第58話 金色の鍵は乙女の秘密

 アリサたちがシェナミィの病室を訪れている頃。


 街を見渡せる小高い丘の上では、木刀と木刀のぶつかる乾いた音が何回も続いていた。

 カイトはクリスティーナへ木刀を構えて突撃し、弾き返される。カイトの服はすでに泥だらけな一方、クリスティーナには汗の染み一つすら衣服に浮いていなかった。


 朝の冷たい風に吹かれる、草と土の匂い。

 城で生活していると普段触れることのない匂いに、クリスティーナは門下生時代の懐かしさを感じていた。あの頃は、こんな風に野原で修行したこともあったな、と。


「ハァッ……ハァッ……なかなか剣がクリスティーナさんに届きませんね」

「だが、踏み込み方はかなり良くなってきたぞ」

「そ、そうですか?」

「私に一太刀届くまで、もう少しだ。その感覚をものにしろ」


 以前、自分に剣術を教えていた師匠も、こんな風に教えてくれていただろうか。

 クリスティーナは時折過去を振り返りながら、次はカイトにどんな言葉をかけようか考える。相手の伸びてきている部分を見つけ、自覚させなければ。


「クリスティーナさん! 他に俺の剣に未熟なところはありますか!」

「あっ、うーん……」


 意外にも難しいものだ。

 こんなことを同時に複数の門下生にも行っていたのだから、自分が恋していた師匠は凄かったのだろう。


「さ、朝の稽古はここまでにしよう」

「あ、ありがとうございます! 勉強になりました!」

「私もだ」

「えっ?」

「いいや、何でもない」


 そこに浮かぶクリスティーナの笑顔は爽やかだった。

 師匠を再評価できたのは、カイトが稽古を申し出てくれたおかげだ。クリスティーナに恋心を抱く彼にとっては皮肉な結果かもしれないが、彼女の中で師匠を尊敬する念が強くなったのは確かである。


 この戦いが終わったら、彼の墓参りに行きたい。


 そんなことを思いながら、宿に戻ろうとしたとき――。


「あの、クリスティーナさん? 一つ、尋ねてもいいですか?」

「どうした?」


 カイトの視界に留まったのは、クリスティーナの胸元のやや上。


「そのネックレスに付いている鍵……一体、何の鍵ですか?」


 豊満な胸に乗っかるようにして、ネックレスで金色の鍵が下げられている。

 どうしてあんなものを身に着けているのか。


「これはな、私の奥の手だよ。私としのぎを削るような相手が出たとき、使うつもりだ」


 クリスティーナからの回答に、さらにカイトは首を傾げた。

 あんな鍵を、一体どう戦いに使うのか。もしかしたら、魔導兵器の一種なのかもしれない。


「つまり、何か戦いに関係あるってことですよね?」

「ああ、そうだな。詳細は乙女の秘密だ」

「もし俺が強くなったら、それを使わせることはありますか?」

「さぁな。私の剣は民を守るためのものであって、身内に使うものではない。お前には使わないことを祈るよ」


 クリスティーナは素っ気なく呟くと、宿屋に戻っていった。





     * * *


 その頃、森の奥でも自身の強化に励む物がいた。

 拳から繰り出される強烈な一撃が巨木の幹を穿うがち、森林に不気味な音を轟かせる。


 彼の周りには、重なるように転がる巨大なモンスターの死骸。森林の生態系におけるほぼ頂点に君臨する肉食獣だったが、殴られて骨のあちこちが陥没し、吐き出された血が川のようになって地面を赤黒く汚している。


「よぅ、カジ」


 そんな地獄絵図の中央に立つ男に、ギルダはへらへら笑いながら声をかける。

 カジは木を殴るのを止め、顔だけを振り向かせた。


「何だギルダ」

「今日は随分と殺気立っているな」

「そう見えるか?」

「よっぽど腹立つことがあったんだろうなぁ、ヘヘッ」


 カジの瞳は殺意を纏って赤く光り、自分に近づく者へ威圧感を放つ。


「どうしてもキツめの一発を入れてやりたいヤツがいる」

「ハハッ、そりゃいいなぁ。どんなヤツだ?」

「あの王女だ」

「俺と目的が一緒ってわけだ。お互い頑張ろうな」


 ギルダは馴れ馴れしくカジの肩を叩いてくる。

 正直、そんな彼には苛々していたが、カジはそれを無視して拳を幹に打ち付けた。


 あの王女は、まだ本気を出していない。

 カジは二度の戦闘で、それを確信していた。素人目には分かりづらいが、妙に動きがぎこちなく見えた。あの程度の能力で「王国最強の騎士」などと謳われるはずがない。


 何か、奥の手を隠している。


 どんな手段にも対抗できるよう、今は自分の腕を磨かなければ。


「今夜、ヤツに襲撃を仕掛ける」

「そうか」

「ま、それまでに体を仕上げておくんだな。夜になったら迎えに行く」

「分かった」


 ギルダの持つ魔剣も、異様な殺気が強くなっている気がする。

 刀の魔力と同調しているのだろう。

 ギルダはニヤリと歯を見せると、木の陰に消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る