2001:A Space Odyssey

 各部署の説明や仕事内容を一週間ほど仕込まれた新入社員たち――今年は男女各五名――は、これから二週間各部署の基本的な仕事をレクチャーされる。

 その後、希望している各部署ごとに別れ、各部署の教育担当が適正を見極めたあと正式に配属になるというシステムを取っているのが、この会社の新人教育だ。


 今年は営業に五人、経理に二人、総務に一人、秘書課に二人の希望が出され、ある程度の希望は受理されるものの、今年の新入社員はその部署に必要不可欠なスキルを持っている者がほとんどいなかったために、各部署の教育担当――特に、営業と秘書課はその研修に苦心していた。



 ***



「おはようございます。お呼びでしょうか?」

「ああ、おはよう。すまない。実は、企画室に行ってる三島のことなんだが……」


 始業三十分前。一番年下である私はいつも早めに来て秘書課内の掃除やお茶の用意をしているのだけれど、掃除も終わり、私が使うパソコンを立ち上げたところで秘書課の室長である在沢ありさわに呼ばれたのだ。


「三島さんがどうかされたのですか?」

「簡単に言えば、秘書室に戻って来る」


 そう告げた室長に戸惑う。


「え? ですが、三島さんは必要な資格を全て持っているからということで、企画室側から乞われて……」

「そうなんだが、先日やった模擬試験、覚えてるか?」


 室長にそう聞かれて、先日実施した試験のことを思い出した。


「あ、はい。会社全体でやったP検定やTOEICなどの抜き打ちですよね?」

「ああ。その結果が昨日出たんだが、内容を見た社長がえらくご立腹でな。特に、企画室でTOEICの規定数割れしているのが半数いたらしい」

「半数も、ですか?!」

「ああ。しかも、その半数が吉野室長ご推薦の奴ばかりでな……」

「企画室のTOEICの規定数って、最低でも六百点以上でしたよね?」

「ああ」


 企画室はその名の通り、ありとあらゆる物を企画する。

 私が勤めている小田桐商事は海外のクライアントも何件かあり、問い合わせや打ち合わせなどで英語などの外国語力が不可欠だし、英語は必須なのだ。だからこそ、年に何回か抜き打ちで我が社独自の模擬試験をしている。いるのだけれど、秘書課を除いて一番語学力が試される企画室の規定割れが半数もいるのは問題だった。


「規定数割れした人たちはどうなるのですか?」

「吉野室長は主任に降格処分、他の者たちも減俸やら何やらあるらしい」


 在沢室長は苦笑気味にそう吐き出す。


「で、だ。ここからが本題なんだが……」

「はい」

「企画室の新室長に石川、新サブに河野と美作を据えるらしい。その三人のスケジュール管理をお前がやれ」


 そう言われて固まるも、固まっている場合ではないとすぐに在沢室長に詰め寄る。


「ちょっと待ってください。スケジュール管理だけならば、私ではなくとも三島さんでもできるはずです」


 私の言葉に深ーい息を吐き出したあと、在沢室長は疲れたように椅子の背もたれに深く凭れる。


「石川、河野、美作のたっての希望なんだよ」

「どうして私なのですか? 確かに普段から三人の仕事を手伝うことも多いですが、私より優秀な人はたくさんいますよね?」

「おいおい、俺にまで嘘はつくなよ。先日の模擬の結果を俺は知ってるんだぞ?」

「……紛れ当たりですよ」


 視線を逸らしながらそう言った私に、在沢室長は盛大に溜息をつき、ひたと私の目を見据える。


「石川たち曰く、しばらく『他の優秀な人材に』仕事を任せたそうだが、お前以上にきっちりこなせるやつはいなかったそうだ」

「ですが……」

「たとえ紛れ当たりだろうとなんだろうと、先日の結果を踏まえたうえでの、あの三人からのオファーだ。今まで通り、あの三人のスケジュール管理を頼む」

「全く……あの三人は言い出したら聞かないですからね。わかりました」


 苦笑しながらも、内心はまたあの三人の仕事を手伝えるのは嬉しいと素直に思った私だけれど、世の中そうは甘くなかった。


 早速、企画室に向かい、三人に挨拶をする。


「石川しつちょ……」

「以前と同じように、名前で呼べ」

「ですが……」

「室長命令」

「――どんな命令ですか……」


 理不尽ともとれる石川の――周の命令に脱力しながらも、三結局人に名前で挨拶をする。


「周さん、智さん、真葵さん、またよろしくお願いします」

「よろしく。お前の席はここな」

「はい」


 周の隣の席を指示され、早速パソコンを立ち上げる。


「今日はともかく、明日以降の三人のスケジュールはどうしますか?」


 パソコンが完全に立ち上がるまでの待ち時間の間、今後のスケジュールを聞く。


「今のところ急ぎの仕事はないそうだし、しばらくは俺と圭、智と真葵の二組で新人教育をする」

「あら、企画室が新人教育なんて珍しいですね」

「営業と秘書課希望の新入社員のTOEICが全員500点以下でな。秘書課希望のヤツに至っては、秘書検すら持っていないそうだ。部長以上の役員につけるとなると、最低でも二級は取ってもらわないと困る」

「それは先が思いやられますね……」


 苦笑しながらパソコンの中身を調べると必要のないデータばかりだったけれど、念のためにいらないUSBにデータをコピーしてから一旦初期化する。


「テキストなどはどうしますか?」

「午後からこれを使う。千文字くらいはあるはずだ」


 周に手渡された資料をパラパラとめくる。


「これなら大丈夫だと思います。しいて言えば、グラフ作成問題があったほうがいいかと思いますが」

「だな。圭、問題作れるか?」

「三年前のでよければありますよ」


 周のパソコンに問題を保存しているUSBを差し込み、データを呼び出してプリントアウトしてから周にそれを渡すと、眉間に皺を寄せて考えこむ。


「うーん……。これだと簡単すぎるな。もうちょい難しいのはないか?」

「少々お待ちくださいね」


 ちょうどパソコンの初期化が終わったので周のパソコンからUSBを抜いて私のパソコンに差し込み、必要なツールをコピーして入れていく。


「これでよし、と。周さん、どのような問題にしますか?」

「……さすがだな。あとで全員のパソコンを見といてくれ」

「構いませんが、どうしても必要なツールはありますか?」

「特にはない」

「わかりました。それで、問題ですが……」


 黙って見ていた智と真葵もそれぞれに口を出し、言われたそばからきちんとグラフになるかどうかを確かめながら、問題を作った。


「「「圭を引っ張って来て正解だった」」」


 嬉しそうに話す三人に、内心苦笑する。


(それはまあ、三人の秘書をやって長いですから)


 長年やっているとそれを察するスキルも上がるし……なんてことは言葉にはせずに胸のうちで呟き、できた問題をプリントアウトすると、周に渡した。


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