第122話 自我を持つ刀
ユーリングが巨大な木を茂らせた村から離れた山道を、多くの人間族を乗せたリアカーが進んで行く。
「ハッハッハ、大漁大漁!」
ギルダは集まった生贄を眺め、高らかに笑った。
これだけ生贄が揃えば、藍燕の代えとなる刀を作ることができる。
「この忌々しい魔剣とも、もうすぐおさらばだな」
妙な夢を見せてくるなど、大量の魔力で自分を操るようになった魔剣『藍燕』。その不具合から一刻も早く手放したかったが、不死ではなくなるデメリットがあるためできなかった。
しかし、それがもうすぐ叶おうとしている。ギルダは刀を抜き、その刀身をじっと見つめた。
「ったく、余計な手間をかけさせやがって……」
本当はこの場で捨てたいところだったが、不安定な情勢下ではいつ戦闘に巻き込まれるか分からない。無防備になる時間が生まれることを考えると、今はまだ捨てるべきではないだろう。
「ところでお頭、この人間族をどこまで運べばいいんです?」
「魔族領西にある、魔王軍の旧魔術兵器開発施設だ。今は使われていないが、設備の一部は当時のまま残されている。この刀を作った際に使った檻を復旧させて、そこにこの生け贄共をを閉じ込める」
長い山道を抜け、ギルダたち盗賊の使う極秘のルートを通って魔族領に入る。そこからさらに西に進むと、森林の奥に巨大な廃墟が見えてきた。地面に残る、巨大な結界が張られた跡。大量のツタが崩れそうな壁や天井を支えている。近づいてくる数年振りの来客に、そこを住処としていた小型モンスターたちが逃げていった。
「さぁ、ここだ。入れ入れ」
ギルダは錆びた門を開け、運ばれてきた生贄たちを招き入れる。玄関を塞いでいる植物を切り裂き、内部に巨大な檻を見つけた。施設内部には日光が届いておらず、その分植物による侵食は酷くない。ギルダは檻の扉を開けると、そこでリアカーを止まらせた。
「さぁ降りろ!」
ギルダの怒号に、捕らえられている人間族たちが動く。彼らに着けられている首輪の効果で、マスターとして登録されている者の命令には逆らえない。脳内に反逆の意志が存在していても、それを無視して肉体は勝手に歩き出す。
この奴隷用首輪を発明したユーリング曰く、「意思を残したまま操る方が、より屈辱を与えられる」らしい。ギルダも「ユーリングが味方でよかった」と首輪によって操られる奴隷を見る度に思っていた。
そのとき、ギルダは自分を睨みつけてくる人間族と目が合う。追い込み作戦を粘り強く妨害していた女魔導士、アリサだった。彼女が自分の前を通り過ぎるとき、彼女へ聞こえるように「クヒヒッ」と笑ってみせる。
「せいぜい苦しんで死んでくれよ」
「その言葉、アンタにそのまま返すわ」
「クヒヒッ、その威勢がいつまでも続くといいなぁ」
そんな言葉を交わし、彼女が自ら檻の中へ歩いていく様子を見守っていた。アリサは檻へ入ると、一緒に捕まったプラリムを抱き締める。「大丈夫だから、絶対一緒に出ようね」などと言い聞かせていた。
この檻に入った人間族に未来などないのに。
食う食われるを繰り返しながら最後の一人になるのを待つだけだ。
「扉を閉めろ」
「了解」
人間たちを檻に閉じ込めていると、突然『藍燕』から一気に膨大な魔力が溢れてきた。これは刀が自分を操ろうとする際の前兆だ。
「チッ……また来たか!」
苦しんでいるような感情がギルダにも伝わってくる。過去の映像が何度もフラッシュバックし、激しい耳鳴りと頭痛に襲われた。
現在、この状況は魔剣『藍燕』の作製風景をかなり再現している。それを感じ取った刀が、生きていた頃の過去を思い出そうとしているのではないか。
ここに居座り続けるのはまずい。過去を思い出させないためにも、一刻も早くここを離れなければ。
「後は任せるぞ……!」
「お頭? 大丈夫ですか、異様に汗をかいているように見えますが……」
「こいつの制御が難しくなってきたんだよ!」
堪らずギルダは走り、その場を離れた。
シェナミィのことを思い出させただけで重大な不具合が生じているのに、さらにこれ以上何かを思い出させたらもっと面倒な事態になりかねない。
「あと少しで代えができるってのに!」
ギルダは施設を飛び出し、森林を走りながら刀から湧き出す力を押さえつける。しかし藍燕は暴れ馬の如く自分に手綱を握らせようとしない。刀の魔力はギルダを徐々に蝕み、彼の意識は闇の中に溶けていった。
* * *
それからほんの数分後、代わりに彼を支配したのは、刀の中に閉じ込められていた意思だった。ギルダの肉体はふらりと立ち上がり、樹上の葉の隙間から自分を照らす月を仰いだ。
「シェナミィ……シェナミィ……」
彼女を守らなければならない。
彼はシェナミィを守ることで、自分に欠けた何かが埋まるような気がする。
彼は本能的にシェナミィの居場所を察知すると、魔族たちの都市に向かって歩き出した。
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