第175話 レールガン
レールガンの配備された戦艦が洋上を移動している頃、それを知らないカジたちはロベルトの家で朝食を取っていた。
テーブルの上に並べられたのは、放置された果樹園に実っていたフルーツと、非常食として持ち合わせていた硬いパン。
「うぅ、質素な朝食じゃのう……」
分け与えられた食料に、アルティナは苦虫を踏み潰したような顔を浮かべた。幼少期から魔王の孫として贅沢三昧をしてきた彼女にとって、量も質もここまで下げられた食事は経験がない。
「嫌なら食べなくてもいいんだぞ?」
「た、食べる! 儂は『食べぬ』とは言っておらぬぞ!」
アルティナは急いで食事を頬張り、限界に近づいていた空腹を満たしていく。
他の面々もテーブルを取り囲み、パンを食べ始めた。
「カジ、これからの予定は?」
「救援を要請する式神は飛ばした。そう遠くない内に飛竜で迎えが来るはずだ」
「それまでは、この家で待機か……」
そのとき、突如鼓膜を破きそうなほどの轟音が彼らを襲った。衝撃波が窓を粉々に砕けて家の中に散り、家具の上にあった小物が倒れる。
「何だ! 今の衝撃は!」
「隣の家が吹き飛んだよ!」
全員がその場から立ち上がり、周囲を見渡した。シェナミィは窓の外を指差す。彼女は隣家がバラバラに吹き飛ぶ瞬間を見ていた。
「ど、どうして急に家が……!」
「まさか、王国軍の魔術兵器じゃ……」
その刹那、今度は別の古家が木端微塵になった。吹き荒れる風と飛んでくる木片に、カジたちは腕で目を隠した。
「カジ、魔力感知でどこから攻撃してきてるか分かるか……?」
「近くに魔力の流れは感じない。かなり遠方から撃ってきてるぞ」
そのとき、シェナミィは村に隣接する湾に軍艦が一隻浮かんでいることに気付いた。甲板の辺りで青白い光が漏れ、雷魔術を使ったことが分かる。
「今、向こうの戦艦が光って――」
その瞬間、海岸近くの漁師たちの使っていた納屋が空高く吹き飛び、再び衝撃音が村に轟いた。家全体がガタガタと揺れてシェルフが倒れる。
「キャアアアア!」
「まさか、戦艦からの砲撃なのか?」
「この家も壊されちゃうよぉ!」
敵は戦艦の魔術兵器を使い、古民家を次々と破壊している。
おそらく王国軍は自分たちがこの廃村に潜んでいることに気付いたのだろう。隠れられる場所を一つずつ潰し、我々を炙り出そうとしている。
「ロベルト! この家に安全な場所はないのか!」
「地下室がある! 簡素なものだが……」
「何でもいい! そこに飛び込め!」
ロベルトは台所の床に指を突っ込むと、そこから隠し扉を開けた。入り口に梯子がかけてあったが、それも使わずに中へ飛び込む。
その刹那、ドオンという凄まじい衝撃が地下室の中を襲い、天井や壁から土の塊がボロボロと落ちてきた。
「きゃあ!」
「今の音……上の階が吹っ飛んだか……」
間一髪。全員が地下室に入った直後のことだった。少しでも遅れていたら、家と一緒に肉体が木端微塵にされていただろう。
「さて、問題はここからどう逃げるか……」
「この地下室は食料の備蓄を置いたり、盗賊やモンスターから一時的に身を隠すために作られたものだ。隠し通路なんて期待されては困る」
この窮地を抜けるには、もう一度上へ戻るしかないのか――カジは地下室の天井を見上げ、睨んだ。
相手がどういう兵器を使っているのか、まだカジたちには情報がない。おそらく大砲の一種だろうが、発射と着弾までが早く、狙いが正確だ。
「ティー、今のはどういう兵器なんだ?」
「知らん! こんなことができる兵器なんて、聞いたこともない!」
クリスティーナも知らないとなると、ジュリウスへ政権移行された後に開発された魔術兵器だろう。魔力そのものを撃ち出すのではなく、魔力で砲弾を高速で押し出しているイメージか。
「儂ら、生きて帰れるかのぅ……?」
いつもは天真爛漫なアルティナも、激しい戦の気配に怯えていた。前線に生身でいると、生きた心地はしないだろう。カジの袖を掴み、青ざめた顔で彼を見つめていた。
やがて砲撃が止んだのか、上で大きな音はしなくなった。問題はこれから敵がどう動くか、だ。
「……砲撃が止まった。おそらくヤツらは兵士を送り込んで死体の確認に来る」
「こんなところにいたら、すぐに見つからないかな?」
「見つかる可能性が高いが、捜索の最中に砲撃を再開することはないだろう。あんな威力の攻撃では仲間を巻き込むリスクが高いからな」
しばらくして、カジは近づいてくる兵士たちの気配に気付いた。
* * *
数分前。
洋上の戦艦ではリミルはレールガンに付属するスコープを覗き込み、トリガーを引いた。照準の先で、朽ちかけた木造小屋が粉々に四散する。
「照準と着弾までの誤差は、この距離だと数十センチ以内というところですか」
「次弾装填!」
発射すると同時に、周りにいた従者がレールガンに新しい砲弾を詰め込んだ。リミルはさらに砲弾を射出し、残っている家屋を全て撃った。
「家屋は全て破壊しました。これから現場に向かい、残党を捜索させます」
どうせ廃村だ。家屋が全て壊れたところで、誰も困りはしない。もし敵が見つからなくても問題はない。レールガンの性能実験は成立する。
しかし、もし敵が本当に潜んでいた場合、どう対処すれば良いだろうか。今の砲撃で死んでいれば良いのだが。
「敵は
「承知しました!」
戦艦は廃村近くの砂浜にたどり着くと、そこへ橋を渡し、兵士たちを下ろした。彼らに囲まれるようにして、ハワドマンも姿を現す。
「やれやれ、あの青年も人使いが荒い。退屈はしなくて済みますがねぇ」
陸地で包囲していた調査部隊も加わり、ついに王国軍が廃村へ足を踏み入れる。倒壊した家屋の瓦礫を拾い上げ、砲弾の融解状況や残党の生死を確認する。
「よし、次の家を調べろ」
「了解」
包囲網は徐々に狭まり、とうとう兵士たちの目がロベルトの実家へ向けられた。
「見ろ、この暖炉。燃えた薪が残っているぞ。まだ新しい。近くに潜んでいるかもしれん」
「この周辺を重点的に捜索しろ!」
続々と集まる兵士。地下室への入り口が見つかるのも時間の問題だ。
そのとき――。
「カジ!」
「そろそろ行くぞ!」
これだけ周囲に兵士が一ヶ所に集まれば、同士討ちを恐れて砲撃はできないはず。
瓦礫の陰からカジが飛び出し、近くにいた兵士の肩を引き寄せて顔面を殴った。兵士は堪らず気絶し、飛ばされるようにして瓦礫の中へ倒れ込む。
「ま、魔族!」
「敵襲! 敵襲! 総員、戦闘態勢!」
仲間の声を聞き付けて、兵士は一斉にカジを取り囲んだ。魔術で彼を焼き払おうと、軍杖を掲げて魔力を込める。
しかし――。
「こっちにもいるんだよ!」
さらに別の陰からクリスティーナが現れ、背後から魔導士たちを剣の柄で殴り付ける。彼らは次々と倒れ、魔術は不発に終わる。
彼女の奇襲に連携が乱れ、兵士たちの包囲が崩れた。このとき、カジとクリスティーナは一瞬だけ視線を合わせ、直前に決めていた作戦を開始するアイコンタクトを送っていた。
――いいか? クリスティーナが戦艦に乗り込んで魔術兵器を破壊する。あの兵器が残っていると、逃げたところで狙い撃ちされる可能性があるからな。
――あの戦艦には進水式で乗ったことがある。戦艦の内部構造は私がこの中で一番知っていると思う。
――近くに来ている兵士は俺たちが引き受ける。迎えが来るまで耐え凌ぐぞ……!
「行け! ティー!」
「ハイさぁ!」
クリスティーナはいきなり鎖を脱ぎ捨てて全魔力を解放し、目にも留まらぬ速さで敵の包囲網を飛び越えた。真っ直ぐに浜辺の戦艦に向かって走っていく。敵兵士は誰も彼女に追い付くことはできなかった。
その様子を、リミルは戦艦の甲板から眺めていた。
「なるほど、こちらを止めに来ますか」
「どうなさいますか、リミル様」
「無論、全力で迎撃します」
リミルはレールガンの操作席に座り込むと、走るクリスティーナに照準を合わせる。
「今度はもっと耐え難い苦痛を与えましょうか」
雷魔術を流し込むと、リミルはトリガーを引いた。
* * *
一方、廃村で兵士たちとカジの戦闘も続行されていた。多くの兵士がカジの拳に捩じ伏せられ、戦闘不能に陥る中、その様子を優雅に微笑みながら眺める者がいた。
パチパチパチ――。
この場に似つかわしくない拍手。
カジが振り向くと、そこにモーニングコートを着た男が立っていた。
「いやはや、さすが。魔族の高名な兵士と言ったところですかねぇ。これだけの兵を相手に、全く疲れの色を見せないとは……」
「さっきから薄気味悪い気配がすると思ったら、やっぱりお前だったか、ハワドマン」
こうして、カジとハワドマンによる二度目の戦いが始まった。
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