第149話 本性

 その翌日、軍師ディルナーグから命令を受け取ったリミルは王都へ戻り、城へ入った。突如現れた森林の調査など仕事はあったものの、国王ジュリウスからの命令ならば中断も仕方ない。


 リミルはジュリウスの待つ謁見の間へ進んでいく。しかし大きな扉の前で衛兵に道を塞がれた。


「失礼、武器をお預りします」


 衛兵は両手を差し出し、剣を預かろうとする。

 そんな彼の行動に、リミルは大きな違和感を覚えた。


「勇傑騎士団の団長なら、武器の持ち込みも許可されていたはずだが?」

「申し訳ありません。殿下からの命令なのです」

「殿下の命令……か」


 リミルは腰の剣を差し出し、言われるがままに衛兵へ手渡す。

 謁見の間に入ると、正面の玉座に腰かけるジュリウスが不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。その左右には武器を携えた軍師ディルナーグと近衛兵が並ぶ。


 返答次第では、この場で処刑か――リミルも何故自分が王都へ呼び戻されたのか勘づいていた。おそらく紋章移植の噂の発信源が自分だと軍師ディルナーグに突き止められたのだろう。


 さて、どう動くか。

 リミルはそんなことを考えながら、ジュリウスの前でひざまずいた。


「どうかなさいましたか、殿下。私に何か重大なご用件でも――」

「リミル、なぜ私がお前を呼び出したか心当たりはないか?」

「いいえ。何のことか存じません」


 とりあえず、自分は知らない振りをして、ジュリウスの出方を窺うか。

 リミルはやや目を伏せながら、国王の言葉に耳を傾ける。


「最近、妙な噂が市井に出回っていてな……」

「妙な噂とは?」

「私が精霊紋章移植を解禁し、死人の山を築いているという話だ」

「それは恐ろしい話でございますね」

「その噂を流したのは、お前ではないのか?」


 やはり、呼び出された理由はそれだったか。

 噂を流したことを認めたら、遅かれ早かれ処刑は免れない。


「そんなまさか! あなたを国王へ就任させるために、私が幾度となく多大な貢献してきたことをお忘れですか? クリスティーナ元王女を欺き、彼女のスキャンダルを集めた。全て殿下のために! そのような噂を流して我々に何の得があるというのです?」


 リミルはこれまでの功績を訴えた。その気迫にジュリウスは黙り込む。

 すると、玉座の横に控えていた軍師ディルナーグがリミルの前に立ち、鋭い目付きで彼を見下ろした。


「殿下、この者への尋問は私が行いましょう」


 ディルナーグの顔はどこか自信に満ちていた。

 彼女はジュリウス派閥の中でも、知識が豊富で武術にも長けている。彼女が前に出て来たことに、リミルは警戒心を強める。


「リミル。貴様はなぜクリスティーナ逃亡事件の報告書を騎士団内の機密扱いにした?」

「勇傑騎士団員だったウラリネの裏切りがあったためです。事件の詳細が漏れては、勇傑騎士への信頼が落ちますからね」


 ふむ、それもそうだな、とディルナーグは頷く。


「では、クリスティーナを拘束中、貴様が城に入れた男は何者だ?」

「彼はただの外科医ですよ。クリスティーナの健康状態を診てもらおうと呼び寄せただけです」

「彼と接したメイドから、その男は地方を飛び回って武器を売る商人だという証言もあるが?」

「昔、外科医だった経験もあったそうなので、当時の経験を活かしてもらっただけです」

「随分と珍しい経歴の男だな」

「私もそう思います」


 ディルナーグの質問を回避するも、彼女の自信に満ちた笑みは崩れない。


「最近、ギフテッドの囚人を刑務所から移動させるよう命令を出したそうだが、それはなぜだ?」

「我々が抱えている未解決事件に、その囚人が関与している可能性が出たからです」

「現在、その囚人たちは消息不明になっているそうだが、彼らはどこに行った?」

「不運にも護送車がモンスターに遭い、その場で殺害されたと聞いております」


 ディルナーグからの質問を、嘘と隠匿を繰り返しながら本質に触れることを回避していく。

 ジュリウス政権発足の功労者を「疑わしい」という理由だけで罰することなどできないだろう。リミルは警戒しつつも、大舟に乗ったような余裕はあった。


「では、最後の質問だ」

「何でしょう」

「私は貴様の屋敷に行き、悪いが執務室にあった捜査資料を全て読ませてもらった」


 自宅にまで捜査の手が及んでいたか、と予想外の展開にリミルは眉間にしわを寄せる。

 リミルの実家は多くの武人を輩出する名家。警備も厳重で、当主も簡単に立ち入り許可など出さないだろう。

 ディルナーグはかなり強引な手段で捜査に踏み切ったに違いない。恐ろしい女だ、とリミルは目を丸くした。


「貴様は一度、ギフテッドの行方不明事件を担当したが、とある時期を境に捜査を打ち切った。貴様があの外科医を城に入れた頃だ。本当は辿り着いていたのだろう? ギフテッドの誘拐犯が、その外科医だということに……」

「さぁ、何のことだか……」

「私はヤツの留守中に、そいつの本店にも行ったぞ? 表向きは普通の武具店だが、奥には違法な武器や魔導具がわんさかと展示されていた。勿論、紋章移植に使う器具もだ」


 リミルが担当した捜査を洗い直し、ディルナーグは密かに彼の行動を追っていた。リミルと同じく武器商人ドレイクが犯人であることを突き止めた彼女は、部下を引き連れて本店の捜査に踏み入ったのである。

 そこにドレイクの姿はなかったが、犯行の証拠は山ほど残されていた。


「そこにあった納品書の筆跡と筆記用具の指紋が、貴様のものと一致した!」


 違法行為に手を染めていた有力な証拠を突き付けられ、リミルは言葉を詰まらせる。さすがに、これには言い訳ができなかった。


「ハハッ、降参です。今のは良い言い訳をなかなか思いつきませんでした。さすが、王族の懐刀と言われるだけのことはありますね」


 リミルの口から乾いた笑いが漏れる。

 自分の中では、彼らが証拠を掴むにはもう少し時間がかかると考えていた。ジュリウスの側近も無能ばかりではないということか、と諦めの表情を浮かべる。


「リミル……貴様はなぜ、私を陥れるような真似をした?」


 ジュリウスはリミルの自白に落胆し、力の篭っていない声で問いかけた。


「そろそろ止めにしたいんですよ。血筋で国を管理するのは……」

「血筋……?」

「飽き飽きしてたんですよ。あなたのような大して力のない者が政治や騎士団を操り、実力と権威が比例しない世界にはね」


 そんなリミルへ追撃するように、ディルナーグはさらに言葉を投げかける。


「リミル。貴様の父……いや、継父は全て吐いたぞ。貴様は実の息子ではなく、家督を継がせるための養子だそうだな」

「ふっ……そこまで調べていましたか」

「二十年前、リミルという後継者は病で死亡した。しかし、周囲にはそれを隠すために、当主は身寄りのない子供を養子として受け入れたらしい。それは見世物小屋の馬車の転落事故で、偶然生き残った少年だったという」


 身寄りのない子どもを集めた劇団で奴隷のように働かされていた過去を、リミルは思い出した。支配人に鞭を打たれ、仲間と共に虐げられていた日々。


 支配する側に回りたい。

 いつからか、リミルはそんなことを思うようになっていた。


 転落事故でどうにか奴隷状態から脱することはできたが、心の中には支配への渇望が残されたままだった。


「私の人生は、ずっと誰かに支配されていた。劇団の支配人に、継父、クリスティーナ、ジュリウス……私はね、この世界に怒りを覚えたんですよ。王族と貴族だけが国と民を管理し、それ以外の者は永久に地位を登ることができない」


 支配する側に立ちたくても、王族という強大な壁が立ちはだかる。一体、この壁をどうしたら崩せるだろうか。リミルは王族を打ち砕く方法を昔から考えていた。


「気を付けてくださいね。私の思想に同調する者は多いですから……」


 そのとき、リミルの背後で扉が大きな音を立てて開き、重装備の兵士がドタドタと雪崩れ込んでくる。彼らはリミルを守るように取り囲み、周囲に剣を向けた。


「やかましい! 何事だ!」

「リミル様! あなたの剣です!」


 入ってきた兵がリミルに手渡したのは、先程衛兵に取り上げられた剣だった。扉の外ではその衛兵が血を流して死んでおり、その光景にジュリウスは小さく悲鳴を上げた。


 まさか、これはクーデターか!


 ジュリウスは焦り、玉座から立ち上がった。

 リミルの仲間たちはジュリウスを睨み、今にも飛びかかろうと得物を握る手に力を込める。


「この国の実権は、我々が握ります。皆、ジュリウスを討て!」

「今こそ! 革命のとき!」


 皆、リミルの命令でジュリウスに斬りかかった。しかし、切先が彼へ届く前に、兵はバタバタと倒れていく。体を装備ごと真っ二つに両断され、赤いカーペットをさらに血で赤く染めた。

 ジュリウスの前に立ち塞がる軍師ディルナーグ。彼女の青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうに血が滴る。賊に王を触れさせまいとして、ディルナーグが切り裂いたのだ。


 死んでいく部下を目の前に、リミルはポツリと呟いた。


「さすが最強の軍師、なかなかの腕前ですね」


 軍師ディルナーグ。

 王国最強の軍師であり、国内でクリスティーナの次に強いと言われているギフテッドだ。ジュリウスの懐刀とも呼ばれる彼女は青龍偃月刀の使い手で、王族へ差し向けられたどんな暗殺者をも退ける。


「貴様、この国を混沌に陥れるつもりか?」

「すでに、この国は混沌に陥っていますよ。だからこそ新しい秩序が必要なのです」


 リミルもゆっくりと剣を抜くと、ディルナーグへ斬りかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る