*
私はまだ少年だった。
それも特殊な……。
耳が聞こえず、言葉を話すことができず、虚弱体質で
家庭はさほど裕福ではなく、エーデム首都のイズ—の片隅でほそぼそと生活していた。
エーデム族としては珍しいほど
私は単なる
エーデム族ならばどのような
言葉をもたない私は、友人を作ることもできず、心を閉ざし、笑うことも少なかったので、知恵も遅れていると思われていた。
街を歩けば、リューマ族の子供にさえ石を投げつけられる毎日だった。
父も母も私の将来を大変心配し、日々嘆いていた。
不思議と言葉はわからずとも、父や母の嘆きばかりは私の心に届き、私をいつも悲しくさせた。
私は自分の中に閉じこもり、家にこもることを望んでいた。
人の唇が動くことを恐れた。唇が動くたびに、人は人に心を伝えている。しかし私には音がない。
音は言葉であり、言葉は心だった。
やがて私は、私には心がないのだと感じるようになっていた。
父は、そのような私を無理やり仕事に連れ出した。家に厄介者を養うだけのゆとりはなかったのだ。私は柱にしがみつき、
今から思えば、あれは父の愛の
そして……庭師の作業は、私にとっては救いとなった。
花は言葉をもたない。しかし、心をもっていた。
愛情をそそげば美しくなることで、私の心に答えてくれる。花に触れている間は、誰も私に石を投げたりはしなかった。
私は庭師としての才能を開花させ、わずか十三歳の年齢でイズ—城の中庭にて働くことを許可された。
ほんの一角、まかされた花壇は、銀薔薇や白百合、白カトラなどの名花はなく、切花を引き立てるための
その夜は、不思議と心落ち着かなかった。
私の世話する花々が、力なくしおれ、重々しく垂れ下がり、揺れている夢を見た。
私は明け方目を覚まし、いても立ってもいられずに出かけた。街はまだ寝静まっていたが、どこか物悲しい風が吹き、私の髪を揺らせていた。その感覚を、私は不安に感じた。
星明りの下、花々はまさしく夢どおりの姿をしていた。
花弁を硬く結び、頭をたれている。私は驚きと悲しみでいっぱいになった。一輪ずつ話しかけ、いったいどうしてこのようになったのか、何が花の心を揺れ動かしたのか問い掛けていた。
「庭師がこのような時間まで……何をしている?」
突然の言葉に、私は冷や水を浴びせられたかのように跳ね上がった。
それは、たしかに言葉だったのだ。
耳を疑った。私の耳には、音は伝わらないはずなのだ。しかし、その音はたしかに意味を持って、私に届いたのだ。
「……うーーー……」
あわてて叫んだ私の声は、言葉ではなかったはずだった。
今から思えば、それは恐ろしい獣の咆哮にも似ている音だったはず。ゆえに私は、話し掛けようとするたびに、逆に嫌われたりもした。私が必死になって出した伝えたい気持ちが、どんなに汚く大きな音だったかなど、耳が聞こえない私には理解できなかったのだ。
ふりむいた先に立っていたあの方は、その声におびえるどころか、凛とした立ち姿でそこにいらっしゃった。
私は思わず、ぼうっと見つめてしまった。
流れるような銀糸の髪が、風にかすかに揺れた。星明りに銀の角がきらりと光る。それは高貴な血筋の方だという証拠だった。
エーデムの王族の方々を、庶民の立場で見る機会は少なかった。
しかし、私はすぐにこのお方が、エーデム王であり中庭の主人であることに気がついた。
残された王族は少なく、有角の者は王だけだという事実は、当時の私は知らなかったのだが。
私が硬直して目を見開いている間に、王は花壇へと歩み寄り、花を選んでいるようだった。
「この花をいただきたいのだが……」
庭の主人が庭師ごときに許可を得る。
私はあわてて「もったいないお言葉です」と伝えたかったが、おそらくひどい雑音を発しただけであろう。
かすかに微笑むその方の顔は、穏やかそうではあったが、なぜか蒼白で死人のように見えた。それは星明りのせいではなかった。
既に王は百六十の齢を重ね、長命といわれる王族の中でも稀にみる年齢に達していた。人生の
花を手折ろうか迷ったように、王は一瞬花の前で手を止めた。
しばらく時間が過ぎた。
それは突然だった。
「カエル」
私は呆然とした。それは私の名前だった。
正確な名前ではなかったが、私が名前だと思っている音だった。
「カエル、あなたにお願いがあります。私は妹に花を捧げたいと思っています。手伝ってはもらえませんか?」
その方は、まるで主人のようではなく、同等の立場以上の丁寧さを持って、私にお願いしてくださった。
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