第117話 奴隷市場
ユーリングの工房を後にしたギルダは、百人の生け贄を集めるために市中を駆け回った。
最初に向かったのは人間族の収容施設。かつてのギルダの職場である。そこなら多くの人間族がいるはずだ。
「うぉい! 早く門を開けろぉ!」
苛ついたような顔で近づいてくるギルダを認めた守衛が急いで施設の門を開ける。すると施設長の証であるバッジを着けた職員が彼を出迎えた。そのバッジはかつてギルダも着けていたものである。
「テメェが俺の後任の拷問官か?」
「はい! そうであります! 今日はどのような要件で――」
「さっさと檻を見せろ!」
「了解であります!」
ギルダは施設内に足を踏み入れ、囚人たちの様子を探った。
しかし囚人の姿はどこにもない。どの檻も空っぽで異様な静けさを保っていた。
「ほとんど人間族がいないじゃねえか!」
「はい! アルティナ様からの命令で、現在は収容する人間族の数を抑えているのであります!」
「抑えている……だと?」
「先日の
捕虜を生かしておくにも色々な経費がかかることは、かつて拷問官として働いていたギルダも知っていた。食費、施設・備品の補修、職員の給料など。
人間族を生かすためにこんな金をかけるなんて馬鹿馬鹿しい――そんなことを思っていたギルダだったが、いざ切り捨てられると困るものだ。
「じゃあ残っているヤツらを俺に渡せ」
「それはできないであります!」
「何だと?」
「残っているのは獅子鬼襲撃に関する重要参考人であり、今は取り調べ中のため、処刑も移動も許可できないとラフィル様が――」
「チッ、あのオカッパ小僧が……!」
ギルダは思い通りにならないことに苛立ち、髪をグシャグシャに掻いて踵を返した。ラフィルは魔王の副官であり、ギルダよりも一応身分は高い。下手に仕事を邪魔するとどんな報復が待っているか分からない。
「俺は帰る!」
「了解であります!」
その頃、ラフィルとシェナミィは収容施設の最奥牢でロベルトの収容作業を進めていた。廊下の向こうから響いてくる声に、恐怖で縮こまる。
「何か、今、遠くでギルダの声がしたような……」
「アイツに気付かれると面倒だ。じっとしてろ」
「うん、そうだね……」
声からして、ギルダはかなり苛立っているように感じた。一体何に憤怒しているのかは分からないが、すぐ引き返してくれたのは幸運だったと思う。
「それじゃあ今回の経緯について詳しく話してもらうぞ、冒険者」
ラフィルはロベルトの猿轡を外し、本格的な尋問を始めたのだった。
* * *
それから一方、ギルダは街中にある人間族の奴隷を扱う店を訪れた。高価な装飾が施されたエントランスを抜け、彼はカウンターのベルを喧しく鳴らす。
「おい店主! 早く出てこいや!」
すると、シックなコート着た店主がゆっくりと顔を出した。厄介そうな客が来たな、と眉間に皺を寄せ、嫌々対応に当たる。
「どうされましたか、お客様。随分と慌てているようですが……」
「今すぐ人間族の奴隷を百人寄越せ!」
「ひゃ……百?」
「金ならいくらでも出す! 奴隷として価値の無さそうなガキでも老いぼれでもいい! 生きた人間族なら何でも構わねえ!」
大抵の客は一人か二人程度購入していくのだが、百という途方もない数字に店主は困惑した顔を見せた。
「ちなみに、その奴隷たちをどうするおつもりですか?」
「檻に閉じ込めて、最後の一人になるまで殺し合いをさせるんだよ!」
「殺し合い……そうですか」
店主はしばらく黙り込み、何か考え事を始める。
もちろん店の奥に控えている奴隷の数からして、一気に百人もギルダに提供することはできない。しかしそれ以外にも店主には彼に提供したくない理由があった。
「……私には可愛いせがれがいましてね」
「急に何の話だ?」
「そのせがれが、軍に入っているんですよ。先日、この街を襲った
「それがどうしたんだ?」
「せがれが負傷したとき、どこからか来た人間族の奴隷が助けてくれたみたいなんですよ。そいつは名乗らずにどこかに行ってしまったらしいのですが」
「それ以来、人間族の奴隷を見ると、せがれの命の恩人を思い出してしまうんです。我々の世界では人間族への差別や偏見はまだまだ根強いですが、その恩だけは忘れたくないんですよ」
「何だと……」
「土木作業や畑仕事ならともかく、そんな殺し合いをさせるなんていう理由ではあなたに奴隷を売ることはできません。どうかお引取りください」
店主は淡々と告げ、ギルダは何も買わずに店を出た。
「チッ……どいつもこいつも妙な情に駆られやがって!」
ギルダが予想していたよりも、獅子鬼襲撃の余波が影響を及ぼしている。その店で扱われている以外の奴隷も復興事業に駆り出されているのがほとんどだ。ギルダはあちこち駆け回ってみたが数人しか生贄を得ることはできなかった。
戦時中なら藍燕を作る儀式のときのように捕虜をいくらでも集められたのに。
こうなったら自分で王国内で集めるしかない。
ギルダは思い通りにならない状況への怒りを胸に、再び自分のアジトへ戻っていった。
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