第80話 一流紳士の提案

 甲冑蜥蜴アムラケルスの討伐後、カイトとロベルトは街まで戻っていた。復興途中の町並みの中を、大量の資材を積んだ馬車とすれ違う。日が落ちかけているのに、まだカンカンと木材に釘を打つ音があちこちで鳴り響いていた。


「いいか、カイト殿! 後でちゃんとプラリム殿に謝らないと――」

「あーもう、うるせえな!」


 口論は続いている。

 カイトは先程の発言を省みず、ロベルトから逃げるように歩き続ける。

 自分は今よりも強くなりたい。そのためには、もっと戦わなければならないのに……。

 先程の戦闘で、カイトはすぐに退却することになり、苛立ちを感じていたのは確かだ。


 そのとき、とある店の看板がカイトの目に留まった。


「武器商人、ドレイクの店……か」


 旅の武器商人ドレイク。王国各地を回りながら冒険者向けの武器を売り捌く男だ。そこらの店では扱わないような珍しい品を販売していることでも有名で、再びこの街に訪れたらしい。奇抜な配色のテントがそこに立っていた。


 さらなる強さを求めるためにも、今の武器を新調した方が良いだろうか。今のカイトが使っているのは、そこらの武具店で販売している安物の剣だ。

 現在、お金には困ってない。新しい武具を購入する余裕は十分にある。


 話しかけてくるロベルトを無視し、カイトは店内へ入っていった。


「お、おい、カイト殿……」

「何だよ、まだ説教が続くのかよ。後にしろよな」


 カイトはロベルトの話に耳を傾けず、逃げ込むように入店した。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から出てきたのは、店主のドレイクだ。いつものように営業スマイルを浮かべながら客を迎える。


「どーも、ドレイクさん」

「おやおやカイトさん。どうぞごゆっくり……」


 カイトは剣の陳列されている棚の前に立ち、商品を吟味し始めた。どれもギフテッド用に生産された特別な代物である。

 次はどんな得物にしようか。一本ずつ手に取り、じっくりと眺める。手に馴染み、長すぎず短すぎず、振りやすいものが良い。


「これにします」

「ありがとうございます。ところで――」


 その瞬間、店内の空気が重苦しくなったような気がした。


「カイトさん、あなた……クリスティーナさんの行方に興味はありませんか?」


 不意にドレイクはそんな問い掛けをしてきた。

 カイトの表情は一瞬強張り、彼を鋭い目つきで睨んだ。

 一方、ドレイクはこちらの心の奥底を見透かしたような、気色の悪い笑みを浮かべている。


「……ある」


 少し時間を置いて、カイトは正直に答えた。

 一体、先程の質問には何の意味があるのだろうか。どこか危険な匂いを感じつつも、彼の意図を知るために敢えてそれに乗ることにした。


「実はですね、王国軍は彼女を追跡するために、専門の部隊を組織中でしてね……」

「その要員を集めているのか?」

「はい。勇傑騎士のほとんどは別の任務で駆り出されていて、人手が足りないのですよ。だから、今こうやって冒険者に声をかけてます」


 どうしてそんな話を只の武器商人に過ぎない男が持ちかけてくるのか。

 疑問を抱きつつも、カイトはドレイクの話に耳を傾け続けた。もしクリスティーナに近づけるなら、危ない橋だろうが渡ってやろうではないか。


「と、いうより、カイトさんは手に入れたいのですよね? 彼女の全てを」


 武器商人ドレイクという仮面が外れ、その顔は完全に外科医ハワドマンのものになっていた。どこまでも卑しく、自分の好奇心を満たすために虐殺も行う闇世界の帝王。

 カイトもまた、ハワドマンの駒になろうとしていた。


「以前、あなたは闘技大会のエキシビジョンマッチでクリスティーナさんに敗北し、悔しい思いをしたのではありませんか?」

「俺のこと、調べたのか……!」

「ええ、出身地も、誕生日も、これまで受けてきた依頼も、ほとんど把握しているつもりです」


 ここ数日間、ハワドマンは考えていた。

 クリスティーナを追跡させるなら、どんな人物が適任だろうか。

 彼女に恨みを持ち、嫉妬を抱く者が好ましい。そういう点で、カイトは条件にピッタリな人物だった。加えて、彼はクリスティーナを雌として屈服させたいという歪んだ愛情も持ち合わせている。


「そして、この街で再び彼女と出会い、今度こそ彼女を自分の物にして屈服させたいという欲望に駆られた!」

「……」

「あなたの借りている部屋で、毒物で動けない彼女を、犯したんですよね?」


 リミルから当時の状況は聞き、ハワドマンはそこまで推測していた。

 カイトはゆっくりと頷き、それが事実であることを認める。


 そのとき――。


「カイト、お主……!」


 棚の陰で会話を立ち聞きしていたロベルトが、カイトのすぐ後ろに飛び込んでくる。普段温厚な彼も、今の話には怒りを滾らせていた。

 自分がずっとパーティを組んでいた仲間が、実は強姦魔だったなんて……。


「別にいいじゃありませんかぁ。好きな女性を孕ませ、自分の子孫を残す――『雄』という生物における最高の悦びですよ」


 一方、ハワドマンはそれを咎める気配もなく、ヘラヘラと笑っていた。

 この男は正気なのだろうか。罪を罪とも思っていないような発言に、ハワドマンへの不信感はさらに強まっていく。


「もし、彼女の追跡任務を引き受けてくれるのなら、彼女以上に強大な力をプレゼントしましょう」

「どういう意味だ……?」

「精霊紋章ですよ。あなたに剣術強化の紋章を移植してあげましょう」

「お前……!」


 精霊紋章の移植は、王国が禁忌として定める手術だ。

 ハワドマンの話に、カイトもロベルトも目を丸くした。


「精霊紋章は死刑判決を受けた盗賊共から取りますから、相手を心配する必要はありませんよ。ヤツらは真っ当な人間から命と財産を貪ってきた害虫です」


 もし彼の言うことが本当ならば、王国の体制そのものを揺るがしかねない大事件である。

 裏で王国は精霊紋章移植を承認している――こんなことが許されるのだろうか。


「悪いが、それがしは帰らせてもらう! いくら政に関わるような者からの依頼でも、こんな胸糞の悪いものは受けられない!」


 ロベルトはカイトの腕を掴み、踵を返して一緒に店外へ出ようとする。

 こんなヤバい事案には関わりたくない。そんな罪を背負って生きるなんて、きっと精神を保てなくなるだろう。冒険者として長生きするためにも、こうした闇組織からは離れておかなければ。


「あらら、そちらのあなたには興味ありませんか」

それがしは真っ当に生きたい。他を当たってくれ」

「そうですか。あなたにもピッタリな条件だと思ったのですがね」


 ロベルトはテント入口のカーテンに手をかけ、店の外へ踏み出そうとした。


 しかし――。


「シェナミィ」

「な……!」


 突然、ハワドマンの口から飛び出した初恋の女性の名前に、ロベルトは思わず彼に振り向いてしまった。


「先日、あなたが助けた少女はシェナミィ・パンタシアというそうですねェ」

「ど、どうしてそれを……!」

「治療施設に置いてあった利用者名簿から、彼女の名前を見つけました。あなたが一晩中、ずっと彼女を看病していたことも聞きましたよ?」


 当然、カイトとパーティを組んでいるメンバーについても、ハワドマンは調べ上げていた。

 シェナミィという隻眼の少女に恋心を抱くロベルトもまた、新たな駒としてターゲットにされていたのだ。


「謎が多い女性というのは、男性には魅力的に見えますからねえ。加えて、彼女はなかなかの美形だ。あなたが片想いになるには、そんなに時間はかからなかったはず!」

「ち、違う……貴様の妄想だ……!」

「あなたは彼女を助け、これから先も彼女を守ることを心に誓ったのでしょう?」


 ロベルトはどうにかハワドマンの発言を否定したかった。だが、ハワドマンの熱弁は止まらない。本来、他人に見られることのない心の内。それを見透かされ、ロベルトはどうしようもない不安に駆られた。


 ハワドマンはおもむろに、ロベルトに近づいていく。見た目は普通の中年男性だが、その中身は怪物だ。ロベルトは恐怖で固まり、その場から動けなくなってしまった。


「しかし、あなたは彼女が魔族と協力関係にあることを知ってショックを受けた! なぜ! どうして自分たちを殺そうとした敵なんかと一緒に!」

「そ、そんなこと……!」

「それでも、あなたの心はまだ彼女のことを諦め切れないでいる。ちゃんと説得すれば、彼女は戻ってきてくれるかもしれない――と。甘ったるい恋愛小説のようなハッピーエンドを求めているのでしょう? 心配ですよねェ。あんな弱々しく可憐な少女が、魔族の傍にいるなんて……」


 図星だった。

 ロベルトは黙り込み、その場に立ち尽くす。


 時折、シェナミィと幸せな家庭を築いている世界を夢で見る。一緒に演劇を鑑賞したり、一緒にレストランに行ったり、そのときの自分は幸せで満たされていた。

 朝、目が覚める度に、それが夢であったことにガッカリする。


「事実、魔族の男性の唾液には麻薬のような成分が含まれていて、魅力的な雌を逃がさないよう交尾中に飲ませるらしいですからね」

「そ、それは本当なのか……?」

「ええ。本当ですとも。しかし、中毒になっても、適切な治療を受けさせれば治すことができますから安心してください」


 最後に、ハワドマンはロベルトにこんな質問を投げかけた。


「シェナミィさんを魔族から取り戻したくはありませんか、ロベルトさん?」

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