第159話 エルフの生き残り

 深い森林を歩き続け、ユーリングは目の前にまるで山のように巨大な老樹を見つけた。幹の皮は苔に覆われ、朽ちた部分には茸が栽培されている。周囲の木々と往来するための吊り橋やロープがかかり、何者かが住んでいる形跡があった。


「ここか……」


 ユーリングは老樹の外周に設置された階段を上り、大きなうろの中へ入る。


「お久しぶりですね、長老」

「ユーリング……お前も生きておったか」


 そこにいたのは、数人の森人族エルフだった。

 皆、数百歳を超えているが、不老という特徴から若い男女に見える。長老と呼ばれた男も、そこまで老けているわけではない。

 彼らは森人族の生き残りである。王国の侵攻で元々の住み処を失って彷徨い、ここで新たな生活を始めた者たちだ。


「王国を攻め滅ぼす準備は整いました。今こそ、我々森人の力を人間族に見せつけるときです! 彼らに奪われた土地と平穏を取り戻しましょう!」


 意気揚々と戦へ誘うユーリングに対し、周りの反応は冷やかだった。笑顔が消え、下を向く。


「こ、こんな少数であの巨大な王国に挑むつもりか?」

「下手したら今度こそ我らは全滅だぞ?」


 皆、戦って傷付くことを恐れていた。故郷をバルザノフに焼き払われて以降、増えた仲間は少ない。これ以上仲間が減れば、種族の絶滅という道も見えてくる。


「そのために、僕は何年間も魔族の力を借りて、新たな魔術を開発してきました! あの頃の僕とは違います!」

「お主、まだナターシャのことを……」

「バルザノフ・エルケストという悪魔が作り上げた王国を、僕は潰したいんですよ。徹底的にね」


 そのとき、森人族の一人がユーリングの背後を指差した。そこには金色の首輪を装着したアルティナが待機しており、ユーリングの背中を見つめていた。


「ユーリング、そこにいる魔族は何だ? 普通の魔族とは違う気配を感じるぞ」

「そこにいる人形は人工生命体ホムンクルスです。人間族の使う魔力を奪い、こちらの攻撃へ転じさせてくれるでしょう」


 ユーリングは自信満々の笑みを浮かべながら、アルティナを紹介した。

 しかし彼の表情とは対照的に、仲間たちの顔は青ざめていく。


「貴様、とうとう人工生命体ホムンクルスという禁忌にまで手を染めたな! あれは代理母の死を以て完成する禁断の魔術! 我らと同じ境遇にある魔族にまで手をかけおったか!」


 ホムンクルスの作成は森人族エルフ内でも禁忌中の禁忌とも言われている。究極の力を宿した子どもを産む代わりに、母体となった者は命を落とす。それ故、森人族はホムンクルスの作成を禁じてきた。


「貴様はバルザノフと同じだ! 己の欲望のために、どんな非道な行為にも手を出す!」

「非道な行為には、非道な手段で対抗するまでです! いつまでも倫理や道徳を気にしているから、我々はこんな僻地へと追いやられた! この状況を打開するためには、何かを犠牲にしてでも大きな一手が必要なのです!」

「間違った道徳の行先は破滅だぞ、ユーリング」

「破滅するのは王国です。我々ではありません」


 暴走とも呼べるユーリングの行為に、彼を痛烈に批判する声が相次いだ。ユーリングが反論するも、彼らの声は治まらない。とうとう長老が杖を振り上げて皆を制止させ、ユーリングの前に立った。


「ユーリング、一族の代表として言わせてもらう。お前に協力することはできぬ。今ここで、お前は追放だ。王国への憂さ晴らしなら、お前一人でやるがいい。もう我らをお前の復讐に巻き込まないでくれ……」


 エルフたちは小さく頷き、ユーリングを睨んだ。穏やかな暮らしを勝ち取りたい気持ちは彼らにも存在していたが、一線を越えた彼の行為に不安の方が勝る。


「そうか……こんな腰抜けの集まりだったとは、我ら森人族エルフも落ちたものだな!」


 ユーリングは仲間たちに怒鳴り散らすと、踵を返してアルティナと共に外へ歩いていく。彼らを追いかけるエルフの仲間は誰もいなかった。


「ああ、ユーリングよ……ナターシャさえ生きていたら、こんなことには……」


 長老は小さな声で呟いた。





     * * *


「ゲヒヒヒッ、なかなかいい女だなぁ」


 魔族領近くの森林では、巨大な亜人種ダイロンが冒険者を襲っていた。男性冒険者は殺して食料とし、女性は子種を植え付けて岩山などに張り付ける。ジュリウスを捜索させるために多くの冒険者が駆り出されているせいか、うっかりダイロンに遭遇してしまった者も多い。


「や、やめて……」

「まだまだ出すだあ。お前の口から逆流するまで出すだあ」


 豊満な肉体の美女を犯していると、背後から男の声が聞こえてくる。


「やあダイロン。僕と来る気はないか?」


 振り返ると、いつか見たことのある森人族エルフがいた。確かギルダと一緒に山間の集落を襲撃していたな、とダイロンも彼のことをぼんやりと覚えていた。


「僕の名はユーリング。これから人間族の街を襲撃するつもりなのだが、君はどうだい? もっともっと人間族を孕ませたいだろう?」

「でもぉ、ギルダは?」

「彼はもう戦場に出るつもりはないさ。ずっと酒を飲んで眠っている」


 ギルダは酒場に入り浸っているという話はユーリングも耳にも届いていた。彼はもう不死身ではなくなり、戦うことに怖気付いたのだろう。


「それよりも、僕と来ればもっと多くの人間族を孕ませてやる」

「本当かぁ?」

「本当だとも。好きなだけ犯してもらって構わない」

「ゲヒヒッ、やったぁ!」


 女を好き勝手に犯せるなら、背中を預ける相棒は誰でも構わない。長年付き添ったギルダとの関係よりも、これから孕ませる女の方が大事だった。


 種付けを終えた冒険者を空高く投げ捨てると、ユーリングの背中を追い始めるダイロン。落ち葉の上に転がっていた男性冒険者の死体を、パキリと音を立てて踏み潰した。

 さらに、彼の背後にもう一つ巨大な影が加わる。突然現れたそれは、修理の完了した新型ゴーレム――ザンバだった。


 ユーリング、アルティナ、ダイロン、ザンバ。

 破壊の使徒が集い、人間族を虐殺する準備は整った。


「始めるぞ……!」


 こうして多大な犠牲者を出す惨劇が幕を開けたのである。

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