Stinger

 周たちのやり取りを聞いて内心苦笑しながらも、秘書用の資料を用意を始めた。


「秘書のお二人には、最低でも秘書検定二級を取っていただきます」

「三級ではないんですか?」


 そう話した私に女性のほうが尋ねる。


「三級も取っていただきますが、我が社では秘書として部長職以上につく場合、二級以上の資格が必要ですから」

「け……在沢さんは何級を持っているんですか?」

「一級を持っています」


 葎の質問に答えると新人二人だけでなく、「聞いてない!」と周にまで驚かれた。


「あれ? 言っていませんでしたか?」

「知らん!」

「あー……それは失礼いたしました。それで、秘書検定に話を戻しますが」


 秘書検定用の資料一式を二人に渡す。


「秘書の基本的な仕事内容はどの部署でも変わりませんので、この資料を読めば検定自体は取れると思います。ちなみに、秘書検定は併願ができますので、三級、二級を同時に取っていただきます。試験は簿記検定同様に六月です。どうしても希望部署に行きたいのであれば、必ず試験に通ってください。それまではきちんとサポートいたします」

「サポートねぇ……それはさておき、圭に聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょうか? 室長」

「簿記検定の持っている級は?」

「一級を持っています。私は『資格オタクだ』と在沢室長から聞いてませんか? ああ、在沢室長という方は、謂わば秘書課のボスです」


 最後の部分は新人に伝える。


「おいおい、聞いてないぞ……他にも何か持っているのか?」

「そうですね……いろいろ持っていますが、会社規定のというのであれば、P検定や速記、情報処理もあります」

「速記もか……ワープロ検定は?」

「資格は持っていますが、どうでしょう? きちんと時間を計ったことはないのですが、それなりに速いほうではないでしょうか」

「……俺、ワープロ打ちは速いです」


 私と周の会話に割り込むようにして葎が手を上げる。


「……だったら、これを三人同時に清書してくれ。秘書課希望の二人と圭、それぞれの時間を計りたい」


 秘書課希望の二人と私に、周からプリントを手渡される。


「文書はこれな。平等を期すため、営業チーム用に真葵……美作が用意したものを、念のため河野からもらっておいた。約千文字あるそうだ」

「あの……平等と言っても在沢さんは三人の秘書をしているそうですし、文書も美作さんと一緒に用意されたのではないんですか? それに、ここのパソコンを使い慣れているなら、平等と言えないんじゃないんですか?」


 総務希望の女性がそう聞くと、他の四人も頷いている。


「文書は本来の営業新人教育担当者が用意し、その担当者に今朝渡されたものだから、私も河野も内容を知らないわよ? ちなみに、用意したのは営業部長秘書要らずの長崎部長です。先週会ってるはずだから、確認したいのならどうぞ」


 総務希望女性の話を聞いていたらしい真葵が呆れ口調でそう告げると、食って掛かった女性は俯いてしまった。


「だそうだ。それに、ここのパソコンは今朝入れ替えたばかりだと聞いている。だから圭もまだ触っていない。君たちはパソコンの搬入を見ていたはずだし、既に触っているはずだ。むしろ君たちのほうが有利だと思うが? 違うか?」


 周にそう聞かれて今朝のことを思い出したのか、顔を見合わせると「……違いません」と全員俯いてしまった。


「わかればいい。さて、始めるぞ。罰だ、お前ら全員で清書しろ。いいな?」

「ええーっ?!」


 新人全員が顔を上げて抗議すると、周がニヤリと意地悪く笑い、「なんだろう?」と告げた。


「ちえっ! 薮蛇だよ……お前のせいだぞ!」

「あ、あたし……!?」

「そうそう」

「いいじゃん、どっちみちパソコンに慣れなきゃなんないし」

「ええっ?! マジ?!」

「「「「マジ」」」」


 周や新人たちのやり取りを黙って聞いていたのだけれど、経理の二人が総務の女性を責め、最後の言葉のところで思わず「ぷっ」と吹き出してしまい、しばらくクスクスと笑ってしまった。


「あら、仕事中の笑顔なんて初めて見たわ」

「俺も」

「俺は在沢室長と一緒に笑っているところを何回か見たな」


 真葵、智、周がそれぞれ呟き、「普段からコイツは無表情だからな。お前らラッキーだったな」との智の声で、営業チームを含め全員に見られているとわかり、「申し訳ありません」と表情を引き締めて周囲を見回すと、ニヤニヤ笑う周や智や真葵、ポカーンとしている他の新人の中で、なぜか葎が嬉しそうな顔をしていた。


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