第174話 闇に消えた英主

 昨日、ユーリングを撃破したハワドマンは洋上の戦艦へ招かれ、甲板の上から昇っていく朝日を眺めていた。風もなく穏やかで、海鳥が群れをなして海面に浮かぶ。


「どうですか? 昨夜はよく眠れましたか?」


 ハワドマンの背後から現れたのはリミルだった。

 今この戦艦は、壊滅した貿易都市の拠点に代わり、王国軍の作戦指令部となっている。常に連絡用の式神が行来しており、まるで海鳥の巣のように周りを羽ばたいていた。


「さすがにワタクシも疲れました」

「先生も苦戦されるとは、恐ろしい敵でしたね」

森人族エルフ……彼とは顔見知りでしてね、昔きっちり始末しなかったことを後悔させられました」

「恨まれることに心当たりでも?」

「まあ、色々とね……」


 ユーリングが作り出した巨大なトレントを焼き尽くすためにハワドマンも魔力を使い果たし、昨夜戦艦に乗った頃には疲労が頂点に達していた。あと少し精霊紋章が不足していたら、ハワドマンの方が先に限界が来ていただろう。


 それでもユーリングに勝てたのは、リミルが放ったレールガンによる一撃があったからだ。


「トレントを破壊したのは、あの兵器ですか?」


 ハワドマンが振り返って見つめたのは、リミルの背後に設置されている大型の魔術兵器、レールガン。これまでの大砲とは違い、雷魔術を使った電磁力で弾を発射する。戦闘時、溢れた雷魔術による青白い光が、ハワドマンのいた陸地からでも確認できた。


「あの威力、下手すればワタクシが巻き込まれてお陀仏になっていたかもしれないのに、よく撃てたものですね」

「あなたの悪運なら生き延びると信じていましたよ。さすが闇の世界の最高権力者というところですか」


 するとリミルは傍にいた従者に顎を振り、その場を離れさせる。「これから内密な話をする」という合図だった。


「さて、そろそろあなたの正体についてお話ししませんか?」

「正体? ワタクシはワタクシですが?」

「あなたは……バルザノフ・エルケストなのではありませんか?」


 初代国王バルザノフ・エルケスト。

 リミルはハワドマンと関わっていく中で、正体が彼だと睨むようになっていた。


「どうしてそう思うのですか?」

「先日、我々がジュリウス・エルケストを追跡する際、王族しか入れない隠し通路を無理矢理抉じ開けました。そこにバルザノフ・エルケストの肖像画があったのですよ」

「それで?」

「先生に大変そっくりで驚きましたよ。精霊紋章移植の実験場らしき空間も発見しました。先生はあそこで移植方法を研究していたのではないでしょうか?」


 今ではどこにも残されていないバルザノフの肖像画が、禁書棚の近くで発見された。これまで一度も見つからなかった幻の肖像画。ハワドマンと瓜二つの顔に、あのときリミルは目を見張った。


「では、亡くなったはずの人物が生きていることについては、どう説明します?」

「病死したと伝えられている件については、おそらく紋章移植研究の事実が明るみに出ることを恐れた王族が幕引きを図ったのでしょう。裏では島流しにでもしてね」


 なぜ城でバルザノフの絵だけが飾られなくなったのか、大衆の間で謎だったが、当時の王族が彼の存在を民の記憶から消そうとしたのだろう。


「彼が亡くなったのは百年以上前のことですよ? 人間の寿命を大幅に越えて生きていることについては?」

「確か、当時王国は森人族エルフの研究も盛んに行っていました。実は彼らの長寿の秘密を解明できていたのではありませんか?」

「なるほど。面白い推理ですね。しかし王国はなぜそれを公表しないのですかぁ?」

「長寿は誰もが喉から手が出るほど求めているものです。大衆の混乱を避け、自分だけが使うことで必要な資源を安定的に確保しているのでしょう」


 そこまで推理を打ち明けると、ハワドマンは嬉しそうに「グフフ」と笑った。


「精霊紋章移植――あれほど高貴で興奮する趣味は他にありません。この国はギフテッドの養殖場なんですよ。新たな種類の精霊紋章を生み出すためのね。年月が過ぎると、また新しい紋章が発見される。そして、コレクションを極めるためには、長い寿命と、分母となる膨大な国民人口が必要でした……」


 今の発言は自分がバルザノフであることを認めたと言ってもいいだろう。

 精霊紋章が現れる確率はある程度決まっており、分母が多くなるほど得られる分子も多くなる。より多くのギフテッドを出生させるためには、国を発展させ、領土や資源を獲得する必要があった。


「王国の発展は、裏で先生が仕組んだことですか?」

「ええ。闇社会に紛れながら、色々と手を回しましたよ。おかけで百年前と比べて新たな紋章が数多く生まれました。ワタクシの体に彩りが与えられ、コレクションが充実しました」

「もうさすがに満足したのでは?」

「いいえ。これだけのコレクションを持っても、まだ欲望は尽きない。最近、どうしても欲しいと渇望した紋章がありましてね」


 シェナミィという少女の持つ、奇異で希少な精霊紋章がハワドマンの頭から離れない。あれを奪うには彼女を取り囲むカジやクリスティーナ、ギルダを排除しなければならず、一度敗北したハワドマンはおののいていた。


「しかし発展は順調に進まないときもあります。特に、クリスティーナとジュリウスの政権時代は酷かった! あの姉弟はワタクシの子孫ながら、全然ダメでしたね! 下らない姉弟喧嘩に時間を割いて足を引っ張り合い、魔族の台頭におののいて現状維持に努めている」

「あなた彼らの政策をそう評価していましたか」

「それ故、ワタクシはあなたのクーデターに手を貸したのです。彼らが後継ぎを作るよりも早く政権を交代させ、現状を打破してギフテッドの養殖場を発展させるためにね」

「私にはその素質があると?」

「自分の地位を脅かす敵を、あなたは排除し続けて今その地位に立っている。その手腕を是非王座でも発揮してほしいのですよ」


 するとハワドマンは陸地を指差した。その先では昨日の戦闘で破壊された都市が、今も黒煙をあげている。小さな灰が洋上にも届いていた。


「あの街を見なさい。強大な力に軍事力・経済力で対抗できるよう国を発展させてきたのに、今回は逆にそれが仇となってしまった。あの森人族エルフは密集した都市と人々を狙い、その攻撃でインフラが崩壊、その影響が王都にまで色濃く出ている。まるで脳と体を繋ぐ神経を断たれた人間のようだ。これが国にとって致命傷になるか否かは、あなたの手腕にかかっていますがね」

「傷を治すのは、医師の仕事では?」

「ワタクシは時代遅れの外科医。今いる患者の治療は、今の人がやるべきですよ」


 そこまで言うとハワドマンは歩き出し、甲板を後にする。

 一人、取り残されたリミルは空を見上げ、深くため息を吐いた。


「悲しいな。結局、私は誰かの駒でしかなかったというわけか……」


 リミルは自由に飛ぶ海鳥を見つめて呟く。


 いつも誰かの駒として過ごしてきた。

 見世物小屋の団員として、貴族の跡取りとして、勇傑騎士として、いつも誰かの命令に従い、自分の意志は押し殺された。

 今度こそ自分の理想を掲げて王位を掴み取ったはずなのに、それもハワドマンによる計算された策略だったのだろう。


 そのとき、リミルに式神からの連絡を受け取っていた係員が近づいてきた。


「報告があります、リミル様」

「敵の残党は発見できましたか?」

「調査隊から届いている式神の連絡では、今のところ不審な者は発見できていないそうです」

「敵はハワドマンに全滅させられたということですか」

「それがそうでもなくて、海岸に打ち上げられていた死体を調査していた部隊が甲冑舟虫レグバスの死体を大量に見つけまして……」

「それで?」

「ほとんどが共食いされて損傷が激しかったのですが、その中に甲冑舟虫硬王レグバス・ロードの死体までありました。さすが硬王というだけあって、その甲殻は硬くて普通の剣士じゃ切れないのですが、死体にはバッサリ切られたような跡があったらしいんですよ。しかもつい最近殺されたようで……」


 海岸へ調査に入った部隊が目撃したのは、一際大きな甲冑舟虫レグバスの死体。

 あまりの硬さに共食いされず残されていた硬王の甲殻には、綺麗な断面があった。


「あんな切り方をできるのは、勇傑騎士クラスの剣士だけです。元王女みたいな……」


 一瞬ハワドマンの仕業かと思ったが、彼がそんなことをするメリットはあるだろうか。従者に彼の行動を観察させていたが、そのような報告も入っていなかった。


「もしかすると残党の仕業かもしれませんね」

「しかし、なぜ甲冑舟虫レグバスを殺したのです?」

「そこまでは分かりませんが、戦闘中に重要な何かを河口で紛失して、それを探しに海岸に向かった――とか」


 都市を森林に変える種子、亜空間移動するゴーレム、人間の記憶を書き換える魔術、魔力を遠隔で操作できる少女――どれも近辺の情勢を一気に覆せる革命的な技術だ。

 その技術の断片が王国の手に渡れば、自分たちにも致命的な危害が及ぶ可能性がある。そうなる前に、紛失した機密を回収しようと残党が動いているのかもしれない。


「近くに潜伏できそうな場所はありますか?」

「廃村がありますが……」

「そこを包囲するよう、地上の部隊に向けて式神を飛ばしてください。レールガンの運用試験を兼ねて、制圧作戦を開始します」

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