涼宮ハルヒの回想

のぶ

神前暁 作曲「ハルヒの告白」のためのスケッチ

 あたしはなんでキョンなんかにあんな話をしてしまったのかしら。

 小学校六年生のときに見た野球場の人混み。

 自分がいかにちっぽけな存在なのか、初めて知った日。当たり前の日常が本当に当たり前のものだと初めて知った日。

 自分はほかの人とは違う、特別な人間だ。そう思っていたのが間違いだと初めて知った日。初めての憂鬱。初めての溜息。初めての退屈。初めて。初めて・・・。

 だけど、もちろんキョンには言わなかったし、この先誰にも言うつもりはないけれど、その日はもう一つ、あたしは普通の人間なんだと決定的に思い知る出来事が起こった。

 その日、あたしは初潮を迎えた。

 野球場から帰ってきて、トイレに行ったときに気づいた。それが何を意味するかは知識として知っていた。

 母親にこっそりと話したら、処置のしかたを教えてくれた。

「いまどきお祝いにお赤飯っていうのも古くさいかしらね。あとでケーキでも買いに行きましょ。」

母親は嬉しそうにしていた。

 周りの友達も何人かはすでに始まっていたから、あたしにもいつかは起こることだという認識はあった。だから特に戸惑うということはなかったし、母親の顔を見ていたら喜ばしいことなんだという気持ちも湧いた。

 だけど、あたしはなんだか無性につまらないと感じた。

 当然起こるべきことが、あたしの身体にも起こったということがとてもつまらなかった。

 胸だって少しずつ膨らんできたように感じていたし、そのほかにもいろいろな変化が訪れていた。

 だけど、それは何も特別なことではなかった。


 あたしが大人になることは、面白いことではない。それなのに、あたしは大人になっていく。

 

 大人になること。それはあたしにとっても、他の誰にとっても、特別なことではなかった。

 変化は今まさにあたしに訪れている。それは野球場に集まっている五万人の群衆にも訪れたことであり、あるいはこれから訪れることだった。

 あたしよりはいくらか面白い人生を送っているように見える人たち。フィールド上の野球選手や、レフトスタンド後方の広告に大写しになっている、テレビでおなじみの女優にも訪れたことだった。

 あたしが世界で一番面白いものだと思い込んでいたあたしの日常が、実はごくありふれた世界の一コマに過ぎないのだとしたら、あたしはもっと面白い存在に触れてみたいと思った。

 この世界のどこかにいるはずの面白い存在。宇宙人でも未来人でも超能力者でもなんでもいい。そういうものが存在する世界に触れてみたかった。

 でも、あたし自身は確実に変化しているのに、その変化は決してそんな面白い存在へとあたしを導いてくれるものではない。

  あたしは毎朝起きて、朝ご飯を食べて学校に行き、家に帰ってきて夕ご飯を食べ、歯を磨いて寝て、これからは月に一度は女の子の日を迎えるのだろう。

 

 このあたしが、そんな誰とも違いのない日常を過ごさないといけないのはなぜ?


 「みんなちがって、みんないい」国語の教科書で読んだそんなフレーズは、嘘だと思った。あたしも小鳥も鈴も、ちっとも面白くない世界で、つまらない日常を過ごしている。

 初めから違いなんてなにもないじゃないの、と大声で叫びたかった。


 そんな回想をしながら歩いていたものだから、気づいた時には自分の家の玄関前に着いていた。

 ふと後ろを振り返ってみる。当たり前のことだけど、キョンはついてきていない。

 キョンはさっきのあたしの話に対して、「そうか。」としか答えなかった。

「そうか、ってなんなのよ。有希じゃないんだから。みくるちゃんでももうちょっとましな返事するわよ。」

 あたしは無性に腹が立って、思わずそうつぶやいていた。

 このつまらない世界に生きていることになんの疑問も持っていないような、ごくごく平凡でやる気のない男の返事がそっけなかったことに、どうしてこんなに怒りを覚えるのか。

 あたし自身にもその理由はよくわからなかった。

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