第118話 それぞれの進路について

 同時期、アリサとプラリムは森林での戦闘を掻い潜り、活動拠点としている国境近くの街へ帰還していた。

 集会場の酒場に入り、カウンター席に座って酒を飲む。


「まったく、カイトに付き合ってとんでもない目に遭った」

「カイトさん、あれからどうなったんでしょうね……」

「さぁ。あんなヤツ知らないし、もう関わりたくない」


 アリサはごくごくと勢いよく酒を流し込んだ。

 カイトは行方不明。ロベルトは魔族に連行されてしまったが、どうにか自分たちだけは無事に帰ってくることができた。さらに避妊術も済ませ、妊娠も回避している。

 結局、最後は自分の命が大事なのだ。それすらも失ってしまえば、自分の目標であるダイロンへの復讐も成し遂げられなくなる――アリサはそう思いながら、席に立てかけた杖を見つめた。


 しかし、パーティの元メンバーと再会することは絶望的だろう。しかも、これから二人だけで冒険者として活動するには、戦力が心許ない。


「ねえ……そろそろ、アタシたち、別々の道に行かない?」

「え、どういう意味です?」

「ずっと考えてたんだけどね……このパーティ、もう正式に解散しちゃおう、って」

「そんな……」

「それにさ、アタシの復讐にプラリムを付き合わせたくないんだ」


 アリサはプラリムのことを本当の妹のように可愛がってきた。

 彼女にはずっと幸せな人生を送って欲しい。

 そのためにも、自分の復讐劇に巻き込みたくない。このままだと、彼女まで凄惨な最期を遂げてしまう可能性がある。


「アタシはあの亜人種を倒すために、組合ギルドに頼み込んで、もっとランクの高い冒険者パーティに入るつもり。アンタ、そんな好戦的にも見えないし、医院で治癒をしていた方が合っているような気がするのよね」

「で、でも! これまでずっと一緒に仕事してきたじゃないですか!」


 両親の死後、冒険者の世界に入って初めてできた友人がアリサだった。面倒見がよく、しっかり者の彼女は、プラリムにとって本当の姉のように思えたこともある。プラリムは彼女と離れ離れになってしまうことが恐かった。


「大丈夫だって。アンタは術の習得に熱心だし、アタシたちを何度も治療してきたじゃない。別の場所に入っても上手くやっていけるって」

「もう少し、考えさせてください……」

「まあ、不安よね。でも、いつまでもこのままじゃ、きっと先には進めない。アタシの目的を達成するには、この不安を乗り越えるしかないんだ、って……」

「アリサさん、やっぱり復讐のこと、忘れられないんですね……」

「さ! もう宿屋に帰りましょ。お代はアタシが払うからさ」


 酒場から外に出ると、火照った体に夜の冷たい空気が刺してくる。酔っ払いたちの声がガヤガヤと騒がしい。


「それにしても、この街も随分復興しましたよね」

「ホント、あんなに酷くやられたのに……」


 ギルダによって荒らされた街並みも、随分と復活してきている。多くの物資が運びこまれ、王国の発展した魔法技術のおかげで急速に作業が進められた。ダイロンに粉砕された建築物が、以前と同じ姿を取り戻している。今ではあちこちに酒場の灯りが点き、冒険者や商人の往来も激しくなった。

 殺害されたギルドマスターに代わって新たなマスターが任命され、冒険者たちの仕事や規律も安定してきている。


 辺境の街ではあるが、物資や情報の流れが盛んだ。

 きっと、この街がしばらく衰えることはないだろう。アリサはそんなことを思った。


 繁華街を抜けると、プラリムの借りている宿屋がある。アリサたちは今夜も一緒に泊まるため、その扉を潜った。


「ただいま」

「おかえり、お姉ちゃん」


 出迎えてくれたのは、プラリムの双子の妹――ルファだ。銀髪で小柄の少女であり、プラリムとそっくりな顔立ちをしている。


「あっ、アリサさんも今晩は泊まりですか?」

「ええ。今夜も世話になるわね。こっちのベッドの方が寝心地が良いのよ」

「はい。分かりました。明日は朝食もご用意しましょうか?」

「じゃあ、お願いね」


 宿屋の雑用に戻っていくルファを横目に、アリサとプラリムは二階の寝室に上がっていった。





     * * *


 それから数分後、宿屋の玄関に一人の来客が足を止めた。

 夜の闇に溶け込みそうなほど黒いコート。シルクハットを胸の前に抱えると、ドアノッカーを鳴らして店員――ルファを呼び出す。


「はぁい。どちら様でしょうか?」


 ルファの目の前に佇んでいたのは、モノクルをかけた中年男性。


「こんばんは。ワタクシ、国中を駆け巡りながら冒険者向けに武器を販売しております、ドレイクという者です」

「あぁ、もしかして、あのドレイクさんですか? 色々噂は聞いていますよ。あなたから武器を買えば間違いなく組合内で昇級できる、って」


 ドレイクの販売している武器の評判は、購入した冒険者を通じて宿屋の店員であるルファにも届いていた。保有する精霊紋章に適した武器を薦めてくれるソムリエだ、と評判は上々である。


 このとき、ルファは武器商人ドレイクの正体を知らなかった。適した武器を薦めるという名目で保有する精霊紋章を聞き出し、珍しい紋章なら次から次へ奪っていく闇の外科医――ハワドマンであることを。


「先日、ここにお泊まりのアリサ様が、ワタクシの店舗で武器を購入されましてね」

「はぁ……」

「実は、その武器に重大な欠陥があることが判明いたしまして……申し訳ないのですが返金の手続きをするため、購入されたお客様を回っております」

「ええ? それは大変ですね……」

「今夜、アリサさんはこちらにお泊まりだとお聞きしまして……早速ですが、アリサさんのお部屋に案内してくれませんか?」

「はい。かしこまりました……こちらです」


 姉の友人に何かあっては大変だ。

 ルファはアリサを心配する思いから、ハワドマンを彼女が泊まる部屋に案内する。まさかこの後、あのような惨劇が起きるとも知らずに。


「アリサさん、入りますよ?」

「ルファ? こんな時間にどうしたの?」

「実は、アリサさんにお客様が――」

「え、アタシに?」


 扉を開けたアリサの視界に飛び込んできたのは、ルファの背後に立つハワドマンの姿。自分たちのプライベートな空間にまで侵入してきた彼に、アリサの心臓は止まりそうになった。


「見つけましたよ、アリサさん」

「アンタ……!」

「ああっ……やはり良い紋章をお持ちですねぇ。惚れ惚れしますよ」


 このとき、アリサはいつもの魔導士用ローブから部屋着のブラウスに着替えており、二の腕の精霊紋章を露出させていた。それを見たハワドマンが、にやりと笑みを浮かべる。


「昔、部下に頼んだのに手に入れられなかった稀少な紋章……いただきますよっ!」


 やっぱり、先日自分を誘拐したのは、こいつの仲間だったか。

 アリサは壁に立てかけてあった杖を手に取り、その先端をハワドマンに向ける。一緒にいたプラリムも遅れて杖を持ち、いつでも術を発動できるよう魔力を整えた。


「アンタ、どうしてこんなこと……!」

「あの紋章を手に入れるためにはぁッ! もっと強さが要るんです! 目障りな魔族共を蹴散らす力がぁッ!」


 ハワドマンの脳裏に過ぎるのは、シェナミィの精霊紋章を奪う直前で起きた敗北。突如、ギルダが戦いに介入し、撤退せざるを得ない状況に追い込まれた。

 彼らを蹴散らすためには、もっと自分の強さが必要だったのだろうか。


「そんなことよりもッ! 単純に欲しいんですよっ! その素晴らしい紋章がッ!」


 ハワドマンの仕込杖から氷魔術が発動し、何本もの氷柱がアリサを襲う。しかし、プラリムが咄嗟に結界を張って防御した。

 アリサも負けじと炎魔術を繰り出そうとしたが、ハワドマンの傍にはプラリムの妹であるルファがいる。攻撃の巻き添えになってしまうことを考えると、その場で発動させることはできなかった。


「こんな狭い場所でやり合う気!?」


 そのとき、部屋の外から騒ぎを見ていたルファが、背後から彼を羽交い絞めにして取り押さえようとした。


「や、止めてください! ドレイクさん! お姉ちゃんたちに何をするつもりなんですか!」

加護を持たぬ者ノンギフテッドに用はない!」


 次の瞬間、ハワドマンは彼女を廊下の壁に突き飛ばす。

 そして、仕込杖から出現した刃がルファの胸を貫いていた。


「あっ……」


 ハワドマンの膨大な魔力が刃を通じて彼女の体内に送られる。強烈な閃光が部屋中に走り、目や口から炎が溢れ出した。肌と髪は真っ黒に焼き焦げ、手足がボロボロと崩れる。


「いやああああああああああああっ!」


 プラリムの悲鳴がアリサの鼓膜を破きそうになる。

 唯一残されたプラリムの肉親である双子の妹は、目の前で灰となって消え去った。


「嘘よッ! こんなのって!」

「落ち着いてプラリム!」

「ああアアアアアアアアアアアアッ!」


 このままでは、自分もプラリムも危ない。

 アリサは冷静さを失ったプラリムを強引に抱えると、そのまま寝室の窓へ突っ走った。ガラスを破り、屋根へ転がり込む。


「跳ぶよッ!」


 さらに屋根から飛び降り、大通りを目指して走った。人目につきやすい大通りなら、ハワドマンも迂闊に手出しできないはず。


「あぐっ……」

「プラリム……今は逃げることに専念して……」

「どうして、こんなことに……!」

「……分からないよ、アタシも……!」


 妹を失って混乱するプラリムと同様に、アリサも狼狽していた。焦燥感に駆られながら、必死に次の逃げ道を考える。


「これからどうするんですか、アリサさん……」

「逃げるの……どこまでも逃げて、生き延びるの」

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