第150話 反逆の雷撃

 王城のあちこちで爆発音が轟く。

 血の海と化した謁見の間。

 そこでは、リミル率いる騎士団と、ジュリウスの側近が戦いを繰り広げていた。


 リミルとディルナーグの剣戟は目にも留まらぬ速さで行われている。リーチの長さではディルナーグが持つ青龍偃月刀の方が優れていたが、リミルの剣もそれを軽々と受け流せる。


「リミル様! 今、援護を――ハッ、ガアッ!」


 リミルに加勢しようとした魔術師が、一瞬の内にディルナーグに真っ二つにされる。彼の上半身はずるりと床に落ちた。


「ふん、雑魚が邪魔を……」


 迫り来る反逆兵を、鎧ごと怪力で斬る。彼女は死体で囲まれ、謁見の間に集まっていた反逆兵たちは勢いを失っていた。


「リ、リミル様! 予想以上に被害が……!」

「分かっています。応援はありがたいのですが、君たちには下がってもらいましょうか」


 リミルは勇傑騎士の証である白銀のメイルを脱ぎ捨てる。インナーを裂くように脱ぎ捨てると、筋肉のついた胸板が露わになった。そこにあった光景に、ディルナーグは目を見開いた。


「貴様、その身体……」

「元王女の真似事ですが、私も本気を出しましょう」


 リミルの胸元は鎖抑金で固められ、彼の魔力を押さえ付けていた。彼の胸板には剣術強化の紋章に加え、もう一つ別の紋章が浮かぶ。


「ダブルアビリティ……」


 ディルナーグは動揺した。

 これまでリミルは紋章一つ持ちだと思われており、前線に出たときも強化された剣術しか使用していない。

 リミルが見せたのは、雷魔術強化の精霊紋章。彼は鎖抑金を小さな鍵で取り外すと、自分の全魔力を解放する。


「それは移植した紋章か、リミル?」

「いいえ。自前の紋章ですよ。目的のために力を手に入れるにしても、力に飲まれて自分を失っては意味がないですからね」


 紋章移植を受けたカイトという男の例を陰から見てきて、力を手に入れる代償は十分に理解している。身の丈に合わない魔力から生まれる高揚感と性欲に理性を抑圧され、カイトは学んできた剣術も忘れて女性を犯すことに没頭した。彼の二の舞にならないためにも、紋章移植という選択肢はできるだけ避けたい。


 とことん自分の肉体に負荷をかけるクリスティーナのトレーニング方法ならば、時間と手間はかかるが身の丈に合わせて魔力を増幅できる。自分の嫌っていた王族の方法を真似るなんて皮肉だが、強くなれるなら試すしかない。


 リミルは剣を構え、解き放った魔力を集中させる。


「ジュリウス様、不測の事態に備えて脱出路を確保してください」

「わ、分かった!」


 ディルナーグに言われるがままに、ジュリウスは玉座の後ろへ走り、石壁に血印を浮かばせる。地下室への出入り口が現れ、彼はそこに待機した。


「ハアアアアッ!」


 リミルの剣が凄まじい電気を帯びたかと思うと、謁見の間は青白い閃光に包まれた。部屋中に雷撃が走り、バチバチと激しい音を立てる。まるで雷の中に放り込まれたような強い熱と痺れ。カーペットやタペストリーが焼き焦げ、あちこちで火が上がった。


「こんな力を隠していたとは……」

「昔はこの力で劇団の照明係をやらされていましたよ。支配人の道具として使われているようで嫌いでしたが、こういう役にも立つのですね」


 ディルナーグは熱気と煙にゴホゴホと咳き込みながら、燃えるカーペットの上に佇むリミルを睨んだ。もし彼女の装備に魔術耐性が付与されていなかったら、先程の雷撃で倒れていただろう。

 周りで殿下を守るために戦っていた部下は雷撃で絶命しており、戦闘を継続できるのは彼女しか残っていない。


「ここは撤退しましょう、殿下」

「そんな……」


 さすがにこれでは部が悪い。廊下にはまだリミルの部下が控えており、城を制圧しつつある。装備も正規軍の使う上等なものばかりだ。彼らから殿下を一人で守りきることはほぼ不可能。王族専用の地下通路を使うしかなかった。


 ディルナーグは反逆兵の武器を拾い、上に向かって投げると、巨大なシャンデリアを天井に繋ぎ止める金具を破壊した。


「チッ、姑息な手を……!」


 リミルは頭上に落下してくるシャンデリアを後方へ飛んで避け、屈んで顔を守った。床へ叩き付けられたシャンデリアは大量のガラス片と火花を撒き散らし、反逆兵の行く手を塞ぐ。


 リミルの怯んだ隙に、ディルナーグとジュリウスは地下通路に逃げ込み、中から扉の入り口を閉じた。


「逃がしたか……!」


 つい先程まで地下通路の入り口があった石壁に駆け寄ると、リミルは思いっきり壁を殴った。拳は赤く腫れ上がり、血が滲む。

 自分に反抗し得る脅威を潰し損ねたことは、リミルたちにとって大きな痛手だ。王族が生きていれば、どこかで彼らを中心に反逆軍が結成される危険性がある。


「リミル様、どうなさいますか?」

「この壁を破壊して、行き先を特定します。時間も費用もかかるでしょうが……」





     * * *


「だ、大丈夫か、ディルナーグ!」

「ええ、火傷をしただけで、深手は負ってませんから」


 窓もなく、真っ暗な隠し通路。ジュリウスは魔力灯ランプを点けると、小さな淡い光でディルナーグの火傷を確認する。


「今、回復魔術をかける」


 ジュリウスもまた、ギフテッドであった。姉の精霊紋章と比べると、レアリティもランクも下がる回復魔術強化の紋章。姉に対して抱くコンプレックスの原因でもあった。


 ディルナーグを石段に座らせると、ジュリウスは小さな杖をかざし、雷撃で火傷を負った箇所の治療を始める。白い光が火傷を包み、徐々に皮膚を修復した。


「懐かしいですね。あなたにこうやって回復魔術をかけられるのは……」

「そうか……?」

「かなり昔のことなので、ジュリウス様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」


 ディルナーグと初めて出会ったのは、姉がギルダを討つために戦場へ赴くようになった頃だろうか。ジュリウスは朧気な記憶を掘り出す。


「クリスティーナ様が養成所で魔族に襲撃された日、私もあの場にいたのです。私は錯乱するクリスティーナ様の手を引っ張り、養成所から逃げ出しました。その際、腕に大きな傷を負ったのです」


 ディルナーグとクリスティーナは、同じ養成所の門下生であった。ギルダ率いる魔族の襲撃に遭い、クリスティーナが逃げ延びたのは、ディルナーグのおかげと言っても良いだろう。


「無事に王都へ帰還できたとき、クリスティーナ様は多くの配下に囲まれました。使用人や大臣、宮廷魔導士……皆、クリスティーナ様のお怪我を心配されていたのでしょう」


 当時、クリスティーナの怪我はそんなに酷くなかった。しかし、王族の身に何かあってはいけない。王の側近たちは彼女に最高の治療をその場で施した。


「一方、一緒に帰還した私を心配して駆け寄る者は誰もいませんでした。当時、すでに私の両親は戦死していましたし、身分も平民の娘に過ぎませんから」


 ディルナーグが疲労でその場に立ち尽くす目の前で、クリスティーナだけが怪我の手当てをされている。自分も彼女と同じ歳の少女で怪我人なのに、身分の違いでこんなにも扱いに差があるのか――ディルナーグはその光景をぼんやりと眺めていた。


「しかし、そんな中で、幼かったジュリウス様だけが私に声をかけて、回復魔術を施してくれました。そのとき、私はクリスティーナ様を救い出したことが報われたような気がしたのです」

「ディルナーグ……お前はあのときの……」


 彼女の言葉で、ジュリウスも当時の出来事をハッキリと思い出した。グレーの短髪をした、目つきの悪い少女が部屋の隅で佇んでいた。確かに、彼女へ治癒を施した記憶がある。


「そのときに決めたのです。私はこの方を守るために生きていこう、と」

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