屋上の彼女

秋本カナタ

屋上にて

「死ぬの?」


 僕が屋上から飛び降りようとしていた時、彼女はそう話しかけてきた。五月の昼休み、入学してから一ヶ月しか経っていない時だ。


 顔も見ずに、僕は頷いた。それ以外の選択肢はなかった。


 既に僕は心を決めていたし、一歩踏み出せば死ぬことが出来る。今を逃せば、僕はもう死ぬことは出来ないかもしれない。


「どうして死ぬの?」


 その言葉に、特別込められた感情は見当たらなかった。ただなんとなく聞いてみた。そんな風に聞こえた。


 僕は振り返った。


 そこにいたのは、おそらく僕とは何の関係もない、見知らぬ女子生徒だった。


 彼女はまた口を開く。


「本当に、死ぬ必要があるの?」


 僕は頷いた。頷くしかなかった。


 僕は決めたんだ。僕はここで死ぬしかない。死ぬ以外に、選択肢は残っていない。


 彼女はじっとこちらを見つめていた。何を考えているのか、その表情から読み取ることは出来ない。


 僕は彼女に、なぜ死ぬことを決めたのかを説明することにした。


 自分で口にすることで、自分はもはや死ぬしかないのだという状況に追い込もうとしたのだ。


 僕は語った。友情も努力も成功も勝利も知らない一人の高校生が、希望も未来も見ることを諦めるまでの、陳腐な物語。


 語り終えるまで、彼女は一言も口を挟まなかった。だが、僕の覚悟は確かに強まった。


 僕の人生には意味など何もない。


 それを、改めて自覚することが出来た。


「それで、あなたは死ぬの?」


 僕は頷いた。頷かざるを得なかった。


 彼女は何の感情も抱いていない。ただ僕の話を一つの情報として処理し、沸いた感想を言葉にしたに過ぎない。


 そんな彼女の姿に、僕の死ぬ理由が消されようとしている。


 それが怖かった。


 僕は彼女に背を向けた。一刻も早く彼女から目を背けたかった。


「あなたにとって、それの何が悲劇だったの?」


 淡々とした声。


 僕はふと考えてしまう。


 何が悲劇だったか。


 おそらく、きっと、絶対、何もかもだ。生まれてから死ぬまで、僕には悲劇しかなかった。悲しい人生だ。楽しくない人生だ。何もない人生だ。


「そう。あなたにとって、あなたの人生は悲劇なのね」


 そうだ。悲劇。悲しい人生。楽しくない人生。救いのない人生。


 そんなもの、死んで消してしまうしかないんだ。


「そう。そっか」


 彼女の声が、近づいているのが分かった。少し物憂げな声だった。


 彼女は僕を止めるのだろうか。死ぬなと、生きろと、説得をするのだろうか。


 無駄だ。僕の決意は固い。揺らぐことは許されない。


 不意に彼女は、僕の視界の片隅に入り、


「なら、私の人生は、悲劇と呼ぶにも程遠いものだね」







 彼女は、屋上から飛び降りた。

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