2001年7月24日(火)

 安愚楽くんと面会。

 長谷川くんも誘おうと思って、彼の家に電話したけれど誰も出なかった。

 留守番電話に繋がったので、


「袴田みなもです。長谷川幸平くん、時間がとれて、心が落ち着いていたら、私の携帯に連絡をください。話したいことがあります」


 と、メッセージを残しておいた(だけど今日、この日記を書いているのは午後11時だけれど、この時間まで折り返しの電話はない。若菜が殺されたショックが大きいのだろうか)。


 それと、キキラも誘うべきだと思って彼女の自宅に電話したけれど、こちらも不在。ショックを受けているのかしら。


 天ヶ瀬くんについては誘わなかった。若菜を失った悲しみは彼が一番大きいと思う。いずれは彼とも会いたいけれど、いまはまだやめておこうと思い、今回は誘わないでおいた。


 そういうわけで私が会ったのは、安愚楽くんのみ。……若菜の遺体を発見した私たちが、ふたりで会っているところを、知り合いに目撃されたら、いらぬ誤解を招くと思い、私たちは電車に乗って、少し地元から離れた。


 そういうわけで私たちは、今宿にあるボウリング場まで出向いたうえで、ボウリングに興じる高校生のふりをしながら、会話を交わしたのである。――私は安愚楽くんに、この事件が21年前から続いている連続指風鈴殺人事件である疑惑を伝えたあと、改めて彼に意見を求めた。


 安愚楽君は、少し考えたあと、一度、ボールを投げてから、


「実際のところ、どう思う?」


 低い声で、そう言った。……ボールはストライク。


「どうって、どれのことかしら? 若菜のこと? それとも事件全体のこと?」


 私もボールを放ってから、尋ね返した。……ピンは9本倒れた。


「まずは御堂さんの事件さ。あのとき……僕らは学校東側の穴に入った。御堂さんは6人のうち、最後尾だった。ここまでは確かだ」


「そうね。だけど穴の奥に向かっていって、行き止まりに当たって……そのときすでに、若菜はいなかった。これはどういうことかしら?」


 また、私がボールを投げた。

 残った1本が倒れて、スペア。


「御堂さんが自分の意思で去ったのか、それとも何者かに連れ去られたのか……」


「それは――自分の意思でしょう。あの穴の中に他の誰かが入ってきたら、気配で気付くわ。それに若菜だってなにかされたら騒ぐでしょう。そうしたら私たちが気が付かないはずがない」


「僕もそう思う。しかしそうだとしたら、なぜ御堂さんは僕らに黙って穴から出たんだい? ……女子の前で失礼だが、例えばふいに用を足したくなったとしても、そういうことなら同じ女子である君か山本さんに一言告げてから去るのが当然だろう」


「……穴に入るまでは気付かなくて、だけど入った瞬間に、穴から出る用事――それもみんなに黙って出ていかないといけない用事を思い出したとか……?」


 かっこおん、かっこぉん。

 ボールが、ピンを倒していく音が響いている。

 私たちは、ボウリングをプレイしながら話し合った。


「袴田さん」


 安愚楽くんは、少し怖い顔をして言った。


「怒らないで聞いてほしい。僕はこれまでの推理とは別に、またひとつだけ推測していることがあるんだ」


「どういうことかしら」


「……穴に入った瞬間、御堂さんは、6人のうちの誰かにこう言われたんじゃないか。『そうだ、言い忘れていた。外で●●が、ある用事で待っているんだ。戻って、すぐに会ってきたほうがいい。みんなには、自分から伝えておくから』ってね。いや、その●●が誰かってのは分からない。たとえ話だ。つまり僕が言いたいのは、僕らの内の誰かが御堂さんをそそのかして、黙って外に行くように仕向けたってことさ」


「…………それは……」


 私は、汗を一筋垂らして、絶句した。


「それはつまり、私たちの中に、犯人がいるってこと?」


「あるいはその共犯者が」


「…………」


 かっこおん、かっこぉん。

 ボウリングの音が、異様に不気味に聞こえたことを、覚えている。


「あくまでも、推測に過ぎないよ?」


「分かっているわ。だけど、そうだとしたら――仮にそうだとしたら」


 私は、もちろん若菜にそんなことを言っていない。

 安愚楽くんも、わざわざそんな推理を私に披露した以上、犯人もしくは共犯者ではないだろう。

 天ヶ瀬くんも違う。あのとき、6人で穴に入ったとき、先頭にいたのは彼だった。彼が最後尾の若菜をそそのかすのは不可能だ。


 だとしたら――

 残るのは――


「キキラか……長谷川くん……」


「…………」


 かっこおん、かっこぉん。

 ボウリングの音は、止まない。




 ゲームのスコアは、安愚楽くんが221、私が193だった。

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