第137話 同じ目に遭わせてやる

 ザァァァ――。


 いつの間にか、カジは工房前の道路に立っていた。

 ユーリングの実験室からどうやってそこに戻ったのかは覚えていない。

 ざあざあと振る雨に打たれ、全身がビチャビチャになっていたが、急いで雨宿りする気分にはなれなかった。微かに工房からクリスティーナの喘ぎ声が聞こえる気がする。今もクリスティーナはユーリングとの行為に性の快楽を見出しているのだろうか。


「クリスティーナ……」


 カジは彼女の名前を呟きながら、その場を離れた。

 彼女の心が完全にユーリングに向いていることが、何より一番カジの心を深く抉っていた。あの状態の彼女が自分に戻って来たところで、心の穴は埋まらない。

 カジの脳裏に何度もあの光景がループする。クリスティーナが自ら腰を振り、淫乱な顔でユーリングに魔力を要求する姿。彼女の魔力はカジに見向きもせず、ユーリングを繭のように包もうと必死だった。間違いなく彼女は心からユーリングを求めていた。


 あのとき、自分にしてくれたキスは何だったのだろうか。

 これまで彼女と築いてきた関係を、快楽に忘れてしまったのだろうか。


 ふと顔を上げると、雨に霞む魔王城が見えた。あそこには現魔王のアルティナがいるはず。

 確かあのとき、ユーリングは「僕らの関係はアルティナ様も認めている」と言っていた。

 アルティナもクリスティーナがこうなることを知っていたのだろうか。アルティナがクリスティーナをユーリングに差し出したのだろうか。


「どういうつもりだ、アルティナ……?」


 ユーリングの言葉を半信半疑なまま、カジは拳を握り締めてアルティナの元へ向かった。




     * * *


「これで本日分のノルマは達成されました」

「ふぁ、ようやく終わったのぅ」


 魔王城の執務室で、アルティナは大きく背筋を伸ばした。秘書官が処理の済んだ書類を運んでいく。


「流石に疲れたわい」

「しかし、で本当によろしかったのですか?」

「何の話じゃ?」

「ユーリングの件ですよ」


 ラフィルはユーリングの引き連れていたクリスティーナのことが気がかりだった。彼女と言えば、カジがその身柄を預かっていたはず。カジとユーリングの間に良い関係が築かれている話は聞いたことがない。おそらくユーリングが何らかの手段で、カジからクリスティーナを無許可で引き離したことは容易に想像できる。


 それをアルティナがカジに事実確認もせず、兵器開発の実験に使うことを認め、さらにそのための予算を増額することまで決定してしまった。


 もしこの事実がカジに伝わってしまったら、彼はどんな反応をするのか。

 ラフィルはそれを恐れていた。


「せめてカジに確認を取っておいた方が良かったと思いますが」

「元々敵国の王女がどうなろうと、知ったことではない。そもそも処刑されてもおかしくない立場の人間族が、カジの屋敷で悠々と暮らしていること自体おかしいのじゃ」

「しかし、獅子鬼オーガ襲撃の際に援護してくれた恩のある相手を、あんな怪しい森人エルフに」

「じゃあ『ユーリングの要望を断れ』とでも言うのか? ユーリングこそ、我々魔族にとって恩のある相手ではないのか?」

「そうは言ってません。少しだけでも先延ばしにするくらい……」


 そのとき、執務室の扉がバンと音を立てて開いた。

 アルティナたちが振り返ると、そこにはコート姿のカジが立っていた。彼の服からは水滴がボタボタと滴り、息が上がっていることから雨の中を走って来たのが分かる。


「アルティナ、聞きたいことがある」

「ど、どうしたのじゃ、カジ? そんな濡れた格好で……?」

「お前は、ユーリングのところにクリスティーナがいることを知っていたのか?」


 カジの瞳は狩人を憎む獣のように殺気を纏い、今にも飛びかかりそうなほどに拳を奮わせていた。


 これはまずいかもしれない――激しい揉み合いになることを恐れ、ラフィルはいつでも動けるよう身構える。


「別にどうなっても良かろう、あんなドブ臭い人間族は。少しは体を張って我々の役に立ってもらわないと。ユーリングも人生の伴侶が見つかって、めでたしめでたしじゃな」

「やっぱり、お前が、クリスティーナを!」

「か、カジ! 何をそんなに怒っておるのじゃ!」

「今クリスティーナがユーリングにされていることを、そのままお前にもしてやるよ!」


 カジはアルティナに詰め寄って襟を掴むと、怒りに任せて彼女の纏う仕事着を真っ二つに裂いた。その下に隠されていた下着と白い肌が露になる。


「いやぁ!」

「や、止めてください! 先輩!」


 ラフィルはすかさず止めに入る。衣服を取り除く手を掴み、彼をアルティナから引き離そうとした。


「離せラフィル!」

「ぐぁっ!」


 しかし、腕力はカジの方が圧倒的に上だ。逆にラフィルは胸倉を掴んで投げ飛ばされ、その勢いで床を転がった。


 カジはアルティナを机の上に押し倒すと、黒いスカートも力任せに破いて投げ捨てた。下着すらも剥がし、彼女を一糸纏わぬ姿へ。暴れたせいでセットされていた髪型も崩れ、そのままの彼女が現れる。


 もうすぐ、カジが彼女の中に入る。

 これはクリスティーナのことを蔑んだ彼女への罰なのだ。

 そう思い、カジは彼女の中へ一気に貫こうとした。


 しかし――。


「止めて、お願い、カジ……」


 そのとき、アルティナの目に涙が溜まっているのが見えた。いつも自分にあれやこれやと偉そうに命令する彼女が、今は弱々しい声で懇願する。


「ごめん……なさい……」


 彼女は机上で体を丸め、顔を手で隠しながらすすり泣いた。

 幼少期、ずっと一緒に過ごして来た兄妹みたいな存在のアルティナ。彼女の涙に、そんな当時の記憶が蘇る。


「何してるんだ、俺は……」


 師匠マクスウェルの大事な孫娘の貞操を犯しかけ、弟弟子にまで暴力を振るう――そんな自分を冷静に見つめ直した。


「すまない、すまない、アルティナ……」


 カジはその場で床にペタリと座り込み、叩き付ける勢いで頭を床の上に置いた。恋心を抱いていた女性を奪われ、家族同然の仲間に八つ当たり――自分が情けなさ過ぎて涙がこぼれた。


「俺は、俺は……クリスティーナと、一緒に未来を築きたかっただけなのに……」

「先輩……」


 ラフィルは起き上がり、すすり泣くカジとアルティナを見つめた。一体この状況で彼らに何て声をかけたら良いのだろう。彼は何も言うことができぬまま、彼らが落ち着くのを待った。

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