第121話 殺意を抱く森人
「何こいつ……まさか
「何をしに来た! ユーリング!」
木の根のような魔槍を持ち、騎士たちの前に佇むユーリング。
いつも工房に籠って研究ばかりしている彼が、なぜこんな場所に現れたのか。ギルダは訝しげにユーリングを睨んだ。
アリサも予期せぬ新手の出現に、自分の杖を強く握り締めて魔力を込める。ギルダの知り合いということは、彼の仲間である可能性が高い。彼が何を繰り出すのかと動きを注視した。
「ようやく僕の作った術が実用段階に入ってね、それを試してみようと思ったのさ」
「その術とやらで俺に味方してくれるのか?」
「まあ、そんなところさ」
やはりギルダの味方か、とユーリングへの敵対心が高まる。
そのとき、アリサの下にいた騎士が走り出した。
「お前も敵なら、ここで殺すッ!
その騎士はギルダとの会話中の無防備な瞬間を狙い、ユーリングに向かって剣を振り下ろそうとした。
「死ねええええっ!」
しかし、剣がもう少しでユーリングに届きそうな瞬間、彼の魔槍が紫色に怪しく光る。近づいていた騎士はその光を浴び、きょとんとした。
「あれ、俺……何で剣なんか握ってるんだ?」
彼は剣を振り下ろすのを止め、その場に立ち尽くす。
「おやおや、戦う理由を忘れてしまったかい?」
「えっ? 俺はさっきまで見回りをしていたはずなんだが、アンタは一体誰なんだ?」
あれだけ家族や村人を守ることに燃えていた男が、自分が何のために戦っているのかを忘れる――その異様な光景にアリサも思わず攻撃の手を止めてしまった。
「直近四時間の記憶を空白……こんなものか」
「はっ?」
「さぁ、静かで可憐な花になるといいよ」
「あくぁっ……くっ……!」
ユーリングは立ち尽くす男に対して魔槍を振り上げると彼の皮膚は徐々に黒くなり、木の皮のように硬質化していった。やがて全身から若芽が伸び、カラフルな花に包まれる。
「ははっ、相変わらず悪趣味な殺し方をしやがる」
「君にだけは言われたくない」
ギルダは花になった騎士を見て笑う。まるでその光景を見慣れているかのように。
アリサには騎士に何が起きたのかは分からなかったが、おそらく彼は絶命したのだろう。
「ひっ……!」
「何、あれ……!」
あの術を食らってしまったら即死。
ユーリングという男からは魔族とも亜人種とも違う不気味さが漂ってくる。彼の細い目がこちらの恐怖を見透かしているような気がした。
「とにかく、アイツに近づかなければ……!」
接近戦に持ち込めば先程の術を食らう。ならば遠距離から叩くしかない。
アリサは有りったけの魔力を杖に注ぎ、炎魔術を発動させた。業火の柱がユーリングを包み、激しい光で彼の姿は見えなくなる。
普通ならこの攻撃で灰になっているはず。
そんな期待も虚しく、ユーリングは炎の中からゆっくりと姿を現した。
「ば、馬鹿な!」
「魔術が……効いていない?」
確かに炎魔術が命中したはずだが、ユーリングのローブには焼き焦げた痕が一つもない。
「人間族の魔術を研究し尽くした僕にとって、君の魔術など恐れるに足りないということさ」
「そんなこと……!」
アリサは何度も魔術を発動させ、特大の炎をユーリングに撃ち当てた。しかし、当たる直前で弾かれるように消され、彼に炎が届くことはなかった。
騎士たちの恐怖心が一気に沸き起こる。接近戦もできない。魔術も効かない。自分たちの理解を越えた戦い方に打つ手がなかった。
「他のサンプルにも試した方がいいか」
戸惑う彼らにユーリングは魔槍を振り上げ、先程と同じく紫色の光を浴びせる。すると、騎士たちは奇声を上げ、仲間同士で斬り合いを始めた。
「な、なぜ俺を斬る……!」
「貴様が私の両親の仇!」
「ユーリング様のためにッ! 犠牲になれ!」
「あれぇ、ママはどこに行ったのぉ?」
ある者は上官を斬り、ある者は剣を投げ捨て、ある者はその場に座り込んだ。ユーリングの記憶操作によって、アリサは一気に劣勢へ立たされる。最早この場の騎士団にまともに戦える人間は残っておらず、アリサは彼らを見ていて焦燥感を覚えた。ユーリングは戦えなくなった騎士を次々に花に変え、死体だらけの路上をカラフルに彩っていく。
まずい。
これでは勝ち目がない。
アリサは踵を返し、屋根から逃げようとした。
しかし――。
「おい、どこへ行く気だ?」
背後に忍び寄っていたギルダの拳が、突如アリサの側頭部に叩き込まれる。さらに腹に膝蹴りも入れられた。
「ぐぁ……!」
「邪魔してくれた礼だ。特別賞に生き地獄を見せてやるぜ?」
ギルダはアリサの胸倉を掴むと、屋根下へ放り投げた。地面に叩き付けられ、鈍い痛みが走る。
「あぅっ! ぐっ……!」
アリサは立ち上がることができなくなり、抵抗する気概さえも失った。自分も花を咲かせて死ぬのか、それともギルダに拷問されて死ぬのか。アリサは失禁し、その場に蹲る。
「止めて……殺さないで……!」
「あぁん? よく聞こえねえなぁ!」
ギルダがアリサの頭を踏みつけ、割れるような痛みが襲い来る。
「本当は今すぐぶち殺してやりたいところだが、今日はそれが目的じゃないんでな」
アリサの首元に冷たい感触が走った。奴隷用の首輪を付けられて体の自由を奪われる。全身の力が抜け、立つこともできなくなった。
「どうだい? その首輪も僕が作ったんだ。人間族を従わせるためにね」
ユーリングがアリサを見下ろして微笑んだ。
そのとき――。
「お頭! この中にもギフテッドがいました!」
ギルダの部下が宿屋の中からプラリムを担いで出てくる。自分に続き、プラリムまで捕まってしまった。その光景にアリサは絶望して涙をこぼす。
「やめて! その子には手を出さないで!」
「何だかこいつが大事らしいな」
ギルダはプラリムの頬に刀を当て、軽く肌を裂いて見せた。赤い筋からポタリと垂れる雫が、アリサの絶望を憤怒へと変える。
「ほらほら、こいつをどうしてほしいって?」
「やめろぉ! お前をッ! 殺してやるぅ!」
「クヒヒっ! やっぱ冒険者ってのは面白いなぁ」
獣のような声で叫ぶアリサを、ギルダは歯を見せて嘲笑する。そしてアリサの顔面に思いっきり蹴りを入れ、彼女を気絶させた。
ふと村を見渡すと、住民の追い込みが完了していた。奴隷用の首輪をかけられた者たちが魔族に鞭を打たれながらゴーレムの荷台へ誘導されていく。
村を囲っていた結界の発生装置も破壊され、外で待機していたダイロンも内部へ足を踏み入れる。
「あっ、ギルダ? 終わったぁ?」
「ああ。大漁大漁。刀を新調するために十分な人間族が揃ったぜ」
「オデも沢山の女が欲しいだぁ……」
「さぁ、爆弾を仕掛けて帰るぞ!」
ギルダの常套手段。蹂躙した村には必ず大量の爆発魔法陣を仕掛け、被害の調査に現れた騎士団を建築物もろとも木端微塵にするのがお決まりだった。
しかし――。
「いや、ギルダ。それをする必要はない」
そう切り出したのは、ユーリングだった。彼の発言にギルダの部下たちも耳を傾ける。あの粗暴なギルダに指図できるなんて、一体何者なのだろうか、と。
「何でだ?」
「この村で実験したいことがあってね」
「実験だぁ? こんな場所でどんな実験を……」
「いつも僕が使う花咲術を応用した緑化実験さ。人間族の肉体や魔力に反応し僅かな魔力で相手を木化させる術を、今回は非効率ではあるが膨大な人間族の魔力を使って、何もない空間――今回の場合はこの村の中心地にて無理矢理発動させる。使用するのは、二十名のギフテッドから三ヶ月間抽出した魔力を凝縮したカプセルだ。ギルダ、僕の木がどんな成長を遂げるのか興味が湧かないか? 今回、何かしら成果が得られればさらなる兵器開発へ発展できないかと模索して――」
「分かった! もう説明は分かったから!」
こんな説明を最後までされたら夜が明けてしまう。
実験内容を尋ねてしまうのは禁句だった。
ギルダは大量の生け贄をゴーレムの荷台に乗せ、破壊された村を離れていく。ふと振り返ると、まだ村にユーリングが残っていた。
「お頭、あの
「知らん。アイツの魔術は難しすぎて理解できん」
ギルダは荷台に腰かけながら、ユーリングの様子を遠くから見守っていた。
ユーリングは懐から何かを取り出し、それを地面に置く。植物の種のような形をした、禍々しい魔力を帯びた物体。
突然、その種を置いた場所から波のように木の根が張り、巨大な軟体動物のように家々を飲み込んだ。天を貫く勢いで巨大な幹が伸び、大量の葉が夜空を覆い隠す。先程まで栄えていた村は一瞬にして森へ変化した。
「お、お頭! あれは……!」
「クヒヒっ、また妙なことをしやがる」
部下たちが目を丸くして驚く一方、ギルダはユーリングの実験に特に驚くこともなく、村が変貌する様子を冷静に眺めていた。
「な、何者なんですか、あのユーリングっていう
「アイツはな、心の底から人間族を恨んでいるんだよ。故郷だった森を王国に追い出されて、その場所をすっかり街に開拓されちまってな」
「じゃあ、まさかあの森は……?」
「もう一度、自分の故郷を復活させようと企んでいるのかもな」
* * *
ユーリングは一人、鬱蒼とした森林に変貌した集落に残り、しばらく木々の様子を観察し続けていた。
「実験はほぼ成功か……だが、使った魔力の質が良くなかったな」
ユーリングは近くにあった葉を取った。すると葉から魔力が抜け、一瞬で茶色く枯れてしまった。葉だけではなく、枝や根からも急速に魔力が抜けていく。ユーリングの頭上に枯れ葉がぱらぱらと降った。
「この術の完成にはもっと膨大な魔力を持ったギフテッドが要るか。健康的で、生命力に溢れた人間族が……」
術の完成に必要な人間族に、ユーリングは一人心当たりがあった。
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