第136話 入って来なよ、カジ

 その頃、マクスウェルは魔王城でクリスティーナを見たことを伝えるため、カジの屋敷を訪れていた。

 マクスウェルはドアノッカーを鳴らし、カジを呼び出す。


「師匠、どうされましたか」

「カジ、お前に聞きたいことがある。中でじっくり話したいのだが、良いか?」

「ええ、問題ありません」


 突然のマクスウェルの来訪に、カジは困惑していた。簡単なメッセージのやり取りなら、普段は通信用の式神で済ませている。彼自身が直接訪ねてくるということは、余程重要なことなのだろう。

 マクスウェルをリビングのソファに座らせ、彼の表情を覗き込む。彼の真剣な表情から、あまり良い内容で訪ねたわけではないことは容易に想像できた。


「お茶を出しましょうか?」

「いや、お前に二、三伝えたいことがあるだけだ。すぐに済む」


 マクスウェルは前屈みになり、カジの顔をじっと睨んだ。


「最近、クリスティーナはどうしている?」

「それが、実は行方不明で……」

「やはりそういうことか」


 マクスウェルは目を閉じて頷いた。


「まさか、クリスティーナの行方をご存知なのですか?」

「ついさっき、彼女を見たんだ。様子がおかしかったから、それでお前に事情を聞かないといけないと思った」

「ど、どこで見たんですか!」


 カジは立ち上がり、テーブルに身を乗り出す。

 ようやくクリスティーナの居場所に繋がる重大な情報が出てきたことに、カジの期待は一気に高まった。


「魔王城だ」

「どうしてそんな場所に……それに、様子がおかしかったって……」

「彼女はユーリングと一緒だった」

「ユーリング……!」


 ここで、カジの嫌な予感が的中してしまった。

 旧魔術研究所を襲撃した際、ユーリングの罠に陥り、彼女が捕らえられたのではないかという予想だ。彼は王族を憎んでいる。彼女に何をしてもおかしくない。


「クリスティーナは今も魔王城にいるのですか?」

「いや、儂とすれ違いに城を出ていった。今頃はヤツの工房にいると思う」


「気になるなら、早く行け」

「ありがとうございます、師匠!」


 カジは居ても立ってもいられなくなり、屋敷を飛び出した。早く彼女をユーリングから救出しなければ。


 外では雨がポツポツと降り始めていた。

 しかし、カジはそんなことに構わず走り続ける。


 もし彼女と無事に再会できたら、思いっ切り抱きしめたい。

 あのとき受け取ったキスの続きをしたい。


 そんな思いを胸に、一心不乱にユーリングの工房を目指した。




     * * *


「ここに、クリスティーナが……」


 ユーリングの工房前の庭園には、色とりどりの花々。それらがユーリングの魔術によって朽木に変えられた人間族から生えていることはカジも知っていた。まさか、この中のどれかがすでにクリスティーナになっているのではないだろうか。そんな不安を抱きつつも、カジは研究施設兼工房に足を踏み入れる。


「ユーリング、いるのか?」


 鍵はかかっていなかった。まるで彼が「入って来い」と言っているようだった。

 壁際の本棚には難解な内容の書物が大量に飾られている。使用方法の分からない実験器具。屋内にまで入り込んだツル植物。

 カジは罠を警戒しつつ、クリスティーナの痕跡を探した。微かに彼女の匂いが残っている。どうやらマクスウェルの証言は本当らしい。


「あぁ……んぅ」


 奥の部屋から、クリスティーナの声が聞こえた。

 漂う魔力が異様に小さい。普段の彼女なら膨大な魔力を全身から放出させており、隣の部屋にいればすぐに察知できるはずだ。しかし今の彼女の魔力は少なく、声と匂いがなかったら彼女の居場所は分からなかっただろう。


「クリスティーナ?」


 一体、隣の部屋で何が起きているのだろうか。

 すぐに確かめたかったが、心の中の何かがそれを思い止まらせようとする。


 見てはいけない。

 見てしまったら、何かが後戻りできなくなるような気がした。


 心拍数が極限まで上がり、手汗が吹き出る。


「ここまで来て、何を怖がっているんだ……クリスティーナを取り戻さないと」


 カジは息を止め、その部屋を恐る恐る覗いた。





     * * *


「あぁ……ユーリング様ぁ」

「君の魔力は実に素晴らしいよ。クリスティーナ」


 ユーリングの魔力が体内に入ってくる感覚に、クリスティーナはこれまでにないほどの快感を覚えていた。

 彼の魔力によるコントロールで自分の魔力が一箇所に集結し、体内で何かが質量を持って形成されている。それがユーリングとの子供のように思えて愛おしかった。

 さらにクリスティーナの魔力を凝縮させるため、ユーリングは彼女の腹の上を指で撫でて魔法陣を描いていく。指の感触と魔法陣の効果によって彼女の魔力放出はさらに増幅し、体の内側にマグマが噴出しているような熱さを覚えた。

 ユーリングから与えられる刺激に、彼女は彼以外のことを考えられなくなっていた。意識が消えそうになる程、何度も訪れる快感の嵐。


 そのとき、ユーリングはふと顔を上げ、ドアの方を見つめた。それにつられてクリスティーナも同じ方向へ視線を向けると、そこにはカジの姿があった。


「やぁ、カジ。久しぶりじゃないか」

「な、何をしているんだ、お前……」


 カジがその部屋で見たのは、ベッドの上で淫らに暴れ合うユーリングとクリスティーナだった。

 ユーリングが冷静な表情をしている一方、クリスティーナは涎を垂らし、ほとんど本能で彼に応じていた。


「紹介しよう、僕の妻、クリスティーナだ」

「妻? 何を言ってるんだ、お前は……?」


 クリスティーナの視界にカジの姿が映っても、彼女はユーリングに足を絡め続ける。来客に今の自分たちを見られるよりも、感じている快楽の方が大事だった。


 カジが彼女に近づこうとした刹那、部屋中の魔法陣から大量のツル植物が飛び出し、カジの体に絡み付いて拘束した。


「君が彼女に好意を抱いていたことは知っているがね、諦めたまえ。この通り、今彼女は僕の妻であり、僕に夢中だ。アルティナ様も僕らの関係を認めている」

「う、嘘だ……お前が彼女に何か術を……」

「やれやれ諦めの悪い男だ。それなら、君が納得するまで、僕らの愛し合う姿をそこで眺めてもらおうじゃないか」


 彼女の体内で二人の魔力が融合しているのがカジにも分かった。まるで胎児の成長過程のように、魔力の塊は大きくなっていく。


「クリスティーナ! 俺だ! 迎えに来たんだ! こんなこと、もう止めてくれ!」

「ユーリング様、愛していますぅ! 死ぬまで傍でお仕えいたしますぅ!」


 途中、彼女は完全に理性を失い、獣のような咆哮を上げて歓喜する。

 カジは拘束を解くこともできず、快楽の荒波に溺れる彼女を呆然と眺め続けることしかできなかった。


「大好きですぅ、ユーリング様」

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