第3話
アザミ女は、崖っぷちにいた。
他のものがそれぞれに休憩をとり、戦闘に備えているのに対し、リラは常に見張りの位置にいた。
リラという戦士は、いつも隙を見せることはない。
いかにもウーレンの戦士らしい緊張感と、それを維持するタフさを持ち合わせていている。だから、誰もが憧れるのだ。
しかし、張り詰めた糸は常に切れそうな状態に保たれていて、ピーンと音を立てそうだ。
アルヴィは、時々、リラをかわいそうに思うこともある。
今もこうして下方の様子を探りながら、風を受けているのだから。
「おい、リラ。おまえ、メシ食ったのか?」
アルヴィの声にもリラは緊張を解かず、リューマの軍勢を睨んだまま、ピクリとも動かなかった。
「ああ」
それが返事らしい。
彼女の髪は、やや茶がかった赤。黒髪が多いウーレン族の中で、より純血を濃くあらわしているのだろう。生まれは卑しいが、王族の血をひいているのは間違いない。
陽光に染められることはない肌は白。品のよい横顔だ。尖った耳先の真っ赤な飾り毛も、ウーレン族の特徴である。
アルヴィは手の中にあるスミレを、そっとリラの耳横に挿した。
初めてリラがぴくっと反応する。
「何? 何やっているんだよ?」
ぎりっと鋭い横目で睨まれた。
「いや、花でもつければ、おまえも少しは女っぽいかなぁ……と思って」
思ったままの言葉だったが、リラはぷいと、また視線をもとに戻してしまった。
「アルヴィ、あんた、昨日の行軍で頭いかれたんじゃないの?」
確かに……と思った。
でも、リラの髪になんとなく花を添えたくなったのだ。
心なしか、白い頬に色がさしたように見える。情熱の赤の髪に、艶やかな紫はよく映える。
だが、それは一瞬だった。リラは面倒くさそうな顔をして、ささっと花を外してしまった。
「戦いに邪魔臭いだけだ」
「かわいくねぇ」
つい、言葉が漏れてしまった。
花を贈れば、心を伝えることになる――
リラは、そんな浪漫を解する女ではなかった。
それに、やはりアルヴィに花を贈るという行為は似合わないらしい。
だいたい、なぜ俺がリラに花など……と、考えれば考えるほど、奇妙でおかしかった。
アルヴィにとってリラは同志であり、別に求婚するつもりも何もない。何もないはずなのだが……。
考えるだけ疲れてきて、アルヴィは花のことを忘れることにした。
我々に、もう時間はない。
持ち場に着く。戦闘は迫っている。
戦いは突如始まった。
味方の軍からの合図を、リラがすばやく察知した。
裏部隊は、わずかに五十五名。それを、二百名ほどの部隊に見せるため、たくさんの旗を掲げ、角笛を吹く。
そして、一斉に馬で山を駆け下りて突撃するのだ。
リューマ軍がひるんだところで、味方の軍も同時に動くことになっている。兵力的にはリューマには負けているが、奇襲・挟み撃ちという作戦で、我々は勝利を手にすることができるだろう。
シーラが放った火矢がリューマ軍の旗を焼くのを合図に、待機していた味方の軍からも角笛が響き渡った。
矢を放ったとたん、シーラの胸のスミレの花は、引きちぎれて戦場にひらひらと散った。地面に落ちたか落ちないかのうちに、馬の蹄で散り散りに舞った。
その後、スミレがどうなったのか、誰も知る者はいない。
アルヴィは月光の剣を抜く。陽光に輝く剣は、いきなり逃げ惑うリューマの歩兵の首を刎ねた。
目の前で、仲間の一人がリューマ軍の矢に倒れた。しかし、犠牲は何倍にもして返すのが、ウーレンの主義だ。敵の弓兵達は、すばやいリラの突撃の前に慌てて抜刀し、剣をぶつけては次々と倒されてゆく。
デューンが血まみれなのは、返り血を浴びているからだ。ウーレンにしては珍しい大きな剣は、リューマでは邪剣の名をほしいままにしている。彼の剣から逃れられる者は稀だろう。
悲惨で壮絶な殺し合い。
この戦いにあって、血が沸き気分が高揚してくるのはなぜか?
赤に染まる大地に、潤いにも似た快感を感じるのはなぜか?
死と生の間に身をおく興奮は、何物にも変えがたい。
血ゆえの……宿命なのだろうか?
戦いは勝利で終わった。
だが、この喜ばしい勝利を母には伝えることができない。
母は血を嫌い、戦いを憎む。
戦いに快感を見出し、血を浴びて恍惚としている姿など、けして見せられるものではない。
剣についた血をふき取りながら、アルヴィは初めて苦い気持ちになった。
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