母さん大好き

*孤城*

第1話ー口癖

「ねぇねぇ、母さん」


「なぁに?」


「母さん、大好きだよ」


「母さんも、のあの事好きよ」


「のあはね、世界で一番、

母さんが好きだからね」



この話を、何度繰り返しただろうか。


昔から、私はこうやって母との愛を確かめていた。優しく抱きしめられても、

どうしても信じきれなくて、


「母さん、のあの事、好き?」


この言葉を言ってしまう。

口癖は、中学になった今でも治らない。


「本当に、好き?」


なんでだっけ?

思い出そうとすると、体全身がこわばる。

私の全細胞が、拒否している。


「のあはね、母さんの事、大好きだよ」


息が詰まって、思考が停止する。

カタカタと足が震えて、

思うように動けない。


「だからね、ずっと一緒にいてね」


呪文のようにいつまでも母に言い聞かせる。

いや、違う。私は、


今にも壊れそうな自分に言い聞かせている。


「大好きだよ、母さん」


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


母は20歳で私を生み、

結婚はせず、一人で私を育ててきた。

狭くて小さいアパートで

たった2人きりで生活してきた私にとって、

父親というものはあまり重要ではなかった。

ただ、母と一緒にいられる時間がどうしようもなく好きだった。


私と同じ癖っ毛な母。

少しパッチリとした目は、私の細い目とは似ていないが、可愛くて大好きだった。

当然他の母親よりも若いため、1番綺麗に見えたのは母だった。面白くて、優しくて、ギュッと抱きしめられるとすごく安心する。

母こそが、私の全てだった。


でも母は、

怒っている時は別人のように変わる。

それは、普段は一切見せない、

裏の母さんだった。


「ねぇ!のあ!またお漏らししたの?!

トイレ行くまでなんで我慢できないの?」


「...ごめんなさい...え、えっと、んと、

その、あのね、母さ


ーーーバシッ!ーーー


鋭い痛みが頬を走る。

叩かれたことに気がつくまで、

3秒ほど時間がかかる。


...っ..え...


「えっととか、あのとかいらないでしょ!

言いたいことあるんなら

さっさと言いなさい!

なんだ言われたらわかるの!?」


.....ぅ...ひぐっ....


ーーーバシィィィッ!!!ーーー


「へんじぃ!返事はぁぁ!!!???」


母さんは私の髪を引っ張った。

ブチブチと聞こえた気がして、涙が出る。


「はいぃぃ!!!はぃ!はいぃ!!!!」


こんな調子で5時間ほど。

私は怒られた時、

どうしても言葉が詰まって出てこない。

普段はスルスルと出てくるのに。

母さんはそれを許さなかった。

日付はとっくの昔に変わっているのに、

話は全く進まない。


叩かれて、蹴られて、つねられて、

涙と汗でぐちゃぐちゃの私を、

母さんは全然許してくれなかった。


私は、悪い子だ。


母さんを、こんなに怒らせた。

母さんは、優しくて、面白くて、

ギュッと抱きしめられるとすごく安心する。


私の全て。


こんな事になったのは、私のせい。


話が終わった頃には日が昇っていて、

私はその日、

保育園には行かせてもらえなかった。


外からは、友達の声がする。

涙はもう枯れていて、

痣だらけの腕を見ながら、

私は自分を責めていた。


ごめんなさい


汚い鏡文字で、一生懸命書いた。


ごめんなさい


母さん だいすき


いびつな私の愛は、

必死に母にすがっていた。

今にも崩れ落ちそうな私の愛は、

自分を保とうと、必死にしがみついていた。

どれだけ痛くても、私はついて行く。

だって、私には、母さんしかいない。


私たち親子はきっと、

普通は行かないような道を通ったんだろう。

地面は棘だらけで、

上からは酸が降ってくる。


でも、幸せだった。母からの愛情が尽きない限り、私は母を愛していた。

尽きてしまった瞬間、このバランスは壊れるけど、終わればまたいつもの母さんに戻る。

ならば耐えよう。どれだけ酷いことをされても。醜くしがみついて、生き残ろう。


小さい私は、生きるために考えた。

母からの愛という、当たり前を求めて。

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母さん大好き *孤城* @dangomushi88

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