お嬢様の正体を暴け!

甘露

お嬢様の正体を暴け!

放課後の教室。友人のリョウスケが、やけに改まった様子で、俺に尋ねる。

「ワタル、知ってるかァ? この学園の麗しき白き令嬢のこと」

そんなこと、聞くまでもなく、この学園の者なら誰でも知っている。

「知ってるも何も、学園中で騒がれてるあれだろ? 一〇人もの親衛隊を引き連れているっていう」

「御名答。どっかの貴族の娘だとか、大富豪の妾の子だとか、噂されてるあのお嬢様さ。純白のドレスにヴェールを被って、その素顔を見た生徒はいないんだってなァ」

噂の矛盾に、俺は吹き出す。

「じゃあなんで麗しいってわかんだよ」

「うるせェ! そんな細けえことはいいんだよ。令嬢というからには、美人に決まってる。そうでなきゃいけないんだよォ!」

世界中の令嬢と呼ばれる人達が、迷惑を被る思想だな。

そんな俺の思惑をよそに、リョウスケが一呼吸おいて、真剣な顔で、声を潜めてこう言った。

「なァ、ワタル。俺達ででけェことやってやろうぜェ」

「でかいことってなんだよ?」

俺がそう訊くと、リョウスケはよくぞ訊いてくれたと言わんばかりのキメ顔で、こう宣言するのだ。

「俺達で、あの白き令嬢の正体を暴くんだよォ!」

「おお……」

リョウスケの発案に、俺の胸は高鳴る。心の底からわくわくしているのが分かった。正体不明の美女の素顔を暴く。男なら、誰もが心躍らせるシチュエーションじゃないか。

「よし、のった!」

「そうくると思ったぜ、ワタル! だが……うらなり青びょうたんのお前に、この偉業を成し遂げる勇気と度胸があるかァ?」

「うるさいな。俺だってやるときはやるよ」

確かに俺は、見た目は妹に似ていると言われるほど中性的で、力もなく華奢だが、俺だって男だ。やるときは、やる。

俺たちは硬い友情の握手を交わした。俺たちなら、どんな事でも成し遂げられる。全能感が全身を支配し、俺達を奮い立たせた。

「で、あの親衛隊はどうするんだ。あいつら、絶対令嬢に指一本触れさせちゃくれないぞ」

「ワタル。いい案がある。俺に任せておけェ!」


ということで、翌日。決戦当日。戦いの火蓋は切って落とされた。

その日は、決戦の日に相応しく、校内は異様な空気に包まれていた。幻か、それともCGか。学園の様子に、生徒、教員、職員の誰もが目を見張っている。飼育小屋の鶏でさえ、けたたましく鳴いていた。

学園の白き令嬢。この学園で唯一無二の孤高の存在。そんな存在である彼女に、悲劇が降りかかったのだ。

「おい、何だこれは……! 分身か!?」

「どれが本物のお嬢様だ??」

「くそっ! わからねえ。とにかく、一人づつお嬢様に付けえ!」

お昼休みが始まったそのとき、突如として学園中に、白いドレスに身を包み、ヴェールで顔を覆った令嬢が複数人現れたのだ。その数一、二、三、四……一〇人! 親衛隊の人数と同じ、一〇人だ。

分身の術か、それともクローンか。令嬢の親衛隊は、慌てふためいて、右往左往していた。令嬢親衛隊のメンバーは、増殖したお嬢様につき一人ずつ護衛を配備した。

なになに、何が起きてんの? 令嬢が増えたんだって。えー、ほんとだ! 美人がいっぱい! 最高だ! 何馬鹿なこと言ってんのよ、あんた。クローンだよ、クローン!

学園内は令嬢に関する話題で持ちきりだった。生徒たちの間で様々な憶測、噂が飛び交い、校内は騒然としていた。

そんな学園の混乱に、一人全く動じていない男がいた。

「ふっふっふ。これだ、これこれェ! これを俺は待っていたァ!」

リョウスケは、映画の悪役よろしく不敵な笑みを漏らしていた。

「おい、リョウスケ。何が起こってんだ、これ。どうやったんだよ!」

俺は興奮して尋ねた。

「なァに、俺のダチに頼んで、変装して令嬢になりすましてもらったんだよォ」

「驚いた……」

「はっはっは! これが現代に蘇りし、軍師リョウスケ様の力ァ!」

「リョウスケって友達いたんだね……」

「そこかよォ!?」

リョウスケはズッコケる仕草をしてみせた。

そのときだった。ーー混乱と混沌に染まった学園の方々で、その喧騒を突き破る悲鳴が上がるのを耳にしたのは。


親衛隊の男が、増殖したお嬢様の一人に恐る恐る声をかける。

「お嬢様……ですよね?」

返事はない。

親衛隊の男は、正体を確認しようと、目の前の清く美しい令嬢の顔に掛かったヴェールを上げる。

「お、男!?」

親衛隊の男は、驚いた声を上げると、防御の体勢を取るまでもなく、顔面に一撃をもらう。

「ぐああっ!」


お嬢様は、親衛隊の男に歩み寄って抱きつく。

「お、お嬢様……。怖かったんですね、大丈夫です。私が守ります」

そう言って、親衛隊の男の方も優しく抱き寄せた。

お嬢様が、俯いていた顔を上げる。

「な、なんだとぉ……!」

その顔は、紛れもなく男。明らかに男! 白のドレスとの不釣り合いに、親衛隊の男は吐き気を催す。

「離せ! 離せえ!」

「ちゅーーーー」

白のドレスを纏った野郎は、顔を急接近させる。

「おええええええっ!」


「ふっふっふ。一人一殺で、残るは、本物の令嬢一人と、護衛が一人だけェ!」

リョウスケは、学園の混乱した状況を見て、勝ち誇る。リョウスケの作戦は、佳境を迎えているようだった。

「いや、今何か、嗚咽みたいの聞こえなかった?」

俺は不思議に思って、訊いた。しかし、それすらも計算のうちなのか、リョウスケは意にも介さない様子で答える。

「敵は、リョウスケ様の前に、恐怖に震え慄いているんだよォ。最後は、この大将リョウスケ様が直々に引導を渡してやるさァ。さァ、お出ましといくか。いくぞ、ワタル」

「お、おう」

俺は、リョウスケの気迫に気圧されながら、まるで付き人のように付き従った。


ワタルとリョウスケは、二人揃って男子トイレから出てきた。

俺は、自分達の服装に目を見張る。純白のドレスに、頭にはヴェール。リョウスケに至ってはメイクまでしていた。

「何だよこれ……」

「俺たちも令嬢になるんだよォ。この角を曲がれば、ボスのお待ちかねだ。黙って令嬢らしくしてろよォ?」


角を折れると、俺たち二人は、黙って廊下を歩いた。そして、お嬢様と親衛隊の男の前に現れる。永遠とも感じられる静寂。空気がピリつくのを感じる。

男は動じない様子で、俺達に侮蔑の視線を浴びせる。

「ふんっ。また、偽物の登場か。親衛隊の他の奴らは偽物も本物も見分けられない、にわかだったようだが、私は違う。私は会員ナンバー1、親衛隊会長だ!この方こそが本物のお嬢様。俺が見間違えるはずが……ん?」

男は饒舌にまくし立てていたが、急にその勢いを失った。その視線は、明らかに俺の方に向けられていた。

「そんなばかな……。いや、そんなはずは……」

男は一人でぶつぶつ言っている。先ほどまでの自信のある表情は一転し、明らかに動揺していた。一体なんだというのか。

「お嬢様が、二人……?」

男は、本物の令嬢と、女装をした俺とを交互に見やる。目をパチクリさせて、額には汗が滲んでいる。

偽物の俺と本物の区別がつけられない!? なぜだ。リョウスケの変装は、メイクまでして、かなり出来はいいはずなのに! なぜ、メイクも何もしていない、ただ白いドレスとヴェールを纏っただけの俺の変装を見抜けない!?

「と、とりあえず、お前からだ……!」

混乱した男はうわあああと叫びながら、リョウスケお嬢様に突進して行く。リョウスケが、ちらりとこちらを見る。そして、自分の死を覚悟した顔で、言う。

「ワタル、俺の夢ェ……お前に託したぜェ。リョウスケ死しても、自由は死せ……ぐふぉあ!」

瞬間、正面からナンバー1さんに突撃される。全体重のかかったタックルを受け、リョウスケは断末魔を上げる。二人は床に転がり込んだ。しかし、リョウスケは男にしがみついて、決してその腕を離さなかった。

リョウスケの、目の前で潰えた夢。それは、今、リョウスケの犠牲の上に俺に託された。俺は、リョウスケの夢を叶えてみせる。リョウスケ、遠くからでも俺のこと見守っていてくれよな……! 俺は天を仰いで、手を合わせる。

俺は、側近を全滅させられ、一人残された令嬢を見据える。令嬢をここまで近くで見るのは初めてだった。穢れなく、どこまでも白い装い、それに負けないくらいの白い肌。近くで見る令嬢は、想像していたよりも小さく、お人形さんのようだった。

「顔を……見せてくれないか?」

ここまでの騒ぎを起こしておいて、今更前置きだなんだと回りくどいことをしても意味などないだろう。単刀直入に訊く。

しかし、目の前のお嬢様は、押し黙ったまま、俯いている。頭から掛けられているヴェールで、顔は見えない。

「見せてくれ、お願いだっ!」

リョウスケの夢、そして、それは俺の夢。志半ばにして倒れたリョウスケの分まで、俺はミッションを遂行する義務がある。

ここまで来て、引き下がれない。かくなる上は、強行突破だ。令嬢、ご覚悟を!

俺は彼女の顔を覆っていたヴェールを無理やりめくり上げた。白い布がふわりと浮かび、その下からさらに白い肌が露わになる。令嬢は、突然の俺の奇行に驚き、咄嗟に顔を上げてしまう。スローモーションのようだった。運命の瞬間とはこういうものなのか。リョウスケ、俺たちの夢は果たされた。学園の白き令嬢の正体は眉目秀麗、品行方正、まさに王国の貴族出身のーーーー。

「えっ……!」

だが、そこに現れたのは、よく見慣れた顔だった。化粧が施されているが、この顔を見間違えるはずがない。こいつは……。

「おまっ、妹……!?」

学園の白き令嬢、そう称され崇められていた女。自らの周りに親衛隊を侍らせていた深窓のお嬢様は、大富豪の箱入り娘でも、王国の貴族出身の娘でもなんでもなかったのだ。彼女は、いたって普通の家庭に生まれた女、俺の双子の妹だったのだ!

「何よ、何か文句あんの?」

そうか、あの親衛隊の男は、俺と妹が似ていたから、見分けられなかったのか。

「……っていうか、お前、何やってんだよ」

「べ、別にいいでしょ! 私が何やろうが、か、かってじゃんっ」

学園の麗しき白き令嬢。なるほど、確かに赤の他人として、そういった存在に盛り上がり、浮かれるのはいい。しかし、身内となると、話は違う。ただの痛い妹でしかない。

俺は、蔑むような目で妹を見ることしかできなかった。

「ていうか、兄ちゃんこそ、何してんのよ、そんな格好で」

今度蔑んだ目を向けられるのは、俺の方だった。

俺は、改めて自分の姿を眺めた。全身白のフリフリのドレスで、メルヘンメルヘンした男子高校生の姿が、そこにはあった。恥ずかしさで死にそうだった。痛い兄妹だった。

「よーし。今回のことは、お互い無かったことにしよう!」

「そうだね。そうしよう!」

明るく朗らかに、同じ格好をした双子の兄妹は、秘密の約束を交わした。このことは、お互い死ぬまで口外することはないだろう。この日、俺達兄妹の絆はさらに固く結ばれたのだった。


教室には、保健室から帰還したらしい、頰にガーゼを貼ったリョウスケが待っていた。

俺の姿を見るなり、ばたばたと寄ってくる。

「ワタル! 令嬢はどうだったんだよォ? 名前は? 学年は? 出身は、やっぱりどっかの王国の貴族?」

リョウスケは目をきらきらと輝かせて、俺の返事を待っている。

「あー、あの令嬢はな。俺の妹だったよ! ははー、参ったね。可愛い妹を持つと大変だなあ。あははー」

なんて言えるかボケェ。

「あー、最後の最後逃げ切られてな。ダメだった」

「そうかァ。やっぱ、ガード固いんだなァ」

俺の白々しい嘘に、うんうんとうなづいて納得した様子のリョウスケ。頭が弱くて良かった。

「謎に包まれた深窓の令嬢かァ。くぅー、そそるなァ。結婚してくれェ〜」

「おえっ」

気持ち悪。こいつが俺の義弟? 冗談じゃない。俺は喉に込み上げる酸っぱいものを何とか堪える。

「ワタル、どうしたんだよォ?」

俺の青春は、痛く、酸っぱい思い出で幕を閉じた。


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