第57話 苦痛には耐えられても

 クリスティーナが病室を出た後、ロベルトの仲間がお見舞いに来てくれた。


「あっ、目を覚ました? 痛むところはない?」

「無事で良かったです。あなたを見つけた直後に魔族と遭遇してヒヤヒヤしたんですから」


 背の高い黒髪の女性はアリサ。

 銀髪の小さな女性はプラリムというらしい。

 二人とも、怪我から回復したシェナミィを見て笑顔を咲かせた。


「そういえばカイトのヤツ、イザベルティーナと修行するから来ないってさ」

「まったく、最近のカイト殿は彼女に首っ丈になっていて困る」


 剣士カイトは欠席。その病室には姿を現さなかった。

 ロベルト、アリサ、プラリムの三人でシェナミィのベッドを囲み、彼女の容態を確認する。腹の傷は、やや跡が残っているものの、ほぼ回復。崖から落ちた際の骨折も完治に近づいている。


「すぐそこの屋台でお菓子買ったんだけど、あなた食べる?」

「すいません、私のためにわざわざ……」

「いいんだって! こういうときは助け合わないと」


 アリサがサイドテーブルに置いたのは、街で有名な焼き菓子。


 見ず知らずの他人に、こんなに気を遣ってくれるなんて、何て良い人たちなのだろう。

 シェナミィは彼らの優しさに、再び涙が出そうになっていた。これまでシェナミィの周りには、瞳の中の精霊紋章を馬鹿にしてくるイジメっ子や、マーカスのように野蛮な冒険者しかいなかったためか、不意に向けられる優しさに弱い。


 痛みや苦しみには耐えられても、幸せには耐えられないものだ。


 シェナミィはその焼き菓子を頬張った。何度か食べたことのある菓子だったが、いつもより美味しかった気がする。

 空腹だったこともあり、彼女は次々と菓子を口へ運んだ。


「よっぽど、お腹が空いてたのね」

「はい……昨日の昼から何も食べてませんでしたから」


 そういえば、夕食としてカジのために作っていた鍋料理はどうなったのだろうか。

 あのままキャンプに残されていたはずだが、彼は食べてくれたのだろうか。

 自分がキャンプにいなくなった今、彼はどうしているのだろう……。


 ふとしたことで、カジのことを考えてしまう。

 あんなことになったのに、自分はまだ彼のことを――。


 そのとき――。


「シェナミィさんは、あの森にはよく入ります?」


 考え事を遮るように、プラリムがシェナミィに質問をぶつけてくる。


「シェナミィさんはあの森で、狙撃銃を持った冒険者を見たことがありますか?」

「そ、狙撃銃?」

「以前、その人に助けられたことがあるんです。魔族やモンスターに襲われていたとき、飛んできた魔晶弾が退かせてくれて……」


 私だ。

 間違いなく、それは私だ。


 魔剣を持った魔族に遭遇したとき、自分の武器を持ち出す暇もなかった。きっと自分の狙撃銃は今もキャンプに放置されているはず。


 ここにいる冒険者たちは自分が狙撃銃を持っている姿を確認していないため、狙撃手の正体が自分だとは気づいていない。


「ふふっ、この子、その狙撃手にベタ惚れしてるよのね」

「そ、そんなんじゃないですッ! でもきっと、優しくて、強くて、逞しくて、カッコいい人なんだろうぁ、って思ってるだけです!」

「そういうのを世間では『惚れてる』っていうのよ」


 どうしよう。

 ますます言い出しづらくなってきた。

 今この場で正体を明かしてしまっては、プラリムの夢を壊してしまうような気がする。

 プラリムの考える憧れの人物像とは逆に、自分は人見知りで、根暗で、強さに自信があるわけでもない、集団の輪に入れなかった、はぐれ冒険者なのに。


「へぇ……そんな人もいるんですね」


 シェナミィは適当に話をはぐらかし、ベッドに縮こまった。

 まさか自分にこんな熱烈なファンが存在していたとは。


「ところで、ロベルト。あのことはちゃんと言ったの?」

「うっ……」


 ロベルトはシェナミィからやや視線を逸らしながら、軽く咳払いをする。

 あのこと、とは一体何だろうか。シェナミィの大きな瞳はロベルトだけを捉え、どんな言葉が口から飛び出すのか真剣に待ち構えていた。


「その、シェナミィ殿……?」

「はい……」

「以前、それがしと集会所の前でぶつかったことを覚えているか?」

「あっ……」


 数日前、クリスティーナに連れられて集会所の前で馬から降ろされた。確かに、そこで大男とぶつかった記憶がある。恐くて顔までは見れなかったが、体格の特徴は一致していた。


「あのとき、某がシェナミィ殿に何か恐がらせるようなことをしたのではないかと心配になってな……」

「いえ、そんなこと……あのときは冒険者組合の雰囲気に慣れてなくて、まだ恐かったんです」


 確かに、当時は恐くて冒険者の顔なんて見れなかった。

 しかし、こうして実際に色々話してみると、自分を気遣ってくれる人たちだった。あのときの恐怖は消え、彼らともっと親交を深めたい自分がいた。


「でも、今は大丈夫です。優しい人たちだと判って、安心しました」


 ――だから、この先何が起きても、あなたたちには平和でいてほしい。


 シェナミィはその後に続く言葉を口には出さず、胸の奥へ飲み込んだ。

 きっと、この街の平和は長く続かないだろう。カジを駒として取り込もうとする凶悪な魔族が、ここを狙っている。


 皆を守りたい。


 そんな決意が、シェナミィの中に沸き立った。

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