第166話 精霊紋章災害
「さて、次はあなたですかね」
爆心地から昇る黒煙の中から、ハワドマンはぬらりと姿を現した。今度はユーリングたちを殲滅しようと、彼は目の前に炎の塊を作り出す。
自分の懐刀であるザンバが、こんなにあっさりと破壊されるなんて――。
この敵を放置すれば、いずれ自分の立てた計画が全て無に帰すだろう。そうなる前に今ここで彼を叩き潰さなければ。
「アルティナ! ヤツの魔力を封じろ!」
「イエス」
アルティナの手がハワドマンに向けられ、彼の魔力の制御を始めた。ユーリングを焼き払おうとしていた火柱が消失し、魔力を杖に込めても魔術が一切発動しなくなる。そんな不可解な現象に、ハワドマンは軽く首を傾げた。
「おっと、これはどういう手品でしょうね。ワタクシの魔力が一気に……」
「喧しい野猿が!」
ハワドマンが弱体化した隙を狙い、ユーリングが魔槍の先端を伸ばして襲いかかる。ハワドマンは微かに使える魔力を身体能力強化にへ全て割き、後方へ大きく飛んだ。
「少し使える魔力が増えたか? なるほど……」
あの魔族の金髪美少女には相手の魔力を封じる能力があるが、使用できる範囲は限られている――ハワドマンはそのことに気付いた。
さて、問題はこれからどう戦うか。
ハワドマンはニヤリと笑みを浮かべる。これだけ骨のある敵は久しぶりだ。
ハワドマンはアルティナから距離を取るように逃げると、杖を高く振り上げあらゆる属性の魔術を同時に複数発動させる。炎の玉、氷柱、雷、鎌鼬――宙へ浮かび上がらせると、それらを一斉にアルティナに向けて発射する。
「これならどうです?」
しかし当たる直前で、それらの魔力は空中に停止した。さらに魔力はベクトルを逆に変え、今度は術の使用者であるハワドマンに襲いかかる。
「うおっ、これはマズイ!」
ハワドマンは咄嗟にありったけの魔力を出力して結界を展開する。全力の魔術攻撃と全力の魔術防御がぶつかり合い、周囲に凄まじい衝撃波が生じた。
「グゥオオオオオッ!?」
猛烈な爆風が吹き、建造物が土煙と化す。焼け野原が厚い氷で覆われ、さらにその上に炎が揺れる奇妙な光景が生まれていた。
常人がその場に立っていれば骨ごと塵になっていてもおかしくない状況。しかしハワドマンは平然と姿勢を保ち、シルクハットに付着した砂を払った。
「ハッハッハ! 全部打ち返しますか! これはますます面白い!」
「笑う暇などないぞ!」
記憶を書き換えた冒険者が波のように押し寄せ、ハワドマンを取り囲む。
向かってくる矢を結界で食い止め、剣で襲い来る冒険者の頭上には巨大な氷塊を落とす。ハワドマンの放つ火球に触れた者は灰となって崩れ落ちた。血がしぶき、骨が砕ける。積み上がっていく死体は人間としての原形を留めていない。
「ダイロン、お前も行け!」
「オデ、あんなヤツに興味ないだぁ」
「チッ、女しか眼中にない失敗作が……!」
ダイロンはユーリングの命令にそっぽを向き、なかなかハワドマンへ向かおうとしない。ダイロンが戦いに参加する目的はあくまで女であり、ハワドマンのような中年を全力で襲うことにメリットなど感じられなかった。
その間もハワドマンはアルティナの位置を警戒していた。彼女がこちらへ足を進める度にこちらも距離を取る。
「ちょこまかと逃げて――!」
この戦法ではユーリング側の戦力が徒に削られていくだけだ。
ヤツに強烈な一撃を与え、早く蹴りをつけなければ戦力を温存できなくなる。
「いいだろう。最終手段を見せてやる」
「ほう?」
「魔力量なら、こちらも負けん」
ユーリングの魔槍が先端から裂かれ、まるで口のように大きく開く。その中へクリスティーナから生み出された種子を放り込むと、魔槍から手足が伸びて人型へ変貌した。
「あっ、ぐぅ……あ!」
アルティナとユーリングは魔槍の中へ取り込まれ、さらに近くにいたダイロンまでもが木の皮に覆われた。
「オデ、どうなるだぁ?」
ダイロンも抵抗する間もなく、肉体を魔槍に奪われる。膨大な魔力が体内へ流れ込み、闇に溶けていく意識。最早ダイロンは自分が何者なのかすら分からなくなっていた。
やがて起き上がったのは、樹木のような巨人――トレントだ。ユーリングの体は完全にトレントと同化し、その巨躯を思い通りに操る。
「貴様にはどんな犠牲を払おうとも殺す価値がある」
足元の死体に花が咲き乱れ、その足跡は藪へ変化する。天を覆い尽くすほどに広がる葉。その姿はまるで大自然そのものを具現化したようであった。
「ほほっ、これはすごい。自ら化け物になるとは」
その刹那地中を介して伸びた根が、槍のようにハワドマンの足元から襲いかかる。根の一部が彼の肩をかすめ、ハワドマンは舌打ちした。
「大事なコートに血が……!」
すかさずハワドマンは魔法攻撃をトレントに放つも、やはり空中で跳ね返された。幹に形成された檻の中で、アルティナの赤い瞳がじっとハワドマンを見つめている。
「カウンターは健在ですか。また面倒な……!」
彼女をどうにかしなければ、魔力を使えない状況は打開できない。
ハワドマンはどうにか逃げようとしたが、トレントの高い視界から逃れられない。ユーリングはどこまでも彼を追い続ける。トレントの巨大な手が建造物をさらに押し潰し、焼け野原だった戦場を再び森林で塗り返す。
最早栄えていた貿易都市の面影はなく、青々とした樹海が広がっていった。
* * *
その頃、貿易都市から離れた沖に一隻の戦艦が浮かんでいた。
「あの男が珍しく苦戦しているようですね」
甲板には双眼鏡を構えた新国王リミルが立ち、ハワドマンとユーリングの術で塵になっていく都市を眺めている。あれだけ栄えていた街が崩れていく様子はどこか楽しくもあったが、今は自分が全ての責任を背負う立場だ。そう悠長に見ているわけにはいかない。彼を取り巻く忠臣たちの表情は暗い。
「すぐに決着がつくかと思っていましたが、魔術を無効化するなんて相性が悪い」
「リミル様、これからどうなさいますか?」
「いずれハワドマンを制御できなくなるのも問題ですが、あのトレントに国の中枢を荒らされるのも問題です。やはりここは我々から細やかな支援をしてやりましょう。新兵器のテストを兼ねて、ね」
甲板から戦況を見ていたリミルは振り返り、そこに置かれていた巨大な装置を軽く撫でた。多くの技術者が調整を重ね、ようやく完成した新兵器。その外見を一言で表すならば、金属製の細長い箱である。
「火薬や炎魔術ではなく、電気で放つ大砲の試作品ですか」
「無反動かつ高速で弾を射出、遥か彼方にいる目標を撃ち抜くことが可能な新兵器です」
「この形……まるでトロッコのレールを組み合わせたような構造をしてますね」
「その名も“レールガン”です。リミル様ほどの魔力と雷魔術の精霊紋章があれば、単独での運用も可能かと……」
リミルはレールガンを起動させて構えると、自身の精霊紋章から魔力を流し込む。照準の先はハワドマンを追いかける巨大なトレント。
射出される弾自体は魔力を帯びていないため、あの魔族の少女に阻まれることもないだろう。
「ハワドマンに当たるかもしれませんが?」
「当たったら、それまでの男だったということですよ」
「では、魔力充填率を読み上げます。60%……75%……90%……100%、発射可能です」
別にハワドマンが死んだところで、厄介事が一つ減るだけだ。
そうしてリミルは躊躇することなくトリガーを引いた。
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