第165話 殲滅の焔

 貿易都市の中央に巨木が聳える様子は、運河に並ぶ戦艦の甲板からでも確認できた。建造物を押しつぶす破壊音と共に、白い煙が昇る。街の中央区画は瞬く間に森林へ変貌した。


「艦長、あそこは作戦司令部がある辺りじゃ……」

「まさかこの街も敵の手に落ちたというのか? 魔族の大隊と戦っても十分対抗できる戦力を持っていたはずだぞ?」


 王国発展の歴史において重要な役割を担ってきた貿易都市。その機能を維持するために多くの部隊が配置されていた。この都市を手放してしまったら、王国民の生活はいよいよ困窮する。物資の流れが滞り、数え切れぬほどの失業者を出すことは容易に想像できた。


 しかし陸軍の本拠地が落とされたという事実は覆らない。今の自分たちにできるのは、少しでも多くの仲間を救い、王都の守りを固めること。


「今すぐ陸地に撤退信号を送れ。負傷者を救出したら、外洋へ移動しつつ主砲で陸地の敵に応戦する」


 艦隊が接岸しようと動くと、そのうちの一隻が突然炎をあげた。鼓膜を破きそうなほどの轟音と、空高く吹き飛ぶ戦艦の外壁。今の爆発で船底に大きな穴が開いたのだろう、傾きながら水の底へ沈んでいく。

 隣の艦の甲板にいた艦隊長は、風に乗って降り注ぐ火の粉の中、その様子を強張った表情で見つめることしかできなかった。


「おい! 今何が起きた?」

「分かりません! 戦艦の火薬庫の辺りから急に爆発が起きたように見えましたが……」


 そのとき、艦隊長の乗っていた船が大きく揺れる。

 振り返ると、大剣を振り翳したゴーレムが甲板に立っていた。


「こいつ、どこから乗って……!」


 ザンバの刃は船体を大きく切り裂き、艦内を浸水させた。船はあっという間に傾き、運河の水面へ吸い込まれていく。

 肉体を真っ二つに切られた艦隊長が最期に目にしたのは、自分を慕っていた部下の死体と、沈みゆく自分の船。傾きが大きくなり、彼の体は甲板を転がって水面へ落ちていく。


 連戦連勝の実績を誇る王国海軍の戦艦は、数十人もの船員の命と共に運河の底に消えていった。





     * * *


「ようやく王国を分断できたか」


 ユーリングは都市の中央区画で広がる森林を見上げると、勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべる。街に残された王国軍は撤退。運河に停泊していた戦艦も沈み、この街の脅威はなくなった。


 今のところユーリングの思い描いた王国崩壊のシナリオは予定通りに進んでいる。ここに来るまで百年以上も技術開発や戦力増強に時間を費やしてきた。今ならあの準備期間は決して無駄ではなかったと思える。


「猿共の命もあと少しか……」


 クリスティーナの純粋で豊潤な魔力を溜め込んでいた種子は、それを余すことなく養分として木々を成長させる。建造物を粉砕し、兵士の死体をも取り込んで幹に小さな花を咲かせた。発展していた文明が消え、太古の森へ戻りつつある。


 そのときユーリングは森林の広がり方に違和感を覚えた。いつもは四方へ偏ることなく根を伸ばす木が、一部分だけ止まっていた。


「止まった? いや、止められたのか?」


 すかさずユーリングは森林から送られてくる魔力を読み取った。森林の奥地で、何者かが迫る根を炎魔術で焼失させている。それも並の魔導士の使う出力ではなく、一流の魔導士を何百人も集結させたような魔力量で。


「何だ、こいつは……?」


 こんなの、まるで化け物だ。

 やがて天にも届きそうなほどの火柱が上がり、森林の大部分を焼き焦がした。葉が灰となって熱風に巻き上げられる。木々は焼けて倒れ、周囲は焼け野原と化した。


「やれやれ。都市緑化も結構ですが、こんなに鬱蒼としているとガーデニングセンスの欠片も感じない」

「何者だ……?」


 ユーリングは焼け野原に立つ中年の男を認めた。モーニングコートにシルクハット。金色の装飾が施された杖を地面につき、彼もユーリングを見つめていた。

 その正体は、闇外科医ハワドマンである。


「ああ、野生のエルフを見るのは久しぶりですねぇ」

「やはり貴様は……!」


 ハワドマンの顔を見てユーリングの表情が変わる。より殺意を持ち、緊迫していた。


 間違いない。

 アイツだ。


「総員! ありったけの魔力を投じてヤツを殺せ! 一切出し惜しむな!」


 ユーリングは憤怒に駆られて叫ぶと、魔槍をハワドマンに向けた。


 その号令で真っ先にハワドマンへ飛びかかったのは、ゴーレムのザンバだった。亜空間転移でハワドマンの背後へ移ると、巨大なリーパーブレードを振り下ろす。


「これはこれは、面白い玩具ですねぇ。興味深い」


 しかし、その切先がハワドマンに届くことはなかった。軍事用ゴーレムの厚い装甲すらも切り裂ける特殊な刃が、彼の杖によって軽々と受け止められていたのだ。ザンバもフルパワーで破壊しようとするも、ハワドマンは全く動じない。動力コアをフル稼働させたときに発する激しい青白い光がセンサーの隙間から漏れるだけだ。


「ですが、今は殲滅に専念しましょうか」


 ハワドマンはザンバの剣を押し返してその巨体をよろけさせると直上へ飛び、仕込み杖から剣を抜いた。


「お休みなさい」


 瞬時に振り下ろされる刃。

 ザンバの動力コアは綺麗に真っ二つに割られ、巨体は静かに倒れた。


「ザンバ――!」


 ユーリングが手を伸ばそうとした刹那、魔力の制御を失ったコアが大爆発を引き起こし、砂煙が巻き上げられた。

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