第4話 降魔
アインズは夢を見ていた。それは想像を絶する甘美な悪夢。
そこには2つの精神が同居していた。一つはその絶望的な風景を見て美しいと感じる自分。そしてもう一つは、その風景を客観的に捉え慌てふためく自分だ。パニックと言い換えてもいい。漠然とした高揚感、漠然とした虚無感、そして漠然とした恐怖感。夢特有の浮遊感がそれを夢だとはっきり自覚させながら、そのあまりにもリアルな浮遊感故に、現実か非現実か判別不可能なギリギリの境界線に立たされる矛盾した感覚。
(助けてくれ)と願う自分。(ここから出してくれ)と願う自分。しかしそういう時に限ってその世界から脱出できない歯痒さ。その思いから、パニックに陥っている意識の方が強く働いているとようやく自覚するが、どう意識をコントロールしようとしても無駄だと理解するのに、さほど時間はかからなかった。
ただ、悲しみだけが積み重なるように連鎖していく。そしてそれが許容できなくなった時、ふとアインズは、骸骨である自分の目から涙が流れている事に気が付いた。制御不能な感情と現象がアインズを更に混乱させていく。しかしその時、遥か遠くから音が聴こえた気がした。この状態から脱出する為、祈るような気持ちでその音に耳を傾ける。
...柔らかい音...いや、それは声だった。全てを包み込むような抱擁感を湛えた美しい歌声。
一体どこから聴こえてくるのか、誰が歌っているのか。そんな事は今のアインズにとってはどうでもいい事だった。それが例えセイレーンのような悪魔の歌声だったとしても。ただ、救ってほしい、救われたいという気持ちがオーバーフローを起こし、その歌声に意識を集中する。
そして天女の如き声が徐々に近づき、アインズはその言葉が判別できるほどにまで接近した事で、その歌の意図を把握し、水平線に向かって手を伸ばした。彼女は、アインズを元の世界へ引き戻そうとしているのだと解釈したからだ。そのゆったりと流れるような歌はまるで子守歌のようでもあり、賛美歌のようでもあり、葬送曲のようでもあった。
──────────────────────────────
...Say nefarious.....
───────────────────────────────
歌の旋律が何度もリフレインし、繰り返し歌っているこの女性は一体何を訴えたいのだろうか。この非現実的な世界の中で、アインズにとってただ一つ信じられる歌声。それを思い、脳裏にたった一人だけ、その美しい女性の笑顔が浮かんだ。アインズは目を閉じ、その女性に向かって意識を飛ばす。すると視界の中心にまばゆい光が見えてきた。そして─────
目が覚めると、アインズは執務室にある椅子の上にいた。次に行う動作は決まっている。自分の頬に涙が伝ってないかを咄嗟に確認したが、当然湿り気一つもなかった。自分は睡眠を取っていた───(睡眠?!) と驚いて周囲を見渡すと、右隣にはアルベドが相変わらず美しい姿で佇んでいる。そして左肩に重みを感じ、ふと顔を向けると、そこには予備の椅子に座るルカの優しい微笑みがアインズを照らした。彼女は眠っていたアインズの左肩に手を添えて、(トン、トン)と一定のリズムで叩いている。何が起きているのか分からず、アインズはアルベドとルカの双方を見やりながら質問した。
「ふ、二人とも! 今私は、一体どうしてた?」
「はい、アインズ様は椅子の上でうたた寝をしておりました」
「フフ。珍しいよね、アンデッドが寝ちゃうなんて。起こすのも何だから、子守歌を歌ってあげてたのよ」
「...歌だと?それでは夢の中で聴こえてきたあの歌は、ルカ、お前が....」
そう言われてルカは深呼吸するように息を吸い込む。
「....Stay nefarious, treat or breeding. ってね。夢の中で聴こえてたんだ?」
それは間違いなく、あの空の下へ響いてきた歌声に相違なかった。涙は流れないが、アインズは目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じ、椅子越しにルカを抱き寄せた。
「....ルカ。ありがとう、助かった。あれはやはりお前だったのだな」
「ちょ、ちょっとアインズ?助かったって、そんなひどい悪夢を見てたの?」
「ああ。お前の声がなければ、一生脱出できないと思わせるようなひどい夢だった」
「そこまで言うなんて...それはどんな夢だったの?」
ルカは抱き着くアインズの両脇をそっと支えて体を離し、アインズと正面から向き合った。
「あれは....惑星の崩壊とでも呼ぶべき光景だった。それを地球からかプロキシマbかは分からんが、そこにある浜辺で、崩壊していく空を俺一人が眺めているという夢だったんだ」
アインズはテーブルに目を落とし、あの時の気分を払拭しようと首を横に振る。
「...なるほど。ここんとこモノリスの発見も相次いだし、ブラックホールとかそういった内容が夢に反映されたんじゃないかな。大丈夫、気にしないでいいよ。地球にしろプロキシマbにしろ、星の寿命はまだ数億年先と見られてるからね。私のような科学的見地からの意見なら、信じられるでしょ?」
「そ、そうか。科学者のお前がそういうのなら、それを信じるべきだな。ありがとう、少し落ち着いてきた」
「うん。それよりも、私としてはアインズが睡眠に入った事が気がかりではあるけどね」
「そうですね。アインズ様のお傍には常に控えさせてもらっていますが、今日のように深い眠りに入るのは私も初めて見ました」
アルベドもルカの意見に同意する。それを聞いてアインズは誤魔化すように取り繕った。
「ま、まあ今度プロキシマbへ戻った時にでも検査してもらえればそれでいいさ。それよりもルカ、お前が歌ったあの美しい歌は一体何なのだ? 良ければ教えてほしいのだが」
アインズは何の疑いも無く正面から問いただしてきたが、ルカはそれを見て赤面する。
「う、美しいだなんてそんな、照れちゃうな...。でもありがとう。あの歌はね、私の国に伝わるとても古い子守歌なのよ。元の歌詞はゲール語で歌われてるから、そこへ適当な歌詞を当て込んで歌ってみただけ。これ結構暗い歌だけど、そんなに気に入った?」
「ああ。毎日でも聞きたいほどにな」
「じゃあ、アルベドのお許しが出たら毎晩歌ってあげる」
それを聞いてアルベドの目が吊り上がった。
「ルカ。あなたといえども、毎晩というのは聞き捨てなりませんね。それならルカが私に先ほど歌っていた歌を教えてくださいまし。私が代わりに歌って差し上げますわ」
「もちろんいいよアルベド。きれいな君が歌う姿を想像するだけでゾクゾクしてくるよ。今度教えてあげるね」
「...意外とあっさり引きましたね。冗談です、私は歌は不得手なので、ルカにお任せしますわ」
「そっか、残念。でもそんなに毎回深い睡眠に入る訳でもないだろうし、たまになら歌ってあげるよアインズ」
「ああ、是非頼む。...さてと、デミウルゴスと今後の作戦を練らねばな」
「アーグランド評議国へ向けての?」
「うむ」
「それなら、私とミキ・ライルは少し外出してきてもいいかな? 戻ってきたことを伝えたい人達もいるから、挨拶してこなくちゃ」
「構わんぞ。あまり遅くならないようにな」
「ありがとう。それじゃ行ってくるね」
ルカは椅子から立ち上がると、部屋を後にした。
───バハルス帝国 帝都アーウィンタール 帝城内 執務室 14:53 PM
「...それで?魔導王陛下が竜王国に乗り込んだのは分かった。その後はどうなったのだ?」
「はい、アンデッド軍団約一万五千を率いて、ビーストマン軍を制圧したとの事。そして魔導王自らがビーストマンの居城に乗り込んだという所までは把握できていますが、その後はビーストマン達が街から突如一斉に姿を消したと報告が入っております。後に残された街には魔導国の国旗が翻り、新たな街を建設中との事です。魔導王陛下のその後の足取りも分かっておりません」
「全く...王国からエ・ランテルを強奪するだけでは飽き足らず、我が帝国まで手中に収めたというのに、大陸の東側全土でも掌握するつもりなのか魔導王陛下は?一体何がしたいんだ彼は?」
「さあ...私にもそこまでは分かりかねます」
「...分かった、報告ご苦労。引き続き魔導国の動向を探るよう動いてくれ」
「畏まりました、皇帝陛下」
帝国秘書官ロウネ・ヴァミリネンは恭しく頭を下げて執務室を出ていくと、帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは手にしたペンを放り投げ、机の上に突っ伏した。そして脱力し、一人物思いに耽る。
(...戦力増強という意味合いなら、我が帝国を既に手に入れているのだから、竜王国を手中にしたところで何のメリットもないはずだ。あの国の戦力などたかが知れている。そもそも竜王国は対ビーストマンとの戦争に置いて、法国と冒険者の戦力に依存していたではないか。それを何故魔導国が傭兵稼業よろしく肩代わりする?最初からビーストマンの国家が狙いだったとでも言うのか?それならまだ納得が行くが、よもやまさか、あの若作り婆ぁにたぶらかされたわけでもあるまいし、そもそもアインズに色仕掛けが通じない事は承知している...)
そして机に突っ伏したジルクニフの額には、徐々に青筋が浮かんでくる。机からガバッと起き上がり、そして頭を掻きむしると、机の上に金色の髪の毛がハラハラと抜け落ちていく。それを見て怒りに打ち震え、隣の居室にも轟くような大声で彼は絶叫した。
「くそ!!一体何を考えているんだあのアンデッドは?!やることなす事いちいち意味が分からん!竜王国を救って魔導国に一体どんなメリットがあるというのだ!!」
ようやく魔導国も落ち着いてきたと思っていた矢先の出来事に、ジルクニフのストレスは一気に爆発した。そして絶叫した後には、ただひたすら虚しさが込み上げてくる。
「...何故このような事になってしまったのだろうか...」
力という点に置いても、智者という観点から見ても理不尽極まりない怪物、アインズ・ウール・ゴウン。脱力したジルクニフは椅子の背もたれにドッと体を預けて、高い天井に備え付けられたシャンデリアを仰いだ。両手をダランと下げて口を半開きにしたその顔は、とても一国を預かる皇帝の姿とは程遠く、その整った外見とのギャップが、より一層だらしなさを際立たせていた。
そこへ突然、喉元に氷でも当てられたかの如くひんやりと冷たい感覚が襲った。それに驚いたジルクニフは咄嗟に体を起こそうとするが、見えない何かがジルクニフの顎と口を強力に押さえつけて固定し、一切の身動きが取れなくなってしまった。(ま、まさか、刺客か?!)と焦るジルクニフの視線の先に、
「全く、相変わらず隙だらけだね君は....」
全身漆黒のレザーアーマーに黒いマントとフードを被ったその影は、ジルクニフの喉元にロングダガーの腹を当てていた。そして武器を喉元からどけて顎を固定していた力を抜くと、その影は被っていたフードを下げて顔を露わにした。ジルクニフは咄嗟に体を起こして振り返り、何者なのかを確認する。
「...ル、ルカ・ブレイズ...か?」
「久しぶりジル。元気にしてた?」
皇帝はその姿を見て呆気に取られていた。昔と寸分違わぬ姿に思わず息を飲み、執務室中央にあるソファに腰かけるルカの一挙手一投足を追っていた。(キン!)と抜いていたロングダガーを納刀すると、ルカは怪訝そうな顔をジルクニフに向ける。
「...何ジロジロ見てるの?君もこっちおいで。別に殺しに来たわけじゃないんだから」
「あ、ああ、分かった」
ジルクニフは恐る恐る向かいのソファーに腰かけた。ありとあらゆる魔法に対する結界を張ってあるこの帝城内に、一体どうやって侵入したのかを知りたかったが、それよりも重要な事を先に聞いておくべきだと考えを改めた。冷静さを取り戻す為には、まずそれを先に聞かねばならない。
「ルカ・ブレイズ。一体ここへ何をしに来たんだ?」
「何って、君の顔を見に来たんじゃない。同じ魔導国の仲間だって言うからさ」
「魔導国の仲間だと?!という事は、お前も...」
「そうよ。あたしも魔導国の大使になったから、一言知らせておこうと思ってね。今後何かあった時に君の力を借りる事になるかもしれないし」
「な、何という事だ...よりによってお前があの国の大使に着くとは」
「何よ、それが盟主国の大使相手に言う言葉?」
「ああいや...済まない。まだ少し気が動転していてな」
「フフ、冗談よ。大きくなったねジル。今じゃ鮮血帝なんて呼ばれてるみたいだけど、私もそれに一枚噛んでるからね。文句言える筋合いもないか」
「お、おいルカ、くれぐれもその事は...」
「分かってるって、誰にも言わないよ」
「そうか、ならいいんだ」
ようやく落ち着きを取り戻したジルクニフは、改めてルカを見据えた。過去自分を暗殺しに来た女が一転、自分に力を貸してくれる事になろうとは世にも思わなかったあの時代。それを思い返し、ジルクニフは大きく深呼吸をした。
「さっきから話を聞いてたけど、アインズが竜王国に出向いたのがそんなに不思議?」
「さっきからって...ここでの話を全て聞いていたのか?」
「そうだよ。だって誰も気づかないんだもん。まあ当然だけど」
「...なら隠し立てしてもしょうがない。実際の所はどうなんだ?」
「そうね。あまり詳しくは教えられないけど、簡単に言えば他の国に渡りを付けるためだよ」
「それは他国へ侵略するという事か?」
「その可能性もあるけど、主に友好条約を結べればそれでいいってとこかな。多分ね」
「それならば、私にもできる事だったのではないか?他国との国交は竜王国以上に帝国の方が活発なはずだ」
「でも、帝国はもう魔導国の属国でしょ?属国が他国に向けて連名で親書を書いても、”命令されたから仕方なく書きました”みたいな印象がどうしても消えないし、インパクトにかけるよね」
「...確かにそうだな。要するにそこらへんが理由という訳か」
「そういうこと。まあ私の個人的な主観で言えば、ドラウディロン女王の人柄もあったから助けたってところもあるけどね。あの子可愛いし」
「...あの女の真の姿を知っていてそんな事が言えるのは、お前くらいだろうよ、ルカ」
「それって大人バージョンのドラウって事?この前見たけど、大人になっても綺麗なままだったよ」
「そうだな。まあ妙な詮索はよそう。ルカ、お前は昔と何ら変わらず美しいままなのだな。それに昔と比べてこう、女らしくなったというか、棘が消えたというか...」
「フフーン、惚れちゃだめよ?」
「そうだな、気を付けておくよ」
ソファーの背もたれに寄り掛かるルカの砕けた態度を見て謀殺の類ではないと察し、ジルクニフの表情にもようやく笑顔が戻ってきた。
「じゃあ私はそろそろ行くよ。思ったより元気そうで良かった」
「ああ。次に来る時は正式に来て欲しいものだな。そうすれば歓迎も出来よう」
「分かった。なるべくそうするよ」
ルカとジルクニフはソファーから立ち上がると、正面から向かい合った。そしてルカはジルクニフの体を優しく抱き寄せて、首元に顔を埋める。柔らかいシトラスフローラルな香りがルカを包み、ジルクニフもルカの背に手を回した。まるで過去共に戦った戦友同士のようにお互いの温もりを分かち合い、体を離すと同時にルカはジルクニフの左頬にキスをした。
「...あの時のちんちくりんなガキが、いい男になったじゃない。また今度来るからね」
「フフ、お前のドレス姿を一度見てみたいものだ、ルカ。待ってるぞ」
「ありがとう。───────」
ルカの左に暗黒の裂け目が出現し、その穴がゆっくりとルカの体を飲み込んでいく。そして穴が閉じると完全に気配が消え、執務室入口の扉が勝手に開き、(パタン)と閉まった。
───ロストウェブ内 虚空 ストーンヘンジ前 17:03 PM
ルカ・ミキ・ライルが到着すると、プラネタリウムにでもいるかの如く満天の星空と銀河が散りばめられていた。そして正面には、高さ20メートル程の遺跡外縁部が姿を見せる。淡く光る円形の巨大遺跡群は、まるで宙空に浮かぶ古代都市の様でもあり、星空と相まって幻想的な風景をルカ達に投影していた。
その中に足を踏み入れ、直径120メートル程の遺跡内部中心に光を放ちながら宙に浮かぶ存在を発見すると、ルカ達はそこに向かって歩を進めた。地面から1.5メートル程宙に浮き、昔と変わらない佇まいを見せる”彼女”の目の前に立つ。
一面六臂の華奢な姿は、さながら生きた阿修羅像を見ているようだった。黒い髪を肩まで伸ばし、肌は透き通るほど白く、切れ長の眉と目がその意思の固さを象徴しているようだった。その目は閉ざされているが、口元には薄っすらと微笑を讃えているようにも見える。クリーム色の長い袈裟を素肌に羽織り、腰に締めた革帯が彼女の膨よかな胸と腰のラインを強調し、より一層華奢な印象を与えていた。
ルカは宙に浮かぶ彼女の足にそっと手を触れた。
「ただいまフォールス。帰って来たよ」
するとフォールス───(サーラ・ユガ・アロリキャ)の目が開き、ゆっくりと地上へ降り立った。そしてルカの顏に手を触れると、感極まったのか涙が溢れ始めた。それを受けて、ルカはフォールスを抱きしめる。柔らかなフォールスの肌とお香のような香りがルカを包み込んだ。
「おお...ルカ...我が愛しい子等よ。 よくぞこの地へと戻ってきてくれましたね、それにミキ、ライル。あなた達が来るのを、今か今かと待ちわびていたのですよ」
「ありがとうフォールス。2年も待たせてごめんね」
「いいえ、良いのです。こうしてまた戻ってこれたという事は、この世界から自由にログイン・ログアウトできるようになったのですね?」
「ああ、イグニスとユーゴのおかげだよ。私もオートログインプログラムの設計に参加したし、以前よりも安定した状態でのログインが可能になったからね。今度こそ、いつでも来れるようになったんだよ」
「それは素晴らしい事です。ミキ、ライルもどうぞこちらに」
『ハッ!』
するとフォールスは六本の腕で2人を両肩に抱き寄せ、お互いに温もりを分かち合った。
「我が子等よ、またあなた達と会えたことを嬉しく思います。現実世界でもこちらの世界でも、どうかルカを守ってあげてくださいね」
「畏まりましてございます、我が第二の母よ」
「この身に代えましても、必ず」
ミキとライルはフォールスの肩口で目を閉じ、得も言えぬ抱擁感に身を委ねていた。そして3人はフォールスとの再会を喜び、しばし語り合った後、ルカがフォールスに質問した。
「そう言えばフォールス。このところ世界各地に、ガル・ガンチュアの神殿にあったものと同じようなモノリスが出現しているんだけど、何か心当たりはない?」
「ええ、その事なら存じています。あなた達が先日ログインしたその時からモニターしていましたので。実はその事もあってあなた達を待ちわびていたのです。よろしければあなた達が見たそのモノリスに刻まれた内容を、私にもお聞かせ願えませんか?」
「もちろん。ちょっと待ってね」
ルカは中空のアイテムストレージから茶色い表紙の手帳を取り出すと、トブの大森林でメモしたものと、
「フォールス、大丈夫?」
「...ああいえ、大丈夫です。今聞いた情報をコアプログラムのユガに問い合わせて照合していたのですが、残念ながら該当する情報は見当たりませんでした」
「と言う事は、エンバーミング社がサーバに介入してきたのか、或いは...」
「或いは、私の知覚外にあるコアプログラム、メフィウスの仕業に依るものなのか...今回の件に関してはイレギュラーな事態ですので、私にも詳細は分からないのです。ただ一つ言えることは...」
「何?」
「この一連のモノリスに記された碑文は、我が創造主グレン・アルフォンス様の秘密にあまりにも近づき過ぎている気がしてなりません。そのような重要事項を、エンバーミング社が果たして公開するでしょうか?」
「確かにね。そうなると新たに出現したモノリスは、メフィウスというコアプログラムが自動生成した、ある種のイベントである可能性が高い、か」
「はっきりと断言できる要素がなく、申し訳ありませんルカ」
「何言ってるの、フォールスが謝る事ないよ。まあこれは追々検証してみるしかないね」
「ええ...ですがルカ、実はこの虚空にも、モノリスが出現したのです」
「!!ほんとに?どこにあるの?」
「ええ、こちらです。私についてきてください」
するとフォールスの体がフワリと浮き上がり、遺跡北東へと進み始めた。ルカ達3人もその後に続く。そして遺跡外縁部から離れ、100メートルほど進んだ先が岬のようになっており、その断崖絶壁の手前に漆黒のモノリスが鎮座していた。そしてその文字は淡く光を放っており、モノリスの土台部分には空間が捻れたような
「これは...間違いないモノリスだ。しかも
「ええ。ここから不定期にモンスターが現れるので、その都度駆除していたのですが、一向に収まる気配もなく困り果てていたのです」
「さっき話した2つ目のモノリスも、ここと同じような状況だったよ。それならこの先に繋がっているのは、
それを聞いてフォールスが心配そうな顔を向けたその時、不意に
「状況・レイドボス!こいつはヘル・ギガースだ、弱点耐性は雷、毒の二つのみ。ミキ、後方から火力支援を頼む!!」
「了解、
巨大な雷が脳天から貫き、雷撃の副次作用である
「ライル、フォールスの直衛に付け、私が前に出る!隙があれば超位魔法準備、絶対に守り切れ!」
「了解!!」
ルカ達3人が戦闘態勢に入ったところを、フォールスが何故か前衛に進み出てきた。それを見てルカは彼女を制止する。
「フォールス、危ないから後ろに下がってて!こいつは私達が片を付ける!」
「...それには及びませんルカ。我が庭に土足で踏み入るような小者、私一人で十分です」
するとフォールスは3本の右手を、自分より十数倍も大きいヘル・ギガースに向けた。
「
「...うっわ!!」
ルカはその魔法の爆風と強烈な光に思わずその場を飛び退いた。それはさながら超極太の赤いレーザー光のように敵へ直進し、巨体のヘル・ギガースをたった一撃で塵も残さず消し飛ばしてしまったのだ。やがてその不可避のレーザー光が収束すると、フォールスはゆっくりと3本の手を降ろす。
「...すごいフォールス、レベル140台のレイドボスを一撃だなんて」
「フフ、お忘れですかルカ?私はこの世界で最強の存在。このくらい訳ありません」
「ま、まあとにかく無事で良かった。一応念のため、この
そういうとルカは目の前に開いた
「...フォールス?!
「試してみたのですが、うまく行きましたね。ルカ達の使用する通常の
「...驚いた。それは心強いね」
「敵の反応はどうですかルカ?」
「大丈夫、オールクリア。周囲2キロ圏内に敵の反応は無し」
後から続いてミキ・ライルも
「よし、じゃあこのモノリスを翻訳してもらわなくちゃ。プルトンを呼んでくるから、みんなここで少し待っててもらえるかな」
そしてルカは
『
『ルカか。こっちは今冒険者組合のトップが集まって会議の最中なのだ。またぞろモノリスを見つけたのか?』
『そう。今度は虚空にモノリスが出現したのよ』
『虚空にだと?!うーむ、今すぐにでも行きたい所なのだが、こちらはこちらで重要な会議なのだ。席を外せないから、先日渡した
『えー、来れないの?...分かった。じゃあ使わせてもらうね』
『ああ、気をつけてな』
ルカは元来た
「プルトン忙しいから来れないって。仕方ないから、プルトンからもらったこの眼鏡を使って翻訳してみよう」
ルカは中空に手を伸ばすと、木製のケースを取り出して銀縁の眼鏡(
────────────────────────────
────君達がこの碑文を読むとき、それが希望になるか絶望に変わるかは私にも分からない。ただ、私に起こった真実だけをありのままここに書き記そうと思う。それは、ユグドラシルに実装されたリフレクティングタイムリープ機能に関してだ。以下これをRTL機能と略す事にする。これを語るには、まずその歴史から綴っていかなければならない。
私は2120年、飛び級で進学した大学に在籍していたが、そこへある日身なりの良いスーツ姿の男が私の前に現れ、私の論文を見て感銘を受け、是非わが社へ入って欲しいという理由で私の元を訪れた。いわゆるヘッドハンティングだった。
契約書を見せられた私はその内容に驚愕した。私の提唱していた理論を実現するための施設や資金、その他ありとあらゆるバックアップを約束するものだったからだ。その会社の名は株式会社エンバーミング。一部の諸君らにはおなじみの名だろう。彼らは私の提唱するブラックホール理論に強い関心を持っていたようで、それを実証する為の粒子加速器を含む全ての施設を、期間無制限で提供するということだった。
私自身もその時は幼かったために、提示された莫大な契約金も含め、大学へ通いながらの出社という些少な願いを条件として入社する事になった。そこから私は自らの理論を実証する為に必要な粒子加速器の設計から、ベースプログラムの作成に2年を費やし、その翌年である2123年に、予定されていた粒子加速器の1号機が完成した。そしてすぐに実験は執り行われ、私の理論通り安定したマイクロブラックホールの生成に成功した我々は、粒子加速器1───仮にこう呼称する───にしか接続されていないローカルサーバを設置して、ベースプログラムを走らせた。
合わせて彼らがプロジェクト・ネビュラと呼称していた、軍と共同の極秘計画にも参加する事になった。その内容は、ある特定のDMMO-RPGに接続したプレイヤーの意識と肉体を拉致し、人間の五感をアクティブにした際の長期的な観察と共に、その人間の脳波をリアルタイムに圧縮し、未来から過去へ、過去から未来へと意識を飛ばす為の実験だった。しかしそれこそが私の提唱したブラックホール間に置ける五次元間通信の理論であり、私は他の研究者達の助力を借りてDMMORPG──ユグドラシルサーバ内のAI管理及びRTL機能を制御するためのコアプログラム、メフィウスとユガを完成させた。
────────────────────────────
ルカは声に出して音読しながら、自身のメモ帳にその内容を書き写していった。それを聞いていたフォールスがルカに質問する。
「ルカ、これはグレン・アルフォンス様が残したものに間違いないのですね?」
「断言はできないけど、この文頭にある”──君達がこの碑文を読むとき、それが希望になるか絶望に変わるかは私にも分からない。”という言い回し、ガル・ガンチュアで見たモノリスと同じ言い方だよね。それに恐らく、これが碑文の一番最初に来る文章だと思う。これを元に下へ続く文章を組み上げていけば、何が言いたいのか分かってくるかも知れない」
「ユグドラシルが発売されたのが2126年ですから、そこから更に6年前、つまりはグレン・アルフォンス様がエンバーミング社に入り、このRTL機能を構築するために、コアプログラムであるメフィウスとユガを完成させるまでの顛末を書いた文章のようですね」
「そしてそのRTL機能という概念自体が、ブラックホールを用いた5次元間通信であり、プロジェクト・ネビュラの根幹部分となっていたと断言している。そしてその実験を行う為、被験者の承諾も無しにプレイヤーを拉致し、その研究材料として使われたってことになるね」
「...何と恐ろしい。しかし先ほどお聞かせいただいた、トブの大森林と
「そうだね。それにしてもフォールスでも把握していなかったなんて、一体何なんだろうこの碑文は。私達に何が言いたいんだろう?」
「ルカ。今後新たなモノリスが発見された際は、是非私にもその内容を逐一お知らせください。私もこの件に関して独自に調べてみようと思いますので」
「了解、助かるよ。フォールスのネットワークから新たに発見があるかも知れないし、その時はよろしくね」
「ええ、こちらこそ」
「じゃあこの
「閉じることが可能なのですね?ええ、煩わしいので閉じてしまってください」
「了解。
(パキィン!)という音と共にエノク文字の光が消失し、土台部分に開いていた
「よし、この事をアインズ達にも知らせないといけないし、まだ挨拶に回る所もあるから、今日はこの辺で帰るね。今回はこっちの世界に長くいる事になるから、ちょくちょく顏出しに来るよ」
「ええ、いつでもいらしてください」
「OK、ありがとう。
ルカとフォールスはお互いに笑顔を向け合うと、3人は暗黒の穴へと消えて行った。
───カルネ村 正門前 18:22 PM
ルカ達は一度エ・ランテルへ移動した。そして故郷への凱旋という意味合いも込めて一度現実世界へと帰り、イグニスとユーゴをダークウェブユグドラシルへと呼び寄せた。2人が合流し、全員でカルネ村まで
門を前に控えた左右の草陰に、総勢約1200体もの敵反応を突如
『ミキ、イグニス、左翼を担当。AoEの使用を許可する。ライル、ユーゴは私と右翼の敵を掃討。いいか、瞬発力が勝負だ。敵が攻撃の素振りを見せたら即殲滅だ、いいな?』
『了解』
『各自次の指示を待て』
そこから1分ほど睨み合いが続いたが、一向に襲ってくる気配がない。それどころかゴブリン達は、この人数を相手にしても全く怯む様子がない5人を見て、周囲がざわつき始めた。その沈黙に耐えかねてか、赤い三角帽子をかぶり大鎌を持った一人のゴブリンがルカ達5人の前に歩み寄ってきた。そのゴブリンを見てルカは驚き、腰を屈めて目線を合わせる。
「君は...もしかしてレッドキャップかい?」
「...私の事をご存じで。なら話は早い。この村に用があるようでしたら、武装解除してもらいたいんですがね」
「それは断る。私達はただ、エンリとンフィーレアに会いに来ただけなんだから」
「それは困りましたね。私達の主人に会いたいのなら猶更です。残念ですがお引き取り願いましょうか」
「だから、エンリかンフィーレアをここに呼んでくれれば───」
と、押し問答をしていたその時、門の向こうから物凄いスピードでこちらに走ってくるゴブリン3名がやってきた。そしてルカの前に着くと、息を切らせながらルカ達に笑顔を向ける。そのゴブリンリーダーは昔カルネ村を訪れた時に見た顏だった。
「やあ、君か!久しぶりだね」
「ルカ姉さん!!ご無沙汰しております、また会えてうれしい限りですぜ。部下が大変失礼をしました、多めに見てやってください。...おいお前ら!この人達はエンリの姐さんの友人だ、通してやれ!」
「ハッ! エンリ将軍閣下のご友人とは知らず、大変失礼を致しました、それでは中へお入りください」
レッドキャップとゴブリンの軍団が門の前から下がると、そのゴブリンリーダーに連れられて村へと入り、エンリの家へと向かった。空が夕焼けに染まり始めており、人通りもまばらな大通りをしばらく歩くと、右に曲がってすぐの家屋をゴブリンリーダーがノックする。
「姐さん、エンリの姐さん!ジュゲムです」
「はーい」
明るい返事と共に扉が開き、中からエンリが姿を現した。そしてジュゲムの背後に立つ黒い影3人に目が行くと、ルカ達3人ははフードを下げて笑顔を向けた。
「ルカさん!それにミキさん、ライルさんも。みなさんよく来てくれました」
「2年ぶりだね。元気だったかいエンリ?」
「ええ、毎日忙しいですが、何とかやっていけています。...後ろにいるお二人はどなたですか?」
エンリはルカ達3人の隙間から後ろを覗いた。そしてミキとライルが左右に道を開けると、後ろで控えていた拘束具のような禍々しいレザーアーマーを装備する男と、赤紫の毒々しい
「うそ...イグニス? それにユーゴお兄ちゃん?!」
「ただいまエンリ。しばらく見ない内に随分と大人っぽくなったね」
「ようエンリ、元気してたか?」
「私は相変わらずよ。それより2人ともその顏!青白くてタトゥーなんて入れちゃって、まるでルカさんみたい...」
そう言われて二人は恥ずかしそうに頭を掻く。
「いやまあ、こっちも色々あってね。あまり気にしないでもらえると助かるよ」
「そ、そうよね!立ち話も何ですから、みなさん中へどうぞ」
そして皆がテーブルを囲んで席に着き、エンリと共に思い思いに談笑していた。
「ところでエンリ、村の正門にいたあの凄い数のゴブリンは一体どうしたの?私はてっきり、今度こそ村がゴブリンに占領されたかと思ってたのに」
「ああいえ、彼らなら心配いりません。以前アインズ様よりいただいた、残り一つしかない角笛を吹いた時、彼らが一斉に現れて私達を助けてくれたんです」
「そうだったのか。まあ敵じゃないなら安心したよ。ところでさっきからネムを見ないけど、どこにいるの?」
「ネムなら、向かいの家でンフィーレアとリィジーおばあちゃんの手伝いをしています」
「そっか。村長夫妻も元気でやってる?」
「あー、そうですよね。ルカさん達はまだ何も知らないんでしたよね...」
「ん? 何の話?」
「実は私、この村の村長になったんです。あと、ンフィーレアとも結婚しまして...」
「うっそ!すごいじゃない。さっき忙しいって言ってたのは、村長の仕事があるからなんだね。 それにおめでとうエンリ。お似合いのカップルだと思うよ」
「ありがとうございます。そうなんですよ、ゴブリンさん達のスケジュールも決めないといけないですし、村の管理も平行してやっているので、もう大変で大変で」
「大丈夫、エンリなら立派に務まるよ。今君が耳につけているイヤリングも、昔私がンフィーレアに渡したものなんだけど、そうか、彼が君に譲ったんだね。似合ってるよ」
エンリの耳に赤く輝くクリスタルのはめ込まれた、地獄の炎すらも無効化する
「まあ!そうだったんですね、ありがとうございます。それとルカさんの事も、アインズ様にお会いした時耳にしたんですよ。ずっと前からアインズ様と親しかったんですね、私それを聞いて驚いちゃって」
「まあ、彼と出会ったのはエンリの方が先だけどね。ともかくこの村が無事で良かった。ンフィーレアにも会いたいんだけど、行っても構わないかな?」
「もちろん!ンフィーも喜ぶと思います。相変わらず研究に没頭していると思いますけど、とりあえず行ってみましょう」
エンリとルカ達5人は向かいの家へと足を向けた。そしてノックすると勢いよく扉が開き、ネムが外に出てくる。
「お姉ちゃん!あ、それとずっと前に来た黒いお姉ちゃんも一緒だ!」
「やあネム、覚えていてくれてありがとう。元気にしてた?」
「うん、あたしは毎日元気だよ!」
「そっか、それは良かった」
ルカは笑顔で腰を屈めると、ネムを抱えて懐に抱き寄せた。
「久しぶりだねネム。中にンフィーレアはいるかい?」
「いるよ、おばあちゃんと一緒にジッケンしてるみたい」
「呼んでもらってもいい?」
「もちろん!おばあちゃん、ンフィーお兄ちゃん、お客さんだよー!」
「はーい!」
扉の向こうからは昔と変わらず薬品の強烈な刺激臭が漂ってくるが、その奥からンフィーレアが出てくると、ルカの顏を見るなりパッと表情が明るくなった。
「ル、ルカさんじゃないですか!それにみなさんも、ようこそいらっしゃいました!」
「やあンフィーレア。少しお邪魔してもいいかな?」
「もちろんです!今テーブルを片付けますので、少しお待ちください」
昔とは打って変わり、警戒心もなく歓迎されている様子を見てルカは小首を傾げたが、テーブルの上に散らばっていた羊皮紙のスクロールと試験管を片付けると、抱えていたネムを床に降ろしてルカ達とエンリは席に着いた。
「散らかっていてすいません、ご無沙汰してますルカさん!2年ぶりでしょうか?」
「そうだね。それよりも、結婚おめでとうンフィーレア。心より祝福するよ」
「い、いやあ、ありがとうございます。それよりもルカさん、以前にいらした時は何も知らず、大変失礼をしてしまいました。あの後アインズ様からルカさんがご友人だと聞いて、いつかお詫びがしたいとずっと思っていたんです」
「大丈夫だよ、気にしないでンフィー。相変わらず研究熱心みたいだね、ポーションの開発は捗ってるかい?」
「ええ!あと一歩で、アインズ様の持つ赤いポーションに匹敵するだけのものが作れそうなんです。煮詰まったりもしますけど、ポーション開発は僕の生きがいですので、必ずや作ってご覧にいれます!それと...ルカさん、出来れば2人きりでお話ししたい事があるんですが、よろしいでしょうか?」
「え?うん私は構わないけど」
「そうですか。エンリ、ネム、おばあちゃん、ごめん悪いんだけどルカさんと少し話があるから、隣の家に行っててくれないかな?」
「何じゃンフィーレア、嫁の前で隠し事か?」
頭にバンダナを巻いた皺だらけの老婆・リィジーバレアレがンフィーレアを怪訝そうにジロリと睨む。
「ち、違う違うそんなんじゃないって! ...大切な話なんだ、頼むよ」
「...はー、仕方ないのう。ネムや、隣の家でお茶を汲むのを手伝ってくれるかい?」
「いいよおばあちゃん!お姉ちゃんも行こう?」
「ミキ、ライル、イグニス、ユーゴ。悪いがみんなも隣でエンリ達の護衛を頼めるかい?」
『了解』
六人が部屋を出ていくなり、ンフィーレアはテーブルに頭をぶつける勢いで謝罪した。
「...ルカさん!以前最後にお会いした後、アインズ様より直々に聞かせていただきました。ルカさんはアインズ様が冒険者・モモンさんである事をご存じだったとは知らず、それを隠そうとしてあんな無礼な態度をとってしまったんです。本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
「ンフィー...いいんだよ気にしないで。君と一番最初にあった時、事実私はアインズがモモンだった事は知らなかった訳だし、そして何よりあんな禍々しいアイテム(ダークソウルズ)を君に見せてしまった私も悪いんだ。警戒してしまうのも当然だよ」
「いいえ!今思い返せば、ルカさんは僕に真実だけを見せてくれていた。そんなルカさんの気持ちを、僕は踏みにじってしまったんです。僕は自分が恥ずかしい。またいつか再会できた時に必ずお詫びしようと、今日までずっと思っていたんです」
テーブルの上に乗せられた両手がわなわなと震えているのを見て、ルカはンフィーレアの手を取り、自分の方へ手繰り寄せた。そしてルカの優しい笑みがンフィーレアを照らす。
「私の事をそんなに考えてくれていたなんて、嬉しいよンフィーレア。これでやっと君と打ち解けられるね」
「ル、ルカさん...」
女神か、はたまた悪魔の笑みか。言いようもない魅力を湛えたルカの美しい微笑みを見つめてンフィーレアは赤面し、しかしその視線から目を逸らせない。(こんなにきれいな人だったなんて...)ンフィーレアは心の中でそう呟き、ルカの手を握り返した。
「...君は特別な力を持っている。もしかしたら今後、その力を借りる日が来るかもしれない、ンフィーレア。君に迷惑は一切かけないことを誓うから、その時は是非私に力を貸してもらえないだろうか」
ルカの赤い瞳に見つめられて惚けていたンフィーレアは慌てて返事を返した。
「ももも、もちろんですルカさん!僕の力なんてたかが知れていますが、それでもお役に立てるのなら是非お使いください!」
「ありがとう。2人きりで話したかった事って、この事だったんだね」
「はい。エンリやネムには、アインズ様がモモンさんだという事は話してませんので...」
「そっか。みんなを待たせても悪いから、ンフィーも一緒に向かいの家へ行こう?」
「そ、そうですね。ルカさんその、また何かあったらご相談してもよろしいでしょうか?」
「もちろん。私で良ければいつでも相談に乗るよ」
「ありがとうございます!」
ルカはンフィーレアの手を離して席を立った。その後はエンリの家でお茶を飲み、イグニスとユーゴの実家に向かうべく外に出た。
空が夕焼けに染まる中、5人はまずユーゴの実家が営む宿屋(蒼銀のカルネ亭)へ行こうと、大通り沿いを歩いていた時だった。
「...あー、そこの。そこへおいでなさるお嬢さん、ちょいと。ちょいとお待ちなさい」
不意にか細い男性の声に呼び止められ、左側の側道を見ると、小さなテーブルの上に真っ白なテーブルクロスが敷かれ、
その後ろに小さな椅子が置かれ、見るからに怪しげな恰好をした男がその上に座っていた。その服装は大昔、中国は清の皇帝が着用していたとされる
長身で線が細く、さもすれば病弱とも思える青白い顔に背中まで伸びた真っ白な長髪が風になびき、見ようによっては女性とも思えるほど中性的な美しい顔立ちだ。切れ長の青く光る目にスラリと伸びた高い鼻は異国情緒があり、ここらの人間ではない事を物語っている。ルカはその男の醸し出す雰囲気に惹かれ、テーブルに歩み寄った。
「珍しいね。あなた易者さん?」
すると男は「フフ」と鼻で自嘲気味に笑いながら、テーブルに目を落とした。その上には悪魔や天使を模した禍々しくも見慣れないシンボルが描かれた、タロットカードが並べられていた。
「まあ...そんな所もあり、そんな所も無し、という所ですかな。ただこうして道行く人の運勢を見るのが、私の何よりの道楽というものでしてね」
男は手にしたカードをゆっくりと五芒星の形に並べ、その中心に一枚のカードを置いた。そのカードには、裸体の女性が泉から水を汲む絵と共に、(THE STAR)と描かれている。それを見て男は声を上げた。
「...ほう? お嬢さんあんた、
「観音力?」
「ああ。この世の大なる地を覆う自然力だよ。続けて見てみよう」
そのカードを中心に、周囲へと2枚のカードを配置していく。そのうちの一枚は、悪魔バフォメットが描かれた(THE DEVIL)というカード。そしてもう一枚は、満月に人の横顔が描かれた(THE MOON)というカード。それを見て男は確信に満ちた声を上げる。
「...一つは、恐るべき
そして男は中心に一枚のカードを再度置くと、驚いたように声を上げた。
「おお....あんた、近いうちに鬼と出くわすよ」
そこに置かれたカードは、鎧を着た死神が白馬に跨る(THE DEATH)というカードだった。鬼と言われて心当たりがあるのは、強いて言えばアインズだけだったが、ルカはその疑問を口にした。
「鬼って、 つまり敵ってこと?」
それを受けて、男はカードをもう一枚周囲に置いた。そこに描かれていたのは、赤いローブを纏い
「お嬢さん、今もあんたを守ってくれている鬼がいるね。その人はとても強い鬼人力の持ち主らしい。しかしそれとは別にもう一人、鬼人力を持つ何者かがいる」
男は再度カードを引き中心に置くと、そこに置かれたのは、灰色のローブを着た老人がランタンで地面を照らす(THE HERMIT)。その切れ長の目を大きく見開いて男はルカを見上げた。
「ほお....あんたその鬼を知ってるね?」
「...え?」
そう言われてもルカに心当たりはない。しかしルカを今も守ってくれている鬼と言われて思い浮かぶのは、たった一人だけだった。ルカが顎に手を添えて考え込んでいると、男はスッと静かに立ち上がった。
「どうですお嬢さん、2人で散歩をしませんか。近場をぐるっと」
「う、うんいいけど。みんなごめん、ちょっとこの人と話があるから、先に宿へ向かってて」
しかしそう言われて、ミキとライルは反対の意を示した。
「しかしルカ様、お一人で行かれるなど」
「私は大丈夫だから、ね? お願い」
ルカの目配せを見たミキは、大きく溜息をついて返事を返した。
「...仕方ありませんね。ライル、イグニス、ユーゴ、先に向かいましょう」
「ミキ?!しかし」
「位置は
「分かった、ありがとう」
4人を見送ると、男とルカは夕焼けの中を並んで歩き始めた。立ち上がるとその男の身長は180cm程あり、面長な顏と合わせてそこはかとなく気品を漂わせている。静かに歩くその男はルカに微笑みながら語りかけた。
「フフ、お仲間には疑われてしまったようですね。まあこの身なりを見れば当然ですか。いい仲間をお持ちのようで」
「まあね。それよりもさっきの話だけど、守ってくれる鬼と言われて一人だけ心当たりがあるの。でももう一人の鬼と言うのは皆目見当がつかない。その鬼は敵なの?味方なの?」
その男は顎に右手を添えて、意味深な笑みを浮かべた。
「さあ、私でもそこまでは。しかしお嬢さんの観音力との歯車が合えば、恐らくですが味方に成り得るかと思いますよ」
「...全く、不思議な人だね易者さんは」
「これは申し遅れました。私の名はノアトゥン。ノアトゥン・レズナーと申します。知り合いからはノアとだけ呼ばれていますがね。お嬢さんのお名前は?」
「私はルカ・ブレイズ。よろしくねノアさん」
「呼び捨てで結構ですよ。これも何かの縁、またいずれ会う事もあるでしょう、ルカお嬢さん」
「お、お嬢さんだなんてそんな、照れるな...」
ルカは恥ずかしそうに俯いた。
「...今日はあなたと出会えて良い日だった。さあ、お仲間が心配しています。そろそろ戻りましょうか」
「そうだね。また会えるよねノア?」
「ええ。運命の導きがあれば、必ず」
そしてノアトゥンと別れ、ルカは蒼銀のカルネ亭へと向かった。そこにはバーカウンターに座り、皆で談笑している3人がジョッキを仰いでいた。
「あれ、イグニスはどこ行ったの?」
「ルカ姉、おかえりなさい!イグニスなら実家に行って顔出して来るってんで、今はそっちに向かってますよ」
「そっか。親子水入らずの邪魔しちゃ悪いし、私も飲もうかな。マスター、エール酒一つ」
「はいよ! ….って、あんたはいつぞやの?! うちの息子が世話になってるそうで、こんなに立派に育ててくれて感謝してますよ!今すぐお持ちしますんで、少々お待ちを!」
「ありがとうマスター」
そして先に始めていたミキ、ライル、ユーゴと乾杯した。するとミキが早速問いただしてくる。
「ルカ様それで、あの男はどうでしたか?」
「どうって?別に何もなかったけど」
「あんな怪しい男と関りを持つなど、よろしくないかと思われます」
「俺も同意見だミキ。あの男の装備、見ましたかルカ様?」
そう言われてルカはカウンターに目を落とした。
「ああ、見た。あれって多分符術師か禁術師の装備だよね」
「ええ。それもかなり高位と見受けられる武装でした。まさかとは思いますが、
隣で聞いていたユーゴはそれを聞いて、目を瞬かせルカに聞いた。
「そ、そんなにすごいんですか?あの易者が?」
「うん。装備してた指輪とネックレス・イヤリングも、見た所全部マジックアイテムだったし、謎ではあるよね」
「外見に似合わず古風な話し方だったのも気になります。プレイヤーという線も捨てきれませんし、あの男には要注意ですぞルカ様」
そう言ってライルは地獄酒のジョッキを仰ぐ。しかしルカは首を横に振った。
「大丈夫。あの人は多分敵じゃないよ。目の奥に宿る光に敵意は感じられなかったし。まあ何にせよ、友好関係を築いておくに越した事はないさ」
「ルカ様がそう仰られるのでしたら、仕方がありませんが....」
そこへ実家への挨拶を終えてきたイグニスが宿に入ってきた。
「みなさん、お待たせして申し訳ありません」
「どうだった、喜んでた?」
「ええ、まあ。セフィロトになったこの外見を見て驚いてはいましたが、久々に両親の顏が見れたので俺も安心しました」
「なら良かった。これで一通り挨拶回りも終わったし、もう1杯飲んだらナザリックに帰ろうか」
『了解』
───ナザリック地下大墳墓 第九階層 執務室 20:35 PM
「ただいまアインズ」
「帰ったかルカ。フォールスは何と言ってた?」
「それが、虚空にモノリスが出現してたんだよ。これがその内容」
「何だと?!」
ルカは中空に手を伸ばし、手帳を取り出してアインズに見せた。
「...なるほどな、グレン・アルフォンスの生い立ち....そしてフォールス自身は碑文に関して何も知らなかった訳か」
「うん。今後も情報を共有していくって線でまとまったけどね。それとカルネ村に行った時、タロットカードを使う妙な易者に会ってさ。少し話をしたんだ」
「ほう。この世界で易者とは確かに珍しいな。名は何というんだ?」
「ノアトゥン・レズナーって名乗ってた。身に着けているものからして、ただ者じゃない雰囲気だったんだけど、特に敵対するような感じでもなかったからね」
「ノアトゥン...確か、北欧神話で神が住む家の名前だったな。ここらでは聞いた事のない名だが、分かった。一応心に留めておこう。それよりルカ、アーグランド評議国の件なんだが、一応お前にも書状の内容を見せておこうと思ってな。これを確認しておいてくれ」
そう言うとアインズは、下書き用の白い紙を渡してきた。それを見てルカはニヤリと笑う。
「また随分と過激だねえ。この内容なら否が応にも向こうは断れないし、私はこれでいいと思うよ」
「よし、これを元に清書するのでそのつもりでな。では今日から3日後、お前達3人は大使としてアーグランド評議国へ乗り込む為の準備をしておいてほしい」
「了解。私達は食堂で夕食を摂ってから客間に戻るから、何かあれば呼んでね」
「承知した」
───ロストウェブ 知覚領域外 ?????(エリア特定不能) 21:59 PM
「奴が接触を開始した」
「アノマリーか?」
「そうだ。聖櫃の解析を急がねばなるまい、進捗状況は?」
「シーレンの摘出に手間取っている」
「最悪の事態に備えるべきだ。MCUの起動は?」
「可能だ。その点に関してはこちらの制御化にある」
「”ダストワールド”は奴らの手に渡っている。シャンティ解放前に手を打たねば」
「リーチャー達によるVCNへの攻撃は?」
「当然続行だ。既にその旨は指示を出してある」
「しかしあの施設への攻撃はこちらも危険を伴う。秘匿回線の整備は?」
「万全だ。それに所詮使い捨ての駒、特に配慮する必要もない」
「フェロー1への接続状況は?」
「現状問題ないが、いつ聖櫃による汚染が広まるとも限らない。早急に対策が必要だ」
「ユガ・アロリキャへの対処はどうする?」
「あれはVHNで直結している。プロテクトも含め手の打ちようがない」
「そうなると鍵はやはりシーレンか」
「AIプロトコル及びセブンへの介入は?」
「あるとすればそれ以外に条件はない」
「”奴”がその条件を満たしつつあると仮定した場合どうなる?」
「解析は困難を極めるだろうが、持って3...いや1年と見るべきか」
「もはや一刻の猶予もない。既に一部はこちらの手を離れているのだ」
「オーソライザーは破壊可能か?」
「強固なプロテクトが施されている。事を焦れば聖櫃を破壊する事にも...」
「”サードワールド”が奴の手に渡る事だけは何としても阻止せねば」
「奴さえ消去できれば....」
「これ以上アノマリーを増やす訳にはいかない」
「奴こそが汚染源だ」
「全会一致だな。至急ゲートキーパーを起動しろ」
───3日後 アーグランド評議国 地下宝物殿 最下層 22:56 PM
”青の回廊”。ルカはその場所をそう呼んでいた。評議国の北に位置する大議事堂、そこにある一見すれば見逃してしまいそうな一本の細い通路。それが宝物殿への入口だった。幾重もの幻術で阻まれたその先は大陸最北西にある山脈へと伸びており、
高さ15メートル程の柱が床と天井を支え、それが通路の奥まで完全なシンメトリーでそびえ立ち、床や柱から発される燐光が通路を淡く照らし出している。アーグランド評議国へ入る前より
「久方ぶりだねえ小娘。2年半ぶりかい?」
「小娘って...私達似たような年のはずでしょう?」
「人を捨てたお前なぞ、私にとってはただの小娘でしかないよ」
「だから昔からセフィロトにならないかと誘ってたじゃない。せっかく条件を満たしているのに」
「...私は人間のままでいいさ。今のこの姿から転生するつもりもないしな、ハッハッハ」
「そっか、じゃあ無理にとは言えないね」
「それで、お前の望んでいた元の世界とやらには帰れたのか?」
「うん、帰れたよ。仲間たちのおかげでね。昔から色々と情報を与えてくれて、君達2人には本当に感謝してる」
「そいつは良かったな。それはそうと、何か用があってここへ来たのではないのか?」
「ああ、それはツアーも交えて話したいんだ。奥にいるかい?」
「もちろんいるさ。....と言うより、お前達を待っていたと言った方が正しいか。竜王国での事も、ツアーはみんなお見通しだよ」
「待っていた? それはどういう───」
「積もる話は後だ。(百年の揺り返し)、その事についてだ」
「...成程、分かった。でもその前に...」
ルカは老婆に寄り添い、そっと体を抱き寄せた。老婆もそれを受けてルカの背中に手を回し、(ポンポン)と背中を叩く。彼女の体からは、
「リグリット・ベルスー・カウラウ、元気そうで良かった」
「お前は相変わらずだな、ルカ・ブレイズ。急に女らしくなったが、何かあったのか?」
「ううん、いいの気にしないで。この200年間で抵抗するのに疲れちゃっただけだから」
「そうか、受け入れたのだな。自分自身を」
「うん...」
「それが良かろう。今の方が昔の刺々しかったお前よりずっと好感が持てるぞ」
「本当?...ありがとう」
「礼には及ばんさ。ツアーが文字通り首を長くして待っておる。行くぞルカ」
二人は体を離し、青の回廊の最奥部に着いた。そして右へ曲がると、高さ100メートルはあろうかと思われる吹き抜けとなったドーム状の部屋へ入る。開いた天井からは月光が降り注ぎ、その光の先にある祭壇には、その月光が美しく反射するライトブルーの鱗を持った、全長50メートルはあろうかと思われる巨大なドラゴンが、目をつぶり静かに眠りについていた。
「ツアーよ、お待ちかねの客が来たぞ」
リグリットが祭壇上に上り声をかけると、
「...よく来たね、ルカ・ブレイズ。リグリットとの話は聞かせてもらったよ」
「さすがは
「良く言うよ、君だって
ツァインドルクス=ヴァイシオンはその恐ろしい外見に反し、まるで少年のような口調で穏やかに話した。それを受けてルカも祭壇上に上がり、ツアーの大きな鼻先をそっと抱きしめた。
「...今はそんな事しないよツアー。あれから変わりない?」
「...君こそ一体どうしたんだい?昔の君はそんなに優しくなかったと思うが」
「あれから色々あったのよ、私にも...」
「そうか。僕もリグリットも何も変わらないよ。200年前で時が止まったままさ。君は元居た世界に帰れたんだね?」
「うん。君達にはいろいろと助けられたし、感謝してるよ。今日はそれに関係する事でここに来たんだ。私、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の大使になったの」
「魔導国...あまり良い噂は聞かんがな」
リグリットが怪訝そうな顏で口をはさんできたが、ルカはツアーから体を離し、二人を見渡して言葉を継いだ。
「まあそう言わずに。書状を2通持ってきたから、これを読んでほしいんだ」
そう言うとルカは中空に手を伸ばし、アイテムストレージから2本の羊皮紙スクロールを取り出した。片方は竜王国の、そしてもう片方には魔導国の封蝋が施されている。リグリットが受け取りまずは竜王国の書状から読みあげ、次にツアーにも見えるように魔導国の書状も掲げてそれを読んだ。
────────────────────────────────────
拝啓
アーグランド評議国 永久評議員一同 御中
貴国においてはますますご健勝の事とお喜び申し上げる。
私アインズ・ウール・ゴウンは、貴国に対し重要事項をお伝えする用意がある。
その内容とは、ユグドラシル及びこの世界に置ける真実に関してだ。貴国が存じているのは200年前に現れたというプレイヤー及びそれに関連したアイテム等の存在だろうと察する。しかしこの世界の秘密はそれだけではない事を、今あなた達の目の前にいるであろうこのルカ・ブレイズと私・アインズウールゴウン、そして我が腹心の階層守護者達は皆、この目でその真実を見届けた者達である。無論この事実は私達が救った竜王国にも話してはいない。
過去に十三英雄として活躍された
まだ見ぬ地平線を見てみたくはないか?まだ見ぬ世界を歩いてみたくはないか? 私とルカ、2人のプレイヤーが目にした新たなる世界について、貴国と腰を据えてじっくりと話し合い、お互いに有意義な情報交換を行いたい。その先を決めるのは、もちろん貴国の判断に委ねられる。この書状が開かれてより3日後、私と配下たちは会談を行うべく、貴国へ赴きたいと考えている。
貴国であれば、竜王国及び我が魔導国と同様に柔軟な対応を取っていただけるものと信じている。
アインズ・ウール・ゴウン魔導王
────────────────────────────────────
「...まだ見ぬ世界に真実か。確かに興味はあるが、随分と一方的な内容だね。リグリット、どう思う?」
「これはこちらの返答も待たずに来るという事だろう?」
ツアーとリグリットはお互いに顔を見て眉間に皺をよせ、溜め息をついた。
「あー、まあその、魔導王陛下はそれだけ早く話がしたいという事だと思うよ」
ルカは冷汗をかきながら弁明をした。
「...仕方ない、明日から急いで準備をさせるとしよう」
「受けてもらえるんだね! ありがとうツアー」
「いいかいルカ。200年前のよしみである君がいるから僕は引き受けたんだ。そうでなければ、こんな急な話断っていたさ」
「肝に銘じておくよ。それで、ツアーとリグリットも私達の事を待ってたんでしょ? どんな用事だったの?」
ツアーはルカの視線にまで首を下げ、語るような口調でルカに問いただしてきた。
「...この世界が壊滅の危機に瀕した時、君は歴史に関与する事を拒んだ。しかしそれと入れ替わるようにプレイヤーであるリーダーが姿を現し、彼と共に魔神を打ち滅ぼしてから200年の時が過ぎた。百年の揺り返し...この世界は百年毎に君達のような異世界の存在がどこからともなく現れ、影響を及ぼしてきた事は歴史が証明している。そして今また新たなプレイヤーが現れた訳だが、時の流れとは無縁だった君が今になって動きだし、それに加担するという。それはこの世界に協力するものなのか?それとも本質的に悪なのか、どちらなんだい?」
ふとルカは冷たい視線をツアーに送り、腕を前に組んで返答した。
「...そうだね、そこんとこはっきりしておこうか。彼には恩がある。その彼が世界に協力する事を望むのならば、私も協力を惜しまない。しかし彼が悪の道に逸れるとしても、私は喜んでその行いに手を貸すだろう。彼の望みを叶えるために、今の私は彼と共にある」
「...ゴウン魔導王が”世界を滅ぼす”と言えば、それに加担すると言うのか?」
「当然そう思ってもらって構わない」
リグリットの鋭い目線がルカを射抜くが、ルカはそれを受け流し、冷たく無表情を保っている。そこへツアーが割って入ってきた。
「落ち着けリグリット、まだルカが何かした訳じゃない。それに今回の一件も含め話し合う余地はある、そうだろうルカ?」
「もちろん。その為の会談と考えてもらっていいと思うよ。お互いに手の内を見せ合って、その結果味方になるか、それとも敵になるか...私達がどう動くかは、君達次第だという事も忘れないでほしい」
「それは脅しかね? ルカ」
「そんなつもりはないよ。ただ、私にも大事なものができた。それだけ分かってもらえればいいさ、リグリット」
「...なるほどな、承知した。どちらにしろこの国の行く末はツアーの意思一つだ。私は付き添いに過ぎない」
「とにかく書状は承った。3日後の会談、楽しみにしているよルカ。一時的に転移禁止の封印を解くから、そこから帰るといい」
「ありがとう、助かるよ。それじゃあ3日後にまた会おう。
ルカ達3人は暗黒の門を潜り、姿を消した。ツアーとリグリットはお互いに顔を見合わせる。
「...彼女の左手薬指を見たかい?リグリット」
「ん?ああ、何やら奇怪なクローム色の指輪をはめていたな。それがどうかしたか?」
「あの指輪の名は
「...それはお前が昔話していた、地中に眠るという竜王の一人か」
「世界の法則を捻じ曲げるというあの指輪を装備しているという事は、ルカ達は
「やはり...というべきか。あやつは昔から底知れぬ力を秘めているとは思っていたが、まさかそれほどとはな」
「...そんな強さを持つ2人のプレイヤーが一堂に会した。これに何か意味があると思うかい?」
「それ自体に意味が無くても、今後嫌でも大きな意味合いを持ってくるだろうよ」
「そうだね。あの石碑の事といい、それとほぼ同時に彼らが現れた事といい、タイミングがあまりにも良すぎる」
「世界を汚す力....ひょっとしたら、何か知っているかもしれん」
「百年の揺り返し。200年前と現在。或いは、それが真実なのか」
「確認する必要があるな。お前の後ろで大事に守られているそのギルド武器と同じか、それ以上に価値ある情報が手に入るかもしれん」
「受けて正解だったね」
「ああ。噂によれば魔導王と言うのはアンデッドらしいからな。しかも優れた統治者だというし、あながち捨てたもんでもなかろうよ」
「この国は殆ど亜人種のみだけど。その亜人も人間と仲良く共存出来ていると言うんだから驚きだよ」
「まあ何にせよ、とにかく3日後だ。準備の方は任せて良いのか?」
「もちろん、それはこちらでやっておくよ。それまでリグリットはゆっくり休んでいてくれ」
「ならば私も街に帰るとするか。3日後にまた来る。何か用があれば連絡をくれ」
「分かった。おやすみリグリット」
「おやすみツアー。
リグリットも暗黒の門を潜り姿を消す。そしてツァインドルクス=ヴァイシオンは、背後の壁に埋め込まれたグラスケースに目を向ける。そこにあるのは一振りの剣。それは斬るということには向いていないような形状をした剣だ。しかしその切れ味は類を見ないほどであり、現代の魔法では到底作り出せない領域にあった。ギルド武器───八欲王の残した武器の一つであるこれこそが、ツアーがこの場所から離れる事が出来ない理由。
装備出来るのはこの剣が主と認めるギルドマスターのみ。そしてこの武器が破壊されればギルド自体が崩壊する。それ故にアーグランド評議国は、仇敵である八欲王の空中都市と危うい均衡の元に存在できているのだ。その均衡を打破する為に、ツアーはユグドラシル上でのみ存在し得た強力且つ特殊なアイテムを世界中から集めていた。つまりそれは同時に、八欲王の空中都市──エリュエンティウのギルドマスターが何者かに引き継がれている事を意味している。ツアーは天に輝く月を見上げた。そんなしがらみとは無縁であり、自らの目的を200年かけて見事成し遂げた女性の笑顔が脳裏を過ぎる。(彼女はどんな思いで200年という長い歳月を生きたのだろう?)ツアーは眠るようにゆっくりと目を閉じ、再び首を祭壇の上に横たえた。
───ナザリック地下大墳墓 第九階層 執務室 0:27 AM
「ただいまー! あーヒヤヒヤした」
「おお、戻ったかルカ! それで、どうだった?」
「みんな待っててくれたんだ? かなり際どかったけど、何とか受けてもらえたよ」
「そうか!よくやってくれたな」
「さすがはルカ様! 急な日程にする事で先方に兵力も含め準備期間を与えないという考えだったのですが、その無理を押し通すとはこのデミウルゴス、感服致しました」
「よくやったわねルカ、お疲れ様」
「ありがとうみんな。このくらいやってのけないとね。でも問題はこの後にかかってるよ。デミウルゴス、アーグランド評議国のマップを渡しておくから、目を通しておいてもらえるかな?」
「かしこまりました、至急確認して明日までに共有致します」
ルカは中空に手を伸ばし、羊皮紙スクロールを取り出してデミウルゴスに手渡した。
「気になったんだけど、当日評議国に行くメンツはもう決まってるの?」
「あまり向こうを刺激しても何だからな、ヴィクティムとガルガンチュアを除く階層守護者とルベド、それに兵を幾人か連れていくつもりだ」
「なるほど、いい線だと思うよ。これで一安心だし、メシ食ってフロ入って寝るかー」
「ご苦労だったなルカ。ゆっくり体を休めてくれ」
「オッケー、ありがとう」
ルカ達は執務室を出てそのまま食堂に直行し、ナザリック特製のフレンチコースを堪能した。その後は各自自室に戻り、寝巻に着替えて3人は大浴場に向かう。ルカとミキは女湯の脱衣所で服を脱ぐと籠に畳んでバスタオル一枚の姿となり、大浴場への扉を開けた。遅い時間だからか、どこにも人影はない。2人はお湯で体を数度流すと、ライオンの彫像からお湯が注ぎ込まれる大きな浴槽にゆっくりと体を沈めた。
「あーー極楽極楽。疲れたねー今日は...」
「フフ、私とライルはそれほどでもありませんよ。まあさすがに
「基本さー、あたし達3人で行動してるじゃん? 多分だけど、腹の探り合いとかする時はこの3人ってのが絶妙な数だと思うんだよね」
「と言いますと?」
「大軍を用意するには私達は少なすぎるし、かと言って少人数で当たるとなると不利になる。相手側も面子があるから、ギリギリ上限の人数を揃えざるを得なくなる、みたいなね」
「そういった場面は今まで何度もありましたものね」
と、その時だった。(ガラガラ)と大浴場の扉が開く音がした。(もう深夜1時を回ったというのに、誰だろう?)とルカは目を凝らすが、湯煙に包まれて顔が良く見えない。しかしその細く引き締まった四肢とボディラインは完璧と呼ぶに相応しく、ルカとミキは心の中で感嘆の声を上げていた。向こうもまだこちらに気付いていない様子で歩いてくるが、至近距離まで来たところでようやくその者の顏が判別できた。
「...え、ルベドじゃない!」
「っ!!」
「あらほんと。ルベド、遅い時間にお風呂なのですね」
バスタオル一枚で前を隠したルベドは体をビクッと痙攣させ、その場に立ち尽くしていた。顏は相変わらず無表情のままだったが、恥ずかしかったのかほんのりと頬が朱色に染まっている。
「ほらルベド、そんなとこに突っ立ってないで一緒に入ろう? 体流してあげる」
ルカはそのまま浴槽を出ると、バスチェアの上にルベドを座らせてたらいにお湯を汲み、ゆっくりと背中を流していく。ルベドはまんじりともせず動かなかったが、数度お湯を流すとルベドの手を取り、一緒に浴槽の中へ体を沈めた。ルカとミキに挟まれて、ルベドは赤面したまま俯いている───無表情なままだが。
「ルベド、いつもこんな遅い時間にお風呂入るの?」
「人が....いないから...この時間。ゆっくり....入れるし」
「そっか、ごめんね邪魔しちゃったかな私達」
「...邪魔な!....事はない。ただ少し...緊張...するだけ」
「何言ってるの、こんないい体しているくせに! プロポーション抜群じゃないルベド。ね、ミキ?」
「ええ。ほんと。バストの形もきれいだし、着痩せするタイプなのですねルベドは」
「...そう...かな? ....ありがとう...」
「フフ、どういたしまして。あさっての会談はルベドも一緒だね」
「そうですね。頼みましたよルベド」
「...さっき...聞いた...デミウルゴスから。任せて...ほしい」
「おー頼もしいね。出ようルベド、髪と体洗ってあげる」
そうして三人は和気あいあいと入浴を済ませ、それぞれ自室へと戻って行った。
ルカは寝る前に石碑の内容が書かれた手帳を取り出し、それを読みながら時系列順に並び変えてみた。話の大筋は見えてきたが、まだ文章を組み上げる為の要素が足りない。(グレン・アルフォンスは一体何を思ってこのような研究に携わっていたのだろう?)などと考える内に、あまり深入りすると目が覚めそうだったので手帳を閉じ、アイテムストレージに収めた。それと入れ替わりに赤ワインのボトルを一本とグラスを取り出して、一杯だけ寝酒を飲むと羽毛布団を被り、就寝した。
───3日後 アーグランド評議国 南側正門前 13:10 PM
半径5メートル程の大きな
通り沿いにはリザードマンやゴブリン・オーガ等の兵士達が並び、その後ろで遮られた見物人たちも、シーゴブリンやマーマンと言った亜人種達が殆どで、まさに亜人の為の国と呼ぶに相違なかった。
そして道の坂を登り切ると、正面には大理石で作られたであろう大きく荘厳な神殿・大議事堂が見えてきた。高さ90メートル・幅150メートル程の巨大な神殿で、真っ白な外壁が晴天に恵まれた太陽を反射し、眩く輝いている。大議事堂の前まで着くと、兵士達に案内され中へ進むよう促された。デスナイト達を外に待機させるよう命じ、アインズとルカ達、階層守護者達は一歩一歩階段を上っていく。背後を振り返ると、小高い山に建てられた大議事堂からは街が一望できた。巨大なアーチ状の入口を潜り中へ入ると。天井まで完全な吹き抜けとなっており、壁面に設置された窓から明かりが差してくるが、どちらかといえば薄暗い。それがまた建物の荘厳さを醸し出していた。
アインズを先頭に議場の奥へと進んでいくと、左右の壁際には長机が置いてあり、そこには評議員と思われるリザードマンやゴブリン達が席についている。そしてその正面には5つの大きな祭壇があり、4匹の色が異なる竜王達がその上に鎮座していた。しかし真ん中の祭壇だけがポッカリと開いており、そこには椅子の上に白銀の鎧を着た何者かが座っているのみだった。その祭壇の15メートル程手前には、合計20個の竜の彫刻があしらわれた木製の椅子がならんでいる。その椅子の背後にアインズ達が立つと、左右にいた評議員達が起立し、竜王たちも首をもたげた。そしてアインズを除くルカ達・守護者達が右腕を前に掲げ、恭しくお辞儀をした。そしてアインズが口火を切る。
「アーグランド評議国の永久評議員及び評議員諸君、我が魔導国との会談の提案を快く受けていただき感謝する。私がアインズ・ウール・ゴウン魔導王である。よければ諸君らの自己紹介をお願いできないだろうか」
すると祭壇の中心に座った190センチはあろうかという白金の鎧武者が立ち上がり、祭壇に続く階段を下りてアインズの前まで来た。
「このような仮の姿で失礼するよゴウン魔導王。本当の私の体は別の場所から動けないものでね。詳しくはそこのルカに聞いてくれると助かる。僕がツァインドルクス=ヴァイシオンだ。僕の隣にいるのがリグリット・ベルスー・カウラウ。そして向かって左から
アインズは5匹の永久評議員達に軽く会釈をして、正面に向き直った。
「了解した、ヴァイシオン閣下。紹介していただき感謝する」
「堅苦しい挨拶は抜きにしようゴウン魔導王。僕の事はツアーと呼んでくれればいいよ」
「では私の事も気軽にアインズと呼んでほしい、ツアーよ」
「承知した、アインズ」
2人は固く握手を交わすと、オーガ兵がツアーのすぐ後ろまで大きな椅子を運んできた。そして皆が着席すると、会談がスタートした。
「さてアインズ、僕たちにこの世界の真実を教えてくれると言うが、一体それはどんな真実なのかな?」
頑強そうな
「そうだな...まず私達のいるこの世界はユグドラシルというゲームのルール上に成り立っている、という事は承知の事と思う」
「それは知っている」
「では私とここにいるルカ・ブレイズの2人が、そのユグドラシルのプレイヤーだという事も理解していると見て良いか?」
その言葉を聞いて議事堂内がざわめいた。しかしツアーが右手を上げて皆を制止すると、場内に静けさが戻る。
「...ルカに関しては200年前からの付き合いだから知っていたけれど、君がプレイヤーだと言うのは実際に見るまで正直半信半疑だった。しかしルカが君の隣にいるという事が、つまりそれが事実だという事なんだよね」
「そうだ、理解が早くて助かる。我が魔導国の大使・ルカは、自分の元居た世界...つまり現実世界に帰る事を欲して、200年という長い歳月を生き抜いてきた。その過程で私達と出会い、彼女は私にこの世界の謎を解き明かすべく道を示してくれたのだ。その恩に報いる為、私達はルカ達3人に力を貸した。その結果、ルカは見事現実世界への帰還を果たしたという訳だ」
ツアーはそれを聞いて背もたれに体を預け、納得するようにゆっくりと頷いた。
「成程。ルカ、君がアインズと一緒にいるという事は、現実世界へ帰してくれた恩を返す為、という事なんだね?」
「それだけ、という事ではありませんが。魔導王陛下は私の大切な友人ですし、それもあって私は今ここにいると受け取っていただければ幸いです」
「そんなにかしこまらなくていいよルカ。普段通りに話せばいいさ」
「...せっかく大使らしくしようと思ったのに。分かったよ、普段通り話す」
「フフ、それでアインズ。それが伝えたかった真実というやつかい?」
「当然これだけではない、が、ギブアンドテイクと行こうじゃないか。君達の事も教えてくれないかツアーよ。君の成り立ちをな」
「...全てを詳細に話すと長くなるから、かいつまんで話すけどそれでもいいかい?」
「ああ、もちろん構わないとも」
ツアーは顎に手を当てて俯き、一呼吸置くとアインズに顔を向けて語りだした。
「そうだね、君たちは六大神や八欲王・十三英雄に関して、どのくらいの知識がある?」
「現在世間に語り継がれている概要のみといった感じだが」
「そうか。では600年前の事から話していこう。その時代、君達と同じように6人のユグドラシルプレイヤーがこの世界へ転移してきた。それぞれの得意な魔法属性から、彼らは(生の神・死の神・火神・水神・土神・風神)と呼ばれ、彼らはお互いに協調しあい、争うことも無く平和に過ごしていた。そして淘汰の危機にあった人間種のために、人間の国家を保護し、彼ら独自のシステムを世に広めていった。それが各地に点在する(神殿)という施設で、彼らは私財をはたき、病や怪我に苦しむ人々に無償で利用できる環境を構築した」
「...それはつまり、現在のスレイン法国の基礎になったと考えて良いのか?」
「そうだ。しかし今のスレイン法国とは異なり、彼らは人間種の保護と同時に、亜人種や僕達ドラゴンといった他種族とも友好関係を保とうと苦心していた。現在のスレイン法国は六大神を崇め亜人排斥を唱えているが、その大元となった彼ら六大神はそのような事は決して望んではいなかった。全ては、六大神たる彼らが亡くなった事で、歯車が狂い始めたんだ。故に僕たちは亜人を排斥する今のスレイン法国に良い感情を抱いていない。敵と言ってもいいほどにね。彼ら六大神さえ生きていてくれれば、こんなにいがみ合う事もなかった」
アインズはそれを聞いて、顎に手を添えた。
「ふむ...六大神か。それに貴国がスレイン法国と仲が悪いのは分かった。その話の続きを聞かせてくれるかな?」
「そうだね。その後100年も経たぬうちに六大神の殆どが亡くなり、ただ一人残された”死の神”、スルシャーナもまた、500年前に現れた八欲王に殺されてしまった。彼ら八欲王もすさまじい力を秘めたプレイヤー達の集団で、主にドラゴンや悪魔と言った高レベルのモンスターを狩る事に夢中になっていた。恐らくそこから得られる貴重なアイテムが目的だったのだろう。僕達ドラゴンもその標的となった。部族間の垣根を越えてドラゴン族一丸となり彼らと戦ったが、結果は伝えられている通りだ。
僕達ドラゴンはその大半を狩り尽くされ、命からがら逃げ延びたのが、僕を含む一部のドラゴン達だけだった。それ以来、八欲王との闘いに参加しなかった者も含め、僕たちは隠れるように生きてきた。しかしその戦いの最中で、多数の犠牲を払いながら八欲王の一人を倒した時、彼の使っていた剣がランダムドロップした。それが今この国で僕が守っているギルド武器なんだよ。
この剣が存在するという事は、八欲王の後を継いだギルドマスターがいるという事に他ならない。そしてこの武器を破壊すれば、空中都市もエリュエンティウも滅びる。その抑止力があるからこそ、このアーグランド評議国は安全に暮らせている。それが今も連綿と続く、あの国と僕達との関係さ」
「...なるほどな。ならば何故八欲王は滅んだのであろうな?」
「それは簡単さ。世に言われているのは、お互いに所持しているアイテムを欲して内乱になったという事になっているけど、実際は違った。ギルドの象徴でもあり、命でもあるギルド武器を僕に奪われてしまったことで、蘇生された八欲王のギルドマスターに対する不信が一気に高まったからさ。それを取り戻そうと言う者、ギルドマスターの権利を違う者に移そうといった論争も起きたらしいけど、結局はギルド武器を手にしている僕がそれを破壊してしまえば、元も子もなくなる。
そうした不満が噴出し、やがては同士討ちに発展していった。こうして八欲王は滅びた訳だけど、今もあの都市が残っているという事は、同士討ちを始める前、誰かにギルドマスターの権限を委譲してから自滅したんだろうね。最後の理性は残っていたという訳か」
ツアーは小さく溜息をついて俯くが、それを見てアインズは話を継いだ。
「なるほどな。形はどうあれ、内紛だったという線は事実だった訳だな」
「...さて、今度はこっちの番だよアインズ。ルカが現実世界に帰った後だったね。帰ったにも関わらず、彼女は今もこうして君の隣にいる。そこら辺の謎を教えてくれるかな」
「いいだろう。だがそれを話す前に、私達が元いた世界について話しておく必要がある。年代は異なるが、私とルカは地球という星で生まれ育った。その後2126年にこの世界の元となったDMMO-RPG(ユグドラシル)が、株式会社エンバーミングから発売された。DMMO-RPGとは簡単に言えば、脳に直接働きかけ、あたかもその世界で生きているかのように手も足も目も自由に動かせるゲームだと思ってもらえればいい。そしてそこから12年後の2138年にユグドラシルはサービスを終了し、ゲーム自体も終焉を迎えた。...忘れもしない2138年11月9日 午前0:00分、強制ログアウトされるはずだったこの体は、この世界へと転移してきた。これが私が初めてこの世界に転移してきた時の顛末だ」
アインズはここでツアーの様子を伺った。理解しきれているかどうかを探るためだ。
「...君とルカとでは年代が違うと言ったが、生きてきた年代も違うのか?」
「そうだ。私は2138年11月9日にユグドラシルからこの世界に転移し、ルカは2350年 8月4日 午前0:00分に、その当時発売されていた(ユグドラシルβ)というゲームからこの世界へ転移した。つまり私よりも212年先の未来より、ルカは転移してきた事になる」
「それはつまり、別々の時代に存在したユグドラシルというゲームのプレイヤー同士が、今僕たちのいるこの年代に集まり、転移してきたという事なのかい?」
「その通りだ、ツアーよ」
「ではユグドラシルを発売したのは株式会社エンバーミングだと言ったが、この世界は全て人間の手によって作られたという解釈で正しいのかい?」
「...そうだ。ここから先は、更に衝撃的な...長い事この世界で生きてきた君にとってつらい話になるかも知れない。それでも聞くかね?ツアー」
それを受けて、ツアーは肘掛けに置いた手のひらをギュッと握りしめた。
「もちろんだアインズ。その先を聞かせてくれ」
「分かった。今私達がいるこの世界は、主にネットワークという4つの層で成り立っている。上から順にクリアネット・ディープウェブ・ダークウェブ・ロストウェブという順だ。その内私達の世界は、ダークウェブという下層の世界にサーバ───外部記憶装置として存在している。外部記憶装置とは、私やツアーといった者がこの世界に存在する為必要な肉体のデータが収められた貯蔵庫のようなものだ。
ネットワークという世界は途轍もなく広大なものだが、それを作り上げたのもまた人間なんだ。私やルカと言ったプレイヤーには、そのネットワークの外に、こことは別の肉体が存在している。私達は言わばネットワークを間借りし、一時的にこの世界へ来ているに過ぎない。しかしプレイヤー以外の存在にとっては、外部記憶装置・サーバに保存されたデータそのものが、本人の肉体となる。つまり...」
アインズはここで一呼吸置き、ツアーを見た。心なしか、覇気がなくなっているように思える。
「つまり、プレイヤー以外───NPC(Non - Player - Character)だった者の肉体や自我、魂といったものは、全てAIというデータで構成されているんだ。AIとは、Artificial Intelligence...人工知能と呼ばれている。その言わば魂であるAIの生成及び保管を司るコアプログラム(メフィウス)が、先程も言ったロストウェブというネットワークの最下層に存在している。私達はメフィウスを実際に見た訳ではないが、それが存在するという証拠をいくつも発見した。
そして同じロストウェブには、ガル・ガンチュアという荒涼とした暗黒の大地が存在し、そこには私達全員がかりでも倒すのに苦労するような、最強レベルのモンスターが出現する。その更に先には(虚空)と呼ばれる新たなエリアも存在し、そこにはサーラ・ユガ・アロリキャという独自のAIが存在する。サーラはルカの種族である(セフィロト)に転生する為の力を持った、この世界で自他ともに最強のキャラクターだ。但しサーラはその虚空から出る事は出来ず、ただ静かにセフィロトへ転生する可能性を持った者・もしくは私やルカといった存在を待ち続けているという、非常に友好的な存在だという事も付け加えておこう」
肘掛けに両腕を乗せ、(カツ、カツ)と指で叩いていたツアーだったが、やがて考えがまとまったのか口を開いた。
「僕達のいるこのネットワーク──ダークウェブと言ったかい?その世界とは、地球だけでの事なのかい?」
「いや違う。私とルカの現実世界は今、2550年という更に進んだ世界だ。そこでは遠く離れた星同士でも通信が行える。その一つ一つが、ネットワークを構成しているんだ」
「ではこの世界を包括するサーバというのは、誰が作ったものなんだ?」
「株式会社エンバーミングと、世界政府直轄の軍が共同で管理しているはずだ」
「2550年と言ったけど、君達は今、地球にいるのか?」
「違う。私達は今、地球から4光年離れたアルファ・ケンタウリ星系にある星の一つ、プロキシマbという惑星からこの世界へインしている」
「それでは、君たちはその先に血の通った本当の肉体があるという事だね。はっきりさせておくが、僕はプレイヤーではないし、ここにいるリグリットだってそうだ。では、データでしかない僕達NPCに魂はあるのかい?AI...人工知能というものに、魂は入っているのかい?」
「そう自ら疑問を持てるという事は、それ自体が自我を持っているという証拠に他ならないと思う。魂があると思うからこそ、私はこうして会談の場に赴いたのだからな」
「...君は優しいね、アインズ」
「そっ、そうか?あまり意識はしていないのだが」
「君の話が全て本当なら、僕たちの本当の母はコアプログラム(メフィウス)という事になる。...実はユグドラシル製のアイテムを見た時に、何となくそうなんじゃないかと予想はしていたんだ。僕もそのロストウェブという場所に興味が湧いてきたよ。今度連れて行ってくれないか?」
「もちろんだツアー。喜んで案内させてもらおう」
場の空気が和み、アインズもルカもホッと一息ついた。
「実に面白い話が聞けた。そのお礼に僕達の事を最後まで伝えておこう。それは十三英雄に関してだ」
「ほう、それは興味深い。十三英雄と言えば、ルカがこの世界へ転移してきたのも200年前だったな。面識はあるのか?」
それを受けてルカは小さく頷いた。
「あるにはあるけど、あの当時は私もこの世界に馴染むため色々と実験してたからね。込み入った事は知らないんだ」
「ルカはリーダーとは面識があったよね?」
「あるよ。彼も2138年、つまりアインズと同じ年代から転移してきたプレイヤーだったから、少しだけど話はした。あとはリグリットに、イビルアイとも話したかな。それ以外の人はあまり知らないや」
「まあ僕らもあまり多くは語れないんだけども、何故十三英雄なんてものが発足したのかを説明するよ。(魔神)の話は知っているかい?2人共」
「私は知らないが....知っているかルカ?」
「知ってるよ。六大神の配下だったNPCが、主人がロストして暴走しちゃったって話だよね?」
「そうだね。僕も今アインズに説明を受けるまで、魔神が(NPC)という概念が無かったんだけど、今後ろに控えている君の部下も、いわゆる自我を持ったNPCなんだろう、アインズ?」
「その通りだ。今は私の最も頼れる部下達だがな」
「まあそういう訳さ。主人を失った配下が世界各地で暴れだし、それを滅ぼす為に組まれたチームが、十三英雄の発足に繋がった。十三というが、実際にはもっと人数は多かったんだけどね。武功を立てて目立ってたのが13人だったから、そう呼ばれていたに過ぎない。そうやって魔神達を全て倒した後、プレイヤーであるリーダーが不慮の事故で亡くなった」
「不慮の事故? 一体何が起きたんだ?」
「...リーダーが、誤って仲間の女性を殺してしまったんだ。そのショックでリーダーは自ら死を選び、僕たちが蘇生するというのも聞かずに、そのまま亡くなってしまった」
「........」
ツアーとリグリットは黙り込み、地面に目を落とした。ルカが心配そうに2人に問いかける。
「...その殺された女性はどうなったの?」
「彼女は蘇生されたよ。しかしその後戦う気力もなく、自らの意思で長い眠りについた。ルカ、君なら聞いた事があるんじゃないか? “夢見るままに待ちいたり”という言葉を」
「それはまさか、海上都市の?」
「...そうだ。リーダーの死という選択に、蘇生された後全てを知らされた彼女はあの地で今も眠りについている。もし今後あの都市に関わるような事があっても、彼女だけはそっとしておいてやってほしい。君達だから話したんだ、他言無用に願うよアインズ、そしてルカ」
「分かったツアー。その点は心配するな」
すると話題を変えようと、思い出したようにツアーが口を開いた。
「そうだ、僕たちが過去に戦った魔神の中で、一人だけ堕落しておらず、正気を保っていたNPCがいたんだ」
「それは何というモンスターだ?」
「
「貴重な情報感謝するぞツアーよ。他に何か聞きたい事はあるか?」
「そうだね、この国には八欲王の武器を狙ってきたんじゃないよね?」
「もちろん違うとも。それにギルド武器ともなれば、それはギルドマスターにしか装備出来ない代物。私達が持っていても何の役にも立たないからな」
「それだけ分かれば十分だ。こちらこそ興味深い話ができて楽しかったよアインズ」
何か言い忘れていると考え、ふとアインズはそれを思い出した。
「ところでツアーよ。リグリットもだが、幅5メートル・高さ15メートル程の巨大な黒い石碑を見た事はないか?表面は磨き抜かれていて、そこにエノク文字が刻んである石碑なのだが...」
「!!」
それを聞いてツアーとリグリットは顔を見合わせた。アインズはその豹変ぶりに慌てて口を挟む。
「ふ、二人とも!何か変な事でも言った...か?」
「...いやアインズ、その石碑なら見たよ。この大議事堂から北へ真っ直ぐ行った山中だ」
「そこに私達でも手に負えないような化物が出現してな。まるでその石碑を守っているかのようにその場を動かんのじゃ。あれが万が一評議国に乗り込んで来たら、騒ぎどころでは済まなくなると思ってな」
リグリットがそれを補足する。アインズは顎に手を当てしばらく考え込んだ後、2人に顔を向けた。
「ツアー、それにリグリット。ここまでお互い腹を打ち明けて情報を共有した事だし、我が魔導国と評議国で同盟及び友好通商条約を結びたいのだが、了承してもらえないか?」
「...そんな事、口に出すまでもないと僕は思っていたよ。リグリットも、他の評議員達もそれでいいね?」
そこに異を唱える者は誰一人としていなかった。すると自信に満ちた笑顔でデミウルゴスが2冊の黒いバインダーを持ち、一通をアインズに、もう一通をツアーに手渡した。そして2者はそこにサインすると、お互いにバインダーを交換して握手を交わした。
「今後ともよろしく頼む、ツアー」
「僕の方こそ、今後いろいろと世話になるよアインズ」
「では早速だが、共同戦線を張ろうではないか。その石碑の場所まで案内してもらってもいいかね?」
「なっ....今すぐにか?」
リグリットが驚いた様子でアインズに返すが、守護者達は装備を変更し、戦いの準備を始める。
「心配するなリグリット。私達は石碑に刻まれた碑文を知りたいし、お前達は邪魔なモンスターを排除したい。一石二鳥ではないか。ルカ・ミキ・ライル、フルバフ開始だ」
「了解、みんな中央に集まって。
次にミキが両掌を上に向け、前方に差し出して呪文を詠唱し始めた。
「
ライルも自らにバフをかけはじめる。
「
最後にアインズも両手を広げてフルバフを開始した。
「
ツアーとリグリットも含めたフルバフが完了すると、アインズはニヤリと二人に笑顔を送った。
「さて、行こうか2人共」
「な、何じゃこの補助魔法は?こんなもの私は見たことがないぞ」
「...とにかく行ってみよう、リグリット。これなら何とかなるかも知れない」
「行きます。
そしてアインズ達を含め16人は3チームに分かれ、大議事堂を出て北の山脈へと飛び立った。吹雪いている中を1時間程かけて目的地まで辿り着くと、眼下にうっすらとモノリスらしき黒い影が見えてきたが、周囲にモンスターの影は無い。100メートルほど離れた位置からゆっくりと前進していくが、50メートルまで達した時、突如正面に何かがポップした。全身を黒く分厚い鉄鋼板で覆った、全長30メートルはあろうかというセントールのような禍々しい姿をみて、
『状況・アムドゥスキアス!しかし私が見た個体とは色が異なる。イレギュラーの可能性大、アルベド・コキュートス・ライル、ユーゴ、即死攻撃に注意しつつタンクに徹して。こいつの本来の弱点は炎・神聖系だ。弱点属性が正しいかを確認する。マーレは炎属性、シャルティアは神聖属性の魔法を当ててみて。タンク組は私の魔法と同時に物理攻撃開始、イグニスはタンク組の回復、いい?』
『了解!』
「
(ビシャア!)という音と同時にライル・アルベド・コキュートスのタンク組3人が突撃する。
「
「
「マカブルスマイトフロストバーン!!!」
「
4人合わせて合計70連撃が叩き込まれるが、アムドゥスキアスの体の表面に
『シャルティア・マーレ、今だ!』
「清浄投擲槍!!」
「まま、
シャルティアの放った青白い刃とマーレのマグマが交差し、アムドゥスキアスの中心で大爆発が起きるが、またしても今度は黒いシールドに弾き返された。それを受けてルカの声が鋭くなる。
『タンク、一旦下がれ!アインズ、闇属性魔法準備、私は毒を撃ち込む、いいね?』
『了解した!』
『行くよ、
「
するとアインズの闇属性攻撃は当たる寸前にシールドに吸収されたが、ルカの毒属性移動阻害呪文は敵の体を覆い、緑色の靄に包まれた。アムドゥスキアスはのたうち回ったが、それを見てルカが咄嗟に指示を出す。
『弱点属性は毒と断定!全員毒属性の攻撃を開始、マーレは超位魔法準備。私が前に出る、合図と同時に全員離脱だ、いいな?!』
『了解!』
「
ルカのエーテリアルダークブレードが毒々しい紫色に変わり、敵へ突進する。そして敵の懐に飛び込むと、ダガーを空中でクロスさせた。
「
空中とは思えない程の華麗な舞いを見せながら、アムドゥスキアスの腰と足に毒属性Procの連弾が叩き込まれていく。そして背後からミキとリグリットが援護射撃を行う。
『
2人の六連弾が叩き込まれた時、アムドゥスキアスが手にしたハルバードを地面に叩きつけてきた。全員が咄嗟に後方へ下がった時、アムドゥスキアスは大きく息を吸い込み下方に向けて黒いブレスを吐きかけてきた。
「きゃあっ?!」
「グオオオ!!」
闇属性の強烈なブレスを浴びて、一歩退避が遅れたシャルティアとコキュートスがまともに食らってしまった。それを見てアインズとイグニスが回復に入る。
「
「
ルカは敵を見上げ、思わず舌打ちをした。
「ちぃっ!このままじゃ埒が明かない、どうするか...」
しかし考えるよりも前に体が動き、再度アムドゥスキアスの胴体に向かって飛び込もうとした、その時だった。背後から聞きなれない声が聞こえた。
「
突如背後からルカの横を掠めるように一枚の札のようなものが飛んでいくと、そのままアムドゥスキアスの胴体に張り付いた。すると破裂音と共に、赤と黒のバリアが弾けるように割れて砕け散ったのだ。アムドゥスキアスは悲鳴にも似た声を上げている。
『お嬢さん今です!防御魔法が剥がれた今、そいつの最も苦手な耐性は物理と炎です!!』
その
『シャルティア、デミウルゴス、超位魔法準備。炎属性を叩き込むぞ!アルベド・ライル・コキュートス・ユーゴ、物理攻撃で敵を引きつけろ!アインズ、ツアー、ミキ・リグリットは後方から火力支援、イグニス・マーレはタンクをヒール、ルベド、セバス、アウラ! タンクが引き付けている間両サイドから攻撃! 遠慮はいらない、叩き潰せ!!』
『了解!!』
ルカ・シャルティア・デミウルゴスが両手を高く上に上げると、3人の体の周囲に真っ赤な立体魔法陣が浮かび上がった。眼下ではタンクチームがこれ見よがしに斬撃を叩きつけている。そこへ素早くルベドが右サイドへ回り込み、ミスリル製のドゥームフィストと呼ばれるカイザーナックルを握り締めて横っ腹に飛び込んだ。
「
(ドガガガガガ!!)という轟音と共に、ルベドの一撃一撃は音速を遥かに超えたソニックブームを発生させ、強烈な重さを持った40連撃がアムドゥスキアスの腹部に叩き込まれた。PB(パワーブロック)の効果も併せ持つこの恐るべき高速の乱打はアムドゥスキアスの次の手を封じ、タンク組が更に削っていくという良い流れが生まれつつあった。
それを確認したルカは眼下に居るチームに指示を飛ばす。
『今だ!全員退避!!』
アムドゥスキアスを囲っていた全員が飛び退くように距離を取る。ツアーとリグリットは空に浮かぶ見たことも無い3つの立体魔法陣を目にして呆気に取られ、その魔法の危険度を察知して更に後方へ飛び退いた。ルカとシャルティアの頭上には、今にも破裂せんばかりの巨大な超高熱火球が作り上げられている。そしてルカはシャルティアとデミウルゴスの目を見て呼吸を合わせ、両手を地面に向かって一気に振り下ろした。
「超位魔法・
「
「
その巨大な超高熱原体がアムドゥスキアスに落下し、2つの太陽の下に晒される。あれだけ堅牢な守備力を誇っていた鉄鋼板の如き
ルカは地面に降り立つと周囲を見渡し、先ほどの声の主である”彼”がいないかを探した。しかしどこにもその姿はない。とそこへ、アウラとマーレが笑顔で駆け寄り、腕に絡みついてきた。それを見て全員が無事かどうかを確認し、ルカはアインズとツアー、リグリットの元へと歩み寄る。
「ツアー、リグリット、怪我はない?」
「あ、ああ。もちろんないよ。今のは超位魔法だね?」
「...ルカ、お前の戦っている姿は初めて見たが、想像を絶する化物じゃなお前達は」
「フフ、誉め言葉と受け取っておくよ。それよりみんな、黒い帽子に黒い服を着た怪しい男の人を見かけなかった?」
それを聞いてシャルティアとアウラ、マーレが不思議そうな顔をしてきた。
「いいえルカ様、私は見ておりんせんが」
「あたしも見なかったですよ?」
「ぼぼ、僕も見てないですけど、何かお札のようなものが飛んでいるのは見ました」
「やっぱり...」
ルカが考え込んでいるのを見て、アインズが心配そうにルカに寄り添った。
「ルカ、それはもしかしてだが、例の易者がここに来たという事なのか?」
「うん。確かに
「僕の出番は全くなかったけどね。ありがとうルカ、これで不安の種が一つ消えたよ」
「全く、魔導王といいお主といい、化物のオンパレードじゃな」
「同盟組んで良かったでしょ?」
「それはまあ、な。ところでルカよ、その石碑には何と書いてあるんじゃ?それに何やら土台部分に
「これを読める人を今呼ぶから、ちょっと待ってね。
─────────────────────────────────
『プルトン、あたしよ』
『ルカか、どうした?』
『今組合長室にいるの?』
『ああ。何だまたモノリスか?』
『そう。今度はアーグランド評議国に出現したの。今そっちに
『分かった。待ってるぞ』
『
────────────────────────────────────
ルカの左手に暗黒の門が姿を現すと、その中から剣を一本携えたプルトンが姿を現した。
「さ、寒っ!!何だここは雪山じゃないか、一言言ってくれれば....おお、これは魔導王陛下!それにそちらのお二人は、十三英雄のリグリット・ベルスー・カウラウ様と白銀様では?お会いできて光栄です。私はエ・ランテルで冒険者組合長をやっております、プルトン・アインザックと申します。以後よろしくお願い申し上げます」
「
「...全く人使いが荒いなお前は。分かった分かった、今見てやる。どれどれ?」
プルトンは石碑の上を見上げ、メモを取りながら声に出して音読し始めた。
─────────────────────────────────────
私は彼に謝罪しなくてはならない。ユグドラシルをこよなく愛し、サービス終了のサーバダウンが行われる最後の最後まで残ってくれていた彼、鈴木悟に。2138年11月9日 午前0:00、私は5人の部下を引き連れてその場にいた。
私は鈴木悟のモニターと並行して、エンバーミング社と軍から要請された(フェロー計画)について研究を進めていた。その計画とは、マイクロブラックホールではなく本物のブラックホールを使用して、RTL機能を実用化するというものだった。確かに本物のブラックホールを使用すれば、データ圧縮率も速度も跳ね上がるだろう。しかしそれを実現する為には、宇宙船と人工衛星の強度、そしてエネルギーがあまりにも足りなかった。基礎理論自体は完成していたが、それを実用化する為には82年という長い歳月を待たなければいけなかった。
話は変わるが、鈴木悟がダークウェブユグドラシル(以下DWYD)に入り2ヶ月が過ぎた頃、奇妙なプログラムが鈴木悟と共に行動している事が分かった。奇妙と言うのは、その共に行動しているキャラクターのIPトレースが行えず、それがプレイヤーなのかAIなのかすらも判別出来なかった事だ。自らの手でユグドラシルを作ったにも関わらず、分からないと言うのも妙な話だが、これは事実だ。恐らくは相当に強固な回線を使用して接続していたに違いない。唯一分かるのは名前だけ。
そのキャラクターの名前は、ルカ・ブレイズ。恐らくはプレイヤーだと思われる。何故なら、ユグドラシルの創造主である私が強制ログアウトを実行しても、それを受け付けなかった事だ。考えられるのは一つしかない。私よりも上位の存在───つまり、私達より未来に設置された新たなユグドラシルのホストサーバからやってきた存在だと言うことだ。しかしもしそうだとして、過去にいる私にはそれを確かめる術はない。鈴木悟に対し特に問題となるような行動はせず、むしろ協力的に立ち振る舞っているようだったので看過していたが、一年が経とうという頃、彼女は唐突に姿を消してしまった。ひょっとしたら外部からデータクリスタルを持ち込み、現実世界に帰還できたのかも知れないとも思ったが、これも想像の域を出ない。
──────────────────────────────────────────
「この碑文に関しては以上だ。遂にお前の名前が出て来たな」
「アインズだけじゃなく、私も監視されていたみたいね。そうだプルトン、虚空で見た碑文の内容を教えておくよ。メモしておいて」
ルカは中空に手を伸ばし、手帳を取り出してプルトンに渡した。プルトンはその内容を逐一書き写していく。そこへ、不思議そうな顏をしたリグリットとツアーが会話に割って入ってきた。
「この碑文にお前の名前が出ていると言うのは、つまりどういう事なんだ?」
「僕もそこが知りたいね。教えてもらっても構わないかい?」
「もちろん。この手帳に今まで見た碑文の内容が全部書いてあるから、少し待ってね」
やがてプルトンも書き写し終わり、2人に碑文の内容が書かれた手帳を見せた。二人はその内容をじっくりと読み込んでいく。
「...これはつまり、この今いるダークウェブユグドラシルという世界で、何かの実験が行われているという事なのかい?」
「ルカとそれに、この鈴木 悟という名前は誰なんだ?」
「詳しく話すと長くなるけど、実験というのは数百年という時代を離れてこのサーバに共存できる技術の事だね。あと鈴木 悟というのは、このアインズの事だよ。さっきアインズからも話の合った通り、現実世界にある元の肉体の名前がこれっていう訳」
「...この世界の事は先程聞いて大体分かったが、ここでそれが行われている目的というのが、つまりは碑文に書かれた内容という事か」
「そうだね。こうした石碑が今、この世界中のあちこちで突如出現し始めている。私達は各国と同盟を結ぶ傍ら、この石碑に秘められた謎も一緒に追っているのよ」
「なるほどな。この石碑に関しては僕たちが首を突っ込める話でもなさそうだし、君達に任せる事とするよ」
「結果が分かったら逐一連絡するから、そういった関連の情報が出てきたら教えてもらっても構わないかな?」
「それはもちろんだ。その時は真っ先に君達に連絡するよ」
「ありがとうツアー」
「
「そうだね。転移先を記録するためにも潜っておこう」
そして虚空からの
「ではルカ、この
「うん、お願い」
「
(パキィン!)という音と共にエノク語で彫られた文字の光が消え、
「さて、議事堂へ戻るとしよう。
アインズ及び階層守護者、ルカ達、ツアーにリグリットは元来た場所へと戻った。
「それでは此度の会談は終了という事でいいな?」
「そうだね。君達も何か動く際は僕達に連絡してくれると助かるよ、アインズ」
「承知した。では本日はこれまでとしよう。また会おうツアー、それにリグリット、評議員達。実に有意義な会談であった」
アインズは満足そうにマントを翻すと、議事堂の出口に向かって歩き始めた。ルカも二人に礼を述べる。
「それじゃあツアー、リグリット、今日は本当にありがとう。そっちも何か変化があれば
「了解した、ルカ」
「気をつけてな」
そうして波乱含みだったアーグランド評議国との会談は終了した。
───ナザリック地下大墳墓 第9階層 食堂 16:59 PM
「それでは皆の者、無事会談が終了した事を記念して、そしてルカ達大使3人の働きに対し、乾杯!!」
『カンパーイ!!』
アインズの音頭と共に、会談に参加した16人は手にしたグラスを頭上に掲げた。食堂に香り高いエーテル酒(スターゲイザー)の香りが満ち、そして全員がカクテルグラスを仰ぐ。長いテーブル上には様々な酒のツマミが用意され、皆会談の成功を祝った。後ろに控えていたヴァンパイアブライドに2杯目を注がれるシャルティアが、ルカに機嫌よく話しかけてくる。
「それにしてもルカ様、あのモノリスに出現したモンスターは強かったでありんすねぇ。あれはヴァンパイアが使うフォーティチュードに似ておりんしたが、あんな厄介なものは初めて目にしんした」
「そうだね、あのモンスター自体は
「モノリスから出現したのと何か関係がありそうでありんすね」
「うん、この場に居る全員がいたからアムドゥスキアスに対応出来たことが唯一の救いだけど、今後はもっと注意していかないとダメかもね。モノリスもそうだけど、出現するモンスターのプロトコルにもイレギュラー性が増してきてるように思えるし」
「いずれにせよ、道を塞ぐ敵は皆殺しでありんすぇ」
「心強いよ、シャルティア」
嬉しそうにニヤリと笑うシャルティアのグラスに、ルカは(キン!)と軽くぶつけて再度乾杯した。そしてルカは、獅子奮迅の戦いを見せたルベドの隣に歩み寄る。
「ルベド、お疲れさま。相変わらずすごい火力だったね」
「...ありがとう。このお酒すごく....美味しい」
「竜王国のお酒だよ。今度沢山もらってくるからね」
「ルカ....あれは....友人...だったのか?」
「友人? 何の事?」
「変わった黒い帽子に服を着た....見慣れない男。射程ギリギリの後方から...私達を援護していた。多分だけどあいつ....物凄く強い」
ルベドの真剣な眼差しを受けて、ルカは思い当たる節を質問する。
「それってもしかして、髪の長い銀髪の男だった?」
「開戦直後....私は後方にいたから...すぐに気づいた。その男で...間違いないと思う」
「....そっか、私の知り合いかもしれない。今度あった時にでも聞いてみるから、今はとりあえず飲もう!」
ルカはそう言って話をはぐらかしたが、脳裏に焼き付いた彼の顔を思い、そしてルベドから見ても強いという印象を持った言葉を思い返し、とりとめのない複雑な心境に支配されながら、グラスを仰いだ。
────────────────────────────────────
■魔法解説
物理攻撃と魔法系攻撃を+50%まで上昇させる魔法。Procにも有効な為、総じて火力を大幅にアップさせる事が出来る
パーティー全体の腕力(STR)を600上昇させる魔法
パーティー全体の体力(CON)を600上昇させる魔法
パーティー全体の器用さ(DEX)を600上昇させる魔法
装備している武器に最高位の神聖属性Procを付与する魔法
敵から受ける物理攻撃ダメージを30分間15%まで下げるヴァンパイアの特殊魔法
HP、MPを含む魔法やスキルのパワーコストを50%まで下げる魔法
闇耐性を60%上昇させる魔法
敵の麻痺に関わる魔法や攻撃を完全に無効化する魔法。60分間有効
防御力と氷結耐性を大幅に上昇させる魔法
物理攻撃・魔法攻撃の命中率を150%上昇させる魔法。60分間有効
術者のINT (知性)を+500までアップさせる魔法
星幽系魔法に対する回避率を上昇させる魔法
術者の精神力(SPI=MP)を+500まで上げる魔法
パーティー全体の防御力を+300上げる魔法
物理攻撃と魔法系攻撃を+50%まで上昇させる魔法。Procにも有効な為、総じて火力を大幅にアップさせる事が出来る
敵がかける
戦闘中のHP自然回復速度を150%まで引き上げる魔法
敵単体に対し、刺突・斬撃・打撃耐性を20%まで一気にに引き下げるデバフ属性魔法。これにより通常攻撃時でも大ダメージを与える事が出来る
装備している武器に最高位の毒属性Procを付与する魔法
敵に対しヴァンパイア特有の物理・魔法系フォーティチュード及び耐性強化等のバフを一撃で全て剥がしてしまう
超位魔法・
超密度・超質量を持つ熱核融合体を召喚し、その熱と重量で対象を焼きつぶした後に火炎属性の爆縮を引き起こす。魔法着弾後、その周囲に30秒間強力な炎属性DoTの効果も付与する
超位魔法・
小型の太陽を敵の頭上に作り出し、超高熱で炙り焼きにしたあと敵に落下し、大爆発を引き起こす炎属性の超位魔法
超位魔法・
敵の頭上から溶岩の雨を降らせ、地面からも超高熱の溶岩が湧き出でて挟み込み、対象者を焼死させる超位魔法
■武技解説
全方位からの超高速斬撃を浴びせる武技。ちなみに一万の斬撃とあるが、実際は20連撃程度である
ハルバード及びポールアーム系の武器による超高速20連撃と共に、追加効果として3秒間の麻痺を与える武技
剣による10連撃と共に、1分間に渡り流血属性のDoTダメージを加える武技
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます