“初撃必殺”


 決闘開始時間に間に合わず敗退、などという目も当てられない惨事はどうにか免れ、ユアンはコロシアム内に入場していた。


『二回戦、第二試合が始まりますッ! 次の対戦カードは――出ました、ユアン・エルフォード!! 優勝候補の一人とも言われたアルフォンソを倒し、ダークホースの名を勝ち取った! 今回も意外な展開を見せるかと注目を浴びています!』


 相変わらずけたたましいアナウンスが鳴り響く。


 前回のものより紹介はだいぶまともなものになっているが、「意外な展開」と言われている通り、今回もユアンはまず勝つとは思われていない。

《決闘祭》では優勝予想だけではなく、一回の対戦でどちらの勝ちに賭けるか、というゲームも公式で行われている。ユアンに対する掛け金レートは三割を切っている――つまり掛け金の七割以上が相手に掛けられているのだ。


 何故なら相手は――


『対するはエヴァンジェリナ・ノースブルック! 数々の射撃大会での優勝! 前回大会を含め、今までの決闘は全て銃弾一発で・・・・・・・勝利している、正に“初撃必殺の女王”だッ!!』


 ユアンと反対側の入場口から狙撃銃を背負い歩いて来るのは、エヴァンジェリナ。大会唯一の女性参加者(ユアンは除く)で、年齢は十九歳。ユアンよりも長身であり、肩までの濃いハニーブロンドの髪を揺らす、クールな印象の美女だ。ジャケットにショートパンツ、ロングブーツと服装はラフだが、ただ歩いているだけで舞台女優のような華やかさがある。


 しかし、彼女の派手な外見は評判の一部でしかない。本当に恐ろしいのは狙撃の腕――「初撃必殺」と謳われる命中精度だ。アキレス腱、鎖骨、利き手、武器といった箇所を正確に撃ち、相手を初撃で行動不能にし降参させてきたという。


 彼女に対抗しようと金属鎧で全身を固めた男は、なんと鎧の隙間・・を撃たれ、負けたという話すらあるのだ。


 アルフォンソの時のように手の内をできるだけ隠して、などと言う余裕は全くない。全力でいかねばユアンも一発で敗退だ。


 ――とは言え、銃弾六発だけでなんとかなる相手じゃないぞ……。


 両者共に白線の前に立つと、エヴァンジェリナが若干眉を寄せ、こちらを見て「よ、よろしくお願いします……?」と口元を動かしていることに気づく。

 視力が良いユアンは分かったが、他人からしたら無表情に黙って立っているようにしか見えないだろう。


 ――冷徹な女王、とか言われてるけど実はけっこう礼儀正しいのかな。


 ユアンが笑顔で会釈してみせると、エヴァンジェリナは「!」とはしばみ色の目を丸くした。伝わるとは思っていなかったのだろう。驚いたのを隠すためか、いそいそと銃の二脚バイポッドを立て、腹這いになって狙撃体勢をつくっていた。


 都市では珍しい、銃を握る女性同士少し話してみたい思いはある。だがユアンは対外的には男だし、何より《決闘祭》には交流を広めるために参加しているわけではない。負けたら即奴隷堕ち――自身の人生を賭けた勝負なのだ。


 ――“初撃必殺”、攻略させてもらうぜ。



『それでは……第二試合、開始!!』








***







 エヴァンジェリナ・ノースブルックは、七ヶ月前にニンス連邦の辺境からゲールに来たばかりの元猟師である。


 猟師、ハンターというものは、獲物となる動物の習性、生態、時には個々の気性や特性までを調べ尽くす。例に漏れずエヴァンジェリナもそうしている。


 しかし、だ。


 ユアン・エルフォード――対戦相手の情報は、対戦表から見た名前と、年齢、装備、あとは病に倒れた養父を支えるために出場しているらしい、働き者のいい奴、といったものしか聞いていない。戦闘スタイルについて調べてみても、大会初出場で一試合しか終えていない段階ではろくな情報は集まらない。


 ――やっぱり直接試合見とけばよかった。


 はぁ、と後悔のため息をつく。自分の試合の直前にユアンの試合があったため、控え室で精神統一していたエヴァンジェリナはユアンの試合を見ていないのだ。


 聞いた話ではリボルバー拳銃を使った近接戦闘タイプで、体術にも優れるらしい。防具は一切身につけないスピード型。

 一応、そこまで分かれば、大してこちらの装備を替える必要はないと判断できる。アルフォンソ・ロイテが勝ち上がっていれば、あまりにも相性が悪いため装備を一新しなければならなかったかもしれない。


 あとは当日やってみなければわからない――そう思っていたが。


「名前がユアン男性名だから勘違いしていたのか?」と一瞬思ってしまうほど、相手は線の細い少女のような少年だった。


 ――この子がアルフォンソを倒した? ……信じられない。


 約百メートルの距離を空けて両者が位置につくと、エヴァンジェリナはいつも相手に挨拶をすることにしている。動物ではなく人間を撃つのだと、自分で認識するための行為だ。

 尤も、いまいちこの国の言葉の発音に自信がないため、小声になってしまうのだが。大概は無視されるか、首をかしげられる。


 しかし、対峙する少年はすぐに会釈で返してくるではないか。しかも笑顔で、である。


「っ!」


 恥ずかしくなって思わず伏射体勢に入ってごまかした(と思っている)。ルール上、狙撃銃は開始前にスコープを覗きこまなければ構えていても違反にはならない。


 ――びっくりした。初めて伝わったわ。


 目が良いのだろう。ついでに愛想もいい。荒事をしそうに見えない雰囲気といい、今までの対戦相手とだいぶ異なった手合いに思われる。

 

 ――でも油断はしない。勝たないと、お金貰えないし。


 エヴァンジェリナの決闘参加目的はあくまで賞金だ。前回の《決闘祭》でこの都市の軍に勧誘されたこともあるが、それは最終手段だと考えている。


 ――猟も決闘コレも変わらない。生活のために、ただ、撃つ。



『それでは……第二試合、開始!!』



 開始直後、エヴァンジェリナはスコープを覗きこみユアンの姿を照星で捉える。そこからは、一秒が何倍にも感じられる、エヴァンジェリナだけの時間が始まる。


 まず、ユアンを見てすぐに強烈な違和感を感じた。これまでと違う、と。


 銃口を向けられている人間は普通、それから逃げようとするものだ。しかし、ユアンが自身の銃をホルスターから抜く以外の動作は、見えてこない・・・・・・


 本来、《決闘祭》において狙撃銃は決して有利な武器ではない。確かに有効射程一キロ強、弾丸の初速が拳銃とは桁違いに速いものの、「決闘開始前に狙いをつけられない」、この一点で全てが崩れる。


 決闘開始後やっとスコープを覗いたこちらが、開始直後から動き回っている相手に、接近を許さず弾を当てる――常人なら照準を合わせるのすら間に合わないだろう、無理難題だ。


 しかし、これを可能にするのがエヴァンジェリナの二つの才能、予知にも等しい行動予測能力と、速射能力である。


 相手の全身の筋肉の微かな強ばり、動き、目線などから次の動きが見える能力、そして超短時間で狙いを定める能力。


 この二つが合わさることにより、敵の初動を一発で完封する“初撃必殺”が成せるのだ。


 だが今回は……


 ――この子、何を考えてるの?


 エヴァンジェリナの能力はコンマ数秒後の敵を未来視する力といっても過言ではない。


 断言できる。ユアンはその場から動かない。


 銃を構えたところで、拳銃の有効射程はせいぜい五十メートル。百メートル離れた場所にいるエヴァンジェリナを撃つのはリスキーなはずだ。……当たらないという意味ではなく、狙いがズレて急所に当たった場合失格になるから。

 

 ――とっととリタイアしてもらいましょうか。


 動かないなら尚更当てやすい。


 エヴァンジェリナはスコープを覗いてから約一秒で狙いを定め、撃った。

 非常識なスピードの速射。秒速七百メートル、音速を超えた速度で弾丸がユアンの右上腕を貫く。


 ――はずだった。


「……え?」


 聞いたこともないような衝撃音と共に、ユアンの数メートル手前で何かがポトリと落ちた。

 

 それは、溶けて一つになった、弾丸・・

 

「――――ッ!?」


 あり得ない、と叫びそうになるのをなんとか堪えた。いや、声に出してしまったかもしれない。どちらにせよ会場内の歓声で届いてはいないだろう。

 ユアンはもう、こちらに向かって駆け出している。驚く暇などない。とにかく迎撃しなければ。


 しかし、頭のほんの片隅で、驚愕し続けることを禁じ得なかった。


 ――まさか銃弾を撃ち落とす・・・・・なんて!


 ユアンはエヴァンジェリナとほぼ同時に発砲していた。寸分の狂いもなく弾がくる時間と場所を予測し、それに合わせて発砲するなど、エヴァンジェリナでも不可能な神業だ。


「すごい……すごい! もっと見せて!」


 思わず辺境訛りの連邦統一語で叫ぶ。

 子供のような歓喜。自身の上を行くかもしれない才能。もっと引き出して見せたいという思いから、脳が興奮に満ちるのを感じる。


 エヴァンジェリナはスコープを覗きながらボルトハンドルを操作し薬莢の排出と次弾の装填を行う。得意の速射で走るユアンの右脚を狙い撃つが――


「うわっ、危ねっ!」


 急制動をかけたユアンが銃弾を避け、そのままお返しとばかりに発砲し返してくる。シングルアクションの拳銃が可能とする連射で、三発。


「ッ!」


 二発はエヴァンジェリナの肩近く、何もない空間を裂いていく。しかし、残りの一発は運悪く二脚バイポッドの一本を弾き飛ばしていった。支えの効かない狙撃銃はもう使えない。


「もとより――替えるつもりよ」


 彼我の距離は既に五十メートルを切ろうとしている。どのみちボルトアクションの狙撃銃では間に合わない。

 即座に膝立ちの姿勢で起き上がったエヴァンジェリナは、腰のホルスターから二丁のリボルバー拳銃を抜く。


 二丁拳銃――接近された際に使う、奥の手だ。


 こちらに来て七ヶ月間練習しただけのスタイルな上、腕の負担も大きく、狙撃銃ほど精密に撃つことはできない。

 しかし、手数を増やすことでできることもある。


 ――確かに彼の回避能力はすごい。でも、これは避けられない!


 銃を構えながら走るユアンを、左右の手に持つ拳銃で狙う。


「なっ……!」


 ユアンがハッとした表情を浮かべたが、もう遅い。思考の暇を与えないつもりで、エヴァンジェリナは撃った。左右で、微妙にタイミングと場所をずらして。


 狙いは利き手らしい右手。初弾を避けても避けた先で二発目が当たる、計算された射撃。


 勝った! ――そう思った瞬間、いくつもの出来事がほぼ同時に起こった。



 まず、一拍遅れて撃ったユアンの二発の銃弾が、弾を吐き出した直後のエヴァンジェリナの銃を両方とも弾き飛ばした。



 ユアンは飛来した初弾を避け、二発目の弾は拳銃を盾に・・・・・することで受け流し、



 壊れた拳銃を空中に置き去りに、彼は一気に残りの距離を詰め――今、目の前にいる。


「……ッ」


 無機質な光を湛えた、軍用ナイフをエヴァンジェリナの喉元に突き付けて。


 だが、エヴァンジェリナの脳内を占めていたのは、喉元のナイフでも、反撃の方法でもなかった。


 ――綺麗。


 ただ、見惚れていた。


 初めて至近距離で見たユアンの顔。やはり女性的で、それでいて凛々しさを感じさせるかんばせ。膝立ちのこちらを覗きこむような姿勢ゆえ、彼の艶やかな黒髪が降っている。澄んだ青い瞳も合わさって、夜空を彷彿とさせる光景だった。


「降参、してもらえるか?」

「あ、えっと……ええ」


 場違いな思考に浸っていたエヴァンジェリナは、ユアンの言葉にしどろもどろになりながら頷いた。拳銃が弾き飛ばされた以上、こちらに近接戦闘の術は残っていない。


 降参が成立した途端、コロシアム中が今日一番の歓声に包まれた。


『なにが……何が起こったんだぁ!? ユアン・エルフォード、驚愕の二連勝ォォォォ!』


 興奮する司会の声に、ユアンが「うるさいなぁ」と眉をしかめながら手を差し出してくる。掴まって立ち上がれということだろう。

 エヴァンジェリナは素直に手を取った。


「最後の弾、手とかに当たんなかったか?」


 かなり焦ってたから、と申し訳なさそうに告げるユアン。手を撃ち抜いたところでルールには抵触しないというのに、お人好しな少年である。


「私は平気だけれど……あなたの拳銃、壊してしまったわ」

「あぁ、あれは俺の判断だから気に病まないで欲しい。残弾ゼロだったし、こうでもしなきゃ勝てそうになかったからさ」


 ユアンは十数メートル離れたところに落ちている拳銃を拾いあげ、苦笑する。銃身に弾がめり込んだそれは、どう見てももう使えないだろう。笑ってはいるが、ユアンの表情はどこか悲しそうだった。


 ――なんだろう、ほっとけない。


 エヴァンジェリナはこの都市に来てから、他人に強く興味を持つことはなかった。しかし今は……

 常識に嵌まらない、それでいて美しく力強い戦い方をするこの少年のことを、もっと知りたいと感じている。


「あの、よかったら良い銃が手に入る場所、紹介しましょうか?」


 そんな言葉が口をついて出ていた。

 ユアンはきょとんとした顔でこちらを見ている。


「いいのか?」

「ええ。いくつか穴場知ってるから……そ、その、だから」

「ん?」


「わ、私とお友達になってもらえないかしら」


 それは、深い森の中に家族だけで暮らしていたエヴァンジェリナにとって、人生初となる試みだった。恥ずかしくて顔が熱い。


 ユアンは目を丸くすると、すぐに笑って手を差し出してきた。――今度は、握手のために。


「喜んで。俺はユアン・エルフォード、よろしくな」

「私はエヴァンジェリナ・ノースブルック。エヴァでいいわ」




 かくして、《決闘祭》二回戦第二試合は両者の固い握手によって幕を閉じた。


 ……後日、朝刊に『熱戦の末に美男美女のカップル誕生!!』という脚色まみれの記事が載ったが。


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