ある日の孫争奪戦

泪→在沢ママ視点です。

勝者は誰だ?!




*******



「うぁーん!」

「お圭ちゃん、麗が泣いちゃったわ!」

「あらら……おむつかな?」

「さっきアタシが変えたばっかよ?」

「じゃあ、おっぱいだね」


 おっぱい、という言葉に反応する。先日、圭と一緒に行った一ヶ月検診で医者にはヤってもいいとは言われたが、今のところ、チャンスはなかった。


(あるとすれば、麗がおっぱいを飲んだ直後くらいなのよね……)


 あとは両親に預けて、デートと称して二人きりになるしかないのだが、片一方に預ければ、『何でうちに来ない!』と言われてしまうのだ。


(どうしようかしら……)


 溜息をつきながら、圭が麗に母乳を与えるのをぼんやりと眺める。


(そう言えば、また食事会をしたいって言ってたわね……)


 それを思い出し、内心ニヤリと笑う。エッチができなかったとしても、せめて、久しぶりに二人きりでデートしたい。どうせなら、両家総出の旅行でも行こうか、と考える。奇しくも、もうじき三連休が来る。


(近場で空いてる温泉地の旅館とかあればいいんだけど……)


 そう思い立ち、パソコンで近場の温泉地を探すと、偶然にも箱根方面で部屋が空いてる旅館を見つけた。箱根なら電車でも車でも行けるし、見るところも結構ある。


(決まりね♪)


 画面を開いたまま両家に電話をして参加人数の確認を取ると、三部屋の予約をしたあとで、麗を寝かしつけた圭を襲……もとい。珍しく無防備になった圭に、チャンス到来! とばかりに圭を誘惑し、久しぶりにじっくりたっぷり圭の体を堪能した。



 ***



「あら、素敵なところじゃない!」

「泪くん、本当にいいのか?」

「アタシが誘ったんだし、構わないわ。親孝行くらいさせてよね」


 そう言った義理の息子の泪くんは、たまに在沢家わがやに来ては真琴や翼や葵の勉強を見たり、一緒に遊んでくれたりするし、保さんの相手(主に愚痴を聞く)をしてくれたり、あたしの買い物に付き合ってくれたりする優しい人だ。本当に圭には過ぎた夫だと思う。

 けれど、泪くんに出会った圭は、『強引なんだよ』と言っていた割には幸せそうに笑う。相変わらず無表情ではあるけれど、徐々に無表情を崩しつつあるのだ。自分たちにできなかったことを泪くんにやられてしまって少し寂しい気もしなくもないけれど、でも、圭のいろんな表情を見れるのはすごく嬉しい。


「真由さん、先日はありがとう! 一緒に行けて嬉しかったわ!」

「いいえ、百合さん。こちらこそ助かったわ!」


 百合さん――泪くんのお母様である穂積 百合さんとは、両家の食事会の時からなぜか気が合う。先日も歌舞伎を一緒に見に行くはずだった知り合いにドタキャンされ、急遽百合さんに相談したところ、ふたつ返事で一緒に行ってくれたのだ。


「「素敵だったわねぇ……高麗屋こうらいや!」」


 二人でほぅっ、と溜息をつくと、「お母さんたち、恋する乙女みたいよ?」と泪くんに突っ込まれた。


「それで? 何が目的なの? 泪」

「……あら、さすがアタシの母だわ。まあ、簡単に言っちゃえば、久しぶりにお圭ちゃんと二人っきりでデートしたいの。だから、数時間でいいから麗を預かってくれないかしら?」

「あらあら。いいわよ♪ 麗に会うのも久しぶりだもの」

「真由義母さん、ホント?!」

「もちろん。ね? 保さん」

「ああ。いいぞ?」


 泪くんは、あたしが百合さんと一緒にいると、あたしの事を真由義母さんと呼ぶ。それが何だかくすぐったいのは、保さんには内緒だけど。


「じゃあ、お願いね! 荷物はコレ。中にオムツとか全部入ってるから。母乳も絞って哺乳瓶に入れてあるから、もしもの時はよろしくね! さ、お圭ちゃん、行くわよ♪」

「ちょっと……泪さん?!」


 用意周到ねと苦笑しつつも、まだ新婚だから仕方がないかと溜息をつく。泪くんに引きずられるように一緒に行った圭は、途中で泪くんに何か言われたのか、突然真っ赤になって


「な……! バカーー!」


 と叫んだ。



 ――この時はまさか、あんなことになるなんて、思いもしなかった。



 ***



「あー」

「うふふ……赤ちゃんの匂い、久しぶりね」

「きゃーう♪」

「あら、これ、気に入ったの?」


 麗のお腹に自分の唇を宛て、唇を震わせるようにぶーっと息を吐く。音が面白いのか、振動が面白いのかはわからないけれど、麗はニコニコと笑っていた。


「可愛いなぁ」


 普段よりも目尻を下げてデレデレしている夫は、変な顔をして麗を笑わせていたのだが。


「じーじだぞー♪」


 夫のその言葉に、思わず吹き出してしまった。


「うー」

「ああ、ごめんね、麗。ちょっと強かったわね」


 そう言って唇を離し、捲っていた産着を戻した。


「うー」

「あら、もっと?」

「じゃあ、今度はわたしね」


 百合さんと交代して窓際に座り、ぼんやりと外を眺める。キャッキャとはしゃぐ麗の声。赤や黄色に色付き始めた山間。子供たちにも一緒に行こうと誘ったけれど、『たまには二人でゆっくりしてきなよ!』と言ってくれたのは、意外にも翼だった。


『俺のほうがまこ姉より料理うまいし、三連休は部活とかもないし。今の葵ならちゃんと一人でもできるし。な? 葵』

『うん! 僕、お兄ちゃんになったんだもん、ちゃんとできるよ!』

『だよな。ちゃんとできないと、麗に笑われるもんな』

『うん!』


 正確には姪なんだけど、とは誰も言わなかった。

 麗が生まれたことで、確かに葵は成長したから。


「真由さん、お茶をどうぞ」

「すみません。ありがとう」


 かなりぼーっとしていたのか、百合の言葉に現実に戻され、すぐにお礼を返す。


「二人のおじいちゃんに任せてきちゃったわ。やっぱり、赤ちゃんの匂いって良いわね」

「本当。ちょっと懐かしくなっちゃった」

「わたしもよ」


 クスクス笑いながら、麗を夫たちに任せ、しばらくお互いの子供たちのことを話している時だった。


「あーん!」


 突然麗が泣いた。


「ほら泣いた! だから言っただろうが!」

「お前の顔が怖かったからではないのか?」


 そんな声に振り向くと、麗を挟んで二人が喧嘩をしていた。


「もう、保さんたち、何やってるの! 麗が泣いてるじゃないの!」

「「ちがう! こいつが悪い!」」

「うわーん!」


 わんわん泣く麗を他所に、二人はその声が聞こえていないかのように口論を繰り返す。

 百合さんは旦那さんのこんな姿を見るのは初めてなのか二人の口論を止めるでもなく、麗をあやすでもなくおろおろしていたので、自分が止めるべく、二人よりも大きな声で怒鳴る。


「ちょっと、止めなさいって!」


 でも、それが間違いだった。麗はさらに泣き叫び、部屋中に麗の泣き声が響き渡った途端、誰かが麗を抱き上げた。


「麗が泣いてるのに、何でほったらかしなの?」


 絶対零度のひんやりとした声にそちらに目を向けると、能面を被ったような無表情の顔、氷の女王の如く冷ややかな目。麗をあやしながら仁王立ちをした圭と、二人でデートして来た割には、少し涙目になってがっくりと項垂れている泪くんが立っていた。


「け、圭!」

「お父さんたち、麗をほったらかして、一体何やってるの?」

「ひっ!」

「こ、これはだな」


 二人の父親はびくりと肩を揺らす。あまりにも情けない姿に笑いたいけど、今の雰囲気ではそれは許されない。


「麗の面倒を見てくれるんじゃなかったの? そういう話だったよね? 泪さん?」

「は、はひ」


 泪くんもここまで怒っている圭を見るのは初めてなのか、父親同様、びくりと肩を揺らした。


「お母さんたちも、何をやってたの?」

「「そ、それは」」


 百合さんは顔面蒼白。もちろん、あたしも。


(まずい……)


 完全に圭が怒っている。結婚してから崩れてきてはいるものの、普段の圭は無表情がデフォルトとはいえ常に穏やかだ。そんな圭がここまで怒ることは滅多にない。

 そんな圭を初めてみた穂積家の面々は、顔をひきつらせながら青ざめている。もちろん、あたしたち夫婦も。


「全員、そこに座ってください。泪さんも」

「いや、でも、お圭ちゃん」

「す・わ・っ・て・く・だ・さ・い」

「………………ぁぃ」


(ああ、やっぱり……)


 麗は母親である圭の優しい声に安心したのか、泣き声はひっ、ひっ、とひきつるような感じに代わり、圭はそんな麗を菩薩のようにあやしながら、目の前に座った自分たち五人には、地獄の閻魔の如くの形相でガミガミと雷を落とし、説教をし続けた。



 ――後日。二度と圭を怒らせる行動をしないようにしよう、と両家で誓い……

 原因の発端となった泪くんは、仕事以外で圭に口を聞いてもらえないと我が家に涙ながらに訴え、保さんと二人でなんとか圭をとりなしたのは言うまでもない。


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