第6章 王国動乱

第15節 ジュリウス

第147話 簡単に裏切る男

 話は数日前に遡る。


 ギルダが生け贄を求めて村を襲撃した翌日、国境近くの街にもその異変について報告がされた。一晩のうちに栄えていた農村が消え、広大な森林になっている――と。

 その未知の現象に、街でハワドマンの様子を監視していたリミルも動かざるを得なかった。


「一体何をしたらこんな光景が出来上がるんですかね……」


 現場に到着したリミルは馬を降りると、村の中心地だった場所に高くそびえる大木を見上げて深く息を吐いた。周囲には枯れ葉が散乱し、かなり深く積もっている。近くにあった大木の根を掴むと、軽く力を入れただけでパキリと割れてしまった。死んでから時間がかなり経過した朽木のようだった。


「村の生存者はいましたか?」

「いえ、周辺を探しましたが見つかりません」

「目撃者は見つかりましたか?」

「仕事帰りにたまたま遠くからこの村を見ていた冒険者がいて、彼らに話を伺うことはできました。いきなり地響きのような轟音がして、いつの間にか村にこの木が立っていたそうです」


 そうですか、とリミルは再び大木に目を向けた。部下を引き連れ、落ち葉を踏みながら村を進んでいくと、綺麗な花を咲かせた木を数本発見する。リミルはその光景に違和感を覚えた。


「どうしてこの木だけ花を咲かせているんでしょうか?」

「この木……人の形に見えますけど、まさか人だったんじゃないでしょうね」

「そのまさかかもしれませんよ」


 木の幹には騎士に配られるドックタグがめりこんでいる。木の幹にわざわざこんなことをするとは考えにくい。元々ドックタグを着けた状態の人間が、何らかの魔術で木にされたと推測できる。


「リミル団長、これは魔族の仕業なんでしょうか?」

「こうした村を襲う犯人はギルダであるケースがほとんどですが、今回はかなり手段が違います。全く別の何者かによる仕業と考えた方がいいでしょう」


 王国開拓の歴史の中で、王国を恨むようになった種族は魔族だけではない。他にも多くの種族が王国を敵視している。

 今回の件で、これまで闇に潜んでいた新たな勢力が動き出した。しかも、敵はかなり高度な魔術知識を保有している――そのことにリミルは強い危機感を覚えた。


「面白いことになりますよ、これは」





     * * *


 その頃、王都ではジュリウスと貴族たちによる定例会議が行われていた。クリスティーナを排除した新体制。かつてのクリスティーナの席に弟ジュリウスが腰かけ、配下たちを眺めた。


「それでは、次の議題に移ろうか」

「はい、殿下」


 ずっと憧れていた席に、今は自分が座っている――そんな状況にジュリウスは高揚感を覚えていた。


 クリスティーナが議会で下す判断は、どこか感情的で、騎士としての現場経験があることを理由に、強引に進めることが多かった。ここにいる仲間は皆、そんな彼女に辟易としていた。

 当時に比べれば、冷静で、落ち着いた雰囲気の会議。これだけ巨大な国を動かすためには、綺麗事だけでは上手くいかないことを分かっている連中だ。法令の改正、公共事業の提案、予算の策定――特に議会が荒れることもなく、順調に決まっていく。


「ところで殿下、例の噂は本当でしょうか?」

「例の噂? 何の話だ?」

「精霊紋章の件でございます」

「だから、精霊紋章がどうしたというのだ?」


 ジュリウスは首を傾げた。

 何を指しているのか分からないジュリウスに対し、側近の軍師ディルナーグは耳打ちをする。その様子に貴族たちは固唾を呑んだ。


「殿下が精霊紋章の移植を解禁し、魔族を殲滅させるための超人部隊を作っているという噂です」

「なっ!」


 軍師の予想外な言葉にジュリウスは目を丸くした。


「そ、そんな馬鹿なことがあるか! 我ら誇り高きエルケスト家が受け継いできた禁忌を破るなど、言語道断だ!」

「つまり、殿下はその件について承知していないということでよろしいですね?」

「当たり前だ!」


 ジュリウスの回答に、軍師ディルナーグは胸を撫で下ろす。他の貴族たちも肩の力を抜き、椅子の背もたれに寄り掛かった。


「しかし困りましたね。今、王国民の間ではそのような噂が出回っております」

「何だと! 一体誰がそんな噂を流したんだ!」

「現在調査中ですが、ほぼ結果は出ております」

「だ、誰なんだ、そいつは!」


 ディルナーグは一瞬、口をつぐんだ。

 今から出す名前に、ここにいる全員が驚愕するだろう、と。


「勇傑騎士団長の、リミルという男です」

「リミルが……?」


 勇傑騎士団長リミル。

 かつてはクリスティーナの部下だったが、ジュリウスを新たな王とするために彼女を裏切った男だ。現在、ジュリウスが今の地位に就けているのはリミルの功績が大きく、新体制の中核を担っている。

 そんなリミルが王家の信頼を失墜させるような噂を流している――ディルナーグの言葉に、貴族たちは騒然とした。


「ば、馬鹿な、あり得ん! ヤツはクリスティーナを裏切ってまで我々に忠誠を誓った男だぞ?」

「だからこそ信用できないのです。かつての主君を地位と金を提示しただけで裏切るような、忠誠心の欠片もない男を、なぜあなた方は受け入れてしまったのですか!」

「し、しかし、私がこの地位を手に入れるためにはリミルの協力が不可欠で……姉上のスキャンダルを我々に提供してくれる数少ない人物だったのだ」


 合理的な判断を好む好青年、というのが周りから見たリミルの評価だった。きっと彼もクリスティーナの強引な部分に辟易として、政権をジュリウスに移す手伝いをしたのだろうと思っていた。

 しかし、彼の裏切りとも言える行為に、貴族たちは不安を胸に抱える。自分たちの知らない一面が表に現れた気がして……。


「彼は王都の刑務所に収監されていたギフテッドの移送を命じ、その後、彼らを乗せた馬車が行方不明になっております。噂を流すだけに留まらず、実際に移植を行っている可能性も――」

「な、何て恐ろしい……」


 精霊紋章を取られた者は死ぬ。それ故、禁忌として定められている手術を、あのリミルが指示している。もし事実ならば、すでに死人が出ているだろう。そのスキャンダルに貴族たちは戦慄を覚えた。


「このままリミルを放置していれば、いずれ取り返しのつかない事態になるでしょう。民や兵も今は冷静に噂を受け止めておりますが、些細なことがきっかけで暴動へ発展するかもしれません。その前に手を打つことを推奨します、殿下」

「くっ……今すぐリミルをここに連れてこい!」

「御意……」


 軍師ディルナーグは懐から通信用の式神を取り出すと、魔力を込めて窓から投げ飛ばした。式神は空中で鳥のように変形し、リミルがいる方角へ飛び去っていく。


「火消しのため、部下に別の噂を市中に流させておきます。よろしいですね?」

「頼む……」

「それから、リミルという男の素性も洗い直します。彼が何を考えているのか、それで少しは分かるでしょう」


 一体、リミルの目的はどこにあるのか、それをはっきりさせるために、もう一度彼の生い立ちを調べなければ。


 こうして定例会議は終了し、集まった貴族の面々は散り散りに帰っていく。ジュリウスは機嫌が悪いのか、時折頭を激しく掻いていた。

 新体制を築き清々しく再出発した直後に不穏な噂を流されては、ジュリウスの心が乱れるのも無理はない。仕事が手につかず溜め息ばかり吐く彼を横目に、軍師ディルナーグは廊下へ去っていった。


 クリスティーナが政権を握っていた頃は、もしそんな噂が立っても、民は簡単に信じなかっただろう。積極的に前へ飛び出して国を守ろうとする人柄が、兵士の間で親しまれていたからだ。

 一方、ジュリウスに関しては、民の間に人柄があまり浸透していない。いつもクリスティーナの陰に隠され、こそこそと動いてきた根暗なイメージがある。それに加え、クリスティーナを陥れて強引に政権を奪った経緯もあり、一部の市民からは国王就任に懐疑的な見方もされていた。


「しかし、火のないところに煙は立たぬ……か」


 先日、王城で発生したクリスティーナの逃亡事件。城壁が爆破され、負傷者が出たにも関わらず、検証に参加できたのはリミルの部下だけだった。勇傑騎士団長の権限で事件の詳細は機密扱いにされ、軍師ディルナーグや上級貴族すらも報告書を読むことができない。そこにリミルの隠したい何かがあるのではないだろうか。


 最近、リミルがモーニングコートを着た男と共に行動しているという話もメイドから聞いた。その人物も何か事件に関係があるのかもしれない。


「嫌な予感がする……」


 彼女は部下を率い、リミルを輩出した武家の屋敷へ向かうのだった。

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