第132話 今でも無慈悲な殺人鬼

「クリスティーナ! どこだ!」


 数分経ち、カジとシェナミィは救助に向かったクリスティーナを森の中へ探しに入った。最初はすぐに合流できるかと思っていたが、なかなか見つからない。


「カジ、匂いや魔力で追えないの?」

「この辺までは残っているんだが、急に途絶えている」

「どうして……」

「分からないが、嫌な予感がする。まさか、そういう魔術を――」


 カジはクリスティーナの痕跡が途絶えた地点の魔力を感知しているうちに、ふと別の小さな魔力を捉えた。


「生存者なら一人見つけた」


 薮の中に隠れるようにして倒れている銀髪の少女。身長は低く、体格も細い。下着姿で、体中が泥や埃やらで汚れている。カジは彼女の顔にどこか見覚えがあった。


「プラリムちゃん……」

「俺も何度かこいつの顔は見たことがあるが、知り合いか?」

「私がギルダに追われたとき、助けてくれた冒険者だよ」


 カジは薮から彼女を引き摺り出し、仰向けにしままま様子を窺う。今回の騒動で多大なストレス負荷がかかったのか、彼女は目を虚ろにして、自分から動こうとしない。


「おい、聞こえてるか?」


 カジは彼女の頬を軽く叩く。


 プラリムの目に映るカジは、冷酷無慙な殺人鬼だった。彼と初めて出会ったとき、ナイフで殺害されそうになったことを、プラリムは今も鮮明に覚えている。


「イヤアア!」


 プラリムは腕を振り回し、カジから逃れようと奇声を上げて暴れた。予期せぬ反応にカジは驚いて後方に飛び跳ねる。


「うわっ! 何だよ、急に!」

「お、落ち着いて! プラリムちゃん!」


 カジが距離を取る一方、シェナミィは彼女に抱き付いて鎮めようと試みる。長時間監禁されていたせいでプラリムに体力は残っておらず、しばらくすると死人のように大人しくなった。


「大丈夫だよ。ここにあなたを傷付ける人はいないから……」

「あっ……ぁぁ……」

「色々あったよね。辛かったよね」


 森林の湿った空気に冷えきったプラリムの肌に、シェナミィは自分の体温を分け与える。手を繋ぎ、彼女をゆっくり起き上がらせた。


「今のプラリムちゃんには、休める場所が必要だよ。温かい食事と、柔らかいベッドを用意して、落ち着くまで待たなきゃ」

「そうか……」

「カジの家に連れて帰っていい?」

「それは構わんが、お前が看病するのか?」

「もちろん」


 カジはプラリムの背後に回り込むと、着いていた奴隷用首輪の取り外しにかかった。ボタンを押し込むと、小さな魔法陣が浮かび上がる。解除コードは、旧魔術研究施設を警備していた傭兵たちの仮設拠点にメモしてあった。コードを打ち込むと、首輪をカチリと音を立てて外れ、プラリムは自由の身となる。


「これで少しはストレスが軽減されるはずだ」

「ありがとう、カジ!」


 シェナミィが晴れた表情でプラリムを背負う一方で、カジは心の奥底から湧き来る焦燥感に頭を掻いた。一体クリスティーナはどこに消えたのか。なぜ痕跡がないのか。何かユーリングが絡んでいるような気がしてならない。


 いや、違う。彼女は発見した生存者を王国まで送り届けるつもりなのだ。


 カジは迫り来る不安を拭うため、そう信じるしかなかった。


 きっと、クリスティーナは無事だ。彼女ほどの強さがあれば、多少の苦難は簡単に乗り越えられるはず。


 こうして、カジとシェナミィはプラリムを看病するために、クリスティーナの捜索を一時打ち切った。

 ただ、カジの予感は的中しており、最悪の形で彼女との再会を果たすことになる。

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