第160話 都市緑化作戦
王国のとある都市。
そこは冒険者組合や商業施設の集まり、賑わいを見せる場所だった。屋台から食べ物の香りが漂い、広場では踊り子たちが華麗に舞う。
そんな街の大通りを、一組の冒険者パーティが歩いていく。剣士や魔導士、ごく普通の編成をした中堅パーティ。彼らは冒険者組合の集会所に入り、受付カウンターの前に立った。
「あら、ベイクさん。お戻りになられたんですね」
「ああ。依頼達成の報告をしたいのだが……」
「かしこまりました」
受付嬢は彼らの会員証を確認すると、依頼管理報告書を開いた。近隣の農場を荒らす巨大草食モンスターの討伐。彼らは討伐の証拠としてモンスターの耳を提出してきた。
「確か、本来の予定だと帰還は昨夜のはずですが、何かございましたか?」
「思ったより目標の捜索に手間取ってしまって、少し予定より遅れたんだ」
「そうでしたか」
なかなかモンスターの巣や縄張りを特定できず予定が遅れてしまうなんて依頼をこなす冒険者にはよくあることだ。受付嬢は軽く受け流し、報告書を記入していく。
そのとき、彼女の目にあるものが止まった。
「おや、レイナさん。そちらの手に握っているものは何ですか?」
「え、これ? 途中で貰ったんだぁ」
魔導士レイナが透明な筒を持っていた。筒の表面には魔法陣が模様のように描かれ、中にキラキラと光る物体を収納している。
「それ、何ですか? まるで植物の種のような……」
「えへへ、綺麗でしょ? これ、実は――」
その瞬間、筒の表面に描かれていた魔法陣が強烈な光を発し、冒険者組合の面々はその中へ取り込まれた。直後、そこから生まれた巨大な木々が屋根を突き破り、波のように押し寄せる根が壁を破壊する。
「何だ! あの木は!」
「こ、こっちに来るぞ!」
「逃げ――」
さらに、木々の根は周囲にいた通行人や踊り子たちを一瞬にして飲み込むと、彼らを同化させて森の一部へと変える。建造物も圧倒的な力に耐え切れず粉砕され、中で食事をしていた人々も木へ取り込まれた。巨大な建物が倒壊すると同時に、大量の砂埃が上がる。
「ど、どうなっているんだ、俺の家が……」
「息子が、あの木の中に……!」
やっと木々の成長が止まったとき、街の数ブロックが森林へと変貌していた。大量の木の葉が空を隠し、巨大な根が舗装されていた道を瓦礫の山へ変える。
この一瞬の出来事で、都市中心地の冒険者組合や商業組合、騎士の駐留所などが壊滅させられた。生き残った人々は呆然と立ち尽くし、白い煙の中に高くそびえる木々を見上げることしかできなかった。
* * *
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
その様子を遠くの崖上から見ていたユーリングは高らかに笑い声を上げた。
冒険者を捕まえ、記憶を変えて種子を持たせる。後は街の中心地に持ち帰るのを待ち、頃合いを見て発動させるだけ。それで都市の中心地をほとんど破壊できるのだから、こんなに楽なことはない。
そこに作り上げられた森林は、どこかユーリングの故郷に似ていた。
「なかなかいい景色だろう。最高だ」
「イエス、マイロード」
彼の背後に控えていたのはアルティナだった。生気のない瞳でユーリングを見つめ、彼を保護するよう動いている。さらにその後にはザンバとダイロンが構えていた。
「我々は暴虐の限りを尽くすために天界から遣わされた破壊の使徒だ。住民を一人残らず葬り、この世に地獄のような災禍を顕現させる。さぁ、あの街の生き残りを皆殺しにして来い!」
ユーリングの号令を聞き、ザンバは亜空間転移で消え、ダイロンはのそのそと歩いていく。街の住民たちは、さらなる恐怖が襲い来ることをまだ知らない。
* * *
ザンバが次に現れた場所は、街の結界を発生させる軍事施設の手前だった。
「何だ、あのゴーレムは!」
「消えたぞ!」
ザンバは大剣を大きく水平に振り、右往左往とする騎士を効率よく葬る。運よく刃に当たらなかった者も、その鋼鉄の足にグシャリと踏み潰された。
ザンバの亜空間転移ならば、街を囲う結界も自由に越えることができる。結界発生装置に剣を突き立てると、その街の守りを無効化した。
遅れて発生装置を守るための軍事用ゴーレムが数体現れるが、ザンバの敵ではない。亜空間転移で背後から動力コアを一撃で貫き、機能停止したゴーレムを蹴り飛ばす。さらにその大きな図体からは想像できない華麗な剣さばきで、ザンバは他のゴーレムを破壊した。動力コアの損傷によって倒れたゴーレムたちが次々に爆発を引き起こす。大きな炎の中で、ザンバのセンサーは次の獲物を見つめるためギラリと光っていた。
「みんな、早く街の外へ出るんだ! このままじゃあのゴーレムにやられる!」
「ダメだ! こっちの門から巨大な亜人種が!」
ダイロンは街のゲートの柱を突進して崩すと、その瓦礫を人々に向かって投げつけた。逃げようとしていた家族が、迫ってきた大きな破片に押し潰される。
「ゲヒヒひっ! いい女、見つけたダァ!」
ダイロンの目に留まったのは、その街で踊り子をしていた金髪の美女。彼は彼女目掛けて全速力で走り出した。
「こっち来ないで!」
「待てよお! オデの子を孕めヨォ!」
女性の尻を追いかけるついでに、その巨体が建造物を薙ぎ倒し、彼の目に留まらなかった人々を踏み潰す。彼が意図せずとも、走るだけで血の海を広げていく。
「誰か! 助けて!」
踊り子は助けを求め、走りながら大声で走り続ける。
そのとき結界の消失した街の外から、冒険者らしき影がこちらに歩いてくるのが見えた。
「やった! 依頼に出ていた冒険者が帰ってきてくれたんだ!」
「頼む、ゴーレムと巨漢鬼を倒して街のみんなを救ってくれ!」
しかし、彼らが武器を構えた先は人々。
このとき、この冒険者たちはユーリングによって記憶を書き換えられていた。人間族に対する憎しみを植え付けられ、忠実な部下として人々を蹂躙するよう命令されていたのである。
「え……」
一斉に矢と魔術が放たれ、生き延びていた人々を攻撃する。矢が頭を貫通し、炎魔術が全身を焼き尽くした。老若男女関係なく、一方的に虐殺されていく。
「ど、どうして我々を……」
胸を射抜かれた老人が倒れ、その死体を踏み越えながら冒険者たちは街を制圧し始めた。
ザンバとダイロンも建造物を跡形もなく粉砕し、街を二度と再興できぬよう破壊する。ザンバは家の中に隠れていた婦人を壁ごとブレードで切り、ダイロンの手も瓦礫に埋もれていた青年をグシャリと握り潰す。
「ふっ……」
制圧が完了する頃、ようやくユーリングは瓦礫の山と化した街に足を踏み入れた。王国の物流拠点を担う都市への初めての攻撃は、彼の満足する結果に終わった。街中、どこを見ても死体だらけだ。彼らの苦しそうな死に顔を、ユーリングは鼻で笑った。
「さあ、仕上げだ」
ユーリングが花咲術を足元の死体に施すと、死体の山に反応して連鎖的に花畑ができあがる。一面に広がるカラフルな景色。広大な森林を囲む花畑は青空に映え、どこか幻想的で美しい。
「これだ。この景色を求めていたんだよ」
ユーリングは花の香りが混じる空気を深呼吸で吸い込むと、その達成感に笑みを浮かべた。
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