第54話 王女とカイト、夜の修行
その頃、一人宿屋へ帰るクリスティーナ。
背後に、何者かの気配を感じ取っていた。歩幅と呼吸を合せ、一定の距離を保ちつつ彼女を追ってくる。
クリスティーナは突如帰り道を変更し、裏路地に入り込んだ。ここで正面から対峙しようという算段である。
追跡者の正体についてある程度察しはついていたが、やはり堂々と現れてくれないと気持ちの悪いものだ。
「おい、こっそりつけるのは止めて、堂々と出てきたらどうだ?」
クリスティーナは振り返り、声を荒らげる。
すると、そろりと追跡者が姿を見せた。
剣を背中にかけた青年。
追跡者の正体は、先程集会所前で別れたばかりの、剣士カイトであった。
「イザベル……いや、クリスティーナさん!」
「何だ、カイト? 他人の前じゃ言えないことでもあるのか?」
カイトは恐る恐るゆっくりとクリスティーナに近づいていく。彼の何か思い詰めたような表情に、クリスティーナの緊張も少し高まった。
もちろん、カイトはクリスティーナに抱く想いを告白するつもりだった。
傍にいるだけで心臓が高鳴り、もどかしい気分になる。
彼女を手に入れてしまいたい。永遠の伴侶としたい。
しかし――。
「あの、俺と……」
「うぬ」
「俺に……剣術を教えてください!」
言えなかった。
代わりに、愛の告白からハードルを下げ、修行を乞う。
カイトは再び、王女の前に土下座した。
剣士カイトの土下座は、王女の前では結構軽い。
そんな彼をクリスティーナは表情一つ変えずに見下ろしていた。
「私に稽古しろ、ということか?」
「はい! 俺、クリスティーナさんの力になりたいんです! 闘技大会で初めてあなたと戦った日からずっと考えてました! 剣の腕を磨いたら、いつか勇傑騎士団に入って、あなたの傍で――!」
昔、全く歯が立たないままクリスティーナに敗北してしまった闘技大会。
あの日から、カイトは不思議な感情に囚われていた。どうしても彼女に敵わない劣等感。
彼女から注目されるには、彼女よりも強くなるしかないような気がした。
しかし現実は、カイトの実力はクリスティーナよりも圧倒的に低く、足元にも及ばないだろう。
早くこの差を埋めるには、外部から何か刺激剤を注入するしかない。結局カイトが選んだのは、彼女から直接学ぶという方法だった。
正直、そんなカイトを王女様は「鬱陶しい」と思っていたが、協力者の戦闘能力を底上げするのは悪くない。いざというとき、役に立ってくれるかもしれない。
「ふふっ、お前の熱意には負けたよ……」
「えっ、それじゃあ――」
「ほら、さっさと立て。稽古に丁度いい場所へ連れてってやる」
クリスティーナは路地裏を抜けると、そのまま大通りの人混みの中を奥へ奥へスタスタと歩いていく。カイトは彼女の背中を、何も言わずに追っていった。
やがて街を出て、辿り着いたのは、街を見渡せる小高い丘の上だった。
「ほら、ここならどんなに騒いでも、夜風が音を掻き消してくれる。この時刻なら稽古の様子を大衆の目に晒すこともない」
冷たい風が吹き、クリスティーナの金髪をなびかせる。カイトの目には、月光に輝く彼女の姿がこれまでに出会ってきたどの女性よりも妖艶に映っていた。
あの憧れの王女と、再び戦える。
当時の願いの実現に、カイトの胸は至極高揚していた。
いつもの長剣を訓練用の木刀に持ち替え、構えながら睨み合う。
「まずは、お前の好きなように私へ斬りかかってみせろ」
「はい……それじゃ、行きますよッ!」
カイトは威勢よく、一歩を踏み出した。
しかし――。
「どうした? 来ないのか?」
「うっ……」
距離を詰めたのはよいものの、どこから攻めるべきか戸惑った。
クリスティーナの姿勢には隙がない。頭の中でどの部位を攻撃するかシミュレーションしても、完璧に防がれてしまう。
それに加え、彼女が放つ気迫も凄まじい。カイトは蛇に睨まれた蛙のようにたじろぐ。
剣を握ったときのクリスティーナの目はとても真剣になる。まるで、邪念を振り払い、相手を斬ることだけに全神経を集中させているようだ。
「さっさと来ないなら行くぞ!」
「うぐぉッ!」
クリスティーナの強烈な突きが、カイトの胸元に直撃。弾くことも流すこともできぬまま、彼は地面へ仰向けに倒れ込んだ。
「実戦なら致命傷だぞ?」
「す、すいません……」
今の俊敏な動きと、軽い木刀とは思えない威力。まるでハンマーで殴られたのかと思った。
自分が彼女と並ぶほどに強くなるイメージが全く浮かばない。自分の剣と彼女の剣は次元が違いすぎていて勝負にならない。
「どうして、クリスティーナさんはそんなに強いんですか?」
「どうして……か」
クリスティーナは星空を仰ぎ、そこに一際強く輝きを放つ星を見つめた。
「どうしても仇を討ちたい相手がいるから……だな」
今日、クリスティーナがカイトたちに見せた魔族に対する憤怒。
魔族の中に、彼女の恨みを買っている者がいるのだろうか。
「もしかして、カジのことですか?」
「いや、ギルダという魔族だ」
「えっ! だって、ギルダはあなたに倒されて死んだはずじゃ!」
かつて王国民を虐殺していたギルダは、クリスティーナによって倒され、その功績が認められて彼女は王女になった――王国民なら誰でも知っている話だ。
しかし、その栄光を覆すような発言に、カイトの表情は凍りついた。
王国民の誰もが慕っている彼女の口から、まさかこんなスキャンダルが飛び出すなんて。
「これまでの状況から推測するに、ヤツが生きている可能性が高くなった。まだ実際に確認したわけではないがな」
「まさか、あなたがこの街に来たのは、その調査のため――」
「お前も、私が嘘吐きだと思うか? 過去の失敗を皆が気づく前に取り消そうとしてる憐れな卑怯者なのさ、私は」
「いえ、そんな……」
「だがな、それよりも――」
クリスティーナは木刀を強く握ると、それを自分の足元に突き刺した。
「アイツが生きているなら、誰よりも早く息の根を止めてやりたい。もう二度と、あんな惨い犠牲は出さないために――」
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