第9節 魔族

第79話 バラバラになっていく仲間

 それから数日が過ぎた。

 クリスティーナの逃亡は王国全土に発表されたが、未だ彼女の行方は掴めていない。


 ギルダの襲撃を受けた国境周辺の街は、まだまだ復興中だ。倒壊した建築物など、あちこちに爪痕は残っている。

 それでも、冒険者組合には様々な依頼が寄せられる。モンスターは人間の都合など考えない。各地で甚大な被害をもたらし、街の復興を妨げていた。


 その日も、僧侶プラリムは仲間と共に依頼へ出向いていた。街道に沿った林の奥地。木々の隙間から光が差し込む林道を静かに歩いていた。

 剣士カイト。

 盾使いロベルト。

 魔導士アリサ。

 いつものメンバーである。


 しかし、彼らの雰囲気は大きく変わっていた。

 ギルダの襲撃以来、パーティメンバーがどこか上の空であることが多くなった。何かを思い詰めたような顔で静止し、無言でいる時間が長い。

 カイトはクリスティーナを手に入れることを、ロベルトはシェナミィと恋愛を成就させられなかった未練を、アリサは両親の仇であるダイロンという亜人種のことを、それぞれ考えていた。


 集会所に行くとき、依頼に出向くとき、目的を達成して集会所に帰還するとき、彼らは黙ったままトボトボ歩いていく。

 プラリムはパーティ間に流れる空気が重々しくて嫌だった。彼女から仲間に話題を振っても、無視されるか長続きしない。


 どうしてこんな状態になってしまったのだろう。ギルダの襲撃以前はパーティ間の雰囲気が朗らかで、会話も弾んでいたのに。最近は一緒に依頼をこなすのが楽しくない。イザベルティーナとウラリネはあの日以降音信不通で生存すら確認できていない。


 昔に戻りたい。

 皆、会話中に優しく微笑んでくれたあの頃に。大好きだった雰囲気はどこに消えてしまったのだろうか。

 より報酬の期待できる依頼も受けられるようになり、生活は楽になったが、それ以上に何か大切なものを失った気がする。


 そのとき――。


「あそこにいますね、標的です……」


 木々の奥に動く、巨大な影――甲冑蜥蜴アムラケルスだ。

 今回の討伐目標は、上級冒険者ですら手を焼く危険なモンスターだった。性格は極めて獰猛で、縄張りを守るために巨大なドラゴンにも襲い掛かる。

 幸い、こちらには気づいておらず、茂みの奥で巨体を丸め、別のモンスターの死骸を食い漁っている。


 ヤツがここに縄張りを張っているせいで、周辺の畜産業が大打撃を受けているらしい。家畜を食い荒らされ、柵などの設備も破壊された。街の復興に必要な木材も、ヤツのせいで林業ができず供給が滞っている。


「ここは、物陰に隠れながら近づいて、弱点の顔を――」


 しかし、何の作戦も立てずにカイトとアリサが駆け出していた。一直線に甲冑蜥蜴の元へ向かい、先制攻撃を仕掛けようとする。


「な、何をやってるんだカイト殿! アリサ殿!」

「戻ってください! 連携しないと危険です!」


 ロベルトとプラリムは呼び止めようとするも、もう遅い。カイトは渾身の一撃で刃を、アリサは特大の炎魔術を、モンスターの背中に浴びせていた。


 カイトは好きな女を手に入れるために、アリサは復讐を成し遂げるために、自分はもっと強くならなければならないという手段に囚われていた。限界を引き伸ばし、相手を確実に屈服させる力を手に入れる――それが彼らの望みだ。


 しかし、彼らの強烈な攻撃を受けても、甲冑蜥蜴はまだ生きていた。ぐるりと首を回してカイトの姿を捉えると、憤怒の篭った唸り声を上げる。食事を邪魔されたのだから当然だろう。


「グルオオオオオッ!」

「うるせぇなッ!」


 蜥蜴は大木のように太い尻尾を振り回し、カイトを弾き飛ばす。カイトは剣を構えて防御し、直撃は免れたものの、遠くの木に叩き付けられた。


「ぐアッ!」

「カイトさん!」


 プラリムは急いで倒れているカイトに駆け寄り、追撃を警戒して結界魔術を張った。

 突進してくる甲冑蜥蜴アムラケルスの牙は透明な壁によって跳ね返され、後方へ退いた。


「ロベルトさん! 敵の気を逸らしてください!」

「承知!」


 ロベルトが蜥蜴の前に飛び出ると、構えていた盾で蜥蜴の頭を殴った。頭に思い浮かべるのは、先日出会ったハンマーを使う魔族の動き。重い得物をより自在に操るヒントが隠されていた。


「来い! こっちだ!」

「グルルゥ!」


 重い一撃に、蜥蜴は怯んだ。

 ロベルトは気を引くことに成功し、仲間が攻撃を仕掛けやすいよう窪地へ誘導する。

 爪と牙による連続攻撃が来た。ロベルトはそれを盾で受け流し、なるべく体力を消耗しないよう時間を稼ぐ。

 素早い連続攻撃を受け流す動きも、あの魔族との敗北があったらこそ身に付けたものだ。


「今度こそ、燃やす!」


 蜥蜴が口を大きく開けた瞬間を狙い、炎魔術を用意していたアリサが特大の一撃をそこへ撃ち込んだ。

 蜥蜴は目玉が焼き爛れ、奥から炎が吹いた。脳すらも焼き焦がし、蜥蜴はその場に力なく倒れ伏す。


「やった! やりましたね!」


 色々と危険な場面はあったが、これで依頼は達成である。プラリムとロベルトは安堵し、ホッと溜息を吐いた。これで周辺地域の畜産業は持ち直し、街の復興も進むことだろう。


 しかし、カイトの表情は不満げで、怒りの色が浮かび上がっていた。

 プラリムの前に立つと、声を荒らげる。


「ったく、お前、回復が遅いんだよ!」

「えっ……」

「すぐ治癒魔術をかけてくれたら、もっと早く戦いに戻れたのによ! 使い物になんねぇな!」


 カイトからの罵声に、プラリムの意識は一瞬遠くなった。

 以前のカイトなら、そんなこと絶対口に出さなかったのに。一緒に依頼達成を喜び、良かったところを褒めてくれたはずだ。

 そのショックで彼女は言葉を失い、その場に呆然と立ち尽くした。


「プ、プラリム殿は頑張ってくれたと思うぞ! カイト殿が今生きているのは、彼女がタイミングよく術を発動させてきてくれたおかげで――」


 すかさずロベルトが仲裁に入る。さすがに今の発言にはロベルトも我慢できなかった。これまで必死に支えてきたプラリムを労わず威張り散らすカイトには不信感すら覚える。

 パーティに大きな亀裂が走った瞬間だった。


「ったく、俺は先に帰る!」

それがしの話を聞いているのか、カイト殿!」


 カイトは勝手に来た道を戻り始める。それを追いかけるように、ロベルトも現場から消えていった。


「あの……私がいけなかったんでしょうか?」

「さぁね」


 アリサは甲冑蜥蜴アムラケルスの死体から討伐した証として牙を剥ぎ取ると、そのまま現場を後にした。アリサはカイトとロベルトの口論に、興味すら湧いていないように見える。

 彼女にとって甲冑蜥蜴アムラケルスなど、自分の両親を殺したダイロンと比べたら、取るに足らない存在だった。胸には憎しみが渦巻き、強さを手に入れて復讐すること以外眼中にない。


 林の奥地に一人取り残されたプラリム。

 彼女は自分の杖を強く握り、項垂れた。

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