ある日のフィッティングルーム
瑠香視点です。
『Wedding Bells Sweet』の、フィッティングの様子です。
*******
今日は二人のフィッティングの日。この日のために、ほとんどのスタッフが寝てない。尤も、みんな好きでやっているんだけど。
「こんなんでいいかしら……」
まだ仮縫いだから、あまり強く引っ張らないでねと言って泪にそれを手渡し、着替えてもらうとアタシの前に立たせた。その後ろには姿見がある。
「泪、どこかきついところとかはない?」
そう聞くと、足や首、腕を動かしてみたりしていたのだが「首周りと、腕を曲げた時に二の腕の辺りがきついかしら」と言われたので、「わかった」と素早く直して行く。
「これくらいでどう?」
しつけ糸を一本抜き取り、少し余裕を持たせる。もう一度首や腕を動かしてもらうと、さっきより楽になったのか「大丈夫」と言ったので一歩下がって全身を見ると、微妙にズボンの裾が短い。
「OK。あとはズボンの裾をもうちょっと長くして……」
ぶつぶつと呟きながらいろいろと服を弄る。自分で言うのもなんだが、本当に似合ってると思う。他のスタッフも感嘆の息を吐いていた。一週間でよくここまで仕上げた、とスタッフに感心せざるを得ない。それと同時に、感謝もする。
「うん、これでいいわ。日程とか聞いてる?」
「アタシは先勝の日曜日にやるとしか聞いてないわ」
「先勝?! 朝からやるの?!」
普通は大安吉日でしょうが! と内心突っ込む。まあ、すぐに式を挙げろと言った父が悪いんだけど。
「時間とかはまだ詳しくは聞いてないけど、母さんたちに振り回されてた圭なら聞いてるかも」
「そう……。なら、時間はお圭ちゃんに聞くわ」
そう言ったあとで着替えてもいいわよと言い、服をもらうと「麻ちゃんお願いね」と彼女に服を渡す。
「じゃあ、次はお圭ちゃんね。泪は見ちゃだめよ?」
「なんでよ?!」
「お楽しみは当日まで取っとくものよ?」
泪を追い出すと、義理の妹になったお圭ちゃんのドレスを用意し始める。すると、二人の会話が聞こえて来た。
「圭、姉さんが呼んでいるわ。……何を読んでいるの?」
「うわっ?! ……泪さん……びっくりした。ほら、去年の秋に話題になった映画の原作本だよ。待っている間、泪さんも読む?」
「どの映画?」
「江戸時代の天文学者のやつ。一番最初に日本独自の暦を作った人の話だよ」
「ああ、あれね! 読むわ! それと、アタシにも紅茶を入れてくれる?」
「いいよ」
(圭輔さんに会いたくなっちゃったじゃないの……)
……聞くんじゃなかったわ、と少し後悔する。
ここ一週間、お互いに忙しくて婚約者である前嶋 圭輔に会っていない。会っていないどころか、電話やメールすらしていないのだ。そんなことで揺らぐ関係じゃないとわかっているが、それでもやっぱり寂しい。
お圭ちゃんのフィッティングが終われば、あとは縫製するだけだ。奥から微かにミシンの音がするから、麻ちゃんは既に泪の縫製を始めたのだろう。麻ちゃんが始めたなら、あとは早い。もう一人、別のスタッフに縫製を頼んだところで「お待たせしました」と言ってお圭ちゃんが来た。
「じゃあ、これに着替えてね。まだ仮縫いだから、強く引っ張ったりしないでね」
「はい」
ハンガーにかかったままのドレスを手渡し、お圭ちゃんが着替えている間に小物類を用意する。
着替え終えたお圭ちゃんに自分の前に立って貰うと、周りから「可愛い!」「素敵!」という声が聞こえた。ミシンの音が止まったので「Staff Only」と書かれた扉を見ると、縫製していたはずの二人がお圭ちゃんを見て、顔を綻ばせていた。
苦笑しつつも「きついところはない?」と聞く。
「えっと……他は大丈夫なんですけど、あの……む、胸がかなりきついです……」
そう言われてしまい、察した。
(……泪め~~~!)
内心毒づいた。
想定内のこととは言え、一番厄介な場所でもある。禁止したところで泪が言うことを聞くとは思えないし……とそっと溜息をついて、あれこれ直し始める。
「うーん……これをこうして……」
ぶつぶつ言いながらも全体のバランスが崩れないように、慎重に手直しをいれる。
少し余裕を持たせ、「どうかな?」と聞くと「大丈夫です」と言ったので、それに合わせて小物類も合わせながら、式当日の時間を確かめる。
「そう言えばお圭ちゃん」
「なんですか?」
「式は何時から?」
「式は十時からで、披露宴は十一時半、と聞いています」
「やっぱり……。まあ、先勝ならそれくらいの時間からよね」
「ですよね……」
二人で溜息をついたところで小物類の合わせも終わったので、「これでいいわ」と小物類を全部外してから着替えてもらう。
(はあ……。これでやっと圭輔さんに会える……)
これから泪の友達の直哉のところに行って、お圭ちゃんのフレアバーテンディングを見ることになっているから、結局会えるのは明日以降になるのだけれど。
(自分のウェディングドレス、自分で縫おうかしら)
そんなことを考えながら、義妹が着替えて出てくるのを待った。
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