妨害


『二回戦以降は何か起こるつもりで臨んだ方が良さそうだな』


 確かに先日、そうは言ったが。


「オラァ、待てやッ!!」

「ぶっ殺す……!」

「調子のりやがって!」


 などなどの罵声が十数人分・・・・、後ろから聞こえてくるこの状況。誰が予想できただろうか。


「あーーー、もうっ、うぜぇぇぇぇ!」


 ユアンはやけくそ気味に叫ぶ。誰も巻き込まないために裏通りを走っているとはいえ、僅かにいたはずの通行人までこちらを見て逃げていくのだ。もう何も憚ることはないだろう。


 そもそも、何故ユアンが十人を超える男に追いかけられているのか――


 時刻は二十分ほど遡る。







***







「銃もバラして整備したし、ナイフもある、予備の弾も……よし。出るか」


 ユアンはテーブルの上に広げた装備を見下ろし、確認を終えると手早くそれらを身につける。


「……いってきます」


 応える人がいないとわかってはいるが、バートと過ごした家にはなんとなく声をかけてから出ていきたかった。


 家を出発し、しばらくするとユアンは違和感に気づく。


 ――つけられてるな。それもかなり人数が多い。


 あまり隠す気がないのか下手なのか、多数の気配がこちらのペースに合わせて移動しているのをはっきりと感じる。

 マルコムの言い方だと街中で監視がつくようなことはないはず。つまり別口のということだろう。


 ちょうど《決闘祭》期間中で賑わう第二ブロック――商店街の辺りまで来たので、混雑の中に敢えて飛び込んだ。肩をぶつけないのが困難なくらい人で溢れ返っているから撒けるはず……と思ったのだが。


「オイ、どけや!」

「邪魔だっ」

「回り込め!」


 などのガラの悪い声の数々が耳に飛び込んできた。通行人の悲鳴も聞こえてくる。あちらは周囲に憚るつもりはないようだ。


 ――被害を出さないためにも大通りを離れた方がいいか。


 臨時で出ている露店と露店の間を「すみません!」と無理矢理通り抜け、細い路地に入り込む。ゴミ箱を蹴倒しながら、なんとか反対側にある薄暗い道に出た。


 しかし、


「残念だったなぁ」


 道の前後両方に立ちはだかるのは、二十人は下らない男達。ユアンが出てきた路地も追ってきた男達が塞いでいる。三方向、全て包囲されてしまった。


 男達の風体は都市によくいる破落戸といったかんじで、手にはナイフ、鉄パイプ、拳銃などか握られている。


 ――ジェフリー先生が送ってきた刺客? にしてはなんか変だな……。


 ニヤついている者もいれば、怒気を漲らせる者、いまいちやる気無さげな者もおり、そこに違和感を感じた。


「お前はユアン・エルフォードだな?」


 動きを見せないユアンを怯えてると見なしたのか、一番手前にいたスキンヘッドの男が余裕綽々で確認してくる。


「そうだけど、俺になんか用?」

「ああ、お前をブッ殺すっていう用事で皆集まってるのさ」

「殺す……?」


 ジェフリーが拒絶された腹いせにユアンを殺すよう命じたということだろうか。だとしても、良家の坊っちゃんであるジェフリーがこんな破落戸たちを頼るとは考えにくい。


 いまいち反応の薄いユアンに苛ついたのか、スキンヘッドはキレ気味に叫びだした。


「全部な、お前がアルフォンソに勝っちまったせいなんだよッ! 俺達は大損こいたんだ! 嬲り殺さなきゃ気がすまねぇんだよ!」

「あ。……あぁーー、なるほど」

「なんだそのリアクションは! 馬鹿にしてんのか!」


 要するに、《決闘祭》優勝予想の賭け事に負けた逆恨みというわけである。


 先程から怒気を向けているのはスキンヘッドを代表とする負けてしまった本人達、ニヤついているのは金で雇われた者達、やる気無さげなのは人数合わせで連れてこられた者達、といったところだろうか。


「俺、二回戦出ないといけないから通して欲しいんだけど」

「出なくていいんだぜ? ここで死ぬんだからなァ!!」


 スキンヘッドを含め、三方から男達が一斉に襲いかかる。

 この人数でまともに・・・・来られれば、ユアンとてひとたまりもない。実際、多対一という状況に、バートも自身も負けたようなものだったから。


「オラァ、くらえ!」

「えっ、ぐああっ!?」


 ――あくまで、戦略的まともに来れば、であるが。


 ユアンが背後から振られた鉄パイプを屈んで避けると、前方に迫っていたスキンヘッドにそれは命中した。屈んだついでに何人かの足をおもいっきり引っかけてやるのも忘れてはならない。縺れるように数人共倒れになった。


「うわ!?」「何やってんだよ!」「どけ!」


 所詮、烏合の衆。特別な打ち合わせなしに乱戦すれば、互いの武器も身体も邪魔になり、かえって動きづらくなるものだ。


 這いつくばるスキンヘッドの背中を踏み台に、ユアンは空中に跳び上がる。


「ぐぇっ」とヒキガエルを彷彿とさせるような声があがったが気にしない。

 次いで、こちらを見上げる男達の肩や頭を踏みつけて移動し、集団の外へ降り立つと同時に駆け出した。まともに相手をしている暇はない。とにかくコロシアムに到着しなければならないのだから。


「――逃げたぞ! 追え!」


 誰ともなしにそう叫び、彼らはユアンを逃がすまいと走り出した――靴跡がはっきりついた顔に、青筋を立てながら。







***







 そんなわけでユアンは男達に追われ続けていた。


「くっそ、もう時間が……!」


 現在時刻は第二回戦開始まで十分をきっていた。

 一般市民を巻き込まないよう遠回りしたり、逃げる過程で数人倒したりと、タイムロスが多すぎたのだ。このままだとまた挟み撃ちされるかもしれない。

 後ろから罵声を受けながら走っていると、ふと幼い声が聞こえてくる。


「お兄さん、こっち!」

「えっ?」


 数メートル先にある細い路地から、十二、三歳の少年が手招きをしている。そこは大通りに抜ける道でしかないはずだ。しかし、無視してはいけない何かを感じ、ユアンは少年のいる路地へ飛び込んだ。


「この中に入って!」

「は? あ、おいっ!?」


 路地の中には酒瓶をしまうための大きな木箱がいくつかあった。その中の一つの蓋を開けた少年は、中に入れとぐいぐいユアンの背を押す。

 仕方ないので入ると、少年も一緒の箱に入り内側から蓋を閉めた――のと同時に、バタバタといくつもの足音が聞こえた。


「あのやろう、どこいった!」

「大通りだ! クソッ、二手に分かれるぞ!」


 ガンッガンッと男達の靴が木箱に音を立てて当たる。

 しばらくして、足音が近場から聞こえなくなったのを確認すると、ユアンは木箱の蓋を蹴り上げて外へ出た。


「はぁ、行ったか」


 ――注射器を持つ・・・・・・少年の手首と、首根っこを掴んだまま。


「さて、結果的に助かったけど……たぶん君が先生からの刺客かな。背の高い眼鏡の人に頼まれたんだろ、その注射器と、金を渡されて」


 少年は最初仕返しされるのではと緊張していた様子だったが、ユアンの雰囲気と口調からそのつもりはないことを察し、やがてゆっくりと頷いた。


 そしてぽつぽつと、自分がスラムの子供で、ジェフリーに「黒髪碧眼の青年が男達から逃げてたらここへ誘導し、注射器の薬で眠らせて欲しい。彼は自分が男達から保護する」と言われたと語る。


 ――じゃあスキンヘッド達も先生の差し金か。


 決め手に子供を使う当たり、確実に油断させてこちらを仕留めたかったのだろう。計算高いことだ。


「わかった。今回のことは怒らんから、今後はこういう怪しい頼まれ事は引き受けるなよ」

「うん」


 少年は素直に頷くと、大通りの方へ走っていき、人混みに紛れて見えなくなる。とりあえず男達も撒けたし、後はコロシアムに向かうだけだ。

 ……と思ったのだが、

 

「ん? ――っはぁ!?」


 ない。予備の銃弾のケースが、ないのだ。


「……あんのガキ、スリやがった!」


 きっと、ジェフリーからの指示で、眠らせることができなかった場合は装備をスるように言われていたのだ。ユアンに気づかせないあたり、ああ見えてあの少年はプロのスリ師だったのだろう。


 第二回戦まで、あと五分。ここから走ってなんとか着くというぐらいで、少年を追うのも新しい弾を買うのにも時間がない。


「クソッ! もうなるようになれ!」


 ――やってくれやがったな、先生。



 もう油断はしないと心に決め、ユアンはコロシアムに向けて全速力で走り出した。








***







 同時刻。第二ブロックのとあるバーに、昼間から二人の男が集まっていた。扉にはクローズドとあるが、二人は明日のあるイベント・・・・・・のために準備諸々を終え、一息ついているところである。

 

「――今回はいつもより客が集まりそうだな」


 カウンターに座った男が、近くにあった適当なグラスとウィスキーをとりながら言う。彼はバーの経営に携わっている身なので、一つや二つくすねた所で文句を言う者はいない。

 尤も、携わっているのはバーだけではないのだが。


「ああ、最近は剥製やら絵画やらのつまらん美術品が多かったからな」


 酒を飲む男の傍らでカウンターに寄りかかる男は、数枚の紙――リストをパラパラ捲りながら同意する。


「盗品ばかりだし基本そんなものだろう。今回は……なんだったか、あの


魔導を使う・・・・・猫ねぇ。面倒みてる下っ端どもは確かにその目で見たとか言ってたが、こればかりは上手いこと値がつくかわからんぞ」


 俺からしてみても胡散臭ぇ、と男は眉をひそめ、ウィスキーを呷る。


「ま、目玉は他にあるし、猫は見た目がよかったしなんとかなるだろ。後は憲兵どもの動向に気を付ければオーケーさ」

「だな」


 二人は機嫌よく笑い、もう一つグラスを用意するとそれにも酒を注ぎ、前祝いとばかりに杯を掲げるのだった。


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