Black Russian
「やっと見つけた!」
三日後の昼休み。他部署である営業部にいる同期二人と昼食後のコーヒーブレイク中のことだった。昼休みも終わりに近いからか、食堂にいる社員はほとんどいなかった。
誰かにそう声をかけられ、声のした方へ振り向くと困り顔の葎がいた。
「わお、圭と同じ顔!」
「圭と似てるが、微妙に違うぞ?」
「え?」
「あっちのほうが美人だ」
「あら、ホントね」
「……本当のこととはいえ、真葵さんも智さんも何気にひどいですよね……」
「「でも、圭のほうが可愛いけど」」
面白がるような、からかうような素振りで話をふられ、危うく噴きそうになり、一瞬むせる。
「ごほっ! ちょっと! どこをどう見たら、こんな太っちょチビ眼鏡を可愛いだなんて言うんですか!」
「「そういうところ」」
二人同時に同じことを言われたのだけれど。
(……似た者夫婦め!)
まあ、内心ではちゃっかり毒づいていたりする。
「……圭、コイツらなに?」
邪魔をされたせいなのか、不機嫌そうに話しかけて来た葎の言葉に、二人の視線が鋭くなる。
「圭、同じ顔したこのくそ生意気な
滅多に怒らない真葵が、珍しく怒っているような声音で私に尋ねる。それを溜息混じりで話す。
「……石川さんから聞いていませんか? 例の、他人の空似の羽多野 葎君です。羽多野君、こちらの二人は、四つ年上の私の同期です」
「つまり、お前の先輩」
納得! という顔をした智が不機嫌そうに、冷たくそう呟く。
「……っ」
「厳密に言えば、圭もアンタの先輩だってこと、わかってるのかしら?」
追い討ちをかけるように、真葵がそう呟く。そして腕時計を見た智が声をかけた。
「おっと、そろそろ時間だ。真葵、圭、行くぞ」
「りょーかい」
「あ、先に行っててください。忘れ物をしました」
葎の存在そのものを綺麗に無視した二人に感心しつつも先に行くように促し、私はペットボトルのお茶を買うべく自販機まで行こうとして、またもや葎に手を掴まれた。
「圭、待って! 父さんと母さんが心配してるんだ! 家に連絡して!」
「……もう貴方の嘘には騙されませんよ。あの二人が心配している? あり得ないですね」
「嘘じゃない!」
葎に握られていた手を強引に引き離す。
「今まで何の音沙汰も無かったのにですか? ふふっ! 笑ってしまいますね」
「圭! ホントなんだ! 連絡先もわからな……」
「知っていますよ?」
「え?」
「あの二人は、一応私の住所や連絡先を知っていますよ? 尤も、高校の寮の住所ですが」
「……えっ?!」
ふぅと息を吐き、頭一つ半ほど高い葎の顔を見上げて睨み付る。
「今までさんざん『お前はいらない』だの『産むんじゃなかった』だの言われ、無視され続けてきたんです……今更心配? あり得ないですね」
「け、い、……?」
「貴方は周囲に嘘をついて親も友達も私から遠ざけ、愛情もたっぷり親から注がれ、ほしい物は全て買ってもらっていましたよね?」
「――っ!」
私の指摘に対し、葎が息を呑む。私が知らないと思っていたのだろうか。
「知らないと思ってましたか? わからないと思ってましたか? ホント、滑稽すぎて笑ってしまいますね!」
「圭、違うんだ……!」
「何がどう違うと? 寮に入り、さらに高校生の時からバイトをしてる私と違って、何から何まで親の脛をかじって遊んで来たのでしょう?」
「寮に、バイト?! じゃあ、あのころずっと家にいなかったのは……」
葎は、キュッと眉間に皺をよせ、何かに耐えるように俯く。
怒りを鎮めるように一呼吸おき、私はいつもの仕事モードに切り替えて自販機のほうへ歩き出すと、葎がついて来た。
「あの人たちに何を言って何を言われたのか知りませんが、中学卒業と同時にあの人たちからは『子供は葎だけだ』と絶縁状をいただいており、紆余曲折あって既に貴方とも姉弟ではありません。なので、あの二人が心配している、というのもあり得ないんですよ」
「なっ?!」
無表情でそう告げると、葎は驚いた顔で私を見下ろす。
「そういうことですので、私と同様に貴方の同期にも、同じ顔の赤の他人ということにしてください」
「圭! どういうこと?!」
「詳しくは貴方のご両親にでも聞いてください。――教えてくれるかどうかはわかりませんが」
自販機にお金を入れてお茶を四本買うと「それでは」とその場を離れ、食堂の入口で待っていた同期二人に駆け寄った。
「待っていてくださったんですか?」
「当然でしょ?」
「圭がいないと仕事にならん。しかも石川さんに怒られる」
「……ありがとうございます」
お茶を二人に渡して笑顔を向けると、真葵には「可愛い」と抱きつかれ、智には頭を撫でられた。
「石川さんといい、お二人や他の同期の人たちといい、皆して私を子供扱いしないでくださいっ!」
膨れっ面をすると「その顔が子供だ」と二人同時に言われてしまった。
――そんな私たちの様子を、葎は辛そうな顔をして呆然と見ていた。
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