Screwdriver
微妙な気分でホテルに着き、いざチェックイン、というところで問題が起こった。
「大変申し訳ございません。ツインではなくダブルでご予約となっておりますが……」
手続きをしたフロントでそう言われ、微妙だった気分が更に落ち込み、固まる。
(あんの、バカたれが! 予約間違えたのですか?! だから何回も『確認してくださいね』って言ったのに!)
怒り心頭で内心でぼやいたところで、今更どうにもならない。
仕方がないので自腹覚悟で空き部屋状況を聞くと、週末なので空きがないという。簡易ベッドや予備の布団があるか聞けば布団ならあるとのことだったので、一組の布団と毛布を頼み、部屋に運んでもらうようお願いをした。
そして部屋に着くなり小田桐が「水が飲みたい」と言ったので、一旦椅子座って待っているように伝えると、備え付けの冷蔵庫からペットボトルの水を用意し、小田桐に渡す。洗面所でタオルをお湯で濡らしたあとで小田桐にお風呂に入るように言い、彼がお風呂に入ったところで布団が届いたので、窓際にあったスペースに布団を敷く。
シャワーは朝浴びることにしたので身体をさっと拭いて眼鏡を外し、カラーコンタクトも外すと自前のパジャマに着替え、疲れたので先に寝ることを小田桐に告げ、布団に潜りこんだのはいいのだけれど。
(寒いなぁ……毛布、もう一枚もらえばよかったかな……)
――深夜二時。布団に潜り込んで三時間ほどがたつ。潜りこんだはいいけれど、先程から降りだした雨のせいで室温が更に低くなり、寝ている小田桐を起こさないようにエアコンをつけたものの、私が思っている以上に寒かった。
今からフロントにお願いしてもいいけれどさすがにこの時間に連絡するのも気が引けるし、小田桐を起こしてしまいそうだからやめたのだ。
内心溜息をついてから布団からそっと這い出ると、念のために持って来ていたカーディガンとTシャツをバッグから取り出し、パジャマを脱いで中にTシャツを着込むといくらかマシになった。もう一度パジャマを着込み、その上にカーディガンを羽織り、更に靴下を引っ張り出して履いてから布団に戻る。
(最初からこうしとけばよかった……)
まさか雨が降るとは思っていなかったのだからしょうがないとしても、それでも寒いものは寒いしパジャマ一枚よりは遥かにマシだった。ベッドで寝ている小田桐の安らかな寝息に若干腹を立てながらも、そういえば昔は
他の人がどうだったのかとかどんな気持ちでいたのかは知らないけれど、私にとってはテレビに映っているアイドルを見ている感覚だった。
私の容姿は知っているつもりだ。百五十しかない身長に少し丸い顔、身長のわりに大きすぎる胸。太めの身体は事故で傷だらけだし、その事故で
そこまで考えて苦笑する。思考がマイナスになっている。雨が降るとすぐに思考がマイナスになってしまう。
もう終わったことだし過去のことだ。今更何かを言ったところで、過去は変えられない。
そういえば……と泪のことを思い出す。最初に出会った公園は自宅近くだった。二回目の今日は他県にある出張先。どちらも『大丈夫ですか?』と声をかけた。
泪は私を探していたと言ったけれど、名刺も含め恐らく社交辞令だろうと思っている。太っちょチビ眼鏡を探す人は、まずいないのだから。
(……またマイナス思考になってるなあ……)
内心で溜息をつくと、布団の中で寒さに震えながら転寝しては起きるという夜を過ごし、夜が明けてからこっそり入ったお風呂の湯船に浸かってから、はたと気付く。
(今みたいに、部長が寝てる間にお風呂に入って身体を温めればよかったんじゃない!)
そんなことに気付かないほど、マイナス思考に浸っていた私自身に呆れたけれど、既に後の祭り。
小田桐と一緒に出張先からそのまま会社に報告に行った時には喉が痛みを訴え、報告後は自宅に帰って寝ようと思っていたのに、具合が悪いことを見破られて父に無理矢理在沢家に連れて行かれてしまった。
――そして単なる喉風邪のつもりでいたら、結局風邪をらせて気管支炎になって寝込む羽目になり、謀らずも姉の世話ができると弟妹たちがはしゃぎ、親に怒られていた。
普段にはない賑やかさに呆れつつもどこか安堵し、高熱に魘されながらもただひたすらに眠った。
出社できたのは四日後で、会社に着くなり「おめでとう!」と言われた。会う人会う人にそう言われ、意味がわからない私は、漫画でいうなら頭上にクエスチョンマークがどんどん増えていく。
(気管支炎が治っ……ていないけれど、どうしておめでとうなの?)
そんなことを考えながら秘書課に向かっている時だった。社内報の貼られている掲示板をチラリと見てから一旦通り過ぎ、ピタリと止まる。
そして勢いよく振り返り掲示板のところへ戻って見直すと、時期外れの人事異動が貼られていた。
『 二×××年十月三十一日
辞令
統括部秘書課
在沢 圭 殿
二×××年十一月十五日付けを以て、穂積エンタープライズへの転属を命ず。
小田桐商事株式会社
代表取締役社長
小田桐 康行 印 』
「はい……?!」
病み上がりきっていない状態での出社後に待っていたのは、いつもの仕事ではなく、葎を叱りつけることでもなく……身に覚えのない、ある意味栄転的な転属辞令書だった。
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