自動拳銃
銃弾を銃弾で弾き飛ばす、またはぶつけて相殺する――それはバート・エルフォードが得意としていた技だった。銃口の向き、射手の視線、風速、重力の影響、敵の思考。それらを正確に読まなければならないため、昼間の視界が開けた場所でしかできないという欠点はあるが。
ユアンに優れた視力と、射撃に関する諸々の才能があることを見抜いたバートは、幼少の頃から徹底した射撃訓練を施した。その中で、“銃弾撃ち”も伝授していた……が。
「俺はせいぜい、棒立ちで一発が関の山なんだ。二発目以降は成功率が五十かそこらになるから、使うことはほぼないよ。走りながら撃つのはもっとムリ」
アイスティーのグラスを傾けながら、ユアンは目の前の女性――エヴァンジェリナに自身の技を説明する。
「そうなんだ……。ねぇ、ちょっと気になったんだけど、“銃弾撃ち”ってどう訓練するの?」
「そりゃ、最初は模擬弾から初めて、半年後くらいには実弾を
「ありがとう、だいぶ参考にならないことがわかったわ……」
はぁ、とため息を吐かれ、ユアンは首を傾げる。何か変なことを言っただろうか。
ユアンとエヴァによる決闘が終了した翌日の昼過ぎ。二人は第二ブロックのカフェの奥まったテーブル席で、茶を飲んでいた。
カフェは、メインの通りから外れた、それでいて物静かなマスターが上手い飲み物を淹れてくれる店にした。バートに連れられてくる以外では、あまり利用したことはなかったが。
エヴァが約束通りユアンの新たな銃探しに付き合ってくれるとのことだったので、本当なら昼食でも奢るべきかと思ったのだが、それは辞退されてしまった。
曰く「午前中いろいろ大変でしょう? 午後からでいいわ」――彼女は何故ユアンが午前中忙しいと思ったのか。勿論ユアンは午前中だからといって特別用事はない。気になるが、気遣いのようなものを感じてなんとなく訂正せずにお茶だけでもと誘って今に至る。
「都市にきて七ヶ月経つけど、ここの技術には驚かされっぱなしだわ。冬でもないのに氷があるなんて……」
エヴァはアイスコーヒーのグラスに浮かぶ氷を興味深そうに見て言う。ニンス連邦の北方――奇しくもユアンとバートが目指していた地だ――の出身であるらしい彼女は、氷を自然の中でしか見ないらしい。
「エーテルを減圧で気化させたときに水から熱を奪って氷にするんだったかな、確か。製氷できるほどの冷却機器はあんまないけど、冷蔵室くらいなら普通の家庭にもまあまああるぞ」
「……えーてる? げんあつ? きか?」
エヴァはちんぷんかんぷん、といった様子だ。ユアンは苦笑する。無理もない、“科学”という概念がそもそもない辺境から来ているのだ。
「よくわからないけれど、冷たい飲み物はありがたいわ。この都市の夏が、こんなに暑いとは思わなかったもの」
パタパタと手で胸元を扇ぐエヴァ。オリーブ色のジャケットの下に着ている襟の開いたシャツからは、こんもりと張りのある谷間が覗いている。決闘のときも思ったが、とても大きいものをお持ちのようだ。
「…………」
ユアンはそっと目を逸らす。男装している故の紳士的対応、というよりは、単純に見慣れていないからだ。男として過ごしている上、鍛練と
丁度目を逸らした先、入り口の辺りを見ていたら、休憩どきなのかわらわらと一気に来客があった。《決闘祭》による出店を楽しむカップルや友人同士の一団のようだ。
広くない店内で、ユアン達二人はあっさり彼らの目に留まってしまう。
「あっ、あれユアン・エルフォードじゃないかっ?」
「うそ、昨日の決闘の?」
「前に座ってる美人、対戦相手だったエヴァンジェリナじゃ……」
「マジか。俺ファンなんだよ。挨拶してこようかな」
「バカ、どう見てもデート中だろ」
そうだと思うならもう少し声小さくしろ、という台詞が喉元まで出かかった。
こそこそ話していても耳の良い二人には思いっきり聞こえているのだ。エヴァは顔を赤くして気まずそうに空のカップを握っている。
「……出るか。銃の店、頼んだ」
「え、ええ」
結局、二人は追い立てられるようにそそくさカフェを出たのだった。
案内されたのは、普通の民家かと思ってしまうような殺風景な銃器店だった。小さく出ている看板には、銃工房を兼ねていることも書かれていた。
「……こんにちは」
「おお、エヴァちゃん!」
エヴァが先行して店に入ると、三十代くらいの男が陽気に迎えてくれた。彼が店主兼
「今回も修理の依頼かい?」
「いえ、今回は彼の拳銃を探しに来たの」
「んん? 彼って……」
やっとユアンの存在が目に入ったらしい店主は、「なんだこいつは」と言わんばかりの顔だ。よほどエヴァのことが気に入っているのか、彼女が見知らぬ男(ではないのだが)を連れてきたのが気に食わないようだ。
「《決闘祭》の出場者か? だったらライフルの方がいいんじゃないか。エヴァちゃんみたいに狙撃銃使うのは無理だとしてもよ」
頬をぼりぼりかきながら店主は言う。確かに、開始時に敵との距離が百メートルある《決闘祭》では射程のあるライフルの方が有利だろう。エヴァはどうする? と言いたげにこちらを見ていた。
「一応、一通りの銃に触ったことはあるけど……やっぱ拳銃かな。動きが制限されないし」
接近戦に持ち込んで拳銃とナイフ、体術で戦う――それがユアンにとって一番しっくりくるスタイルだ。
「あっそ。じゃあどんなやつがいいんだ? 前は何使っていた?」
「えーと……前のは、デュアーのシングルアクションだったかな」
十歳の誕生日にバートから贈られた拳銃。もっと細かい名前があった気がしたが、今まで銃器のブランドなどに関心がなかったため思い出せない。しかし、店主は把握したらしく、
「そりゃまた、ずいぶん高級品だな」
「え、そうなのか!?」
思わず値段を聞けば、相場は拳銃のくせに三十万セルクほどするらしい。それはこの物価の高い都市でも中流家庭三ヶ月の生活費相当を意味する。
「十歳児にそのプレゼントは重いぞバート……」
「そもそも子供に銃プレゼントするってどういう家だ」
銃器店経営のくせに店主は呆れた顔で言う。横で「え、それって変なの……?」と首を傾げるエヴァはこちらの同類のようだ。
「で、今回もデュアーみたいに信頼性の高いやつをお望みか? 一応ウチにもいくつかあるが……」
「うーん……それでもいいんだけど、総弾数が多くて連射しやすいやつってないか? 無理は承知してるんだけど」
リボルバーは総弾数がたいてい五、六発。それは分かっているのだが、やはり決闘をしてみて感じたのは、手数の不足だった。
てっきりそんなものあるか、と突っぱねられると思っていたが、店主から返答は意外なものだった。
「……お前、
「え?」
「あ、いや、何でもない」
こちらの訝しげな反応に、店主は焦った様子で取り繕う。絶対何かあるリアクションだ。言葉から察するに、ユアンが何かの鎌かけをした、と勘違いしたのだろうが……一体、何を隠しているのか。
「条件にあった拳銃がもしあるなら、どんなものでもいいから教えてくれないか」
「それは……」
ユアンが必死に訴えるが、店主は口を
するとエヴァが店主の両手を握って身を乗り出した。
「ユアンは私に勝った才能ある
「お……おう。エヴァちゃんの頼みなら、仕方ねぇな」
エヴァの胸元をガッツリ見ながら頷く店主に、男ってしょーもねーな、とユアンは脳裏で呟く。男装している身としては複雑な気持ちだ。
「実は……“自動拳銃”ってやつが、とうとう実用レベルで開発されたんだ。で、試験的に数個だけ出回っている」
「~~~!」
エヴァが目をカッと開いて何事かを短く叫んだ。恐らく連邦の共通語なのだろう。故郷の言葉が出てしまうくらいには、“自動拳銃”は驚くべきものらしい。
「ごめんなさい、取り乱したわ。まさかあれが売り出されていたなんて」
恥ずかしそうに手で口を覆うエヴァと、驚くのも無理はないと言う店主。二人には申し訳ないが、ユアンは会話についていけていなかった。
そもそも――
「すまん、自動拳銃って何なんだ?」
「あ? お前知らないのか。大手のピアースってトコで開発が進められていた、最新式の拳銃のことだ。総弾数は最高八発。ファニングせずに連射でき、反動も小さく、弾倉を取り替えることであっという間に再装填もできちまう」
「そ……それ本当かっ!?」
ファニング。シングルアクションのリボルバー式拳銃における速射・連射技術のことだ。引き金を引いたまま、空いている手の親指と小指で掌を扇ぐようにコッキングして行う。言うのは簡単だが、反動のために次弾以降の命中が難しく、実戦レベルで使いこなせる者は少ない。
ユアンの場合、問題なく使いこなせるレベルではあるものの、“銃弾撃ち”のような精密射撃ではやはり影響が出ている。ダブルアクションの拳銃ならばファニングは必要ないのだが、そちらだとトリガーがかなり重く、ユアンは苦手としている。
「もし聞いている通りの性能だったら、ユアンの命中精度は上がると思う。それに、ファニングしないぶん片手が空く。これは近接戦闘をするあなたにとってかなり有利」
エヴァが小振りな顎に手をあて分析してみせる。
確かにファニングのために空けておかなければならなかった手が自由に使えるならば、戦闘の幅は広がるだろう。
「な、なるほど。あと、弾倉の取り替えってどういうことだ?」
「カートリッジ式になっている。予備のものとワンタッチで取り替えられるんだ。正面戦闘する《決闘祭》なら、リボルバーより断然勝手はいいだろうよ」
「す、すごいな……」
ハッキリ言って、とても欲しい。
「どこで手に入るんだっ?」
「もちろんとっくに売り切れだ」
「はぁっ!?」
冷たく言い放たれ、ユアンは店主に詰め寄る。
「あるんじゃないのかよ?」
「ないさ――
「払える」
即答した。百万くらいなら今までの貯金をおろせばなんとかなるし、こちとら決闘に己の全てがかかっている。払わない理由はない。
「……いいだろう。タイムリーなことに、今日の夕方から開かれるし、エヴァちゃんの頼みだ。言う通りの場所に、言う通りにして入れ。憲兵には気取られるなよ。あと俺や店の名前は絶ッ対出すな」
ユアンの眼差しを見て諦めたように頷くと、店主は場所を示すためかメモとペンをとる。雲行きが怪しくなってきたのを感じ、ユアンとエヴァは顔を見合わせた。ヤケクソ気味にペンを走らせる店主に、恐る恐る一つだけ質問する。
「開かれるって、何がだ」
「――
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