第158話 訃報

 魔王の副官であるラフィルがカジの屋敷に現れたのは、その日の夕方だった。アルティナを高級レストランへ連れていく約束を果たすため、現場をリサーチして帰った直後のことだ。


 ドアノッカーの音に呼ばれて玄関に向かうと、ラフィルが一人そこに立っていた。

 彼がこうして家に来るときは、大抵何か悪い事件が起きたことを知らせてくる。今回も彼の浮かない表情から、良い知らせでないことは容易に想像できた。


「先輩、落ち着いて聞いてください……」

「何だ……?」

「マクスウェル様が、亡くなりました」

「はっ?」


 カジは目を丸くし、声を上げてしまった。

 マクスウェルと言えば、つい先日のジュリウス救出作戦へ共に参加していたではないか。あのときは現役さながらに冒険者を斬り伏せ、作戦成功に大きく貢献していた。

 そんな彼が数日経たぬ内に逝去するなんて考えられない。


 カジは小声になり、ラフィルに顔を近づける。


「いつ亡くなった?」

「今日の昼、魔王城の執務室にて亡くなっているのを、秘書官が発見しました」

「死因は?」

「胸と背に打撃を受けたような痕がありました。おそらく強い力で突き飛ばされたのかと……」

「つまり、殺されたのか?」

「直接の死因は心不全でしたが、その直前にあった何かが引き金になったかと」

「何てことだ……」


 先々代の魔王がそんな死に方をするなんて大事件だ。


 カジが真っ先に浮かんだのは、アルティナのことだった。祖父のマクスウェルを亡くしては、悲しみのあまり途方に暮れてしまうだろう。


「アルティナはどうしている?」

「それが、アルティナ様も行方不明で……」

「現魔王が行方不明だと!?」


 うっかり大声を上げてしまい、屋敷に住まう面々が心配そうにこちらを見つめてきた。彼女らも事情を察したのか、すぐにそこから立ち去ったが。


「少し場所を移そう」


 さすがに立ち話でやり取りする内容ではないと思い、カジはラフィルを応接間に案内した。防音効果のある魔術を壁に施し、話を再開する。


「犯人はアルティナ様を誘拐する目的で魔王城の執務室に侵入し、その際にマクスウェル様と格闘になり死なせてしまったというのが、刑兵部の見解です」

「マクスウェルを打ち負かすことができるのは……」


 マクスウェルは年老いていたとはいえ、高名な剣士であり、彼を倒せる人物は限られる。カジは当て嵌まりそうなそうな人物を絞り出していく。


「ギルダは?」

「昼間から店で酒を飲んでいる姿が複数の客に目撃されています。アリバイは完璧と言ってもいいでしょう。そもそも彼にアルティナ様を誘拐する理由がありません」


 以前、ギルダとマクスウェルが斬り合いをして巻き込まれそうになったことを思い出し、その延長線上の出来事なのかと不安になったが、どうやら違うらしい。


「先輩、私はユーリングが怪しいと思っています。彼はマクスウェル様と何か因縁を抱えているようでした。廊下で激しい口論する姿が何度か目撃されています」

「因縁……?」

「詳細は不明ですが、アルティナ様に関する内容をほのめかしていました。アルティナ様を連れ去った理由も、それかと……」

「ユーリングは今どこにいる?」

「彼は今も行方不明です」


 確か先日のジュリウス救出作戦の後、マクスウェルがクリスティーナと話していたとき、そんな話題を彼女に持ちかけていたのを遠くから聞いていた。

 一体、師匠とユーリングにどんな過去があったのだろう。


 カジが考え込んでいると、ラフィルが懐からそっと小さな封筒を取り出した。


「先輩、マクスウェル様の遺書を持ってきました」

「遺書?」

「生前、遺書の保管場所を聞いてました。何かあったら、先輩に読んでほしい、と」

「俺に……?」


 封筒を受け取り、蝋印を綺麗に割る。

 便箋に綴られた彼の想い。


『今この手紙を読んでいるのが、自分と親しかった仲間であることを祈る。


 自分はもう随分長く生きた。弟子たちも成長し、あらゆる仕事で自分は役目を終えたと思っている。後の仕事は弟子が何とかしてくれるだろう。


 唯一心配事があるとすれば、アルティナのことだろうか。

 弟子や仕事仲間にも打ち明けられなかったアルティナ出生の秘密を、今から書き残しておく。


 皆も薄々気付いていると思うが、アルティナには周囲の魔力を自在に操る能力がある。敵から魔力を奪い、味方に付与して強化する。さらには向けられた魔術攻撃を跳ね返し、結界を触れずに破ることができる画期的な力だ。


 実のところ、自分とアルティナに血縁関係はない。アルティナは魔術を用いて一から作られた人工生命体ホムンクルスなんだ。普通の魔族では獲得し得ない力を持っているのはそのためだ。ユーリングが作った卵を、娘のアルジーヌが代理母として育てた。


 話はアルティナが生まれる前に遡る。自分が政権を握っていた頃、仕事が多忙なあまり家庭を疎かにしていた時期があった。当時は王国の侵攻が盛んで、娘を守ろうと必死に戦っていた。その一方で、娘も娘で何か父親のために役に立ちたいと考えていたのだろう。


 あのとき、ユーリングは戦況を変えうる人工生命体ホムンクルスの生産実験を極秘裏に進めていた。代理母を入手するために、彼はアルジーヌの焦りに目を付けたようだ。実験に成功すれば父親を救うことができる――と言ってな。


 娘の傍にいてやれなかったことを、ずっと後悔している。自分が娘を止めていれば、自分も彼女もあんな苦しい思いをしなくて済んだだろうに……。


 アルティナを出産した直後、娘のアルジーヌは容態が急変して亡くなった。ユーリングは事故だと言い張っているが、本当はアルジーヌが魔術の作用で死ぬことを知っていて実験をしたのではないかと今も疑っている。


 結局、真相は不明なまま、手元にはアルティナが残った。ユーリングは他人にアルティナを育てさせ、能力が成熟した頃に奪いに来るつもりだ。


 しかし、アルジーヌの形見であるアルティナを手放したくはない。最初は人工生命体ホムンクルスなど気味が悪いと思っていたが、彼女の成長する様子を見ていると、アルジーヌをもう一度育てているような気がして、いつの間にか本当の家族としか思えなくなっていた。アルティナには何も知られぬまま新しい家庭を築いてほしいと願っているが、そうはいかないだろう。


 わがままな孫ではあるが、どうか彼女を守ってほしい。今度こそユーリングに奪わせたくない。


 マクスウェル』


「師匠……」


 アルティナ出生の秘密や、何年も抱いてきた後悔。昔、自分を厳しく鍛えてくれた裏で、こんなことを考えていたなんて……。


「犯人はユーリングで間違いなさそうだな」


 カジは読み終えた遺書をラフィルに手渡し、窓から街の風景を見つめた。

 遺書の内容が本当ならば、アルティナはすでにユーリングの手に渡っている。彼による王国侵攻に使うための戦力が、今はもう十分すぎるほど揃っているだろう。今度こそ彼は王国へ攻撃を本格的に仕掛けるつもりだ。


「師匠からの最後の頼みだ。俺はユーリングを追ってみる」

「先輩……」

「魔族領のことは任せたぞ、ラフィル」

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