第120話 ギルダの路線変更

 時は山間の農村が襲撃される数時間前に遡る。


 ギルダは金で寄せ集めた傭兵や山賊を前にブリーフィングを行っていた。鬱蒼とした森林の奥地。雑多な装備に身を包む魔族たち。ギルダは古いつてから部下を集め、彼らの前で巨大な切り株にどっかりと座り込んだ。


「今回の標的になっている村は俺たち魔族やモンスターの襲撃を拒む強力な結界に長らく覆われていたが、今結界に詳しいヤツが人間族にバレないよう解除作業をしている。ヤツの話では今晩それが完了して、数箇所に小さな穴が空く予定だ」


 人間族や家畜だけを選別して通す結界が村全体に張られている。

 結界にも様々な種類があるが、集落を覆うほど巨大なものを外側から破るには手間も時間もかかる。以前国境近くの街を襲ったときも結界に小さな穴を開け、そこからさらにダイロンやゴーレムを通すために結界発生装置を破壊する必要があった。


「結界解除直後、陽動部隊が三方向から同時に村へ入り込んで住民を一箇所に誘導する」

「それで、その村の戦力はどうなんだ?」

「常駐している騎士が十人、全員ギフテッド。それ以外の冒険者や農家を含めたギフテッドも十人くらいだ。紋章は現時点で七人が剣術強化系、三人が盾術強化系であることが分かっている」

「騎士が結構多いな」

「確かに小さな集落にしては多いが、結界の守りを過信している連中さ。いざ攻め込まれたら狼狽するだろうよ」

「それで一箇所に集めた人間族はいつも通り皆殺しで構わんのだな?」

「いや……全員、生捕りだ」

「え……?」


 集められた部下たちは一瞬混乱した。

 いつもギルダの行う作戦は皆殺しを命じられることがほとんどだが、それが急に生捕りになった。一体どういう路線変更なのかとギルダの顔を凝視する。


 ギルダも彼らの心情を察知し、眉間に皺を寄せた。自分も本当は汚ならしい人間族など皆殺しにしてやりたい気分だが、今は殺意を抑えなくてはならない。

 今回の作戦は、生け贄を集めるため、自分の新しい刀を作るために立てられたものだ。


「いいか。生捕りだ」

「は、はい……」

「激しく抵抗するなら殺しても構わんが、なるべく奴隷用の首輪を着けて大人しくさせろ。ヤツらもギフテッドを繰り出して抵抗してくるだろうが、多少の戦力は俺が引き受ける。お前らは逃げていくヤツらを捕まえろ」


 ブリーフィングが終了すると、部下たちはそれぞれの持ち場へ歩いていった。騎士団の見回りをやり過ごし、今のところ結界の解除作業には気付かれていない。穴が開くにはもう少し時間がかかる。

 そのとき、倒木にあぐらをかいて待機するギルダの横にダイロンが座り込んだ。


「ギルダ……オデはお留守番かぁ?」

「結界に開く穴が小さすぎてお前は入れねえぞ。結界発動装置を壊せば入れるようになるが、そもそもお前を突入部隊に入れてないしな」

「女を孕ませられないの、つまんないだぁ」

「お前はそのでかい図体でヤツらの逃げ道を塞いでくれればいいからよ」


 こうしてギルダたちは村近くの藪に潜み、密かに結界が解除される瞬間を待った。





     * * *


 そして今に至る。

 ギルダが雇った結界魔術師の言っていたとおり、結界の一部が解除され侵入するための抜け道が開いた。そこからギルダを含む陽動部隊が一斉に雪崩れ込む。次々に民家へ炎魔術を放ち、住民たちを焦らせた。

 案の定、ギルダの姿を見た多くの住民たちは恐怖で頭が真っ白になる。ギルダに襲撃された町の住民は凄惨な方法で処刑されることは広く知られていた。「自分たちは助かりたい」と魔族のいない方向へ逃げようとする。

 あとは魔族兵の壁が住民を囲い込んで一網打尽にする――という算段だった。


 しかし――。


「落ち着け! 昨日届いた例の武器を持って来い!」

「了解!」


 騎士の隊長が大声で指令を出し、駐在所から盾を部下に持ち出させた。魔法陣の刻まれた盾。昨日騎士団に支給されたばかりの兵器だった。


「この新兵器なら、少しは時間を稼げるだろう」

「上手くいくことを祈るしかないですね」


 住民たちを追わせないように、武装した騎士団が集落の道を塞ぐ。一人でも生存者を増やすため、騎士は決死の覚悟で魔族に剣を向けた。


「すいません、アタシも加勢します!」


 そのとき宿屋から出たアリサは騎士団に駆け寄り、自分の冒険者証を見せた。今はプラリムを守るため、この窮地をどんな手を使っても脱しなければ。


「中級冒険者の魔導士か。ありがたい!」

「どこか守りが不足している場所はありますか?」

「そこの屋根に上って、近づく敵を高所から撃ってほしい」

「了解です」


 アリサは急いで屋根に上がると、突っ込んでくる魔族たちに狙いを定めた。突然頭上から降ってきた火の玉に、下の騎士に気を取られていた魔族は対応できずに焼かれた。


「おい! 屋根に魔導士がいるぞ!」

「強化矢で狙い撃つ!」


 魔族たちは魔術によって強化された矢を放ち、アリサを先に片付けようと試みる。矢尻に大量の魔力が装填されると同時に、敵のロックオンが完了した。


「お嬢ちゃんを弓手が狙ってる!」

「スモークを使う!」


 騎士の隊長は腰のポーチから瓶を取り出し、アリサの近くに投げ付けて割った。すると、その中から薄い色の煙が急激に溢れ出す。それは魔族が魔力の感知に長けたことを逆手に取ったスモークだった。膨大な魔力が充満し、敵の位置を撹乱させる。

 アリサは当たる寸前に屋根の反対側へ滑るように隠れ、標的を見失った矢は軌道を変えきれず煙突を貫通してレンガを粉砕した。

 魔族の魔力探知が妨害スモークによって阻まれ、敵の詳しい場所が分からない。魔族の狙撃手はなかなかスモークが消えない状況に舌打ちした。


「クソッ、このままじゃ追い込みの陣形に乱れが出る!」

「早く突破しないと……!」


 アリサは屋根に身を屈めながら、下の道を通過しようとする敵を仕留めていった。


「お頭! 南側から入った連中が苦戦しています! 炎魔導士が追い込みを邪魔して――」

「分かった。俺が始末する!」


 伝達者の報告を聞いたギルダは早速その場所へ走った。盾と剣を構えた男たちが道を塞ぎ、その背後にある民家の屋根から炎魔導士が援護射撃をする。正面から突破するには面倒な配置だった。


「てめえか! さっきから邪魔してんのは!」

「ギルダ!」


 アリサがギルダと会ったのはこれが初めてではない。クリスティーナやリミルと剣を交える場面を見ており、その強さを目に焼き付けていた。なるべく直接対決は避けたいと思っていたが、もう戦いは避けられないだろう。


「防御に専念して! 下手に踏み込むと斬られる!」

「嬢ちゃん! アイツと戦ったことがあるのかい?」

「一度、ギルダに襲撃された街にいたことがある」


 アリサは騎士たちに注意喚起すると、ギルダに向けて大量の火の玉を放った。ギルダはそれを避けながら騎士に突進し、刀を振り下ろす。その一撃は盾に受け止められ、火花が散る。


「こんな盾ごとき!」

「かかったな……ギルダ!」


 その瞬間、盾に赤い魔法陣が光り、ギルダは強烈な炎と爆風に襲われた。


爆発反撃盾ストライカー・シールド! 辺境の街にこんなものまで!」


 それは王国軍が開発した最新兵器だった。盾の表層に指向性の爆発を起こす魔法陣が隠されており、強い衝撃を受けると作動する――接近攻撃してきた敵へ自動的に反撃できる優れものだ。


 ギルダやカジの出撃、さらにはクリスティーナの逃走といった事件が続き、王国内では接近戦への対策が急速に進められていた。警察を担う各地の騎士に爆発反撃盾ストライカー・シールドが支給されており、ギルダはそれを知らなかったのである。


「チッ! 戦いづらいな!」

「効果を確認! このまま押し返せ!」


 ギルダは自慢の怪力で盾ごと敵を押すことができず、苦戦を強いられた。下手に受け止められてしまうと、自分が熱風を食らう。また距離を取って避けようとしても、今度は屋根の上からアリサの炎魔術が降ってくる。攻撃を受ける度に焼けて失った肉体の再生を繰り返す。

 ギルダの脳内に撤退という文字が浮かんだ。


 一方、騎士やアリサは悪名高いギルダにここまで押し返せていることに高揚していた。それを察知したギルダはさらに苛立ちを募らせる。


「いいぞ! このままいけば――!」


 一瞬、勝利への希望が見え始めたとき、地獄からの使者が現れる。

 ギルダの後方からゆっくりと歩いて現れる影。あれは誰だろうか、と戦士たちの視界は釘付けになった。


「な、何だ……アイツは?」

「何をしに来た、ユーリング!」


 ギルダと騎士団の間に何者かが立つ。

 草花の刺繍が施されたローブを纏う、長く尖った耳が特徴の男。アリサも初めて目にする種族ではあったが、その外見から森人エルフではないかと推測はできた。


「やぁ」


 この切迫した状況の中で、ユーリングと呼ばれた男は不敵に笑った。

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