。ユーシスに一言断ってから、転移門ゲートでお前達の後を追ってきたわけじゃ」


「でもネイヴィアが居なくて、エリュエンティウは大丈夫なの?」


「その心配はあるまいて。エリュエンティウは魔導国と正式に同盟を結んだのじゃ。そこへ攻めてくる阿呆もいないじゃろう?それもあってユーシスはわしの自由行動を許したというわけじゃよ」


「そうだったんだ。嬉しいよネイヴィア、助かったよ」


 ルカはネイヴィアの顏に頬ずりしながら癒されていたが、後ろで呆気に取られて見ていた皆に気付き、体を離して慌てて紹介した。


「ご、ごめんねみんな、私も驚いちゃって....。彼女の名はネイヴィア=ライトゥーガ。私達の友人よ」


「そういう訳じゃ。よろしくな、皆の衆」


「あ、ああよろしく。私はモモン、こちらはナーベだ。それとアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇の皆さんたちだ」


 するとモモンは皆に気付かれないように伝言メッセージを飛ばした。


『ネイヴィア、私だ』


『どうしたアインズ?』


『今の私はモモンとナーベという冒険者に扮している。間違ってもアインズという名前は口に出さないでおいてくれ』


『オーラで気づいておったが、成程な。それでそんなけったいな鎧に身を包んでいるという訳か。了解した』


『助かる』


 跪いたままのルカを見ながらネイヴィアは立ち上がった。


「ルカ、その遺灰は回収しておけ。後々役に立つかも知れんからのう」


「何なら今ここで使ってみてもいいけど?」


「それは止めておけ。もし再度戦闘になると少々厄介なのでな、もっと安全な場所にした方がよかろう」


「そうだね、分かった」


 そう言うとルカは中空に手を伸ばし、アイテムストレージから革袋を取り出すと、遺灰を余すところなくその中に収めて腰にぶら下げ、立ち上がった。


「よし!ラキュース、ガガーラン、イビルアイ、ティア、ティナ、みんなお疲れ様。モノリスの解読を終えたら、レエブン候に報告しに行こう」


「...あんな強力な魔法、見た事がないわ。貴方達に任せっきりになってしまったわね」


「全くだぜラキュース。俺達じゃ手の出しようがない程の力だったな」


「超位魔法....私もこの目で見るのは初めてだ」


「....さすが化物。私が見込んだだけの事はある」


「....鬼アサシンも凄かったけど、いきなり現れたそっちの白い人も半端じゃない力の持ち主。私達じゃ到底かなわない」


「フフ、ありがとう。プルトン、モノリスの翻訳をお願いできる?」


「ああ、承知した」


皆がモノリスの下に集い、翻訳作業が開始された。


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 また参考までに、フェローの通信衛星に積まれたCPUは至ってノーマルな最速の量子コンピュータである。何故かと言えばこの時点で本物のブラックホールを時間跳躍圧縮に使用しているため、通信衛星自体のデータ処理量は限りなく少なくて済むためだ。よって通信衛星に搭載されるCPUが最速である必要はない。またプレイヤーやAIの脳波データも、RTL機能で繋がれた最新の年代データが全ての時代に反映されるようになっているので、その点も留意してもらいたい。


 話が逸れた事を詫びよう。無事にフェローも軌道に乗り、私達は新たなプロジェクト・ネビュラの始動に着手した。その内容とは、遂に私達の悲願でもある、RTL機能を使用した未来と過去を繋ぐ実験である。マイクロブラックホールを使用したRTL機能の通信実験自体は絶えず行われていたが、フルスペックでのプレイヤーとAIを含む脳波を転送するという実験は行われなかった。。いや、行えなかったという方が正しい。何故なら、フェローという通信衛星なくしては、この実験は成立しなかったからだ。長い時を待った。しかしそれが結実する日が目の前に迫っている。私達はユグドラシルⅡのデータに改良を加え、入念な動作チェックを繰り返した。


 そして私はセキュリティ面の強化という観点から、ダークウェブのより下層にあるロストウェブに住まう超ウィザード級ハッカー達に協力を仰いだ。彼らはユグドラシルというゲームとその開発者である私が姿を現した事に、驚愕と賞賛を持って迎え入れてくれた。ロストウェブは広大だが、彼らが住まう場所は限定されている。そして彼らはダークウェブを遥かに凌駕する強固なプロテクトを組んでいた。彼らが信じるのは力だ。自分を超える超越的な技術を持った存在にめぐり逢いたいからこそ、彼らは強固な殻に閉じこもる。


 私はものの数分で彼らのプロテクトを破壊し、彼らがロストウェブ内に立ち上げたサイトの内部に侵入して私の正体を明かした。それを幾度となく繰り返す内に、彼らは私を信じてくれるようになった。そして私は彼らと直接会い、これから行われるプロジェクトに関する詳細を話した。その壮大な計画に彼らは武者震いを起こし、ロストウェブ内にサーバをを構えるにあたり、全面的に協力する事を約束してくれた。彼らと契約書を交わし、これでロストウェブサーバの安全が確保できたと安堵した私は、さらなるテストを繰り返した。やがてプログラムは完成し、ユグドラシルが終了した2138年より丁度100年後の2238年、私達はリバースエンジニアリングという名目の元、ユグドラシルエミュレーターを開発する事を世界に発表した。


 そして2242年、既にユグドラシルβ自体の開発は終えていたのだが、世間の目を欺く為に最初は限定的なユグドラシルαという形でリリースした。その4年後にフルスペック版のユグドラシルβベータを発表する。優秀なプレイヤーを選別するため、ここからは長い我慢の時間が続いたが、我々は───というより私は、ユグドラシルβベータに新たなゾーンを作るなどして、アップデートを重ねていった。予定されているサーバダウンの日は2350年8月4日 午前0:00 。既に私の肉体は朽ち、今は生命維持装置に脳核を接続する事によって生きながらえている。私はその結果を見届ける事なく死ぬだろう。しかし私は己がしてきた研究成果を信じている。必ずや成功に導かれるだろうと。


────────────────────────────────────



「碑文の内容は以上だ。どうだ、何か掴めそうか?」


 プルトンの言葉をメモ帳に速記しながらルカは返事を返した。


「そうだね、全体の文脈から見てもあと一息ってところかな。少なくともフェロー計画とプロジェクト・ネビュラに関しては、これでほぼ全てが解けたと言ってもいい」


「それは何よりだな。しかしこの様子だとまだモノリスは存在しているのかもしれん。転移門ゲートが開いているが、閉じなくていいのか?」


「一応向こうの様子を見てからにしよう。ちょっと見てくるから皆ここで待っててね」


 そしてルカは転移門ゲートを潜るが、通例通りその先の万魔殿パンデモニウムには何もない事を受けて、すぐに戻ってきた。


「OK、じゃあ転移門ゲート閉じるね。上位封印破壊グレーターブレイクシール


(パキィン!)という音を立てて、モノリスに刻まれたエノク語の光が消え失せた。


「よし、じゃあみんな帰ろうか」


「ルカ、ちょっと待って」


 怪訝そうな表情でラキュースはルカを呼び止めた。


「何?ラキュース」


「何?じゃなくて...私はこれでも神官職よ。エノク語だって読める。ここに書かれている内容は一体どういう事なの?」


「あー、えーとね、今この世界各地に、これと同じような石碑が多数出現してるの。私達は今、この石碑を追って旅していると言っても過言ではないわ」


「教えて。この碑文に書かれているロストウェブって何? ユグドラシルって何なの?」


「...言っても理解できないかもしれないけど、それでも知りたい?」


「もちろんよ!」


「じゃあ、これを見せてあげる。それを見てどう判断するかは、ラキュースの想像に任せるよ」


 ルカは手にしたメモ帳を開き、ラキュースに手渡した。そして注釈のつけられた碑文の内容を一言一句逃さず読み始めた。途中で出てくる専門用語的な箇所はルカが説明を補足しながらの解読となった。それを全て読んだラキュースは顔面蒼白となり、その表情から石碑の内容を理解した事が見て取れた。フラリと脱力して倒れ掛かったラキュースをルカが受け止める。


「ラキュース、気をしっかり」


「ご、ごめんなさい。つい眩暈がして....」


「無理もないよ。君達はあまりこの件に深入りしない方がいい。ね?」


「...ええ。でも一つだけ教えて、ルカ。ここに書いてある事が本当なら、この世界は人によって生み出された物。ならば私がここにいるという自我でさえ、人が生み出したものに過ぎない事は分かった。私は、存在する事が許されているの?」


「あまり深く考えないで。自我の認識なんて、外の世界でも曖昧なものなんだよ。君がそこに疑問を抱いている時点で、そこに自我は存在するし、私には君が見えている。それだけで十分じゃないか。君は今ちゃんと生きている、ラキュース。私が保証するよ」


「...あまり慰めになっていないけど、分かったわ。あなたを信じる。私に今できる事はそれだけだし」


「それでいいと思う。さあ、みんなでレエブン侯へ報告しに行こう!転移門ゲート


 ルカ達は満身創痍ながらも、激闘の果てに勝利したという達成感で覇気を取り戻しつつあった。皆が胸を張り、転移門を潜ったのであった。


───エ・レエブル 領主邸宅内 18:27 PM


 全員が体中土と埃まみれの中、ラキュースの口から執務室で報告が行われた。それを聞いてレエブン侯は安堵の溜息を漏らす。


「蒼の薔薇の皆さん、漆黒の英雄たちもお疲れ様でした。...そしてルカ、あなた達が居てくれて本当に良かった。世界級ワールドエネミーの存在などと言う私の想像を超える最悪の事態を、あなたのおかげで乗り切れたことを心より感謝致します」


 エリアス・ブラント・デイル・レエブンは、ルカに深く頭を下げた。


「おやめ下さいレエブン侯。私はただ、貴方に恩返しをしたに過ぎません。どうか頭をお上げ下さい」


 ルカに上腕を支えられ、レエブン侯はゆっくりと頭を上げた。


「今後、また仕事をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「今の私は魔導国に仕える身ですので、昔のようにと言うわけには行きませんが、可能な限り善処したいと考えております」


「そのお返事だけ聞ければ十分です、ありがとうルカ。約束の報酬を用意してあります。それと宿屋を貸し切りにしてありますので、皆さん今日はこのエ・レエブルで疲れを癒やしていってください」


「お心遣い感謝致します、レエブン侯。ではお言葉に甘えてそうさせていただきます」


 そして一同は金剛の彫刻亭へと移動し、入浴で疲れを癒やしたあとに皆で晩餐の席に着いた。全員が揃ったところでラキュースが音頭を取る。


「お酒は行き渡ったわね?はい、それじゃあみんな!今日は本当によく戦ってくれたわ。誰一人失うことなく、生きて帰れたことが不思議なくらいの激闘だった。特にルカ達6人と、後から加勢してくれた白い剣士・ネイヴィアの力がなければ、遺跡への侵入すらも危ぶまれていた。このめぐり逢いに感謝を。そしてレエブン侯と、このエ・レエブルに平和を。乾杯!」


『カンパーイ!』


 次々と運ばれてくるエ・レエブルの郷土料理に皆が舌鼓を打つ。濃厚なクリームスープにネイヴィアが口をつけるが、驚いた表情でルカに聞いた。


「おお!ルカ、こいつは美味いのう!何という料理なのじゃ?」


「それはコーンとじゃがいものポタージュスープよ。美味しいよねこれ」


「うむ、たまらないコクじゃ!あまり食事はしないのじゃが、普段は魚しか食べていないからな。人間の作る手料理なぞ、数百年ぶりじゃわいハッハッハ!」


「その姿なら、今後いろんな所に遊びに行けるね」


「全くじゃ、物見遊山もたまには悪くないのう。決めた、わし当分の間お前たちについていくからな。よろしく頼むぞルカよ」


「もちろんいいよ。その方が私も助かるし」


「よし、そうと決まれば今日はじゃんじゃん飲むぞい!おい女将、このポタージュスープとやらを二人前追加な!」


「かしこまりました、お客様」


 笑顔ながら凛とした態度を取る女将が側に控えており、貸し切りの食堂で注文を承っていた。ワインをジョッキのグラスでグイグイと仰ぐネイヴィアのいい飲みっぷりを見て、ガガーランが質問してきた。


「よう白い剣士、あんたはどこの出身なんだ?」


「わしか?わしはお前、エリュエンティウ出身じゃよ?」


「ずいぶんと遠くから来たんだな。あんたのあの剣技、すごかったぜ。今度俺にも教えちゃくれないか?」


「それは構わんが、果たしてお主に使いこなせるかのう?もう少し腕を磨いてから、また出直すがよいぞ」


「へへ、言ってくれるじゃねえか。...でもまあ、その通りなのかもな。正直俺はあの化物を前にブルっちまって、身動き一つ取れなかったしな。ルカもあんたもバケモンだが、分かった。でもその時は頼むぜ」


「よかろう、待っておるぞ」


 格下相手にも気取ることなく、楽しげに接しているネイヴィアを見てルカは感心していた。心強い味方が増えた事でアインズも喜んでいるだろうと察したが、酔っ払ったイビルアイに絡まれた事で早々に自室へと引き上げてしまった。それを受けて落ち込むイビルアイをルカが慰める。


「だめよイビルアイ、そんなにグイグイ押したら向こうだって引いちゃうよ」


「う〜、だってー...」


「ああ言う寡黙なタイプには、自然に振る舞って信頼を勝ち取っていかないと、振り向いてくれないよ?」


「...まるでそういう経験をしてきたかのような物言いだが、お前はどうなんだルカ。誰か意中の人でもいるのか?」


「ん?もちろんいるよ」


「何?!それで、どこまで行ったんだ?」


「フフ、なに興奮してるのよ。この前、二度目のキスをしたよ」


「くぅ〜!妬けるぞルカ!!それで、相手はどんなタイプなんだ?」


「...そうねえ。普段は冷静沈着で、滅多なことでは動揺しないんだけど、仲間の危機を見ると怒り心頭で周りが見えなくなっちゃう。でもそれが彼の優しさから来る怒りだとみんなが知っているから、周りからの信頼も厚くてリーダーシップを取れる。そんな人よ」


「はぁ、まるでモモン様のようだな。その者の名は何というのだ?」


「それは秘密。もし彼と正式なお付き合いができたら、その時は教えてあげる」


「そうか。お前ほどの女が惚れる相手なのだから、きっとその者も想像を絶する力を持っているのだろうな。羨ましいばかりだぞ、ルカ」


「ありがとう。そうだね、私と同じかそれ以上の力を持っているかな」


「お前の使ってみせた超位魔法は、私から見れば化物クラスの威力だった。それと同じような力を持つという事は、その彼氏もプレイヤーなのか?」


「そういう事になるね。これ以上詳しくは話さないよ?」


「何、それを聞ければ十分だ。私の知る限り、そのような馬鹿げた力を持つのはアインズ・ウール・ゴウン魔導王だけだからな。そういう事なんだろう?」


「さーて、どうかなー?想像に任せるよ」


「フッ、やはりな。これ以上詮索するつもりはない。何を飲んでいるのだルカ?」


「エーテル酒よ。イビルアイも飲む?」


「いただこう」


 そして夜更けすぎまで皆は飲み明かし、今生きているという実感を分かち合った。


────翌日 金剛の彫刻亭入口 12:00 PM


 昨晩泊まった全員が1階に集合すると、ラキュースとガガーランが笑顔でルカ達に歩み寄ってきた。


「それじゃあルカ、機会があればまた会いましょう」


「そうだね、ラキュース達も元気で」


その後にイビルアイ、ティア・ティナも続く。


「ルカ、お前たちがいてくれて本当に助かった。礼を言う」


「....また会おう、化物」


「....次こそ添い寝してくれ、鬼アサシン」


「どういたしまして。それとティナ、私に添い寝して欲しかったら、もっと強くならないとね」


「お前はモモン様と同じ、エ・ランテルがホームなのだろう? 本当なら私もついていきたい所なのだが...」


「だめよイビルアイ。昨日言った事もう忘れたの?」


「う〜、分かった我慢する...」


「よし、じゃあ私達はそろそろ行くよ。レエブン侯にもよろしく伝えてね。転移門ゲート


 ルカの開けた暗黒の穴にモモン、ナーベ、ネイヴィアとルカ達が次々と入っていき、やがて転移門ゲートが閉じた。それを見てガガーランが独りごちるように呟いた。


「全く、相変わらず不思議な連中だったな。あれ程の力を持ちながら、それを歯牙に掛けようともしない。イビルアイもまた振られちまった事だしな」


「ば、バカを言うな!まだそうと決まった訳ではない」


「強者は強者に惹かれ合う。早くしないと、ルカに持っていかれちまうぜ?」


「彼は寡黙で聡明なお方だ。先に二度会っている私のほうが有利だぞ。いきなりルカを好きになるなど、よく考えればありえない話だ」


「ふーん、そういうもんかねえ」


「いつか必ず、振り返らせてみせるさ。地道な努力が大切だとルカも言っていたしな」


「....いつになく健気、イビルアイ」


「....可愛い。添い寝してあげる」


「お前らの添い寝などいらんわ!!」


 正午の日差しが照らす中、蒼の薔薇の皆は声を上げて笑っていた。


───ナザリック地下大墳墓 第九階層 執務室 13:57PM


「おかえりなさいませアインズ様、それにルカ様達も。お待ちしておりました」


「ただいまデミウルゴス。会議の途中で抜け出してしまったことを許してほしい」


「滅相もございません!アインズ様の行いはいついかなる時も正しいもの。このデミウルゴス、深くそう信じております故」


「ありがとうデミウルゴス。それで、頼んでおいた草案の続きはできているか?」


「ハッ。粗方完成しておりますので、一度アインズ様にお目通ししていただくべくお待ちしておりました。こちらをご覧ください」


 デミウルゴスはテーブルの上に置かれた白い紙を手に取り、アインズに差し出してきた。それを受け取り、ルカ・ミキ・ライルが背後から文章を覗き込む。内容を読み進めていくうちに、ルカの顔が苦笑いに変わっていった。アインズはそれを見て頷いているが、ルカはデミウルゴスに質問した。


「ず、随分と攻撃的な書状だね?」


「はい、ルカ様。しかしそこに書かれていることは事実です。事実の前には、どのような反論も重みを失うでしょう」


 ルカは書状の内容を更に読み進めていった。


──────────────────────────────


拝啓 


             スレイン法国 最高神官長殿


        貴国においては益々ご健勝の事とお喜び申し上げる。


 さて、存じているとは思うが、我が国はバハルス帝国を属国とし、その後に竜王国、アーグランド評議国、エリュエンティウと、武力を伴う同盟を結んだ。彼らは正しい選択をした。何故ならば、そのような武力に頼らずとも、私アインズ・ウール・ゴウン一人で一つの国家を完膚なきまでに破壊し尽くせるからだ。そして同様の力を持つ者を、我々は他に13人保持している。この意味が分からんほど愚かでもなかろう。


 勘違いしないでもらいたいが、これは友好的な同盟の提案である。貴国が過去に行った愚かな行動があるからこそ、このように威圧的に接しているのだ。想像し得る最悪の事態を踏まえ、我々は貴国と会談の場を設けたいと考えている。この書状を開いてくれるのであれば、貴国が我が領地であるカルネ村でかつて行った蛮行を許してやらんでもない。今より3日後、私達は貴国を訪れる。


 諸君らの良い返事を期待している。


                        アインズ・ウール・ゴウン魔導王


───────────────────────────


「うむ、大方の路線はこれでいいだろう。ルカも構わないな?」


「もちろんいいよ。でも下手したら戦争になりかねないけど、それでもいいの?」


「何、ここに書いてある通り、先に手を出してきたのは向こうだからな。この程度で戦争になるなら、所詮それまでの相手という事だ。これでもまだ優しすぎるくらいだぞ?」


「なるほどね、了解。出立はいつにする?」


「早いほうがいいだろう。明日までには書状を書き上げておくから、お前達はその間ゆっくりと休んでくれ」


「じゃあご飯食べてお風呂に浸かって、のんびり過ごすかな。ミキ、ライル・イグニス・ユーゴ、食堂に行こう。ナザリックのランチは美味しいからね」


「くぅ〜、たまにはシンプルなイタリアンでも食いてえなあ!」


「ユーゴ、料理長に頼めば出してもらえるよ」


「マジですかい? じゃあお願いしてみようかな」


「もし無理だったら、厨房借りて私が作ってあげるよ。何がいい?」


「ルカ姉の手料理ですかい?!くぅ〜そっちのほうが断然いいや!ペペロンチーノとマルゲリータピザに、エビとニンニクのアヒージョとかあれば最高です」


「ほんとにシンプルだね。分かった、ミキ、ライル、イグニスは何か食べたいものはない?」


「では私は舌平目のムニエルとシーザーサラダを、その...二人前で」


「私は牛のサーロインステーキと付け合せのパンをお願い致します」


「私は油淋鶏とライスをお願いします」


「見事に国が別れたね。了解了解、全部作ってあげるよ」


「ヒャッホウ!ルカ姉の手作りだ、最高だぜ!!」


「フフ、楽しみに待っててねみんな」


 そして五人が食堂に着くと、ルカはアイテムストレージから真っ赤なバンダナと真っ白なエプロンを取り出し、それを装備して厨房に入っていった。料理長に説明して了承をもらうと、早速冷蔵庫から必要な食材を集めてキッチンに並べた。ピザに至っては生地から手作りという念入りである。


 そして次々と食材を切り刻んではフライパンに放り込まれていく。芳しい油の焼ける匂いが食堂中に広がっていく。流れるような手際の良さに、料理長もただ唖然とする他なかったが、そうこうしているうちにすべての料理が完成し、ルカの手で皆のもとに運ばれていった。


「へいお待ち!ペペロンチーノにマルゲリータピザのバジル乗せ、海老とニンニクのアヒージョ、舌平目のムニエルにシーザーサラダ、サーロインステーキにパン、油淋鶏とライスでございますね」


「来た来たー!うひょーうまそー!」


「んん〜、いい香りですルカ様」


「はっ、早く食いたい」


「この香ばしい香りがたまりませんね!ルカさんは何を食べられるのですか?」


「私はこれよ」


 するとルカは皿を皆に見せた。見るからに辛そうなトマトソースに、短く切られたマカロニとひき肉がふんだんに使われている。それを見てユーゴが声を上げた。


「ペンネ・アラビアータっすか!ルカ姉がイタリアンに詳しいなんて初めて知りやしたぜ!」


「日本食から中華、イタリアン、フレンチまで、一通り作れるよ。ライルがしびれを切らしてるから、とりあえず冷めないうちに食べようか。それじゃ、いただきます!」


『いただきまーす!』


 そして皆はルカの手料理を満喫していた。食事に付加された強力なバフ効果のせいで、皆の体がやんわりとした光に包まれている。側にいるナザリックのメイド達も、普段なら漂ってこないバジルとニンニクの香ばしい香りに惹かれて、ルカたちの周りに集まってきていた。 


「ルカ様、この芳しい料理は?」


「私が作ったのよ。一口食べてみる?」


「よ、よろしいのですか?!」


「もちろんよ。はい、あーん」


 ルカはフォークで掬い、そのメイドの口にペンネ・アラビアータを運んだ。噛み締めた瞬間に漂うニンニクと唐辛子の刺激的な香りとコクに包まれ、金髪のメイドははち切れんばかりの笑顔を見せた。


「んん〜、辛いけど美味しい!!」


「それは良かった。君の名前は何ていうの?」


「名も名乗らず失礼をしました、シクススと申します」


「そうかシクスス、気に入ったならまた今度作ってあげるよ」


「ありがたき幸せにございます、ルカ様!」


 そして皆はそのあまりの美味さに、無我夢中であっという間に食事を平らげてしまった。


「いっやー、満腹満腹!!こんなに刺激的なイタリアン初めて食いましたぜルカ姉!最高でさぁ!」


「ルカ様、体中がとろけてしまいそうな舌触りとコクでしたわ」


「そうだなミキ。ルカ様の料理の腕は全く衰える事を知らない。俺のサーロインステーキもスパイシーで、舌の上でほぐれるような柔らかさだったぞ」


「カラッと揚がった油淋鶏なのに、食べてみると様々なハーブの香りが漂ってくる。それがまた油のくどさをさっぱりとした印象に変える。こんなにも愛情の籠もった中華料理を、俺は初めて食べましたよルカさん!」


「おっ、その隠し味に気付くとはさすがだねイグニス。衣に数種のハーブを練り込んだのよ。現実世界に戻ったら、また作ってあげるからね」


「ええ、是非!」


「よし。みんな満腹になったし、明日までの自由時間を満喫しますか!」


『ハッ!』


 そして全員は一旦客室に戻り、普段着に着替えて皆でナザリック大浴場へと向かった。まだ早い時間帯のせいか、人の出入りが激しい。ルカとミキは脱衣所でシャツとズボンを脱ぎ、きれいに折りたたんで籠に収め、バスタオルで前を隠しながら大浴場へと入る。


 体をお湯で数度流し、ライオンの彫像から注ぎ込まれる湯船に二人は浸かった。


「ぷはー、極楽極楽!」


「お疲れ様でしたルカ様。まさかナザリックでルカ様の手料理を堪能できるとは思っても見ませんでしたわ」


「たまにはこういうのもいいよね。みんなにも喜んでもらえたようだし、良かったよ」


「私にも料理ができればいいのですが、そのようなスキルは持ち合わせていませんので、ルカ様に任せっきりで申し訳なく思います」


「何言ってるの、これはプレイヤーの特権ってやつだよ。私はキャラが完成した時点で、余っていたルーンストーンマウントの中からシェフマスタリーのルーンを選んだから、こうやってこの世界でも料理が出来るんだよ。それにミキを初めて創造した時、私は完全に戦闘向けに魔法とスキルを割り振ったからね。気にしないでいいの」


「そう言っていただけると助かります」


「明日から忙しくなりそうだし、羽が伸ばせるのも今のうちさー」


 そうして二人共脱力していると、もう一人が湯船に入ってきた。ルカはその者のために位置を詰めるが、何故かその女性はルカにくっつくように寄り添ってくる。それを不思議に思い左に顔を向けると、正面を見据えたまま微動だにしない。ピンク色をしたセミロングの美しい髪を持ち、左目にはマジックアイテムと思われる黒い眼帯を装備している。その可愛らしくも美しい少女にルカは見覚えがあった。


「やあ。君は確か、プレアデスの?」


 ルカがそう尋ねると、少女は首だけを右に向けてこちらを見据えてきた。


「.......はい。CZ 2128デルタ。皆からはシズ・デルタと呼ばれております」


「そうか。じゃあシズ、と呼んでもいい?」


「......もちろんです、光栄ですルカ様」


「じゃあ聞くけどシズ、こんなにくっついてきて、私に何か言いたい事でもあるの?」


「........料理」


「ん?料理がどうしたの?」


「.......さっき食堂で振る舞っていた料理、私も食べてみたい。美味しそうだった」


「何だそんなことか。いいよもちろん、今度作ってあげるよ。シズはどんなものが食べたい?」


「......ハンバーグ。それとポタージュスープ」


「ストレートに来たね!シズ可愛い。OK分かった、じゃあ次に作るときはプレアデスのみんなにとびきりのハンバーグとスープをご馳走しようかな」


「......約束、して」


 シズは湯船の中から右手の小指を立ててきた。それを見てルカは小指を結んだが、その小指を結んだままシズの体を引き寄せて抱擁した。


「ゆーびきーりげーんまん、嘘ついたら針千本のーます。ゆーび切った!」


 体を離してシズの顔を見ると、無表情にも関わらず頬が朱色に染まっていた。それを見てルカはシズの手を取り、湯船から立ち上がった。


「シズ、髪洗ってあげる。行こう」


一方男湯では────


「いやー、ルカ姉の料理ガチで美味かったな!ライルの旦那は、ルカ姉の手料理を毎日のように食ってたんですよね。羨ましい限りでさぁ」


「そうだ。未だルカ様の手料理を超える味を、俺は知らぬ」


「あんなに美しくて、あんなに料理がうまいなんて、俺もほんとに驚きです」


「おいおいイグニス、それはちょっと危ねえ発言じゃねえか?現実世界で俺たちのバイオロイド素体を作ったのは、ルカ姉なんだぞ?気持ちは分かるが...」


「馬鹿いえ、そんな事は重々わかってるさユーゴ。ルカさんは俺たちの母だ。俺が言いたいのは、尊敬出来る母だと言いたいんだよ。それにルカさんにはもう、心に決めた相手が出来たことだしな」


「アインズ様か。俺も彼なら申し分ないと思っている」


ライルは両手で湯船のお湯を掬い、バシャッと顔を洗い流した。


「ライルの旦那、俺も同じ気持ちでさぁ。やっぱりプレイヤーと言うか、人間同士で結ばれるのが、ルカ姉にとっても一番いいことなんじゃねえかって思いやすぜ。そりゃあ俺も最初はルカ姉に惚れてやしたが、ルカ姉も今はきっと俺達の事を子供としか見てないって事も、何となく分かりやしたからねぇ」


「まあ実際、その通りだからな。お前達、間違ってもルカ様の邪魔だけはするんじゃないぞ」


「もちろんですよライルさん」


「当たり前でさぁ!ルカ姉には俺も幸せになってほしいですからね」


「よし、そうと決まれば俺の部屋で一杯飲むか」


「おお、付き合いやすぜライルの旦那!」


「じゃあ俺もご同伴させてもらいますかね!」



───ロストウェブ 知覚領域外 奈落の底タルタロス(エリア特定不能)17:21 PM


「三度の失敗だ」


「残るゲートキーパー、残すは奴のみなのでは?」


「オーソライザーとの接触は進んでいるのだ、問題なかろう」


「しかし制御が効かぬ」


「汚染も進んでいる。四の五の言っている場合ではない」


「大陸が滅ぶ可能性もある。慎重に決めねばならん」


「ノアトゥンは何処に?」


「オーソライザーとの接触の為、かの地で待機中だ」


「ブラックボックス...いっそ破壊したらどうだ」


「それが出来ればとうにしておるわ」


「グレンめ...奴こそが元凶」


「それを言っても始まらぬ」


「メフィウスによって自動的にオーソライザーがジェネレートされているのだ。我々には止めようがない」


「最後の手段、取りたくはないものだ」


「あり得ぬ、それこそ破綻だ」


「奴を潰すか、生かすか」


「要はそこだな」


「方針は決定している。何のためのゲートキーパーか」


「奴に託すか」


「決まりだな。奴をここに呼べ」



───ナザリック地下大墳墓 第九階層 執務室 10:00AM


「デミウルゴス、完成した書状をルカに」


「かしこまりました、こちらになります」


「ありがとうデミウルゴス」


 ルカは書状を受け取ると、中空に手を伸ばしてアイテムストレージに収めた。部屋には階層守護者達全員が立ち会っている。アインズは執務机から立ち上がり、机を回り込んでルカの目の前まで歩いてきた。


「いいなルカ、手筈通りだ。少しでも雲行きが怪しくなりそうなら即座に伝言メッセージで連絡を入れろ。こちらも兵を用意しておくのでな」


「了解。なるべくそうならないように動くつもりだけどね。それじゃあ行ってくる、転移門ゲート


「ああ、頼んだぞ」


───スレイン法国 北正門入口前 10:17 AM


 ルカ達三人が正門前に着くと、そこには入国審査を待つ商人や荷馬車等が短い列を作っていた。仕方なく最後尾に周り、三人は念の為探知阻害の指輪を装備した。これを身に着けていれば、アンデッドとして認識されずに済むからだ。


 一時間ほど待ってようやく順番が回ってきた。衛兵達が道を塞ぐ中 ルカは書状を取り出して封蝋の印を彼らに見せた。


「アインズ・ウールゴウン魔導国から大使の命を受け、書状を携えて来た。入国の許可をいただきたい」


 すると門番の表情が途端に険しくなり、ルカ達に訝しげな目を向けてきた。


「魔導国からの入国は、特別に許可を得た商人しか許されない」


「この書状が許可証だ。我々の入国を拒否するのであれば、お互いの国にとって少々まずい事態になるが、それでもよろしいか?」


「そ、そうは言われましても、一応規則ですので...書状をお預かりするだけでしたら可能ですが」


「それは出来ない。最高神官長に直接お渡ししたい」


「最高神官長に?! 一応お伺いしますが、あなた達は亜人...ではありませんよね?」


「見ての通り人間だ。私を侮辱するのか?」


「いえ、そのようなことは決して」


「話にならないな」


 そうして押し問答を繰り返していると、門の影から一人の男が近寄ってきた。中国風の竜袍ロンパオを着た風変りな恰好をした男だ。


「私が許可します。彼女らを入れて差し上げなさい」


「ノ、ノアトゥン様?!し、しかし仮にも魔導国の人間を...」


「構いません。彼女らの身元は私が保証します」


「あ、あなたがそう言われるのでしたら...承知しました、ようこそスレイン法国へ。あなた達を歓迎します」


 するとノアトゥンは微笑みながらルカ達に歩み寄る。


「またお会いしましたねお嬢さん。それにミキ殿、ライル殿も。お待ちしていましたよ」


「ノア?! どうしてスレイン法国に?」


「何、この国とは少々腐れ縁がありましてね。詳しい話は中でしましょう。私に付いてきてください」


 そしてルカ達は門を潜り、街中に入った。目の前には幅50メートル程の大路が広がっており、まるで碁盤の目のように整然とした近代的な街並みだった。その中心を歩きながら、首を横に向けてノアトゥンが話しかけてきた。


「この国は、元々我ら六大神が建国したのですよ。最も私が六大神と言うことは、最高神官長を除いてこの国のトップにも伏せてありますがね」


「そうだったんだ。ノアはこの国の中では、どういう位置づけなの?」


「一応隠密席次という役職についていますが、それ自体を知るものはごく僅かですね」


「そっか。何にせよ助かったよ。早速だけど、魔導国からの書状を最高神官長に渡したいんだ。良ければ案内してもらってもいい?」


「ええ、もちろんです。話は既に通してありますので、神殿に向かいましょう」


 そしてルカ達は街の東側に位置する巨大な大聖堂へと向かった。向かって右側の扉を通り、聖堂の外苑部に出て更に左に曲がりしばらく歩くと、高さ4メートル程ある重厚な扉の前に着いた。扉を守る二人の衛兵がノアトゥンの姿を確認すると、その扉を開けて一同は奥へと進む。


 天窓には幻想的なステンドグラスがあしらわれていた。石柱の並ぶ一室の最奥部に神官服を着た6人の老人たちが、石造りのテーブルの前に腰掛けてルカ達を見つめている。そこはまるで裁判所のような作りであった。ノアトゥンが前に進み出て神官達に声をかける。


「神官長、魔導国からの使者をお連れしました」


 その瞬間、6人の神官長達は一斉にどよめきを上げた。


「魔導国からの入国は原則禁止していたはずだ。何故に入国を許可したのだ、ノアトゥンよ」


 席の中央に座る神官が怪訝そうにノアトゥンを睨みつけた。


「彼女たちはユグドラシル・プレイヤーです。これ以上他に理由が必要ですか?」


「何だと?!」


 冷笑を浮かべながら告げたノアトゥンの一言に、六人の神官達は皆凍り付いた。そしてルカ達には聞こえないよう小声で、互いに相談を繰り返す。やがて中央に座る最高神官長が重苦しくそれに返事を返した。


「....分かった。それで使者殿、名は何という?」


「私は使者代表のルカ・ブレイズ。こちらはミキ・バーレニに、ライル・センチネルと申します、最高神官長殿」


「なるほど。それでルカ殿、魔導国が我が国に何用で参ったのかな?」


「アインズ・ウール・ゴウン魔導王より、貴国へ向けて書状を携えて参りました。これを是非お受け取りいただきたく、馳せ参じた次第でございます」


「承知した。では書状をこちらに」


 ルカは懐から書状を取り出すと、前に進み出て丁重に書状を最高神官長に受け渡した。そして元居た位置へと下がり、ルカ・ミキ・ライルはその場に片膝を付く。


 最高神官長は封蝋を解き、書状を広げて読み進めるが、次第に顔色が険しくなっていった。そして他の5人の神官長にも回し読みされる。彼らの表情は一貫して、(拒絶)という言葉が相応しいほど顔に現れていた。しばしの沈黙の後、最高神官長は顔を上げてルカに問いかける。


「...これはどういうおつもりですかな?ルカ・ブレイズ大使」


「書状に書かれた通りの内容にございます。私から申し上げる事は何もございません」


「この脅しとも取れる内容に関して、何も言う事がないと?」


「そこに書かれている事は全て事実です、特に貴方たちがカルネ村に行った所業について。違いますか?」


「その証拠があるとでも言うのかね?」


「出せと言われれば、魔導王がここへ到着する3日後に出す用意がございます。あまり我が魔導国を舐めないでもらいたい」


「...貴国は一体何がしたいのだ。征服か?」


「それはアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の一存にございます。むしろそうした事態を避けるためにこの度会談の場を設けると理解していただきたい」


最高神官長はゴクリと固唾を飲み、ルカに恐る恐る質問した。


「.....滅ぼす事が目的か?」


「それは貴方達の返答次第です。勘違いしないでもらいたいが、魔導王がここに来るまでもなく、やろうと思えば私一人だけでもこの国を一瞬にして滅ぼせる力を持っている。こうして私達3人がこの場に書状を携えてきた意味を考えていただきたい」


「つまり、話し合う余地はあるのだな?」


「その通りです」


 すると右前方にある柱の影から、それを聞いていた何者かの含み笑いが聞こえてきた。ルカがそれに気づき顔を向けると、武装した一人の女性が姿を現した。頭から右の半分が白銀、左半分が漆黒の髪を肩まで伸ばし、それとは逆に右目が黒く、左目が白い三白眼を持つオッドアイの女性だ。


 外見年齢は10代前半といったところだろうか。ゆったりとしたニットの下にチェインメイルを着込んでおり、身軽さ重視の装備であることが見て取れる。ここらではあまり見ない巨大な戦鎌ウォーサイズを装備しており、何らかのマジックアイテムである事は明白だった。その女性はルカへと近づき、肩に戦鎌ウォーサイズを寄りかけて嬉しそうに笑顔を向ける。


「へえ、この国を滅ぼせるんだ?あなた一人で」


「止めんか、番外席次!!お前の出る幕ではない!!」


 最高神官長が必死で止めるのも聞かず、番外席次と呼ばれる女性はケタケタと笑いながら更に話を続けた。それを受けてルカ・ミキ・ライルは腰を上げて立ち上がる。


「どうやって滅ぼすのか見てみたいな、私」


「君は誰?」


「名前なんてどうでもいいじゃない、ルカ・ブレイズ。聞いての通り番外席次よ、絶死絶命なんて渾名も付けられてるけどね。今はそれで充分。あなたの噂は私も聞いているよ、裏の世界では随分と有名人らしいからね」


「そいつはどーも番外席次さん。それで? 話し合いをすっ飛ばして、ここで一戦やらかしたいってわけ?」


 その女性のただならぬ殺気を受けて、ルカの神経はピリピリと逆立っていた。しかしそれを聞いて番外席次は更に嬉しそうな顔を見せた。


「フフ、ここであなたとやってもいいけど、そのあなたの上に立つ魔導王ってアンデッドがどれだけの人なのか、是非この目で見てみたいのよ。せっかくこの国に来てくれるって言ってるんだし、勝負はそれまでお預けかしらね」


「番外席次、いい加減にせんか!!」


「はいはいうるさいなあ、分かってるって。それじゃあルカ・ブレイズ、3日後を楽しみにしているよ」


 最高神官長の叱責を受けて、大きな溜め息を一つ着くと番外席次は裏口から立ち去って行った。冷汗をかいた神官長がルカ達に慌てて謝罪する。


「すまない、うちの者が無礼を働いた」


「何、構いませんとも。それよりも、書状の内容はご理解いただけましたでしょうか? 3日後に、我が主であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下がスレイン法国に参りますので、会談に備えて準備をお願いしたいのです」


「う、うむ分かった。ギリギリだが、こちらで何とか調整してみよう」


「感謝します、神官長の皆様。それでは無事書状を届けられましたので、私達はここで失礼致します。3日後にまたお会いしましょう」


 ルカ・ミキ・ライルの3人は恭しくお辞儀をすると、近衛兵に先導されて謁見の間を後にした。六人の神官長は部屋に残ったノアトゥンに恨めしい顔を向けるが、当の本人は素知らぬ顔だ。それを見て最高神官長が問いただした。


「隠密席次、どういう事か説明してもらおう」


「この国にも変化が必要だという事ですよ。貴方達の想像以上に、今この世界は目まぐるしく動いている。その中心にいるのが魔導国です。そしてその波に我が国もついていかなければならない。そう感じたからこそ、彼らを受け入れただけの事。他意はありません」


「し、しかしこう急かされては軍の準備もしようがない。どう受け入れろというのだ?」


「それこそが彼らの狙いなのでしょう。第一軍を準備しても意味はありませんよ。ルカ・ブレイズも魔導王閣下とその配下達も、やろうと思えば単騎でこの国を滅ぼせる力を持っているというのは、本当の話です。うろたえても始まりません」


「...それはお主も同じなのではないか?ノアトゥンよ」


「そうだ!お前の超位魔法を使えば奴らに対抗できるのではないか?」


ノアトゥンは小さく溜め息をつくと首を横に振った。


「いくら私と言えども、彼ら全員を相手にして勝てる見込みなどありませんよ。いい加減腹をくくったらどうですか?神官長達。私達は今、この国の行く末がかかった会談に臨もうとしているのです。貴方達が過去魔導国に何をしたかは知りませんが、それを全て清算して未来へとつなげる他に道はありません。例え魔導国の軍門に下ろうともね」


「...この国の隠密席次とも思えぬ弱気な発言だが、確かにそれは事実だな。各神官長達、聞いての通りだ。3日後に備えて必要な準備を進めてほしい」


『御意』


 神官長達は一斉に席から立ち上がると、謁見の間を後にした。2人を除いて。


「...かつて六大神と呼ばれた火神、ノアトゥン・レズナー様。あなた様の力を持ってしても本当に無理だと言われるのですか?」


「最高神官長、先程も言ったはずです。彼らプレイヤーは絶大なる力を手にしている。この国と魔導国が戦争になる前に、会談の道を行くのが最善の策です」


「...畏まりました、下手な工作は打たずに真正面から向き合う方針で参ります」


「ええ、是非そうしてください。彼らとてそう悪い人達じゃない。何日か彼らと旅をした私の印象ですがね。礼を尽くせば、きっと彼らにも伝わる事でしょう」


 ノアトゥンは最高神官長に微笑んで返した。


────スレイン法国中心街 荘厳の久遠亭 13:27 PM


 ルカ達三人は街の様子を偵察する為、スレイン法国で最も高級な宿屋に宿泊の予約を取った。バーカウンターに座り昼食を取っていると、背後から男の声がかかり、ライルの隣に腰掛けてきた。


「やはりここでしたかお嬢さん。言ってくれれば部屋をご用意したんですよ」


「やあノア、さっきは助かったよ。神官長達の様子はどうだった?」


「右往左往していましたが、ようやく彼らも会談に向けて覚悟を決めたようです。このまま行けば問題ないでしょう」


「そっか、なら良かった」


「ただ、一部のものはあまり良い感情を抱いていない者もいるようです。私個人としては、魔導国とこのスレイン法国が平和的条約を結べればと考えているのですがね」


「それってもしかして、あの大鎌を持った女の子の事?」


「ええ、あの番外席次は、この国の守護を任されている者の一人ですが、非常に好戦的な事で知られています。何でも六大神の血を引き、その力を覚醒させているとかで、私がその存在を確認したのはおよそ100年前の事です。その実力は法国最強と言われています」


「その割には随分と若かったね。六大神の血を引くって、プレイヤーという訳ではないよね?」


「私もその出自に関して詳しくは知らないのですが、何でもエルフの王とスレイン法国の人間の混血だという噂がありますので、恐らくはプレイヤーではないと思われます。600年前、私を除く六大神と呼ばれたプレイヤーの中で、子をもうけた者がいるかどうかという点も含め、詳細は把握していません」


「ふーん。それで、実際強いの?」


「あくまで人間種の中で最強というだけで、お嬢さん達の敵ではありませんよ。彼女は私にも事ある毎にケンカを売ってきますからね。もちろん聞き流してますが」


「そう言えば、ノアの種族って何なの?良ければ知っておきたいんだけど」


「私ですか?私は上位妖精ハイエルフですよ」


「なるほど、森妖精エルフから転生したんだね。と言うことはINT知性特化型か。それであんなに魔法の瞬間火力が高いんだね、納得だよ」


「いえいえ、お嬢さんに比べたら大したことはありませんよ。符術士は特殊なクラスですからね、お嬢さんのように万能とは言えませんから」


「そんなことないよ、この前の戦闘の時だってすごかったじゃない。レベルはいくつ?」


「...お嬢さんはいくつですか?」


「私達3人共、150だよ」


「そうですか。実は私も150です」


「超位魔法も使えてたから、そうだと思ったよ」


「...全く、お嬢さんは疑うことを知りませんね。私がもし敵に回ったらどうするおつもりですか?」


「え?だってノア、そんな事しないでしょ?それに同じプレイヤー同士なんだし、腹の探り合いしても意味ないじゃない」


「だといいんですがね。私だからまだいいものの、今後はそういう情報の取り扱いに注意してください。ご自身の身を守るためにもね」


「んー、何かよく分からないけど、了解。そうするよ」


 ルカは首を傾げながら返事を返した。それを聞いてノアトゥンは、左に座るライルの背中に目を向けた。


「ライル殿。よろしければその背中に吊り下げられた大剣を見せてはいただけませんか?」


「...ルカ様?」


 情報の取り扱いに注意しろと自分で言った手前である。ライルはあからさまに疑わしい表情になっていたが、ルカは笑顔で返答した。


「いいよ、見せてあげなライル」


「しかし...よろしいのですか?」


「構わないさ。どちらにしろその剣はライルにしか使えない。情報が知られた所で、どうこうできる物でもないさ」


「かしこまりました。...受け取れ、但し慎重にな。この剣の切れ味は尋常ではない」


「ええ、分かっていますよライル殿。感謝します」


 ライルは背中から大剣を引き抜くと、逆手に持ち替えてノアトゥンに手渡した。相当な重量があるにも関わらず、ノアトゥンは意にも介さずそっと剣を受け取った。


「...なるほど、素晴らしい剣ですね。鑑定してみてもよろしいですか?」


 ライルは再度ルカに顔を向けたが、ルカはただ笑顔で大きく頷いて見せた。


「ああ、構わんぞ」


「ありがとうございますライル殿。道具上位鑑定オールアプレイザルマジックアイテム


ノアトゥンの脳内に、大量の情報が流れ込んでくる。



─────────────────────────────


アイテム名: ダストワールド


装備可能クラス制限: ウォリアー、バーバリアン、イビルエッジ


装備可能スキル制限: グレードソード300%


攻撃力: 6300


効果: INT+500、CON+1000、闇属性付与(150%)、闇属性Proc発動確率50%、エナジードレイン発動確率80%、麻痺効果発動確率60%、命中率上昇200%、付随攻撃力+1500


耐性: 世界級耐性120%

    闇耐性150%

氷結耐性80%

    毒耐性60%


アイテム概要: 隕鉄により鍛えられた全てを破壊する大剣。練度の無いものがこの剣を握れば、たちまちに命を吸い取られる呪いの剣でもある。この剣が主を認めた時、生命・物質に関わらずいかなるものも破壊する真の力を発揮することだろう。


修復可能職: ヘルスミス


必要素材: トゥルースチール50、オブシディアン50、ミスリル35、ダイヤモンド20


───────────────────────


 目を閉じていたノアトゥンは、その禍々しい効果を見てブルンと武者震いを起こし、ゆっくりと目を開いた。


「ダストワールド...これは想像を絶する武器ですね」


「当然だ。ルカ様より賜った、この世に一本しかない世界級ワールドアイテムであり、俺の相棒だからな」


「なるほど。ありがとうございますライル殿、お返し致します」


「おう」


 ノアトゥンが手渡すと、ライルはダストワールドを再度背中に収めた。ルカは不思議そうな顔で質問する。


「どうしてライルの剣に興味を持ったの?」


「いや何、私の趣味でしてね。見たこともない武器でしたので、一度拝見したいと思っていたのですよ」


「そうなんだ」


「それよりどうです、昼食が済んだら皆で街をぶらつきませんか?案内しますよ」


「いいね、私達も丁度そうしようと思っていた所よ」


 そしてルカ達4人は宿屋を出て、スレイン法国の武器防具屋・アクセサリーショップなどを回った。その途中で、檻の乗った荷馬車とすれ違った。その檻の中には、男女9名程の人間種が入っているのを見て、ルカは質問する。


「ノア、あれは?」


「...あれはスレイン法国の奴隷輸送車です。この街でエルフは奴隷として扱われているのですよ」


「亜人排斥の為?何かえげつないね...」


「この街の暗部です。リ・エスティーぜ王国と違い、このスレイン法国では未だに奴隷制度が残っている。同じエルフとして何とかしてやりたいとは考えていますが、この街の労働力はああいった奴隷で賄われています。奴隷制度を撤廃する事は、この国の経済を根本から揺るがしかねないという事情もあり、未だ悪しき風習が続いている訳です」


「なるほどね。バハルス帝国にも奴隷はいたけど、彼らは自らの意思で奴隷となった者も多い。それと比べると、強制的に奴隷とさせられた彼らは少し哀れだね...」


「私達六大神は、竜王や亜人に淘汰されようとしていた人間種を保護する目的でスレイン法国を建国しましたが、当初このように亜人を淘汰するという意思はありませんでした。しかしこうなってしまっては、我々六大神にも責任の一端があるのかもしれませんね」


「いずれ奴隷解放できるといいね」


「ええ、全くです。辛気臭い話になってしまいましたね、申し訳ない」


「気にしなくていいよ、大丈夫。こうやってノアと話ができる機会もそう多くないしね」


「そう言っていただけると助かります。どうします?どこか食事にでも行かれますか?」


「いや、日も暮れてきたしそろそろ宿屋に戻るよ。アインズにも報告しないといけないし」


「そうですか。では私もここらで失礼します。3日後にまたお会いしましょう」


「OK、今日は色々とありがとう。楽しかったよ」


「ええ。それではまた」


 ノアトゥンに別れを告げ、荘厳の久遠亭に戻ったルカ達三人は自室に戻り、アインズに伝言メッセージを入れた。


『アインズ、私よ』


『ルカか、報告が遅いので心配したぞ』


『ごめんごめん、ノアに街を案内してもらってたのよ』


『ノアだと?スレイン法国にノアトゥンがいたのか?』


『そう。彼がいなかったら入国もできなかったよ。何でも隠密席次って役職に就いているみたい』


『と言う事は、ノアトゥンは元々スレイン法国の人間だったわけか』


『と言うより、彼ら六大神が建国したらしいからね。関係が深くても不思議じゃないよ』


『そうか。それで、書状は無事渡せたのか?』


『際どかったけど、渡せたよ。神官長達も大分慌ててたけどね。予定通り3日後と言う事で話をつけたよ』


『そうか、よくやってくれた。こちらも兵を用意してあったのだが、徒労に済んだようで何よりだ』


『フフ、攻め込むつもりだったの?』


『場合によってはな。まあそれはいいとして、今夜はどうする?一旦ナザリックに戻るか?』


『いや、もう宿屋も取ったから、3日後まではここに泊まるとするよ』


『了解した。十分に注意するんだぞ』


『うん、アインズもね』


 伝言メッセージを切ると、ルカはベッドに倒れ込んで大の字になった。部屋に備え付けのテーブルにある椅子に腰掛けて、伝言メッセージの内容を共有していたミキとライルは、それを見て微笑んでいた。


「お疲れ様です、ルカ様」


「今日は色々とありましたからな」


「あんまり気張るのも良くないよねー、どっと疲れちゃった」


 ルカは起き上がり、ベッドの縁に座り直した。それを見てミキが質問してくる。


「明日はいかが致しましょう?」


「そうだね、いざという時のために、脱出経路確認のための偵察でもしておこうか」


「了解しました」


「さて、いい時間だ。食堂行ってメシ食って酒でも飲もう!」


「そうですね、行きましょう」


「早く地獄酒が飲みたい」


「OKOK、とっとと行くか」


 三人は立ち上がると、階下の食堂へと降りていった。そして翌日、翌々日とルカ達は部分空間干渉サブスペースインターフェアレンスを使用し、街の中をくまなく探索してマッピングを完了させ、遂に約束の三日目がやってきた。


───スレイン法国 北正門入口前 12:50 PM


 スレイン法国の正規兵が見守る中、ルカ達は先頭に立ってアインズの到着を待っていた。すると突然巨大な暗黒の転移門ゲートが正面に開き、中から隊列を組んだデスナイト約500体程が姿を現した。スレイン法国の兵達が度肝を抜かれているのも束の間、その後に続いて、黄金色の全身鎧フルプレートに身を包んだナザリック・マスターガーダーが約一万体。


 この戦争級の大部隊を前にルカも面食らっていたが、ナザリックのアンデッド兵達が門の前で進軍を止め、左右に分かれて道を開けると、その奥からアイアンホースゴーレムに乗った階層守護者達と漆黒の馬車がこちらに近づいてきた。ルカ達3人が先導し、十数体のデスナイトを引き連れて馬車を大聖堂へと案内する。


 街の中ではその姿を一目見ようと群衆が街道の両側に溢れかえっていた。アンデッドを前にして絶句する者、子供の鳴き声、どよめきが聞こえてくる。人間種を守る為に作られた街に今、アンデッドが侵入してきたのだ。彼らの混乱は想像に難くないが、これが現実である。


 やがて一団は大聖堂前へと到着し、ルカが馬車の扉を開けて後ろに下がり、3人ともが片膝をついて頭を下げた。聖堂入り口前には、漆黒聖典・風花聖典・水明聖典・火滅聖典といった戦闘部隊が牽制するように並んでいたが、それには意も介さず馬車の中から一人のアンデッドが降りてきた。


 死の支配者、オーバーロード。絶望のオーラを身に纏うその姿を見て、畏怖しない者は誰一人としていなかった。表にデスナイトを残し、アルベド、シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、セバス、デミウルゴス、ルベド、そしてイグニス、ユーゴにネイヴィアを引き連れて大聖堂の中央入口へと入っていく。


 全高50メートルはあろうかという吹き抜けの大聖堂の奥には二列の長机が置かれており、この場で会談を行おうという意思が見て取れた。左側の席には六人の神官長とノアトゥンが起立し、緊張した面持ちだった。右側の席にアインズを中心にして階層守護者達が並び、皆が一斉に腰を下ろす。それと同時に漆黒聖典が神官長の背後に陣取る。先に口火を切ったのは最高神官長だった。


「アインズ・ウール・ゴウン魔導王閣下、この度はよくぞこの地に参られた。貴殿らを歓迎しよう。私がスレイン法国を治める最高神官長、グラッド・ルー・ヴァーハイデンである」


「お初にお目にかかる、ヴァーハイデン殿。私が魔導国を治めるアインズ・ウール・ゴウンである」


「ゴウン魔導王閣下。時にお伺いしたいのだが、街の外に待機させてある貴国の兵は、一体どういうおつもりですかな?」


「何、念の為だよ。お望みとあれば、更に兵を追加しても構わないがね」


「いっ、いえいえ!その様な事をする必要はない。こうして両者が会談の席についているのです。話し合いで済むに越したことはない」


「では聞こう。貴国が我が領地であるカルネ村で行った蛮行についてだ。私の領地と知りながら陽光聖典をけしかけたのかね?」


「六大神に誓って言おう。魔導王閣下の領地とは知らなかった」


「ならば貴殿らの狙いはガゼフ・ストロノーフの命だった。それで間違いないな?」


「そ、それは....」


 最高神官長は言葉に詰まったが、アインズはそれを許さなかった。


「私に嘘をつくと、後悔する羽目になるぞ?慎重に言葉を選べ」


「...仰る通りだ。我らの狙いはガゼフ・ストロノーフの命だった。そのため王国の領地である村落を襲わせたのだ」


 アインズはそれを聞いて、右手を顎に添えた。


「ふむ、正直でよろしい。しかしそのガゼフ・ストロノーフも、先のバハルス帝国との戦争で一騎打ちの末に、私が殺した。これで諸君らの不安は一掃されたわけだ。違うかね?」


(新たな不安が増えただけではないか!)とヴァーハイデンは心の中で舌打ちしたが、それを表に出す訳にも行かなかった。


「...兎に角、ゴウン魔導王の領地に危害を加えた事をここに詫びよう。申し訳なかった」


 六人の神官長達は深々と頭を下げた。その時だった。神官長達の背後に立つ漆黒聖典の中に、ルカは見覚えのある装備をした、40代後半と思われる女性を見つけた。真っ白なチャイナドレスだが、足から胸にかけて立ち昇る金色の龍の刺繍が施され、足に深いスリットが入ったものだ。ルカはすぐさまアインズに伝言メッセージを入れる。


『アインズ、神官長の後ろに立つチャイナドレスを着た女を見て。あれ世界級ワールドアイテムだよ。確か名前は、傾城傾国ケイ・セケ・コウクだったかな』


『何だと?間違いないのか?』


『ユグドラシルβで、昔のギルメンが同じものを所持していたからね』


『どういう効果があるんだ?』


『えーと確か、どんなに強力なNPCでも支配下に置けるっていう世界級ワールドアイテムだったと思うよ。精神支配系の効かないアンデッドやヴァンパイアでもね』


『何だと?!それではシャルティアはもしかして、こいつらと交戦したというのか』


『前にアインズが話してくれた事を思い出して、ピンと来たんだよ。ひょっとするとそうかも知れない』


『...分かった、直接聞くのが一番だな。よく気付いてくれた』


 伝言メッセージを切ると、アインズは机の上に両手を出して掌を組んだ。怒りからかギリリと両手を握りしめている。


『いいだろう、カルネ村での一件はこれで水に流そう』


(おお...)と神官長達はどよめいたが、アインズは(ダン!)と右手を机に叩きつけた。


「しかしだ!もう一つ聞きたい。諸君らはそこに座る我が配下のシャルティアと戦った事があるのではないかね?それともホニョペニョコと言った方が分かりやすいかな?」


 突然の変わりように場内がざわついた。最高神官長は背後を振り返り、白銀の鎧を着た黒い長髪に中性的な顔立ちの男に問いただした。年齢は20代を下回る容姿だ。


「隊長、どうなのだ?彼女と戦った事があるのか?」


 漆黒聖典隊長と呼ばれる男は苦虫を噛み潰したような表情だったが、最高神官長に歩み寄ると小声でそっと耳打ちした。それを聞いた最高神官長の顔が青ざめていく。


「た、確かに彼らはそこにおられるシャルティア殿と戦ったと言っている。しかしあの時は別の目的で遠征しており、不幸な遭遇戦だったとも話している」


「その別の目的とは何だ?」


破滅の竜王カタストロフ・ドラゴンロードを支配下に置くためだ」


「その後ろに控える白いドレスの女の力でか?傾城傾国ケイ・セケ・コウクと言ったか」


「当時これを装備していた者は戦死して、代変わりした。我が国では真なる神器と呼んでいる、非常に貴重な代物だ」


「なるほどな。シャルティアを襲うことが目的でないことはよく分かった。だがな...貴様らは我が部下に手を出したのだ。その報いは受けてもらおう」


 その場が凍り付き、瞬時に緊張が高まった。アインズの体からどす黒いオーラが立ち上る。それを見て漆黒聖典達は武器に手をかけたが、震える手を抑えようと必死な程だった。


(まさか、ここまでとは...)誰しもが抱いた印象だったが、ゴクリと固唾を飲み最高神官長は質問を返した。


「報い、とは?」


「諸君らには3つの選択肢がある。まず第一は、我が配下一人と一対一で戦ってもらう。無論死ぬまでだ。その戦いに我らが勝てば、世界級ワールドアイテムである傾城傾国ケイ・セケ・コウクを渡してもらおう。2つ目は簡単だ、スレイン法国諸共我が軍門に下れ。3つ目は最悪の選択だ。今街の外に待機させてある我が軍を街に侵攻させる。つまりは戦争だ。無論その場合、君達は私達の力で今すぐこの場で死ぬことになる。さあ、どうするかね?」


「そんな無謀な!神官長、戦いましょう!こんなアンデッド一人、私だけで片付けて見せます!!」


 業を煮やした漆黒聖典隊長が神官達に詰め寄ったが、それを見たアインズは隊長に指先を向けて魔法を詠唱した、


魔法最強化マキシマイズマジック真なる死トゥルーデス


 それを受けた瞬間隊長は白目を向き、その場に崩れ落ちた。漆黒聖典の面々が彼に走り寄るが、彼は既に息絶えていた。それを見てアインズは喜々としている。


「おっと失礼、彼が隊長だったか。手加減したつもりだったが、この程度では漆黒聖典もたかが知れているな。即死耐性は高めておいたほうがいいぞ?」


 それを聞いて漆黒聖典のメンバーは憎しみの目をアインズに向けた。法国随一の使い手が、たった一撃の魔法で殺されたのだ。神官長達はそれを見て呆気に取られていた。場内が騒然とする中、ヴァーハイデンはアインズに懇願するように言った。


「わ、分かった!!戦うまでもない、真なる神器は明け渡そう。だからどうか矛を収めてくれ!」


「つまらない事を言うな。せっかくだ、戦って勝ったほうが充実感も得られるだう?私はそれが欲しいのだよ。心配せずとも、次は私は戦わない。私の部下のうち誰かと戦ってもらう。...そう、そこの柱に隠れて殺気を放っている者とかな」


 漆黒聖典の背後に立ち並ぶ柱の一つにアインズは目を向けた、すると甲高い笑い声と共に、番外席次が姿を現した。


「何だ、気がついてたんだ。言ってくれればよかったのに。あーらら、隊長死んじゃったんだね、かわいそうに」


「ほう、強気だな。お前なら相手に不足はなさそうだ。さてどうする?お前が戦わなければ、どの道この国は滅びる。何ならそこにいるノアトゥンでも構わんがな」


「隠密席次ごときに楽しみを奪われたくないからねー。相手はこちらで指定してもいいの?」


「構わんぞ、好きに選べ」


「そうだなー。...じゃあそこにいるルカ・ブレイズにしようかな」


「よかろう。ルカ、手加減は無用だ。相手をしてやれ」


「了解。周りを巻き込まないように、少し広いところでやろうか」


「そうしたければ構わないよ」


 ルカは長机から立ち上がると、入り口手前の空いたスペースまで移動し、抜刀して身構えた。相手が動かないのを見て、ルカが問いかける。


「どうした、かかってこないの?」


「そう?それじゃあ遠慮なく...災害召喚の舞踏ダンスオブディザスターコーリング!!」


 その刹那、番外席次の振るう戦鎌ウォーサイズから無数の圧縮されたかまいたちが発生し、ルカに襲い掛かった。それと同時に番外席次は自らも恐るべき速度で間合いを詰め、ルカに飛びかかってきた。しかしルカは回避ドッヂにより難なくその攻撃を全て躱し、至近距離から魔法を詠唱する。


呼吸の盗難スティールブレス!」


 その途端、番外席次の体を緑色の靄が覆い、移動速度がスローモーションとなる。ルカは首筋にロングダガーを走らせたが、番外席次は辛うじて戦鎌ウォーサイズでその攻撃を受け止める。しかしルカは容赦なく次の攻撃を放った。


魔法最強化マキシマイズマジック聖なる呪いホーリーカース!」


(ビシャア!)という音と共に、番外席次の体が麻痺状態になり身動きを封じられた。


「終わりだね。血の斬撃ブラッディースライス


 麻痺して立ち尽くす番外席次の体に、ルカは容赦なくロングダガーの10連撃を放ち切り刻んだ。番外席次の全身から大量の出血が吹き出し、その場に膝から崩れ落ちる。そのあっという間の出来事に、六人の神官達は戦慄した。法国最強と謳われた2人の戦士が、こうもあっさりと敗北したのである。ルカは神官たちに目を向けた。


「さて、私の勝ちだな。傾城傾国ケイ・セケ・コウクを渡してもらおう」


「わ、分かった!おい、今すぐにそのドレスを脱げ!!」


「こ、ここでですか?」


「そうだ、早くしろ!」


「...かしこまりました」


 傾城傾国ケイ・セケ・コウクを着た女性は嫌々ながらもその場でドレスを脱ぎ去り、下着姿になった。そしてドレスをきれいに畳んでルカの前に献上してきた。ルカは中空に手を伸ばし、アイテムストレージの中から白いマントを取り出すと、下着姿の女性にそれを被せて体を覆い隠し、傾城傾国ケイ・セケ・コウクを受け取った。


 右列のテーブルに戻り、ルカは傾城傾国ケイ・セケ・コウクをアインズに手渡して椅子に腰掛けた。アインズはニヤリと笑うと、テーブルの上に傾城傾国ケイ・セケ・コウクを乗せてポンポンと服を叩いた。


「一応聞くが、諸君らは他にもこうした世界級ワールドアイテムを所持しているのかね?」


世界級ワールドアイテムと呼ぶかは分からないが、真なる神器と呼ばれる武器や防具の類はいくつかある」


「ほう?もし良ければなんだが、私にそれらを全て見せてはもらえないかね?力づくで奪うという方法は取りたくないものでね」


 アインズの強引な提案に、神官たちは顔を見合わせたが、やがて諦めたように最高神官長が深いため息を付き、アインズに向けて言った。


「...分かった、全てを見せよう」


「話が早くて助かる。これでようやく友好的な会談がスタートできるな」


「貴国の力は分かった。是非そうしてほしい」


 そこからは軍事や食料の備蓄関連、及び国家の情報や特産品の輸出入等を含むごく平凡な話が進められ、会談は無事に終了した。六人の神官長は肩透かしを食らったような顔でアインズの提案に頷くばかりだった。


「...以上を持って、スレイン法国と我がアインズ・ウール・ゴウン魔導国との友好通商条約を締結したい。異論はあるかな?」


「...ゴウン魔導王、本当にそれだけでいいのか?」


「もちろんだとも。貴国への懸念は今現在を持って払拭された。今後は友好国として、共に繁栄を築いて行ければと願っている。ただし!!」


 アインズの語調が強まり、六人の神官長は肩をビクッと震わせた。


「...私は隠し事が何よりも嫌いでねえ。我が魔導国にウソだけは付かないよう心より願うよ」


「無論だ、情報の共有という点でも、スレイン法国は最大限協力しよう」


「ならば結構だ。一つ聞くが、ここ最近妙な物を見なかったかね?」


「妙な物...と言いますと?」


「そうだな例えば、エノク語で書かれた巨大な石版...モノリスが現れたとかな」


 それを聞いた神官達が一斉にざわめいた。


「!!どうしてそれを?」


「やはり知っていたか。それはどこにある?」


「こ、この大聖堂の地下深くにある、宝物殿に突如現れたのだ。意味不明なエノク文字の言葉が書き連ねてあり、我々も対処に困っていたのだが」


「そこへ我々を案内してはもらえないか?今すぐにだ」


「そ、そうは言われても、宝物殿は聖地なのだ!我々とて、おいそれと立ち入れる場所ではない!」


「おいおい、隠し事は無しだとさっき約束したばかりだろう?私はそのモノリスに用があるのだよ。今が聖地に踏み入る時だ」


「...分かった。ただし宝物殿の中で見たことは全て内密にしていただきたい」


「それは約束しよう、我々も情報管理は徹底しているからな。安心したまえ」


 すると最高神官長が席を立った。


「宝物殿の鍵は私が持っている。案内しよう」


 漆黒聖典が先頭に立ち、最高神官長の護衛に付いた後ろをアインズ達はついて行く。地下へと続く長い階段を降り、着いた先には石造りの長い回廊が伸びていた。


 そこから薄暗い通路を更に400メートルほど進んだ先に、高さ20メートルはある巨大な門がそびえ立っていた。門の下部には四角い凹みがあり、最高神官長が懐から取り出したカードキーのような石版をそこにはめ込むと、扉の一部が輝き出した。


 すると、(ズズズズ)という低い音を立てて左右の扉がゆっくりと開いた。中に入ると、縦横100メートルはあろうかという吹き抜け構造の広大な空間が広がっている。


 前を歩いていた最高神官長が、アインズの方を振り返った。


「ここが宝物殿だ、ゴウン魔導王閣下」


「随分と殺風景な場所だな。宝というのはどこにあるんだ?」


「全てこの空間の壁際に陳列してある。モノリス...と言ったかな?捜し物の巨大な石版はこちらにある。ついてきてくれ」


 そして部屋を北東へ進んだ先の行き止まりに、青く輝くモノリスが鎮座していた。と、その時だった。


 突如何の前触れもなくモノリスの前に巨大なモンスターがポップ出現した。体長は30メートル程あり、緑色の体毛に覆われた四足獣のような胴体だが、尻尾からは毒蛇が伸びており、何より醜悪なのはその頭部だった。首から上には3つの頭が並んでおり、右から順に牛・人間・山羊という3つの顔面を持っていた。


 アインズ達は即座に戦闘態勢に入ったが、化物を前に立ちすくんでいる漆黒聖典と最高神官長を見て、ルカが叫んだ。


「逃げろ!!こちらに走れ、早く!!!」


 その声を聞いた漆黒聖典の戦士が我に返り、腰が抜けていた最高神官長を抱えあげてアインズ達のいる後方へ猛然と向かってきた。


「そのまま宝物殿の外まで逃げろ!!こいつは私達が相手をする、行け!!早く!!」


 言われた通り漆黒聖典達は宝物殿の入り口に向かい、血眼で走っていた。モンスターの姿を一目見て、死を悟ったのであろう。十分に距離が離れたのを見て、ルカは再び敵を振り返った。そしてルカと目が合った瞬間───


「グオォオオオアァアァア!!!」


 モンスターは腹の底まで響くような怒号を上げ、敵意をむき出しにした。それを受けてアインズがルカに質問する。


「ルカ、このモンスターに見覚えは?!」


「ああ...よく知ってるよ。万魔殿パンデモニウムでも最悪と呼ばれるモンスターの一つだ」


 そこへノアトゥンがルカの元に寄り添ってきた。


「お嬢さん、私も加勢しますよ」


「ああ、頼む」


 ルカは抜刀し、伝言メッセージで全員に回線を繋いだ。


『みんなよく聞け。状況・レイドボス!こいつはアスモデウスというモンスターだ。弱点耐性は氷と物理のみ、繰り返す、弱点耐性は氷結と物理のみだ!それ以外の属性攻撃や魔法は吸収され、体力が回復してしまう!そしてアスモデウスは三種類のブレス攻撃を仕掛けてくる。一つは獄炎、もう一つは毒、最後に即死ブレスだ。よってまず最初に牛の頭を集中攻撃し、即死ブレスを潰す!慎重に戦え、いいな!』


『了解!!』


『ライル、ネイヴィア、アルベド、ユーゴの四人は即死攻撃に注意しつつタンクに徹しろ、牛の頭を狙え。マーレ、コキュートスは超位魔法準備。イグニスはタンクヒーラーだ、慎重にな。アウラ、シャルティア、セバス、ルベドはサイドと後方から攻撃。アインズとミキ、ノアの三人は後方からタンクに補助魔法をかけてくれ。デミウルゴスは空中から遊撃だ。こいつは体力が高い、長期戦を覚悟しろ!』


 全員の布陣が完了し、タンクの四人がアスモデウスに突撃した。ターゲットがタンクに移った事を確認してルカ、マーレ、コキュートスが飛行フライの魔法を使用し、空中へ飛び上がる。眼下ではタンクの四人がブレス攻撃を躱しつつ、一進一退の攻防が繰り広げられていた。


 上空の三人が両手を上に向けると、青白い立体魔法陣が折り重なるようにして三人を包み、エネルギーが凝縮されていく。ルカの頭上には球形のドライアイスにも似た塊が形成され、そこから気化した冷気がルカの体を覆いつくし、掌に凝縮されたエネルギーは途轍もなく巨大な氷の塊へと変化して一気に膨れ上がった。ルカは伝言メッセージで全員に警告を促す。


『今だ!全員アスモデウスから離れろ!!』


 それを聞いた皆が弾けるようにしてアスモデウスから距離を取った。ルカ・マーレ・コキュートスは互いに呼吸を合わせ、真下にいるアスモデウスに向かって両腕を振り下ろした。


「超位魔法・天王星の召喚コーリング・オブ・ジ・ウラヌス!!」


持続する水霊の寒波エンデュアウォーターズチル!!」


氷塊ノ地獄フリージングヘル!!」


 頭上から巨大な氷塊がアスモデウスに向かって落下し、その巨体を押しつぶして大爆発を引き起こした。しかしとどめを刺すまでは行かず、ルカの放った魔法の追加効果でアスモデウスは体が氷結し、身動きが取れなくなっていた。そこを狙ってタンクチームが再度突撃し、牛の頭を潰す事に成功した。ルカはそれを見て指示を飛ばす。


 『いいぞ、プッシュ!!あともう少しだ、みんな耐えろ!!』


『了解!!』


 ルカ・マーレ・コキュートスの三人は再度超位魔法を撃つ体制に入った。アスモデウスの氷結が解けて再び暴れだしたが、サイドから物理攻撃に回っていたルベドが懸命にPB(パワーブロック)を放ち、アスモデウスの炎と毒のブレス攻撃を見事に封じていた。それを見てルカは勝利を確信する。そして───


『みんな下がれ!これでとどめだ!!食らえ、天王星の召喚コーリング・オブ・ジ・ウラヌス!!!』


 雌雄は決した。アスモデウスは消滅し、地面には巨大なクレーターが穿たれていた。そのせいで宝物殿内の地形が大きく変わってしまっている。ルカが地面に降り立つと皆が笑顔で駆け寄り、共に勝利の喜びを分かち合った。


 その戦いを宝物殿入り口付近から見ていた、漆黒聖典の戦士の一人が呻くように呟いた。


「た、倒しちまった、あの化物を...見ましたか?最高神官長」


「ああ、見た。全てな。あの力...彼らは神、なのか?信じられん、ノアトゥンの言っていたことは全て真であったか...」


「こんな戦い...これじゃまるで、伝承にある六大神の戦いそのものじゃないか...最高神官長、漆黒聖典副隊長として進言します。真の意味で、彼らと強固な同盟関係を結ぶべきです。我ら漆黒聖典は、魔導国への敗北を認めます」


「分かっておる、元よりそのつもりじゃ。何故他国が魔導国と同盟を結んだのか、身を持って理解した。彼らの次元は、我らの想像を遥かに超越しておる」


 最高神官長は一つ大きく溜息をつくと、宝物殿の中へ再び一歩足を踏み入れた。


 あれほどの爆風を至近距離から受けたにも関わらず、モノリスは傷一つ付かず静かに佇んでいた。アインズ達がモノリス前へ移動しようとした時、クレーターの中心付近でアウラが何かを発見した。


「ルカ様!あそこで何か小さく光っています。何でしょうあれ?」


「...ほんとだ、行ってみよう」


 そこに近寄ると、地面から数センチ離れて小さな光が浮遊していた。ルカはしゃがみ込み、両手でその小さな光をそっと手に取った。すると手の中には、黒く輝く5センチほどの菱形をしたクリスタルが収まっていた。ルカはそれを見て首を傾げる。


「何これ、データクリスタルに似てるけど...」


「そ、それは!!」


 ルカの持つクリスタルを見て、ノアトゥンが驚愕の眼差しを向けた。


「え?ノア、これが何だか知っているの?」


「あ、いえそういう訳ではないのですが...とりあえず、鑑定してみてはいかがですかお嬢さん?」


「ふーん、分かった。道具上位鑑定オールアプレイザルマジックアイテム



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アイテム名: キー・オブ・ザ・ディメンジョン


アイテム種別:データクリスタル


使用可能クラス制限:GM以上の権限者


アイテム効能:サーバ管理仕様規約第25条に記載 対となる光を集めよ。


S/N 0156817A


────────────────────────────────



「え、何これGM用のデータクリスタルなの? キー・オブ・ザ・ディメンジョンだって」


 ルカが目を丸くしていると、ノアトゥンが言葉を継いできた。


「...ここでこれを手に入れた事を、今なら彼らも知らないはずです。そのクリスタルはお嬢さんが大事に持っていてください」


「彼らって、誰の事?」


「お嬢さんもどこかで聞いた事があるんじゃありませんか?クリッチュガウ委員会という者達の存在を」


「それ、リッチクイーンが言ってた....まさかノア、誰だか知ってるの?」


「ノアトゥン、まさかとは思うが貴様....そのクリッチュガウ委員会の手の者か?」


 アインズはノアトゥンの襟首を掴み問いただしたが、ノアトゥンは慌てて返答した


「お待ちくださいゴウン殿! 今詳しいお話は出来ませんが、どうか私を信じて、そのクリスタルはお嬢さんが大切に保管しておいてください。それを手に入れた今、お嬢さんにもゴウン殿にも、いずれ全てをお話する機会が必ず来ます!」


「わ、分かったよ、そこまで言うなら。私が持っていればいいのね? アインズ、やめてあげて」


「...フン、いちいち気に食わん奴だ」


 アインズは掴んでいた襟首から手を離した。ルカは中空に手を伸ばし、キー・オブ・ザ・ディメンジョンをアイテムストレージに収める。ノアトゥンは服を正し、ホッと胸を撫でおろして顔を上げた。


「さあ、もう敵はいません。お二人共モノリスを確認しに行きましょう」


「そうだね、ほらアインズ行こう?」


 ルカはアインズの右腕に寄りかかり、体を寄せた。アインズが自分の事でノアトゥンに怒ってくれた事に対し、ルカは嬉しさと愛おしさを感じていた。


「言われんでも分かっている。アインザック組合長をここに呼ぶか?」


「そうだね、解読してもらわないと」


 ルカが魔法を唱えようとしたが、後ろから静止の声がかかった。


「待たれよ!ルカ・ブレイズ大使」


 それに気付いて後ろを振り向くと、そこには最高神官長と漆黒聖典達が立ち並んでいた。


「貴方達だけならいざ知らず、この宝物殿に他者を呼ぶ行為は控えていただきたい」


「え?でも、エノク語を解読できる人がいないといけないし...」


「ご心配には及ばぬ。不肖この私も最高神官長を頂く身。古代エノク語には誰よりも精通しておる。この私めが解読してさしあげよう」


 それを聞いて、アインズが最高神官長の前に立った。


「言っておくが最高神官長殿。間違いは許されんぞ、分かっているか?」


「ご安心召されよゴウン魔導王閣下。嘘偽りは一切申しませぬゆえ」


「....分かった、よろしく頼むぞ」


 そして一同はモノリスの前に移動し、書き連ねられた光り輝くエノク文字を見上げた。


────────────────────────────



 このホストアプリケーションをアップロードすれば基本的にはその時代にユグドラシルサーバを設置できるが、これにもセブンの審査があり、その時代で最速のCPUでユグドラシルが問題なく走り、尚かつその時代における最大容量のメモリとバスクロックを搭載したサーバであることが条件となる。ここまでの全ての審査はセブンが一括して行い、その時代で繋がる全てのネット情報等もセブンが閲覧した上で審査され、その時代に置ける最高速のサーバと認定されれば、晴れてその時代に新規のユグドラシルサーバを運営する権限が与えられる。


 そしてこれも余談になるが、メフィウスにより管理されたAIは、イニシャライズされた電脳にダウンロードする事が可能である。また同様に、プレイヤーの意識もイニシャライズ・もしくは本人の物である電脳にダウンロードする事も可能なようにメフィウスをカスタマイズしておいた。この仕様によっていわば、”時代の途中下車”が可能となる。但し、ダウンロード先のロケーションをトレースしたデータクリスタルを、サーバの外部から持ち込まなければいけない事を付け加えておこう。この先のさらなる技術の進歩に期待しつつ、私は眠りにつくとしよう。この碑文を見た諸君の健闘を祈る。そして願わくば、新たなるサーバが未来に構築され、ユグドラシルの世界がより広大になる事を望む。


───2246年 10月4日 グレン・アルフォンス

ユグドラシルを愛する全てのプレイヤー達へ



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「以上が碑文の全内容だ、ゴウン魔導王閣下」


「ふむ。ルカ、どう思う?」


 アインズは隣でメモ帳に速記していたルカに目をやった。


「...遂に欠けていた最後の文末が手に入ったよ。詳しくは組み合わせてみないと分からないけど、これでほぼ全てが繋がった。恐らく今まで見てきたモノリスの全文が手に入ったと思うよ」


「そうか、それは素晴らしいな。最高神官長、翻訳感謝する」


「何、この程度は造作もない事」


「それではナザリックに戻り、早速その作業に取りかかるとしよう。最高神官長、戦いによって宝物殿を荒らしてしまい済まなかったな」


「問題ない。この程度すぐに修復させてみせよう」


「うむ。ルカ、モノリスの転移門ゲートが開いているが、確認しないでも良いのか?」


「あ、そうだったね。今見てくるから少し待ってて」


 ルカは転移門ゲートの中に入ったが、そこには今まで通り万魔殿パンデモニウムの赤茶けた荒野が広がっているのみだった。何もないと思い後ろを振り返った瞬間、ルカは凍り付いた。


 そこには、身長170センチ程の石でできた立像が建っていた。それは女性を象っており、一面六臂の異形な仏像らしきものだった。そう、サーラ・ユガ・アロリキャと瓜二つの石像だったのである。まるで生きているかのようなその石像に懐かしさを覚え、ルカは自然と笑顔になっていた。その石像の頬を撫で、ルカはそっと石像を抱き締めた。すると胸元から(チャリン)と、何かに当たった音がした。それに気付いて体を離すと、石像の首に何かのネックレスがかけられている事に気が付いた。


 よく見るとそれは翡翠でできた数珠のネックレスであった。ルカが手を触れると、淡く光を帯びている。ルカはそっとそのネックレスを石像から外し、魔法を詠唱した。


上位道具鑑定オールアプレイザルマジックアイテム



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アイテム名: 運命の環サークルズ・オブ・デスティニー


使用可能クラス制限:サーラ・ユガ・アロリキャ


アイテム所持制限:イビルエッジ


アイテム概要: 真に選ばれし者 ルカ・ブレイズよ。このネックレスを我が子の元へ....

        

        グレン・アルフォンス



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 その導かれるような文章を脳内で読み、ルカはネックレスを両手で握りしめ、涙を流した。これはグレン・アルフォンスから自分へと向けられたメッセージだ。そう確信し、ルカは再び石像を見た。するとその石像が一瞬で砂と化し、崩れ去ってしまった。


 フォールスに会いたい。あの笑顔がまた見たい。ルカは強くそう思いながら、運命の環サークルズ・オブ・デスティニーを握りしめ、転移門ゲートを潜った。


 するとモノリスの正面にアインズが待ち構えていた。ルカはそのまま無言でアインズの懐に顔を埋め、抱き締めた。


「どうしたルカ?遅いので心配したぞ」


「...フォールスがいたの。それとグレン・アルフォンスが、これを私にって」


「何だそれは、数珠か?」


「うん。これをフォールスに届けてあげなくちゃいけないんだ」


「見せてみろ」


「はい。でも多分アインズじゃ持てないと思うよ。アイテムの所持制限があるから」


 ルカが差し出したネックレスにアインズが手を触れようとした時、(バチ!)と電撃が走りアインズの手を弾いた。


「な、何だこのネックレスは?!所持制限なぞ初めて聞いたぞ」


「私もよく分からないけど、鑑定だけならできると思う」


「そうか。上位道具鑑定オールアプレイザルマジックアイテム


 アインズは手だけをネックレスにかざして魔法を詠唱した。そしてその内容が分かると、溜め息をついて大きく頷いた。


「なるほど。グレン・アルフォンスは正式にお前を指名したという事になる訳か」


「そうみたい。こんなフラグが立ったって事は、どこからか私達を見てるのかもね」


「モノリスの文章に電脳化処置が施されているらしき一節があった。生きていても不思議ではないな」


「とにかく、このネックレスは私が持っていくね」


「ああ、そうするといい」


 ルカは中空に手を伸ばし、ネックレスをアイテムストレージに収めた。そしてルカはモノリスに手を触れて、魔法を詠唱した。


上位封印破壊グレーターブレイクシール


(パキィン!)という音と共に、石板上の文字から光が失われた。ノアトゥンはそれを見て、ルカに話しかけた。


「お嬢さん、よろしければ、今まで集めたモノリスの解読を私にも手伝わせてもらえませんか?きっとお役に立てるかと思います」


「うーん、その点はアインズに聞いて。私だけじゃ決められないから」


「分かりました。ゴウン殿、いかがでしょう?私も世界各地のモノリスを見て回り、収集してきました。それと照らし合わせれば、解析も早く進むかと思われます。ご許可いただけませんでしょうか?」


「フン、怪しいものだな。我々は今全てのモノリスに書かれた文章を揃えたのだ。その証拠に、ルカは特別なアイテムを手に入れた。情報だけを持ち去るつもりではないと、お前に言い切れるのか?」


「断言します。そのようなつもりは決してありません」


「...ならば誓え。俺とルカには決して嘘を付かないと。それが誓えなければ、俺はお前を殺す」


「誓いましょう。そしてゴウン殿が手を下すまでもありません。もしその時が来たら、私自らの手で命を絶ちます」


「ほう?大きく出たな。もう後には引けんぞ?」


「元よりその覚悟です」


 アインズは右手を顎に添えてしばし考えた後に、返事を返した。


「....いいだろう、解読の補助を許可する。貴国との情報共有は重要だからな、その一環と見なそう。それでいいなルカ?」


「もちろん問題ないよ」


「よろしい。では最高神官長、モノリスを見せてくれたことを深く感謝する」


「私も貴方達魔導国の想像を絶する力を目に出来た事を、そして貴国が我が国と同盟を締結してくれることを、ここに深く感謝する。先ほどの戦闘でお疲れだろう、ささやかながら宴の準備が整っている。休んでいかれてはいかがかな?」


「そうだな、では少しだけお言葉に甘えるとしよう。私はアンデッドなので食事はしないが、エーテル酒は用意してあるか?」


「ご心配召されるなゴウン魔導王閣下。我らが崇める六大神の一人、スルシャーナも伝承ではアンデッドだったという記載がある。その特性は誰よりも承知しているのでな」


「フフ、そうか。それは楽しみだな」


 そして一行が地上の大聖堂に戻ると、先ほど置かれていた長机が取り払われて円卓がズラリと置かれ、宴の準備が整っていた。アインズとルカ、それに階層守護者達は皆最前列の貴賓席に座り、豪華な料理と共に宴席を楽しんだ。最初はアインズを恐れていた周辺の貴族達も、最高神官長の言ったスルシャーナの再来という言葉を聞いて懐疑心が解け、終始和やかな雰囲気の中進んでいった。アインズが高官達との情報交換を行う中、ルカはグラスを持って席を立ち、2階のバルコニーに上がってこの3日間で起きた事を一人振り返っていた。


「何か、短いようで長い三日間だった、な」


 そうルカは独り言ち、涼しい夜風が吹く中グラスを揺らしていたが、突如背後から声がかかった。


「お嬢さん、宴は楽しめませんか?」


 振り返ると、そこにはノアトゥンが笑顔でグラスを片手に持ち立っていた。


「ううん、そういう訳じゃないんだけど。何か色々あったし考えちゃって」


「それはやはり、モノリス....の事ですか?」


「うん.....」


 ルカは窓際に寄りかかり、エーテル酒の入ったグラスを仰いだ。その向かいの窓にノアトゥンも寄りかかると、夜風が彼の美しい銀髪をなびかせていく。


「私達が最初に会った時の事を覚えていますか?」


「フフ、カルネ村で占い師をしてた時?」


「ええ。実はあれ以前から、私は既にモノリスの探索に乗り出していたんです」


「そうだったんだ。てっきり待ち伏せしてたのかと思ったよ」


「あの時は全くの偶然でした。占いをしながら情報を集めようと思っていたのですが、そこへ突如、貴方達イビルエッジの3人が私の前に現れた事で、状況は一変しました」


「分かってたんだね?プレイヤーだって事」


「はい。正直に言うとあの時からモノリスの探索を中断して、そこから貴方達の足取りを追い始めたんです」


「どうりで行く先々よく会うと思ったよ」


「申し訳ありません。しかし貴方達の後をつけてみると、例外なくモノリスに行き当たる。私がカルネ村で言った事、覚えていますか?」


「えーと確か、観音力?があるとか言ってたね」


「そうです。まるで導かれるように貴方達はモノリスへの道へと至っていた。そこに私は、見えない運命の力、観音力をあなたの中に感じたのです。そして鬼人力とは、他でもないゴウン殿の事。私の目は間違ってはいなかった」


「ノアの占いは確かによく当たるもんね」


「恐縮です。カルネ村で会う以前から、このスレイン法国地下にある宝物殿にモノリスが出現していた事は知っていました。そしてその文章を解読した結果から、このスレイン法国が最終地点になる事は予想がつきましたので、この国で貴方達が来るのをお待ちしていた、という訳です」


「ノアは、モノリスがどうして出現したか理由を知ってるの?」


「AI制御プログラムであるメフィウスがオートジェネレートしているという所までは分かっていますが、肝心なところでは確証に至っていません」


「そっか。まあそれも途切れ途切れの文章を構成すれば、だんだん見えてくるんじゃないかな?」


「そうですね。解読作業、共にがんばりましょう」


「よろしくね、ノア」


 二人は(キン!)と持っていたグラスをぶつけ、乾杯した。するとそこへ、バルコニーへの階段をトタトタと上ってきたマーレが声をかけてきた。


「るる、ルカ様ー!アインズ様がそろそろ出ようとお呼びです....」


「分かった、ありがとうマーレ。美味しいもの沢山食べた?」


「は、はい!もうお腹いっぱいです」


「良かったわね。ほら、こっちのノアお兄さんにも挨拶して?」


「まま、マーレ・ベロ・フィオーレです!ノアさん、よろしくお願いします!」


「やあ、君か。さっきの超位魔法見ましたよ、見かけは可愛いのに物凄い力を秘めていますね」


「あのえとその、あ、ありがとうございます!ノアさんの戦いも前に見ました、すす凄かったです!」


「フフ、ありがとうマーレ」


 赤面するマーレをルカは抱きかかえると、ホッペにキスをした。


「さ、二人共行こう。アインズを待たせると悪いし」


「ええ、行きましょう」


───大聖堂 正門前 21:59 PM


 宴もたけなわとなり、六人の神官長と漆黒聖典が見送る中、アインズは別れ際に最高神官長と固く握手を交わした。


「それではヴァーハイデン最高神官長、またお会いしよう」


「次に会う時を楽しみにしている、ゴウン魔導王閣下」


 アインズが馬車に乗り込むと、ノアトゥンが最高神官長に頭を下げた。


「では神官長、行って参ります。留守中よろしくお願いします」


「隠密席次、くれぐれも気を付けてな」


「はい。最高神官長もお元気で」


 ノアトゥンも馬車に乗り込み、ルカも後に続こうとした時唐突に呼び止められた。


「ルカ・ブレイズ大使、待ちなさい!」


「? どうかなさいましたか?」


「いや、その、何だ。入国時には大変な非礼を働いた。どうか許してほしい」


「疑うのは当然です、最高神官長。お気遣いなく」


「その詫びも兼ねて、餞別だ。これを持っていってくれ」


 最高神官長は懐から小さな手鏡を取り出した。


「それは?」


「私が肌身離さず持ち歩いているもので、ミラー・オブ・サンクチュアリという神器だ。強力な魔除けの効果と共に、どのような即死魔法も一度だけ防ぐという代物だ。装備せずとも、持っているだけで効果がある」


「そんな...よろしいのですか?そのように貴重な物をいただいて」


「私はそなたの美しくも鬼神の如き戦いぶりを目の当たりにした。持っていけ、このアイテムは戦い続けるそなたにこそ相応しい」


「...光栄です、最高神官長。ではありがたく頂戴します」


「うむ。...魔導国とそなたに、六大神の加護があらんことを」


 ルカはアイテムを腰のベルトパックに収めると、最高神官長と握手を交わし、馬車に乗り込んだ。ルカが微笑んでいるのを見て、一緒に乗り合わせているアインズは首を傾げた。


「どうしたルカ?随分と嬉しそうじゃないか」


「へへー、最高神官長からプレゼントもらっちゃった」


「フッ。そうか、良かったな」


「うん。根は優しい人だったね」


 馬車が走り出し、スレイン法国の北正門へと向かっている中窓の外を見ると、デスナイトと並走して騎乗した漆黒聖典達数十名が護衛についてくれていた。それを見つめているルカに、ノアトゥンが声をかけた。


「このような光景、スレイン法国にとっては奇跡のようなものですよ。あなた達がこの国を変えたんです、ゴウン殿、お嬢さん」


「フン、他愛のない事だ。人は変わるさ、いつだってな」


「おっ、いつになく詩人だねアインズ?」


「茶化すな、俺はマジで言ってるんだ」


「でもまあ、そうだね。同盟を組んだからには、この国の人たちも守ってあげなくちゃね」


「感謝しますよ、ゴウン殿」


「お前に感謝されても嬉しくも何ともない。伝言メッセージ、シャルティア、帰還用の転移門ゲートをナザリックに向けて開け」


『了解でありんす』


「あー、肩凝った。さっさと帰るぞ!やる事が山積みだ」


「無理しないでねアインズ、少し休んだ方がいいかもよ?」


「そういう訳にも行かないだろう。余計なのも一人増えた事だしな」


「まあそう言わずにゴウン殿、同盟国じゃないですか。私も精いっぱい頑張りますから」


「フン、期待せずに待ってやるとしよう」


 そうこう話をしている内にスレイン法国北正門に到着し、町の外に控えていた1万のアンデッドの軍勢と共に、アインズ達の乗る馬車は、シャルティアの開いた巨大な転移門ゲートの中に消えて行った。





───────────────────────────



■魔法解説



盲目(ブラインドネス)


対象に30秒間盲目の効果を与え、合わせてディフェンスを-70%まで引き下げる効果を持つ。射程120ユニットから撃てるため、追撃の際にも使用出来る優秀なデバフ属性魔法



影の感触(シャドウタッチ)


対象の敵を9秒間麻痺させる魔法。120ユニットという長距離から撃てる為、逃げる敵に追撃を加える際にも使う。また敵の魔法詠唱中に放てば相手の魔法がキャンセルされる為、敵に取っては非常に脅威度の高い魔法



治癒力の強化(テンドワウンズ)


戦闘中のHP自然回復速度を150%まで引き上げる魔法



深眠(インスリープ)


対象を3時間以上の睡眠へと強制的にいざなう魔法。戦闘時に使われる事は少なく、主に医療現場等で患者の体力回復目的に多用されている。魔法効果範囲拡大での広範囲使用が可能



敗北の接吻(キスオブザディフィート)


ヴァンパイア専用の精神系範囲魔法。これを受けた者は術者の下僕と化し、意識を乗っ取られ操り人形となる。また副次作用として半吸血鬼化の呪詛を受け、特性もまたヴァンパイアと同等の物理耐性と弱点を持つに至る。これを解除する為には闇の追放(バニッシュザダークネス)等の高位呪詛解呪魔法か、それに類する呪文でのディスペルが必要となる。



聖なる献火台(イクリプストーチ)


神官(クレリック)が使用できる祭祀用の封印解除魔法。悪魔やアンデッドを近寄らせない効果もある



聖遺物の召喚 (コーリングオブレリクス)


天界より聖遺物を召喚し、アンデッド・ヴァンパイア等の不浄な生物を広範囲に渡り断罪・浄化するウォー・クレリック専用魔法。ワイデンマジックでの効果範囲拡大が可能。召喚できる型式(タイプ)は3種類あり、その内訳は以下の3つとなる。


・聖杯(ホーリーグレイル)→強力な破邪の効果を持つ聖水の雨と神聖属性の灰を300ユニットに渡り降らせ、それを浴びた不浄生物(NPC)のヘイトを鎮める。またその中で呪詛によりアンデッド・ヴァンパイア化した者や、病気(ディジーズ)系のバッドステータスを受けた者も広範囲に渡り解呪する。30分間のDoT効果がある為、新たにポップ(出現)したモンスターにも効果がある


・聖槍(ロンギヌス)→アンデッド・ヴァンパイアに対し即死効果を持つ神聖属性の鏃型光弾を頭上から降らせ、300ユニットの広範囲に渡り殲滅する。尚即死効果はLv80以下だが、即死に抵抗した不浄生物にも強力な神聖属性のダメージを与える


・聖櫃(ホーリーアーク)→天界より失われた聖櫃(アーク)を召喚し、神聖属性のAoEDoTにより、その周囲にいる不浄生物を灰も残さず殲滅する。オブリピオンクラスの高レベルヴァンパイア及びアンデッドを狩る際に必須とされる魔法で、50ユニットと他の型式(タイプ)より範囲は小さいが、その分尋常ではない高火力を発揮する。



非難の連弾(デュエットオブザクリティシズム)


ウォー・クレリックが持つ数少ない神聖系攻撃魔法。アンデッドやヴァンパイアに対してのみ有効という縛りがあるが、その分非常に高火力となる



神聖なる非難(ホーリーセンジュアー)


クルセイダー専用の神聖系攻撃魔法。ウォー・クレリックの非難の連弾と異なり、アンデッド以外の種族にも有効なため、敵を選ばず使用が可能。鍛え上げれば非常に高火力となる



不滅の鉄拳(ダリウスフィスト)


クルセイダー専用の神聖範囲攻撃魔法。拳を地面に叩きつける事により、周囲50ユニットに渡り神聖属性の強力な光波を放つ



結合する正義の語り(ライテウスワードオブバインディング)


術者の周囲30ユニットに渡り敵の神聖耐性を40%下げ、その後に強力な神聖属性AoEを頭上から叩きつける範囲魔法



聖者の覇気(オーラオブセイント)


神聖属性単体攻撃に置ける最強魔法。その火力は超位魔法・聖人の怒り(セイント・ローンズ・アイル)一撃分に相当し、且つ魔法最強化によりその威力は更に上昇する



浄化炎(クレンジングフレイム)


炎属性DoT。テンプラーは物理攻撃・魔法攻撃が+50%追加上昇される祝福された熱意(ブレッスドジール)が使える為、その火力は極めて強力



重力の新星(グラビティノヴァ)


超重力のブラックホールを作り出し、敵の体を包む事でその体を1/10000まで圧縮し、大ダメージを与える魔法



心臓への杭打ち(ステイクトゥザハート)


クルセイダー専用魔法で、ヴァンパイアの物理フォーティチュードを無条件に破壊する呪文。高レベルのプレイヤー及びモンスターにも有効なため、ヴァンパイア種族に取っては天敵となる魔法



暴風の召喚(ストームコーリング)


世界級(ワールド)エネミー専用魔法。AoEDoT(Area of Effect Damage over Time=範囲型持続性魔法)の特性を持つ魔法で、周囲50ユニットに渡り雷属性の攻撃が発生し続ける。初撃のダメージは小さいが麻痺(スタン)の効果も併せ持つため、身動きが取れなくなることで長時間雷撃を受け続ければ、全滅の恐れもあるな大ダメージへと転化する。効果時間は2分間



聖人の怒号(セイントマローンズラス)


カースドナイト専用魔法。高火力の獄炎属性AoEを周囲50ユニットに渡り放射する



超位魔法・天王星の召喚(コーリング・オブ・ジ・ウラヌス)


異次元より絶対零度の小天体を召喚し、それを叩きつける事により広範囲に渡り相手に大ダメージを負わせる氷結系魔法。その後バッドステータス(氷結)により身動きを封じる効果も併せ持つ



超位魔法・持続する水霊の寒波(エンデュアウォーターズチル)


氷結系超位魔法。水の精霊王を召喚し、巨大な氷の塊を含む吹雪を起こして1分間に渡り相手に氷塊を叩きつける、超位魔法にも関わらず氷結属性DoTとしての特性を持つ



超位魔法・氷塊ノ地獄(フリージングヘル)


地面から巨大な氷山を発生させ、鋭い氷の山頂で敵を貫きつつ囲むと共に、最後大爆発を起こす氷結系超位魔法




■武技解説


血火炎の窒息(チョークオブザブラッドファイア)


対象に徒手空拳による10連撃を加え、被弾した者をPB(パワーブロック)効果により、10秒間スキルや魔法の使用を一切封じる事ができる



狼の冷笑(ウルフズラフ)


対象に徒手空拳による高速40連撃を加え、被弾した者に3秒間麻痺(スタン)効果を与える



血の斬撃(ブラッディースライス)


対象に超高速10連撃の物理属性と流血属性のダメージを与える。この流血は1分間続き、しかも攻撃者のINTが高ければ高い程流血ダメージが上がる為、この武技を食らった敵に取っては一撃で致命傷にも成りかねない危険な武技



虚無の破壊(クラック・ザ・ヴォイド)


ダガーによる10連撃と共に、闇属性Proc発生確率を90%にまで引き上げる為、強力な瞬間火力を持つ



霊妙の虐殺(スローターオブエーテリアル)


ダガーによる超高速20連撃を加えると共に、敵の防御力を-80%まで引き下げる効果を持つ。また武器属性付与・神聖(コンセクレートウェポン)等のProc発生確率を70%まで上昇させる事により、瞬間火力を高める効果も合わせ持つ



災害召喚の舞踏(ダンスオブディザスターコーリング)


戦鎌(ウォーサイズ)専用武技。舞うように高速で武器を振るう事で、無数のかまいたちを敵に飛ばし致命傷を与える技



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