第一回戦
「《決闘祭》に……?」
「そう。明後日開催する《決闘祭》に出場するんだ」
思ってもみなかった提案にユアンの声には困惑の色が滲む。
「決闘して俺に何の……――まさか」
何の意味があるのか。そう考えたとき、一つ思い当たることがあった。マルコムが頷いて見せるので、それが正解であることを知る。
「優勝すれば《優民権》が手に入るということか」
「その通り。しかも優勝者は都市最強の称号を得て一躍時の人になる。いくら市議会でもおいそれと手は出せない。《優民権》で国外へ行くことも正当な権利となるしね。この都市に復讐したいなら、一端国外へ出て地盤固めするのが私もベストだと思うし」
「ベストってあんた……」
つらつらと、さも他人事のように《決闘祭》出場のメリットを挙げるマルコム。不信感を通り越して若干の呆れすら感じる。
「……それこそあんたには全くメリットのない話に聞こえるが? たとえあんたがよくても市議会が犯罪者の出場を許すはずないだろう」
「そうでもないさ。市議会の連中は漏れなく全員《決闘祭》のファンだ。私ほどではないが、刺激を求めている奴が多い。“国家反逆者の少年が自身の人生を賭けて出場したいと言っている”ーーなんて言えばわりとすぐ食い付くだろう」
「ハッ、そりゃ高尚な趣味だな」
《決闘祭》は対戦相手の殺害を禁じてはいるが、歴史上死亡者は
ユアンの皮肉を一笑に付して流したマルコムは、一つ思い出したように付け加えてきた。
「あぁ、あと私のメリットだったか? 結果がどう転ぶにせよ、面白ければいいんだ。なんなら優勝した後にこの都市に復讐しに来てくれてもいい。それに立ちはだかるのも協力するのも楽しそうだ。ただ、準優勝以下の結果なら君を容赦なく売り飛ばす。君の買い手がゾッとするほどのサディストだろうが変態だろうが、私には興味がないからね」
酷薄な笑みを浮かべるマルコム。この男には本当に面白いことにしか関心がないのだろう。逆に言えば、面白ければ国家反逆者の逃亡幇助ともとれる行動を起こせる奇人なのだ。
マルコム・チャンドラーという市議会の異端。歪な思惑から伸ばされた希望の糸を――
「どうだい、出てみるかね?」
「……上等だ。やってやる」
――ユアンは、掴むことにした。
***
『さあ、始まります第百九十回《決闘祭》第三試合! 対戦カードは都市外からやってき来た盾使い、 アルフォンソ・ロイテ! 前回の《決闘祭》で八位になった豪腕の持ち主! 今大会ではどこまでいくのかッ!?』
コロシアム中に響く大会司会のアナウンス。選手控え室から出ると、観客の歓声を伴ってそれははっきり聞こえた。
《決闘祭》当日まで、時間はあっという間に過ぎた。体力の回復を待ち、牢屋の中で素振りの真似事をし、筋力トレーニングをしていたら早くも当日。
……牢屋の中で籠りっぱなしだった鬱憤と戦闘への昂りで確認に来た兵を若干怯えさせてしまったが。
与えられた選手控え室で取り上げられていた手荷物が返却され、拳銃は手元に戻った。癪だったが、衣服はボロボロだったので外套から上下の服に至るまでマルコムが手配したものを着ている。ナイフは軍のものを二本貸し出してもらい、なんとか装備は整った。一応確認したが、コロシアムの至るところに監視兵がいるため脱走は試みない方がいいだろう。
――正面から勝てばいい。
『もう一人の対戦者は初出場、ユアン・エルフォード! 弱冠十七歳! 第二ブロックのあらゆる店が“彼は自分の店の看板店員だ”と言うが果たしてどの店の店員なんだぁ!?』
「店員じゃねぇよっ!!」
思わず大声でツッコむ。観客はどっと沸いていた。一昨日エントリーしたばかりで情報が少ないのか、余りにも適当すぎる紹介だ。大会運営側からしてみれば、無謀な若者の度胸試しとしか思えないのだろう。完全なネタ枠扱いだ。
――そういえば、商店街の人達にはどう思われてるんだろう。いきなり姿消したし。
恐らくユアンの知り合いも何人かは観客に混じっている。しかし、どうせマルコム辺りが上手いこと情報操作しているのではないだろうか。
『ユアーンっ、親父さんのためにがんばれよーーッ!』
「この声は、肉屋のおっさん……」
観客席から聞こえてきた声とその内容で、自身の推測が確証へと変わった。
――病気か怪我をしたバートを支えるために賞金を狙う息子・ユアンって筋書きか? 安っぽいな。
「おい坊っちゃん、ボーっとしてんじゃねぇよ」
半径百メートルほどの広大なファイトリングに踏み入ると、ドスの利いた低い声が耳に届いた。
見れば、二メートル近い筋骨隆々の大男が歩み寄ってきている。服装自体は革鎧と軽装だが、身体の殆どを覆い隠せるほどの鉄の大盾を持っている。
対戦相手のアルフォンソ・ロイテだ。
「あぁ、悪い」
「舐めてんのか? テメェみたいなひょろひょろ、とっとと潰してやる」
口調はいかにも
『双方位置についてくださーい』
アナウンスに従い、白線が引いてある位置でアルフォンソと対峙する。彼我の距離は百メートルほど。百メートルから始まる決闘で有利なのはどう考えても銃だ。接近する相手を撃てば終わる。
――だがこと《決闘祭》においては、
『第三試合、始めッ!!』
「ウオオオオオオオオッ!」
合図と同時にアルフォンソは雄叫びをあげながら突進してくる。素早くはないが、重量のある大盾を突き出しながら走っているとは思えない勢いだ。
「筋肉ダルマが!」
ユアンも銃を構える。盾に隠れていないのは頭と足先くらいだが、頭は致命傷になりやすく、足先は低すぎて狙いづらい。ユアンは頭部を撃ち抜かないよう慎重に狙いをつけ、二発続け様に発砲する。銃弾は、アルフォンソの両耳を撃ち抜いた。
特徴的な三白眼が驚きに歪む。しかし、
「ハハハハハハハ――ッ!」
アルフォンソの勢いは止まらない。弾けた耳も流れる血もそのままに、猛然と突き進んでくる。怯むどころか、瞳孔は開き気味で口の端からは涎を垂らし、異常な興奮が見て取れた。
「っ、クスリキメてんのかよ!?」
相手を殺したら失格っつーのに馬鹿なのかっ? と吐き捨て走る。痛みを感じない相手に耳や足を撃ったところでどうにもならない。
側面に回り込んで胴体や足の腱を狙って撃つが、相手が盾で防ぐ方が早く、全て弾かれる。
「ムダムダアァァ!」
「くっそ!」
ユアンのリボルバーは総弾数六発。早くも弾切れを起こしてしまった。走って距離をとりながら銃を
「ハハハハ! 逃げろ逃げろォ!」
《決闘祭》において盾――それも大型のものが強いとされる理由は、まさに今の状況にある。
対戦者の殺害は失格。
そして、
この二つのルールから、銃を使う者は盾使いの頭を狙えない上、盾で突撃してきた相手に押し出されて敗北しやすいのだ。しかも、今流通している拳銃やライフルの殆どは
二十キログラムは下らない盾を持てる膂力、盾を持ったまま敵を追い回せる持久力、そして敵に押し返されない恵まれた体格を兼ね備えていないとできない戦法。
それ故実際にやる者は少なかったのだが、アルフォンソ・ロイテはこの戦法で前回大会を蹂躙した。
割りと早い段階で大口径のライフルを使う相手に当たり、盾を破壊されなければもっと勝ち進んでいただろうとすら言われている。小物っぽい言動に反し、彼は優勝候補に数えられる実力者なのだ。
「ライフルも持ってねぇテメェじゃ、勝てねぇんだよォ! そもそも盾だって厚くしたしなァ!」
「……っ!」
ユアンは振り返りながら何回も発砲するが、全て盾で防がれる。走って逃げながらまた
「ハッ、無駄に撃ちやがって!」
ドラッグの影響か、アルフォンソは疲れる様子が見られない。
――ちょっと卑怯だけど、あの手を使おう。
リングの縁ギリギリに迫ると、大盾を持って追いかけ回してくるアルフォンソに再び振り返り、ユアンは銃を向ける。故意にスピードを落としたので、彼我の距離は約三メートルほど。かなり近い。
「まだ無駄弾撃つのかァ!」
アルフォンソが銃口を睨み付ける。
予想通り、いくら盾を持っていても至近距離で銃を向けられれば注目はそちらへ向く。
ユアンは銃を持っていない手で外套のポケットからあるものを取り出し、そのまま地面にバラ撒いた。
――今まで撃った銃弾の、
「観念しっ――うおッ!?」
盾で足下がよく見えないアルフォンソは転がる空薬莢に見事に踏んづけ、前のめりに姿勢を崩す。
「お、ら、よっと!」
「ちょっ、ま、ああああああああああっ!?」
素早く身を低くし、たたらを踏むアルフォンソの足を引っかける。棚引く悲鳴と共に、そのまま彼は――堀に落ちた。
巨大な水柱が立ち、水滴がキラキラと宙を舞う。
『しょ、勝負あり! ユアン・エルフォード二回戦進出!!』
どよめきが観客席から湧き上がった。優勝候補の一人に無名の青年が勝ったと驚く者、《決闘祭》名物の優勝予想の賭けに早くも負けた者、勝ち方が地味で不満を漏らす者と様々だ。
――最初からあまり手の内を晒さずに済んでよかった。観客には悪いけど。
とりあえず一回戦を勝ち抜けたことに胸を撫で下ろしたときだった。
背後でざぱり、と水音がした。
「テメェ……許さん……よくもこのオレをォォォ!」
盾を捨て堀を這い上がったアルフォンソは、怨嗟を叫びながら腕を振り上げユアンに殴りかかろうとする。その血走った目には欠片の正気も映っていなかった。
観客の悲鳴があがる中、その場から動かずアルフォンソを見据える。
血管の浮き出た丸太のような腕。子供の頭部ほどの大きさを誇る拳。あれで殴られたら打ち所によっては死ぬだろう。銃やナイフは、彼を止める決定打にはなりはしない。痛みや多少の損傷はドラッグによる興奮で無視できるからだ。
だから銃は腰にしまい、無手になる。
「――いい加減、しつけぇ!」
当たる寸前で拳を避け、片手でその空振った腕を掴んでアルフォンソの側面に回り込む。もう片方の手で脇下からアルフォンソの肩周りを抱え、そのまま殴ってきた勢いも利用して――投げた。バートが確か、背負い投げと言っていた技だ。
「がぁッ!?」
まともな受け身もとれず、強かに下肢や尻を打ち付けたアルフォンソは、痛みよりも何が起こったのかが理解できずに反撃に移れない。自分より二回り以上小さい相手に殴りかかって、投げ飛ばされるとは予想だにしなかっただろう。
とどめとばかりに尻餅をつくアルフォンソを背後からホールドし、胴体に足を絡ませ、首に腕を回す。そのままV字に曲げた腕で頸動脈を締め上げた。
「ぐぅっ!!」
アルフォンソは両腕で必死にユアンを引き剥がそうとするが、この技は一度極ったらそう簡単にはとけない。気道を潰しているわけではないので見た目ほどの苦痛はないが、アルフォンソはこの状態がまずいのを本能的に察しているようだ。
数秒後――もがいていたアルフォンソはがくっと力を無くし気絶した。
頸動脈洞反射。血圧低下と脳の低酸素状態を起こした状態……だったか。バートに「身体で覚えろ」と技をかけられ、実際に気を失ったことがある。気になって後でジェフリーから原理を教わったのだ。
「――大丈夫ですかっ?」
敗北後の暴力というトラブルに、やや遅まきながら運営本部の職員が数人やってくる。
「し、死んでませんよね……?」
「んなわけないだろ、失神してるだけだ。また暴れるかもしれないからどこかに運んでくれ」
「は、はい!」
担架でアルフォンソが運ばれていくのを眺めつつ立ち上がる。観客席が妙に静まりかえっているのが気になり、とりあえず愛想笑いで軽く一礼する。
途端にあがる歓声。
ユアンを称賛する声や、あいつは一体何者だと驚く声がコロシアムに満ちた。
ユアンは監視兵が促すままその場を後にする。
「……あと四回」
歓声を背に控え室に戻る中、心は既に次の決闘に向いていた。
今回の《決闘祭》参加者は三十二名。全部で五回の決闘に勝たなければならない。道はまだ遠い。
――次の決闘は二日後だし、今日はゆっくり休もう。
そう考え、少し気を抜いていたからか――薄暗い廊下の伸びる先に、人影があることにやっと気づく。背が高く、細いシルエット。ユアンは見覚えのあるそれに驚き、足を止めた。
「……なん、で」
「ユアン君!」
立ち尽くすこちらに、
《決闘祭》参加者か監視兵、もしくは運営関係者しか使わない廊下。ここにはいないはずの人物。
「ジェフリー先生……?」
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